2017年7月21日金曜日

暑い夏と洗濯

たいして雨も降らないままに、梅雨が明けたそうです。
(でもこの前の雷雨はすごかった。停電もした)
ここから当分の間は暑い夏に耐えるのが優先で、
おしゃれがどうこうは二の次でいいと、
私は思います。
暑さで具合が悪くならないとか、
日焼けしないとかのほうが大事。

暑いときにどうするかについては、
結構いろいろ書いてきたので、
もう新しいことはないです。
高機能素材がいいと思いますが、
まだあんまり売っていないようで、
通勤の女性の衣服を見ても、
普通の化学繊維の方が多いように見えます。
中にはストッキングをはいている方もいて、
あれで平気なのだろうかと、心配になります。
若いほうが暑さに対する耐性があるのでしょうか?
どうだろうか。
私にはもうないです。

で、皆さん、お嫌いなようですが、
シルクは涼しいです。
ただし、着たらその日のうちに洗濯しないと汗じみができたりしますから、
そこは注意する必要があります。
洗濯といったって、
お風呂に入るときに一緒に洗ってしまえばいいだけです。
あと干すときは、直射日光に当ててはいけません。

隣のおうちは2階のベランダに盛大に洗濯した衣服を干していますが、
化学繊維以外は直射日光で激しく傷みます。
シルクは退色します。
麻やコットンも劣化します。
傷むので部屋干しが基本です。


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2017年7月20日木曜日

シンボルとしての蜂

最近、蜂がモチーフのデザインが多くなってきました。
グッチやディオールも蜂です。
なぜ蜂を使うかというと、
はちみつが大好きとか、蜂ってかわいい、とかではありません。

蜂は通常、豊かさのシンボルです。
そのほか統制みたいな意味もあります。
あと、昔、私がシンボルについて習っていたとき、先生が
「蜂はパレスを作った」と言っていました。
いったい蜂がどうやって、どんなパレスを作ったのか、
質問したのですけれども、答えはうやむやで、
今でも蜂が作ったパレスについては謎です。
しかし、蜂というのは何かしら豊かなことに関係するのです。
こうやって、あからさまに富について主張しないというのはファッションであり、
美術であり、おしゃれです。

一方、先日、クライアントさんから、
「高見せ」という言葉があると聞きました。
詳しい内容も意味もわかりませんが、
大体察するに、
安いものを高く見せる、みたいな意味でしょう。
これはもうファッションでもおしゃれでもありません。
貧しい心の持ち主の見栄を張るための方法です。

それにしても、
「高見せの女」とか、
「着やせの女」とか、
そしてさらに「コスパがいい女」とか、
そういうのを皆さん、ご所望なのでしょうか?

なんか並べて書いたら、お笑いのコントのテーマみたいじゃない?
お笑いの養成学校で先生が、
「は~い、皆さん、今から2人一組になって、コスパがいい女でコント作ってください!」って、
言ってそうじゃない?

みんな、そういうのがいいんだ。
そうなんだ。
ふうん・・・。

ちなみに、猫は西洋の文脈では、はっきりした意味はないと思う。
犬は?
犬は、そうねえ、黒い犬と言ったら、鬱を意味します。
あと危険を教えるのも犬かな。


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2017年7月19日水曜日

同じものばかり売っているかというと、そんなわけでもない

同じ服ばっかり売っているという声をよく聞きますが、
そんなことは全然ありません。
同じ服ばっかり売っているように見えるのは、
同じようなところばっかり見るためです。

セレクトショップは確かにみんな似ていました。
だから、セレクトショップだけ見るならば、同じ服ばっかりということになるかもしれません。

で、自分ははっきりと、このブランドのファンっていうのがあったら、
そっちに行くと思うのです。
セレクトされた結果じゃなくて、そのブランドへ行くだろうと。
つまり、プラダが好きだったら、プラダへ行くでしょう。

デザイナーで見ていったら、
それは全然違います。
プラダ、グッチ、サンローラン、ステラ・マッカートニー、全部違う。
全然同じではありません。

これはハイブランドじゃなくてもそうです。
詳しくはわかりませんが、
有名じゃないところでも、そのブランドだけ見れば、それはそれなりに違うと思います。

同じものが売っていると感じるブランドは、
市場調査して、その結果を受けて似たものを作っているところで、
しかもそれの集合体であるモールみたいなところばかり見ていたら、
同じものしか売っていないように見えるでしょう。
それはその人の行動パターンがいつも同じで、
いつも同じところしか見ていないから。

先日読んだ記事によると、
1990年代の後半に比べて、今流通している服の量は2倍だそうです。
たぶんそろそろピークではないでしょうか?
これ以上増やしても、人が増えないのだから、売れないでしょう。

今ないと言ったとしても、
これ以上にある世界は、もうこないだろうと思います。


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2017年7月18日火曜日

ダイアン・キートン

ダイアン・キートンと言えば、
「アニー・ホール」でのルックスが有名で、
ファッション誌にもよく出てきます。
(でも見たっていう人は少ない)
これは一番新しいもの。
ダイアン・キートンって、今71歳だそうですが、
すごく素敵。
「アニー・ホール」のスタイルがそのまま年をとった感じ。

もちろんこれは映画なので、
映画の衣装デザイナーが考えた衣装ですけれども、
ダイアン・キートンという人は、インタビューなんかもこういうスタイルなので、
そんなにご本人と役どころのスタイルに差がないのだと思います。
そこら辺は役作りのためにどんどんスタイルを変えていくメリル・ストリ―プと違うところ。

71歳でパンツスーツ、ベレー帽って、なかなかいない。
そしてそれが格好いいし、
物語も始まる。
もともと背も高いし、スタイルもよい人ですが、
崩れていないのは、よれっとしたものを着ていないからでしょう。

この映画、日本で公開するかどうかは未定のようですが、
やったら見たいです。


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2017年7月17日月曜日

パジャマ問題

パジャマ問題は結局どうなったのか聞かれました。
パジャマはスーツじゃないほうがいいと思うというのが、
今のところの結論。
スーツじゃないんで、上と下は別に買う。
あと、かっこ悪いパターンのパジャマは、やっぱりかっこ悪いから、
かっこいいパターンのほうがいいねってことです。
それはわかりました。



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2017年7月16日日曜日

それはターゲットじゃないから

セレクトショップに入って、どうして売ってないと感じるかという話。
セレクトショップはそれぞれどういう人がターゲットか決めていると思うのですね。
年齢がいくつぐらいで、
収入がいくらで、
どういうライフスタイルで、とか。

そうすると、セレクトショップに入って、ないと感じるということは、
そのセレクトショップが設定したターゲットと、
ないと感じた人は離れているということになります。

そしてセレクトショップのセレクションがどこも似ているということは、
設定しているターゲットがどこも似ているということです。
年齢も、収入も、ライフスタイルも。

けれども買い物している人が少ないということは、
その設定したターゲットの人って、
実はそんなにいないということです。
具体的にどういう人をターゲットにしているか、
私も知りませんけれども。

ですから、店舗に一歩入ってみて、
ここなら欲しいものがあるわ、
私に関係あるわと思えるところでないと、
買いたいものは売っていないのです。

私もセレクトショップでは、関係ないなって思ったので、
私もターゲットじゃないです。
で、買いたいものもないので、
お互いにそう認識しているということですね。

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2017年7月15日土曜日

セレクションが似ているね

皆さんが、服が売ってない、売ってないとおっしゃるもんで、
そんなに売ってないのか、と思い、
先日、セレクトショップがずらーっと並ぶ通りの、
そのすべてお名前の違うセレクトショップに端から入って、中を見てきました。

セールが始まっているというのに、
お客さんが1人、もしくは2人しかいないという夕方、
いろいろな名前のショップにどんどん入っていって見たのですけれど、
確かに、皆さんがおっしゃっていることが何となくわかるような・・・

というのも、これらセレクトショップ、店名も違うし、
運営母体も違うにもかかわらず、
なぜか品ぞろえが同じ。
シャツはどこもFrank & Eileenだし、
ジュエリーはどこもHIROTAKAだし、
シューズはどこもPELLICO。
さっきも見たよ、これも同じだわと。
つまり、セレクトされているものが同じじゃないのと。
店構えは違うのに、
セレクションに個性がなくて、
結果が同じになっているのですね。
そして、それを受けて、皆さんが売ってないとおっしゃるのね。
結果がどこも同じなので、お客さんがあまりいないという状況も同じなのね。

あれはなぜそうなったのでしょうか?
マーケッティングなのか、市場調査なのか。

私も見ている間につまらなくなっちゃって、
どこのショップの印象も薄いし、
1着も試着することなく、早々と出てきました。
着てみたい服が1着もなかったです。

あのセレクションにぴたっと自分が合わないのだったら、
いくらショップがたくさんあったとしても、
売っていない、ということになります。

ではどうすればいいかって、
探す以外にないです。
セレクトショップにないってわかっているのだったら、
違うところに行く以外はない。
皆さんがそれぞれ自分が着てみたいと思うものが売っているところを
探す以外にはないです。

それにしてもなぜにあんなに似てしまったのでしょうか?
不思議です。

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2017年7月14日金曜日

インスタグラムに関して苦情をいただく私

コアな内容でよいという内容のメールを、
Bizarre Love Triangle仲間からいただいたので、
そのまま続行したいと思います。
Bizarre Love Triangleはその昔、クラブでかかっていたとのこと。
私はそういうところには一切行ったことがないのでわからないです。
(私は夜遊びして、酒飲みで、車を運転する人に見えるとよく言われるけれども、
全部しません)

で、このブログは毎朝、起きぬけに大体15分から20分で、
そのときに思いついたことを書いています。
だからこれは雑記です。
雑記なんだけれども、ここで思いついたことをたたき台にして、
おしゃれブログのほうにまとめたりしています。

さて、インスタグラムに関する苦情をよくいただきます。
といっても、私はやっていないので、私のではなくて、
どなたかのインスタグラムです。
いわく、何かを売るため、きっとお金をもらって宣伝していて、
そういうのは面白くないと、以前は面白かったのに、と。

そんなことを言われても、それなら見るのをやめればいいのにと、
それしかないのですけれども、
そういうのを見続けるのは相当なストレスなのではないでしょうか?
ストレスを通り越して、それは不幸だと思います。
でもそれは自分で避けられる不幸なのだから、やめればいいだけなんだけど。

もちろんインスタグラムのいい使い方はあると思います。
仲間内の近況をシェアするとか、シェフの格好している猫ちゃんのやつとか、
すごい写真の人もいるし。
それは全然否定しないけれども、
見ると不幸になるのなら、やめればいい。

具体的にやめればいいと、私は言っていませんが、
今までファッションレッスンを受けた何人かの方から、
スタイリストさんのインスタグラムを見るのをやめたというご報告はいただきました。
自分が人生の主人公だと認識したら、
脇役の他人なんて、どうでもよくなるみたい。

脇役の他人なんてどうでもよくなって、
みんなが主人公になったほうが、
この世は楽しくなると思うのですが、いかが?

(ラフ・シモンズのNEW ORDER祭り、ありました。どうぞ!そうそう、コレクションの音楽って、著作権の関係で、You Tubeにアップされたときはもう違うものなのよ。だから本当に使われたのをしりたかったら、ライブストリーミングで見るしかないのね。これもきっと違うと思う)

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2017年7月13日木曜日

もうそろそろみんな、飽きた?

4月ごろからずっとファッションのことを書き続けているから、
ラベルは「ファッション」だけになりました。
もうそろそろみんな、飽きた?

自分で書いていてわかったのは、
私は今まで案外、コアな話題については書いていなかった、
ということです。

ファッションについての共通の話題なんて、
もうほとんどなくて、
実際、私は誰ともこれらについてしゃべってはいません。
しゃべる相手もいないですし、
そもそも言ってもわからない。

最近、その言ってもわからないようなことばっかり書いていますけれども、
本当に面白いのはここからの世界です。
面白いのですが、需要がないというのも事実です。

書けば書くほどコアな話になっていくし、さて、どういたしましょうか。
とりあえず、今日も暑そうなので、倒れないように気をつけて1日過ごしましょう。


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2017年7月12日水曜日

NEW ORDERだわ!

(これよ、これ!日本では「権力の美学」っていうタイトルだったね。ティーンエイジャーの私、聞いておいてありがとうだわね)

ラフ・シモンズの2018SSのメンズコレクションを見ていたのだけれども、
なんだろう、あれは?
Tシャツをちょんぎったみたいなのにプリントされている絵がNEW ORDERだわ!
きのうはNEW ORDERを急に思い出して、
True FaithとBizarre Love Triangleを聞きまくっていたので驚いた。
(You Tubeでいろんな人がカバーしているのまで聞きまくっていた)
テーマは「ブレードランナー」ってことだけど、関係あったっけか?(たぶんない)
よく見たら、JOY DIVISIOのアルバムのジャケットのデザインも使ってる。
JOY DIVISIONとNEW ORDERの重ね着って、なんて、なんて素敵なのかしら!
でも頭にかぶってるのは、日本の農作業のときにかぶるのと同じ帽子なのね。

ファッションって、ヴィスコンティタロットからNEW ORDERまでわからないとだめなんて、
大変ね。
いや、別に大変じゃない。私はね。

本当に売っていないという状態

自分の望む完成像を思い描いて、
その絵を完成させるために必要なピースを探していくのが、
方法論がわかってから残りの人生の作業になります。

ジグゾーパズルを思い出してみてください。
たぶん箱のふたに完成したときの絵がある。
そして箱の中には完成させるためのピースがすべてそろっている。
しかし、私たちのワードローブは、箱の中にピースがそろっていないので、
それを外に探しに行かなくてはなりません。
そして、そのピースがそろえばそろうほど、それはスタイルになります。
私が提案しているのは、このスタイルの確立のための方法論。

一方、望む完成像の絵などなく、
やみくもにピースを集め続け、ワードローブへどんどん突っ込んでいく人たちもいる。
それはそれでそのときは何とかなるけれども、
それではスタイルにはならない。
ならないけれども、毎日それでもやってはいけます。

しかしどう考えても、この二者のピースの探し方は違ってきます。
前者は絵を完成させるために何か自分に最適なものを探す。
後者は、流行っているとか、お勧めとかを探す。
多くの人は後者で、そのための情報はあふれています。

このときにどちらが探しているピースにたどり着きやすいかと言ったら、
それは後者になります。
全体としての絵がないのだから、値段とサイズが合えば、それで構わない。
条件が少ないので、それだけ見つかる確率も高いでしょう。
だから当分のところ問題はない。

一方、前者が探しているピースは、
それはなかなか売っていないです。
そんなの滅多なことではないです。
ないから時間がかかる。
けれども、スタイルの確立のためにはそれを探さなければなりません。 

本当に売っていないとはこの状態のことです。
やみくもに何かを買おうとするなら、
たくさん売っている。
けれども、自分のスタイルを確立するための最後の1ピースは、
なかなか売っていないのです。
そして私たちはそれを、死ぬまでずっと探し続けることになるでしょう。


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2017年7月11日火曜日

La MolteとLa Forza


朝からマリア・グラツィア・キウリのインタビューを見ていました。
先日、ディオールのオートクチュールのコレクションがあって、
その中にタロットの図柄を刺繍したパッチワークのようなドレスが出てきたのですけれども、
通が見たら(何の通だ?)、
あれは、ああ、ヴィスコンティタロットねって、なるわけです。
これは15世紀後半のもので、世界最古のタロットと言われているデッキです。
(日本で言ったら、花札かなと思ったけれども、やっぱりちょっと違う。
最古の百人一首ぐらいかしら)

そのドレス、前のところにこのLa Molte、日本語で言ったら死神のカードが刺繍されていました。
目立つところに。
そうしたら、マリアはこのカードが好きなんですって。
たしかにこれは悪い意味じゃないです。
終わらせないと次がないので。
 
そしてもう1枚好きと言っている図柄がこちら。
 これはLa Forza。日本だと「力」のカード。
 これはライオンの口を押さえている女性のカード。
マリアは「あなたのポジションは維持しなければならない」と言っていますが、
通常、これは力をコントロールできるという意味。
その他、情熱とかクリエイティヴィティもこれ。

ディオールは見ていると面白いので止まらないです。

そして、服を見るにしてもいろいろ勉強していないとだめねと、
改めて思わせてくれます。

わからなかったら、勉強して出直せ、さもなくば無知のまま生きていけって、
突きつけてきますから。

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2017年7月10日月曜日

20代の男子はおしゃれと思う(うちの近くのですが)

駅へ行くまでの道のりで、
表通りではなくて、細い路地になっている裏道を通ると、
いつも若い男子とすれ違うのですけれども、
(顔とかよく見ていないので、数人かもしれない)
なんか最近、彼らがかっこいいです。

きのうすれ違った人は、
80年代のようなビッグシルエットの半袖シャツで、
半袖なのに肘まであるような、そんなシャツでした。
前からくるだけで、わーって思いました。
パンツもだぶだぶだった。
全身がビッグシルエットで、決して背は高くないけどバランスがとれている。
わーって、すごいなーって。

女子のおしゃれと違って、
20代男子なんていうのには、「これさえ着ていればおしゃれ」という
共通の記号はないでしょう?
あるの?
いや、ないでしょう。
誰が見てもわかるみたいな、そんなものはないと思う。
しかも彼ら、みなそれぞれ違う格好で、
同じような2人とか見たことがないので、
「これさえ着ればあなたもおしゃれに見えます」から完全に外れた人たち。

思うに、
20代男子は、女子以上に吹っ切れているというか、
頼るものがないというか、
自力で生きていかなきゃというか、
そういう世代なのではないでしょうか。

女子は割と「モテ服」みたいな感じの人が多くて、
「これさえ着ていれば」という、その魂胆が透けて見えるから、
面白い感じはしないけれども、
男子にはそれがない。
モテればとか、ない。
もちろんたくさんお金があるわけでもない。
絶対も永遠もないって、気づいている。
そうしたら、工夫するしかないでしょう。

そしてその工夫が私の目にとまる。
変にがつがつしていないし、
自信なさげでもないし。
人を感動させるには、考えて工夫しなきゃってこと。

みんな、絶望からじゃないと始められないのかもね。

そんなことを考えながら買い物へ行った、日曜日でした。

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2017年7月9日日曜日

おしゃれして何をする?

私の本が発売されてそろそろ2カ月。
本を読んで実践しようとしている方たちの中には、
完全ではないけれども、徐々にできるようになった方もいるのではないかと思います。
冬物より夏物のほうが、金額的にも簡単です。コートやブーツをそろえなくてもいいから。

本に書いてある方法は、
人の感覚や気持ちに訴える方法なので、
割と失敗はないです。
もちろん100%完璧です、などとは言いませんけれど。

逆に、例えば誰かのお勧めの、今の流行りのものを着るなんていうのは、
その情報がいきわたっているエリアでのみ有効、というものもあります。
いつかうちにクライアントさんとしてうちへいらした方がそうです。
3万もするようなジーンズは、その情報がいきわたっている人たちにとってはおしゃれだけれども、
田舎のごく普通の街では、単なるジーンズです。
しまむらで売ってるのとどこが違うの?という話です。
(だから、他人からおしゃれと言われないとおっしゃっていました。)
色を無視するなら特にそうなります。
多くの人がその情報=おしゃれだと思っているけれども、そうじゃありません。
情報が流通していないのなら、意味は発生しません。

それは置いておいて。
できるようになると、他人から「いつもおしゃれですね」みたいなことを言われるようになります。
これは今まで言われたことのなかった人にとって、
とても気分のいい、テンションが上がる出来事だと思います。
自信があまりない人は、それで自信がつくかもしれません。

けれども、だんだんそれも慣れてきて、そんなのは当たり前になってきます。
だって、わかっちゃったんだから。
小学生でさえ「すごいね~、掛け算ができるんだね」などと言われ続けたら、
いや、そんなの当たり前だからって、そのうち思うようになります。
問題は、掛け算ができたらどうするか?です。
できた、はい、終わりでは意味がないとは言わないけれども、弱い。

つまり、おしゃれして何をするのか、です。
自信がついた、そしたら次は何をするか、です。

基本的には以前はできなかったことをやる、です。
自信がなくて以前はできなかったことです。
それは人それぞれ違うので、具体的に何かはわかりません。
行ってみたかった素敵なレストランへ行くことかもしれないし、
何かを発表することかもしれないし、
言えなかったことを言うことかもしれない。

昔、よく少女マンガにありましたよね。
メガネをかけた、目立たない女の子が、急に目覚めてきれいになって、
何か行動するという物語。
あれは何をするのでしたっけ?
まあ、そんなようなことです。
きれいになりました、では物語はまだ途中です。

そんなわけで、
おしゃれですねと他人から言われるようになったら、
次はどうするか、考えましょうよ。
そして以前はできなかったことを実行しましょう。
私たち、マネキンじゃないですから。
生きている人間ですから、生きているうちに実行しましょう。


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2017年7月8日土曜日

その服を着て何をする?

私が大学生だったころ、
もう既に「女子大生」みたいなくくりが出ていて、
一部のそういうくくりに入りそうな方々は、
いわゆるブランド物、ヴィトンのバッグとか何とかを持っていたりもしました。
(それは親に買ってもらったものかもしれないけれど)
私が行っていた大学は貧乏な人が多かったので、というのも私大で一番学費が安い大学で、
そういう人は数人しかいませんでした。
しかも森の中にあるんで、そんなもの誰も見ていないよっていう・・・
(森の中は最高よ!)

20代になると、こんどは景気がいい人たちがいて、
相変わらずヴィトンのバッグとか、ブルガリの時計なんかをしている友達、
というか知りあいもいました。
私はそれを見るたびに、そんなものにお金を使うのだったら、
何か見に行ったほうがいいなとか、何か習ったらいいなとか、
旅行でもしたらいいなと思ったものです。

それで思うのですけれども、
服というものはいつでも何かをした経験や行動と一緒に思い出されはしませんか?
私の場合はそうです。
あそこに行ったときは何を着ていたとか、
誰かとどこかで食事をした時は何を着ていたとか、
そんなふうに覚えています。
服単体とか、バッグ単体というのはない。
いつでも何かをした時、どこかへ行ったとき、誰かと一緒だった時です。

本当に欲しいのは服そのものじゃなくて、
その服を着て、何かをした経験や想い出ではないでしょうか。
それが楽しい想い出だったりしたら、
その服はそう簡単には捨てないだろうし、
あれを着ていてよかったなという宝石のような想い出として、
心にしまうことができます。
そして、暇なときに取りだして眺めたりする。

逆に何か嫌な思いをしたときに着ていた服を持ち続けることはしないし、
暇なときにわざわざ思い出すこともありません。

けれども経験も行動も、有限な時間の中で行われるわけですから、
やるとしても限度があります。
服収集家やマニアじゃなかったら、
経験と行動が結びついていない服は、必要ではない服でしょう。

よい経験のための服を集めると考えると、
ワードローブはより一層すっきりすると思います。



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2017年7月7日金曜日

今日は七夕でしたね。

今日は七夕でしたね。
今年のお願いは、
「九州地方の雨が早くやみますように。
そして早く平穏な日々がもどりますように」です。

麻のワンピースを着てもしわくちゃにならない方法ってあるの?

どなたかが、「麻のワンピースを着てもしわくちゃにならない方法」というワードで
検索していました。
反射的に「そんなのない」と思ったのですけれども、
気を取り直して考えてみると、
フィッティングモデルのように、極力動かないでいたら、
しわにならないという答えを思いつきました。
もちろん座ってはだめ。
腕の上げ下げも基本だめ。
立っているだけがよろしい。

この方はきっとノーアイロン、しわにならないみたいな麻があるかと思って探しているのでしょう。
今のところ、そんなものは聞いたことがありません。

けれども、結構この手の質問は多いです。
何々は嫌、またはしたくない、けれども結果が欲しいというもの。

それを受けるたびに、
そんなのないです、無理ですと答えるのですが、
それでは不満というか、腑に落ちないようで、
納得はしていないご様子。

麻のワンピースを着たいなら、しわに甘んじなければいけない。
しわが嫌なら、麻は着られない。
または、見た目が麻っぽいポリエステルのワンピースを着て、
暑さには耐えるとか。

麻を着たなら、しわになることをあきらめる。
ファストファッションのお店で売っているような安いポリエステルを着るのなら、暑いのを我慢する。
どちらかなんですけれども。
それが皆さん、まだまだ御理解いただけないようです。



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2017年7月6日木曜日

重版、上がってきました。


重版分が上がってきました。
これで各ネット書店でも購入できると思います。


そして、帯のデザインが変わりました。
右上のところ。
この文言は、アマゾンさんのレビューからいただいたものです。
書いてくださった方、どうもありがとう。
(もちろんその他、レビューを書いてくださった方もありがとうございます。)
この場でお礼を申し上げます。

そんなわけで、まだお読みでない方がいらっしゃったら、
ぜひどうぞ。
いろいろな面でお役にたてるかと思います。



「着やせ」ではなく何かというと

「着やせ」は自己否定だからやめたほうがいいと、
きのう書きました。

ちょっと待って。
「着やせ」って言う人はどうしたいの?
やせたいの?
それとも、服を着て格好良く見せたいの?

やせたいのなら、ダイエットするしかありません。
太り過ぎなら。

別に太り過ぎではないのに「着やせ」と言うのなら、
それは服を着て格好良く見せたいからでしょう。

服を着て格好よく見せたいのなら、
縦線を強調するとか、
Vネックのものを着るとか
小手先のテクニックなんかではなく、
一番いいのは、構築的なよいパターンの服を着ることです。
(相変わらず、大量生産の服のパターンを「立体裁断」とか、
意味わからないこと言ってる人がいますけれど、
そんな話じゃないです)

洋服の基本は構築です。
自然のままでも、ありのままでもありません。
自然をいかにコントロールして構築するか、
これは西洋の文化の一貫したテーマです。
服もそれを受け継いでいます。
わかりやすい例がヴェルサイユ宮殿のルノートルがデザインした庭園。
左右対称、そしてトピアリー。
あれ、でも日本の庭園も結構人工的ね。それはいいとして。

自然をコントロールした結果に美を見出すのが西洋の伝統。
だから、服を着て格好良く見せたいんだったら、コントロールされちゃえばいいの。
征服されちゃえばいいのです、身体が。

痩せた身体がよしとされるのは、コントロールしやすいから。
痩せていたほうが何でも着られますから。

で、途中を端折って結論にいきますが、
洋服が格好良く着られないなと思うのなら、
構築的ないいパターンの服を着ることです。
これは太っている人も、痩せている人も同じ。

そういう意味では、私もいいパターンの服しか着たくないです。
別にスタイルがいいわけじゃないし。
特にジャケット、コートは絶対。
それを外すとどうにもならない。

残念ながらいいパターンの服はあんまり売っていません。
たかがシャツといえども、変なパターンのものもある。
そんなものは1日も着ていられないです。
1日じゅう着ていられないほど、具合が悪くなります。

あんまり売っていないけれども、
例えば何かに特化したメーカーやブランドにはいいパターンのものもあるだろうと思います。
全部チェックしたわけではないので、絶対とは言えないけれども。
例えばリーバイスはジーンズばっかり作っているので、
技術の蓄積があって、いいジーンズのパターンはできているはず。
シャツメーカーなんかでもそういうところはありそうです。

逆にパターンがよくないところは、おしなべてだぶだぶの服を作っています。
最近はそういう感じのところが多いです。

いずれにしろ、着てみる以外、見つける方法はありません。
タイトスカートが好きなら、タイトスカート10枚は着てみないと・・・

「着やせ」という自己否定をせずに、
格好良く見せたいのなら、それぐらいの努力はしましょうという、
そういう話でした。


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2017年7月5日水曜日

お年寄りの女性も似ている

この1週間ほど、お年寄りの女性を多く観察する機会がありました。
それで気づいたのは、
みな髪形と服装が酷似している、ということ。
岸恵子さんみたいな方などほとんどいなくて、
ショートカットのパーマヘアと、くすんだ、つまりグレイッシュのトップスとパンツ。
足元はスニーカー。そんな感じが非常に多いです。

よく40代ぐらいで、着るものが売っていないとおっしゃる方がいますが、
そんなのは全然あるうちで、
お年寄り、70代前後になると、
本当に選べなくなります。

ただ、これも例外はいます。しかし少数です。
私がよくお会いする華道家のおばさま(70代)などはそうで、
着物もしくはワンピース、といった感じです。冬はロングブーツでした。
(ちなみに華道家のおばさまのご先祖は織田信長に斬られたそうです。
歴史の教科書に出てくるからわかるんだって)

若いころは、
もっと大人になって、お金に余裕ができたら買おう、着ようなどと思っていた私ですが、
もうそんなことは言ってられません。
最近は、そろそろ着ないと今に着られなくなっちゃう!
です。

ただ、私の場合、老後は何を着ようかとかは考えていません。
(小林家はみな早死になので、ほとんど老後はない予定)

それとこれは別のテーマなのだけれども、
「着やせ」というのはよくない言葉ですね。
だって、「着やせ」と言った時点で、
私はやせていない、
やせなければ素敵に見えない、
今の着方ではだめだから「着やせ」が必要、
となるわけで、
ものすごい自己否定でしょう?
そんな言葉をわざわざ自分で言う必要はないです。

こんなとっ散らかった感じで今日は終わりです。


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2017年7月4日火曜日

明日から通常どおり

お久しぶりです。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
明日から通常どおり、朝に何か書きますのでよろしく。
では。

この間、聞いた、
70代と思われる女性2人によってなされた印象的な会話。

A「私さ、お庭のことするのが好きだから、夏になったらあれ植えるのよ、あれ」
B「あれはいいわよね、きれいよね」
A「冬になったらあれよ」
B「あれもいいわよね」
A「わたし、どくだみの花、大好きなの!」
B「わたしも好きだわ」
A「あのにおいが大好き!」
B「わたしも好き。あれ、におい消しになるから冷蔵庫に入れたり、
テーブルの上に飾ったりしてるわ」
A「あ、うちもしてる。いいにおいよね~」
B「そうよね~」

ちなみに私はどくだみのにおいは大嫌いです。
この会話からもわかるように、
ひとが何をいいかと思うかなんて、人それぞれで、
絶対的なものなどないということです。
どくだみを大好きな人もいれば、大嫌いな人もいる。
そんなものです。

2017年6月27日火曜日

お知らせ

都合により、6月28日から7月3日ごろまで、ブログのアップをお休みいたします。
よろしくお願いいたします。

ブルック・シールズ


最近、ファッション関連でブルック・シールズに関する記事をよく見ます。
ブルック・シールズの着ていたドレスにインスパイアされたデザインとか、
それからカルバン・クラインの広告にまた出るとか出ないとか。
(ブルック・シールズはカルバン・クラインのジーンズの広告で有名)

ブルック・シールズ、少女のころは本当にかわいくて、
こんなかわいい人がこの世にいるのかしら?というほどで、
たぶん彼女以降、こんなかわいい美少女は出現していないと思います。
それはエル・ファニングとかの比じゃない。

けれどもブルックも大人になったら、
なぜかいかつい体格になってしまって、美少女の面影が薄れ、
だんだん映画にも出なくなり、今では忘れ去られた存在、という感じだったのですけれども、
最近、復活してきました。

久々にブルックの写真を見たら、素敵ではないですか。
年を取って、少しやせてやつれた感じが、あのはかなげな美少女のころとは違った美しさで、
(もちろん写真の撮り方のせいもあると思いますが)
これからどんどん出てきてほしいなと思いました。

ジェニファー・コネリーもそうだけれども、
若いころ、美少女でならした人って、20代、30代はぱっとしなくて、
45歳過ぎたころからまたぐっとよくなって、
ハイブランドの広告に出てきたりします。
(もちろん痩せてから、ですけれども)

彼女らでさえ、美しいだけじゃだめで、
20代、30代の経験という裏打ちが45歳過ぎたころからしっかりしてきて、
表面が崩れないというか、風雨に打たれても大丈夫、みたいな感じになる。

日本でも年を取ってから素敵になる女優さんがまれにいらっしゃいますが、
そういう方はやっぱり素敵。
美容とおしゃれだけにかまけてたわけじゃないってわかる人のほうが、それは素敵ですって。

日本のファッション誌に興味がなくなってしまったのは、
美容とおしゃれにかまけてたって、素敵にはならないって、
いつのころか気づいてしまったせいかもしれません。
それは本当にそのとおりなのでね。

☆写真:ブルック・シールズといえば「プリティベビー」だよ。ルイ・マルだよーー!



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※ただいまアマゾンさん、その他ネット書店に在庫がありません。書店にはまだあるかも・・・
次ができ上がるまでしばしお待ちを。























2017年6月26日月曜日

グラストンベリー

朝からコービンのグラストンベリーでの演説を聞いていました。

グラストンベリーへは1度行きました。
オックスフォードからバスを乗り継いで、
最後の乗り継ぎのバスステーションでバスを待っていたら、
同じようにバスを待っているお年寄りの夫婦に、
「遠くところからよく来たわね~」と目を細めて言われたりして、
おりるべきバス停で降りて、
いつものようにどっちへ行ったらいいのかわからず、地図を見ていると、
大体親切なジェントルマンが道を教えてくれることになっていて、
そのジェントルマンは「日本にいたことがある」と言って、
「どうして」と聞いたら、「海軍だったから」ということで、
イギリスの海軍って日本にいるのかしらとか疑問に思いつつも、
行きたいところへはすぐについてしまって、
そこはフランス人のマダムとパートナーのイギリス人女性が経営している
元修道院の宿舎かなんかだった女子向けのB&B。
マダムがフランス人なんで、フランス語であいさつするとたいそうお喜びになって、
コッツウォルズはスノビッシュね、サマーセットのほうがいいわ、などと言い、
ちょっと街を見てくるわってことで街へ出ると、
なんだかラベンダー色のものを着ている人が多いのでした。

なんでグラストンベリーなんかへ行ったかというと、
チャリスウェルがあるお庭を見たかったからなんですけれども。
ジョン・レノンがイマジンを作ったというそのお庭は、天国のようでした。

コービンが読んだシェリーの詩と、
グラストンベリーと、
ラベンダー色の服と
フランス人マダムとそのパートナーと、
チャリスウェルで咲いていたスイセンと、
そんなことがいっしょくたに思い出されたという、
ただそれだけのことです。



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2017年6月25日日曜日

どこの国でも理想は理想

なぜかわかりませんが、
外国在住や、外国に住んでいたことのあるクライアントさんが結構多くて、
そういう方がいらっしゃるたびに、実際どんな感じなのかお話を伺います。
私は外国に住んだことはないので、こういうときに聞いておかなくちゃ、です。

きのうは実際、イタリアはどうなのかというお話をうかがって、
「イタリアの女性はマンマになっちゃうとね~」ということで、
どうやら母親になると人が変わってしまうらしいです。

では女性としての理想(仕事、ライフスタイル、パートナーシップなど)を体現している
ヨーロッパの国はないのかしら?という話になって、
北欧はわからないけれども、どうなのかしら、というところで終わりました。

こちらの方面はよいけれども、あちらはだめみたいな、
全部が理想に近いところはないようです。

日本も理想に近づくには100年あっても足りないねということで話は終わり、
なかなか道は険しいです。
私が生きている間には、全然たどり着けないでしょう。

そんな中でどうするかは、個々人の問題です。

ファッションも常に理想を提示しますけれども、
それに対してどうするかは個人の問題で、
だからどうこうというわけでもないです。

だけれども、残るのはその理想。
そして思い返すのも、その理想でしょう。


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2017年6月24日土曜日

文字をグラフィックとして使うデザイン

例えば英語やフランス語などの単語もしくは文章を
グラフィックとして使ったTシャツなんかはたくさんあって、
日本では多くの人が着ています。
で、あれは意味がわからないから、多くの人が平然と着ていると思うのですが、
もし意味がわかったら、それでも素敵なのでしょうか。そして着るのでしょうか。
これはいつも疑問に思います。

ひらがなだって、カタカナだって、グラフィックなデザインとして使えますが、
けれどもこれは流行らない。
ブランド名でもだめだと思います。
幾らルイ・ヴィトンやシャネルがいいからって、
バッグにカタカナで「シャネル」とか「ヴィトン」とかでかでかと書かれていたら、
それは買うのかしら?買わないでしょ。

古い書なんかを見ていると、
漢字もカタカナも非常に美しいグラフィックだとわかりますが、
でもそれが書かれた服を着るのだろうかと、
ときたま疑問に思います。

それで、きのうヨウジ・ヤマモトの2018年春夏のメンズコレクションを見ていたのですが、
日本語(その他の言語)がグラフィックとして使われていて、
ジャケットにゴシック体で「着る服 ないの」とか書かれていました。
ここまでは、まあありかなと思ったのですが・・・
どんどん見ていったら、とても素敵なブルーとグリーンのヴェルヴェットのスーツが出てきて、
素材が本当に素晴らしいのですけれども、
よく見るとそこには「下流老人」と書かれているのです。

なぜこんなに美しいヴェルヴェットの上に「下流老人」って入れてしまうのか。
どうして?どうして?
ついでに、ネクタイには「南無阿弥陀仏」と書いてある・・・うーん、浄土真宗?

やっぱり私たちは意味がわからないから
文字グラフィックのものを着ているのだと思いました。
思うというか、確信した。
(じゃあ、「大金持ち」だったらよかったのか?
それでも着ないと思うな・・・)

「下流老人」に打ちのめされたので、
今、アン・ドゥムルメステール(デザイナーはセバスチャン・ムニエ)を見ました。
心底ほっとした。癒された。
インスピレーションのもとはローバート・メープルソープだそうで、
あ、だからパティ・スミスみたいなのねと、そうなります。
(ロバート・メープルソープはゲイだけれども、若いころパティ・スミスと同棲していて、
非常に影響を受けています。
ファッションを読み説くときは、メープルソープって言ったら、パティ・スミスってすぐつながらないと、
意味がわからないのよ)

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2017年6月23日金曜日

センスだけでもだめです

おとといのヴァレンティノのメンズのショーについてのVogueの解説を読んでいたら、
ピエールパオロはユング心理学の本を読んでいて、
無意識とアーキタイプ(元型)について考えていると書いてありました。

ヴァレンティノはマリアが抜ける前からいろいろなシンボルが刺繍されたドレスなんかが出ていて、
まあ、イタリアですから「象徴の森」みたいなところに住んでいるわけで、
考えなくてもそういうものに接する機会は多くて、
自然とそうなることもあるだろうけれど、
それでもちゃんと勉強しているわけです、デザインする側が。

なぜかというと、
自分の作品をマスターピースにしたいから。
情報として消費されたくないから。

なんか多くの方が例えばデザイナーなんかは、
単にセンスがいいからやっていると思っているようですが、
センスがあるだけじゃだめで、すごく努力も勉強もしています。
単なるセンスだと、いっときはそれでいいかもしれないけれど、
長もちしない。
一過性になってしまって、流行りが過ぎれば忘れ去られてしまいます。
一瞬売上げを上げるためだったらそれでもいいかもしれない。
けれども、みんなアーティストなんで、そんなことのためにはやっていないです。

そして受け取る側も同じだけ勉強していないと、これもまた理解できないです。
ピエールパオロが「アーキタイプ」って言ったら、
そうだよね、アーキタイプ、重要だよねってならないとだめ。
つまりファッションを理解するにもセンスだけじゃだめということです。


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2017年6月22日木曜日

自分で洗濯はエコ

グーグルの例のファッションのデータベースを見ていたら、
ファストファッションの項目がありました。
世界の認識はこのとおり。
そのコストは誰が担っているの?かという話です。

その中で、ドライクリーニングはやめて自分で洗濯をという話もありました。
そうでした、そうでした。
ドライクリーニングに出して石油系の洗剤で洗うよりも、
自分で手洗いしたほうが環境汚染が少なくすむのです。

私はあのドライクリーニングに出した後の独特の感じが嫌なのと、
一度、ドライクリーニング工場を見学して、実態を見てしまったので、
自分では洗えないと判断したジャケットやコート類以外は
ドライクリーニングに出さないのですが、
それが結局はエコにつながっていたと知って、安心したのでした。

前に1度書きましたが、アパレルメーカーは少しでも洗うと変化が起こるリスクがあるとわかったら、
すべてドライ表示にします。
実際は自分で洗濯しても大丈夫なものでもそうです。
だからかなりのものがドライという表示があったとしても、自分で洗えます。
中でもシルクや麻は自分で洗えるものです。
逆にレーヨン100パーセントのものは自分で水洗いすると縮んでしまうので、
レーヨンは自分で洗わないほうがいいでしょう。何かと混紡だったら、可能なものもあります。
ただしどんな繊維でもそうですが、やってみないとわかりません。
だから、絶対に大丈夫とは言えませんので、とにかくまずは試してみることをお勧めします。

関係ないですが、昨夜、ヴァレンティノのメンズのショーがあって、さっき見たのですけれども、
ゴージャスな体操着でした。
実は私は、本のイラストでメンズのデザインを描いた後、自分でそれを見て、
めちゃくちゃ体操着じゃないかと、自分で思ったのですけれども、
今日のヴァレンティノを見て安心しました。体操着でOKですとも。
しかし、大衆にこの体操着が流行るのも3,4年後になるでしょう。
それまでは一部のおしゃれな人だけが着るぐらいかな。あとはミュージシャンとか。
とにかくたくさんの人が着るのはもうちょっと先でしょうね。


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2017年6月21日水曜日

夏至


シェイクスピアの「真夏の夜の夢」は、
夏至のお話です。
妖精のお祭り。
日本は梅雨に入ってしまうので、
美しい夏の光はそろそろ終わり。
ここから太陽は傾き、
昼は短くなります。

天気がいい日には真っ白な服でも着てお出かけを。
そして曇りや雨の日には、
憂鬱な気分を吹き飛ばすようなヴィヴィッドな色を。
これから梅雨明けまでの期間、
そんなふうに過ごすのがよいのではないでしょうか。

☆写真:夏至のうちの庭。前のカメラが壊れてしまって、やはり今のは使いにくく・・・。しかしニコンさんは後継機種を発売していないので、どうしようかな。

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サンローランのトーキョーフィルム


サンローランのトーキョーフィルム。
トーキョーのイメージはやはりこんな感じといういい見本です。
(これは2017年の秋冬メンズだそうです)



2017年6月20日火曜日

もうセールなのね

所用で藤沢の街に出たら、
もうセールが始まっていました。
明日が夏至なのに、夏至前からもうセール。
あれは春分ぐらいから売り出したものなのでしょうか。
とすると、3カ月早く着るという価値のための値段が、
その値引かれた3割なり、5割なりだったということですね。
3カ月早く着るという価値は、必要な人もいるでしょうけれども、
一般の人は、通常は要りません。
何か急ぎの理由があれば、また話は別ですが。

私はもう何年もわざわざセールに行くとか、
セールで買うということはしていないので、
セールをやっていても、別にどうとも思いません。
ただ、セール期間だと、お店が若干混んでいるので、
ものがよく見られるというのはあります。
(ものはよく見られないのに、こちらがじろじろ見られているだけというのはとても苦痛)

きのうは平日のせいもあって、
セールだから誰か見ているわけでも、買っているわけでもなく、
日常に溶け込んでいて、静かなものでした。

それよりも、きのうはすごいお年寄りを見たのでした。
駅前にいたおばあさま。
サングラスがハート型でした。
これです。
ロリータです。
おばあちゃんなのにロリータで、
余りに衝撃的だったので、「素敵なサングラスですね」と声をかけたら、
投げキッスを返されました。
海に近いところに住んでいるとファンキーになるのかな、
などと思い、帰路についたのでした。

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2017年6月19日月曜日

タリスマン

プラダがジュエリーの新しいシリーズ「タリスマン」を発表しました。
あの謎の江ノ島の土産物屋で売っているような貝がらのネックレスはそのシリーズのようで、
そのほか木やアメジストなどのクリスタル、動物モチーフが使われています。

私も本にアミュレットのようなジュエリーをと書きましたけれども、
アミュレット(お守り)よりも、タリスマンのほうがより呪術的です。
(タリスマンは何かを遂行するための護符のような意味)
大体、普通の人はタリスマンなんて知らないし、持たない。
興味を持つのは魔女とか錬金術師の皆さんです。

しかし、衣服の歴史をたどってみれば、
この呪術的な部分は避けられず、
例えば一針一針に思いを込めた時点で、もうそれは十分に呪術的。
シンボルや記号に意味を持たせたり、
そこにパワーを感じるのはごく当たり前。

キモノだって、縁起がいい柄や動物があります。
また魔除け的に何か装飾品を持ったりもしたでしょう。

薬を飲むことを「服用」というように、
服そのものに治癒や、よい方向への変化が求められていたわけで、
おのずとそれは呪術、もしくは祈りのようにならざるを得ません。
着たからよくなる、身に付けたからよくなるという、
近代科学からは徹底的に否定されるような役割が、
服や装飾品には昔からあって、それが今でも続いているという話です。
逆にこういう要素を着るもの、身につけるものから一切はぎ取ってしまうと、
ファッションは貧弱になります。

実際、プラダのタリスマンを多くの人が身につけるとも思いませんけれども、
こうやってはっきり打ち出すところが、これもまたヨーロッパ的だなと思いました。

さて、そんなことを考えた今日ですが、
プラダの2018SSのメンズのショーがありました。
プラダは「赤」推しですね。
靴のソールとか、シャツの襟だけ赤とか、バッグが赤とか、
靴下も赤ストライプで。もちろん全身赤とかもありましたけれども、
全身にちょっとずつ赤をちりばめる方法は、さすがプラダだなと感心することしきりでした。
そんなわけで今日はこのへんで。

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2017年6月18日日曜日

手作りの可能性と限界

先日、久々にミシンを使って自分の着るものを作りました。
私はミシンが好きじゃないので、
あんまり複雑なものはもう作りません。
ボタンホールもファスナーのところを縫うのも嫌だったので、
両方ないものという条件で作りました。

あー、もうミシン嫌だなーなどと思いながら縫いましたけれども、
それでもそれなりにできて、結構いいじゃないのと後から思ったりするわけです。
ミシン好きの皆様はどんどんミシンを使っていただきたい。


使っていただきたいのですが、
自分で作れるものと作れないものがあると思います。
例えばトレンチコート。
これは自分で作るのはやめておいたほうが賢明。
あと羽刺しが必要なジャケットのたぐい。
素人さんには無理なテクニックだと思います。

逆に向いているのはミシンを使わないような刺繍とか、
それこそ編み物とか、そんなテクニックを使うものは自分で作るのがよいと思います。

品ぞろえの多い生地屋さんに行きますと、
以前は売っていなかったような
めまいがするような素敵な生地がけっこう売っていたりします。
何でも手に入るとてもいい時代なのですけれども、
それとは反比例して、手作りを趣味とする人は少なくなりました。
お店がどんどんなくなっていくので、それはよくわかります。

手作りやその他のこともそうでしょうけれども、
その面白さは1回や2回やったぐらいではわからないです。
1回やって面白くなかった、だからやりませんという態度では、
永遠に面白いところまではいけません。
それはインスタントな刺激じゃない。
たぶんそういう性質が手作りする人を少なくしているのでしょう。

それでもやる人はやるでしょう。
そういう人はラッキーだと思います。
本当の面白さを知っているわけですからね。

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2017年6月17日土曜日

ファッションとシンボル(ゾディアックとタロー)

ゾディアックとは黄道十二宮のことですけれども、簡単に言えば12サイン。
もっと簡単に言えば、さそり座、射手座とか、そういうもの。
タローはタロットのフランス語読み。

この前のディオールの2018クルーズ・コレクション、
また妙なシンボルが描かれているなと思ったら、
やはりタロットの図柄で、ディオールはゾディアックとタロットの図柄がとてもお好き。
理由は、ムッシュー・ディオールがタロット使いで、
よくタロットをしていたからだそうで、
ファッションとアストロロジーとタロットは切っても切れないというか、
とても縁が深いです。

シャネルもいつも「しし座の女」と言うし、
5という数字はしし座がゾディアックの5番目のサインだから。

それから新しいグッチのコレクションの図柄もタロットでした。

これらがなぜこうなるかというと、
西洋においてファッションは、あくまでも西洋の美の伝統の流れの中にあるからで、
そうだとしたら、ゾディアックとタロットで扱うシンボルは避けられないからです。
日本の人が思うよりもずっと、彼らはそれに詳しいはず。
そうでなければ理解できないから。
(ちなみにこれらシンボルがわからないと、フィレンツェに行っても全く意味がわからないですよ)

それから、流行周期について。
私は最近、思うのですけれども、
あれも彼らは知っていて仕掛けているのでしょう。
つまり、次の周期を占星術的に予測して、
それでデザイナーを交代させる、ということをやっていると思います。
だから交代が早いし、先のトレンドを早く打ち出すことができる。
後追いだったら、これは無理です。
逆に言えば、早いから一般大衆がついてくるのはそれから3、4年後ということになります。

この件についてバカにする人がいることは知っていますけれども、
そこでバカにした時点で、ヨーロッパの美の伝統を全く理解していないな、ということです。
ヨーロッパの真のインテリ層は、
一枚上です。
ハイブランドを引っ張っていくような本当のインテリたちは、そこまで理解している。
それはヨーロッパの美の系譜にしっかり組み込まれているからです。


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2017年6月16日金曜日

ファッション・フォトグラファー

絵になるとか、客観的とか、俯瞰して見るとか、
そんなことは、言葉にはしてみなかったけれども、
当たり前なのに、多くの人がそれが理解できていないことが不思議だったのですけれども、
ここでファッション・フォトグラファーの重要性という問題が出てくるのではないかと思います。

というか、日本のファッション誌では、ファッション・フォトグラファーが重要な位置づけではない。
ファッションと絵は一体なので、
これは切っても切り離せない関係なのですけれども、
ある特定のファッション誌しか見てこなかったなら、
そんな存在にすら気づかないでしょう。

私は美術とか写真とか映画とか、そんなものばっかり見ていたので、
絵としてぐちゃぐちゃなファッション誌は買う気が全く起こらないから買いませんでした。
けれども多くの人が、絵としてどうこう考えていないファッション誌ばかり見てるようですから、
絵になっているか、なっていないのかというのがわからなくなるというのもうなずけます。

やはり日本の雑誌は商業主義に陥っていて、
売ることが目的で、読者の欲望を刺激する(または心理的におどす)ことに一生懸命なのかもしれません。

ではどうしたらいいかといったら、
これも同じ。
勉強すればいいだけ。
優れたファッション・フォトグラファーの写真を多く見ればよいのです。

でもそんなのはどこで見れるのか?Vogueなんて買わないよ、と。
まあ買わないでしょうけれども、
実はハイブランドの広告の写真はみんな優れたファッション・フォトグラファーの作品。
名前のクレジットこそないけれども、大物ばっかりです。
だから今すぐできることは、ハイブランドの広告ページをよく見ることでしょうか。
マリオ・テスティーノも、ユルゲン・テラーも、ティム・ウォーカーも、
そして今だったらグッチはぺトラ・コリンズとか、
(ハイブランドじゃないけれど、アバクロはいつもブルース・ウェバー)
そんなのは全部広告で見れます。
そういうのをまじめに見ていればよいと思います。


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2017年6月15日木曜日

本物から学ぶ

グーグルが膨大なファッションのデータベースを公開していました。
こちら。https://www.google.com/culturalinstitute/beta/project/fashion

きのう見始めたのですけれども、
膨大すぎて、すべてを把握することが不可能。
ちょっとずつ見ていこうと思いますが、
それでもいつ見終わるかわからないほどのデータの量です。

さて、皆さんのお悩みの1つに「センスがない」という問題があるようです。
生まれ持ってセンスがある人はもちろんいますが、
ないなら後天的に習得すればいいだけです。
それでもある程度のところまではいけます。

ただし、何もしなかったらだめで、
やるべきなのは本物を見続けること。

例えば、ニトリでしかインテリアが買えなくても、
いつもニトリだけ見てたのでは、いいものを選べるようにはなりません。
長もち(物理的かつデザイン的に)するものを選べるようになるためには、
長もちしないようなものを見てもだめ。

これはアート全般、音楽、建築、絵画、ダンス、すべてをやる人の常識なんだけれども、
案外、ほかの人は知らないみたい。
いいものを見ていないと、センスは身につかないし、選べるようにはなりません。

さて、このグーグルのデータベース、
バーチャルとはいえ、見ないよりは見たほうがずっといいレベルです。
これだけのものを本で買うとなると、ものすごい額になるし、
もちろんすべての美術館、博物館へ行けるわけもないです。

まずは興味のあるところから見てください。
誰かのインスタグラムを見るよりずっと勉強になります。
大量生産大量消費の時代はそろそろ行き止まり。
今みたいなことはもうやっていられなくなります。
その前にセンスを身につけておきましょう。


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2017年6月14日水曜日

着ているもので優遇されるシチュエーション

日本では、着ているもので優遇されたり、されなかったりということは、
そんなにないとは思います。
逆に海外で、ホテルやレストランへ行くと、
あからさまに着るもので判断されたりします。

では日本では全くないかというと、
ホテルではあるようです。

先日、私はカオリちゃんと横浜でデートしました。
その際、お昼にホテル内の中華レストランへ行ったのです。
時間を勘違いしていて、早く着きすぎちゃったので、
開店までお店の前の椅子でずっとしゃべっていました。

そしてお店がオープンするとき、たしか2番目ぐらいだったと思いますが、
きれいにメイクしたチャイナドレスのウェイトレスさんに席を案内されました。
けっこう広い店内で、2番目に入ったので席はほとんどあいている状態でした。
窓際に座りたいな、などと思っていたにもかかわらず、
お姉さんが案内してくれたのはお店の真ん中のテーブル。
で、こちらにどうぞを促されて座ってみてわかったのは、
その席は入口から入って真正面だということ。
しかも入口を向いて座るように促されたのでした。
まだたくさん席があいているのにここ?なんて思ったのですが、
その後から来た、ワンピース姿のきれいなマダムお二人も、似たような席に通されていました。

ああ、なるほどと。
明らかにこのお姉さんは着ているもので判断して席を決めていたのでした。
(もちろんカオリちゃんがかわいいのでその席に通されたというのもある。)

何もブランドのバッグを持っているとか、そんなんじゃありません。
(私たちはそんなものは持っていませんでした)
全体にきれいにしているだけです。
(カオリちゃんはトリコロールで、私は黄色だった)

ホテルというシーンでは、
どこのブランドバッグとか、そんなことが重要なのではなくて、
ホテルの中でその人たちが絵になるかどうかが重要です。
ホテルの従業員の方々は、それを見て判断しています。

これは実際に実験してみればわかります。
皆さんもぜひ実験してみてくださいね。
いろいろわかって面白いです。


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2017年6月13日火曜日

3色ルールはいつから?

3色ルールはシャネルが言ったとされていますが、
はっきりしたことはわかっておらず、
別にシャネルが言わなくても、その前からあったはずで、
それはいつごろなのだろうかというのが疑問でした。

そうしたところきのう読んだ本の中に記述がありました。
フランスの軍隊で軍服の着用が制度化されたのが1660年代で、
1670年と1690年に発布されたルヴォアの王令で、
ブルボン王家の3色(青、白、赤)を基調とした制服などが定められた、
そうです。
青、白、赤はブルボン王家の色だったのですね!
きのう知りました。

で、どうやらこれは、
旗に使われている色に合わせたようで、
旗がバーガンディー黄色と白なら、
その3色の制服になるみたいです。
つまり、うちの旗はこの色だから、
制服もこの色でいこうぜ、みたいな、
そんなことのようです。
旗と制服を合わせたらカッコいいし、
すぐに敵か味方かわかるしね、みたいな、
そういうノリのようで、
意味があってのことなのですね。

黒と白についても、
黒は聖職者の色で、みんなが憧れて黒を着用したがったようですし、
白、特に純白の生地というものは、
ある程度地位の高い人しか着られない貴重なものだったので、
憧れの対象だったようですし、
それぞれみんな意味があってそうなったのですね。

こういうことを知るのは大変面白いのですが、
こういったことがどこに記述があるのかわからなくて、
探すのに苦労します。
そして歴史を踏まえないと未来も見えてこないので、
未来を知りたかったら、
過去を把握しておくことは重要なのです。
3色ルールや黒と白が重要であるということは、
洋服の歴史を鑑みても、
これからも変わらないでしょう。


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2017年6月12日月曜日

ファッションにおける表現の自由と権利

きのう自分の本をまじめに読み直しました。
マニュアルの本ではあるけれども、
私が繰り返し言っているのは、
勝ちとった表現の自由を簡単に手放してはいけない、ということと、
好きなものを着る自由と権利は誰にでもあるので、
他人のそれを侵害してはいけません、
そして、(これははっきりとは書いていないけれども)、
肌の色で決めつけて差別してはいけない、ということ。

リアーナがパステルカラーのピンクのドレスを着たり、
PUMAのデザインでもその色をよく多用していますけれども、
リアーナにはあの色は似合わないから着てはだめと言ったら、
それはファッションではないし、差別です。
(私はそういうことを言った人の話を聞いて、
心底頭にきた)

ちなみに、男性が女性装をしてもよいとするのがファッション。
似合わないから着てはだめと言うのなら、ファッションではないです。

表現の自由と権利を奪おうとするもの、
そして差別するものとは、
戦っちゃうわ。
そして、そういうものと戦うのが真性のファッションです。


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2017年6月11日日曜日

若くてかわいいだけじゃない女はいいです、それは

トークイベントをやった際、
「若くてかわいいだけじゃない女」の方に御手伝いしていただきました!
本当によかった!

問題は年齢じゃないです。
若くても、
そうでなくても、
「だけじゃない」女の人は素敵!
いっしょにお仕事をしても楽しい。
先週もとても楽しかったです。

若いということの利点は、
どんなによれたシャツを着ようと、
穴あきジーンズをはこうと、
汚れたスニーカーだろうと、
それだけでさまになること。
これは若さの特権。

ですから、若い人は今のうちにそういうスタイルを楽しんでください。


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2017年6月10日土曜日

Je suis comme je suis.

ありがたいことに拙著を10代から70代の方に読んでいただいています。
で、16歳の姪のクラスメイトに本を見せたところ感想が、
プロフィール写真を見て「カッケー」と、
中のイラストを見て「かわいいー」だったそうです。
たぶん中身はまじめに読んでいないようなので、
そこはいいから、中身を読んでくださいと伝えておきました。

そして次は70代の私のお知り合いの華道家の方からきのう感想のメールをいただきました。
その中に、
「Je suis comme je suis.
ですね」
とありました。
つまり、「私は私!」ということです。

そうです、そうです。

もちろん誰かのように、もしくは何かのようになりたい方々もたくさんいることは知っています。
そうしたらその方々は、その手法を学べばいいと思います。
同じ服、同じバッグ、同じ靴、同じメイク、同じ髪型、同じフレグランス。
そのための情報はインスタグラムなんかにあふれています。
それをどんどん追っていけばいい。
同じものを買っていけばいい。

で、私が教えているのは、
そういう志向ではない方々のための方法論です。
だから何を着ろも、あれを選べも、ありません。

私は、
Je suis comme je suis.で、
これからもいきます。


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2017年6月9日金曜日

「若くてかわいいだけの女なんて、もうつまらない」とセツ先生はいう

2000年代に入っておしゃれに関するいわゆる指南本は一切読んでいませんが、
それまでに読んで影響を受けたのは、ダントツ、長沢節先生です。
セツ先生はセツ・モードセミナーの創始者です。
セツ・モードセミナーはファッションイラストの分野では憧れの学校で、
抽選でしか入れないという、行きたくてもなかなか行けない学校なのでした。
当時、『装苑』に映画の紹介の連載を持っていて、
私はセツ先生お勧めの映画をせっせと見に行っていました。
一度だけ、セツ先生の姿を拝見したことがあります。
ブンカで何かのショーが行われたとき、
新宿の西口からの地下道をブンカへ向かって歩く先生を見つけました。
当時、60歳は超えていらっしゃったと思いますが、
かっこよすぎて、ひっくり返りそうになりました。

セツ先生が本の中で繰り返し言っているのは、
自立して自由な大人の女性こそ美しく、
ファッションを楽しめるのはそういう大人になってから、
若いなんて、お金も自由もないし、
若い人向けのかわいいファッションなんて全然魅力なし、ということです。

20代の私はそうだわ、そうなのねと思って、
その境地を目指すことにしました。

あれから何年もたち、今の年齢になって、
セツ先生が力説していたことが本当だったとわかります。
特にセツ先生が説く、自由であることの重要さ、
差別するのがいけないということなど、
私の精神にも深く宿っていると思います。

そんなことを考えていたら、
なんと、セツ・モードセミナーが閉校することになり、
展覧会が今、弥生美術館で開催されているということを
きのうになって知りました。
ちょっと行くのは無理そうなので、とりあえず図録だけ注文。
ファッションイラストの最高峰ですから、
ああいうのを見ていると、
ああ、なんて私は絵が下手なのかーと、思うわけです。

さて、セツ先生が常々言っていたことを最後にもう一言。
「絶対に太るな!」です。
はい、先生。
私もそれだけはずっと守っています。


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2017年6月8日木曜日

誰かと競争したらほぼ全員負けます

ことおしゃれに関しては、
誰かと競争したら、まずお金持ちが勝ちます。
そしてそのお金持ちの中で競争が始まったら、
若くて美しい人が勝ちます。
ということは、年とることが運命づけられている私たちは、
ほぼ全員負けます。

この競争は最初から参加しないに限ります。
まさに無間地獄です。

誰かと競って、一瞬は勝ったと思っても、
次の瞬間、誰かに追い抜かれる恐怖がやってきます。
いっときたりとも安心できません。

安心がないと、
人生の質が著しく落ちます。
その状態では幸せはなかなか感じられません。

他のあらゆることも他人と競争したり、比べ始めたら、
毎日、不幸を感じることになります。

薔薇とユリは競争しないし、
ライオンとシマウマだって、ライオンのお腹がすいていない限り、
お互い何とも思ってはいません。

ここでちょっと関係ないですが、
たぶん2000年代に入ってから、
私はいわゆる誰かが書いたおしゃれの指南本なるものを
一切、読んでいません。
そこら辺からは、オリジナルに当たる以外はしていないし、
尊敬する人もいなくなったので、
私にとって、読むべきものはありませんでした。
だから、ほかの本についてどうこう言うつもりもないし、
競争したり、比べたりするつもりもないです。

もちろん私が言っている方法がすべてというわけではないし、
どんな方法にしろ、自分でいつでも選べます。

比べない、
そして自由に選べる、
それが大事だと、私はいつも考えています。

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2017年6月7日水曜日

最大のコスパは「自分でやること」

皆さん、コスパ、コスパとよくおっしゃっていますが、
いろいろなものが安くなった今でさえ、
多くの分野において、
やはり自分でやることが、最大のコスパだと思います。
お料理だってそうです。
全部、外食や買ってきたものよりも、自分で作ったほうが安いし、安全で満足があります。

安いだけにこだわったら、
買ってきたほうがいいものもあるでしょう。
けれども、それ以上の安全、満足を求めるのだったら、
やはり自分でやったほうが安いです。

現在、自分で服を作る行為は、コスパはよくはありません。
けれども、安いだけではなく、楽しい、満足、オリジナリティ、長く愛せる、
途中でリメイクできるなども加えていけば、トータルでのコスパはいいでしょう。

毎日の生活にかかわるものは、
自分でやったほうがだんぜんコスパはいいわけです。

私はふだん「コスパ」という言葉をほぼ使わないので、
書いていて、うんざりしてきましたけれども、
コスパとは関係ないとしても、
自分でやるということは非常に重要です。

誰かが途中で何かをやってくれたとしても、
それではその人の実力にはなりません。
いつも外食して、買ってきてものだけを食べているのなら、
その人は永遠に料理ができるようにはなりません。

おしゃれについても同じです。
本日も『わたし史上最高のおしゃれになる!』のおわりにから引用して終わります。


「あなたの願いをかなえるのは行動したあなただけ。そして、あなたをおしゃれにするのはあなた以外ほかにはいません。」


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2017年6月6日火曜日

好きなものを着る権利があるということ

好きではないのに着なくてはいけないのか?とか、
似合っていないからおかしいとか、
それらに対する答えを本の中に書きましたので、『わたし史上最高におしゃれになる!』の
「おわりに」から引用します。


「それまでの女性が持っていなかった、衣服を通しての表現の自由と権利の拡大、その発展のためにファッションは毎年、進化します。固定化した役割分担からの解放、ジェンダーに張り付いた意味の解体と再構築、誰かのためではなく自分のためのセクシュアリティの表現、これらをより発展させるために、デザイナーは苦悩し、新しいデザインを考えます。
 何より大事なのは、選択する権利があるということです。私たちには着るものを選ぶ権利があります。それだけではありません。おしゃれであることを選ぶ権利があるのと同様に、おしゃれでないことを選ぶ権利もあります。もちろんそれは自分も他人にも同じように、です。私たちは他人を、おしゃれでないからという理由で非難することはできません。ファッションが標榜するのは表現の自由ですから、それはいつでも尊重されます。ですから、他人のその服装を「ダサい」「遅れている」などと非難することは、ファッションの精神とは相入れないのです。」


せいぜい100年前、女性は好きなものを着ることができませんでした。
 100年前、「ズボンは女性に似合わないもの、着てはいけないもの」と決まっていました。
好きなものを着る権利は婦人参政権と同様に、
多くの女性たちによって勝ち取られた権利です。
その戦いの結果、今の私たちの着る自由があります。

だから、答えはいつでも、
「好きなものを着ればいい」です。
それがおしゃれではなくても、似合わなくても、です。

似合うものしか着てはいけないも、
あなたはそれを着なければいけないも、
ファッションの精神ではない、ということです。


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