2016年12月31日土曜日

今年も1年どうもありがとうございました。

さて、2016年最後の日となりました。
今年も1年、どうもありがとうございました。

私は自営業なので、
自分の仕事を好きなようにデザインできます。
そのため、今年もいろいろなことに着手し、
変化に富んだ1年を過ごすことができました。

5月まではシェイクスピアを勉強し直し、
せりふを覚え、発表のためにいろいろ動きましたし、
後半は、セッションのメニューを変えてみたり、
WEB媒体の連載も始まったりして、
あわただしく過ごしました。

こうやってやってこれたのも、
ひとえに皆様がお付き合いしてくれたおかげです。
ありがとうございました。

来年は今年以上に新しい展開があって、
活動内容もどんどん変わると推測されますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

いずれにしても、
基本、ローカルを中心に動きたいという意思は変わらないので、
引き続き、ふるうつらんど井上さん、
そして来年はたぶん、現代美術のギャラリーである湘南くじら館さんもお借りして、
やることになると思います。
どうぞ皆様、湘南エリアへいらしてくださいませ。

さて、
当初は年末でブログを削除する予定でしたが、
次の媒体作成にまだ何も着手しておりません。
削除はもうちょっと先になります。
1月はちょっと時間ができそうなので、
1月中にはブログをお引っ越ししたいと思います。
予約メールの受付については、1月1日から4日までお休みをいたします。

本当に今年はどうもありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いいたします。

小林

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2016年12月30日金曜日

12月30日の思い出


多くの企業がもうお休みに入ったころでしょうか。
けれども、宅配業者や商店の方など流通や、
もちろん交通の方もまだまだお仕事をされていますよね。

さて、私がいたブラックアパレル一部上場企業ですが、
12月30日の21時まで仕事をさせられました。
この会社、残業代を全く支払わないので、
際限なく何時までもいさせるのです。
ついでに、18時以降は冷暖房を切っていました。
もちろんないことになっているので、晩御飯のための休憩なんてありません。
(ただ、会社がいさせるというよりは、
居残りさせたのは上司なんですよね。
全部、女性でした。しかも30ぐらいのね。
それから、晩御飯のための休憩はないのに、夜22時とかまで拘束されるので、
私はよく四谷の駅のホームでグリコのアーモンドキャラメルを晩御飯がわりに食べていました)

さて、意味なく12月30日の21時まで残された私と、
仲良くしていた友達2人は、
このうっぷんを晴らすため、どこかへ行こうということになりました。
しかし、30日の21時過ぎ、たいしたところはやっていません。

そうしたらそのうちの誰かが、
「そうだ、銀座にいる銀座の教授という手相見のおじさんのところへ行こう」と、
提案しました。
何でも銀座の教文館の前のところに銀座の教授というおじさんがいて、
毎日、何十人も並んでいるというのです。
30日だし、そんなに人がいないんじゃないの?ということで、
私たちは、そのブラック企業がある四谷から、
銀座へと向かいました。
(四谷にある大手アパレル企業は1社だけなので、たぶんおわかりになると思います。
上智の近くです)

銀座の教文館前に着いてみると、
並んでいるのは10人ぐらい、これなら待っても1時間弱だねということで、
私たちはそこで並ぶことにしました。
でも今考えたら、これって、21時過ぎなんですよね。しかも晩御飯を食べていないんです。
12月30日の寒空の下、こんな時間に並ぶなんて、
20代じゃないとできませんね。

40分ほど待ったでしょうか。
私の番が来ました。
銀座の教授は私の掌を見るなりこう言いました。
「○が売れるよ」
「でも、私、○は売ってないんですけれども。ファッションやってるんですけど!」
「いや、でも、○が売れるんだよ」
「○なんてかつて売ったこともないし、売る予定もないし」
「まあ、いつかそうなるから」
 そんなことをささっと言われて、年末の手相観はあっけなく終了しました。

あれから何年もたちましたが、
いまだに○を売ったことがないので、売れたという事実はありません。
まあ、売ろうとしたことがないので、売れるわけありませんが・・・

で、私がやっとのことでこのアパレルブラック企業を辞められたのは、
次の年の10月になります。
辞めたいと言っても辞めさせてくれなかったので、
結婚退職と嘘を言って、1年、結婚退職のための演技をしてやっと辞められました。
しかし、その後1年ぐらいは、廃人のようになって、
家で寝ている日々でした。

さて、今年もあと2日、最後まで頑張ります。

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2016年12月29日木曜日

年について考える

きのう、岸恵子さんの文章を読みました。
岸恵子さんは今84歳。
84歳でまだ舞台をされているなんて、驚愕です。
舞台って、めちゃくちゃ疲れるのです。

で、岸さんいわく、
「50歳代はまだまだ若く、女盛り」なんだそうです。
確かに84歳から見れば、50代は若い。

そこで年齢ってなんなんだろうと、
私も考えてみました。

セッションをしているとわかることですが、
大体40歳ぐらいを境に、
人の年齢は、実年齢より若い人と、
実年齢より老けている人に分かれるようです。

ボディワークをやっている人たちがよく言っているように、
老ける1つの原因は煙草と酒、そして美食です。
もちろんカロリー過多も。
こういう食生活の人は老けてきます。

では、若く見える方の特徴は何かというと、
これは多岐にわたる努力です。
それは肉体を鍛えるということもあるだろうし、
食生活のコントロールもあるだろうし、
それだけではなく仕事のためにとか、
何かを成し遂げるために情熱を持ってやる努力とか、
いろいろあります。
これができていると、人は若く見えます。
10歳ぐらいは平気で年齢より下に見えます。

人生とは選択ですから、
これはどちらを選んでもいいのですよ。
好きなものを好きなだけ食べて、運動もせず、何の努力をせず生活するもよし、
努力の道を選ぶもよし。
神様は、どちらでも選ばせてくれるのです。
選ばせてくれる、だけれども、結果は甘んじて受けよ、ということです。

岸恵子さんは努力の道を選んだ方です。
だから、84歳でまだ舞台に立つことができます。

「やりたくないんですけれども、やらないでいいのですか?」と聞かれたら、
それは自分で決めてくださいと答えるでしょう。
ただし、そのリスクと結果も自分で引き受けてね。

結論は、
努力しなければ若くいられることはできない、
しない道を選ぶなら、老けるけれども、それを受け入れてください。
ということになるでしょう。


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2016年12月28日水曜日

本を買うのか、課金システムなのか

最近、課金システムのサイトがふえてきました。
ちょっとしたエッセイなんかが
最初の3分1ぐらい公開されていて、
あとはお金を払わないと読めないシステムです。
気づけば、あそこもここもというように、
途中でこれ以上はお金を払わなければ入れません、
というところが多くなってきました。

以前、こういったシステムを利用していたのは占いサイトで、
自分の生年月日なんかを入れると、
途中まで教えてくれて、
その後は3000円なり何なりを要求されました。
それは個人に向けた内容なので、
そこは多くの人が納得できたと思います。

で、この課金システム、
どれぐらいうまくいっているかわかりませんが、
とりあえず、私は何も入っていません。
このぽろぽろ毎月お金が落ちていくシステムが嫌いなので、
だったら本や雑誌を買ったほうがよいです。

いろいろ節約している時代、
削らなかったのは図書費です。
まあ、自営業なので、経費に計上できるという点もありましたけれども、
大体月1万円は使っていました。
図書館で毎週本を借りていましたけれども、
雑誌や新刊については、図書館では借りれませんので、
そんな図書館にないものを買っていました。

で、一度メニエールの発作が起きたとき、
めまいがひどくて、本を読むどころではなくなったので、
毎週の図書館通いも、本屋通いもやめていて、
結構その時期が長かったのですけれども、
また最近、本をよく買うようになりました。
(そうそう、自分のおしゃれブログを読み直して、
2010年あたりの記事は自分でもやけに短いなと思ったのですが、
これは、まだ目がスクロールに弱くて、くらくらしてしまうので、
たくさん文章を書けなかったからなのですよね。忘れてましたが)

さて、課金システムに戻りますが、
なぜあれにお金を払う気がしないかというと、
払ってみても、本になるほどの文章であるものが、
皆無ではないですが、少ないと推測できるからです。
それぐらいだったら、私は本として買ったほうがよいと考えます。

ネットの文章イコール悪いという単純な方程式は成り立ちませんし、
無料で提供しているところにもいいものがたくさんあります。
それは今さら否定できません。
ただ、この課金システムは、何だか中途半端だと思うのです。
そんなものを頼むなら、
イギリスから雑誌を買ったりするほうが面白い。
昔は、Garden Illustratedという雑誌を買っていました。

現在の課金システムにあるような内容に、
私はコミットメントできない、毎月好きな雑誌を買うようには。
なぜなら、そこまで力が入っていない感じがするから。
というのが理由です。

片や、まとめサイトに勝手に持っていかれ、そこで商売をされ、
片や、課金サイトでお金を請求される。
ネットがいまや、いろいろな形で搾取するシステムとなっているわけね。

あとこれはちょっと違いますが、
雑誌をパソコンの画面で見るのが苦手です。
小さすぎる。
やっぱり紙がいいなあ。
文章だけの本はいいけれども、雑誌は無理です。
そんなわけで、今年の年末、部屋の至るところに本と雑誌の山ができています。
片付けねば・・・


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2016年12月27日火曜日

ギャップに気をつけて

ロンドンで地下鉄に乗ると、
「ギャップに気をつけて!」というアナウンスがありますが、
まさにそのとおりです。

最近、私は「夢」という言葉を使わないで、
「到達可能な未来の目標」などというふうに言っています。
「夢」という言葉を使ってしまうと、
皆さん、とんでもないことを言いだすからです。
それがどれくらいかというと、

山に登ったことがないのにヒマラヤ登山をしたいと言う、
運動もしていないのに、目標はオリンピックに出ることと言う、
天才でも努力家でもないのに、東大に受かりたいと言う、
比喩にすると、こんな感じです。

いろいろな比喩を使ってみたのですが、
天才でも努力家でもないのに東大に受かるのか?と質問すると、
それは受からないだろうと、やっとわかるようです。

で、たぶん受験生で、こういう悩みを先生に相談したら、
ではこれから猛勉強しなさいというお答えしか返ってこないだろうと思います。
けれども、私のところへいらっしゃる方は、
勉強をする予定はない、とおっしゃるのです。
正直、天才でもない、努力もしてこなかった、そして勉強もしないで、
東大に受かる方法が、私にはわかりません。

ファッション・レッスンの際、
ここへきて多かったのが、
実際のご自分のワードローブはどう見ても、
○二クロと○まむら、よくてショッピングモールのショップで買ったものなのに、
なりたいのが全部「クロエ」だったりする場合。
で、そんなにお金があるのかというと、そうではない。
そのほか、それは到達不可能だというようなケースとしては、
なりたい写真が全部アンジェリーナ・ジョリーだったり、
最も衝撃的だったのは、なりたいイメージが全部、人種も性別も超えたものだった方。
それをどうやったらなれるのか聞かれても、
正直、私もわかりません。
いまだにどうやったら、日本人女性がフランス人イケメンモデルみたいになれるのか、
わからない。
私も教えてほしいぐらいです。

で、私が知っているギャップを埋める方法は、
一歩一歩積み重ねていくことです。
ほかにあるのかもしれません。
明日から、アンジェリーナ・ジョリーみたいになれる方法が、
絶対にないとは言えないかもしれません。
ただ、私がわかるのは、一歩一歩の積み重ねということだけです。

毎日続けることとか、
努力とか、
そんなことになるでしょう。
それが嫌、やりたくないと言われたら、
それは私にはどうしていいかわかりません。
それで天才でもないって言うんでしょう?
お金もないんだよね。
うーむ、わかりません。

あれだね、「飲むだけで痩せる」みたいなものと一緒だと思っているのかもしれませんね。
飲むだけで東大に受かる、みたいなね。


とにかくギャップに注意です。


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2016年12月26日月曜日

人生はドラマ、ドラマとは葛藤

おはようございます。
今朝は寒いです。今年もあと残り1週間となりました。

きのうはクライアントさんと、
今までうちにいらしてくれたクライアントさんたちのたいそうにドラマチックの人生の展開について、
お話ししました。
これ、聞くと本当にすごいのだけれども、
私のことではないので、ここに書くわけにはいきません。
(あ、私もいろいろありますけれども、
どちらかというと、目が点になる話題ばかりでして。
例えば親に、「明日、入院費用の45万の支払いをやっておいて」と言われて大パニックになった話とか)

で、これは5月のシェイクスピアのコンサートでも言った言葉ですが、
「ドラマとは、葛藤です」。
葛藤がないとドラマではないのですね。
ですから、ドラマチックな人生というものには、
葛藤がつきものなのです。
ハッピーだけとかないのです。

きのうは特に結婚と離婚ですごいことになっている皆さんのお話をしていて、
結婚もかなりドラマチックだなと、
つまり葛藤があるなと思った次第です。
変な言い方ですが、
結婚した瞬間に離婚の可能性が生まれるわけでして、
それはお互いいつやってくるかわからないのです。
私はこの3年ぐらい、劇的離婚の方たちをたくさん見ていたので、
みんな、すごいな~という思いでいました。
(知っている人だけで5人離婚しています)

で、離婚したからには、次の可能性が生まれてくるわけで、
離婚してすぐ次の可能性へ行った方も知っています。
それもまた人生の展開が早くてすごいのです。

すごいばかりで申し訳ないのですが、
ここでご報告するわけにはいきません。
でも、本当にすごくて、テレビドラマ以上のことが現実に起こっています。

それら皆さんに共通するのは、行動したから、ですよね。
動いたから、すごいことが次々起こっていきました。

行動することには失敗も成功もないのだと思います。
離婚は失敗ではありません。
だって、次の素晴らしい出会いがセットだったのですから。
ただ、動かなかったら、そういった出来事も起こらなかったでしょう。

人生はつくづく、動くか、動かないかの選択だと思います。


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2016年12月25日日曜日

クオリティ・オブ・ライフ

アパレル一部上場ブラック企業で死にそうになったとき、
この後の人生をどう過ごしたいかについて、
さんざん考えました。
そのときに考えたのは、最も大事なのは時間、という答えでした。
とにかく長時間労働は嫌でしたので、
そのような働き方だけは絶対にしない。
またそれを最も人生の優先事項にするために、
お金の使い方の優先順位をはっきりさせ、
削るところは削る、使うところは使う、
としました。

その結果、削ると決めたのが被服費と外食費、
それから美術展や舞台を見るお金でした。

もちろんその前に、
多くの人と同じような価値観で生きていたら幸せを感じることはできないので、
それには惑わされないようにしました。
価値観を全とっかえしないと、これはできません。
(その惑わされないようにした結果とも言えるのですが、
私にとってクリスマスはクリスチャンのための行事の意味なので、
私はクリスチャンではないので特別何もしませんし、だからといって、何とも思いません)

その結果、年間の予算をきっちり立て、
それにのっとってお金を使いました。
お金をかけないでどうやっておしゃれするかもすごく考えていたので、
その間、たいしたものは着ていませんでしたが、
帽子を作ったりなんかして(その帽子は今でもかぶっています)、
やり方がわかってしまえば、それでどうにかなりました。

また、日本で美術展や舞台を見るお金を最低限にして、
行けるときは海外に行き、そこでまとめて絵やら、舞台やらを見ました。
(私の計算だと、毎月ぽろぽろと使うより、それをまとめて海外旅行するほうが安い
という結果でした。それは本当にそうです)

お金をかけないで自分で工夫し、生活の質を維持するというこの試みのおかげで、
いろいろな能力を得ることができました。
例えば、誰かをおもてなしする際に、前菜、メイン、シフォンケーキとタルトも作れるとか。
家の壁のペンキ塗りもできるとか。

多くのことはお金で解決できますが、
それではその人の実力にはなりません。
ケーキをいつも買っていたら、ケーキを作れるようにはなれない。
不便とか、お金がないとかは、
これらの能力を身につける絶好のチャンスとなります。

人生の質は、つまるところ、時間の使い方のことでしょう。
そして、それを何に使うか、自分で決められること。

今年もあと1週間。
ぎりぎりまで頑張ります。

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2016年12月24日土曜日

心理学、そして脇役人生

おしゃれについて考えるとき、
おしゃれに見えるとか、おしゃれと感じるって、
一体何なんだろうとつきつめて考えていくと、
結局、それって、心理学や脳の癖の話じゃないの?
というところにたどりつきます。

いつも同じものを見ていると飽きるというのは、
何が飽きるかといったら、脳が飽きる。
人間の脳はそういうふうになっています。

同様に、
私がいつもいつも自分でできるように、
自分でコントロールするようにしろと言っているその理由は、
他人からの強制は脳の負荷になり、ストレスとして感じるからです。
なぜストレスがよくないかというと、
最高の自分を発揮できないから。
今ふうの言い方だと、100パーセントのパフォーマンスをできないから。
それは人間としてのいい状態ではありません。
こういう話は心理学やら、脳科学の話を読むと、
必ず出てきます。


似合うと言われたからといって、
その色が好きじゃないなら着なくていい、その理由は、
その人の能力がそれでは発揮できないからです。
似合うと誰かに言われたから、着たくない色を着て、
試験や面接に落ちたのでは意味がないでしょう?
極端な例で考えると、
ユニフォームの色が大嫌いだったがために、
世界記録が出ないかもしれないわけ。
だったら、いくらその色が似合うと誰かが言ったとしても、
好きな色を着て世界記録を出すほうをとろうよ、という、
そういうことです。
何を優先するかということ。
だから、その言ってくれた誰かから、似合っていると思われたいということが、
人生の最優先事項だったら、それでいいわけです、たとえ試験や面接に落ちたとしても。
そういう人がいればの話だけれども。

日本人で多いのは、
誰かから認められたいという気持ち。
だから、誰かにこの色が似合うと言われたら、それを死守するようにするし、
同時に、他人から変に思われるんじゃないかと気にする。
誰かに認められたいから、なぜかヴィトンのバッグを買い、
一粒ダイヤモンドのペンダントをする。
けれども、そんなことをしたって、本当のところ、認められるわけじゃない。
もうその辺のことは気づいているのでは?

他人にどう思われるかを最優先に生きるとしたら、
それは脇役人生です。
それでもいいなら、どうぞそうしてくださいと、
最近はそう言っています。
邪魔はしません。

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2016年12月23日金曜日

R.I.P. Franca Sozzani


ヴォーグ・イタリアのフランカがお亡くなりになったそうです。
ついこの前までショーの一番前の列に座っていたのに。
そんなにお年ではないはず・・・

本当にいい意味で、
イタリアらしいファッション・センスを持った素晴らしい方でした。
1988年からヴォーグ・イタリアの編集長だったそうで、
私が持っている1990年ごろのヴォーグも、フランカの時代のもの。
あのころ、一番かっこよかったヴォーグ・イタリア。
ただのファッション誌ではありませんでした。
そうそう、何よりインテリジェントだったのよ。
ただ、きれいなモデルに服を着せていただけじゃなかった。
多様性と、エコロジーとフェミニズム。日本のファッション誌が徹底的に無視してきたものこそ、
フランカの追求したものよね。

ボッティチェルリの絵画から抜け出してきたようなルックスも素敵でした。
(今、ヴォーグの記事を見たら、スージー・メンケスもボッティチェルリみたいって書いていた。
みんな、思っていたのね)

御冥福をお祈りいたします。

☆画像:このイッサが表紙の号のテーマもすごかった。ドメスティック・バイオレンスだそうです。

たどりついた方たち

今年は最初からいろいろな方と一緒にやって、
形にできた方もたくさんいらっしゃいました。
そういった方たちの共通点は、
一歩一歩積み重ねてきたものがある方、ということです。
当たり前なんだけれども、
千里の道も一歩から、です。
歩かないでどこかへたどりつく、などということはありません。

毎分の、毎時間の、毎年の積み重ね。
それは10年以上に及ぶ場合も、もちろんあります。
20年とか、30年は当たり前。
やっている人たちは、皆、知っています。

自信は何かと言われたら、
まさにそれです。
練習した分だけ、行動した分だけ、発表した分だけ自信になる。
何もやらないでいて、私、自信がないんですなんて、
こういう人たちは口が裂けても言いません。

何もやっていないのに、
行動もしないのに、たどりつかないことに憤っている、
そんな傲慢な人は、こういう人たちの中にはいません。

クリスタルの結晶は何万年もかかって形になる。
だから不動のものになります。
他から影響なんてされないし、
ほかをうらやむこともない。

だって、ほかの誰かをうらやむ暇なんてないです。
まだまだ自分を磨くことに一生懸命ですから。
他人のことを気にしている、そんな暇な人じゃありません。
他人の目が気になるなんて、暇なんじゃないの?
もしくは、真剣じゃないか、どちらかでしょう。

来年も、引き続き、こうやって続けてきた結果、たどりついた皆さんと、
いっしょに何かできたらと思います。

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2016年12月22日木曜日

バックは後ろ、または背中

大体、鞄、bagのことを「バック」と表記する一切を、
私は信用しない。
バックはbackであり、背中、または後ろ。
中学で習わなかったの?

今調べたら、バックで、服の裏打ちという意味もあるって。
知らなかったな。
洋服関連で、バックって、表記してあったら、それは裏打ちって意味ですから。

そんな完璧なものはありません。

きのうはクライアントさんと、ループから抜け出せないという話をしていました。

他人にどう思われるか気になる、
気になるからやらない、
やらないから上達、向上しない、
上達しないから、自信もつかない、
自信がないから、他人がどう思うか気になる・・・
そしてこのループから抜け出せないまま、
20年も、30年もたっている。
そして、自分で何かしない限り、
このループの中にいるまま死にそうです。

こういう人たちの特徴は、
完璧とか、間違いがないということをどこかで目指しているということ。
完璧なんて本当はないのに、
そこがぴったり合わないとやらない。
完璧でない自分を自己卑下します。

完璧でない自分を自己卑下する人って、
一見、謙虚なように見えますけれども、
実は違います。
自分に完璧を求める人は、他人にも完璧を求めますから、
滅多なことで他人を認めないし、ほめません。
それは完璧じゃないと思っているから、褒めないのです。

他人を褒めない、認めないと、
他人もその人のことをあえて褒めようとはしません。
その人は他人から認められて自信をつけたいと思っているのですが、
結局、他人からも認められず、自信もつかないのです。

もう本当、ぐるぐる回っちゃって抜け出せない。

そこで最近、やけに多い検索ワードとの関連についてちょっと考えました。
おしゃれブログのほうで、いつも多い検索ワードは、
「何にでも合う靴」「何にでも合うバッグ」「万能のバッグ」「万能の靴」というもの。

どういう意味で「何にでも」という言葉を使っているかまではわかりませんが、
とにかく1つの完璧なものを求めている、ということはわかります。
そして、失敗したくない、ということも。

この検索ワードを書く人たちって、
きっと同じループにはまりこんでいるのだと思います。
自分にも完璧を求めているんでしょう?
失敗したくないんでしょう?
自分を認めないから、他人も認めないんでしょう?

完璧な人間がいないように、
万能の完璧な何にでも合うバッグも靴もありません。
万能の靴って、雨の日も、雪の日も、パーティーでも会社でも、
富士山でも行ける靴ってことでしょう?
そんなものあるわけない。

ないものを探して、永遠に手に入れることができない、
「青い鳥」は家に帰って見つかりました。
自分の家で青い鳥が見つけられないのなら、
外に出たって、それはないのです。


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2016年12月21日水曜日

20年後にきたもの、くるもの

80年代から90年代にかけて、
日本のファッションが世界で認められたあのときが、
今考えれば分岐点だったと思います。

あのとき潤沢な資金が集まってきて、
それをただ立派な店舗や、
デザイナーの遊びに使うのではなくて、
もっと長期的な視点で、その後の日本のファッションの発展のために
人に使っていれば、今、こんなことにはならなかったでしょう。

あのときに経営者である彼ら(それはデザイナー自身の場合もありましたが)が
とった選択は、労働者を消費財として使いきることでした。
取り換え可能な安い消費財として、
そう、まさにTシャツのように使っては、新しいものに取り換えた。
今でも覚えていますけれども、
例えばミシンやら、何かの機械やらは、やたらと大切に扱うんですよね、あの人たち。

その結果、何の技術の進歩も経験の蓄積もなく、
空っぽになったのが、まさに今でしょう。
これでは世界と同等に競えるはずがありません。
かろうじて、生地屋さんが頑張っているぐらいです。

彼らはいろいろなものをバカにしすぎた。
洋服というものを、そして人というものを。

そうやって、人を安く消費財のように使うと、20年後に残るのは衰退と没落です。

それは、20年前のアパレル業界の景色だったのですけれども、
この景色、今や日本のあらゆる産業の至るところで見受けられます。
ということは、放っておくならば、20年後は至るところで衰退と没落が出現します。

この20年、それでもファッションをやりたい人は、外国で教育を受けたり、
キャリアを築くことによって、しのいできました。
そこに行けば、確実にそれはあったから。
けれども、それができなかった人は、もうやっていないと思います、ファッションを仕事として。

今、消費財のように安く使われている人たちは、
どこへ行けばいいでしょうか?
選んだ仕事によってそれぞれだと思いますから、それがないともあるとも言えません。
でも、たぶん、この20年、ファッションを続けたい人が外国へ行ったように、
獲得のために動かなければならないと思います。
それができないのだったら、何もできないという道しか残されていませんから。

その道は誰かが教えてくれるわけではないので、
それぞれが考えるしかないでしょう。


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2016年12月20日火曜日

ファッションだけに突出するということ

日本で、ファッションデザイナーという職業の人の人気が急速に落ちていった原因の1つに、
そのライフスタイルに憧れることができない、ということがあると思います。
朝から晩まで、それは青山や代官山かもしれないけれども、
蛍光灯が輝くオフィスにいるだけの生活は、
もはや憧れることなどできません。
衣食住のうちの衣だけが突出していて、
あとは、高級レストランに行くかもしれないし、
タワーマンションに住んでいるかもしれないけれども、
別段、そうなりたいとも思わないライフスタイル。

インスタグラムが流行って、
その人のライフスタイルが垣間見えるようになったとき、
都会だけ、蛍光灯の下だけ、
毎日、レストランだけというのは、もはや憧れの対象ではありません。
インスタグラムでフォロワーの多い人たちって、
それ以外が必ずあります。
例えば、海や山、お花、それから自分の家での料理と食事。

インスタグラムやフェイスブックが登場して明るみに出たのは、
がつがつ長時間働くだけ、そしてレストランをめぐるだけの毎日に、
大した魅力はない、ということでしょう。
最初は面白く見始めるかもしれないけれども、
途中で飽きてきます。

で、このライフスタイルの貧弱さは、クリエイティビティにも影響を及ぼします。
海外のファッション・デザイナーのライフスタイルは、日本のそれとは全く違います。
人間関係、家、自然、衣服以外の豊かさが必ずある。
なぜかって、それがないといつでも新しく何かを考えだすことができないからです。

ファッションを極めたかったら、
ファッションだけに時間とエネルギーを集中していたらだめだということ。
それはライフスタイルの一部でしかないから、
そこだけというのは、実はとても貧しいということです。
貧しい精神です、それは。

そうやって、差はどんどん広がっていくのです。


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2016年12月19日月曜日

部活(サークル活動)の意味

社会的な立場や頂点をしめすのは、アストロロジーで言ったら、10ハウスとやぎ座です。
山羊は岩山をがしがし登っていきます。
同じように、10ハウスもやぎ座も、ピラミッド構造のてっぺんを目指すことを意味します。
すなわちそれはその人の社会的な看板です。

で、私が呼んでいる部活、またはサークル活動というものは、
この10ハウスを降りたところの11ハウス、または水がめ座の領域です。
どういうことかというと、トップを目指すことが目的ではない、ということ。
社会的な看板でもないし、
何かを獲得するためでもない。
上下関係もない、フラットの組織の中でのネットワークが目的です。

獲得もない、トップも目指さない、つながりがあることが目的、しかもフラットな。
私はそれを部活と呼んでいます。
もちろんサークル活動でもよいです。

この話をするとなぜか、
そんなやり方だったら、編み物好きは集まらないだとか、
儲けが出ないだとか、
達成感があったほうがいいとか、いろいろ言われますけれども、
別にそれはそのとおりだろうし、反論しません。
けれども、それは私のやりたいことではないので、
そうやりたい方は自分でそうしてください。
それが一番いいと思います。
皆さんがご自分でやればよい。
逆に言ったら、そんな素晴らしい意見があるのにどうして自分でやらないのでしょう?
(ちなみに私はこの件に関して誰かに助言を求めていません)

評価されるとかしないとか、
達成するとかしないとか、
お金になるとかならないとか、
そんなことはもうほかのところでさんざんやっているでしょう。
そんなことをわざわざ私がやることはないです。

話は戻りますが、
11ハウスも水がめ座も、天王星と同じ意味です。
それは新しい知恵です。
10ハウス、やぎ座は土星です。
天王星は、土星を超えています。
土星という社会ではもう考えられない世界です。

サークル活動というものは、土星という既成の社会の枠組みでは考えられないことをやるところです。
だからそこに土星的な概念の意見を入れることはできません。
今までいろいろ言われた意見は、どれも土星の概念。
だから、それは要らないの。私、そもそも聞いてないし。

やりたいのは、そして本当に面白いのは、トランスサタニアンの世界ですから。


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2016年12月18日日曜日

渇望感の生まれない食べ物

今日は午前中、ちょっと寒かったのですが、
午後からは日差しも出てきて、
暖かい、よい一日でした。

今日は、ふるうつらんど井上さんで会を開いたのですが、
用意したのは、ふるうつらんど井上さんの野菜とフルーツで作ったサラダ。
内容は、
きたあかり(じゃがいも)、
カリフラワー、
サラダ菜(グリーンとレッド)、
洋ナシ、
イチゴです。

ドレッシングは、
オーガニックのオリーブオイル、
オーガニックの白バルサミコ、
MAILLEのMOUTARDE A L’ANCIENNE AU CHARDONNAY DE BOURGOGNE
塩、こしょう
それと、
Toustain BarvilleのLA MAYONNAISE DE NORMANDS

お野菜が新鮮で、
調味料をいいものを使えば、
これだけで十分おいしい。
これだけで十分満足。
渇望感はありません。

服もそうだけれども、
渇望感が生まれないものをもっと積極的に生活の中に取り入れれば、
ダイエットも要らないから、結果的に痩せるでしょう。
そう言えば、今日も痩せましたという話が出ていました。

日本全体でオーガニックの農家は1パーセントだそうです。
もっと広がれば、
ダイエットも要らないし、満足感もあり、
より健康な日々が送れる、そんなふうに思います。

今日は1日、楽しかったです。
来ていただいた皆様、ありがとうございました。


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2016年12月17日土曜日

今のシルエットに対応できないと

おしゃれブログのほうの検索ワードをチェックしているのですが、
「トレンチコート、大き目」とか、
「大き目のコート」とか、
コートの大きさに関するものがふえてきました。

前に何度か書いたと思いますが、
人というものは、20代の頃に自分が着ていたシルエットから、
なかなか抜け出せないのです。
ですから、現在、二十歳ぐらいの人だったら、
今のシルエットに簡単に対応できる。
別段、大きいとは思わないはず。
けれども、30歳を過ぎてくると、
え、これ、大きすぎない?などと思うのです。

で、大きすぎると思って、
今までどおりのシルエットで30代を通してしまうと、
何となく流行遅れの人になります。
どんなに新しいものを買っても同じです。
ブランドの中には、依然として前のシルエットのものを売っているところもあるからです。

シルエットも抜け出せないのと同様、
髪型とメイクも20代を引きずります。
特に、ばっちり決めた人はなおさらです。
(逆に、あんまりばっちりじゃなかった人は、変わらないので大丈夫です)

そうすると、流行遅れだけじゃなくて、
老けて見えるのですよね、これが。
本当は若くても。

かたくなな態度はこういう結果を生みだします。

そうそう、年配の方がある年から、
ずっと変わらず何となくお年寄りに見えるのは、
ある年以降、ずっと同じスタイルで定着するからです。
本当は、人によって若く見える人、老けて見える人がいるはずですが、
髪型、メイク、服装が固定化してしまうと老けて見えます。
そうならないためには、
シルエットやスタイリングは固定化しないで、
その時代の気分に対応させることです。

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2016年12月16日金曜日

それ、ワントーンじゃないから。

きのう出先のお店でほんのちょっと待っている間、
そこにはテレビがあって、
お昼の番組が流れていました。
スタイリストだかなんだか知らないけれども、
その人とタレントさんだかなんだかがお買い物して、
「コーデ」とやらを作るらしい内容でした。
(ちなみに、私の文章を読んでいる皆様はご存知かと思いますが、
私は「コーデ」という言葉を絶対に使いません。)

で、そのでき上がった「コーデ」とやらが、
「ワントーン・コーデ」とかいうものでした。
しかし、そこに映し出されたのは、
ワントーン、
つまり、明度と彩度が1種類しか使われていないコーディネイトなんかでは全然なく、
明るいのやら、暗いのやらが混ざっているものでした。
それって、単なる茶系のグラデーションなんじゃないの?
っていうか、ひょう柄のバッグ持たせてるから、黒も入ってるんで、
茶系のグラデーションですらないじゃん。

で、ほかの人はそれを「ほお、すばらしい、すてき」みたいな感じで見ていました。
誰も、
「それ、彩度と明度、1つじゃないから。明度のグラデーションだから」と、
突っ込んでいませんでした。
なぜ?

ワントーンとするならば、例えばすべてグレイッシュでそろえましたとか、
ヴィヴィッドでそろえましたとかしなければなりません。
グレイッシュだったら、グレーがかったピンクとブルーとグレーそのものです、とか。
けれども明度は一緒です。明るさはすべて一緒。あざやかさも全部一緒。

この徹底的に間違っているワントーンを真昼間から、
さも正しいかのように教えているテレビ番組を見るにつけ、
こんなテレビ番組は見ないに限るなと、思いました。
嘘を教えている。
ああ、恐ろしい。


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2016年12月15日木曜日

来年はどうなるか

今、私が皆さんにお伝えしているファッション・レッスンの方法論は、
もとはといえば、私が自分のために考えた方法です。

理由は、私がアパレル業界という業界に入ったがために、
病気になり、お金がなくなり、
おしゃれは好きではあるけれども、
それさえままならなくなったからです。

お金がないのですから、知恵と工夫で乗り切るしかありません。
こういうとき、ただ漫然と雑誌を買っても、
ブランド品ばかり掲載されているだけで、
見て楽しむ以外に得るものはありませんでした。
仕方がないので、自分で今までの経験と知識により、
編み出した方法です。

ですからこれは、お金に潤沢なスタイリストさんやデザイナーの方たちのように、
何でも買って揃えればいいとか、
毎年買い変えろとか、
どんどん捨てろとか、
そういうものとは全く違います。
精神は、全く違うはずです。
(一切、そういったものは読んでいないので、本当のところはわかりませんけど。
これからも一切、読みません。私は一次情報にしか、当たらない予定です)
それで、ですね。
日本も来年以降、今以上の不景気になりそうです。
日本人というのは、自分の困窮状態を認めたがらないようですが、
もうすぐそこまで、多くの人が私が陥ったような困窮状態に入るときが、
来ています。
そのときに、今までのような考え方でやっていったら、
破滅します。

お金がなかった時期、
お金をかけないでどうやって楽しむか、
私は相当考えて、実践してきました。
図書館で借りた本を読む、散歩をする、
レストランへ行かないで、私が3コースメニューとお菓子を作って、
家でおもてなしをする、お弁当を持ってピクニックに行くなど。
同じ年代の多くの人が、楽しく浪費している最中に、
私はこれらの仕方を習得してきました。

これからは、多くの人がこの方法を何らかの形で身につけなければなりません。
私はこの3年間ぐらい、危険だよ、このままではいけないよと、
注意喚起してきましたが、
あんまり届かなかったようで、意識を変えた人は少数だったと思います。
ですから今後は、もうあんまりこのことについては言いません。
皆さんは、そちらを選択したのだから、それはそれでよい。

ただし、時代はもう無視したり、見ないふりをしたりできないところまでやってきました。
多くの人が私がなったような状況に陥ることでしょう。
そうなったとき、どうやっておしゃれしたらいいかは、もう提示してあります。
あとはご自分で決めてください、ということです。

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2016年12月14日水曜日

「挽歌」を観劇

ドラマでも、舞台でも、ライブでも、コンサートでも、
時間が決まっていて見るものには、2種類あります。
ああ、このまま終わらないでずっと見ていたい!と思うものと、
早く終わらないかなと、思うもの。

昨夜、湘南台で見てきたお芝居は、
残念ながら後者でした。
1時間ぐらいでギブアップ。最後まで見るのがきつかったです。

福島県大里村から会津へ避難している人たちの短歌サークルという設定もテーマも、
悪くはないのですが、
人物造型とせりふが・・・今どき、それって・・・。
安田成美さん演じる主人公が、
昔のドラマのおちゃめな奥さまみたいな感じで、
著しい時代錯誤を感じました。

で、せっかくですから、衣装をチェックということで、
主人公の衣装についてですけれども、
まず舞台の中心に畳の居間に机というセットがあるのですね。
この時点で、もしやこれは?と思ったあなたは、
日本映画通。
そして、安田さんが、ロングのフレアスカート、ブラウス、カーディガン、
とどめの三つ折りソックスという姿で出てきたときには、
ビンゴ!
そう、これは、小津安二郎の世界です。
今どき、三つ折りソックスの奥さんって、いるのかな?
大柄な安田さんは、現代の原節子の位置づけなのでしょうね。

そして、最後までセミフレアロングスカートと三つ折りソックスは変わらず、
あ、でも最後のシーンのセーターの色は黄色でした。
安田成美さんはおきれいなので、何を着てもお似合いでした。
美人なら、三つ折りソックスもいけるわね、ということでした。

さて、多くの人が、すべての見るものを最高のものだけにしたいと考えています。
失敗したくないからです。
いつも失敗しない選択を望みます。
だけれども、いいものと出会うためには、それまでに何回かの失敗が必須なのです。
舞台でもコンサートでも、
服でもバッグでも靴でも、
人間関係でも、
出会う人すべてよい人とか、
買った服と靴とバッグすべて外しなしとか、
見た映画全部アカデミー賞ものとか、
行ったレストラン、全部三ツ星レベルとか、
ないのです。
絶対に失敗するのです。

失敗作にも何らかの見るべき点がありますし、
改善するにはどうしたらいいかわかるので、
失敗したら、そこから学べばいいだけのこと。
人間関係でも失敗したと思ったら、
学んで次にいけばいいだけのことです。

失敗したくないばかりに、すべてに合う最高の1つを探し続け、
その結果、何も見なかったり、行動しないほうが、
結局は失敗です。
人間関係だって、違うと思ったら、次へいけばいいのです。
とどまっているほうが、人生の損失です。

演劇だって、映画だって、コンサートだって、
行ってみないことにはわからない。
全部が100点満点なんて、そんなことはないです。
美術展だってそうです。
全部の作品がすべてよかった美術展なんて、滅多なことではありません。
それでも、行ってみないことには、わかるようにはなりません。

失敗したら、そこから学んで次へいく。
人生のクオリティは、そうやってあげていけばよいのだと思います。

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2016年12月13日火曜日

キュレーションサイト問題

MERYが閉鎖したと話題になっていますが、
私の文章もMERYにいくつか持っていかれています。
まとめNAVERには、もっとたくさん持っていかれています。
MERYに関しては、あの持っていく作業、バイトを雇ってやっていたそうで、
そこまでしてやるということは、
あれで利益が生み出せるということなんでしょう。

これは、本当、悩みの種なんだけれども、
持っていかれるのが嫌ならば、
ブログなんてやめればいいじゃない?
ってことになってしまって、
でもそうすると、
今度、私の活動が紹介できなくて、
仕事にならないから、
仕方なくやっているという感じです。

で、クライアントさんと、
持っていかれないためにはどうしたらいいかという話をしていて、
文書を画像ファイルにするとか、
または、ローカルな話題だけとか、
超難解な話だけとか、
ネコの写真だけとか、
または文章は1日で削除する案とか、
いろいろあって、
何かしら工夫はしたいとは思います。

ただ、ファッションブログは削除しません。
なぜなら、あれは証拠なので。
あれを見れば、私が2010年に何を書いていたかわかるので、
あとからまんま同じことを書いていたら、
そっちが真似したのだから、そのことを証明するためにも残しておきます。

なぜこういう問題が起きるのかというと、
みんな、自分で考えたくないからなのでしょう。
思えば、私がいた、アパレルブラック一部上場企業も、
他社の商品を買ってきて、そのまま平気で作らせていました。
あそこには罪の意識も、法律を守る意識も全くありませんでした。
そういう人たちは今も昔もいて、
未来もきっといるでしょうから、
いつまでたってもこの問題は解決しないということでしょうね。

ただ、洋服もそうですが、
パクったところはしょせん大したところじゃないので、
残りません。
相手にするほどのものじゃない。
長い目で見たら、利益はないと思います。

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2016年12月12日月曜日

メガネの流行、その他

これも前どこかに一度は書いたと思うのですけれども、
メガネにももちろん流行があります。
服がビッグ・シルエットになったら、メガネも大きくなります。

ただ、メガネの大きさは、少し後追いのようです。
服の流行に遅れること2、3年で、
やっと追い付きます。

だから、メガネは当分の間、大きなフレームが主流になります。

一般の人がこれから先、どんな流行になるのか大体見当をつけるには、
定点観測が一番よいと思うのですが、
最近の皆さんのお話を聞いていると、
とにかく努力は何もしたくなくて、
万能のその一つを教えてくれ、
みたいな質問が多いです。

何にでも合う靴、
何にでも合うバッグ、
それだけが知りたいみたい。

この質問について、その答えを書くべきかどうか迷っていて、
というのもこの手の質問って、
質問として不完全だから、答えようがないのです。
前提条件がわからないし、
「合う」ということの定義がわからない。
このまま答えを無理矢理引き出そうとするなら、
それは誘導尋問だから。

不完全な質問には不完全な答えしか導きだせないといういい例みたいな質問。


こういう質問は私には聞かないほうがいいでしょう。
お金を持ってデパートにでも行って、聞いてみてください。
いろいろな靴やバッグを売ってくださいますから。

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2016年12月11日日曜日

頭の先からつま先まで黄色

http://www.vogue.co.uk/article/trend-test-head-to-toe-bright-colour

British Vogueが頭の先からつま先まで黄色でいきましょう、
と提案していますが、
さすがにここまではなかなか。
しかし、できなくもない。
来年の1月はそれでいこうか。
家の中で。

セッションルームの壁はグリーンなので、
グリーンと黄色で好きな色合いではあります。

記事を読むと、およそ30年間ダークな色ばっかりだったと。
今、チェンジのときがやってきたと。
勇気を出して、色を着ようではないか、
気分が上がるよ
みたいなことを言っています。

コートがビッグシルエットになって

ものすごく昔に1度書いたかもしれませんが、
コートがビッグシルエットになって、
ウールの素材のバラエティが復活しました。
ウールモッサ、フェルト、ツイード、シャギー、アストラカンなど、
いわば紡毛です。
特に2000年以降、紡毛が淘汰されてしまって、
生地はほとんど梳毛になってしまったのでした。
ウールは、それでは面白くありません。
ツイードとか、シャギーとか、モッサとか、
そういうのがなくちゃ、ウールは面白くない。

しかしこの間、こういう素材がほとんど使われなかったのですから、
ウールの生地屋さんは相当苦労されたと思います。
15年以上、干された俳優みたいで、
廃業してしまったところもあったのではないでしょうか。

先日ちょっと電車に乗ったら、
こういったウールの素材のコートの人が増えていて、
なんだかとても新鮮でした。
冬はこうでなくちゃね。

ウールのバラエティが豊かになったので、
次はそこに付け足されるストールやマフラー、
それからブローチなんかも、再びクローズアップされます。
ウールに輝きがない分、艶があったり、
きらきらするものがいいですね。
ツイードのコートにラインストーンのブローチなんかいいなと、
思います。

生地にバラエティがあるほうが、ファッションは面白いです。
そういう意味では、2000年から14年ばかり、つまらない時代だったと思います。
まだあと10年ぐらいはこの状態が続きますから、
今のうち楽しみましょう。



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2016年12月10日土曜日

ヴェルサイユの香り

今年後半、玄関でつけていたキャンドルはこのヴェルサイユの香りシリーズです。
dyptiqueと同じところで作られているとのことですが、
余り人気がないようで、ときどきセールに出るので、
そのときにまとめて買っています。

その前はインドのMaromaのお香を使っていましたが、
アイハーブでの扱いが中止になったので、
どこか日本で買えるらしいですけれども、私も中止。

香りはどちらがいいかと言えば、
ものによります。
Maromaのお香を使っていたときはけっこう煙も立っていたので、
小学生の男子が一人、臭い臭いと騒いでいました。
小学生男子には、この香りはわかるまい。

本当は、チベットのお香を引き出しいっぱいに持っていて、
そちらを先に使って、もっと玄関を抹香臭い感じにするべきなのですが、
チベットのお香は、手でこねて作っているから、太いのです。
で、その太い棒がうまいこと立つお香立てをいまだに見つけられていません。
もちろん、仏壇のお線香みたいに、灰の中に立てればいいのですが、
玄関なので、それもどうかと・・・
(このチベットのお香は、ダライ・ラマ法王を日本に招聘している方からいただきました。
ついでにうちのセッションルームのじゅうたんも、ドラゴンちゃんの敷物も、チベットのもので
まとめていただきました。ありがとうございます)

というわけで、また今年もヴェルサイユの香りのキャンドルを追加しましたので、
当分の間、この香りでいきます。
モリエールとか、マリー・アントワネットの香りとか、
香り高いですわよ。

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2016年12月9日金曜日

フェイクファー


和歌山県の岡田織物さんのフェイクファーを買ってみました。
1メートル注文したら、こんな形で送られてきました。

写真を見ただけで、実物は知らないままに注文してみましたが、
想像以上の素晴らしさ。
色も美しいし、毛なみもふかふか。
うちのネコのまるちゃんよりも、ずっといい毛なみです。
もうすべてこれで十分ではない?

実はこの岡田織物さんのフェイクファーは、
もう既にハイブランドで多く使われている、とのこと。
ただ、どこのブランドとかは、秘密で公表されません。
いい宣伝になるのに、と思いますが、
原価がばれるからだめなのでしょうか。
え、あの原価の生地をその値段で?みたいな感じになってしまって。

最近、日本のデザイナーやハイブランドは、
ショーはやってはいますが、かなり存在は薄くなっています。
けれども、生地は結構、欧米のハイブランドが使っています。
この前のシーズンのバーバリーのデニムも日本産でした。
また地方のメーカーさんのものが多く使われているのも特徴です。

生地メーカーは地方にあることが多く、
都内には八王子にちょっとある程度なので(現在はどうなっているか不明)、
私はレースの生地工場に見学に行ったことしかありません。
しかし、何でもそうですが、
作られている現場というものを実際に見ないと、わからないことは多いです。
フェイクファーもどうやって作られているのか、謎。

今回、送られてきたフェイクファーを見るにつけ、
日本のファッション産業の生きる道は、生地メーカーにあるなと思いました。
久々に、素晴らしいと思った生地でした。

☆写真:これで1メートルなんですけれども、巻いて送られてきました。

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2016年12月8日木曜日

盛り上げるってどういうことだろう


きのうは駅の反対側のギャラリー「湘南くじら館」での
オキュパイド・ジャパンの陶磁器の展示会へ行き、
仲間を追加しました。
もう既に、天使とネコがいるので、
本当は天使を追加したかったのですが、いないということで、ネコ。
しかもはっきりしたネコはなくて、この踏まれている感じのネコです。
単なる置物。今で言えばフィギュア?

で、これをたくさん持ってきて展示しているのは、
カリフォルニア在住の方で、
ローカルで盛り上げたらいい、みたいな話になりました。
しかし、盛り上げるってどういうことでしょう?
その方のお話では、クラフト作家さんなんかを集めたりして、
みんなでマーケットを開催すればいい、みたいな感じのご提案でしたが、
そんなことはもう既にあちこちでやっていて、
それこそたまにやる花火大会みたいなもので、
そのときだけの一瞬の盛り上がりというのは、
あります。

けれども何だかそれもちょっと違うような気がします。
なぜかというと、そういうごくたまの盛り上がりがあっても、
何か地域としてのつながりがあるわけじゃないから・・・
きのうも、最終的には1軒では難しいという話で終わりました。

1つではなくて、つながって、コンステレーションを作らないと、
そして空の星座のようにいつも輝いていないと、
地域の面白さにはなかなかつながらないと思います。
そうそう、
花火じゃなくて、コンステレーション(星座)。

私は今住んでいる場所に、オーガニックの農家があって、
そこでオーガニックの野菜や果物が買えるので、
本当にここから動けないと常々思っています。
今のところ、そことギャラリーと、2点存在。
2つの星の星座は、たぶんない。
望むべくは、オーガニックのカフェがあったらいいなあと、
思うのですが、なかなかねえ・・・
オーガニック派と、何でも安いのが一番派とでは、
相いれないところがあるので、
実現しても、継続が難しそうです。

 ☆写真:MADE IN OCCUPIED JAPANの文字が。アメリカからの里帰りです。

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2016年12月7日水曜日

続けない理由

※これはある方から、どうしたら続けられるか聞かれたので、
その答えとして書いているものです。

きのう自分のブログを見直していて、
なぜ私はこうも続けられるのだろうかと考えてみました。
ブログなどというものは、
結構リスクがございまして、
匿名でdisられたりするわけです。
それだけではなく、まとめに持っていかれたり、
パクられたりします。

一方、誰かが褒めてくれたりすることは、
それは皆無とは言いませんが、
アクセス数の割には少ないです。
0.001%ぐらいです。
それなのに、削除しますと書くと、
やめないでくださいときます。
ほめられるわけでもない、利益が出るわけでもない、
逆に考えたことを持っていかれる、
それなのに続けられる唯一の原因は、
私は自己価値が低くないからです。
自分がやりたい、読みたい、楽しい、
続けられるのはそれだけが理由です。
自己価値が低い人には、こんな状態は耐えられないと思います。
だから、何年もブログを続けていられる人って、
みんな、自己価値が高い人。
そうじゃなきゃ、やっていられない、こんなこと。
これを誰かに褒められたい、
ランキングで上位にいきたい、
ぽちっとしてもらいたい、
報酬が欲しい、
なんてなると、それは続かないでしょう。

すべての趣味がそうだと思います。
ほめられたい、お金をもらいたいでは、続きません。
ほめられなくても、お金にならなくてもやるのでなければ、
続くわけがありません。

自己価値が低い人は、
褒められたい、お金が欲しい、ランキングで上位にいきたいと思います。
誰かに認められないことにはやることができないからです。
自分で自分を認めないのだから、
誰かにかわりに認められたい。
けれども、他人なんてコントロールできませんから、
その試みは失敗します。
で、失敗するだろうと自分でもうすうす感づいてはいるので、
初めからやりません。
また、やったとしても続きません。すぐにやめてしまいます。

続ける力とモチベーションは自己価値が高くないと生まれないでしょう。
そしてその自己価値を他人からの評価で得ようと思ってもうまくいきません。

自己価値を高めるためには、
できない自分を認めることです。
そして、過度に他人の評価を期待するのをやめること。
この2つができれば、何でも続けることができると思います。

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2016年12月5日月曜日

12月1日から洗濯表示マークが変更になっています。

12月1日から洗濯表示マークが変更になりました。
詳しくはこちら。
http://www.caa.go.jp/hinpyo/pdf_data/150331_kouhyoubun.pdf

今までは日本独自の表示でしたが、
グローバル化に対応し、
輸入品と同じようになりました。
商品については、具体的にいつから対応しているのかわかりませんが、
このマークによって、
販売時期がわかる、ということもあります。
2016年12月1日が分岐点です。

ドライクリーニングというのは、石油溶剤なので、
水汚れは落ちません。
わかりやすく言えば、
油性のメイクをまずメイク落としで落としますよね。
ドライクリーニングって、そのメイク落としまで。
その後、せっけんで洗顔はしていない状態です。
だから、何となくすっきりしない感じがします。

ですから、素肌に着たセーターなんかは、
自分で洗ったほうがいいのです。
ポイントは乾かすとき。
決してハンガーにかけないこと。
ニットですから、伸びます。
平らなところに置いて乾かしてください。

自分で洗濯できるアイテムは結構多いので、
自分で洗濯するのがお勧めです。

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2016年12月3日土曜日

都会における他人の目

いろいろやること優先順位がありまして、
まだこのブログは削除しませんので、
そんなにあわててお読みにならなくても大丈夫です。
年末ぐらいまでは残します。

きのうは、ひとの目が気になると言いながらも、
都会、特に東京では、すれ違うほとんどの人が他人だから、
もう既に他人の目など気にしていないという話をクライアントさんとしました。
その点、ローカルに深くなじんでいたり、
知り合いが多いほうが、よっぽど他人の目が気になるわけです。
どこで何を言われるかわかりません。

都会で、もともとのそこのエリアの住民ではない人たちが気にする
他人の目というものは、
身だしなみとか、あいさつとかいうものではなく、
知らない者同士がすれ違ったときの、
一瞬の格付けみたいな、
そんな感じなんでしょうか。

その一瞬の格付けのための暗黙のルールがあり、
どこにも明文化されていませんが、
それはやっぱりあるのでしょう。

都会の人のみんな同じような色合いや服装は、
そんなところにも原因があるのかなと思ったりして。

うちのほうはまだローカルの色合いが濃いので、
逆に着ているものにバラエティがあったりします。
あと、湘南という土地柄でしょうか、
カラフルですし、それぞれが好きな格好をしていますし、
それに対して別段、批判もありません。

ピンクだろうが、黄色だろうが、
誰も何にも言わないし、何とも思わないです。
明らかに、こちらのほうが自由だし、クリエイティビティがあると思います。

やっぱりそういうところのほうが面白いです、いろいろな意味で。


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2016年12月2日金曜日

12月になって

12月に入り、今年1年を何となく振り返ったりしています。
私にとって、今年前半の大きなイベントは、
藤沢市民会館の小ホールを借りて、
シェイクスピアのコンサートを開催したこと。

実はあれは、私の発案ではありません。
大体、いまさら舞台に立つつもりなんてありません。
最初の予定では、
私のブログを読んでくださっている皆さんだけを対象に
私がシェイクスピアの解説をするので、
その後、みんなを引き連れてコンサートに行くよ、
という内容でした。
それがいろいろ言いくるめられて、結局、舞台に立つはめに・・・

やったことによって学んだことが多かったし、
いろいろわかったので、
結果的にはやってよかったです。

ちなみに、あの小ホールですが、借りるのに4万円ちょっと、
当日の照明の費用を含めると6万円ほどでした。
ほとんどの地方にああいったホールはあると思いますので、
やろうと思えば誰でもできます。
平日とかだったら、もっと借りる料金は安いだろうから、
企画して、やってしまえばよいのです。
チラシだパンフレットだに、余計なお金をかけなければ、
赤字は免れると思います。

問題はチケット売りでしょう。
知り合いがたくさんいたとしても、
今はなかなか人が来てくれません。
それに対しては、私もいいアイデアを持ち合わせていません。
自分でやれることをやるのみ、でしょうか。

それでも、赤字にならないぎりぎりラインを探して、
負担にならない程度に実行するのはよいことだと思います。
とにかく何もやらないよりは、やったほうがまし。
人任せの思い出作りではなくて、
自分でやってしまったほうがよいです。

大人というのは、その実行力を持った存在です。
子供はいつまでも受け身だけれども、
大人は能動的に動けます。
そういうことをしていると、
1年があっという間、ということはありません。
日常が退屈なら、
そうならないために自分でやってしまえばいいです。
死ぬ前に思い出すのは、
きっと、こういう思い出です。


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2016年12月1日木曜日

本当は親切じゃない人の真意とは

たぶんどなたかがそうするといいと書いたのだと思います。
検索ワードで多いのが、
「赤いバッグ、何色のコートが合うか」とか、
「赤いバッグ、何色の靴が合うか?」というワード。

バッグ・ファーストといいましょうか、
最初にバッグを買ってしまって、
そこから全部のスタイルを構築するというやり方です。
これはすごいです。
なぜならまず最初にバッグを優先せよ、と言っているのですから。

バッグの色でも靴の色でも、
3色ルール内だったら、何でもいいのです。
ネイビー、白、赤で3色にするのだったら、
バッグも靴も赤を持ってきてもよい。

しかし、バッグに赤を最初に持ってきてそこから構成するとなると、
そこから全部のワードローブを構築し直さなければなりません。

例えばその人がもう既に、
ネイビー、グレー、ベージュが多くて、
今までバッグと靴は黒と茶色だった場合、
ここに赤いバッグを持ってくるということですから、
できるとしたら、ポイント的に赤一点投入ぐらいです。
できなくはないですが、難しいです。
靴は黒か茶色しか持ってないから、例えば黒にして、
その他のアイテムを全部一色にして、 で、赤いバッグか。
なくはないけれども、たぶんその赤いバッグはしょっちゅう持てないと思うのです。

できなくはないけれども、難しい。
そして、何か買い足さなければいけない事態に陥ります。

これは何と表現したらよいのでしょうか。
今までうまくいっていたアンサンブルに、異質なものを無理やり入れて、
うまくバランスをとるために、新たに何かしら足していく必要性が出てきてしまう、
とでも言ったらいいでしょうか。

つまり、全体のワードローブ構築計画に、
いきなり関係のないバッグを入れてくると、
ほかに何か買い足さなきゃいけない、
もしくは全体の計画を変更しなければならない、ということです。

ほかにもこういうものはないでしょうか?
一つ付け足したばかりに、ほかにいろいろ買い足さなければならないもの、というもの。

こういう提案って、たぶん売る側の人の提案でしょう?
だって、赤いバッグ一つじゃすまなくなるのですから。
で、次のシーズン、今度は白いバッグですとか言われた日には、
またまた何か付け足さなくてはいけなくなる。

相手の意図は、要するに、過剰に買わせたいのです。
コントロールする権利や主導権を、その人自身じゃなくて、バッグに奪わせたいのです。
知らない間にバッグがリーダーになってしまって、
大きな声で主張してしまうのです。

こういう甘言はいろいろなところにあります。
要するに、買わせたい、それだけです。
これを持つと、その人がおしゃれになりますよ、ではありません。

だから、本当にその人が親切だったら、そんなことは言わないのです。
それを覚えておくといいと思います。

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