2017年5月28日日曜日

法則がわかったら分析してみましょう

コーディネートの構成の初歩の初歩である
3色ルールとリレーションを作るがわかったら、
実際それがどのようになされているかということを分析、検証してみましょう。

そのときに大事なのは分析する対象です。
どこに見に行くかというと、
いきなり大物、つまりハイブランドです。
ショッピングモールや駅ビルのお店は適しません。

チェックするのにお勧めのサイトはこちら。
http://www.vogue.com/fashion-shows/resort-2018
アナ・ウィンター様のVogueです。
ここが一番見やすいです。

今、2018リゾートコレクションが開催されていますので、
最新のものを。
ヴァレンティノでもシャネルでもいいですが、
わかりやすかったのはフェンディ(全部ではなく一部。
フェンディは色のほかに、パールでもリレーションを作っています)

本に書きましたが、
必ずしもすべて3色以内とか、リレーションを作っているわけではありません。
4色やそれ以上のものもある。
けれども基本はそれなのだなということがわかります。

そのわかる感じをたとえるなら、
ヘレン・ケラーがwaterは水のことなんだ、とわかった感じと似ています。
大げさだけど。
わからないでもやもやした世界から、急に目が開けた感じになります。
今日、時間があるなら、早速やってみましょう。
急に見えてきて、「わかる」ようになります。


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2017年5月27日土曜日

何を着ろ、あれを着ろと言われるのが嫌い

何を着なさい、あれを着なさいと言われるのが嫌いです。
小さいころから嫌いです。
7歳ごろだったか、母親が買ってきたオレンジ色のワンピース。
色が気に入らなくて、ほとんど着なかった。
着たくないものは着たくないです。
たとえそれがお似合いであっても。

大体、ブンカに来るような人は、
何を着ろ、あれを着ろと言われるのが嫌いな人ばっかり。
だから、決して他人にそういうことは言いません。
先生も言わない。
これはあの3年間、誰からも言われたことがないです。
お互いリスペクトしているから、
たとえそれが変な格好であったとしても、
全く似合わなかったとしても、
どうしろこうしろって言いません。
見事に誰も。

これは東京コレクションに参加していたブランドにいたときもそうだった。
私なんか、そこの服を着ていなかったし、
1回ぐらいしか買わなかったけれども、
デザイナーさえ、着ろとは言わない。
そこは私たちの暗黙のルール。

ところが、です。
さすがにブラック企業は、そういうことを言うのね。
いろいろ頭にくることは多かったけれども、
本当に怒り心頭に達しました。
無視して、絶対着なかった。
(あ、でも、そこの会社が輸入していたエマ・ホープの靴は買った。
9000円とかだったんで)

ですから、
誰かにあれを着なさい、これを着なさいという人の気持ちがよくわからない。

衣服に関して大体、私がいつも言うのは、
「自分で決めて」ぐらい。
どうしたいのか自分で決めて。
それしかないです。

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2017年5月26日金曜日

もう梅雨なの?

今朝からけっこうな雨が降っています。
もう梅雨なの?
え、まだ?

天気予報含め、その他の予報をいろいろ見ています。

去年、ゴアテックスのレインシューズを買おうかどうか迷って、
デザインが気に入らず、結局、買わなかったけれども、
こんな雨が毎日続くとなると、
やはり必要。

ハンターの長靴は持ってますけれども、
あれはうちの近所への買い物まではいいけれども、
電車に乗ったり、出先で脱いだりしなきゃいけない場合は向いていないです。
やっぱりゴアテックス。
ゴアテックスでもうちょっといいデザインのレインシューズを、
どこかが作らないでしょうか。

最強のレインコートとレインシューズが欲しい、
というか必要ですね。


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2017年5月25日木曜日

ファッション業界の男性はおしゃれだったか?

最近、メンズのコレクションも一部チェックしていて、
メンズについても勉強しているのですが、
そういえば、私が働いていたころ、
男はどんな格好していただろうかと、
きのう思い出してみました。

まずは東京コレクションに参加していたブランドにいたとき。
デザイナーはオオノさんという人で、
この人のウリはクロード・モンタナのところで3年ぐらい修行した、ということ。
(モンタナもう知らないよね、みんな。構築的なデザインで、
90年代は結構人気があった)
私がいたのはデザイナーズブランドなので、デザイナーは彼一人。
この人が全部デザインします。
(だから、コレクションをやっているブランドの企画にもぐりこみたかったらパターンナーになるしかない。当時はね)

で、オオノさんはどんな格好だったか。
白シャツとブルージーンズに黒のウエスタンブーツ。以上。
これ以外のスタイルを見たことがない。
毎日これでした。
ですから、おしゃれだなーと感心したことは、ありません。

あとパターンナーの兄さんと、生産管理の兄さん。
ほぼ覚えてない・・・
でもジーンズじゃなかったですね、その当時は。
ジーンズにTシャツではなかった。
あのころは、ファッション業界の人はそこまでカジュアルではありませんでした。
それから営業の人は普通にスーツでした。
この中で、おしゃれだなと感心した人はいません。
東京コレクションに出てるといったって、そんなものです。
覚えているのは、コレクションを依頼した会社のスタッフのチーフだった男性が、
とってもいいブーツを履いていたこと。
さすがだと思いました、あのときは。
(関係ないけど、私がコレクションの裏方でばたばたやっていたとき、
各国のモデルちゃんたちにいろいろ褒められましたよ)

次に行った大手アパレルブラック企業。
ここも男性はほとんどスーツ。
しかし、はっきりと覚えている人がいます。
それは私がいたブランドのマーチャンダイザー。
どこのだかわからないよれよれのスーツ。
今でもはっきり覚えているのは、パンツの後ろポケットの玉縁がすり切れていて、
そこから財布が出ていたこと。
けれども、時計はカルチエ。
何でも会社が景気がいいときに、社員全員にカルチエの時計が配られたんですって!

そのMDが、朝、出社すると、
そのMDを除く、ブランドのメンバーがお金を集めて、おやつのために買っておいた
お菓子を朝食がわりに食べるのです。
そいつはお金を出してないのに!
そして週の半ばに休みをとったりして、そのMDがいない日に、
奥さんから「うちの主人にかわってください・・・」とか言って、電話がかかってきちゃう。
そのたびにブランドのメンバーが大騒ぎするという、
そんな想い出しかありません。

ほかにも営業やMDではない企画の男性が違うフロアにいて、
よくすれ違いましたけれども、何を着ていたか、全然覚えていません・・・
たぶんどうでもいい格好だったと思う。

そんなものです。
皆さんが恐れるほどのものではございません。

(伊藤忠だか、兼松だかの営業の方はブルガリの時計にアルマーニのスーツでした。
なんか靴もよさそうだった。あ、そうって思った。商社のほうがお金持ちでした)

案外、日本ではファッション業界ではないところにおしゃれな男はいるのではないかな。
わからないけれども。
そんな感じです。

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2017年5月24日水曜日

「メットガラ」を見てきた

時間ができたので、「メットガラ ドレスをまとった美術館」を見てきました。
アナ・ウィンターは「プラダを着た悪魔」を見て以来、
すごくイメージが悪かったのですけれども、
決断力が早い、仕事ができる人でした。
きっとそのことを厳しいだの、冷たいだの言う人がいるんだろうけど、
ああじゃなきゃ仕事にならない。

見てよかったです。
ここには「ファッション」がありましたから。
ファッションが好きで、考えて、リスペクトして、
勉強して、調べてというその一連の流れ。
それは、キュレーターのアンドリュー・ボルトンが
サンローラン財団で本物のモンドリアンドレスを見たときのあの感激ぶりがすべてを表しています。
男だから着られないんですけれども、
本物に触れたというだけで、
それだけうれしいんですよ!
こっちの人たちが本物で、
自己顕示欲の塊の人たちが、
インスタグラムにアップさせるため、安い服を2、3回着て捨てるというのとは、
全く違う。

あと、例えばアンドリューがゲイでパートナーが出てきたり、
(ちゃんとパートナーデザインの服を着ている。首の後ろになんかついているんでわかる)
リアーナが最も称賛されていたりと、
ファッションの多様性を示すために、さりげなくそういうシーンを入れていく、
ここには、あなたの肌には何色しか似合わないとか、
「どうして結婚しないの?」と聞いてくるとか、
そういうのはないの。
それは、ファッションじゃ、ないの!

それにしても、1924年と1925年のドレスの裾丈についてうんちくを語るゴルチエ先生にも
驚いた。さすが先生はよく勉強していらっしゃる。

情報量が多くて、映画で1度見ただけでは見落としがたくさんあるのですけれども、
充実の90分でした。
ニューヨークは全然興味がないのですけれども、
メトロポリタンミュージアムだけは行ってみたいなと思ったのでした。
以上です。

そうそう、アンドリューはデヴィッド・ボウイのファンと見た。なんか仲間のにおいがする。
で、最後にかかった曲がWild is the Windのカバーだった!


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2017年5月23日火曜日

量産型スタイル女子の謎

ファッションについて観察したり、考えたりしていると、
女性性、男性性について考えざるを得ません。
なぜああなるのか、
疑問がいつも湧きあがります。
目下の疑問は、ある一種の量産型スタイル女子と、
おじさんおばさんスタイルについての疑問です。
なぜああなるのか?

先日も、BMWに乗る男性(20代)1人に対して、
ほとんど同じようなスタイルの女子3人という組み合わせを見て、
あれはいったいどういう意味なのだろうかと、疑問を持ちました。
なぜああなるのだろう?

女子たちはブラウスにルミネの上の階で売っているような、ひざ丈のポリエステルジョージェットの
ひらひらした感じのパステルカラーのスカート。それにナチュラルストッキングにパンプス。
余りに差異が少ないので、どれが誰だか私には区別がつきませんでした。

あの謎の格好はどこからきたのだろうとずっと疑問に思っていましたが、
先日、出先でテレビを見る機会があったとき、その疑問が解けました。
そのとき見たニュース番組のアシスタント女子のスタイルがあれでした。

この疑問は保持したままでいたのですけれども、
さっき読んだ、ユング派の心理学者の書いた本にその答えがありました。
あれはね、「パパに認められたい」ルックなのです。
父親から承認や励ましを受けず、冷淡、もしくはほとんど無視されて育った女性は、
過度に父親的なものに媚びるのだそうです。
そう考えるとすべて納得できます。
BMWも、テレビ局の上司も、「父親的なもの」です。

(しかし、媚びたところで、本当の承認は得られませんし、
本当に必要なのは承認ではなくて、自分の男性性の回復です)

では父親はなぜそれほどに娘に冷淡、もしくは無視をするのでしょうか。
それはリベンジのためです。
こういった父親は、母親から生産性が高いことだけを要求されて育ちました。
簡単に言えば、「稼ぐこと」だけです。(成績がいいこと、お金を稼ぐこと、どちらもです)
そして似たような妻と結婚しました。
つまり、いつでも彼は生産性の高さを要求されるのです。
こういう男性は、無意識に女性に対してリベンジします。

本当の自由はこの関係を逃れたところにあります。
誰かに承認を得るために服を着ている限り、
本当に好きな服を着るという体験はできないでしょう。



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2017年5月22日月曜日

6月4日(日)トークイベントを開催いたします(再掲)

2017年6月4日(日)に、
神奈川県藤沢市長後の湘南くじら館さんにおいて、
トークイベントを開催します。
内容は、小林直子著「わたし史上最高のおしゃれになる!」についてのお話です。
単に話すだけではなく、3色ルールとリレーションの実演を私がいたします!

入場料は無料ですが、
「わたし史上最高のおしゃれになる!」をお買い上げくださった方が対象です。
本をお買い上げくださった方でしたら、男性でも、女性でも、年齢も関係ありませんので、
ぜひいらしてくださいませ。
13時~と15時~、2回開催いたしますが、
15時からの回は私のクライアントさん対象の回になります。

13時からの回の募集は終了いたしました。
15時からの回はまだあいていますので、クライアントさん以外の方も入場可といたします。


日時:2017年6月4日(日)1回目13:00~13:45 2回目15:00~15:45
募集人数:各回30名
場所:神奈川県藤沢市長後 湘南くじら館(小田急江ノ島線長後駅下車徒歩5分)
対象者:「わたし史上最高のおしゃれになる!」をご購入くださった方。
     
申し込み方法:
メールに、題名「トークイベント15時」とご記載の上、
      お名前(本名)、
      希望の回(13時または15時)をご記載の上、
      fateshowthyforce@gmail.com小林まで、送ってください。
      (gmailをブロックしている方はメールを受け取れるように解除をお願いいたします)
      先着順です。48時間以内に御返事します。
      募集終了、変更等は当ブログにて発表いたします。

以上、よろしくお願いいたします!

リレーションのためのアイテム探しは楽しい

カンヌ映画祭のスナップを見ていたら、
サンディ・パウエル(衣装デザイナー)が写っていて、
彼女はオレンジのショートカットと両腕のたくさんのバングルでリレーションを作っていました。
さすが!かっこいい!
それでサンディ・パウエルの過去の画像を見ていたら、
ほとんどこのオレンジの髪の毛とのリレーションを作っていて(例えばサンダルとか)、
きっと彼女はいつもオレンジのものを探しているのだなと想像しました。
いつもオレンジのものを探して買い物で、
なければ買わないで帰るのです、きっと。
そして少しずつオレンジものを集めていくのです、何年もかけて。
これはとても楽しいことだと思います。

ジグゾーパズルのピースを埋めるみたいに、
いつもそれを探している。
そしてぴったりはまったらとてもうれしい。

どなたかが、そういうルールを知らない人がそれを見て、
どうしてそれがおしゃれだとわかるのですか?と質問してきましたが、
人間の脳はこのつながりを意識するようにできているのです。
だからルールなんか知らなくても、ついて見てしまうし、
何だかよく思えてしまうのです。
けれども、解説されないとどうしてよく見えたのかわからない。
多くの皆さんも、どうしてあの人がおしゃれに見えたのか、
その理由がわからないまま生きてきたことでしょう。
それは結局、人間の脳というか、心理です。
だから本当に押さえておくべきなのはそこなのね。

みんなで自分の決めた色でリレーションができるように、
アイテム探しの旅に出ましょう。



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2017年5月21日日曜日

充実の編み物部


さて、きのうは風薫る五月の午後、
第二回の編み物部でした。

きのうはユキコ先生が新しい本と新しい見本を御持参。
それを見ていたら、こっちをやりたーい、ということで、
この前の続きはやめて、このビーズを編み込んだマフラーを作ることに。
しかも途中でメンバーが材料を買いに行ったりして、
それを待っていたので、私はそれまで本を見たり、しゃべったりしていただけ。
でもそれが楽しいの。
きのうは音楽をかけて、しゃべって、手を動かして、
こんなに楽しいことってあるかしら?
しかもこれは仕事じゃなくて、趣味!
趣味でやるから楽しい。


きのうはまずビーズの編み込み方を習得。
こんなに細い棒針で編んだのは初めてだったので、
1時間ぐらいでできたのはこれだけ。

編み物部を始める前、
どなたかが、「達成感が大事」とかおっしゃっていましたけれども、
達成感なんて、要らない。
到達点が一番いいときじゃなくて、
やっている最中の一秒一秒が楽しい。
それが本当に楽しいということだと思うのですけれども、いかが?
まあ、人は到達点が一番いい派と、やっている最中が楽しい派に分かれるのかもしれませんね。

来月もやりますので、よろしかったらご参加くださいませ。


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2017年5月20日土曜日

子供っぽい服

どなたかが子供っぽい服で検索しているので
お答えいたしましょう。

子供っぽい服とは第一に、
女性的な身体、すなわち凹凸を表現していない服です。
バスト、ウエスト、ヒップに差がないもの。
かつ、幼稚園児のスカートのようにウエストがハイウエスト気味のもの。
また、同じように幼稚園児のブラウスのような襟、
つまりフラットカラーの丸襟は子供っぽい、というか、幼いイメージの襟です。
(子供は台襟のついた襟、つまりシャツカラーのシャツを日常的には着ません)

ここまで書いて、あれ?と思った方はいらっしゃいますか?
そうなのです。
この特徴、なぜかある一派のシニアの服にも言えるのです。
バスト、ウエスト、ヒップに差がなく、フラットカラーの丸襟のもの。

どちらも共通点は、大人の女性の女らしさを一切表現しないこと、です。
まあ、生殖には関係ない、ということかな。

シニアになった時、生殖に関係ない派と、まだ何となく生殖に関係ありそうな派に分かれます。
関係ない派には色気がありません。(当たり前)。
色気のあるおばあちゃまは、関係ありそうな派です。

日本は、関係ない派が多いようですね。
なぜだかわかりませんが。
けっこう見かけます。伊勢丹あたりでも。
なぜかな?


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2017年5月19日金曜日

全く覚えていない服

きのう、アパレルでやった各種アルバイトのことを思い出していました。
その中で割と長くやっていたのがレイコ・ヒラコという東京コレクションに参加していたブランドです。
ブンカの友達に誘われて、コレクションの始まる前の春休みとか夏休み、
毎日、朝から晩までそこでアルバイトとして、
下っぱの仕事をいろいろやっていました。

そこは労働時間こそ長かったですけれども、学生のアルバイトに時給1000円で、
夜19時ごろを過ぎると、出前をとってくれたりして、
ブラックな環境ではありませんでした。


どんなことをやっていたかというと、
パターンの青焼きとか(今はもうあのシステムはないらしい)、
トワルの組み立て、その他もろもろの雑務、買い物など。
コレクションの当日の裏方もやりました。

それで、ヒラコさんって、どんな服を作っていたんだったっけと、思いだそうとしたのですが、
これが全然覚えていない。
覚えているのは、なんかみんなで合成皮革のスカートにカッターでモチーフをくりぬいたこととか、
浅草橋まで帽子の中に入れる鳥(帽子が鳥かごみたいなデザインだった)を買いに行き、
帰りにタイ焼きも忘れずに買ってくるように言われたこととか、
そんなことだけ。
全体のお洋服の雰囲気は全く覚えていません。

自分が着ていたニコルの黒いパンタロンとか、
ワーカーズ・フォー・フリーダムの前立てにフリルのついた白シャツとか、
そんなのは覚えているのですけれども、
バイト先でどんなのを作っていたかは、ほとんど記憶にありません。

ついでに言うと、
いっしょにアルバイトをしていた、ヨダさんというサイケが好きな女の子の服も、
全然覚えていない。
(ヨダさんが蛇の指輪を御守りにしていたのは覚えている)

あと、覚えているのは、サンヨーから移ってやってきたシマナカさんという親切なおじさまの
(と言っても、その当時35歳ぐらい。私らにはおじさんに見えた)、
普通のサラリーマンみたいなスーツ姿ぐらい。

結局、自分の好きなものしかよくは覚えていないのです。

想い出は、自分のすごく好きなものと、
あとはとっても嫌だったこととか、嫌いなものだけで形成されていて、
どうでもいい中途半端なものは抜けて落ちていく。
だからきっと、死ぬ時に思い出すのは、
好きな服を着た想い出だけなんです。
それは決して、誰かがそれを着なさいと言った、その服ではないでしょう。
そうではなくて、自分が好きで着ていた服、
もしくは、着なかったかもしれないけれども、好きだった服です。
(私の場合、高くて買いたくても買えなかったロメオ・ジリのドレスは覚えている)

だったらなおのこと、誰かがどうこう言う服じゃなくて、
好きな服を着たいと、私は思います。
だって死ぬ時に、あれも着たな、これも着たな、
よかったなって、
思い出したいからね。
それだけです。

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2017年5月18日木曜日

WEB記事アップのお知らせ

今週分のWEB連載がアップされました。
こちら
よろしければ御読みくださいませ。

それから、アマゾンさんのレビューを書いてくださった皆様、
どうもありがとう!
とてもうれしいです。

そして引き続き、レビュー募集中ですので、
アマゾンさんに注文して読み終わった方は、
私への感想メールは要らないので、
アマゾンさんのほうへレビューをよかったら書いてね。(もちろん無理にとは申しません)

いつもいつもどうもありがとう!

そういや、知らない間にKindle版も出ていた。
私みたいに、さきにKindleで買って、
やっぱり紙で読みたいやって思って、
紙の本も買っちゃうというのもお勧めだね!
うん、そうだね!


どうしても好きなこと

ここ何年間で多くの人に会ってわかったのは、
どうしても好きなこと、どうしてもやりたいこと、やらずにはいられないことを
持っている人はごくごく少数である、ということです。

本当はあるのかもしれないけれども、
続けてやっている人は本当に少ない。

続けない理由はお金がないとか、お金にならないとか、
ま、そんなことでいろいろあるとは思いますけれども、
続けないと、そこで終わってしまうことはたしか。

しかしそれ以前に、
ずっと好きなことはないの?という問いに対して、
多くの人が自信を持って、
「ありません」と答えました。

どうしても好きなこと、どうしてもやりたいこと、やらずにはいられないことがある人は幸いです。
それこそが、もしかして神様からのギフト。

お金になんかちっともならないのに、それでも続けられるその情熱こそが、
才能。

与えられたのは情熱。

私も一度はファッションに関するものほとんどすべてを捨てたけれども、
(ブンカの教科書も全部捨てた。そしたら隣の奥さまが全部拾った(笑))。
それでも好きなので、お金にならなくてもやめられませんでした。


そしてそのもらったものを今回、本という形で多くの人に還元できて、
本当によかったです。
与えられたのだから、だれかに返さなきゃ。
そうでしょう?

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2017年5月17日水曜日

ハンカチの想い出

大手アパレル企業に入ったとき、驚いたことはいろいろあるのですが、
中でもそこの女子社員のすべてのふるまいには、
今でも忘れられないものが多々あります。

まず、会社に着いたら、履いてきた靴を、ミュールなんて素敵なものではなく、
「つっかけ」に履き替え、
前髪を美容院で使うような長いヘアクリップでとめ、
始業のベルが鳴ってから自席で化粧直し、
といった具合に、その会社に持ち込むアットホームな感じ。

そして私が最も、美しくないと思ったのが、
ハンカチにまつわることです。

なぜだか知りませんが、
彼女らはトイレにハンカチを持参することはなく、
手を洗った後、棚に置いてあるトイレットペーパーを
くるくるっと手に巻いて、ちぎって、それで手を拭いて、
ごみ箱にぽいっと捨てる、
ということを繰り返していました。
手を拭くようのペーパーならまだしも、
トイレットペーパーを手にぐるぐる巻きにして、
ぽいぽい捨てるその動作が、私にはたいそうおぞましく見えて、
ああいうことだけは決してやるまいと
心に誓ったのでした。
(この時期、心に誓ったことはたくさんあります)

それ以来、ハンカチは必ず何枚かはクローゼットに入れてあったのですが、
ハンカチって、なかなかくたびれないのですよね。
私が持っている枚数が多めだったせいもあり、
20代のときにハンカチの図柄を描く会社に勤めていた友達からもらったものなんかも
まだ残っていたのでした。

それらを見ていたら、
急に、ハンカチを総とっかえしたくなり、
無地の麻のハンカチを何枚か注文しました。

よく服がある日、似合わなくなると言いますけれども、
私の場合、このハンカチたちは今の気分に合わない、と思ったのでした。

この気分に合わないずれを放っておくと、
ずれずれのものばかりが身の回りにふえてしまうので、
注意が必要です。
ハンカチなんか、大した値段じゃないから、
もっと早く取り変えればよかったのに、
なぜか伸ばしのばしになっていたのですけれども、
なんだか急に全部、今の気分じゃないと思ったのでした。

さて、あのトイレットペーパーぐるぐる巻きの女性たち、
今ごろどこで何をしているでしょうか?
さっぱり見当もつきません。
風のうわささえ、聞こえてきません。
きっとどこかで素敵な生活を送っていることでしょうね!



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2017年5月16日火曜日

日本テイストはやはり難しい




さて、おとといですか、
ミホ・ミュージアムで行われたルイ・ヴィトンのクルーズコレクション。
カンサイさんの絵なんかが使われていた、
日本テイストだったのですが、
見る限り、これは相当、難しいだろうと思いました。

メイクが歌舞伎風、ドレスに「京都」とか書いてあり、
これを着るのは誰?という疑念が頭から離れません。

カンサイさんに関しては、
先日のデヴィッド・ボウイの続きなので、
はっきり言って、かなりのきわもの。

歌舞伎、忍者、甲冑、やっこさんみたいな絵とか、
これは、これは・・・
無理じゃないのでしょうか?いろいろな意味で。

今までもいろいろな人が日本のキモノやら何やらを取り入れたショーをしてきましたが、
今回のものはその中でも、かなりのきわもので、
着てみたい感じが全くしないという
希有なショーでございました。

私たち、日本に住んでいると、ああいうものにときめかないのですね。
(もちろん中にはときめいた方もいらっしゃるとは思いますが)

ただ、ミホ・ミュージアムは行ってみたいですね。
ロケーションが素晴らしかったです、はい。
以上、感想でした。


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2017年5月15日月曜日

作品は子供のようだと、なんとなくわかる

さて、昨日発売になりました『わたし史上最高のおしゃれになる!』という
私の本ですが、
アマゾンさんに注文した方にはまだ届いていないようで、
たぶん今日明日には届くのではないかと思われますので、
しばしお待ちを。

さて、デビュー作の発売日というものは一生に1度しかないってことで、
藤沢の書店へ偵察へ行ってきました。(といっても2店舗)
老舗の書店の有隣堂さんと、駅に直結したBOOK EXPRESSさんに置いてありました。
発売日だからでしょうか、どちらの書店もたなの真ん中に置いてあって、
見つけにくいということはなかったです。

がしかし、どちらも、ファッション関連のたなを見ている人が皆無なのね。
誰か見ないかな~と動向を探っていたのですが、
誰もたなの前に来ない。
ほかのたなとかも見たりして、10分ぐらいはいたと思うけれども、
ファッションのたなを見に来る人がいないのね。
そうなのね!
ま、そういうご時世ということで・・・

これで私の作品は物理的な形となって世の中を流通することになったわけですが、
何か最近、とても客観的な感じで見れるようになって、
自分の作品ではあるのだけれども、ちょっと離れた存在というか、
一体感はないというか、不思議な感覚で、
これがいわゆる作品は子供のようだということなのねと。
独り立ちして頑張ってねという感じだけれども、
まだサポートは必要だよね、という。
そんなこんなで、いろいろ今まで感じたことのない感情が湧きあがってきて、
面白いです。

そんなわけで、私の子どもでもある作品をなにとぞよろしくお願いいたします!



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2017年5月14日日曜日

『わたし史上最高のおしゃれになる!』本日発売!


『私史上最高のおしゃれになる!』、本日発売です。
もうきのうから店頭に並んでいるとのことですので、
ぜひ御手に取ってごらんくださいませ!

それからアマゾンさんで御買い上げいただいた皆様、
よろしければレビューのご記入をお願い申し上げます!
(無理強いはしませんわ)

で、今回の本の読みどころ(っていうのかな?)はどこかと聞かれたら、
「はじめに」と「おわりに」です!
「はじめに」を読んだら、「おわりに」を次に読むのもお勧めです。

多くの皆様に喜んでいただけたら幸いです!

6月4日のトークイベント、13時、15時ともまだお席がありますので、
よろしければいらしてくださいね!




2017年5月13日土曜日

店頭に並び始めました!


クライアントさんが画像を送ってくれました。
これは町田のブックファーストさん。
もう店頭に並び始めました!
実物を見てから・・・という方、ぜひ本屋さんへ行ってみてくださいね。
グレーと黄色なので、見つけやすいと思います!


『パーソナル・ショッパー』を見た。


きのうのレイトショーで「パーソナル・ショッパー」を見ました。
あのね、これ、ファッション映画でも、なんか誰かをのっとる映画でもなくて、
ゴースト映画だから。
どっちかというと、ポルターガイストですから。
ルドルフ・シュタイナーの名前が出てきたり、
円形テーブルで、みんなで手をつないで降霊会をやったりする、
むしろマダム・ブラバツキーの、そっち系の映画です。

この中で、クリステン・スチュワートのキャラクターは、、
「あたし、着るものとか、どーでもいいから」という設定です。
だって、人生の目的はほかにあるし、そっちのほうが大事だから。
で、とりあえず作業しやすけばいいからっていうことで、
黒いジーンズにアディダスのスタンスミスみたいなスタイルで出てくるわけで、
おしゃれに見えるかしら?とかのためにやっているわけじゃないです。
プジョーのバイクに乗って、荷物持って、パリの街を移動するのだから、
そういうキャラクターで、そういう目的で行動するから、
これでいいのです。


キャラクターがあって、その目的があって、シーンの設定があって、
その結果があのスタイルで、
そうじゃなかったら意味がない。
映画の中でクリステン・スチュワートが格好よく見えるのは、
このキャラクターが目的のために行動しているからで、
何々を着ているからじゃない。

日本の映画のサイトを見てからいったんで、
余りにも内容が違うのでびっくりしたのだけれども、
これを宣伝する人たち、本当にこの映画を理解していて、
それで好きなのかしら?
好きだとしたら、こんな嘘、言えないと思うのですけれどもね。

この映画のテーマは「スピリットはいるのか、いないのか」です。
最初から最後までそうです。

私は面白かったけれども、そうじゃない人もたくさんいるでしょうね。


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2017年5月12日金曜日

WEB記事アップのお知らせ

WEBの連載がこちらにアップされておりますので、
よろしければごらんくださいませ。

ぴったりのものはなかなかない。

黄色地にチェックのシルクのスカーフをこの時期よくしているのですが、
これは20代のときに買ったもの。
もう穴もあいているし、しみもついているので、
買いかえたいのですが、
色、素材ともぴったりくるものは、なかなか売っていないのです。

黄色にも、ひよこみたいな黄色から、
山吹色みたいなものまでいろいろあって、
しかも柄とか、質感とか、素材とか、
全部含めて気に入るものを探しているのですが、
本当にない。
もちろん黄色という時点で選択肢は少ないです。

自分というものがわかってしまったら、
それにフィットするものは案外売っていないのだということがわかります。
だからいつも何かを探している。
そしてそれが完成するには、何年もかかります。
それは1つの作品なので、完成するには時間がかかる。

重要なのは、そのことに気づくこと。
御仕着せのひとそろえは、制服と同じ。
制服を着るのが嫌なら、
構築するには時間がかかると気づくことが、
重要だと思います。


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2017年5月11日木曜日

ハンターに狙われる鴨気分

久々にデパートの中を歩いてみたら、
販売員さんたちの視線の集中砲火に、
ハンターに狙われる鴨気分になりました。
本当はちょっと買おうと思ったものがあったんだけれども、
怖くて買うのをやめました。

その前に、ユザワヤに生地を見に行ったのですが、
生地がほとんど取っ払われていて、びっくり。
この前行ったのがいつだったか忘れてしまったけれども、
今、のんきに生地屋さんで生地なんて売らないのでしょうね。
しかもここも販売員さんが殺気立っていて、ちょっと怖かった。
ここでも買おうと思ったものを買うのをやめにして、
1階のお花屋さんで黒蝶というダリアと黒い蘭の切り花を買って、
家に帰ってきました。

誰も言葉にこそ出してはいないけれども、
その焦燥感がこちらにもきっちり伝わってきて、
もうさっさと家に帰りたくなっちゃいます。

私は気分が悪くなるお店やカフェには行きたくないので、
イヤだなと感じたところには、もう近付かないでしょう。

地元に戻ってきて、いつもの駅のスーパーに入ったら、
こちらはきりきりしていなくて、
リラックス感があったんで、
お買い物できましたけれども、
ほかは本当にきつかった。

お買い物が苦手な人たちは、
こうやってデパートやなんかから離れていくのですね。

行って嫌な気分にならないお店のためのマップが必要になりそうです。



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2017年5月10日水曜日

本ができてきました。



さっき撮ったので画像が暗いのですが、
本ができてきました。
こんな感じで日曜日には店頭に並ぶ予定です。
239ページで、けっこうボリュームがありますが、
字は大きいです。

購入しようかどうか迷っている方がいらっしゃったら、
店頭で「おわりに」の部分だけでも読んでみてくださいませ。
私の言いたいことが集約されています。
ほんと、これに尽きます。

実際に着手し始めたのが10月で作業が終わったのが4月の第一週ぐらい。
長いようで、短いような、濃い日々でした。
でもこうやって、時間をかけて何かを作ることが私は好きなので、
今振り返ってみても、楽しい日々でした。
まだまだ課題はたくさんありますが、
とりあえずこれが今、私の出せるベストです。
皆様にお楽しみいただけたら幸いです。

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2017年5月9日火曜日

ファッションから遠く離れて

西洋の歴史の中で視覚芸術の一分野として発展したファッションは、
絵画なしには存在し得ません。
現在だったら、写真なしには存在しないということです。
なぜなら、それはいつでも「絵」として素晴らしいことが重要だからです。
(だから、外国の優れたファッション誌は写真表現に重きを置きます。
優れたフォトグラファーの写真のない、
お買い物ガイドや単なるモノの説明だけのファッション誌は、いわば三流誌です)

翻って、その他の多くの民族衣装は、
形状を変化させるのに何百年も要する場合も多く、
必ずしもそれが絵的である必要はありません。
それよりも重要なのは、それによって示す身分や家、階級などです。

例えば、その飾りや色はこれこれこういった階級にのみ許されているとか、
ある職業を受け継ぐ家系だけが許された文様とか、そういったものです。

キモノの場合でしたら、
振りそでは未婚の女性が着るものと決まっています。
それがどんなに、今格好よく見えるからといって、
既婚者が着ることはできません。

もちろんこれの枠内では柄や色の多様性は許されますが、
それでも出てはいけない枠がきちんとあり、
人々はそれを見て、ああ、あの人はどこどこのおうちの、何歳ぐらいの、
結婚している人ねなどと判断するわけです。

西洋の衣服は、この色、柄、文様による階級の識別から自由になったところで発展してきました。
もちろん王侯貴族はそれなりに豪華なものを着ていたでしょうけれども、
王侯貴族のスタイルを真似することさえ可能なのが、
西洋の衣服です。
それは、例えば禁色があるような文化とは違います。
(三島の「禁色」じゃないよ)

さて、ここまで書いて、
勘のいい方々は、私が何をこれから言いたいのか、
お気づきでしょう。
わかりました?

よく見かける光景なのですが、
どう見てもお洋服はしまむらかそこらで買ったようなものなのに、
バッグがルイヴィトンとか、
なぜか財布だけシャネルの方。
あれを見るたびに不思議に思っていて、
なぜそうなるのか理解不能だったのですが、
これでわかりました。
そういう方々は、洋服を着ながら、マインドは民族衣装だったのです。
つまり、持ちモノで自分の位なり身分を証明できると考えているのです。

資本主義社会において、
身分が高いとは、旧華族だった、などという話ではなく、
お金がある、ということ。
ルイヴィトンやシャネルは高価なので、それを持ちさえすれば、
この資本主義社会において、自分は身分の高い存在だと誇示できると、
意識的なのか、無意識なのかはわかりませんが、
思っているのです。

まあ、そこまで身分を意識してはいなくても、
昨今流行りの「マウンティング」行為というもので、
つまり、私はあの人よりお金がある、強いては身分が高いのであると、
表現しているのです。

しかし、身分が高いのなら、しまむらや、その他ファストファッションで買う必要などなく、
それらはすべてフェイクです。
いや、フェイクじゃない、お金はあると言うのなら、それは成金です。
本当のお金持ちはそんなことはいたしません。
少なくとも、そんなバランスの悪いことはしません。

身分が高い人が、そんなことをしない理由は、
彼らには困っている人を助けなければならないという義務があるからです。
(それをノブリス・オブリージュと言います)
だから、奴隷的な労働の上に成り立っているファストファッションを
身分の高い人は、買ってはいけないのです。
(ジェーン・オースティンの「エマ」の中で、エマがナイトリーさんに叱られた、あれです)

(昔、読んだパリジェンヌが書いた本の中に、
安いアパルトマンに住んでいる人がエルメスやシャネルのバッグを持って外出することは、
非常に恥ずかしい行為である、という文章がありました)

もちろん西洋の衣服にとって「表現の自由」は大事なので、
そんな格好をしても構いません。
だけれども、それはファッションからは遠く離れるのです。
つまり、それはファッショナブルではないのです。
なぜなら、調和のとれた絵ではないから。

でも、ブランドのバッグにはブランドのマークやロゴはついているよと、
それはなんでなの?と言うでしょう。
そりゃ、向こうだって売りたいですから、
そのほうが売れるってなったら、なりふり構わずブランドマークをでっかくつける
ブランドもあるでしょう。

The Sartorialistなんかを見ているとわかるけれども、
そういうブランドマークだけが目立つようなスタイリングの人は「絵」にならないので、
選ばれていません。

長いので終わらせますが、
西洋の衣服の文脈に、その民族衣装的なマウンティング行為を投入しても、
それは、「ファッショから遠く離れて」いる、ということです。



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2017年5月8日月曜日

ファッションとは絵のようである、ということ

先週のWEBの記事の中で、
「とにかく絵になればいい」ということを書きました。
それがファッションであり、おしゃれであると。

この考え方は別に誰かや学校で習ったわけではありません。
中学生のころからずっと外国のファッション誌の写真なんかを見続けたことで、
知らない間にそう考えるようになっていました。
(もちろん私が演劇や映画、美術好きだったという理由もある)

今、アメリカのファッション歴史家の書いた本を読んでいます。
その中に、ファッションとは視覚芸術の1つであり、
西洋の芸術において、絵になることが、すなわちファッションであるという意味の文章を
見つけて、
私が見続けることで得た考え方が正しいものであると、
再度、認識しました。

ファッションとは絵のようである、ということです。
素晴らしい絵であるということが最上です。
だから、そのシーンに合った色合いやスタイルが求められ、
それがぴったりになったとき、それはファッショナブル、つまりおしゃれに見えるのです。
(それはもちろん、肌の色に合う色を着ればいいなどという話ではありません)

この著者は、その傾向はデューラーの頃から認められると書いているので、
初期ルネッサンスからということです。
絵として美しいかどうかのこだわる点は、
ヨーロッパの建築や街並み、庭を見ても明らかです。
彼らのこだわりは常にそこです。

ファッションを発展させたのは、
いかに絵として素晴らしいかという点と、
セクシュアリティの表現の2点であるとこの著者は言っています。
つまり、洋服はこの点が達成されたとき、
一番ファッショナブルになるのです。

逆に言うと、
絵としてでたらめで、セクシュアリティ無視でも、
西洋の服はファッショナブルになり得ないということです。

そう考えると、いろいろなことに合点がいきます。
私が「おじさんおばさんルック」が洋服としてよく見えないのも、
これが理由だとわかります。
それは西洋の服の歴史の文脈からはみ出ているからです。

一方、民族衣装は、その色や装飾から身分や年齢、出身を規定するものだとしています。
つまり、その色、柄、持ちモノは、身分をあらわすために選ばれるのであって、
絵として美しいかどうかの問題ではないのです。

長いので続きは明日。


ちなみにこれは原田知世さんが江ノ電の鎌倉高校前から江ノ島を望む、みたいなPVなんだけれども、絵として成立しているので、これはファッショナブルであるということ。
ファッショナブルであるということには、ブランドのマークなど必要ないということがわかります。
自転車を服とリレートさせ、バッグのブルーは海と合わせたと考えればよいです。


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2017年5月7日日曜日

たくさん持つとふえること

きのうは姪とごみの分別の話をしました。
藤沢市も相当、ごみの分別に厳しいのですが、
姪のいる寮もそれを上回る厳しさで、
2人の意見は、
どうやって捨てたらいいのかわからないものは買わない、
というところで一致しました。
捨てることは大変なのです。
藤沢市なんて、ごみ袋は有料なので、お金もかかります。

服は、買うのが一番簡単です。
そのほかは大体面倒です。
組み合わせを考える、
洗う、
畳む、
しまう、
そして最後に捨てる。
これらの行為は、買うことに比べたら面倒です。

ということは、
たくさん持てば持つほどこの面倒はふえます。

人生は有限です。
人間も有限です。
生きる時間は決まっています。
人間のボディは一人1ボディです。
よって、いちどに2セットを着るということは、できません。

無限なのは欲望と、情報です。
頭の中は無限だけれども、
実際は限られた時間や物体の中で生きています。

先日、脳科学の本で読みましたが、
人間が扱うことのできる物量には限度があるそうです。
もちろん居住空間も限られています。

欲望の肥大化は消費社会が推奨することですけれども、
最終的にそれによってさいなまれるのはその人自身です。

ものに関して、どうやって捨てたらいいかわからないものは買わないというような指標を、
それぞれが持てば、
扱いきれない量の服を保持するということを、
避けられると思います。


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2017年5月6日土曜日

朝、目が覚めたら女子高生になってたみたいな、そんな感じ

きのう夜から、姪がうちに泊まっていて、
パジャマを忘れたとかで、
うちに置き忘れてまだとっておいた、
10歳ごろのパジャマを着て寝ました。
そうして、朝起きて、その姿、つまり着ているものの袖丈なんかが短い、
それを見たところ、
「目が覚めたら、16歳になっちゃった」って驚いた子供みたいになっていて、
それがおかしくて30分ぐらい笑っていました。

これは極端なんだけれども、
きのうの、年を取ると似合わないというのはまさにこれで、
服を着てみたら、
「きのうまで25歳だったのに、目が覚めたらママになってた」人みたいなルックスになってしまって、
それが変というか、おかしいわけですね。
残念なのは、それをそのご本人が気づいていないということ。

で、ずっと気づかないままでやってきて、
何かの拍子に気づいたら、
件の、ある日、突然、似合わなくなったという謎の現象が起きるわけで、
それはその日を境にということでは全然なくて、
気づかなかったのは本人のみ、ということ。

今朝の姪の、朝起きたら女子高生になって驚いた子供みたいなのを見て、
くれぐれもそうならないようにと、
話し合う朝でした。


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2017年5月5日金曜日

年をとったら似合わなくなる、それは何か

きのういらっしゃったクライアントさんが、
42歳のときと52歳のとき、
それ以前に着ていた服が突然、似合わなくなったと感じたと
おっしゃっていました。
この「突然似合わなくなる」の似合わなくなるとは、
何のことなのでしょうか。

残念ながら私たちは、若くなるということはありません。
と同時に、服を買うときはいつでも自分の未来のためであるので、
自分の若くはならない未来についても考えなくてはなりません。

似合わなくなるのは何かを考えてみました。
私が思うに、それは質感と洋服の骨格であるパターンです。

若くなくなるとき、多くの人が以前と変化するのは肌の状態と、
肉体、つまり肉付きの状態です。
その変化を無視したまま、その前の肌の状態と肉付きの状態にフィットした服を着ると、
そこには違和感が出てくるでしょう。

(なんかこれは、おしゃれブログに書いたほうがよさそうな内容・・・)

途中を省いて結論から言うと、
肌が衰えたら、その肌の衰えを強調しないで逆に補う質感のものがふさわしく、
肉付きがよくなったのなら、その肉付き、端的に言えば、
太っていることを強調しないで、逆に補正するものがよいのです。
(これは骨格診断の話ではありません。骨格ではなくて、肉です、肉)

それなのに、です。
多くの皆さんが、これとは逆方向に向かっている。
つまり、肌の衰えを強調するような質感の服と、
肉体の崩れが隠れるどころか、見せつけるような骨格の服を選んでいます。

ではそんな服はどこに売っているのか。
これは高度なパターン技術と、高級な素材を使ったところにしか存在しないのです。

逆を選ぶと、
肌の衰えと肉体の崩れは強調されます。
これがつまり、その「似合わない」の正体です。

そんなの買えないと言うのなら、
肌の老化を遅らせるばかりではなく、若返らせ、
肉体を鍛えて整える以外、方法はないでしょうね。



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2017年5月4日木曜日

WEB連載の記事アップ

WEB連載の記事がアップされました。
こちら
リレーションについての説明です。
イラストの一部もアップされていますので、
ご覧くださいませ。

6月4日(日)にトークイベントを開催します!


2017年6月4日(日)に、
神奈川県藤沢市長後の湘南くじら館さんにおいて、
トークイベントを開催します。
内容は、小林直子著「わたし史上最高のおしゃれになる!」についてのお話です。
単に話すだけではなく、3色ルールとリレーションの実演を私がいたします!

入場料は無料ですが、
「わたし史上最高のおしゃれになる!」をお買い上げくださった方が対象です。
本をお買い上げくださった方でしたら、男性でも、女性でも、年齢も関係ありませんので、
ぜひいらしてくださいませ。
13時~と15時~、2回開催いたしますが、
15時からの回は私のクライアントさん対象の回になります。

日時:2017年6月4日(日)1回目13:00~13:45 2回目15:00~15:45
募集人数:各回30名
場所:神奈川県藤沢市長後 湘南くじら館(小田急江ノ島線長後駅下車徒歩5分)
対象者:「わたし史上最高のおしゃれになる!」をご購入くださった方。
     15時からの回はクライアントさんが対象です。
申し込み方法:
メールに、題名「トークイベント13時」または「トークイベント15時」とご記載の上、
      お名前(本名)、
      希望の回(13時または15時)をご記載の上、
      fateshowthyforce@gmail.com小林まで、送ってください。
      (gmailをブロックしている方はメールを受け取れるように解除をお願いいたします)
      先着順です。48時間以内に御返事します。
      募集終了、変更等は当ブログにて発表いたします。

以上、よろしくお願いいたします!

          




もうノースリーブでよい

さて、ゴールデンウィークが始まると、だんだん気温が上がってきて、
夏のような日もあったりします。
ですから、ジャケットや羽織りものの下はもうノースリーブでよいです。
私も1週間ぐらい前からノースリーブです。

ノースリーブ、真夏に着たら当たり前で、
何とも思わないでしょう?
でも、今着たら、見る人はぎょっとするわけ。
人の脳は飽きるから、
飽きて見なれたところに、最近見てなかったものを入れてくると、
それだけで、なんだか素敵に見えるのです。

では、いつから次のシーズンを取り入れたらいいか?
私はいつも適当にあったかくなってからとか言っていたのですが、
それじゃわからないということで、
今度出る本の中に、シーズン切り替えの時期の図を入れました。
あんな図は、ほかで見たことがないです。
私も初めて作ってみました。

で、その中で夏物投入開始時期は5月5日ごろの立夏と書いています。
立夏ですから、夏の始まり。
もう夏物を入れてもいいのですね。

今、私はサマーニットのノースリーブを着ていますが、
サマーニットって、今の時期にちょうどいいみたい。
真夏は暑すぎでしょう、これ。

ノースリーブのサマーニットを持っているのなら、
今から着るべし、です。

※今日は後ほど、6月4日のトークイベントの告知をします。先着順です。よろしく。


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2017年5月3日水曜日

憲法とファッション

今日は憲法記念日で、休日です。
さて、憲法とファッション、遠いようでいて、
密接に関連しています。
というのも私がアパレル業界に入って最も驚いたのは、
その不法ぶりというか、治外法権ぶりだったからです。
私は本当に驚いたのです。
日本に、こんなにも法律を守らない場所があるなんて、思ってもいなかったからです。

アパレル業界にかかわったら、憲法で保障された権利について、
考えざるを得ません。
個人の尊重、
幸福の追求、
法の下の平等、
健康で文化的な最低限の生活、
表現の自由、
家族の中の個人の尊厳と男女平等、
平和的生存権、
労働基本権、
民主主義、
国民主権。

この中でアパレル業界では全く実現できていないどころか、
むしろ完全に不法常態になっているものが数多くあります。
特に基本的人権の尊重がおびやかされている。

ファッションやアパレル業界にかかわっていていなかったら、
こんなにもこれら権利について考えることはなかったでしょう。
もっとお気楽に、のんびりと暮していたはず。

ファッションと憲法の理念は深くかかわっています。
これらが実現していない国のファッションは高く評価されないのです。

これらの実現率の低さと、日本人デザイナーの地位は比例します。
これは本当にそうなんです。
簡単に言うと、男女平等、民主主義、表現の自由など、
ない国のファッションは認められないということです。
特に民主的ではない国のファッションなんて、認められません。

90年代をピークに今は完全に後退しています。
このまま下がるのか、
それとも前に進むのか、
私たちは、まだ選べるところにいます。
それは皆さんそれぞれが放棄するかどうかに、
かかっています。


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2017年5月2日火曜日

今年も相変わらず言われること

何かをやり続ける理由として、よく
「ありがとう」と言われるからですとか、
多くの励ましがあるからですとか、
おっしゃる方がいらっしゃいますが、
私はそれはとても危険だなと、
思うのです。
なぜなら、続ける理由を他人に依存しているから。

そうすると、他人が、そんなの最低とか、
やっても意味がないとか、
お金にならないとか、
役に立たないとか、
売れるわけないとか言ったら、
もうやらない、ということになってしまう。

去年の今ごろ、
シェイクスピアのオペラのアリアのコンサートのためにチラシを作って、
配っていたわけですけれども、
何人かの方から、
シェイクスピアなんて意味ない、
面白くない、
興味なんかない、
行くわけがない、
おかしい、
変だ、
グッズを売るのはおかしいとか、
もうあることないこといろいろ言われたのでした。
(中でも、何もグッズなど売らないのに、グッズを売るのはおかしいと、
激しく言われたのは今でも意味がわからない)

まあ、去年そういうことを言う人がいることは学びましたから、
今年は相当に気をつけて、
関係のない人には本のことについては言わないでいたのですが、
それでも言われます。
本なんか売れない、
本なんか読まない、
そういう本はたくさん売ってる、などなど。
極めつけはきのう言われた言葉。
原宿を歩いている若いコたちはみんなかわいい格好しているから
ファッションのことが書いてある本なんて誰も買わない。
(ちなみに私はこの人たちに本の宣伝なんて、していないからね)

世の中には、誰かのやる気をそぐことに一生懸命になっている勢力がいて、
やるほうは、その勢力との戦いです。
スル―がいいのですけれども、なぜか食いついてきます。

誰かが応援してくれる、励ましてくれるなどと考えていると、
何かを続けることはできません。
必ず折れる。

ほとんどの親は何かについて応援してくれなかったでしょう?
あれが至るところにいると思えばいい。
でも、そんな親に負けていたら、
私たちは幸せになれない。

誰かの励ましや応援に依存するということは、
自分のハッピーを他人が決定するので、
私は、それは危険だと考えています。

まあとにかく、
そういう人たちは笑ってスル―するとともに、
絶対になりたくないそんな大人、それもいい年の大人にならないように、
肝に銘じるだけです。


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2017年5月1日月曜日

誰も書いていないので。

あと、2週間たったら、
私の本が店頭に並ぶ予定ですが、
あの本には、今まで少なくとも日本で出ているファッション関連の本には
書いていないことがたくさん書いてあります。

まずもう何度か書いている、
「私たちにはおしゃれをしない権利もある」ということ。
私のブログの最初のほうにも書いてありますけれども、
おしゃれしない権利だってあるのだから、
おしゃれじゃないからって、「ダサい」とか、批判するその行為が
ファッションでもおしゃれでもないのです。


それから、ジェンダーの問題です。

衣服というのは誰でも着ないと生きていけません。
ファッションというものは単一性を嫌います。
おしゃれもまたしかりです。
だから性的志向などどうでもいいのです。
ヘテロセクシャルじゃなくてもいいのです。
そんなの関係ないのです。
大体、みんな同じなわけじゃない。
日本で誰も書かないなら、
私が書きますとも。

こういうことは、
ファッションをよく知っている人が書かなければだめなんです。
そういう人が先頭切って、
あれはおしゃれじゃないとか、ダサいとか、
言うほうがおかしい。
多様性を無視するというのもファッションではありません。

そんなことをしていて、
苦しむのは結局、自分自身です。
なぜならそんな理想はほとんど日本にいないから。
私たちは永遠にパリジェンヌになんか、なれません。
(それとも来世の話なの?)

脅し、否定、恐怖の上に「おしゃれ」を推し進めようとする勢力があります。
けれども、そんなのおかしい。
何かおしゃれの意味をはき違えています。

私はこういう人たちとは全く違うことを書いています。
ファッション誌にのけものにされていると感じる方たちに、
読んでほしいなと思います。
私が、そんなの違うって、書いていますから。



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