2017年8月31日木曜日

売れ残るもの

赤も売れ残るけれども、そのほかにも売れ残るものがあります。
大体、日本では、
黒と黄色のものを着ていると阪神と言われて、
黒とオレンジを着ていると巨人と言われる。
だから黒と黄色のものと、黒とオレンジのものは売れ残っています。
本当だってば。

あとデザイン性が高いものも売れ残ります。
それから難易度が高いもの。

もちろん胸郭が細いものも売れ残る。
これはみんなが着られないから。
ここが細いものは、驚くほど値引きされています。

これらは当然、値引き率も高いです。
値引き率が高い理由は、デザインとクオリティが悪いからではなく、
敬遠される、もしくはみんなが着られないからです。
買う分には全く問題ありません。

むしろ希少なものが残っていたりします。
みんな、レアモノとか言って探しているけれども、
本当にいいものは結構残っていたりします。
なぜなら、みんな、そういうものは着られないからです。 


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2017年8月30日水曜日

色気のある靴

先日、ヴァレンティノのお靴のプロフェッショナルの方とお会いしました。
そして気づいたら、10時から15時まで飲まず食わずでファッションについて語り合っていました。
あっという間でした。
だって、勉強して経験も知識もあって、
コアなファッションの話題について語れる相手って、ほんといないんだもの。
しゃべり始めたら止まらないです。
(みんなも新宿伊勢丹の靴売り場でヴァレンティノのお靴を買うように!)

そこで、です。
私の買う服は私の持っているBUNKAボディはサイズ感が違いすぎて着られないという話をしたところ、
靴に関しても、木型によって全然違うというお話になり、
そりゃそうだと思ったのでした。
つまりどんなにいい革を使っても、
製造技術が優れていても、格好いい木型を使って作った靴じゃないと、
格好よくない、というわけです。

ここまで書いて大体想像はつくと思いますが、
つまり、日本の木型はあんまり格好よくないのです・・・
格好よくないというか、色気がない。

靴にも色気がある靴とそうでないものがあって、
だんぜん色気があるのはイタリアの靴っていうお話を(これは前回ですが)伺いました。
そういえば、20代のとき、ヨウジ・ヤマモトで赤いショートブーツを買ったのですが、
なんか変って感じて、そのときは子供ぽいのかなと思ったんだけれども、
あのなんか変っていうのが、日本の木型のもたっとした感じだったのかもしれません。

イタリアは多分、靴に色気を求めている国で、
日本はそんなもの求めていないのでしょう。

そうでしょうね。
日本はきっと「何にでも合う靴」というのを皆さんがお望みで、きっとお店でも、
「何にでも合う靴をください」という方がたくさんいらっしゃるので、
そんな靴を作ろうとするのかもしれません。
だって、間違っても、お店で「色気がある靴ください!」って言いませんものね・・・

何にでも合う靴を探して生きるか、
色気のある靴を探してそれを履くか、
そうやって、人生は分かれていくのですね。
感慨深いです。

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2017年8月29日火曜日

これからなくなる職業

ダニエル・コーエンの『経済成長という呪い』という本を読みました。
原題はLe monde est clos et le desir infini
閉じた世界と無限大の欲望。
まあ、経済成長と無限の欲望の話です。呪いじゃなくて。

その中で、デジタル化の過程でこれからなくなるであろう職業の話題が出てきます。
なくなるのは、会計士、販売員、秘書、パイロット、医療従事者であり、
もう既に現場監督、事務職、熟練工の職が失われたということです。
(ちなみになくならないであろう職種は精神分析学者、歯科医、スポーツ選手、
聖職者、作家)

いつ変化が訪れるのか人によって言うことは違って、
2020年という人もいれば、2030年という人もいて、
予想なので、絶対にいつからなくなるということは言えませんが、
それでもそう遠くない未来に、例えば入力作業などの仕事はなくなっていくでしょう。

この失われるであろう職業に従事している人が結構いると思うのです。
そういう方たちは今から準備をしておかないと、
間に合いません。
ハイブランドの財布なんて買ってる場合じゃないって言っているのはこのことです。
被服費にお金をかけても、実力はつきません。
仕事に就くなら、デジタル化できない職種にということをこの本では言っています。
(なくならない職業に就いている人はもちろん大丈夫です!)

この本の中での面白いというか、当たり前の分析は、
インターネットはほとんど雇用を生み出さなかったということ。
なぜならそのサービスはほとんど無料だから。
(そう、このブログも皆さんは通信費以外は無料で読んでいます!)

それで、最終的な結論は、これからは経済の成長は見込めないよ、ということです。

そのほか、比較すると不幸になるということや、
人間の欲望はその人が身を置く環境から多大な影響を受けるということが書いてあります。

ただ、経済学者なので、肥大する欲望をどうしたらいいかという答えは、
「仕事、芸術、社会生活の場で役割を担うことによって欲望を昇華できれば」
無限の欲望を抱いても大丈夫だよ、ってことだけれども、
みんな、それができないからこんなことになってるわけで、
まあ、それはこの方に教えろと言っても無理でしょう。

特に20代の皆さんはこの変化に対応できるように、
今から準備、勉強しておきましょう!


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2017年8月28日月曜日

夢が叶わない方法

夢をかなえるコツは、あきらめずに行動し続けることです。
それとあとあるとすれば、余計な思考と概念を捨てること。
特に親から植えつけられた思考と概念を捨てることです。

片付けると夢がかなうと言っている人はこのことを指しているのだと思います。
片付けるという行為と一緒に、余計な概念の片付けもできると。
(実際は無理だけど)

正確に言うと、思考と概念も含めた意識です。
無意識まで含めた余計な意識。

では逆に、夢がかなわない方法はどんなものかというと、
何も行動しない、です。

過去に聞いた数々のお話はこんな感じ。
「作家になりたいんです」
「もうたくさん作品を書いたんですか?」
「書いてません」

「フラワーアーチストになりたいんです」
「お勉強してどれぐらいですか?」
「何もしてません」

「結婚したいんです」
「どういう行動しているんですか?土日はどこかに出かけるんですか?」
「何もしていません。土日はどこにも出かけません」
「じゃあ会社の人と結婚するの?」
「違います!」

私、皆さんに聞いたんです。
皮肉じゃなくて、もしかして私が知らない方法があるのかと思って聞いたんです。本気で。
書かないでどうやって作家になれるのか?
実際にフラワーアレンジをしたこともなくてどうやってフラワーアーチストになるのか?
会社の人以外に会わなくて、どうやってそれ以外の人と結婚するのか?

でもどなたもからも何も答えがありませんでした。
今から行動するんです!という答えすらありませんでした。

もしかしてこういう皆さんって、
寝ている間に、小人が出てきて私のかわりに文章を書いてくれて、
それで作家になれるんですとか、そういうことなのかしら。
小人の靴屋みたいに。

あと会社の人以外と結婚したい人はきっと、
王子様がやってきて眠っている私を起こすみたいな、
そういうふうに考えているのかしら。

私調べによると、
今まで小人が書いた文章で作家になった人も、
王子様がやってきて結婚した人もいないんですよね。
知ってたら、誰か教えて。

今のところこの世界で、
継続的な行動なしに夢を叶える方法はないと思います。


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2017年8月27日日曜日

どうやったら自信ってつくのだろうね

おしゃれブログのほうに
「買っても買っても満足できないあなたへ」という記事をアップしたら、
すこぶるアクセスがよいです。
その前に私がすごく細かく書いたものより全然いいです。
みんな、そういうことが知りたいのかしら・・・

でも、もうあれはおしゃれとかファッションの話じゃないんですよね。
あれは私がやっているキネシオロジーのインナーチャイルドプロトコルをアレンジしたもの。

多くの親は無条件に子供を認めません。
勉強ができたら褒める、何かで勝ったら褒める。
努力を認めるのではなく、結果だけでよいか悪いか決める。
自分の思いとおりの子どもじゃないと怒ったり、無視したりする。

ただ、じゃあ親が認めたり、正当に褒めたりすれば、自信や自己価値が高まったりするか
というと、どうやらそうでもないらしい、
という話をきのうはしていました。

きのう、
「小林さんは親に褒められましたか?」と聞かれました。
いや、私は全然褒められたことなどない、むしろ放置。
うちの母親は決して私のことを褒めも、認めもしなかったです。
けれども、根拠ない自信はいつでもある。
明らかに私の自信は親が認めたとか、褒めたからとかからきているわけじゃない。
それは単に生まれながらの性格。
ただ、褒められもしないけれども、コントロールからは逃れていました。
私は「勉強しなさい」も「宿題しなさい」も、一度も言われたことがありません。
(うちの親は、私の受験の半年前に引っ越しをするような人。
おかげで、学校で習ってない範囲ができてしまって、
さすがの私も習ってないことをテストに出されてもわからないな~とテスト中に思いました!
そのあと、自分で勉強したけどね。塾も行ってなかったから)
放置されているので、どこの大学へ行くとか、親になんか相談もしませんでした。

自信についてはいろいろな要因があって、絶対こうだということは誰にも言えないと思いますが、
いずれにしろ、大人になってからは自分で自信をつけていく以外、ないのではないでしょうか。
そのためには何かへの依存は全く役に立たないです。
自分でやることだけしか自信にはつながらないと思います。

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2017年8月26日土曜日

90年代

日本のファッションのピークは、やはり90年代だったと思います。
表参道に店舗がどんどんできて、
街ゆく人がコレクションのスタイルそのままで歩いていました。
しかもそれが30歳前後の人たち。
今では考えられません。

あんまり過去は振り返らないのですが、
きのうヘルムート・ラングの90年代のコレクションを見ていて、
私ったら、20代にこういうのを着ていたのねと感慨深くながめました。
これが通勤着だなんて、なんかすごい20代でしたね。
しかし当時は周囲もいろいろだったので、何とも思わず。

ちなみに私がブンカにいた時代は、
アルバイトで稼いだお金は学校の教材費として消えていったので、
大した服は着ていません。
作った服を学校に着ていったりしていました。
お金もいつもぎりぎりで、
あるとき、友達が飯田橋の病院に入院して、お見舞いにお菓子を買っていったら、
財布に120円しか残らなくてとっても焦った記憶があります。

服作りをしていたり、
今の私みたいにファッションについて書いたりする人は、
ああやって20代のときにいい服を着ることで勉強できたし、
その後も仕事をするなら必要だろうし、
よかったと思います。
それは料理人が20代にいいものを食べたり、
インテリアの人がいい椅子を買ったりしているのと同じこと。
すべて仕事の勉強のためです。
そうではない人にとっては、ただの趣味でしょう。
それで人生がよくなるということはないと、私は思います。


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2017年8月25日金曜日

古い服はだめなのか?

古い服はだめなのか?と言われたら、
だめなものもあるけれども、
大丈夫なものもあると答えます。

大丈夫なものはなにか。
本にも書きましたが、「オリジナル」なものです。

今、私のタンスには20年以上前のヘルムート・ラングのジャケットと、
ロメオ・ジリのジャケットと、マーク・ジェイコブスのジャケットがあります。
この子たちは、そうだな、2004年以降、ほとんど出番がなかったのですが、
好きなので捨てないでとっておきました。
(ちなみにヨウジは捨てた!)

それが、です。
この3着、今着られます。
十分いけます。
むしろ格好いいです。
ラングはやっぱり天才でした。
ロメオも天才でした。
天才の作った服は、20年たっても大丈夫です。
(20代、私はヘルムート・ラングばっかり着ていました。
なぜかというと、友達がラングのライセンスをやっている会社に勤めていて、
ファミリーセールで激安で買えたからです。ジャケット1万4000円とかでした)

マーク・ジェイコブスはどうなのよって?
マーク・ジェイコブス、これはセカンドラインなんですけれども、
ずっとファッションレッスンの見本として使っておりましたが、
最近、また着ています。
言わなければ、誰も、まさかこれが20年も前のものだなんて気づきません。
マーク・ジェイコブスはデザインというよりも、
軍服や制服をデザイン化したものを作っているので、
シルエットが大きいか、小さいかだけで、ずっと着られるのです。

新しい服をばんばん買いかえていくのは、
今の「おしゃれ」の主流でしょうけれども、
そんなことをしなくても、おしゃれに見せるのは可能です。
そうすると、そんなにお金はかからないです。

ただしそれをするには知識とテクニックが必要ということです。
何も考えない、自分で決めないで誰かに決めてもらうのでは、
そういうことはできません。
(誰かに決めてもらうということは依存ですから、
どんどん買い替えるということになると思います)
そこが分かれ道になると思います。


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2017年8月23日水曜日

秋の日差しに似合う素材

この前、
秋はコーデュロイとかヴェルヴェット、サテンなんかが合う気がする、
ということを書きましたが、
どうして合う気がするのかわかりました。

太陽の光が少し斜めに入ってくるようになるでしょう?
ということは、光を受けると陰影ができますね。
その陰影が秋らしい日差しということなんですけれども、
その秋らしさをより強調させるためには、
陰影が際立つ素材がいいわけですね。

コーデュロイやヴェルヴェットは、
毛あしが長いので、陰影がはっきり出ます。
そのほかスエードもいいです。
毛あしが長いもの。

またはサテンやセキンのように、光を反射するもの。
これらは、真夏の頭の真上からの太陽光だと、
まぶしすぎるのです。
けれども、少し斜めからの光だったら、
ぎらぎらしすぎることもなく、心地よい光加減となります。

もちろん多くの人は、
太陽の光の加減なんて気にして生きてはいません。
けれども、じゃあ気づいていないかというと、
そうではないのです。
無意識レベルでは、気づいています。
なぜか?
我々、生物だからです。

おしゃれに見えるかどうかというのは、
私たちの無意識を刺激できるかどうかにもかかっています。

買って新しいものを着て、それを誰かが見たら、
確かに顕在意識は刺激されます。
けれども、それが無意識まで届くかどうかはわかりません。
顕在意識への刺激は浅いから、すぐ飽きられちゃうんですよ。
みんなそれを薄々感づいているから、どんどん新しいものを買うわけね。

けれども、本当におしゃれって思われるのは、
無意識を刺激してる人なんですよ。
知ってた?

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2017年8月22日火曜日

おしゃれになるための10カ条

今さっき、「精神的に強い人が絶対にしない10のこと」という
Forbesの記事を読み、非常にインスパイアされ、
かつ、これはおしゃれになるための10カ条と一緒ではないかと気づいたので、
私がアレンジしてシェアします。

1失敗を恐れない。こだわらない。
誰でも間違った服や靴を買ってしまうもの。
履いてみなければ、着てみなければわからないこともあるのでそれにはこだわらないこと。
また、スタイリングに失敗しても気にしない。次から気をつければいいだけです。
おしゃれに失敗したところで、誰も死にはしません。

2ネガティブな意見を聞かない。
特に自分がおしゃれかどうかわからないうちは、
褒めてくれる人の話だけを聞きましょう。
けなす人、批判する人の話を聞き続けると、やる気がなくなります。
続けるためには、とりあえず褒めてくれる人と一緒にいること。
そしていいところを伸ばす。
批判精神は自分が自分に対して養えばいいだけ。

3あきらめない。
センスがない、無理だと思っても絶対にあきらめないこと。
他人はできない、無理だと言ってきますが、完全無視すること。
あきらめなかった人だけが成功します。

4他人をうらやましがらない。
ひとはひと、自分は自分。むやみやたらにうらやましく思わないこと。
セレブに憧れるなんて、もってのほか。絶望が待ってるだけでです。

5くさらない。
うまくいかなくてもくさらないこと。すべての試みがうまくいくとは限りません。

6すべての人に認めてもらおうとしないこと。
すべての人が認めるわけがありません。みんなに認めてもらおうなんて、むしろ傲慢なことです。

7他人に影響されない。
他人から称賛されたときだけうれしくなり、批判されたら悲しくなるなど、
他人の意見、特に悪い意見に影響されないこと。他人の意見に影響されると、
他人に自分の幸せの決定権をそっくりそのまま渡すことになります。
自分を幸せにするのは自分だけです。

8他人のことに介入しない。
他人は他人で気分よくおしゃれをしています。あなたにはこれは似合わないとか、
その色はだめとか、介入しないこと。その介入はそっくりそのまま自分に戻ってきます。

9なまけないこと。
なまけたら終わり。続けることでしか成功することはできません。

10嘆かない。
今できなかったり、お金がなかったりしても嘆かないこと。
今もお金も問題ありません。あきらめさえしなければ、おしゃれなんてものには、
必ず到達できます!

以上でした。


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2017年8月21日月曜日

主流にのらなくてもよい

ファッションというものは常に変化していきますから、
ここで完成!と思っても、
すぐまた違うほうがよいということになってしまいます。
川の真ん中にずっと止まっている状態がおしゃれなのではなくて、
ともに泳いでいかなければなりません。

ということは、常にどうやってこの流れについていくかを考えて、
それに対応しなければならない。
元気だったり、お金があったりすると、
この流れに容易に対応できるかもしれませんが、
そうじゃないときには、流れについていけないときもあります。
でも、それはそれでいいのではないでしょうか。
いつもその流れについていく必要なんかない。
というか、それは不可能。

不可能ということを知っておいて、
かつ、どうやったら流れに乗れるかもわかっておいて、
それで選択すればいいと思うのです。
はい、はい、いまはその流れなのね、
わかっているけれども、私はあえてやりません、とか。

または大きな主流には乗らない。
支流へいくとか、小川へいくとか、それはいろいろあります。
(実は、本当におしゃれな人は主流に乗りません。あえて避けます)

日本に住んでいる日本語文化圏の人たちは、
この主流にのりたがる傾向があるのかなと思います。
だから、一番人気のバッグの色はとか、何が売れているかとか、知りたがる。
(本当におしゃれな人は、それを真っ先に避けます)

色のハーモニーを除いては、
絶対なんてないから、
その主流の旬は短いのです。
だって、流れているから。

もうちょっと皆さんもその仕組みを知って、
あ、そう、そうやってあおってるのね、ふ~んって見られるようになると、
せわしなくいつも追われているような気分から脱出することができると思います。


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2017年8月20日日曜日

建設的な復讐

人は皆、人生の大半をリベンジのために生きていると
どなたかがおっしゃっておりましたが、
それは本当ですね。
そのほとんどは母への復讐、父への復讐です。

夫への復讐のため、拒食症になるという方もいらっしゃいましたが、
人間の復讐エネルギーはすさまじくて、
毒が戻って自分が死にそうになったりします。
けれどもやるのよね。

スイーツを食べ続けるのも、
服を買い続けるのも、
それを与えてくれなかった両親へのリベンジです。
そうしなきゃ、気が済まない。

ほんとうの人生は、このリベンジがひととおり終わった後、始まります。

では、この復讐行為のすべてが悪いかというと、
そうでもないです。
建設的な復讐というのもあります。

仕事を成し遂げたり、作品を作ったりするのも建設的な復讐。
いまに見ていろとか、そういうエネルギーです。
それはばかにならない。
親のようになりたくないからめちゃくちゃ努力する人はたくさんいます。
それも建設的な復讐。

単なる復讐を建設的な復讐へするためへのポイントは、
それを自覚することです。
ああ、私、親みたいになりたくないからやっているんだなと、
そう思ってやる分には大丈夫。

例えば、お母さんみたいになりたくない。
あんなのは嫌だとなって、
一生懸命努力して、母親に負けない自分になって、
お母さんみたいにならないという夢が達成したら、
自由になれます。
そのときには何でもできるようになります。

復讐してもいい。だけれども、建設的にね、という話でした。


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2017年8月19日土曜日

なぜ着る服がないと思うのか

いつも言っていますけれども、
服というのは必ず未来の自分のために買いますよね。
未来は明日かもしれないし、1カ月後かもしれない。

着る服がないということは、
過去の自分の選択が間違っていたということです。
自分が過去に予想した自分像と、現在のリアルな自分がずれている、
ということ。
そのずれが小さかったら微調整ですむけれども、
大きければ大きいほど、調整が難しくなります。

私たちは毎日、過去の選択の上に生きています。
服を着るというのは、その象徴的な行為。
学校も、仕事も、結婚も過去の選択。

過去の選択が本当に合わなかったら、
転校したり、転職したり、離婚したり、
大変ですけれども、行動力がある人は動きます。

では、服の選択は何を基準になされるのか、ということです。

衣服は人と社会との最初の接点です。
衣服の選択は、自分の社会的な立場の表明であり、
社会的なアイデンティティでもあります。

学校の制服は、今、私はここの学校の学生ですよという社会的なアイデンティティの表明です。
そのアイデンティティと自分が一致しない、絶対嫌だと言うのなら、
それを脱がなければなりません。

囚人に囚人服を着せるのは社会的なアイデンティティをはく奪するためです。

服を選ぶとき、
私はちょっと先の実現可能な目標を考えてくださいと言っていますが、
それは、未来の社会的アイデンティティのためです。
それはいまよりちょっと違うはずだから、
それを先取りしなさいよ、ということです。

私たちは成長します。
ですから、社会的アイデンティティにも少しずつ修正をかけていきます。
これがスムーズにできていれば、
毎日、朝起きて着る服がない、ということはありません。
これができている人は、
例えば転職や離婚といった、社会的アイデンティティが変化する場合においても、
容易に対応することができると思います。
ただ、そのときの変化は急激なものかもしれません。
全部、以前の服を捨てる、というような。

では過去も現在も未来も着る服がないと感じている人とはどういう人なのでしょうか。
それはね。
そ、それは・・・
社会的アイデンティティを自分で育ててこなかった人です。
自分で育てなかったので、自分ではわかりません。
子供のころは親が決めたものを着て、
学生になったら学生服を着てと、
そこまでは普通ですし、それでよかったでしょう。
けれども、問題はその先ですよね。

ここで誤解してほしくないのは、
私が使っている「社会」は、
日本で「社会人」「女性の社会参加」というようなときに使う「社会」ではないということ。
だから、働いていお金を稼いでいる人は社会に属していて、
そうでないときば属していないとか、そういう意味での「社会」ではないです。
普通、社会学で使うのはそんな限定的な意味ではないです。
だから、主婦は社会的アイデンティティなんてないよ、などという意味ではありませんので、
誤解しないように。


実は、私が「実現可能な未来の目標は何ですか?」と聞いただけで、
泣いて帰ってしまった方がいます。
(お代はいただきませんでしたよ!)
最初、意味がわからなかったんですけれども、
あとでわかりました。
その方は、自分で社会的アイデンティティを育ててこなかったんです。
私は未来の実現可能な目標は、いまより健康な自分でもいいと、言っているでしょう?
何も社会的な成功とか、そんなことは言っていない。
けれども、自分で育ててこなかった人にはそれさえないのです。
そうすると、何を着ていいかわからない。
衣服は社会との接点だから、
社会的なアイデンティティがなかったら、着るという行為は、
ただ単に暑さ寒さをしのぎ生活するための行為になってしまいます。
別にそれでもいいんですよ。
いいのだけれども、人は社会的な存在なので、
それだけでは不安なのです。

自分で自分を育ててこなかった人にとって「ない」のは衣服じゃなくて、
社会的アイデンティティです。
それを衣服の問題にすり替えています。
買っても買っても満たされないのは服じゃなくて、依存症の問題であるのと同じようなすり替えが、
ここでもなされます。

自分で自分のアイデンティティ をしっかり育ててこなかった人は、
どんなに服を買っても、
どんなにたくさんの服が売られていたとしても、
「着る服がない」と言い続けるでしょう。
衣服のせいにしている限り、その問題が解決することはありません。


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2017年8月18日金曜日

皆さん、どうしておしゃれになりたいんでしょう?と聞かれたけれども

皆さん、どうしておしゃれになりたいのでしょうか?と、
聞かれたのですけれども、
皆さんがどうしておしゃれになりたいのかは、
私は存じません。
それについてはリサーチしていないです。
それは学校で、みんな、どうして勉強したいの?と、聞かないのと同じ。
コルドンブルーにお菓子作りを習いに行って、
どうしてお菓子を作れるようになりたいのかって聞かれないのと同じ。
私にわかるのは自分のことだけです。

で、薄々感づいてはいるだろうけれども、
私がおしゃれというか、ファッションに関心があるのは、
音楽や美術に関心があるのと同じ並びで、
決して自分がおしゃれして誰かに見せびらかしたいってわけじゃありません。
それなので、いつも作る側に関心がある。
だから、スタイリストさんには関心がほとんどないです。
最近見始めたのは、クライアントさんたちがいろいろ言うので見ただけであって、
そうでなかったら、たぶん見ない。
見るとしても、クリエイティブなスタイリングをしている人、
つまり、これ、普通に着て歩けないなというようなスタイリングをしてくる人のだけで、
通勤着のスタイリングとか、全く興味ないです。
例えば好きなのはティム・ウォーカーの写真とスタイリング。
そういうのは大好きだけれど、ほとんどの人は、そういうのに興味がないでしょうね。

見せびらかしたいわけではないので、
買ったものをどんどんインスタグラムにアップするというのは、
逆に嫌です。
自分のものなんて、見せたくないです。
また美術はただ見たいだけであって、それを家に持って帰りたいわけでもないのと同じで、
たくさんの服を持って帰りたい、所持したいという欲望はゼロです。

私はただ単に、いつも自分が心地よく、その場にフィットしている感じでいたいだけで、
それ以上はないな。誰かに見られたいとかも、ない。
むしろ、見なくていいよ、と思っています。私のことは見なくてよい。

皆さんと接していてわかるのは、
私のようにファッションに興味のある人は、もはや少数派であるということです。
ほとんどはファッションなんて興味がない。
興味はないけれども、服は毎日着なきゃいけない、
どうせ着るなら、ちょっとおしゃれなほうがいい、
その程度の人が大半じゃないかと思います。

あとは、おしゃれじゃないと批判の対象になるとか、
「ださい」と言われるのでそれが嫌とか、
そういうのはあると思う。

もちろんほかにもいろいろな理由がある。
けれども、おしゃれをすることで何かを実現しようとすると、
それは失敗に終わると思う。

おしゃれになって人生が変わるとか、
おしゃれになったらハッピーになるとか、
そんなことは、私は言えません。
それは、このブレスレットさえ持てば幸せになれるという、
あの広告に似ている。
そんなふうに人をたぶらかすことは、
私にはできません。
幸せとは、ユングの言うところのセルフになること。
おしゃれしたって、セルフになんて、なれません。

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2017年8月17日木曜日

葛藤があるから努力できる

きのう、衣服は父の愛の代替品であるという仮説を立てました。
父的なものとは、社会という意味ですから、
父の愛が必要なのは、社会的に認められていると感じるためです。
皮膚の外側は、プライベートの外ですから、社会との最初の接点です。 
父からしっかりと認められて育てられた人は、
何らかの結果を出しても出していなくても、
社会的にも認められていると感じることができるので、
父の愛の代替品である衣服に依存することはないでしょう。
依存とは、つまり買っても買ってもまだ渇望するということです。
(スティーブ・ジョブズは渇望してなさそうです!)

本当に必要なのは父の愛、つまり父からの承認ですが、
衣服は単なるその代替品なので、決してそれを満たすことはできません。
だから、自分で自分を認めることが大事であると書きました。
では、自分で自分を認めるとは、具体的にどういうことでしょうか。

父の愛とは、社会からの承認です。
ですから、自分で自分を社会的に承認される存在に育てればいいのです。
社会的な承認は、何も衣服がもたらすわけではありませんし、
社長になるとか、そんな地位を得るということばかりでもありません。

日本で社会というと、何か大きな単位のように感じるかもしれませんが、
社会の最小単位は家族です。
ですから、父に認められなかったということは、最小単位の社会における承認に失敗した、
ということです。
構成する人員が少ないので、誰も認めてくれないということが起こりやすいです。

けれども社会は自分の家族だけではありません。
会社も1つの社会だけれども、学校でも地域でもサークルでも、
すべて社会の1単位です。
(インスタグラムというのも社会の1単位ととらえていいでしょう。
そこで承認されるためには、お買い物自慢がいい、ということになってるのでしょう)

会社で認められるということは、利益を上げるということなので、
日本の女性でその機会が与えられている人は少ないでしょう。
また、働いていない主婦の場合、家族という社会の単位では、
夫が父の代わりとして承認してくれないのなら、やはりその試みも失敗します。
(多くの女性は、夫を父の代替品として使い、父の役割を要求します。
しかしそれが得られないとなると、とたんに冷淡になります)

けれども、社会とはなにも会社や家族だけではありません。
(もちろんインスタグラムやフェイスブックだけでもありません)
そして利益を上げることだけが、社会的に認められるという意味ではありません。
(今の日本は、その点が重要視されすぎています)

どんな形であれ、社会という単位で何らかの役割を担い、認められる存在になれば、
承認欲求は満たされます。
あなたがいてよかったと思われたり、誰かの役に立つことをしたり、奉仕したり、
そんなことで承認は得られます。
親が愛を与えてくれなかったことによる葛藤は、
努力するためのエネルギーとなります。

その葛藤をエネルギーとして努力するかどうかは選べます。
努力しない人生の人もいます。
けれどもそれはその人の人生ですから、私たちが口出しする必要はありません。
努力しないを選ぶのもいいでしょう。

けれども、本当に人生に満足するためには、
努力して自分で自分を認められるようになる以外ありません。

私たちは、葛藤という努力するためのエネルギーも、
そしてそれを実行する機会も与えられています。
それを利用するもしないも、それぞれの自由です。


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2017年8月16日水曜日

服は何の代替品だろう?

スイーツは、特に乳製品と砂糖は母の愛の代替品として用いられるが、
服は何の代替品だろう?
どちらも依存性があるが・・・
わからないので、ここに疑問を投げかけておく。

え、まさか、父の愛の代替品なの?
そ、そうなの?

しかし、スイーツが内側をかりそめに満たすとして、
服は外側からのかりそめの承認を得るための道具だものね。
そうか。
父は社会性という意味だから。
似合うって言われたい、おしゃれって言われたいという欲求は、
お父さんに認めてもらいたいってことなのね。

スイーツは母の愛の代替品、
皮膚の外側の殻である衣装は、父の愛の代替品か。
過度にそれを求める人は、
幼少期にそれを親から与えられなかった、
もしくは与えられなかったと感じたんだね。
お父さんに認められなかったと感じている(もしくは無意識にそう感じている)人は、
服を買っても買っても、まだ足りないと感じる。
そして誰かに似合うねとか、おしゃれだねと言われることを熱望する。

けれどもスイーツも衣服もしょせん代替品。
決して満たされることはないんだよ。
スイーツをいくら食べても、あなたが欲しかった母の愛のかわりにはならないし、
服をたくさん買っても買っても、父の愛、つまり父から承認されるということのかわりにはならない。
どんなに買っても買っても足りないと感じるのは、
まだまだ父が認めてくれないと思っているから。

じゃあどうしたらいいか?
あなたが自分自身の父と母になるしかない。
そして自分で自分に愛を与え、自分で自分を認める以外に、
それを満たす方法はないです。


夏の雨、それからブレザー

夏の雨である。
日本のファッション業界は雨に対して無頓着すぎたのではないでしょうか。

売れないとか言っていますけれども、
しっかり雨に対応した服を提案していれば、
それなりに売れたと思います。
だって、雨が降るたびに、出かけるとき何を着ようか、
何を履こうかって、みんな、悩むのですもの。

これは何でもそうだけれども、
現実に対する正確な認識がないと、
適切な対処方法はわかりません。

真夏に梅雨に着るようなレインコートは暑くて着られないです。
私は、近所へのお買いものなんかはスポーツウエアで行っちゃうけれども、
そうじゃないときはどうするの?

私は、そうじゃないときは、
濡れるのを承知で格好つけたスタイルで行ってしまいます。
そして靴をだめにしたりする。

日本には梅雨、夏の台風、秋の長雨に対応した服装が必要で、
それは十分に売っていません。

これはみんなも声を大にして、
売ってない、売ってないと言っていいと思います。
そして、言い続けてメーカーに作らせましょう。

あと全然違う話ですけど、
ジャケットとブレザー、どこが違うのということです。
ブレザーはジャケットに含まれますが、
ブレザーと言った場合は、スーツとしてではなくて、ジャケット単体で売られているものもあるようです。(スーツで売られているものもあります)

ブレザーのBlazeは、炎という意味で、
イギリスのどこだかの大学の学生のメンバーが、
あたかも炎のような色合いのジャケットを着ていたことからそう呼ばれるようになったと、
以前、H&Mのコラムに書いてありました。
だから、ブレザーって、本当は赤い色のもののことなんですね。
現在は赤ではなくてもブレザーと呼びます。
今年はブレザーがちょこちょこ出始めているので、
何にでもブルゾンじゃなくて、テイラードカラーのジャケットというスタイルが多く提案されそうです。

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2017年8月15日火曜日

衣装から入る、というのはあり

芝居だったら当たり前ですが、
その役の衣装を着たら、
それなりにその気分になります。
姫だったら、姫の衣装を着れば、
姫気分になる。
姫気分になれば、動作やしぐさも姫となり、
周囲も姫として扱うようになります。

これは詐欺師の手口も同じ。
よく偽物医者とかいるけれども、
あれも白衣を着て、それなりの格好をしたから、
周囲は医者として扱う。で、だまされるわけ。

小さいレベルでこれはもう既に多くの人がやっていて、
「お嬢様ルック」というのはその典型。
お嬢様がどういう人のことだかよくわからないけれども、
お嬢様風の服を着て、お嬢様の気分になり、
周囲にもお嬢様として扱ってもらう。
それは似合うとか、似合わないとかの問題ではないです。
どんなに作業着がお似合いでも、
お嬢様に見られたかったら、お嬢様風のものを着るでしょう。

他人から似合うと思われたいと言うけれども、
それは決して、「その作業着似合うね」とか、
「さすが、そのコンビニの制服似合うね」とかではないはず。
そうじゃなくて、
自分が目指しているスタイル、
もしくは自分の憧れのルックが似合うと言われたいのでしょう?

例えば中学のとき、その中学の制服が大嫌いだとして、
「あなた、その制服がよく似合うわね」とか言われたところで、
うれしくも何ともない。

みんな、似合うって言われたいのは、素敵なドレスとか、
憧れの何かとか、そんなのでしょう?

似合うにこだわる場合、
コンビニの制服が一番似合ってしまったら、
それを着るのが一番よいとなります。
似合うにプライオリティを置くとはそういうことです。
似合うかどうかは、あなたの意思とは違うところで決定されます。
それは本当に受動的。

けれども、自分の理想に近づきたかったら、
そして本気でそうなりたいのなら、
なりたい自分の衣装を着て、
それに近付くための行動を起こす。
そんなふうに衣服を使うのがいいと、私は思います。
(もちろん受動的に生きたい人は、そのまま受け身でどうぞ!)


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2017年8月14日月曜日

褒めない人のほうが多数よ


誰かに過度に認められたい、褒められたいと脅迫的にいつも感じているのは、
幼少期に親(女性の場合は特に母親)に認められなかった、
または認められないだけではなく、否定された人が多いです。
彼らは、他人に対しては過度の承認や称賛を望みますが、
自分からはほとんどそうしません。
またはするためには、非常に勇気を必要とします。
なぜか。
彼らの親がそれをしなかったため、どうやって他人を承認したり、称賛したりしたらいいのか
わからないからです。
過度に求めるけれども、自分は決して、またはほとんどそれを他人には与えないため、
戻ってこないという悪循環に彼らは陥ります。
(もちろん天真爛漫な性格で、
誰に対しても認めたり、褒めたりする人たちも一部いますから、
そういう人たちはリターンなくしても認めたり、褒めたりしてくれます)

おしゃれだね、似合っているねと言われたい気持ちはわかります。
けれどもね、天真爛漫人口のほうがだんぜん少ないの。
天真爛漫な人ではなくても利害関係があったら褒めてくれますよ。
お店の人とか、取引先とか。(なんか売りたい人か、奪いたい人か)
でもそうでなかったら、褒めない人のほうが圧倒的に多いです。

あのね、100点を取っても絶対に褒めないお母さんって、いるの。
そんな人が、あら、すごくおしゃれねとか、言うわけがないの。
どんなに頑張ったって、きれいになったって、勉強ができたって、
褒めない、認めないという人は驚くほどたくさんいるんです。

だから、誰かからおしゃれとか、似合うとか、そんなことを言われるのを待つことはないのです。
認めるかどうか、言うかどうかは私たち自身の問題ではないから。
あなたがおしゃれじゃなくて、きれいじゃなくて、勉強ができなくて、稼ぎが少なすぎるから
褒められない、認められないんじゃなくて、
その人には他人を認めたり、褒めたりする能力がないんです。
(無視したり、否定したり、けなしたりする能力はありますよ。その人の親と同じようにね)

誰かに言われるのを待つのではなく、
自分で自分のことがわかって、認められるようになることが大事です。

どんなに素晴らしい作品でも、見ない人は見ないし、
認めない人は認めません。
認めたとしても、表立って言わない人もいます。
誰かにに褒められるのを待つ人生なんて不毛です。

誰も褒めてくれないって思ったら、人はそんなもんだと思ってください。
そして、あ、そうだった、うちの親も褒めなかったなと、
思い出せばいいのです。


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2017年8月13日日曜日

買い過ぎ問題

実際は、この方、買い物依存症かなという方も結構いらして、
服を買うことで、その瞬間ちょっとは気分が上がるようですけれども、
依存症なのでそれを止めることができず、
けれども、その気持ちの上昇も少ししか続かず。
しかも売るほうとしては、願ったりかなったりの相手だし、
この消費社会、破産するまで、誰かがだめとか、それはどうかとか言うことも少ないので、
そのまま買い物が続いているのではないかと、
疑われるようなケースもありました。

そうなると、自分はおしゃれのためだと自分に言い聞かせているかもしれないけれども、
もうおしゃれとか関係なく、
欠乏は満たされず、誰かに注意されると逆ギレしたりするので、
結局、放っておかれることになります。

依存症というのは、実はもうそこから快楽は得られない状態です。
買っても、買っても足りないのね。

しかしそこまでいってしまうと、
もうおしゃれとか、ファッションの問題ではないので、
私が言うのは、ガイドラインはこれぐらいというまでで、
それ以上、あなた使いすぎとか、そこまでは言いません。
そこは関与しない。
(私は誰かが破産する自由も認めているので)

買いすぎとか、買っても買っても着る服がないとかは、
それはその人の、簡単な言い方をすれば、心の問題で、
おしゃれになるにはどうしたらいいかとか、
そういう観点からは解決しようにないと思います。


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2017年8月12日土曜日

もうみんな、あきらめよう

先日、都内というか、東京23区内に住む人が、
都会にいる人の服装がだんだん面白くなくなってきたということを言っていました。
どんどん均質化してきていると。

思うに固定化された意味のコードが情報によって補強され、
インスタグラムへアップすることで焼きつけられて、
その結果、面白味のない均一化が始まったのではないかと。

その点、私がうろうろする小田急江ノ島線とか江ノ電沿線は、
この意味の固定化がないのです。
意味の固定化がないということは、クリエイティブということと同義です。
もうみんな、あきらめて、どうでもよくなっちゃっている。
どうでもよくなっちゃっているから、
他人がどんな格好していようが何とも思わないし、
口出しもしません。
その結果、いろいろな格好の人が出てきて、
面白い。
他人と比べることはできない。

つるまないで、
あきらめて、
どうでもよくなったら、
それぞれが面白いスタイルができると思うのですが、
いかがでしょうか?

ちなみに私は普通の人みたいでいること、やることをとうの昔にあきらめている。
できないし、やるつもりもないです。


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2017年8月11日金曜日

ヴァニティーズ

「ヴァニティーズ」というオフブロードウェイの御芝居がありまして、
日本でもたまに上演されます。
私が最初に見たのは高校生のとき、演劇部対象の催しかなんかで、
桜木町の神奈川県立青少年センターで見ました。
(ここは神奈川県の演劇の県大会が行われるところで、
私も中学、高校とも県大会出場したので、ここで芝居をしました。
回転舞台で楽しいの)

これがとっても面白かったので、
その後、大学のときも同じゼミのみちよちゃんを誘って、
新宿で見ました。
そのときは、なぜかストリッパーのお姉さん3人が演じていて、
舞台上で裸になり、大変なことに・・・
(今でも覚えているのが、みちよちゃんはICU高校卒仲間の彼氏も連れてきていて、
非常に気まずい感じになっていたこと、です・・・)

それはいいのですが、
ヴァニティーズ、つまり虚栄です。
話の内容は、同じ高校のチアリーダーのクラブの女子3人の高校時代、
大学生時代、卒業してから数年後について、3幕で紹介される、というもの。

内容は、要するに、最初は同じような境遇だった3人が、
3人ともそれぞれが見栄張り合戦をして、
最後、その見栄のために結局、あんたたち、不幸なんじゃないの?
という、そういう話です。
言いたいことは、虚栄は最終的に不幸を生むよ、身を滅ぼすよ、ということです。

小説や映画、芝居なんかでは、
時々、このことについて教えてくれますけれども、
今多くの人が接している媒体は、これについては言ってくれていないと感じます。

虚栄は最終的に身を滅ぼす。
肝に銘じて生きていきたいです。


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2017年8月10日木曜日

秋になったら取り入れたい素材

「注目の秋色夏素材」と書いてあるのを見ました。
では、秋色秋素材ってなんでしょうか?
そんなことはどこにも書いていないし、
正解があるわけではありませんが、
私が思うに、
秋素材、つまり真冬ってほどじゃないけど、
春でも、夏でもないんだよねという素材は、
コーデュロイとかヴェルヴェット、あとサテンかな。
それからセキンという、きらきらした素材やスパングルなんかも、
真夏のぎらぎらした太陽より、秋のほうが似合う感じが、
個人的にします。
(個人的なものなので、そうじゃないって言う人もいると思う)

夏の光にはぱりっとしたコットンとか麻のイメージだけれども、
秋になると、センシュアルなサテンとかスエードとか、
きらきらした素材が、斜めからの太陽光に映えると思います。

ですから、そういった素材のものを今からちょっとずつ、
部分的に取り入れるのがいいのではないかと。
ちょっときらきらとか、部分的にスエードとか、
リボンだけヴェルヴェットとか。
そんなふうにして、徐々に色、素材とも秋に移行していけばよいと思います。



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2017年8月9日水曜日

どの素材が暑いか

最近の検索ワードを見ていると、
「ポリエステル 暑い」
「アクリルは暑いか」
「レーヨンは涼しいか」とか、
そんなのが多いです。
要するに、化学繊維のものを着用すると暑いかどうか知りたいらしい。
高機能素材以外は大体暑いです。
レーヨンは原材料がパルプなので暑くはないけれども、
雨に当たると、紙みたいになります。
あと濡れて縮みます。

リヨセルが暑いかというのもあったけれども、
リヨセルはどうかな。わからない。

というか、私は素材の専門家でもないので、
知りたい人はメーカーに聞いてください。
ただ、大体、石油からできているものは暑いです。
それが目安です。
夏にアセテートとか、無理だと思います。

なんで最近、こんな検索ワードが多いのかなと思ったのですが、
皆さん、昔より、より多くの化学繊維を夏に着ているのでしょう。
昔はそれこそコットン、または麻でした。
よくてコットンポリエステルとか。
レーヨン麻か。
それがここ最近、化学繊維が多くなったのですよね。
ゆるふわとか、てろてろとか、そういうのがお好みの方は化学繊維が多くなるでしょう。
あと何?手入れが簡単とか、アイロンがいらないとか。
そういうのがお好みの方は化学繊維でしょうね。
そういう方は、暑さをとるのか、その簡単な扱いをとるのか、
どっちかですから、選んでください。

あ、関係ないけれども、信頼できるデザイナーはどういう人かと聞かれたら、
パターンがわかっててデザインする人と、生地を生産する現場へ見に行く人です。
先日読んだ日経の記事によると、日本の生地メーカーへ
一番足を運ぶのはシャネルとかセリーヌの人だって。日本のブランドじゃないって。



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2017年8月8日火曜日

たぶん2割

さっきふと思いました。
自分でおしゃれなスタイルを作れるようになりたい人はたぶん2割だろうと。
残りの8割の方々は、誰かおしゃれと言われる人の真似をしたいのだろうと。
ただそれだけだろうと。

だから私が教えている方法はその2割の人たちのためのもので、
あとの方々は関係ないでしょう。
そこを最初にはっきりさせたほうがいいのかもしれません。
フォロワーになりたい人は関係ないですから、無視してくださいねーって。

さて、その2割の方々。
自分のスタイルを確立させるためには、
やっぱり孤独が必要です。
客観的な視点は、孤独にならないと獲得できません。
また群れていてはスタイルは確立できません。
いったんその群れから離れましょう。
そしてスタイルが確立したら、
戻ってみればいいでしょう。
きっとそのときにその群れの立ち位置と欲望が理解できます。

そして最終的には、
その孤独を知っている、スタイルが確立された人たちで集うことになるでしょう。


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2017年8月7日月曜日

milanoteでボード作りはいいかも

https://www.milanote.com/?referrer=rcA1NptQzOALhYWbmC

 milanoteというサービス、
ネットからとってきた画像の切り貼りにはいいかもしれないです。
moodboardという題名でボードの例が出ています。
evernoteより使いやすそうです。

このアプリを入れて、
ここに自分の決めた色と好きなスタイルの画像を貼って、
それを持ち歩いて、買い物前にはチェックすればいいわけね。

今日は立秋

春夏秋冬というのは気温の話じゃなくて、
太陽の傾きによる光の加減なので、
まだまだ暑いけれども、
やっぱり今日から秋です。

暑いけれども、
もうダークな色合いのものをどんどん着てOKです。
人は見なれていないものにはっとする。
5月からノースリーブの私たちは、
今からなんとなく秋にしていきます。

見なれていないものを取り入れるために新しいものを買うのも1つの方法だけれども、
こうやって季節の先取りも得られる効果は同じです。

逆にどんなに新しくても、大勢が着ていれば、
それは見なれているものなので効果は薄い。
そのポイントを押さえていれば、
やり方はいろいろ考えられると思います。


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2017年8月6日日曜日

なんで被服費が1割かというとね

さて、私がなんで被服費は可処分所得の1割までと言うかというと、
私が調査したところによると、
大体、一人暮らしの場合、
食費が25パーセント、
家賃と水道光熱費と通信費で50パーセントなんです。
合計で75パーセント。
その残り、つまり25パーセントで、被服費、遊興費、交際費、貯蓄などということになります。
被服費が1割だとしても、残りは15パーセントです。
もうこれはぎりぎりのラインです。
被服費を1割以上使うと、たぶん貯蓄ができません。
または交際費をカットするかもしれません。
(私は、お金がかかるので土日はどこへも出かけないでうちへいるという話を
東京で一人暮らしをしている多くの方から聞きました。
けれども誰にも会わないでいると人生は発展しません。これはとても危険です)

私は20代、30代と被服費にたくさんのお金を使って、
その後、どうにもならなくなってきた人たちを見てきました。
ブンカの子たちもそうです。
20代、30代のころに使ったあの被服費、ほかのことに使っていたら、
今こんなことにならなかったのに・・・と思います。

お洋服にたくさんお金を使っても、
そのことが後になって人生を助けてくれる、ということはありません。
私は、1割以上使うのはとても危険だ、ということを言っているのです。

もちろんご結婚して、御家族がいらっしゃる方の場合は、
そのご家庭によって被服費に使える額は違ってくるでしょう。
お子さんがいる場合、家のローンがある場合など、
条件によって変わってきます。
だから1割より多い場合もあれば、
1割以下でまかなわないとならない場合もあるでしょう。

逆に夫婦ともに正社員や公務員として働いていて、お子さんがいらっしゃらない場合は、
もっとお金を使えると思います。
だから全部が一概に1割というわけでもありません。

ちなみに、私のように自営業の場合、社会保険料がめちゃくちゃ高いです。
日本の自営業者が少ないのも、社会保険料の高さが原因と言われているぐらいです。
そうすると1割を超えるということはとても危険なことになります。

1割というのは、だから日本の、特に女性の置かれている現状を踏まえての額です。
外国だったら、もっと違うと思います。

これから日本の景気がよくなる、ということはありません。
なぜなら人口が減少するからです。
私たちはダウンサイジングしていかなければいけない時代に生きています。
もう拡大はできないのです。

多くの人がまだそのことに気づいてないようだけれども、
一部の人はもう気づいていて、警告を発しています。

厳しいのは私じゃなくて、
この日本の現実です。
今にそのことをすべての人が思い知る日がやってきます。
それはごくごく近い将来です。

私が提案している方法は、
このダウンサイジングの時代におしゃれでいるための方法論です。

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2017年8月5日土曜日

Corduroy is coming back

Corduroy is coming back
と、プロモスティルが書いています。
70年代風がふえてきたので、
ヴェルヴェットに並びコーデュロイも復活。

しかし、コーデュロイのジャケットって、ほんと寒くて着る時期が限られている。
11月に入ったら、昼間出かけて帰ってくるような外出じゃないと無理でしょう。
かといって、25度もある10月だと暑い。

コーデュロイって、基本コットンなので、季節は問わない素材です。
だから9月だろうと、10月だろうと、着てもいいわけ。

私、その昔にものすごく薄いコーデュロイの生地を買ったことがあるけれども、
それだったら9月、10月もいけるのではないでしょうか。
で、それを9月半ばぐらいから着てしまう。
薄いコーデュロイのネイビーやダークブラウンのシャツとか。

しかしもしそれを作っているとしたら、
今売られているはず。
売っていないということは、
そんなもの、作ってないですよね、日本は。

見た目は秋なんだけれども、
着ると涼しいコーデュロイというのがいいと思うけれども、
どうだろうか。

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2017年8月4日金曜日

夏服に飽きるころ

涼しい日が続いています。
これで4日目。
私はだんだんと、夏の服に飽きてきました。
5月からノースリーブを着ていたので、
飽きても仕方ないです。
大体3カ月ぐらいで飽きるのでしょうか。

もちろんまだまだ暑い日がやってくるのでしょうが、
あと1週間もしたら、
白多目から、ダークな色多目へ移行。

サンダルも飽きちゃったけど、
(なんせ4月から履いてるから)
暑いから8月いっぱいは履くかしら。

とにかく頭の中はもう秋です。

そうそう、話は違うけれども、
パンツが太くなってくると、ウエスト位置が上がります。
なぜならタックをとるためです。
ローウエストだと、パンツを太くするためのタックがとれない。
太めであればあるほど、ウエスト位置は上がります。
逆に、パンツを細くするためにはウエスト位置を下げなければなりません。
ウエストとヒップの差の処理がダーツでできないから。
スキ二ージーンズがローウエストだったのは、
格好いいからというよりも、それでないと細くできないからです。


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2017年8月3日木曜日

山種美術館「川端龍子-超ド級の日本画-」



山種美術館で開催中の「川端龍子-超ド級の日本画-」へ行ってまいりました。
混んでいました。
いつも私が龍子の絵を見るときの、たぶん30倍ぐらいの人がいました。

「草の実」「爆弾散華」「八ツ橋」が一度に見られます。
その他、山種美術館所蔵のはなやかで、よりわかりやすい作品も一挙公開。

こんなに混んでいる原因は、
なんでもテレビでやったからだそうで、
そうするといきなりこんなに人が来るのですね・・・
絵は同じだし、日本美術史にしっかり出てくる有名な画家であるにもかかわらず、
今までは、なぜこんなに見ている人が少ないの?という感じだったのに、
テレビでやったというだけでこんなにも差があるなんて、などと
ある意味ショックを受けて帰ってまいりました。

みんな、見る目を養おうよ、と私は思うのですけれども、
それはやはり少数派なのでしょうか。別にいいけど・・・

それはいいとして、
今年も11月3日(予定)で、第3回の大田区の龍子記念館での絵の鑑賞会を開催しますので、
よろしかったらどうぞいらしてください。

あと関係ないけれども、
帰りの渋谷からの田園都市線で、
腕にクリスタルの数珠タイプのブレスレットをしているおじさんを5人見ました。
今、おじさんたちのあいだではあのブレスが流行っているのでしょうか?
周回遅れというか、もうみんなゴールしてしまっているのだけれども。
なぜ今なのか?
そして何のためにやっているのでしょうか?
おしゃれのためなのか?あれが?
まさか開運とか言わないですよね。運頼み?
謎でした。


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2017年8月2日水曜日

大量に買う人

服にお金をかけられない人は、
ファストファッションで服を買う傾向があります。
お金がない、よって安いところで買う、です。

しかし私が見てきたところによると、
ファストファッションで買う人って、
買う量も多いです。
なんでこんなにたくさん持ってるの?という人が多かったです。
安いから買っちゃうのでしょう。
だから結構な額を使っていると思います。

そしてもうひとつのたくさん持っている人の特徴は、
多すぎてどうしたらいいかわからない、
しかもおしゃれには見えない、という点です。

たぶん人間が扱える量というものには限界があるのだと思います。
スタイリストさんみたいにそれが仕事だったら扱えるでしょうけれども、
一般の人にそれは無理なのでしょう。

あとこれは服に限ったことではりませんが、
安いものを安く買っても、人はその買ったものを大事にはしません。
安いものをたくさん持っている人の服って、
なぜかしわしわです。
初めどうしてこんなにしわしわなのか理解できなかったのですけれども、
あれはタンスに突っ込みすぎて、ああなってしまったのでしょうね。
「こんなにしわしわですぐ着られるの?」って聞いたら、
着られませんというお答えがありました。

安いものを大量に次々に買っていくのは、
情報消費型のおしゃれです。
もちろんそういう人もいます。
けれども、それだって結構お金がかかるし、
それが大量になると扱うことができません。
あとモノも大事にしません。

私はこの方法にはもう限界がきていると思います。
もうこの方法を続けることはできなくなるでしょう。

今のうちに頭を切り替えて、
情報消費型おしゃれではなく、
あなたが情報として消費されない方法を身に付けたほうがいいでしょう。

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2017年8月1日火曜日

ジャンヌ・モロー


ジャンヌ・モローさんがお亡くなりになったそうです。
ご冥福をお祈りいたします。

ジャンヌ・モロー、日本ではあんまりジャンヌ・モローのファンという人は聞かないけれども、
ルイ・マルといったら、ジャンヌ・モローでしょう。
(私はトリュフォーよりルイ・マルが好き)

見るなら絶対「恋人たち」なんですが、
これの原題はLes amants。
L'amantだと「愛人」と訳されてしまう。
複数形だと、恋人たちになってしまう。

Les amantsと言えば、Loversで、
タロットの恋人たちのカードに結びつくのだけれども、
あのカードは女二人に男一人が描かれています。
Les amantsって聞いたら、
あ、それはきっと三角関係の話ねって、
なるのかもしれません。

ただ、ジャンヌ・モローって、映画でどんな衣装だったかはっきり思い出せない。
「突然炎のごとく」の大きなセーターと、
「小間使の日記」のメイドの衣装ぐらいしか、
はっきりした印象がありません。
あとは大体、白黒のモノトーンだったことぐらい。
シャネルとジバンシーだったって言うけれども、
どれがシャネルとかジバンシーとか、全然わからないし、覚えてもいない。
演技がうまいからか、衣装がかすんで見えたのかも。
女優としてはそのぐらいでちょうどいいのかもしれません。


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