2017年2月26日日曜日

ファッションの難易度

グッチのホームページを見たのですけれども、
新しいコレクションの不思議な図柄は、
新進アーティストの描いたタロットでした。
テーマは錬金術師ですから、そりゃあ、タロットでしょうとも。
イタリア人は、本当にタロットの図柄がお好きなようで。

で、イタリア人だけではないのですけれども、
ここへきて、ファッションの難易度が非常に上がっています。
80年代以降、最も難解な10年になるのではないでしょうか。

美術や歴史、建築、文学など、
いろいろな知識がないと、解読不能です。
知らないで見ると、正確に判断できません。
特に最近のイタリア勢は飛ばしてきているので、
どんどん難易度が上がっています。

ただこのようにコレクションの難易度が上がる一方、
一般との隔たりも広がっています。
簡単で、考えたくない、
そんな思いの人が多いのでしょう。
何にでも合う靴とバッグを探しているなど、
そのいい例だと思います。

どこへでもその「何にでも合う靴」で出かけたいのなら、
それは好きにすれば、という感じですが、
それがファッションかどうか、おしゃれかどうかと聞かれたら、
それは違います。

片や、何でも同じ靴で済まそうとする人と、
難解なファッションと、両方存在するのが現在です。

立ち位置は人それぞれなので、
何を選んでも構いません。
人生が皆違うのと同じこと。

ただ、ファッションという意味においては、
本当は今はとても面白い時期です。
こんなことは、今までありませんでした。
ノームコアや作業着系ルックなんて、ファッションにとっては中世みたいなもの。
そんなもの、つまらないです。

楽しめる人にとっては、本当にいい時期だなと、
毎日、発表されるコレクションを見ながら、
感じています。

2017年2月25日土曜日

息抜き

きのうはだんだん煮詰まってきたので、
息抜きのために、レイトショーで「ラ・ラ・ランド」を見てきました。

最近は昔ほど映画を見なくなり、
特にアメリカ映画を好んで見るわけではないので、
出演者も監督も全然知らず。
それなので逆に新鮮な気持ちで映画を見ることができました。

主人公は女優を目指しているので、
舞台ネタがいろいろあって、
特に、自分で企画して一人芝居の舞台をやる場面は、
個人的にウケまくり、
途中から、ロケーションが湘南に似ているとか、
意外な類似点が楽しくなりました。
特に演劇、音楽、舞台関係のことをやったことがある方は、
大変楽しく面白く見られると思います。

あと、撮影がすごいです。
編集なしのノーカットのナンバーは、
気づかないと普通と思うかもしれませんが、
あれを一発で撮影するのは至難のわざ。
そういうことがわかるとより楽しい通好みの映画だと思います。

そして、エマ・ストーンのドレスを始め、
黄色推しでした。

アカデミー賞、たくさんとるでしょうね。
レイトショーなのに、8割ぐらい埋まっていました。

息抜きのおかげで、大変テンションが上がり、
仕事がはかどりました。
息抜きは必要です。



2017年2月24日金曜日

時代の気分は変わる

きのうの続きです。

時代の気分は変わります。
変化しないと進化しないため、
人間というのは、変わるようにできているのだと思います。
飽きるというのも同じで、
例えば、同じものを食べ続けたら、
それは身体によくないのです。
進化のために、飽きて、変化することが必要です。

さて、時代の気分は変わります。
あるブランドが存続するためには、それに対応しなければなりません。
方法は2つ。
中心となるデザイナーがどんどんスタイルを変えていくこと。
プラダはそのいい例です。
もう1つは、
時代の気分に合ったデザイナーに交代していくこと。
今、多くのブランドがこの戦略です。
グッチ、バレンシアガ、クロエ、ランバン、ディオール、みんな、交代しました。

では、おしゃれに見えるとはどういうことかというと、
この時代の気分を少しは足さないと、
おしゃれには見えません。
全部、流行りの必要はないけれども、
フレーバー程度に足さないと、おしゃれには見えないです。

一番おしゃれに見えないのは何なのかというと、
一番直近の、いわば前の時代の気分のままでいること、です。
今だったら、タイト過ぎるシルエットや、余分を排除した作業着系ルックです。
もし時代の気分をちゃんとつかんでいるのだったら、
そこからはもう既に立ち去っているはずです。
立ち去らずそのまま平気でそこにいるのだったら、
それは全然何もわかっていない、ということです。


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2017年2月23日木曜日

時代の気分はどうしてわかるのか。

きのうは夜遅く、グッチの17.18秋冬コレクションがあり、
ライブストリーミングで見ました。
今回も素敵なんだけれども、
だんだん普通に着られそうなものがなくなってきます。
どうするのだろうか。
さっき細部のアップを見たのですが、
日本の般若とおキツネ様の能面がデザインされたブレスレットという、
不思議なものがありました。
ああいうのは日本で誰か作っても、売れないのよね、たぶん。
で、最後に出てきたアレッサンドロ・ミケーレ、
黄色いTシャツでした。

さて、ここ最近、コレクションはライブで全世界へ向けて発表されるので、
さぞかしや、川上から川下に流行が下るのも早くなったかと思えば、
そうでもありません。
私の観察では、発表されて、似たようなものがデパートの3階あたりに並ぶのは
1年から1年半後。
情報がいくら早くても、人の気持ちはついていかないのでしょう。
また、不景気ですから、売れるかどうか見極めている時間もあるのでしょうね。
マラソンのレースみたいなもので、
先頭集団と最後尾は結構距離があるということです。

では、先頭集団はどうしてこれからどうなるか見えるのでしょうか?
答えは、彼らはユングが言うところの集合的無意識にアクセスしているからです。
これができると、ちょっとずつ先がわかります。
優れたデザイナーはそれがないとだめです。

実はスタイリストもそうです。
それがない人は本当の意味で優れてはいません。
そう考えると、
どういう人がいいか、わかるのではないでしょうか。

ただ、先が読めなくても、
その人の好みが時代の気分にぴったりマッチすると、
それだけで売れる、ということはあります。
だけれども、時代の気分が変わったら、
もうだめなのです。

というわけで、時代の気分はもう作業着系ルックではありませんよ。
まだそちらを向いているのなら、
それはマラソンで言ったら、
まん中よりも後ろということになります。


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2017年2月22日水曜日

年齢と体型

先日、ある方と、
あの90年代、青山や表参道あたりを
ギャルソンやらヨウジの発表されたばかりのコレクションを着て歩いていたお姉さま方は、
今、どうしてしまったのでしょうねという話をしていたら、
その方は、今、みんなユニクロ着てますよとおっしゃっていました。
そんなことはないと思いますけれども、
そういう方たちを見ないのは確かです。
90年代に20代だから、1960年から75年生まれぐらいの、
アラフィフという感じの方々でしょうか。

私のクライアントさんでこの年代の方は少ないですけれども、
ときどき、どこで買えばいいでしょうかと質問されます。
正直、私もわかりません。
ブンカに行ってたような人は、モードばっかり見ているので、
そうではない普通の50代がどこで買うのか、
私もよく知りません。
ただし、いわゆる駅ビルではなさそうです。
駅ビルって、見るからに30代ぐらいまでのものしか扱っていません。

もうずっと前ですが、
藤沢駅前には西武デパートがあって、
その上のほうの階に行くと、
今で言うアラフィフの皆さんが買うような婦人服のフロアがありました。
すべて高級でした。
ソニアリキエルとか、あったように思います。
たぶん、昔の50代はそういうところで買ったのだと思います。
隣のおうちの奥さまは当時、西武の婦人服売り場のお直しコーナーに勤めていて、
夜9時ごろまで毎日お直しが続いたそうです。
それだけ売れていた、ということです。

だから、どこに売っていますかと聞かれたら、
まあ、デパートのちょっと上のほうの階の婦人服売り場、
ということになると思います。
けれども、そこには行かないとおっしゃる方がほとんど。

そうすると、いきなり30代の服売り場で服を買うことになります。
前にどこかで書いたと思いますけれども、
年齢が上がり、肉づきがよくなっているのなら、
30代のための服はパターンが合わないので、
どこかしら不都合が出ます。
若いころにはついていなかった、肩甲骨の上や、ウエストとヒップのあいだ、
お腹などのお肉がありますから、
それを考慮しないパターンで作られたものだと、
どこかにしわが寄ったり、脇線がずれているするはずです。
で、それをそのまま着たら、
それはやっぱりおかしいです。
どこかしら変な感じがします。
もし体型が30代のころと著しく変わったのなら、
30代向けの服はやめておいたほうがいいでしょう。
なぜなら、身体に合っていないからです。


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2017年2月21日火曜日

想い出作り

ものすごい昔に、山田太一さんシナリオの「想い出作り。」というドラマがあって、
20代の女性が、アンケートをしたら何か当たるとかなんとか言われて、
集まるんだけれども、それは詐欺話で、
その後どうとかこうとか、みたいな話で、
結婚するとかしないとか、そんなのがメインテーマだったと思うのですが、
ドラマの内容はまあいいとして、
この「想い出作り。」という題名は言い得て妙だなと。

というのも、不景気になったとき、
それでも残るものって何だろうと、私が考えた結果、
1つは食べ物。これは最後まで残るでしょう。
もう1つは、この「想い出作り。」ではないかと思うのです。
だから、想い出になりにくいものは売れなくなっていく。

想い出になりにくいものというのは、
自分が関係ない、
自分の経験が含まれていないもの。
だから、自分が参加した○○だったらいいのだけれども、
他人が何かをやるところを鑑賞するとか、
他人が作ったものをただ見るというのは、
多くの人がまずやめるだろうことだと思います。

時間がないというのもあるけれども、
そういったお付き合いに参加する余裕がなくなるのでしょう。

かといって、
趣味や習い事に大金をつぎ込むほどの経済的な余裕もないわけだから、
そんなおおごとじゃなくて、
もっと日常的なささいなこと、しかも経験が入っていること、
そういうことに対しては、
今後もみんな、お金を使うのではないでしょうか。

みんな、何度も思い返す、大切な想い出がたくさん欲しいから。
そして、それを眺めながら、日々を過ごしていく。
そのためには待っているだけではだめで、
自分で動かないことにはどうにもならないし、
まして、誰とも会わないで休日を過ごすなら、
たいした経験もできません。

ただ、想い出作りでいいのなら、
それは何も都会である必要はない。
経験したことがないこと、
楽しいこと、面白いこと、
よかったねと思えること、
そんなことをみんな、探しているのではないでしょうか。
そこら辺をうまくすくえないと、
人は集まらないのだろうと思います。


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2017年2月20日月曜日

年をとるということ

年を取るにつれていろいろな発見があります。
その中で案外多いのが、
若いころ思っていた、というか思わされていた、
何歳の人はこんな感じ、というのがことごとく違う、ということです。

年をとると新しいことを余り始めなさそうとか、
興味も持たないだろうとか、
記憶力は落ちるとか、
若いころと楽しく感じることが違うとか、
何か、年とると若いころよりもっと膠着してしまって、
若いほうがいいことが多いと思っていたことの数々が、
そんなことは全然ないとわかります。

ただ肉体的なこと、例えば体力なんかは若いころのほうがよいですけれども。
でも、中には若いころよりも元気という方もいらっしゃいます。
肌は、若いころより若い肌、はないのではないでしょうか。

年をとることの醍醐味は、
多くのことが達成できるようになることでしょう。
若いころにできなかったことができるようになるというのは、
とてもうれしいものです。

先日も、
うちのクライアントさんが以前はうまくできなかったことが、
別人のようにできるようになっているのを見て、
人間というのは、あきらめなければ、何歳になっても成長できるものなのだと、
改めて思いました。
それはほんと、驚くほどで、当初こんなふうにはるとは予想していませんでした。

ただし、自動的な成長というのはありません。
意図と意思が大事です。
何もしなければ、老化するのみです。
逆に言えば、意思さえあれば成長できます。
世界というものは、そういう場をたくさん提供してくれているところなのだと思います。


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2017年2月19日日曜日

いつでも原典に当たりたい

もやもやするというのは気持ち悪いものです。
私の場合、わからないまま放置というのが嫌なのです。
調べればわかるのなら、調べたいのです。

というわけで、とある著書の訳語が変だったので、
原典に当たりたいと思い、
またキンドルで読んじゃおうと思って、
さっき探しあてて、注文しようと思ったら、
最新版があるよっていうことで、
おお、それが読みたいわってことで、
喜び勇んでそのキンドルバージョンを購入したら、
3月1日発売で、まだ読めないのでした。

インターネットで何でもしらべられるのはいいのですけれども、
原典に当たれるのなら、原典に当たりたい。
外国の写真を見ただけで、
行った気にはならないです。
私はオリジナルが好き。
ですから、近付けるものには近付きたいです。
もちろんできないもの、行けないところもあるのですけれども、
見たことがないもの、読んだことがないものに対して、
批判したりはしません。
うちの家訓は「見る前に文句言うな」ですから、
見ても、読んでもないものに対して、どうこう言いません。

実物と写真も違いますし。
くれぐれも、二次情報でわかった気にならないよう、
気をつけたいものです。







今日も後でにしたい

おはようございます。

私が文章を書けないのは、
誰かとしゃべっている、
または、眠いのどちらかですが、
今日は眠いので、
また夕方以降、何か書きます。
きのう余計なのを1つ上げておいたので、
お許しください。
ではまた。

2017年2月18日土曜日

3色ルールの見本 その2 

http://www.vogue.co.uk/gallery/giovanna-battaglia-street-style

皆さんが、3色ルールどこまで徹底するかよくわからないとおっしゃるので、
このBritish Vogueに載った、スタイリストGiovannaのスタイルをよく見てくださいね。
ちなみに、いろいろなブランドで集めているので、
例えばオレンジの服とバッグ、全く同じオレンジ色ではないですけれども、
許容範囲です。
途中でてくる、ピンクと赤のスカート、ピンクのTシャツに、
Tシャツの白い柄と靴の白で3色にしていますね。
こんなふうにするのですよ。

彼女はかなり徹底しています。

この矛盾

流行のサイクルというものは、
その渦中にいるとなかなか見えないものです。
ある程度、サイクルの移動を経験して、
やっとわかるようになります。
だから、自分が20代だったら、
この先どうなるかとか、
わからなかったし、まあ、考えていなかったけれど。

80年代にビッグシルエットになったときと、
2000年ちょっと前にタイトになったときと、
2012年にまたビッグへと変わっていったとき、
さすがにこれぐらい通過すると、
わかってくるようになります。

きのうは、その80年代の、
例の日本のファッションデザイナーたちがパリコレに進出したときのことを
考えていたのですけれども、
あれ、黒だけじゃなくて、「貧乏ルック」って呼ばれていたのですよね。
穴があいていたり、切りっぱなしだったりで。
だけれども、とても高価だったのですよね。
(私は買ったことないから知らないけど)
高価な「貧乏ルック」です。

で、先日の作業着系ルックです。
これも、見た目だけではなく、実際に作業着です。
だけれども、これもまた高価なんですよね。
(買ったことないけど)
高価な作業着系ルックです。

ということはつまり、80年代と同じじゃないの?
なぜいつも、貧乏だとか、作業着に多額のお金を使っちゃう人たちが
一定数あらわれるのでしょう?
幸いにも私は、貧乏ルックにも作業着系ルックにもお金を使ってないからいいけれど。
なんでだろうね。

(ちなみに、貧乏ルックが終わるころ、バブル崩壊ですね。)

この前、
何も考えないで、比喩としてシンデレラって出てきたからそのまま書いて、
でも、途中で、
あ、そうだ、シンデレラって、灰って意味だと思いだして、
灰色の作業服がシンデレラの日常着だったわけで。
でも、シンデレラは、私、作業着人生なんか嫌って思って、
舞踏会へ行くためにドレスを着るのよね。
これ、かなり重要なポイントではないでしょうか?

つまりね、作業着を着ていたら、やっぱり作業着人生が展開される、それしかない。
それが嫌だって言うのなら、
やめなきゃいけない。
だけれども、やめるどころか、あえてそこへ自ら進んでなるっていうことは、
作業着人生がお望みなのかしら?
それならそれでいいですけれども。

もしそう思わされているのだとしたら、
それに気づいて、やめるといいと思います。


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2017年2月17日金曜日

才能と努力

ここ何年か、
人はそれだけで最高なのだから、
あるがまま努力しなくていいとおっしゃる方々が増えているようで、
ばりばりの努力主義者の私とは、相いれないこともあり、
たびたび議論になりそうながらも、
最終的に、人は人、自分は自分というところに行きつき、
私も、自分は努力主義者だけれども、他人にはそれを求めないので、
ありのまま努力しない派の方たちとは、
意見の一致を見ないで放置してきました。

ただ、努力もしないし、続けないし、でも結果は欲しいです、
いいですよね、と言われたとき、
「はい、そうですね」とは言えません。
何もしないで、お金も出さないで、結果だけ欲しい、
みんなそうですよね、いいですよねと言われても、
私はそれに対して「うん」とは、
とてもじゃないけれど、言えません。
そんなんで、ご不満に思った方もいらっしゃるかもしれませんが、
それでもやっぱり、何もしないで結果だけなんて、
はい、そうですとは言えない。

そんなことをずっと考えていたら、
アマゾンさんにお勧めされた本に、
このことについて研究していて、その結果について書かれたものがありましたので、
すぐにでも読みたくてキンドルにダウンロードしました。(それは先月のことですが)

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける


この本は昔からある、才能と努力、どっちが人生の成功に必要だろうかという、
心理学の研究の集大成みたいな本です。
著者はアンジェラ・ダックワ―スという、「天才賞」とも言われるマッカーサー賞を受賞した、
心理学の教授です。

手っとり早く結論を言えば、
どんな分野でも成功するには、「才能」よりも「情熱を持って努力し続ける力」が重要、
ということです。
逆に言えば、「情熱を持って努力し続けないのなら成功しない」、
それだけです。
まあ、ウサギとカメ、みたいな話ですね。

人生は選択なので、努力したくないのならしなくても構いません。
だけれども、そう選択したのなら、
結果も同時に受け止めないとね。

そんなわけで、
おしゃれにおいて、センスという才能がなかったとしても、
情熱を持って努力し続ける力があれば、センスのある人まで追いつくよ、ということです。
また、センスがあるけれども努力しない人は、追い抜かれるよ、ということです。

今、本の説明を見たら、「★誰でもどんな分野でも一流になれる最強・最速のメソッド」って帯に書いてあるみたいだけれども、
何年も努力しろって著者は言っているのだから、最速ってことはないですね。
だって、10年、20年やれという話ですから。
ちなみに、そのメソッドって、じゃあ何かと言ったら、「やめないで続けること」だそうです。


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2017年2月16日木曜日

とあるレストランでの出来事 その2 逆の立場から見てみた

今朝、先日のレストランのことを思い出して書いていたのだけれども、
そのランチ中、アイフォンを見続けていた女子からしたら、
こんな感じかもしれないと思って、
ちょっと書いてみます。

「何なのかしら、隣の席の2人。
楽しそうにしゃべったり、食べたりして。
目の前のランチなんかより、
アイフォンでフェイスブックやラインをチェックするほうが大事だっていうのに!
それになに?
いちいちお皿を下げてもらうごとに「ごちそうさま」なんて言っちゃって。
幼稚園生じゃあるまいし、
「ごちそうさま」だって。ばっかみたい。

それからいちいち料理について質問してるけど、
野菜の名前なんてどうだっていいじゃん。
食べれればさー。
名前がわかったところで、
おいしくなるってわけじゃないわ。
ほんと、イラっとする。

それにどうしてこの2人、
料理の写真を撮らないの?
リア充をインスタにアップするチャンスじゃない!
そうじゃなきゃ、わざわざこんな辺鄙な場所のお店なんか、
来ないわよ。
信じらんな~い。
それにしても、料理が来るのが遅いわね。
パスタだって、これっぽちだし。
あー、つまんなーい。
アイフォン、見よー。」

たぶんこんな感じでしょう。
まあ、生き方が違うということで、
尊重いたしますわ。





とあるレストランでの出来事

先日、ランチでさえ予約なしでは入れないような、
渡されたメニューには日付と予約した人の名前が入っているような、
湘南エリアのちょっとよいレストランで御馳走してもらったときのことです。

席はすべて予約客でいっぱいだったのですが、
隣の20代のカップルの様子が気になりました。
それこそ、誕生日とか、何かのお祝いでしか来ないようなところなのに、
彼女はコーデュロイのパンツとセーターという、
ふだん着に毛が生えたような服装。
まあ、男子も大した格好じゃなかったけれども、
ダウンがモンクレールだったんで、
着ているネイビーのセーターもいいものだろうとは推測できます。
で、まあここは湘南っていうか、藤沢市内なんで、ここまではいいとしましょう。
その先です。

その彼女、しょっちゅうアイフォンを見ているのです。
あのね、ミシュランガイドにのっているような、
こんないいレストランで、滅多に食べないランチの最中に、
なんでアイフォンを見るの?
別れたいわけ?
別れるなら、なんでおごってもらうの?

お料理には、変わったお野菜が入っていたりして、
私はけっこうサーブする人に質問したりしていたのですが、
その彼女は、さほど料理に関心を示すでもなく、
お皿を下げてもらうときに「ごちそうさま」を言うでもなく、
なんだか白けた感じなのでした。
まあ、同じぐらい男子のテンションも低かったので、
この2人、もうすぐ別れるなと思いました。

ちなみに、私が男なら、こんな女とは速攻別れます。
別れる前に付き合わない。
付き合う前に、好きにならない。
そう。こんなつまらない女、好きにならない。
こんな人と毎日一緒なんて、絶対いや。
無感動、無関心、つまらなそうな態度。
無理です。

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2017年2月15日水曜日

服が売れないって、そんなの当たり前

さっき
「婦人服が売れない」という記事を読んだけれども、
売れるようにするためにどうしたらいいかって、
もう商品がどうのこうのの問題じゃないです。
かつてないほどに素敵な服も靴もバッグも売られています。
そんなことは気づいてないのかな?
気づいているけれども、言ってはいけないことになっているのでしょうか。
原因は簡単、女の人がお金を持ってないから、買いたくても買えないの。
購買意欲がなくなったわけじゃないの。
ないのは欲じゃなくて、お金なの。
それを解消するためにデパートができることは、
デパートとファッション業界にかかわる人たちの賃金を、
買えるぐらいまで上げればいいんです。
それだけです。そうしてまず、デパートで働いている女性や、
そこに商品を納入しているアパレル産業の女性たちが、
思う存分、そのデパートでお買い物できるようにすればいいのです。
それをしないのだったら、売上げは上がりません。

これも私が指摘しなくても、皆さんお気づきと思いますけれども、
都会の人は人をうちに呼ばないから、衣食住のうち住は最低限になって、
次に、土日は他人に会わないから、衣食住のうちの衣も最低限になって、
で、最終的に残るのは食べることです。

最近、本とカフェとか、花屋とカフェとか、そういう組み合わせが多くなってきましたけれども、
婦人服売り場もカフェにしてしまえばいいんです。
もちろんもう既にあるのは知っていますけれども、まだまだ少ない。
買って、すぐお隣で休憩。
シャネルのお隣にシャネルカフェ作ればいいわけでしょ。

アイスクリームとか、テイクアウトのコーヒーなんていうのは、
お洋服が汚れるからだめだけれども、
カフェのついでにお洋服を買うぐらいでちょうどいいです。

女の人は、食べ物は最後まであきらめません(たぶん)。
そう、恋愛はもうあきらめても、食べることは、きっとあきらめないでしょう。


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2017年2月14日火曜日

ミニマリストではないけれど

きのうは、ワードローブ点検をして、
今年買い足したものもあるので、
古いものと新しいものも入れ替えなんかもして、
ついでに、では一体、今全体は何枚あるのかと数えてみましたが、
庭仕事用の作業着や雨の日のポンチョなんかも入れて50枚以下でした。
(下着と寝るときのものは入れていません)

私は別にミニマリストではないけれども、
自分の目が行き届き、点検できるのがこれぐらい。

実際、私に会ったことがある人はわかると思いますが、
私はよく見ると、けっこう同じものを着ています。
で、シャツやニットなんかは本当にくたびれるまで着るので、
心おきなく捨てられます。
穴があいたり、すり切れているものばかりです。

そうでなくて捨てるものは、
本当に着にくいものとか、着るとかゆいとか、ちくちくするとか、
生理的に無理なもの。
これは持っていても仕方がないので、
失敗を反省してから捨てます。

ミニマリストでなくて、
でも少なめにしたい場合、ポイントは2つです。
朽ちるものを選ぶこと。
そして、飽きないものを選ぶこと。

朽ちるものとは、何回も着ればだめになるとわかっているもの。
何回着てもへこたれないものは、捨てるに捨てられません。
その代表がポリエステルのブラウスみたいなもの。

あとは飽きないもの、お気に入りものだけを選ぶこと。
では何が飽きないかというと、自分が好きで、デザインに普遍性があるものは飽きません。
デザインに普遍性があるものとは、結局、いいものです。

きのうもタンスの中身を点検して、
そういや、このバーバリープローサムのステンカラーのコート、
もう10年以上前に買ったものだと気づきました。
このコート、旅行にでもいかない限り、実はあんまり着る機会がない。
年数はたっているけれども、着用回数は少ないです。
けれども、デザインに普遍性があるので、問題ありません。
さすがに袖口は薄くなってきたけれども・・・。

それから、どうでもいいものをたくさん買ってしまう人にお勧めなのは、
買わなくてもいいので、
いいものをたくさん見ること。
金額を見て、全く手が出ないとわかったら、
逆に安心します。
葛藤があるのは、買えるかどうかの瀬戸際のもの。
もう全然手が出ないわー、というものは、
試着するだけで、
いつか買えるように、私も頑張ろうって思って、
それで終わります。
販売員さんには、「どうもありがとうございました」と笑顔で言って、
出てくればいいだけです。

「たくさん持っているのにおしゃれじゃない人」はたくさんいます。
量とおしゃれ度は比例しません。

いろいろな意味で防衛するためにも、
そのすべを身につけるとよいと思います。


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2017年2月13日月曜日

見つけた、本当の作業着を

https://www.midori-anzen.co.jp/mwj/

ミドリ安全というブランドだね。
本当の作業着を追求しているね。

自分と服との関係

最近、メンズについての質問されることが多くなったので、
ちょっと勉強していてるのですが、
小さいころから今まで、
私って、ほんと、男の服には興味なかったし、
見てもこなかったなと思いました。
なぜかと考えてみたら、
私が興味あるのは自分と服の関係であって、
誰かとのそれに関しては、はっきり言って、どうでもいいからです。

また人として好きで、尊敬するのは、
何かに一生懸命打ち込んでいる人とか、頑張っている人、何かを続けて努力している人なので、
いくら上から下までおしゃれであったからって、
それがないなら、私は魅力を感じません。
ですから、スポーツマンの男性が、
朝から晩までスポーツウエアでも、全然気にならない。
そこにおしゃれ要素がなくても、何とも思いません。
それは女性についても同じです。
何を着ているかとか、バッグがどうかで、その人を判断しないです。
それより一生懸命かどうかのほうがずっと大事だし、
どんなにおしゃれでも、ただ漫然と生きている人は、私も興味がありません。

何度も書いている「ギャルソンを着た悪魔」みたいに、
いくら30歳の女子で、
上から下までコムデギャルソンを着て、
そのときの最もおしゃれな服を着て、街を歩いていたとしても、
その人が、他人の人権を無視する、単なる意地悪女だったとしたら、
服も含めて嫌になります。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」です。
そういえば、お坊さんって、皆、立派な衣装ですものね。
最低最悪の坊主もいい袈裟を着ているはずですからね。

で、今までメンズに興味がなかったのですが、
今、スーツの歴史についての本を読み始めました。
メンズの服装史を勉強し始めてわかったのが、
これはちょっと一筋縄ではいかないということ。
歴史の文脈の中で男性のおしゃれについて考え始めると、
そんな簡単な話ではない。
古い絵、例えばルネッサンスより前ぐらいから見ていけばわかりますが、
男性の服装の変遷って、すさまじい。
(その前の、ギリシアローマは、「テルマエロマエ」に出てくるあの感じ。ト―ガってやつ)
ルイ何世だかはヒールの靴だし、フリルもついているし、
タイツもはいている。
女性の服装って、歴史的に見ても、
男性服の転用なだけ。
しかも、男性の服には、そこに必ず権力との関係が隠されています。
基本、権力誇示のために衣装を選ぶわけです。
もちろんそこには数多くの象徴が隠されていて・・・
となってくると、
あら、めちゃくちゃ難しいではないの。
当たり前だけれども、この歴史の文脈の中でのおしゃれについて理解しないと、
今、何をおしゃれと感じるか、そのオリジンについてはわからない。
流行りものを見ているだけでは、その深層心理まで理解できません。
というわけで、男性服の服装史については、
引き続き勉強します。


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2017年2月12日日曜日

桜の便り


いつもは2月下旬に満開になる松田町の河津桜がもう満開だそうです。
私はまだ行っていないので、
写真はいただきました。

早く青色申告を終わらせて行きたいなあー。

本日は以上です、はい。

2017年2月11日土曜日

夢見た未来はこなかったけれども

鷲田先生の1990年代後半から2000年代の初頭にかかれたファッションの本を読んでいると、
根拠なき未来の明るい展望に、
いささか拍子抜けしてしまいます。
これは鷲田先生に対する悪口なんかではなくて、
確かにあの時代、多くの人が共有していた感覚だと思います。
まあ、哲学者は預言者ではないし。

まさかあのとき、2000年以降が、そして2017年の今の
ファッションやその周辺にかかわる状況がこんなにもみじめなものになるとは、
思いもしなかったでしょう。

1990年の後半の日本のファッションから見た未来は、
もっと日本人デザイナーの世界に与える影響が大きく、ゆるぎないものになり、
人々はより個性を表現するような自由な装いをしているだろうと、
鷲田先生は夢想しているわけですが、
20年たった今、その夢想は単なる妄想でしかなかったとわかります。

この今となっては大きく外れてしまった、
未来への楽観的な展望なんですが、
ではあのころ、今のようになることが予想できたその種が全くなかったかと言われれば、
決してそんなことはありません。
だってもうそのころ、私は死にそうになっていましたし、
アパレル業界のブラック企業化はもう既に始まっていました。
で、それが序章だったわけね。
さてこの序章から始まった物語、
今はどこまで進んだのかしら?
起承転結の転さえも、まだ起こっていないかもしれないです。

しかしそれは日本というレベルの物語。
その上に世界の物語があり、またその上に宇宙の物語があり、
そのずっと下に個人の物語があります。

「上にあるものは下にあるもののごとし」とは、
ヘルメス・トリスメギストスの言葉ですが、
これは「下にあるものは上にあるもののごとし」
という言葉と対になっています。

どういうことが言いたいかというと、
限りなく下のレベルに近い小さい個人の物語から変える以外、
上は変わらない、ということです。

ファッション業界が、作業着系をお勧めしたからそうなった部分もありますが、
それを変えるのは、
個人がその「作業員の物語」を受け入れて、
それを生きるかどうかにかかっているわけです。
つまり自分で自分の物語を生き始めることをする以外の方法では、
変えることができないのです。

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2017年2月10日金曜日

どうしてもう作業着系ルックがおしゃれに見えないかというとね

本屋へ行って、
いまだに作業系ルックの本が多いのに驚きましたけれども、
本を作っている人たちが、
必ずしも流行の方向性について把握しているかというと、
そういうわけではありません。
大体、ほとんどの人が集合的無意識なんて、
考えてはいないと思います。

では、なんで作業着系ルックがもう別段、おしゃれに見えないかというと、
もうそれは定型化してしまって、飽和状態であるからです。
この2つは、おしゃれに見えない2大要素です。

誰がお勧めとか、
高かったとか、
どこのブランドとか、そういうのは関係ないんです。

飽和状態というのは、
例えば私がよく出す例で、
ジーンズにニューバランスのスニーカーにモッズコートの年配の女性、
湘南エリアには普通にいます。
年配の人が着始めたら、もうそれは飽和状態です。
目に入る量が一定量を超えたので、もうこれはおしゃれに見えません。

次に定型化です。
何度か書いている1つの定型化ありますね。
ジーンズ、コンバース、ボーダーTシャツ、トレンチコート。
これ、もう制服みたいなもんで、
おしゃれには見えません。
なぜなら定型化してしまったからです。

作業着系ルックも、もう定型化していますね。
一粒ダイヤモンドのネックレス、Vネックのセーター、ジーンズ、スニーカー、みたいにね。
定型化してしまって、もうみんな、それを覚えてしまったんですね。
そうすると、それはおしゃれに見えないのです。
だって、一種の制服だから。

女子校生が制服をおしゃれに見せたくて、
何とかいろいろやっていますけれども、
しょせん制服なのと似ています。
定型化して、制服になってしまったら、何かやってもその程度です。

おしゃれって、
飽和状態と定型化から、いちもくさんに逃げなくてはいけないのです。
それがおしゃれってことですから。

で、それについて、
多くの人も薄々感づいているので、
もうおしゃれに見えない、
そういうわけなのです。


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2017年2月9日木曜日

おしゃれな湘南蔦谷書店へ行った

きのうは思いの他、仕事が早く終わったので、
天気もいいし、ちゃちゃーっとしたくして、
黄色いスカートのまま、辻堂にある湘南蔦谷書店まで行ってきました。
ここ、もう随分前にできたけれども、
行ってなかったのは、藤沢の駅からバスに乗らないと着かないからなんです。
車だと、平日はいいけれども、
休日だったら、とんでもない渋滞に巻き込まれる危険性のある場所にあります。
ここはパナソニックの広大な工場の跡地で、
全部工場だった場所なので、駅から遠いところにあるのですね。

さて、初めて行った湘南サスティナブルタウンの中の湘南蔦谷書店ですが、
おしゃれ空間でした。
おしゃれ過ぎて、お店とかレストランと本屋が一体化しており、
知らないで通り過ぎようとすると、
レストランに入ってしまったりして、
どこまでが本屋でお店がどこからなのか、全くわからない造りです。

そんな中、最も充実していたのはお料理コーナー。
いやあ、たくさんの料理本が並んでいて、
圧巻でした。
見ている人もたくさんいます。
昔は結構料理本を買っていたのですが、
最近、全然、見ていなかったのでとても新鮮でした。

それに比べてファッションのコーナーはしょぼいです。
ざっと見ても、作業着系ルック(これからはこう呼ぶことにした)の本が多く、
きらきらして、見たいなって思うのは、やっぱり洋書。
外国の雑誌が充実していて、写真も断然いいし、
立ち読みしていいなら、ゆっくり見たい感じです。

そんな中、新刊コーナーにあった本の帯を見て、はっとしました。
そこには、
「誰も教えてくれなかった○○」と書いてあるではないですか!
一瞬、私の本かと思いましたよ。
違います!私の本ではありません!

一応、断っておきますけれども、
私は自分のブログを始めるとき、
同じ題名のものがないかどうか、ブログ名も書籍名も全部検索して調べました。
それでないとわかって決めたものです。

最近、「誰も教えてくれなかった」はもうほうぼうで使われていたので、
知っていましたが、
ファッションのところで見たのは初めてで、
もうさ、知っててやっているんだよね、と思いました。
この方、売れているんでしょう?
絶対読まないですけれど、私は。
(ちなみにこの方は、
「この本って○○」って、皆さんが私に教えてくれた、あの方です。)

で、実は私も最近、読書が進んでおりまして、
新しい山を見つけたところ。
それなのに、その新しい山をチェックしてくるのをきのうは忘れてしまいました。
でもな、なかったかもしれない。
私が見つけた、次は読破したいと思ったその山は、
みすず書房から出ている「中井久夫全集」です。
ただ、まだ買おうかどうか決めてない。
中井先生は、まだ読んだことがないので、
決めかねております。

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2017年2月8日水曜日

おしゃれブログをアップしました。

http://fateshowthyforce.blogspot.jp/
おしゃれブログをアップしました。

今朝書いた内容は、自分でも面白いなと思ったので、
おしゃれブログにもうちょっと書いてみました。

みんな、読んでね~

グレーと作業着

最近、というか、ここ数年、
女性のあいだでやけにグレーが流行っています。
しかもけっこう濃いめのチャコールグレー。
黒からの脱出なんでしょう。

同時に、私が作業着と呼ぶところのジーンズやワークシャツも流行っています。
あとはMA1ジャケットに見られるような軍服ですね。
それに下着であるところのTシャツ。

作業着であるところのジーンズ、
下着であるところのTシャツ、
軍服、
で、グレー。

ねえ、このスタイル、どう見たって、単なる作業員じゃない?
みんな、そんなに作業員になりたいのかしら?
作業員って、例えば工場勤務の、しかも作業担当者みたいな感じです。
どう見たって正社員じゃないよね、アルバイトだよね、みたいな。
または、お金がなくていつも作業服なのかな、みたいな。

きのうはある有名スタイリストさんのお勧め服を買い続けた結果、
ワードローブが作業着とグレーばっかりになってしまったクライアントさんがいらして、
その作業着っぷりにとても驚きました。
驚いたというか、もう笑えるレベル。
しかもそのお勧めがたくさんあったということで、
膨大な作業着の量です。

これ、そのスタイリストさんのことを知らない人から見たら、
単なる作業着の人、にしか見えないです。
または、旧東ドイツみたいです。
私もそのスタイリストさんの名前と顔はわかるけど、
どういうものをお勧めしているとかは知らなかったから、
なんでこんなものばっかり買っているのか、意味がわからなかった。

で、きのうもしゃべったのですが、
そのスタイリストさん本人、その自分のお勧め、ほとんど着ていないと思いますよ。
だって、それ、単なる作業の人だもん。
例えば、レストランにそういう格好の人が来たとしたら、
間違いなく、目立たない端のテーブルに通されますよ。
だって、そんなグレーの作業員が作業の合間にランチに来たみたいなの、
お店の前に出したくないもん。

で、これは最近言っていることと同じだけれども、
人生の目的が、「破壊された何々を修復し、完全復旧させること」みたいのじゃなかったら、
そんな、作業着をわざわざ着るなんて、選べないです。
「毎日、作業にいそしむ人生」じゃなかったら、そうはなりません。

もう1つ残念なことは、
その作業着たち、けっこうお高いらしいのです。
はっきり言って、それに使ったお金でカルチエのジュエリーが買えるほどです。
もったいない・・・
高すぎる作業着・・・。

人生の目的が「作業にいそしむこと!」でないのなら、
もうそろそろ作業着を卒業したらいいのではないでしょうか。
時代の気分は作業員じゃないです。
何度も書いていますが、女神ですから。


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2017年2月7日火曜日

ファッションを理解するためには

久々に鷲田先生のファッションに関する本を読みました。
鷲田先生の本を全部読んでいたわけではないので、
今まで読んでいなかった、
しかも新しい部類のものです。
それでも出版年は2003年とか。

久々に鷲田先生の本を読んで、示唆に富んだ文章だし、
私と同じことを言っているカ所も多くあり、
とてもよかったのですが、
ところどころ、心理学の分野では周知の事実について、
先生は「どうしてだろうか」というように書いている部分を見つけました。
鷲田先生の専門は哲学ですが、
ファッションを理解するには哲学だけじゃだめで、
心理学や社会心理学の知識が必要です。

実はロンドンのたしかセントマーチンには(もしかしてロイヤルカレッジオブアートかもしれない)、
もう既にファッション心理学を教える学科があって、
いろいろ調べているようです。

同時に、やはりある長さのファッションの変遷についても理解しておくことが必要で、
知っている期間が短いと、これから先も読めなくて、
書いてあることが、そのときしか通用しないことになってしまいます。
これは私も注意しなければなりません。
どれだけ俯瞰的に現在を眺められるかが重要です。

それと最後、
鷲田先生の視点に欠けているのは、
フェミニズムの視点。
フェミニズムの発展とファッションは非常にかかわりがありますから、
これがわからないと、やはり流れが正確に読めない。
そして、なぜそれに意味があるかがわかりません。

まあ、もっと言うと、服装史だけではなくて、美術史の知識も文学の知識も必要。
文化人類学もわかっていたほうがいい。
となると、ファッションを本気で理解しようとすると、
相当な勉強が必要になってきます。
例えば外国にはスージー・メンケスみたいな、
ちょっと年配で、知的な記事を書く人がいます。
なぜかというと、それぐらいじゃないと、わからないことがたくさんあるからです。
外国のファッション誌はその部分も担っていて、
きのう書いたみたいな、
「レストランのメニュを載せる」みたいなことにはなっていません。

ファッションについて書くのならば、
怠らずファッション以外の分野についても勉強しなければなと、
思った次第です。

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2017年2月6日月曜日

到達可能な人生の目標が必要って話

きのうはキネシオロジーのワークショップをしておりまして、
終わった後はいつものように雑談。
雨が降っていたので、
ふるうつらんど井上さんの農園を歩くこともできませんでしたが、
農家の一室であれこれお話ししました。

その中で、やっぱり人生の目標がないと、
スタイルも決まらないよね、という話になって、
それは本当にそうなのですが、
ではそれは服の問題なのかというと、
もうそうではありません。
そこまでいってしまうと、
生き方の問題なので、
着ているものなんかではどうにもなりません。

言ってしまえば、
現代のおしゃれって、お金で解決できてしまうので、
その競争に参加したら、
お金があって好き放題買える人の勝ちです。
上から下までシャネルとかやったら、
やっぱりそれはおしゃれですから、
それができさえすればいいってことになってしまいます。
でもほとんどの人が、お金で解決できないところにいるわけです。
そのときにどうするかという話。

ただ、雑誌なんかの提案は、
その大半が、お金で解決しましょう、なので、
お金がない人には、その解決案は受け入れられない。
雑誌を買っても買っても、
お金がなかったら、そんな提案は意味ないです。

最近の多くのファッション誌は、レストランのお料理の紹介と同じなわけよ。
ほら、うちのお店に来てお金を出せば、同じものが食べられますよっていう
そういう情報が載っているだけ。
材料とその値段しか書いていないから、それが自分で作れるわけじゃないですよね。
ご丁寧なところは、全部セットで買えるようになっているでしょう?
お金がなくてそんなものは食べれないのに、
そればっかり見ていたら、それはストレスがたまるでしょうよ。


ではそうではない道を選ぶとなったら、
やっぱり人生の目標が必要になってくる。
それがないと、最後がかちっと決まらないのです。

ただ、それは誰かが教えてくれる問題じゃないので、
自分で考えるしかありませんね。
ただ漫然と生きることも可能ですから。

さて、今日も暖かそうな1日です。
立春が過ぎたので、もう春ですね。


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2017年2月5日日曜日

帽子が目につく今日このごろ

電車に乗ったら、
どこかの小学校の制服の女の子が乗ってきて、
かぶっている帽子が、後ろのブリムだけちょっと折り曲げてあるタイプで、
そこからちょうどいい具合にポニーテールが下がっていて、
たいそうかわいかったです。

それから最近、関心した帽子姿は、
テレビで放映された草笛光子さんがNYに行った際の帽子姿。
テレビはないので、ネットで検索しましたが、
帽子をかぶることによって、
スタイルが完成されたというか、
句読点の○がついたような、そんな感じがします。

帽子というものは1度それが習慣になってしまうとやめられなくて、
出かけるときは必ず帽子をかぶる私など、
たまに夜のお出かけで帽子なしで出ると、
何か忘れものをしたようで、
落ち着きません。

あとは帽子ってものすごく暖かくて、
冬はなしでは過ごせない。

もちろん欠点もあって、
髪の毛がぺちゃんこになること。
脱ぐと、それが何か変な感じにはなります。
それと、どこかで脱ぐと忘れものになりやすいというのも欠点です。
私もいつか、わざわざロンドンでから買ってきた帽子を自由が丘の映画館に忘れて、
とりに戻ったことがあります。

夏の帽子は日焼けして長もちしませんが、
冬の帽子は大事に扱えば、かなり長もちします。

きのうも20代のときからかぶっている、
キャサリン・ハムネットの耳あてつき帽子をかぶって買い物へ行きましたが、
スーパーの中で、知らない外国人女性から、
「あら、いい帽子ね」と褒められました。

今の時期、
冬物のいい帽子がセールに出ていますので、
いいのがあったら「買い」です。


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2017年2月4日土曜日

メンバー紹介



うちのメンバー紹介です。
まるちゃんとみけちゃんです。
一応、姉妹です。
よろしく。

明日の湘南エリアは午後から雨の予報になっています。
遠くからいらっしゃる方はお気をつけください。

2017年2月3日金曜日

コンテンツが無料かどうかという問題

今、ある方面で、コンテンツが無料かどうかでもめていますね。
この問題、以前からときどき出てきて、
例えば、YouTubeでみんなが音楽を聞くから、
CDが売れなくなったとか、
CDなんてもう誰も買わないとか、
いろいろ言われています。

私に関していえば、YouTubeで好みのものを探すことはあっても、
音源は、最近はダウンロードで買っています。
昔はCDを買いまくっていましたが、場所ばっかりとるのでやめました。

で、私もうちにいらっしゃるクライアントさんたちに雑誌や本を買うかどうか
質問しますが、
95%ぐらいは「買わない」と断言されます。
買わないそうです。

そういう私も現在、雑誌はファッションレッスンの切り抜き用以外では買いませんが、
本に関しては、これもダウンロードで結構買っています。
昔みたいに1カ月の図書費1万円とか、そこまではいきませんが、
(あ、先月は図録も買ったんで、1万円以上使いました)
キンドルがなくてもパソコンの画面で結構読めるとわかったんで、
ここ数カ月はそれで買ったりしました。
特に、いつ届くかわからない洋書には適しています。
そうそう、洋書に関しては、キンドルで買うと、辞書機能がついていて、
単語を調べるのが簡単なんで、余計キンドルで買ってしまいます。

では、本や雑誌は買わないイコール文章を読まないかというと、
そうではないのですよね。

ネットの世界も、昔よりずっと情報量がふえ、
ブログもサイトもHPもたくさんあって、
検索しても知りたいところになかなかたどりつかないことも多いですが、
そんな中でも、私のブログのアクセス数は増えています。
みんな、何かに飢えているのね、と思います。
つまり、お金を出すつもりはないけれども、
無料だったら読みたいのよね。

で、コンテンツ無料問題ですが、
けっこう昔ですが、ファッションレッスンを受けた方から、
「ブログの内容と同じだった」という、クレームでもないけれども、
何かご不満な感想をいただいたことがあります。

私はどこにもブログと違うとは書いてないのですが、
ご不満だったようです。

それ以降、説明していますが、
ファッションレッスンは、私が売った時間の対価として料金が発生しているわけです。
ブログは課金制じゃないので、
無料で公開していますが、
私が提供するレッスン時間は無料じゃありません。

あと、よく使う比喩として、
例えば、ミスチルのライブに行ったとして(行かないけど)、
ミスチルが、CDと全然違う曲ばっかりやったら
困るでしょう?
全部知らない曲だったら、それはおかしくないですか?
それと同じです。
ミスチルはCDと同じ曲を歌うでしょうし、
対価は、ライブであるということに発生したのです。

それで何が言いたいかというと、
コンテンツというか、情報の無料化は今後も進むだろうし、
その流れは止められないでしょうけれども、
時間とかモノとかが無料ということはないでしょう。
また、そのコンテンツを作るのにエネルギーが使われていないかというと、
そうではありません。
時間もかかっているし、お金もかかっています。
それを作っている人は、生活するためにいろいろ買わなければなりませんし、
保険料や年金、税金を貨幣で支払わなくてはなりません。
ですからそれは空気のように、自然のシステムによって無料でできたわけではありません。

そこを勘違いすると、
ブログと同じとか、
音楽にはお金を払わないとか、
そういう意見が出てくるのかな、と。

そればかりではなく、空気みたいに無料だからと、
「まとめ」とか「MERY」みたいなところで、勝手にそれを売るという行為も起きるのでしょう。
(それが原因で、私もブログを書くのがすっかり嫌になりましたが)

コンテンツが無料問題は、
そこを空気のように取り扱ってしまって、
作り手をリスペクトする気持ちが見られない限り、
必ずやもめることでしょう。


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2017年2月2日木曜日

ファッションへの関心は、低下しているよね。

ドラマとは葛藤であり、
その末の変化です。
葛藤がなかったら、それはドラマではありません。

物語が始まるということは、つまり葛藤の始まりであり、
最終的に待っているのは変化、ということになります。

では、「物語が始まりそうな服を選ぶ」って何かというと、
最終的に変化するための服ということになりますね。

主人公には目的があって、
そのために行動して、
物語の最初とは違った状態になる。
そうならないのだったら、
それは物語でもドラマでもないです。

では変化ってどうしたら起こるのか?
物語はどうやって始まるのか?
ですけれども、
きのうのユング先生のお言葉にもあったように、
誰かと会うことから始まるのです。
大体はね。
ごくたまに、朝から晩まで空を眺めていて、
自分の空想の中でだけ物語が進行する人もいるかもしれないけれども、
大体は誰か、もしくは何かに出会わないことには、始まらないわけ。
(何かでもいいので、ラスカルでもいいわけね)

誰にも会わないんだったら、
物語も始まらないし、
そんな服も要らない。
人生に変化もなく、
成長もない。

みんな、そうすべきだとは言わないし、
もちろんそれは選べるわけだけれども、
変化を望むなら、誰か、もしくは何かに出会うしかないわけです。
そしてそこにバラエティがあるほど、
変化に富んで面白いことになります。

最近、ファッションに関心がある人がすごく減っているようで、
私も薄々感づいていましたが、
それには「仕事場以外、誰にも会わない」
ことも関連しているのでは?
土日に誰かに会わないのだったら、
仕事に行くときの服以外、要りませんものね。
そしてその仕事も朝から晩までパソコンに向き合っているのだったら、
ほんと着てるものなんて、どうでもよくなっちゃう。

そんなわけで、
最近の日本におけるファッションへの関心の低下は、
そんなことろも関係あるかなと思った次第でございます。


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2017年2月1日水曜日

ユング先生の言葉

"The meeting of two people is like the meeting of two chemical
substances. If anything happens, both are changed."
- C. G. Jung

恐れていた渋谷だけれども・・・

都会に行くのが本当におっくうになって、
用事がなければ行きたくないし、
あってもさっさと帰りたいという気持ちが年々強くなり、
おかげで本家の墓参りにも行っていないという(さすがにそれはそろそろ行きます、はい)
感じなのですが、
先日も恐れていた渋谷で用事があって、
ああ、もう嫌だなと思って行ってみたら、
拍子抜けしてしまいました。
なんだか、私の知っている渋谷と違うのです。

私の知っている渋谷って、それ一体いつの話ってことなんですけれども、
90年代ですか。
渋谷はものすごい活気がありました。
カフェドゥマゴでタルトタタンを食べて、
文化村でダンスや映画や美術展を見て、
WAVEによってCD買って、
クラブクアトロでライブに行ってとか、
今でさえ全然行かない渋谷ですが、
私も結構行っていました。

よく行っていたのはそのくらいで、
2002年以降はほとんど行かず、
最近は逆に避けていましたが、
この前ちょっとあの駅前の交差点のところに出てみたら、
全然、活気がないのです。
あれ、どうしたの?ってほど。

今の渋谷に比べたら、
鎌倉から江ノ島にかけてのほうが全然、活気がありますし、
テンションが非常に高く、パワーがみなぎっています。
もしかして、
ついに江戸も終わり?

かどうかはわかりませんが、
とにかく違うことは確か。

都の変遷ってどれぐらいの周期なのでしょうか?
鎌倉から江ノ島以外にも、
日本で同じぐらいテンションが高い地域が、
きっとほかにもあると思います。

やっぱり今は時代の変わり目なんでしょう。
その最中にいるとなかなかわかりませんが、
後で振り返ったとき、
今がどういう意味を持った時代だったのか、
わかると思います。


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