2017年6月27日火曜日

お知らせ

都合により、6月28日から7月3日ごろまで、ブログのアップをお休みいたします。
よろしくお願いいたします。

ブルック・シールズ


最近、ファッション関連でブルック・シールズに関する記事をよく見ます。
ブルック・シールズの着ていたドレスにインスパイアされたデザインとか、
それからカルバン・クラインの広告にまた出るとか出ないとか。
(ブルック・シールズはカルバン・クラインのジーンズの広告で有名)

ブルック・シールズ、少女のころは本当にかわいくて、
こんなかわいい人がこの世にいるのかしら?というほどで、
たぶん彼女以降、こんなかわいい美少女は出現していないと思います。
それはエル・ファニングとかの比じゃない。

けれどもブルックも大人になったら、
なぜかいかつい体格になってしまって、美少女の面影が薄れ、
だんだん映画にも出なくなり、今では忘れ去られた存在、という感じだったのですけれども、
最近、復活してきました。

久々にブルックの写真を見たら、素敵ではないですか。
年を取って、少しやせてやつれた感じが、あのはかなげな美少女のころとは違った美しさで、
(もちろん写真の撮り方のせいもあると思いますが)
これからどんどん出てきてほしいなと思いました。

ジェニファー・コネリーもそうだけれども、
若いころ、美少女でならした人って、20代、30代はぱっとしなくて、
45歳過ぎたころからまたぐっとよくなって、
ハイブランドの広告に出てきたりします。
(もちろん痩せてから、ですけれども)

彼女らでさえ、美しいだけじゃだめで、
20代、30代の経験という裏打ちが45歳過ぎたころからしっかりしてきて、
表面が崩れないというか、風雨に打たれても大丈夫、みたいな感じになる。

日本でも年を取ってから素敵になる女優さんがまれにいらっしゃいますが、
そういう方はやっぱり素敵。
美容とおしゃれだけにかまけてたわけじゃないってわかる人のほうが、それは素敵ですって。

日本のファッション誌に興味がなくなってしまったのは、
美容とおしゃれにかまけてたって、素敵にはならないって、
いつのころか気づいてしまったせいかもしれません。
それは本当にそのとおりなのでね。

☆写真:ブルック・シールズといえば「プリティベビー」だよ。ルイ・マルだよーー!



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※ただいまアマゾンさん、その他ネット書店に在庫がありません。書店にはまだあるかも・・・
次ができ上がるまでしばしお待ちを。























2017年6月26日月曜日

グラストンベリー

朝からコービンのグラストンベリーでの演説を聞いていました。

グラストンベリーへは1度行きました。
オックスフォードからバスを乗り継いで、
最後の乗り継ぎのバスステーションでバスを待っていたら、
同じようにバスを待っているお年寄りの夫婦に、
「遠くところからよく来たわね~」と目を細めて言われたりして、
おりるべきバス停で降りて、
いつものようにどっちへ行ったらいいのかわからず、地図を見ていると、
大体親切なジェントルマンが道を教えてくれることになっていて、
そのジェントルマンは「日本にいたことがある」と言って、
「どうして」と聞いたら、「海軍だったから」ということで、
イギリスの海軍って日本にいるのかしらとか疑問に思いつつも、
行きたいところへはすぐについてしまって、
そこはフランス人のマダムとパートナーのイギリス人女性が経営している
元修道院の宿舎かなんかだった女子向けのB&B。
マダムがフランス人なんで、フランス語であいさつするとたいそうお喜びになって、
コッツウォルズはスノビッシュね、サマーセットのほうがいいわ、などと言い、
ちょっと街を見てくるわってことで街へ出ると、
なんだかラベンダー色のものを着ている人が多いのでした。

なんでグラストンベリーなんかへ行ったかというと、
チャリスウェルがあるお庭を見たかったからなんですけれども。
ジョン・レノンがイマジンを作ったというそのお庭は、天国のようでした。

コービンが読んだシェリーの詩と、
グラストンベリーと、
ラベンダー色の服と
フランス人マダムとそのパートナーと、
チャリスウェルで咲いていたスイセンと、
そんなことがいっしょくたに思い出されたという、
ただそれだけのことです。



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2017年6月25日日曜日

どこの国でも理想は理想

なぜかわかりませんが、
外国在住や、外国に住んでいたことのあるクライアントさんが結構多くて、
そういう方がいらっしゃるたびに、実際どんな感じなのかお話を伺います。
私は外国に住んだことはないので、こういうときに聞いておかなくちゃ、です。

きのうは実際、イタリアはどうなのかというお話をうかがって、
「イタリアの女性はマンマになっちゃうとね~」ということで、
どうやら母親になると人が変わってしまうらしいです。

では女性としての理想(仕事、ライフスタイル、パートナーシップなど)を体現している
ヨーロッパの国はないのかしら?という話になって、
北欧はわからないけれども、どうなのかしら、というところで終わりました。

こちらの方面はよいけれども、あちらはだめみたいな、
全部が理想に近いところはないようです。

日本も理想に近づくには100年あっても足りないねということで話は終わり、
なかなか道は険しいです。
私が生きている間には、全然たどり着けないでしょう。

そんな中でどうするかは、個々人の問題です。

ファッションも常に理想を提示しますけれども、
それに対してどうするかは個人の問題で、
だからどうこうというわけでもないです。

だけれども、残るのはその理想。
そして思い返すのも、その理想でしょう。


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2017年6月24日土曜日

文字をグラフィックとして使うデザイン

例えば英語やフランス語などの単語もしくは文章を
グラフィックとして使ったTシャツなんかはたくさんあって、
日本では多くの人が着ています。
で、あれは意味がわからないから、多くの人が平然と着ていると思うのですが、
もし意味がわかったら、それでも素敵なのでしょうか。そして着るのでしょうか。
これはいつも疑問に思います。

ひらがなだって、カタカナだって、グラフィックなデザインとして使えますが、
けれどもこれは流行らない。
ブランド名でもだめだと思います。
幾らルイ・ヴィトンやシャネルがいいからって、
バッグにカタカナで「シャネル」とか「ヴィトン」とかでかでかと書かれていたら、
それは買うのかしら?買わないでしょ。

古い書なんかを見ていると、
漢字もカタカナも非常に美しいグラフィックだとわかりますが、
でもそれが書かれた服を着るのだろうかと、
ときたま疑問に思います。

それで、きのうヨウジ・ヤマモトの2018年春夏のメンズコレクションを見ていたのですが、
日本語(その他の言語)がグラフィックとして使われていて、
ジャケットにゴシック体で「着る服 ないの」とか書かれていました。
ここまでは、まあありかなと思ったのですが・・・
どんどん見ていったら、とても素敵なブルーとグリーンのヴェルヴェットのスーツが出てきて、
素材が本当に素晴らしいのですけれども、
よく見るとそこには「下流老人」と書かれているのです。

なぜこんなに美しいヴェルヴェットの上に「下流老人」って入れてしまうのか。
どうして?どうして?
ついでに、ネクタイには「南無阿弥陀仏」と書いてある・・・うーん、浄土真宗?

やっぱり私たちは意味がわからないから
文字グラフィックのものを着ているのだと思いました。
思うというか、確信した。
(じゃあ、「大金持ち」だったらよかったのか?
それでも着ないと思うな・・・)

「下流老人」に打ちのめされたので、
今、アン・ドゥムルメステール(デザイナーはセバスチャン・ムニエ)を見ました。
心底ほっとした。癒された。
インスピレーションのもとはローバート・メープルソープだそうで、
あ、だからパティ・スミスみたいなのねと、そうなります。
(ロバート・メープルソープはゲイだけれども、若いころパティ・スミスと同棲していて、
非常に影響を受けています。
ファッションを読み説くときは、メープルソープって言ったら、パティ・スミスってすぐつながらないと、
意味がわからないのよ)

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2017年6月23日金曜日

センスだけでもだめです

おとといのヴァレンティノのメンズのショーについてのVogueの解説を読んでいたら、
ピエールパオロはユング心理学の本を読んでいて、
無意識とアーキタイプ(元型)について考えていると書いてありました。

ヴァレンティノはマリアが抜ける前からいろいろなシンボルが刺繍されたドレスなんかが出ていて、
まあ、イタリアですから「象徴の森」みたいなところに住んでいるわけで、
考えなくてもそういうものに接する機会は多くて、
自然とそうなることもあるだろうけれど、
それでもちゃんと勉強しているわけです、デザインする側が。

なぜかというと、
自分の作品をマスターピースにしたいから。
情報として消費されたくないから。

なんか多くの方が例えばデザイナーなんかは、
単にセンスがいいからやっていると思っているようですが、
センスがあるだけじゃだめで、すごく努力も勉強もしています。
単なるセンスだと、いっときはそれでいいかもしれないけれど、
長もちしない。
一過性になってしまって、流行りが過ぎれば忘れ去られてしまいます。
一瞬売上げを上げるためだったらそれでもいいかもしれない。
けれども、みんなアーティストなんで、そんなことのためにはやっていないです。

そして受け取る側も同じだけ勉強していないと、これもまた理解できないです。
ピエールパオロが「アーキタイプ」って言ったら、
そうだよね、アーキタイプ、重要だよねってならないとだめ。
つまりファッションを理解するにもセンスだけじゃだめということです。


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2017年6月22日木曜日

自分で洗濯はエコ

グーグルの例のファッションのデータベースを見ていたら、
ファストファッションの項目がありました。
世界の認識はこのとおり。
そのコストは誰が担っているの?かという話です。

その中で、ドライクリーニングはやめて自分で洗濯をという話もありました。
そうでした、そうでした。
ドライクリーニングに出して石油系の洗剤で洗うよりも、
自分で手洗いしたほうが環境汚染が少なくすむのです。

私はあのドライクリーニングに出した後の独特の感じが嫌なのと、
一度、ドライクリーニング工場を見学して、実態を見てしまったので、
自分では洗えないと判断したジャケットやコート類以外は
ドライクリーニングに出さないのですが、
それが結局はエコにつながっていたと知って、安心したのでした。

前に1度書きましたが、アパレルメーカーは少しでも洗うと変化が起こるリスクがあるとわかったら、
すべてドライ表示にします。
実際は自分で洗濯しても大丈夫なものでもそうです。
だからかなりのものがドライという表示があったとしても、自分で洗えます。
中でもシルクや麻は自分で洗えるものです。
逆にレーヨン100パーセントのものは自分で水洗いすると縮んでしまうので、
レーヨンは自分で洗わないほうがいいでしょう。何かと混紡だったら、可能なものもあります。
ただしどんな繊維でもそうですが、やってみないとわかりません。
だから、絶対に大丈夫とは言えませんので、とにかくまずは試してみることをお勧めします。

関係ないですが、昨夜、ヴァレンティノのメンズのショーがあって、さっき見たのですけれども、
ゴージャスな体操着でした。
実は私は、本のイラストでメンズのデザインを描いた後、自分でそれを見て、
めちゃくちゃ体操着じゃないかと、自分で思ったのですけれども、
今日のヴァレンティノを見て安心しました。体操着でOKですとも。
しかし、大衆にこの体操着が流行るのも3,4年後になるでしょう。
それまでは一部のおしゃれな人だけが着るぐらいかな。あとはミュージシャンとか。
とにかくたくさんの人が着るのはもうちょっと先でしょうね。


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2017年6月21日水曜日

夏至


シェイクスピアの「真夏の夜の夢」は、
夏至のお話です。
妖精のお祭り。
日本は梅雨に入ってしまうので、
美しい夏の光はそろそろ終わり。
ここから太陽は傾き、
昼は短くなります。

天気がいい日には真っ白な服でも着てお出かけを。
そして曇りや雨の日には、
憂鬱な気分を吹き飛ばすようなヴィヴィッドな色を。
これから梅雨明けまでの期間、
そんなふうに過ごすのがよいのではないでしょうか。

☆写真:夏至のうちの庭。前のカメラが壊れてしまって、やはり今のは使いにくく・・・。しかしニコンさんは後継機種を発売していないので、どうしようかな。

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サンローランのトーキョーフィルム


サンローランのトーキョーフィルム。
トーキョーのイメージはやはりこんな感じといういい見本です。
(これは2017年の秋冬メンズだそうです)



2017年6月20日火曜日

もうセールなのね

所用で藤沢の街に出たら、
もうセールが始まっていました。
明日が夏至なのに、夏至前からもうセール。
あれは春分ぐらいから売り出したものなのでしょうか。
とすると、3カ月早く着るという価値のための値段が、
その値引かれた3割なり、5割なりだったということですね。
3カ月早く着るという価値は、必要な人もいるでしょうけれども、
一般の人は、通常は要りません。
何か急ぎの理由があれば、また話は別ですが。

私はもう何年もわざわざセールに行くとか、
セールで買うということはしていないので、
セールをやっていても、別にどうとも思いません。
ただ、セール期間だと、お店が若干混んでいるので、
ものがよく見られるというのはあります。
(ものはよく見られないのに、こちらがじろじろ見られているだけというのはとても苦痛)

きのうは平日のせいもあって、
セールだから誰か見ているわけでも、買っているわけでもなく、
日常に溶け込んでいて、静かなものでした。

それよりも、きのうはすごいお年寄りを見たのでした。
駅前にいたおばあさま。
サングラスがハート型でした。
これです。
ロリータです。
おばあちゃんなのにロリータで、
余りに衝撃的だったので、「素敵なサングラスですね」と声をかけたら、
投げキッスを返されました。
海に近いところに住んでいるとファンキーになるのかな、
などと思い、帰路についたのでした。

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2017年6月19日月曜日

タリスマン

プラダがジュエリーの新しいシリーズ「タリスマン」を発表しました。
あの謎の江ノ島の土産物屋で売っているような貝がらのネックレスはそのシリーズのようで、
そのほか木やアメジストなどのクリスタル、動物モチーフが使われています。

私も本にアミュレットのようなジュエリーをと書きましたけれども、
アミュレット(お守り)よりも、タリスマンのほうがより呪術的です。
(タリスマンは何かを遂行するための護符のような意味)
大体、普通の人はタリスマンなんて知らないし、持たない。
興味を持つのは魔女とか錬金術師の皆さんです。

しかし、衣服の歴史をたどってみれば、
この呪術的な部分は避けられず、
例えば一針一針に思いを込めた時点で、もうそれは十分に呪術的。
シンボルや記号に意味を持たせたり、
そこにパワーを感じるのはごく当たり前。

キモノだって、縁起がいい柄や動物があります。
また魔除け的に何か装飾品を持ったりもしたでしょう。

薬を飲むことを「服用」というように、
服そのものに治癒や、よい方向への変化が求められていたわけで、
おのずとそれは呪術、もしくは祈りのようにならざるを得ません。
着たからよくなる、身に付けたからよくなるという、
近代科学からは徹底的に否定されるような役割が、
服や装飾品には昔からあって、それが今でも続いているという話です。
逆にこういう要素を着るもの、身につけるものから一切はぎ取ってしまうと、
ファッションは貧弱になります。

実際、プラダのタリスマンを多くの人が身につけるとも思いませんけれども、
こうやってはっきり打ち出すところが、これもまたヨーロッパ的だなと思いました。

さて、そんなことを考えた今日ですが、
プラダの2018SSのメンズのショーがありました。
プラダは「赤」推しですね。
靴のソールとか、シャツの襟だけ赤とか、バッグが赤とか、
靴下も赤ストライプで。もちろん全身赤とかもありましたけれども、
全身にちょっとずつ赤をちりばめる方法は、さすがプラダだなと感心することしきりでした。
そんなわけで今日はこのへんで。

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2017年6月18日日曜日

手作りの可能性と限界

先日、久々にミシンを使って自分の着るものを作りました。
私はミシンが好きじゃないので、
あんまり複雑なものはもう作りません。
ボタンホールもファスナーのところを縫うのも嫌だったので、
両方ないものという条件で作りました。

あー、もうミシン嫌だなーなどと思いながら縫いましたけれども、
それでもそれなりにできて、結構いいじゃないのと後から思ったりするわけです。
ミシン好きの皆様はどんどんミシンを使っていただきたい。


使っていただきたいのですが、
自分で作れるものと作れないものがあると思います。
例えばトレンチコート。
これは自分で作るのはやめておいたほうが賢明。
あと羽刺しが必要なジャケットのたぐい。
素人さんには無理なテクニックだと思います。

逆に向いているのはミシンを使わないような刺繍とか、
それこそ編み物とか、そんなテクニックを使うものは自分で作るのがよいと思います。

品ぞろえの多い生地屋さんに行きますと、
以前は売っていなかったような
めまいがするような素敵な生地がけっこう売っていたりします。
何でも手に入るとてもいい時代なのですけれども、
それとは反比例して、手作りを趣味とする人は少なくなりました。
お店がどんどんなくなっていくので、それはよくわかります。

手作りやその他のこともそうでしょうけれども、
その面白さは1回や2回やったぐらいではわからないです。
1回やって面白くなかった、だからやりませんという態度では、
永遠に面白いところまではいけません。
それはインスタントな刺激じゃない。
たぶんそういう性質が手作りする人を少なくしているのでしょう。

それでもやる人はやるでしょう。
そういう人はラッキーだと思います。
本当の面白さを知っているわけですからね。

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2017年6月17日土曜日

ファッションとシンボル(ゾディアックとタロー)

ゾディアックとは黄道十二宮のことですけれども、簡単に言えば12サイン。
もっと簡単に言えば、さそり座、射手座とか、そういうもの。
タローはタロットのフランス語読み。

この前のディオールの2018クルーズ・コレクション、
また妙なシンボルが描かれているなと思ったら、
やはりタロットの図柄で、ディオールはゾディアックとタロットの図柄がとてもお好き。
理由は、ムッシュー・ディオールがタロット使いで、
よくタロットをしていたからだそうで、
ファッションとアストロロジーとタロットは切っても切れないというか、
とても縁が深いです。

シャネルもいつも「しし座の女」と言うし、
5という数字はしし座がゾディアックの5番目のサインだから。

それから新しいグッチのコレクションの図柄もタロットでした。

これらがなぜこうなるかというと、
西洋においてファッションは、あくまでも西洋の美の伝統の流れの中にあるからで、
そうだとしたら、ゾディアックとタロットで扱うシンボルは避けられないからです。
日本の人が思うよりもずっと、彼らはそれに詳しいはず。
そうでなければ理解できないから。
(ちなみにこれらシンボルがわからないと、フィレンツェに行っても全く意味がわからないですよ)

それから、流行周期について。
私は最近、思うのですけれども、
あれも彼らは知っていて仕掛けているのでしょう。
つまり、次の周期を占星術的に予測して、
それでデザイナーを交代させる、ということをやっていると思います。
だから交代が早いし、先のトレンドを早く打ち出すことができる。
後追いだったら、これは無理です。
逆に言えば、早いから一般大衆がついてくるのはそれから3、4年後ということになります。

この件についてバカにする人がいることは知っていますけれども、
そこでバカにした時点で、ヨーロッパの美の伝統を全く理解していないな、ということです。
ヨーロッパの真のインテリ層は、
一枚上です。
ハイブランドを引っ張っていくような本当のインテリたちは、そこまで理解している。
それはヨーロッパの美の系譜にしっかり組み込まれているからです。


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2017年6月16日金曜日

ファッション・フォトグラファー

絵になるとか、客観的とか、俯瞰して見るとか、
そんなことは、言葉にはしてみなかったけれども、
当たり前なのに、多くの人がそれが理解できていないことが不思議だったのですけれども、
ここでファッション・フォトグラファーの重要性という問題が出てくるのではないかと思います。

というか、日本のファッション誌では、ファッション・フォトグラファーが重要な位置づけではない。
ファッションと絵は一体なので、
これは切っても切り離せない関係なのですけれども、
ある特定のファッション誌しか見てこなかったなら、
そんな存在にすら気づかないでしょう。

私は美術とか写真とか映画とか、そんなものばっかり見ていたので、
絵としてぐちゃぐちゃなファッション誌は買う気が全く起こらないから買いませんでした。
けれども多くの人が、絵としてどうこう考えていないファッション誌ばかり見てるようですから、
絵になっているか、なっていないのかというのがわからなくなるというのもうなずけます。

やはり日本の雑誌は商業主義に陥っていて、
売ることが目的で、読者の欲望を刺激する(または心理的におどす)ことに一生懸命なのかもしれません。

ではどうしたらいいかといったら、
これも同じ。
勉強すればいいだけ。
優れたファッション・フォトグラファーの写真を多く見ればよいのです。

でもそんなのはどこで見れるのか?Vogueなんて買わないよ、と。
まあ買わないでしょうけれども、
実はハイブランドの広告の写真はみんな優れたファッション・フォトグラファーの作品。
名前のクレジットこそないけれども、大物ばっかりです。
だから今すぐできることは、ハイブランドの広告ページをよく見ることでしょうか。
マリオ・テスティーノも、ユルゲン・テラーも、ティム・ウォーカーも、
そして今だったらグッチはぺトラ・コリンズとか、
(ハイブランドじゃないけれど、アバクロはいつもブルース・ウェバー)
そんなのは全部広告で見れます。
そういうのをまじめに見ていればよいと思います。


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2017年6月15日木曜日

本物から学ぶ

グーグルが膨大なファッションのデータベースを公開していました。
こちら。https://www.google.com/culturalinstitute/beta/project/fashion

きのう見始めたのですけれども、
膨大すぎて、すべてを把握することが不可能。
ちょっとずつ見ていこうと思いますが、
それでもいつ見終わるかわからないほどのデータの量です。

さて、皆さんのお悩みの1つに「センスがない」という問題があるようです。
生まれ持ってセンスがある人はもちろんいますが、
ないなら後天的に習得すればいいだけです。
それでもある程度のところまではいけます。

ただし、何もしなかったらだめで、
やるべきなのは本物を見続けること。

例えば、ニトリでしかインテリアが買えなくても、
いつもニトリだけ見てたのでは、いいものを選べるようにはなりません。
長もち(物理的かつデザイン的に)するものを選べるようになるためには、
長もちしないようなものを見てもだめ。

これはアート全般、音楽、建築、絵画、ダンス、すべてをやる人の常識なんだけれども、
案外、ほかの人は知らないみたい。
いいものを見ていないと、センスは身につかないし、選べるようにはなりません。

さて、このグーグルのデータベース、
バーチャルとはいえ、見ないよりは見たほうがずっといいレベルです。
これだけのものを本で買うとなると、ものすごい額になるし、
もちろんすべての美術館、博物館へ行けるわけもないです。

まずは興味のあるところから見てください。
誰かのインスタグラムを見るよりずっと勉強になります。
大量生産大量消費の時代はそろそろ行き止まり。
今みたいなことはもうやっていられなくなります。
その前にセンスを身につけておきましょう。


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2017年6月14日水曜日

着ているもので優遇されるシチュエーション

日本では、着ているもので優遇されたり、されなかったりということは、
そんなにないとは思います。
逆に海外で、ホテルやレストランへ行くと、
あからさまに着るもので判断されたりします。

では日本では全くないかというと、
ホテルではあるようです。

先日、私はカオリちゃんと横浜でデートしました。
その際、お昼にホテル内の中華レストランへ行ったのです。
時間を勘違いしていて、早く着きすぎちゃったので、
開店までお店の前の椅子でずっとしゃべっていました。

そしてお店がオープンするとき、たしか2番目ぐらいだったと思いますが、
きれいにメイクしたチャイナドレスのウェイトレスさんに席を案内されました。
けっこう広い店内で、2番目に入ったので席はほとんどあいている状態でした。
窓際に座りたいな、などと思っていたにもかかわらず、
お姉さんが案内してくれたのはお店の真ん中のテーブル。
で、こちらにどうぞを促されて座ってみてわかったのは、
その席は入口から入って真正面だということ。
しかも入口を向いて座るように促されたのでした。
まだたくさん席があいているのにここ?なんて思ったのですが、
その後から来た、ワンピース姿のきれいなマダムお二人も、似たような席に通されていました。

ああ、なるほどと。
明らかにこのお姉さんは着ているもので判断して席を決めていたのでした。
(もちろんカオリちゃんがかわいいのでその席に通されたというのもある。)

何もブランドのバッグを持っているとか、そんなんじゃありません。
(私たちはそんなものは持っていませんでした)
全体にきれいにしているだけです。
(カオリちゃんはトリコロールで、私は黄色だった)

ホテルというシーンでは、
どこのブランドバッグとか、そんなことが重要なのではなくて、
ホテルの中でその人たちが絵になるかどうかが重要です。
ホテルの従業員の方々は、それを見て判断しています。

これは実際に実験してみればわかります。
皆さんもぜひ実験してみてくださいね。
いろいろわかって面白いです。


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2017年6月13日火曜日

3色ルールはいつから?

3色ルールはシャネルが言ったとされていますが、
はっきりしたことはわかっておらず、
別にシャネルが言わなくても、その前からあったはずで、
それはいつごろなのだろうかというのが疑問でした。

そうしたところきのう読んだ本の中に記述がありました。
フランスの軍隊で軍服の着用が制度化されたのが1660年代で、
1670年と1690年に発布されたルヴォアの王令で、
ブルボン王家の3色(青、白、赤)を基調とした制服などが定められた、
そうです。
青、白、赤はブルボン王家の色だったのですね!
きのう知りました。

で、どうやらこれは、
旗に使われている色に合わせたようで、
旗がバーガンディー黄色と白なら、
その3色の制服になるみたいです。
つまり、うちの旗はこの色だから、
制服もこの色でいこうぜ、みたいな、
そんなことのようです。
旗と制服を合わせたらカッコいいし、
すぐに敵か味方かわかるしね、みたいな、
そういうノリのようで、
意味があってのことなのですね。

黒と白についても、
黒は聖職者の色で、みんなが憧れて黒を着用したがったようですし、
白、特に純白の生地というものは、
ある程度地位の高い人しか着られない貴重なものだったので、
憧れの対象だったようですし、
それぞれみんな意味があってそうなったのですね。

こういうことを知るのは大変面白いのですが、
こういったことがどこに記述があるのかわからなくて、
探すのに苦労します。
そして歴史を踏まえないと未来も見えてこないので、
未来を知りたかったら、
過去を把握しておくことは重要なのです。
3色ルールや黒と白が重要であるということは、
洋服の歴史を鑑みても、
これからも変わらないでしょう。


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2017年6月12日月曜日

ファッションにおける表現の自由と権利

きのう自分の本をまじめに読み直しました。
マニュアルの本ではあるけれども、
私が繰り返し言っているのは、
勝ちとった表現の自由を簡単に手放してはいけない、ということと、
好きなものを着る自由と権利は誰にでもあるので、
他人のそれを侵害してはいけません、
そして、(これははっきりとは書いていないけれども)、
肌の色で決めつけて差別してはいけない、ということ。

リアーナがパステルカラーのピンクのドレスを着たり、
PUMAのデザインでもその色をよく多用していますけれども、
リアーナにはあの色は似合わないから着てはだめと言ったら、
それはファッションではないし、差別です。
(私はそういうことを言った人の話を聞いて、
心底頭にきた)

ちなみに、男性が女性装をしてもよいとするのがファッション。
似合わないから着てはだめと言うのなら、ファッションではないです。

表現の自由と権利を奪おうとするもの、
そして差別するものとは、
戦っちゃうわ。
そして、そういうものと戦うのが真性のファッションです。


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2017年6月11日日曜日

若くてかわいいだけじゃない女はいいです、それは

トークイベントをやった際、
「若くてかわいいだけじゃない女」の方に御手伝いしていただきました!
本当によかった!

問題は年齢じゃないです。
若くても、
そうでなくても、
「だけじゃない」女の人は素敵!
いっしょにお仕事をしても楽しい。
先週もとても楽しかったです。

若いということの利点は、
どんなによれたシャツを着ようと、
穴あきジーンズをはこうと、
汚れたスニーカーだろうと、
それだけでさまになること。
これは若さの特権。

ですから、若い人は今のうちにそういうスタイルを楽しんでください。


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2017年6月10日土曜日

Je suis comme je suis.

ありがたいことに拙著を10代から70代の方に読んでいただいています。
で、16歳の姪のクラスメイトに本を見せたところ感想が、
プロフィール写真を見て「カッケー」と、
中のイラストを見て「かわいいー」だったそうです。
たぶん中身はまじめに読んでいないようなので、
そこはいいから、中身を読んでくださいと伝えておきました。

そして次は70代の私のお知り合いの華道家の方からきのう感想のメールをいただきました。
その中に、
「Je suis comme je suis.
ですね」
とありました。
つまり、「私は私!」ということです。

そうです、そうです。

もちろん誰かのように、もしくは何かのようになりたい方々もたくさんいることは知っています。
そうしたらその方々は、その手法を学べばいいと思います。
同じ服、同じバッグ、同じ靴、同じメイク、同じ髪型、同じフレグランス。
そのための情報はインスタグラムなんかにあふれています。
それをどんどん追っていけばいい。
同じものを買っていけばいい。

で、私が教えているのは、
そういう志向ではない方々のための方法論です。
だから何を着ろも、あれを選べも、ありません。

私は、
Je suis comme je suis.で、
これからもいきます。


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2017年6月9日金曜日

「若くてかわいいだけの女なんて、もうつまらない」とセツ先生はいう

2000年代に入っておしゃれに関するいわゆる指南本は一切読んでいませんが、
それまでに読んで影響を受けたのは、ダントツ、長沢節先生です。
セツ先生はセツ・モードセミナーの創始者です。
セツ・モードセミナーはファッションイラストの分野では憧れの学校で、
抽選でしか入れないという、行きたくてもなかなか行けない学校なのでした。
当時、『装苑』に映画の紹介の連載を持っていて、
私はセツ先生お勧めの映画をせっせと見に行っていました。
一度だけ、セツ先生の姿を拝見したことがあります。
ブンカで何かのショーが行われたとき、
新宿の西口からの地下道をブンカへ向かって歩く先生を見つけました。
当時、60歳は超えていらっしゃったと思いますが、
かっこよすぎて、ひっくり返りそうになりました。

セツ先生が本の中で繰り返し言っているのは、
自立して自由な大人の女性こそ美しく、
ファッションを楽しめるのはそういう大人になってから、
若いなんて、お金も自由もないし、
若い人向けのかわいいファッションなんて全然魅力なし、ということです。

20代の私はそうだわ、そうなのねと思って、
その境地を目指すことにしました。

あれから何年もたち、今の年齢になって、
セツ先生が力説していたことが本当だったとわかります。
特にセツ先生が説く、自由であることの重要さ、
差別するのがいけないということなど、
私の精神にも深く宿っていると思います。

そんなことを考えていたら、
なんと、セツ・モードセミナーが閉校することになり、
展覧会が今、弥生美術館で開催されているということを
きのうになって知りました。
ちょっと行くのは無理そうなので、とりあえず図録だけ注文。
ファッションイラストの最高峰ですから、
ああいうのを見ていると、
ああ、なんて私は絵が下手なのかーと、思うわけです。

さて、セツ先生が常々言っていたことを最後にもう一言。
「絶対に太るな!」です。
はい、先生。
私もそれだけはずっと守っています。


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2017年6月8日木曜日

誰かと競争したらほぼ全員負けます

ことおしゃれに関しては、
誰かと競争したら、まずお金持ちが勝ちます。
そしてそのお金持ちの中で競争が始まったら、
若くて美しい人が勝ちます。
ということは、年とることが運命づけられている私たちは、
ほぼ全員負けます。

この競争は最初から参加しないに限ります。
まさに無間地獄です。

誰かと競って、一瞬は勝ったと思っても、
次の瞬間、誰かに追い抜かれる恐怖がやってきます。
いっときたりとも安心できません。

安心がないと、
人生の質が著しく落ちます。
その状態では幸せはなかなか感じられません。

他のあらゆることも他人と競争したり、比べ始めたら、
毎日、不幸を感じることになります。

薔薇とユリは競争しないし、
ライオンとシマウマだって、ライオンのお腹がすいていない限り、
お互い何とも思ってはいません。

ここでちょっと関係ないですが、
たぶん2000年代に入ってから、
私はいわゆる誰かが書いたおしゃれの指南本なるものを
一切、読んでいません。
そこら辺からは、オリジナルに当たる以外はしていないし、
尊敬する人もいなくなったので、
私にとって、読むべきものはありませんでした。
だから、ほかの本についてどうこう言うつもりもないし、
競争したり、比べたりするつもりもないです。

もちろん私が言っている方法がすべてというわけではないし、
どんな方法にしろ、自分でいつでも選べます。

比べない、
そして自由に選べる、
それが大事だと、私はいつも考えています。

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2017年6月7日水曜日

最大のコスパは「自分でやること」

皆さん、コスパ、コスパとよくおっしゃっていますが、
いろいろなものが安くなった今でさえ、
多くの分野において、
やはり自分でやることが、最大のコスパだと思います。
お料理だってそうです。
全部、外食や買ってきたものよりも、自分で作ったほうが安いし、安全で満足があります。

安いだけにこだわったら、
買ってきたほうがいいものもあるでしょう。
けれども、それ以上の安全、満足を求めるのだったら、
やはり自分でやったほうが安いです。

現在、自分で服を作る行為は、コスパはよくはありません。
けれども、安いだけではなく、楽しい、満足、オリジナリティ、長く愛せる、
途中でリメイクできるなども加えていけば、トータルでのコスパはいいでしょう。

毎日の生活にかかわるものは、
自分でやったほうがだんぜんコスパはいいわけです。

私はふだん「コスパ」という言葉をほぼ使わないので、
書いていて、うんざりしてきましたけれども、
コスパとは関係ないとしても、
自分でやるということは非常に重要です。

誰かが途中で何かをやってくれたとしても、
それではその人の実力にはなりません。
いつも外食して、買ってきてものだけを食べているのなら、
その人は永遠に料理ができるようにはなりません。

おしゃれについても同じです。
本日も『わたし史上最高のおしゃれになる!』のおわりにから引用して終わります。


「あなたの願いをかなえるのは行動したあなただけ。そして、あなたをおしゃれにするのはあなた以外ほかにはいません。」


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2017年6月6日火曜日

好きなものを着る権利があるということ

好きではないのに着なくてはいけないのか?とか、
似合っていないからおかしいとか、
それらに対する答えを本の中に書きましたので、『わたし史上最高におしゃれになる!』の
「おわりに」から引用します。


「それまでの女性が持っていなかった、衣服を通しての表現の自由と権利の拡大、その発展のためにファッションは毎年、進化します。固定化した役割分担からの解放、ジェンダーに張り付いた意味の解体と再構築、誰かのためではなく自分のためのセクシュアリティの表現、これらをより発展させるために、デザイナーは苦悩し、新しいデザインを考えます。
 何より大事なのは、選択する権利があるということです。私たちには着るものを選ぶ権利があります。それだけではありません。おしゃれであることを選ぶ権利があるのと同様に、おしゃれでないことを選ぶ権利もあります。もちろんそれは自分も他人にも同じように、です。私たちは他人を、おしゃれでないからという理由で非難することはできません。ファッションが標榜するのは表現の自由ですから、それはいつでも尊重されます。ですから、他人のその服装を「ダサい」「遅れている」などと非難することは、ファッションの精神とは相入れないのです。」


せいぜい100年前、女性は好きなものを着ることができませんでした。
 100年前、「ズボンは女性に似合わないもの、着てはいけないもの」と決まっていました。
好きなものを着る権利は婦人参政権と同様に、
多くの女性たちによって勝ち取られた権利です。
その戦いの結果、今の私たちの着る自由があります。

だから、答えはいつでも、
「好きなものを着ればいい」です。
それがおしゃれではなくても、似合わなくても、です。

似合うものしか着てはいけないも、
あなたはそれを着なければいけないも、
ファッションの精神ではない、ということです。


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2017年6月5日月曜日

きのうのトークイベントを終えて

きのうのイベントでは、私の実際のワードローブを使って、
3色ルールとリレーションの説明をしました。

みんなの前で着替えながら説明しようと思いつき、
頭の中ではイメージができていたのですけれども、
ちゃんと並べてみたのは前日で、
リハーサルは当日、始まる前に一人でやってみました。

その際に、私が皆様の前で下着姿になるわけにはいかないので、
下着の上にどんどん重ねていったわけです。
ノースリーブ白シャツ、
長袖のシルクシフォンT型ブラウス、
ノースリーブの前あきワンピース、
ジャケットという具合に。

もちろん普段はこんなふうに重ねて着たりしませんが、
旅へ行く際は、このやり方でOK。
特に荷物を少なくしたい場合はどんどん重ねていくといいです。

ただし、夏は暑いです。
ですから、暑くない季節にお勧めです。

きのう着ていたものは私が普段着ているものばっかりで、
しかもこれといって、すごく有名なブランドというものは、
ベルトがカルヴェンだった以外、ありません。
何か特別どこかの場へ出るとかでもない限り、
日本の日常生活だったら、それで十分です。
定価で買ったのはパナマハットぐらいだし、
そんなにお金もかかっていないです。
かといって、ファストファッションは1つも入っていません。
カルヴェンのベルトだって、セールだったから5000円ぐらいでした。

皆さんも頭を使って、工夫すればできます。
そんなにお金もかからなくて、
ファストファッションを買わなくてよくて、
日本での日常生活に合っていて、
おしゃれに見えるというのは、
知恵と工夫でできます。

ある程度そろってくると、
毎日、着るものをいちいち考える必要もなくなります。
考えるのは、古くなったものの入れ替えぐらいです。
(きのうの場合、最後まで着ていたノースリーブのブラウスはもう5年ぐらい着ていて、
実はぼろぼろです)

皆さんも早くこの境地まで達するように頑張りましょう。
そうすれば、あとは自分の人生の重要なことに対して集中できます。


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2017年6月4日日曜日

本日はどうもありがとうございました。

本日は、私の主催のトークイベントに多くの方にお越しいただき、
本当にありがとうございました。

とてもいいお天気の中、室内のイベントへいらしていただき、
本当に感謝しております。
1回45分と短めだったのですけれども、
けっこう目いっぱいご説明できたのではないかと思います。
(ちなみに45分というのは、私がトークするのにこれぐらいがいいという時間です。
なんでもすぐ早く終わらせようとするので、これぐらいがちょうどいいです)

残念ながらお写真をお見せすることはできませんが、
(そもそも撮っていない)
3色ルールとリレーション、実感としておわかりいただけたのではないかと思います。
ぜひ皆様のご自分のワードローブ作りに生かしてくださいね。

あと、今日は来られなかった皆さんも
詳しいことは本にちゃんと書いてありますから、
自分である程度まではワードローブを構築することが可能です。

またご自分ではやっぱりわからないという方には、
秋以降、ファッションレッスンのグループレッスンをする予定でおりますので、
よろしかったらぜひいらしてくださいませ。

今日、ご質問いただきましたが、
この方法はお子様でもティーンエイジャーでも男性でも同じです。
例えば高校生だったら、高校生活を楽しむ自分、みたいな感じでイメージを作ればいいわけです。
そんな大それた目標である必要はありません。
中学生や高校生のころからこれができるようになると、
大人になって、自分で服を買うようになったとき、
本当に助かると思います。
本を御買い上げいただいた親御さんの皆さんは、
ぜひお子様にも同じルールで実施してあげてくださいね。

では、今日は本当にどうもありがとうございました。

2017年6月3日土曜日

お勧めはしない、その理由

例えば、梅雨はアウトドアウエアのレインジャケットがいいですよとか、
シルクがいいよとか、
その程度に何かお勧めしたりはしますけれども、
具体的な誰かに具体的な何かを勧めるということは、
身内か、とっても仲がいい人でもない限り、
私はしません。

身内もしくは仲がいい人は、
その人がどういう人でどうしたいか知っているから
勧められるけれども、
1度しかお会いしたことがない方に、
何かを勧めるということはしない。

私が個人のファッションレッスンをしている間、
本当に多くの方からこういう話を聞きました。

カラ―診断で選ばれた色が嫌なんだけれども、着なければいけないですか?
骨格診断で選ばれた服が嫌なんだけれども、着なければいけないですか?
パーソナルスタイリストが選んだ服が嫌なんだけれども、着なければいけないですか?
どこどこの何かの先生が服なんか全部○ニクロにしろと言われたんだけれども、着なければいけないですか?
セレクトショップでこれを勧められたんだけれども、着なければいけないですか?

こんな丁寧な聞かれ方ではなくて、
その人に言われたことがどんなに納得できないか、
どんなに嫌か、
その人はこういった、ああいったということを交えて説明してくださって、
(その間、私のレッスン時間は減りますけれども)
ニコニコというよりも、憤ってという感じの方が多かったです。

そのたびに、
「着たくなかったら着なければいいじゃん」と、
それしか答えはないし、
そのクレームは私じゃなくて、
それを言った方のところへ持っていけばいいと思うのですが、
なぜかうちに来て、そういうことをおっしゃる。


誰かが何かをお勧めしたとして、それを着ても、
すべての人から100パーセントおしゃれと思われることなんて、ないです。
今だったら、グッチでも、ヴァレンティノでも、
変とか、おかしいとか言う人は絶対にいます。
(特にグッチは絶対言われますね)

私が何か勧めても、すべての人からおしゃれと思われるわけじゃないし、
もしかして誰かから、そんなの変とか言われるかもしれない。
そのときに、そのお勧めを着ている人は、
そのお勧めを受け入れて着た自分の責任にするんじゃなくて、
お勧めしたその人のせいにするんです。
それは、うちに来た皆さんの言い分を聞いてきたのでわかります。

この前も言いました。
「もちろん誰かにお勧めされたのかもしれませんが、
選んで、買ったのはご自分ではないのですか?
自分でそれでいいと思ったから買ったのでしょう?
50歳も過ぎて、もう子供じゃないのだから、
それはご自分の責任ではないのですか?」と。

子供だったら、ママが買ってきた服に文句を言うのはわかる。
けれども、皆さん、もうお子様ではないです。
いい年の大人です。

自分で選べること、
自分で決定して行動したことは、その人の責任です。
抵抗できなかったとか、無理矢理とか、自由を奪われたとか、そんなんじゃない。
もちろん、台風や大雪の責任を問われているわけでもない。

そんなわけで、
私が何かをお勧めしたところで、
こういう方々は、どこかで同じことをやるとわかっているので、
お勧めはしません。
以上です。



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2017年6月2日金曜日

別に若さに憧れないんだけれども

強がりでも、負け惜しみでもなく、本当のところで、
私は別段、若いことに憧れていません。羨ましくもない。

昔から、篠田桃紅さんとか、ピナ・バウシュ様とか、
映画だったら、年をとってからのシャーロット・ランプリングとか、
そういう人が好きなので、
若いっていいなとか、感じたこともないし、
いまさら若くなどなりたくない。

若くて、きれいにお化粧してて、おしゃれでという人はたくさんいると思うけれども、
今、そういう人たちが羨ましいとか全く思わない。
逆に、ああ、もうああいう若い人のためのぺらぺらした安い服を着なくていいんだ、
大人のためのいい服を着てもさまになるんだと思うと、
そっちのほうが嬉しいです。
どう考えても若いと似合わない服がたくさんあるから。
重厚な素材とか、凝った手仕事とか、
そういうのは若い人には要らないでしょう。

私はシャネルは要らないけれども、
あれだって、絶対、ある程度、年齢が上のほうが似合う素材と作りだと思います。
それこそ若い人はジーンズでもはいていればよい。

年をとればとるほど、
魅力の差は、着ている服の差ではなくなるなと感じます。

まあ、私はそう思うということで、ほかの人はまた違うでしょう。
若さとか、美容とファッションにこだわることが一番魅力的だと感じる人もいるかもしれません。
それは人それぞれということで、仕方ないです。


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2017年6月1日木曜日

絵になる場所の装いは楽しい

きのうは横浜の山手西洋館で開催されている
お花と器の展示を見に行ってきました。
http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/
見ることに集中していたので、写真はなし。

横浜市は緑化フェアをやっていて、
至るところに花が植えられ、飾られています。
中でも今は薔薇がちょうどピークを過ぎたところで、
暑苦しいほどに咲いています。
これでもかというほどのイングリッシュローズの山に、
きゃーきゃー騒ぎながら歩くので、全然、先へ進まない。

ひととおり薔薇を見たら、横浜の西洋館7館をめぐるのですが、
すべての館で花と器の展示がしてあって、
どこも甲乙つけがたく、
シャンデリアとか、ユリとか、薔薇とか、ダリアとか、
ベッドルームとか、バスルームとか、すべていちいち感動して、
妄想が広がります。
(バスルーム最高)

で、そんな花盛りの横浜、
歩いている人もみんな美しい。
というか、きれいな人が目立つ。
お年寄りも、もちろん全員ではないけれども、
明るくきれいな色を着ていらっしゃる方がとても多いです。
海があって、洋館や古い西洋風の建築物があって、
一方、みなとみらい地区は超近代的で、
どこをとっても絵になる場所だらけなので、
自然と人々の装いもそれにふさわしいものになってくる、
ということがとてもよくわかりました。

本の中にもシーンを考えるように書きましたが、
絵になる場所を選べば、
よりおしゃれしたくなると思います。
やはりどうでもいい場所はどうでもいい身なりです。
(それはそれで問題ないけど)

展示は6月4日までなので、行ける方はぜひ。
洋服が似合うところってこういうところか、というのがわかります。


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