2016年5月31日火曜日

ハイとローを結びつけるスポーツウエア

なんだかだんだん暖かくなってきたので、
私のプーマ着用率が高くなってきました。
私のように郊外に住む自営業者の日常着は
スポーツウエアでOK。
プーマにリーヴァイス501で、
どこへでも行けちゃいます。

という感じで、
例年はスポーツウエアは、主に地元の湘南エリアをぐるぐる回るときに着用していましたが、
今ではほぼ同じ格好のまま、
都会まで行っても大丈夫、
な雰囲気になりました。
なぜなら、都会のファッションがカジュアルダウンしているからです。

先日、龍子記念館へ行った際も、
プーマのトレーニングジャケット
(いわゆるジャージの上着、でもHouse of Hackneyの草の葉プリント)
See by Chloe の、バカみたいな黄色のシフォン素材で、ロングのプリーツスカートで、
行ってしまいましたが、
なんら問題なし。
ポイントは何かと聞かれたら、
そうねー、
都会に行く時は、
プーマだけにしないで、
なんかちょっとデザインものを入れること、
でしょうか。
今回の場合は、このバカみたいな黄色のロングのプリーツスカートです。

そして地元にいるときは、
もっとカジュアルでいいので、
スポーツウエアにフォークロア調のブラウスとか、
フラットのサンダルとか、
よりリラックスした感じになります。

郊外あたりに住んでいる人には、ほんとスポーツウエアはお勧め。
地元でうろうろするときは、カジュアル一辺倒で、
都会へ出ていくときは、ちょっとかっこつけたものを付け足して、
スポーツウエアは今、
都会と田舎、
ハイとロー、
2つをつなぐ接着剤というか、
緩衝材というか、
そんなふうに使えます。

前にも書きましたが、
例えばプーマのストアなんかに行くと、
おしゃれなものは残っていますから、
かなり好き放題買えます。
またスポーツウエアは、シルエットやデザイン自体は、
それほど流行に左右されないので、
1年前のものでもあんまり関係ありません。

スタイリングには、流行りがあります。
だから、これがいつまでもおしゃれに見えるわけではありません。
だからこそ、おしゃれに見えるその時期にするといいわけです。

そんなわけで、今年の夏も私のスポーツウエア着用率は高くなりそうです。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月29日日曜日

自分を幸せにする責任

ジョン・グレイ博士の動画で、
博士は当たり前だけれども、
案外、多くの人がちゃんと認識できていないことを言っています。

男性がどういう女性に惹かれるのかというと、
幸せそうに見える女性である、
ということです。
仏頂面して、不満げ、笑顔のない女性よりも、
いかにも楽しそうにしていて、幸せそうな女性に惹かれるということ。
そして、男性はそんな女性を見て、
もっと幸せにしてあげたいなと思うのだそうです。

考えてみれば当たり前のことですが、
どういう人と付き合いたいかといえば、
不幸そうな人ではないはず。
それは男も女も同じでしょう。
(中には、マニアックな不幸好きの人もいるかと思いますが)
わざわざつまらなそうな、景気悪そうな人には近づきません。

だから、自分を幸せにする責任は自分にあるのです。
そこまで自分を持っていかないことには、
誰かに好きになってもらおうなどということは難しい。

これは、何か強がって、仏頂面で、
「私、幸せですから、ふん!」みたいなのではだめで、
そんなふうに説明することなく、
誰の目にも明らかに幸せそうに見えなければなりません。

男性から声をかけられないという相談がけっこうありますが、
自分は自分を幸せにしているのだろうか、
そして周囲からもそう見えているのか、
確認してみるといいでしょう。

誰かに幸せにしてもらうつもり、などというのは最初から論外です。
そうではなくて、
自分で自分を幸せにしている人、
そんな人からまずは好かれていくのだと思います。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月28日土曜日

男女で違うホルモンバランス

先日、ジョン・グレイ博士が来日して、講演会等があったそうです。
私は全然気づいていなくて、
知っていたら、行きたかったのですが、
(でもすごい高額だったので無理かも、ですが)
この分野に関しては、
まだまだ知りたいことがたくさんあったので残念でした。

しかし、残念とか思っていてもなにも変わらないので、
YouTubeで博士の講演を検索して、
最近のめぼしいものを4本ぐらい見ました。

博士の初期の本には、ホルモンについての説明はありませんが、
最近の博士の話は、男性と女性のホルモンバランスの違いについて説明しています。
女性にはオキシトシン、男性にはテストステロンのレベルが、
それぞれ安定しているといいのですが、
それがストレスにさらされると、いきなり下がってしまうとのこと。

オキシトシンは、ラブ・ホルモンとも呼ばれ、
愛し合う恋人同士で抱き合ったり、触ったりしているとふえることで有名です。
(注:仲の悪い夫婦ではだめ(笑))
このオキシトシンのレベルが上がれば上がるほど、
女性は幸せを感じます。

恋人がいない人でも、例えばエステやマッサージ、ペットにさわる、
楽しくおしゃべりする、ショッピングするなんかでも、いいとされています。
(たぶんレベルは違うだろうけれども)

博士が言うに、男性と比べて、女性が仕事で感じるストレスは2倍、
妻がうちに帰ってきて感じるストレスは4倍だそうです。
だから積極的にこのオキシトシンのレベルをあげるべきという提言をされていました。

一方、男性はテストステロンがある一定レベルから下がると、
エストラゲン(だったと思う)のレベルが上がり、
女性的な傾向を持ち始め、うつ状態になるのだそうです。
だから、男性はテストステロンのレベルを維持しなければなりません。
そのために、一人でスポーツ中継を見たり、ドライブに行ったり、
アクション映画を見たり、もちろんスポーツに打ち込んだりするといいそうで、
それを奪ってしまったら、男性がどんどん男性らしくなくなり、
妻に優しくしなくなるということでした。
よくお父さんが、家でプロ野球中継や相撲を見ているのはこのためだったのですね。

それから、女性は男性より8倍も感情を感じる脳の部分が発達していて、
よく記憶していること、
男性はその点、全然覚えていないというのも面白い話でした。
男性って、覚えていないんだ。そうなんだ。存じませんでしたわ。

その他、面白い話がてんこもりだったのですが、
博士の最近の著書は日本語訳が出ていないので、
知りたかったら、私のようにYouTubeで動画を見るか、
英語の本を取り寄せて読むか、どちらかです。

博士が何度も言うのは、
これは生物学であり、生理学であるということ。
脳の機能が違う、ホルモンのバランスが違うのだから、
違う考え、行動で当たり前ということです。
それをよく理解して付き合いましょうというのが博士の考えです。

日本でもこういう認識が広まると、
いろいろうまくいくのになと思います。
まあ、全体には無理だとしても、
個人個人が理解するだけで、
自分の周囲はハッピーにすることができるでしょうね。

  ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月27日金曜日

眼福な1日


久々に大田区にある、大田区立龍子記念館へ行ってきました。
目的は「草の実」です。



チラシはこちら。

「龍子の庭園植物記」と銘打っているだけあって、
庭に植えてあった草花、南洋で観察した草花などがモチーフになった作品が
大半を占めています。

テーマはいろいろです。
冒頭に写真をはった、紺地に金で描かれた「草の実」は、とてもエレガント。
そうかと思えば、白いユリに雪が降り積もる「炎庭想雪図」はシュールレアリズム。
そして、1945年8月の東京でのB29による爆弾投下を芸術的に表現した「爆弾散華」など、
日本画という技法こそ同じですが、
テーマ、スタイルが多岐にわたっています。
特に草花が描かれているので、どの作品も非常に「上品」です。
絶対に落ちないというか、
落とさないというか、
その美意識の高さがうかがわれます。

そして、この緑からブルーは、マラカイト、アズライト、ラピスラズリをくだいた絵具で
描かれています。つまり、これらはクリスタルによって描かれた作品になるわけです。
絵自体のオーラがすごいのです。

きのうはアトリエのある龍子公園で、
黒アゲハと、トンボを見ました。
東京の住宅地の真ん中で、現実と、向こう側を行ったり来たりするような、
不思議な1日になりました。

200円で、この充実した密度。
ちょっとほかではあり得ません。
去年、「爆弾散華」をごらんになった方にもお勧めです。
相変わらず、来館者が少ないのが残念なんで、
若沖もすばらしいですが、
こちらにも足を伸ばしてくださいね。
密度の高さでは負けないはずです。

  ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月26日木曜日

20代の方に教えていること

例えば、インテグレート・ヒーリングを定期的に受けにいらっしゃる
20代のクライアントさんで、
将来どういうことがしたいなど、わかっている方々には、
将来のために20代でやっておくべきこと、
また、いい仕事をするためにやるべきこと、
やってはいけないことなど、
個人的にお伝えしています。

ファッションに関してもそうですが、
仕事に関しても、
日本は、見本になるような女性がとても少ないし、
まして、職場にそういう人がいるとは限りませんので、
特に、これはやってはいけませんという
実例をたくさん教えています。
才能や能力云々よりも、
特に20代では、やってはいけないことをしないことのほうが、
次の仕事につながります。

では、20代で、特に仕事に関してやるべきことは何か。
あいさつや、メールでのお礼など、
基本的なことはひととおりありますが、
それ以外では、勉強以外にはありません。
好きなこと、やりたいことを仕事にしたいのなら、
20代はとにかく勉強することです。

もちろんこの勉強は20代では終わりません。
けれども、20代のときにある程度、基礎をかためて、
関係のあることに着手しておかないと、
年齢が上がれば上がるほど、
その勉強さえ、するのは難しくなってきます。

ここで私が言う勉強とは、
ちっとも大変なことではありません。
苦痛でもないです、もちろん。
好きなこと、関心のあることについてどんどん知識を入れ、
練習、実習していくことですから、
むしろそれは楽しいのです。

本当に大変なこと、苦痛なこととは、
災害や事故に遭うこと、
理不尽な境遇(今だったらブラック企業)に遭うことなどで、
生活の安全が保障されるのでしたら、
そこに苦痛はありません。

きのういらした20代の方は、
もうきっちり方向が決まっていて、
あとはどうやってそれを勉強していくかだけなのですが、
それがない20代、
もしくは30代の方もたくさんいるということは、
私も知っています。

だけれども、好きなもの、関心があるものは、
向こうからはやってきません。
いつも書いていますが、
家にいて、向こうからやってくるのは佐川、郵便局、ヤマトぐらいです。
それと同じ。
好きなものも、関心があるものも、
こちらが出ていかないことには出会えません。

だから、佐川や郵便局やヤマトが好きならそれでいいのです。
それに一生懸命になれば、それでよい。
だけれども、そうじゃないのなら、
自分で探しに行かなきゃ。
行く気がないのなら、
好きなもの、関心があるものを見つけるつもりがないということ。
そしてそれをみずから選択したということです。

とにかく勉強です。
勉強したことを後悔することはありません。
多くの人が後悔するのは、
勉強しなかったことです。
そして、それを後年になって取り返すのは、
それこそ簡単ではありません。

勉強したいことがたくさんあるということは、
とても幸せなことです。
そしてそれができる環境にいるということは、
もっと幸せなこと。
それができるのが20代だと思います。

 ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。








2016年5月25日水曜日

ロングカーディガンもたぶん今だけのもの

最近、街を歩いていて気づいたのですが、
ロングのカーディガンの人、多いですね。
なんか見ていると、
これも今だけ流行っているもの、になる可能性が高いです。

今だけ流行るものの特徴は、
安価で、
どこでも手に入る、
デザインはシンプルなので、わざがなくてもデザイン、製造できる、
などですが、
ロングのカーディガンはこの条件を満たしています。
安価でどこでも手に入るので、
伝播する速度も速いです。
大体、「しまむら」あたりで大量に売られていたら、
終わりが見えたな、
ということです。
けっこう多くの人がもう既に買ったのではないでしょうか。

買ってしまったのだったら、
とにかく着まくること。
今におばあちゃんが着始めますから、
そうなったら、完全に終わりです。
見るのも嫌になりますから、
そうなる前に、とにかく着る。

これ、一番おしゃれに見えたのは、
たぶん去年なんですよね。
去年はもうあったでしょう?ロングのカーディガン。
あんまり売ってなかったけれどもね。

ボーダーシャツとロングのカーディガン、
買ってしまったのなら、
とにかく今、擦り切れるほどに着ておいて、
来年はせいぜい部屋着ぐらいにとどめておくのがよろしいかと存じます。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月24日火曜日

毎日使うもの、目に入るもの

なにに一番お金をかけるべきか、
その優先順位は人それぞれ違うと思います。
日本の女性は、衣食住の衣にかなりお金をかけているほうだと思いますが、
(もちろんそれも人それぞれだけれども)
毎日、同じ服、同じバッグというのは、制服なんかを除き、ほぼないわけで、
それに一番お金をかけるというのは、
少しもったいないような気もします。

先日、クライアントさんとインテリアについての話をしていて、
服は自分でじっと見るわけではないけれども、
自分の家のインテリアは、常に目に入っているということを聞いて、
そのとおりと納得したのでした。

また、イスにしてもテーブルにしても照明にしても、
バッグなんかより、断然、使用頻度が高いのです。
これらはどれもほぼ毎日使うもの。

例えば、私が毎日座っているイームズ社製のアーロンチェア。
買ったときは12万円ぐらいでした。
確かに安くはありません。
けれどもこのイス、もう20年近く毎日座っているのです。
20年毎日持つバッグなんてありませんから、
減価償却方式で考えると、
これは安いのです。
そしてこのイスはこの先10年も、20年もデザイン、耐久性とも、
大丈夫なもの。

照明もそうです。
家にいる限り、ほぼ毎日つけます。
それでもいいデザインのものを買えば、
それだって、20年ぐらいは楽にもちます。

あと、こういったデザイン的にすぐれた家具や照明は、
たとえ私が死んだとしても、
欲しい人がいるのです。
誰かが必ず引き取ってくれる。
つまり、ごみにはならない。

死んでもなおごみにならないものは多くはありません。
洋服もバッグも靴も、ほとんどごみでしょう。
残るのはジュエリーと優れたインテリアぐらいでしょうか。
一部、いい食器も残るかな。

毎日使って、毎日目にして、
死んでもなおごみならない、
その条件を満たすのは優れたデザインの家具や照明。
だとしたら、私たちはもうちょっとこれらにお金をかけていいと思います。
服やバッグに使うそのお金の10分の1を、
インテリアに回す。
そのほうが、生活は豊かになるでしょう。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。  





2016年5月23日月曜日

白は夏至を中心に

今日の湘南エリアの最高気温は29度。
夏です。

さて、太陽の光の角度もだんだん夏らしくなってきました。
私が感じるのは、
夏用の白い服は、
夏至の日を中心に、最も色が映えるということです。
今年の夏至は6月21日。
太陽はこの日、最も北よりの東からのぼり、
北よりの西へ沈みます。

冬の服の白は、
どちらかというと、薄い黄色です。
真っ白ではありません。
しかし、夏の白は、真っ白にかなり近く、
この白が最も引き立つのが夏至の日の光だと思うのです。

気温としては、9月も今も変わりません。
けれども、9月の、
もうすぐ秋分の日だというときの太陽の光は、
もう真っ白が似合わなくなっています。


白い服を持っている場合、
それは白シャツ、白Tシャツ、白ドレス、
なんでもいいんですけれども、
今からどんどん着てしまいましょう。
同じドレスも、8月の下旬だと、
なんだか太陽の光に映えませんから。

で、この太陽の光の変化をしっかりつかまえておくと、
よりいっそうおしゃれに見えるのだと思います。
特に大きいのは、冬から春と、夏から秋。
ここで気温ではなくて、
太陽の光の見え方にあわせて服の色を変えていくといいです。
大体は多くの人より、先取りな感じだと思います。

というわけで、
今日から白い服でいきましょう。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。 




2016年5月22日日曜日

五感を喜ばせるための消費

例えば、味覚を満足させるために、
「おいしい」を追いかけます。
だけれども、五感の欲望には限度がありません。
その「おいしい」の追求はどこまででも続きます。

そのどこまでも続く「おいしい」の要求は、
消費によって行われます。
「おいしい」を追求して消費します。
ケーキを食べる、
もっとおいしいケーキを知る、
もっともっとおいしいケーキを知る・・・
と、五感を喜ばせるための消費活動を始めたら、
お金が続く限り、それは終わりません。

五感の喜びは否定しないけれども、
それは「消費」にとらわれるという罠を持っていて、
結局、その中でぐるぐる回っていて、
どこにも辿りつかないという人が多いです。
それでも、もちろん生きていけるのですけれど。

芸術や文化などというものは、
本当は消費して、捨て去られるものではなく、
その人の精神の血肉の形成に貢献するものです。
繰り返し読まれるテキスト、
繰り返しみられる絵画などはそのいい例です。
それらは決して消費されません。

またそこには、
五感を喜ばせるための消費にとらわれてしまった人たちの持つ、
独特のがつがつした感じがありません。
精神、サイケ、
そしてスピリットに関しても、
消費されない分野の保持と育成が必要だと思います。

それができたなら、
人から何かを奪おうとしたり、
いつまでも不満足だったり、
なにをしていいかわからなかったりしないと思うのです。

誰かから奪わなくても、
消費しなくても、
欲しいものはすぐそこにあるということ、
それを知っているということ、
その境地にすぐになれるということ、
そのために瞑想したり、歩いたり、走ったり、音楽を奏でたり、
絵をかいたり、そんなことが有効です。

探したって、買うことはできませんから、これらは。
消費できませんから。
で、その消費できないものこそが、
みんなの一番欲しいものなんだと思います。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。 



2016年5月21日土曜日

夏日でしたね

今日は後ほどと書いておいて、
もう夜になってしまいました。
今日は夏日でしたね。
最高気温は25度以上あったのではないでしょうか。

夏の装い。
大人にふさわしくするにはどうしたらいいか、
それは質感だと思います。

同じカットソーでも、
ラフな表面ではなく、光沢のある、
上のランクのコットンのほうがよいです。
なぜなら、これはいつも説明していますが、
大人の肌は、若者ほど輝いていないから。
いつだか、美容家の方がおっしゃっていましたが、
若い人の肌は表面がつるつるしたケント紙。
だけれども、大人になればなるほど、
普通のざらざらした表面の画用紙みたいになります。
これは仕方のないこと。
だから、生地にはつやが必要になってくるわけ。
アメリカで2ドルで売っているようなTシャツは、
もう似合いません。

生地で足りない場合は、
それをジュエリーで補います。
シルバーやゴールドは、
肌の露出が多い夏のほうが似合います。
そして、ざらざらの画用紙のような肌をカバーします。
うまく利用するといいでしょう。

逆にこれができないと、
何となく貧乏くさく見えます。
貧乏じゃなくて、貧乏くさい、です。
お金があるかないかの問題ではなく、
貧乏くさく見えないように、
気をつけましょう。
今日は以上。



2016年5月20日金曜日

常識を疑ってみる

例えば学校や会社などの集団の中にいると、
それをやるのが常識という考えの人たちに囲まれて、
その常識が本当かどうか、
疑ってみることは少ないと思います。

プラス、例えばテレビや雑誌なども見ていたら、
これをやらないと遅れている、みたいな情報も入ってきて、
ますます、何かしなければいけないことがふえていきます。

しかし、明文化されてる法律でもない限り、
必ずしもその常識がすべての人に当てはまるわけではありません。

この前、私は「肌がきれい」と言われました。
けれども、私、肌に関しては、特にここ3年ぐらい、
ほとんどなにもやっていないのです。

あるときに、ファンデーションやパウダー、チークなど、
すべて普通の洗顔料で落ちるオーガニックのものに変えて、
しかも去年からは、乾燥を感じるとき以外は、
化粧水さえ塗らないということをやってみました。
それでも全然平気なのです。
もともとあんまり激しく化粧はしませんが、
この3年ばかり、年間で使う化粧品代はすごく少ないです。

もちろんしみやしわはあります。
ただし、今から私が若くなるということはないので、
ある程度以上は、気にしないことにしています。

話は戻りますが、
ではなぜ肌がきれいに見えるかというと、
それはメイク落としを使わないからだと思います。
あのメイク落としのシートで台所の油汚れを落としてみると、
とんでもなくよく落ちます。
ということはどういうことかというと、
普通のファンデーションというものは、台所の油汚れと同じレベルで、
それを落とすために、強力な洗浄力を必要としているということです。
台所の油汚れ専用の洗剤といったら、ものすごく手が荒れます。
そんなものを毎日のように顔につけていたら、
そりゃあ、顔だって傷みます。

ちなみに、オーガニックのCCクリームはPACIFICAというブランドのもの、
化粧水やなんかは、前はPangea Organicsのものを使っていましたが、
今は適当です。化粧品類はすべてアイハーブで買っています。

あと、皆さんがやっていないくて、私がやっていることといったら、
「パタカラ」という顔面筋をきたえる器具は使っています。
3年ほど前、顔の右側が軽い麻痺になったとき、顔筋の筋トレ用に買ったもので、
今でも継続しています。

幸いなことに、
私は学校にも、会社にも、テレビにも接触する機会がほとんどありませんから、
そういった「常識」は、もはや私には通用しません。
私は自分で試行錯誤して、
その結果だけを連れて歩いています。

これは例えば化粧品の話でしたが、
こういったたぐいのものは、ほかにもたくさんあります。
それも結局は、自分で試行錯誤して自分の常識を見つけていく以外にありません。
またこれは自分にとっての当たり前なので、
他人に同じことを強要する必要も、勧める必要もありません。

ちょっと抜けてみるといいのです。
遠く離れてみるといいわけです。
まだまだ発見する余地は、あります。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。 


2016年5月19日木曜日

我を忘れるためには

関心があることがない、
趣味がないという人に共通しているのは、
余りに楽しくて何かに没頭した経験の欠如だと思います。

この「没頭」ですが、
ほかの表現では、
我を忘れてとか、
無我の境地とか、
いろいろあります。
共通しているのは、自分を忘れる、
自分を超えた状態に入る、ということです。

最も充実感があるのは、
「楽しい」でも「わくわく」でもなく、
我を忘れて、です。
自分の殻から完全に抜け切り、
その対象物と一体化するぐらいまでになる、
そういう体験を一度でもしたならば、
それはやめられなくなります。

例えばこれを恋愛として、誰か人を対象にする方もいらっしゃるでしょう。
「大恋愛」と呼ばれるものはそういったものです。
しかし、「我を忘れる」というのは瞬間であり、
永遠ではないので、そんな恋愛が長続きする、というわけではありません。
その瞬間を再び経験したくて、執着になってしまう場合もあるでしょう。

我を忘れるという瞬間は、
芸術家やアーチストにとっては必須というか、
例えば演奏する人や演技する人には、
いつも作りださなければならない境地ですが、
そんな芸術家やアーチストではないとしても、
普通の人が趣味に興じたり、何かの作業に没頭するとき、
それを経験することは可能です。
趣味といっても、それはさまざまで、
スポーツや車の運転という場合もあるでしょう。
(ただし、「食べることが趣味」というあれは、違うと思う。
「眠るのが趣味」も違うでしょうね)
それは人それぞれでいいのです。

では、何をやれば、我を忘れることができるのか。
(もちろんドラッグはだめです)
それはいちいち試してみないことにはわかりません。
これがそうらしいよ、
あれがそうらしいよと誰かが言ったとしても、
万人にとってそれがそうだとは限らない。
それぞれ個性があるように、
我を忘れる対象というものは、
人それぞれ違うのです。

試してもいないのにそう言っているとしたら、
それは怠惰です。
「私、何にも関心が持てないんです。だって、怠惰だから」
そういうことを宣言しているにすぎません。
残念ながら、そう言っている人に魅力を感じるのは不可能です。
ありていに言えば、凡人です。
我を忘れた状態で作られていない芸術に感動しないのと同じこと。
それは凡人が作ったものですから。

我を忘れてなににつながるかと言ったら、
それはユニバースでも、神の境地でも、
いろいろな言い方があります。
サマディ、三昧でもいいです。
とにかくその境地に立つまでは、
試してみなければならないのです。

 ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月18日水曜日

基準作り

例えば、ファッションが専門の人なら、
ある一定の量の「優れた」ものを自分の中にインプットする作業が必要です。
その場合、写真を見ているだけではだけで、
手で触れて、実際に着てみる必要があります。
そうしないと、わかったことにはなりません。

料理人だったら、料理を見る、作る、食べる、レシピを読む、
そんな作業をしていくでしょう。
インテリアだったらインテリアの分野で、
庭だったら、庭の分野で、
見る、触る、作るという作業をある一定の量以上、
こなすことによって、初めて基準というものが自分の中に作られます。
それが足りないうちは判断できないのです。

このところ、1つのイベントが終わって、
関係資料を片付けながら、
同時に、今まで捨てないでいたものも、少しずつ捨て始めました。
これがまだある。
そうすると、また出てくるのがインテリアの問題。

予算は限られている、
というか、ほとんどない、そんな中で何かどうにかしたいんですけれども、
私にとって、インテリアはまだまだ基準ができていない分野。
見るのも、触るのも、経験も足りていません。
だから、これというものがはっきり出てこない。

外国のインテリアの写真は、それは素敵ですけれども、
そもそも私はそんな地域、
そして、そんな構造の家に住んでいませんから、
真似することはできません。
したとしても、それは滑稽。
今までさんざん雑誌やなんかで、
パリのアパルトマンの写真を見せられてきましたが、
パリのアパルトマンに住んでるわけじゃないですから、
そんなもの、本当は参考にならない。

そういうのじゃなくて、
日本の風土と家の構造に合っていて、
しかもリフォームしなくても可能で、
そんなインテリアの写真、なくはないですが、少ないです。
で、あったとしても、
実際にそこに自分で身を置くことができないので、
体験できません。
インテリアに関しては、圧倒的にこの体験が少ない。

写真だけではだめで、
リアルなものに触る、そしてその空間に身を置かないと、
本当の意味で、身についてはいきません。
料理で言ったら、
写真とレシピを見ているだけでは、
味がわからないのと同じことです。
写真とレシピを見続けたところで、
おいしい料理は作れません。

生活しているというだけで、
料理、衣服、インテリア、庭があったら庭と、
多岐にわたる分野で何かしなくてはなりません。
これを全部ちゃんと習得しようと思ったら、
膨大な時間がかかります。
私の場合、衣食住のうち、
衣と食にはそれなりに時間をかけたけれども、
住は全然足りない。
だからそれが私のこれからの課題。

それと同じように、
何かを判断しようとするとき、
ある一定量の知識と経験がないと、できないでしょう。
それがないのにやろうとしたら、うまくいきません。
それはどんな小さな分野についても、そうなのだろうと思います。

で、なんで今日、こんなことを書いているのかというと、
かなりの多くの人が、特別関心があることがない、続けている趣味もなにもないと、
おっしゃるのです。
けれども、生きていれば、少なくとも衣食住は関係あるはずだし、
結婚しているのなら、男女間のコミュニケーション、
そして子供がいるなら子育てが関係してきます。
これらすべてある程度の基準をクリアしようと思ったら、
ものすごい時間と労力がかかります。
例えば料理と決めたら、10年ぐらいは普通にかかる。
なにも関心がないとおっしゃる方が、
もう衣食住は全部やった、男女間のコミュニケーションも習得、子育てもOK、
なんてことはない。だってこれ全部やるのに、年齢が30や40じゃ無理。
だとしたら、こんな身近なところから1つ関心を持って始めるのがいいのではないでしょうか。
とにかく、何もやらないなら、それだけ年はとっていきます。
もちろん、なにも関心がない人生も、選べますけれどもね。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。




2016年5月17日火曜日

梅雨って、1カ月以上もあるのか・・・

今日はあんまり雨がひどいので、
まさかもう梅雨なの、と思いましたが、
どうやらそうではないようです。
しかし、気象庁の梅雨入り梅雨明け速報という数値を見ていたら、
梅雨って、毎年1カ月以上もあるということがわかりました。

ここ最近、春も秋もとても短いです。
桜のころはまだ寒く、ゴールデンウィーク前にやっとそれらしくなり、
5月の末にはもう梅雨。
そして秋はといえば、
10月に入ってもまだ30度近くで、
11月やっと落ち着いて、
12月はもう冬でしょ?
春も秋も1カ月とちょっと。

そして、梅雨も1カ月ちょっとです。
ということは、
梅雨というのはもう既に季節認定していいレベルではないのでしょうか?
日本は、春、梅雨、夏、秋、冬、
みたいな、そんな季節区分でいいのかもしれません。

ちょっと今日は雨があんまりひどいので、
一体、何を着ればいいのよと考えているところ。
1カ月以上も続く梅雨のために、
お出かけの多い方は、レインコートと雨用のブーツが必要でしょう。

私の場合、雨の日はプーマのウィンドブレーカーか、
アディダスでオープニング・セレモニーデザインのポンチョ。
ただこれら、どちらも防水、撥水ではないので、
長い時間のお出かけには不向き。
特にポンチョはぐちょぐちょになる。
そしてハンターの長靴もありますが、
これ、出先で靴を脱ぐときにはだめ。
なぜなら、なかなか脱げないからです。
(今日は歯医者に行くので、脱げない長靴はだめ)

しかし、これだけひどい雨だと、
やはりゴアテックスがよいな・・・
毎年、買おうかどうしようか迷っている、
アウトドア・ウエアで、ゴアテックス素材のジャケット、
あってもよさそうです。

ちなみに、ゴアテックス素材のレインコート、
例えばサンヨーなど、もとはコートをメインに作っていたメーカーなどにはあります。
通勤用には、そういったものを選ぶといいかもしれません。
日本の雨に、綿キャンバス地のトレンチコートは無理でしょう。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。





2016年5月15日日曜日

パジャマ問題解決

皆さんがいろいろ、ここに売っているよと教えてくれたので、
パジャマ問題解決です。
ありがとうございました~。

デザイン的に一番、私のツボなのは、
ヴィクトリアズ・シークレットのものなのですが、
送料とかかかったりすると、
結構なお値段になるので、日本で売っているのにします。
では、おやすみなさい。

理想のパジャマ

さて、パジャマもそろそろ夏物仕様にかえるころ、
私の理想としては、
ブルー系のストライプで、シャツタイプ、
パンツのウエストがドローストリングスになっていて、
シャツはボタンをしめて着るのではなく、
中にランニング、もしくはキャミソールを着て、
シャツの前はあけて着る、
そんなスタイルのパジャマがいいのですが、
これが実際売っていません。

きのうの夜、ネットでパジャマ探しが始まったのですが、
全然ない。
去年は、GAPで買った、ブルー系ストライプのパンツに、
上は長袖Tシャツをあわせてきていましたが、
やっぱり上も欲しいなと思って探したのに、
GAPは、パンツはあるけど、上は売っていない。

かなり理想に近いデザインはピーチジョンにありましたが、
ほぼすべて売り切れ。
なぜ、こんな普通のパジャマを多くのメーカーは作らないのでしょうか。

一番多いのは、
襟なし、
ラウンドネック、
花柄、
カットソー素材のもの。
私から見たら、それはなんかおばあちゃんのパジャマみたいで、
そんなものは着たくはない。

もちろん最近、多くの人は、
まじめにパジャマなんて着て寝てはいない、
というのは容易に想像できます。
スウェットの上下とか、
夏はTシャツと短パンとか、
そんなものでしょう。

外国のドラマに出てくるような、
シルクのキャミソールとフレアパンツで寝て、
起きたら上にガウンというのもありかとは思いますが、
キャミソールと短パンで寝たら、
私の場合、風邪をひいてしまいます。

なんでこう、普通のものが売ってないのでしょう。
困りますね、本当に。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。 

2016年5月14日土曜日

夏の帽子


日差しが強くなってきました。
夏の帽子の出番です。

夏の帽子は、
日焼けでかなり劣化します。
私の場合、1年目はお出かけ用、
2年目、近所の買い物用などと使い分け、
3年目になると、やはり日焼けによる劣化がひどすぎて、
捨てるしかないな、という感じです。
ちなみに、私は夜間の外出を除き、1年じゅう、帽子をかぶっているので、
使用頻度は高いです。

そう考えると、
夏用の帽子は、あまり高価なものは買えません。
ボルサリーノも、見るたびに素敵だなと思いますが、
夏の帽子は消耗品なので、
いいお帽子を買うなら冬物にしたほうがよい。

で、今年のお出かけ用に、
何か新調しようと思って選んだのが、白いパナマハット。
そんなに高価ではなく、
かといって、扱いに困るほどに華奢でも、壊れやすくもなく、
軽くて、つばの広さも十分。
(そうそう、冬用につばの広い帽子を買ってしまって、
電車のたびに困ったのでした・・・)

パナマ帽は、スカートにもパンツにも似合うし、
改まった感じがするので、
かぶっていく場所を選びません。

ヘレン・カミンスキーのラフィアで編んだ帽子だと、
少しカジュアル過ぎるのと、
何より、完全な日よけにならないので、
私の場合はパス。

私が買ったのはエクアドル製のものですが、
そんなに高くないし、色もいろいろあるしで、
割と誰にでも似合うと思うので、
帽子初心者にもお勧めです。

 ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。 


















2016年5月13日金曜日

ボリューミー・ロングスカートと太ベルト

人間的にどうかと思う「ココ・シャネル」ですが、
現在のシャネルのデザインチームが優れているのは確かなので、
先日行われた、キューバでのクルーズ・コレクションを見ました。

そこで提案されているのが、
ウエストにタックをとって、ボリュームを出したプリントのロングスカートに
Tシャツという組み合わせ。
この場合、ウエストはスカーフをまいて、
上から装飾のあるチェーン・ベルトをしていました。

そのほかにも、ロングでボリュームのあるスカートに
太いベルトを組み合わせるというコーディネートがたくさん出てきていました。

つくづく思うのですが、
ファッションは、やはりボリュームがあって、
装飾過多のほうが面白いです。

ボリュームのあるスカートに太ベルトという組み合わせは、
過去、何度も出てきた、
一種、定番スタイル。
ただ、ここのところずっと出てきていませんでしたので、
今見ると新鮮です。

ただし、今、市場にあんなボリュームのあるスカート、
売ってないでしょ。
古着屋ぐらいかな。
太いベルトもそう。
普通にはなかなか売っていません。
ボリュームのあるスカートは、
作れる人は作るのも手ですけれど。

ボリュームのあるロングスカート、
太いベルト
Tシャツ、
フラット・サンダル。
これは簡単、
しかも新鮮に見えて、
海辺の街に住んでいる人など、
明日にでもやりたいスタイルだと思います。

 ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月12日木曜日

どうやら今年はボーダー

毎年何かしらのアイテムが、
今だけ流行っているものとして出てきますが、
どうやらそれが今年はボーダーらしいです。
しかもこの流行は、
インフルエンザと同じぐらい伝播が早い。
ちょっとした大きなターミナル駅に降り立てば、
視界に3人ぐらいボーダーが入ります。

さて、こんなに流行ってしまったもの、
あえて着るにはどうしたらいいか。
それは、おしゃれブログに書きましょうか。
まだまとめていないんで、
今日はちょっとだけ。

いつも書いていますが、
誰かと同じもの、
しかもその同じものが多いと、
比較が生まれます。
Aさん、Bさん、Cさん、Dさんというふうに、
同じ格好をした者が比べられます。

そのときに、です。
服の場合は、まずスタイルがものを言います。
次に、こういった、どちらかというと若い、カジュアルなアイテムは、
年齢が若いほうが、それは有利です。
(かといって、幼児だと、またちょっと違う)

例えば、シャルロット・ゲーンズブールを思い出してください。
「なまいきシャルロット」に出たころの、あの10代のスタイル。
すらっと手脚が長くて、
お化粧もほとんどせず、
ただ、立っているだけで目が釘付けなぐらい素敵だったあのスタイル。
それを、今の40過ぎたシャルロットがやったらどうです?
同一人物だけれども、
年齢が変わったら、
10代と同じで素敵には見えません。
やはりそこは、いろいろ経験して、通り抜けてきた今を表現しないとね。
その「今」は人それぞれなので、
みんな同じではありません。
それが何か?ということですよね。
皆さんも、もし自分がシャルロットと同じ容姿、スタイルだったら、
今はボーダーをどうやって着るか、ちょっと考えてみてください。


今日はここまでで、
続きはおしゃれブログに近日中に書きます。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2016年5月11日水曜日

すべての人の意見なんて、取り入れられない

例えばテレビドラマがありますね。
今はどの番組でもHPが作られています。
その中に「ファンからのメッセージ」みたいな、
視聴者の人たちがそれぞれ感想を書いた欄があります。
それをちょっと読んでみてください。

どうでしょうか?
みんな、それぞれ、好き勝手なことを書いていませんか?
ある人は、あのシーンがよかったといい、
ある人は、その同じシーンはいまいちだったと言う。
そしてある人は、あの衣装が似合うといい、
またある人は、その同じ衣装は似合わないと言う。

例えば、製作サイドがこの意見をいちいち取り入れたらどうなると思います?
そのドラマはめちゃくちゃになり、
結果は失敗です。
すべての人の意見を取り入れるなどということはできませんし、
やろうとしたら、それは失敗になります。

以前から何度か試みられている、
視聴者の意見を取り入れてドラマのあらすじが決まるスタイル、
あれは結局、定着しません。
なぜか。そんなドラマは面白くないからです。
DVDになってから、売れることもないでしょうし、
繰り返し見直されることもないでしょう。

ただし、これも人生の態度であり、選択です。
すべての人の意見を取り入れようとして生きる生き方と、
自分の意見をしっかり通して、誰かの意見は参考程度にとどめる生き方、
それは選べます。

私は、すべての人の意見を取り入れて、いいものなどできないとわかっているので、
その方法は選びません。
けれども、すべての人、関係ない人の意見までも取り入れようとする人の選択は、
尊重します。
それはその人の人生なので、その道がよいのならそうすればいいです。
私は邪魔はしません。
けれども、同時に私も私の選択を邪魔されたくはありません。

例えばブランド。
マーケッティングと称して、
不特定多数の意見を取り入れたブランドは、
最終的に面白味がなくなって、消えていきます。
もはや、それはデザインではありません。
製作意図など消えてなくなります。
でも彼らがそれを選ぶのなら、しかたないでしょう。
そしてそのとおり、その道を選んだ、
ブランドたちが、ショッピングモールあたりにたくさんあります。
彼らが手に入れたのは、凡庸さ、つまらなさ、代替可能さ、ありふれた感じ、
そして、才能の欠如の露呈です。

私がファッションレッスンでお伝えしているのは、
自分が人生の主人公であり、演出家、脚本家、衣装デザイナーであるということです。
そして、観客一人一人の意見など、取り入れる必要はないということ。
なぜならそれは不可能であるし、
やろうと試みたところで失敗するからです。
そんな収拾のつかない人生を送る必要はありません。
(というか、これは逆に危険だと思う)

もし、すべての人の意見は重要だから取り入れるべきだという人に出会ったなら、
ただその人を観察すればいいでしょう。
その結末がどうなるか、
見ていればいいだけ。
どうなるかは、おのずとわかりますから。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。




2016年5月10日火曜日

物語が必要

きのうのイベントで集客するには、キャラクターを知ってもらう必要がある、
という話の続きです。

どうしてキャラクターを知ってもらう必要があるかというと、
キャラクターを知って、
その人となりを知ることによって、
そこに物語が生まれるからです。
イベントは、そのときのセンテンスではなくて、
途中の章か、または結末ではなくてはいけないわけ。

テレビのドキュメンタリーなんかでありますよね。
こういうメンバーが集まって、
こういういきさつがあって、
それぞれ奮闘して、
障害があって、
一時開催が危ぶまれて、
それでもなんとか当日を迎えて、
無事に終わりましたという、
あれが必要なんです。

変な言い方なんだけれども、
チケットを売った時点で、
成功か、失敗かは決まっているの。
演奏中にどんなミスがあったとしても、
それは関係ない。
見に来る人がいるかどうかが、
成功の目安。
誰も見に来ないのだったら、
どんなにいいパフォーマンスをしても、
それは失敗。

そんなことないって?
いい演奏をしたら次に続くだろうって?
もちろん、そういう面もあります。
だけれども、1回の演奏で、
それから以後、引き続きずっと来る人なんていうのは、
ほんの少し。
そもそもそのほんの少しの分母が少ないのだったら、
そんなことを考える意味はない。

例えば、あれはいい舞台だったね、
ということになったとしても、
同じ舞台を再現することはできません。
だから、そのときに人が集まるかどうかが重要です。
だからこそ、キャラクターを知ってもらい、
そこに物語を想像してもらう必要があります。

服だって、バッグだって、靴だってそうでしょう?
そのものだけじゃなくて、
どういう歴史のあるブランドで、
デザイナーはどんなことを考えている人で、
こういういきさつで作られました、
その服です、というほうが、価値が高いわけです。
どこの誰が、どんな環境で作ってるかもわからないような服よりも、
物語がついてくる服のほうが価値が高い。
そのためには、商品以外の部分を知ってもらわなければならないわけです。

例えば、フジコ・ヘミングさんがそう。
ドキュメンタリーが紹介され、
数奇な運命という物語が知られることによって、
ブレイクしたわけでしょう?
そういうことです。

すべてそうです。
物語が必要です。
そこまでどうやってきたか、
これから先どう続くのか、
私たちが欲しているのは、
そこなのです。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。


2016年5月9日月曜日

イベントでなにが難しいかというと

これを読んでいる方で、
自主的にイベントをやろうとする方がいるのかどうかわかりませんが、
お教えいたしましょう。
特段、有名じゃない人がイベントをやろうとするとき、
なにが一番難しいかというと、
人集めです。

私は、いつもうちに来る皆さんには教えていますけれど、
昨今、人が集まるのは、
「結婚できるか」と、
「金運アップするか」
この2点です。

だけれども、
何かに1回出たぐらいで、
結婚できるわけでもないし、
お金が入ってくるわけはありませんから、
私はそんな、これさえやればできます、
などとはうたえません。

で、何度も書いているように、
一番人が動かないのは、
教養、芸術分野です。
興味がないからです。
それが現実です。
潔く認めましょう。

では、人集めどうするかというお話です。
今回、チラシを1000枚配りましたが、
チラシから来てくれた人って、
いてもニ、三人のようです。
詳しくはわかっていません。

ほかの出演者の方に聞いたら、
チラシは5000枚配って、10人来る程度だそうです。

チラシがだめだとすると、
ほかにはなにがあるか?

私の場合、それはブログです。
毎日発信していますから、
それを読んでくれている方が対象となります。
また、ワークショップやセッションにいらっしゃる皆さんにも
お伝えすることができます。

ブログでなくても、
インスタグラムも最近は有力です。
最近、ブログは下火ですから、
むしろそちらのほうがいいでしょう。

どういうことかというと、
そのイベントをやる人のキャラクターがわからないと、
人は来ないのです。
経歴とか、過去どうしたとか、
そんなことはどうでもよろしい。
(もちろん学歴も関係ない)
多くの人が知りたいのは、
その人がどんなことを考えていて、
どういう行動をしていて、
いつもなにを発信しているかということ。
それに共感できれば、
人は動きます。
だから、それがないと無理なのです。

今、どんなに有名なアーチスト、
例えばマドンナなんかでも、
インスタグラムとツイッターで発信しています。
それは、アーチスト自身の作品のみならず、
キャラクターを知ってもらうためです。
それが伝わらないと、
どんなにいい作品を作っていたとしても、
人は動かないからです。

もちろん、ブログをただ漫然と、
しかもごくたまに書いているだけでは効果はなく、
常に更新し続けなければなりません。
また書いているだけではだめで、
誰かに読んでもらわなければなりません。

私がインスタグラムをやらない理由は、
実はiPhone、iPadを持っていないから。
持っていたら、やりますよ。
今は、ブログより、インスタグラムのほうが情報は拡散します。

ちなみに、ツイッターで情報を広げるためには、
フォロワーが1万ぐらいは必要です。

そんなわけで、
イベント、やるのは簡単です。
だって、皆さん、それぞれ訓練なり、修練なり、勉強なりしてきたわけですから。
だけど、人が集まらない。
人が集まらないと、
昔、私の演劇部の先輩が言った、
「砂漠でダンス」になってしまうわけ。

そうならないためには、
人集めの方法について、常に用意、準備しておく必要があります。
イベントをやりたい人は、そこまで考えておくべきですし、
それなしでやると、それは赤字になります。

とにかく、出演者、主催者のキャラクターについて知ってもらうこと。
これに限ります。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。






















2016年5月7日土曜日

あとで見返してもおかしくない服装

例えば、入学式のときや卒業式の日に撮った写真、
どこかへ旅行へ行ったときに撮った写真など、
数年後に見直すとき、
なんだか変な格好に見えるものと、
違和感がないものとありますね。
その違いは何なのか。

後で見返して、
なんだか笑っちゃうぐらい変なのは、
そのときに最も流行っていた服装とメイクの場合です。
一番かっこいいと思いこんでいたものは、
後になってから見ると、一番かっこ悪い。

あれ、あんまり変わらないなと感じるのは、
いわゆるベーシックなスタイル。
メイクも、流行のメイクはしないほうが、
後から見ても自然です。

今回、舞台に立つに当たって、私が用意したスタイルは、
白シャツ、
黒パンツ、
黒ブーツという、
ごくごく普通のスタイル。
ふだん着にちょっと毛が生えた程度。
こういうのは、後から見返してみても、
さほどおかしくありません。
(ちなみにこれは、シェイクスピアに出てくる女役の男装の
現代風解釈のつもり)

メイクも必ず「今風」というのがありますから、
そこは外してきたほうが、
後から見て違和感がありません。

外国の有名なデザイナーたちは、
それについてよくわかっているのでしょう。
出てくるときは、たいした格好をしていませんよね。
白シャツとジーンズとか、
シルクのシャツ、パンツ、スタンスミスみたいな、
いつの時代もあるものを着ています。

流行りのものを着るのは楽しいので、別にいけなくはないですが、
残る写真を撮ったりするときは、ちょっと気をつけておくと、
あとで恥ずかしくありません。
恥ずかしい写真というのも、それもまた一興なので、悪くもないですけど。
青春時代ぐらいまでにしておいたほうが、
いいかもしれませんね。

 ☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。






















2016年5月6日金曜日

いろいろ学んだ

日常とは違うことをやると、
それはいろいろ学ぶ機会となります。
小さなところでは旅行とか。

私も今回、現在の私の日常とはかけ離れたことを企画、実行してみて、
まあ、たくさんのことを学びました。
リーダーシップ、
コミュニケーション、
予算組み、などなど。

大きいのはコミュニケーションでしょうか。
ちょうどアサーティブ・コミュニケーションのワークショップを自分で開催した後なので、
実例があそこにも、ここにも見受けられ、
心底、あのとき知っておいてよかったと思ったのでした。
コミュニケーションは大事です、本当に。
コミュニケーションがうまくいかないと、
すべてずたずたになります。

そんなわけで、
いろいろ学んだ4カ月でしたが、
いい経験をしたということで、
今年の残りの8カ月、
この経験を話のネタに過ごしたいと思います。

皆さんも、いつもやらない非日常的なことを組み込んでみると面白いですよ。
ぜひ何か計画に入れてくださいね。



2016年5月2日月曜日

猫の美徳

ゴールデンウィーク中日、
お疲れ様です。
うちの猫の具合が悪くなって、
ちょっとわたわたしておりました。
もう年なので、いろいろ無理かもです。
でも最後まで、ちゃんと面倒見てあげようと思っています。
私は猫の皆さんにすごく助けられてきましたから、
正直、人間よりも信頼しています。
猫は、嘘つきませんもんね。

昔、アパレルのブラック企業につかまってしまったとき、
うちのしんちゃんという猫を見て、
本当に、「猫になりたい」って思いました。
猫になりたい、
そして猫みたいな友達がいい。
嘘つかない、
意地悪しない、
バカにしない、
裏表ない、

裏切らない、
肩書きで判断しない、
学歴で判断しない、
年齢で差別しない、
ああ、
数え上げたらきりがないほどある、
猫の皆さんの美徳。

嘘つかない、
裏切らない、
ずっと好き。
この3つの美徳が一番好きです。

今まで出会った猫のみんな、
どうもありがとう。
みんなの力を借りて頑張ってこられたので、
今度はその恩返し。
のこりの人生、
ずっと恩返しし続けます。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。






2016年5月1日日曜日

地方と都会

うちには地方からいらっしゃるクライアントさんもけっこういらっしゃるので、
そういう方がいらした際には、
必ずその地方は今どんな感じか聞いています。

いいところは、歴史があり、古いものが残っているところ。
そういうところは、未来が見える。
結局、今、頼りになるのは昔の遺産。

で、地方と都会ですが、
現在の形の資本主義を推し進めていくためには、
搾取する地域や財を常にどこかに求めていくわけで、
そのために、地方を疲弊させ、
都会集中にして、
労働者の賃金を下げ、
弱者と福祉をカットすればいいわけで、
今の政府は、まさにそれをやっていますね。
ただ、もうそれも限界に来ました。

地方の方からよく聞くのは、
東京って、ご飯がまずいという話。
私もこれはうすうす感じていて、
たぶん水のせいだと思いますが、
料理されたものに、なんというか、
驚くようなおいしさがありません。
調理も悪くないと思うし、
材料が新鮮でない、というわけでもない。
たぶん、水の問題。

都会は確かにきらきらしていますが、
多いのは大資本傘下の商業施設と、
世界の都市、どこにでもあるブランドのお店。
本当のところ、こんなのはつまらない。

これからは観光と農業だということを考えると、
少なくとも都心が、今以上に繁栄するとは思えません。
昔の遺産があるところに、
小さな芽が出始めていると感じます。

もちろんそこで仕事をしたり、起業しようと思っても、
そう簡単ではないことも事実。
誰でもできるわけでもない。
手っ取り早くお金になるわけでもない。
いろいろないのですが、
でも人生の楽しみとか目的とか、
生きる意味とか、
毎日の楽しさとか、
そういうのを追求したら、
それは都会よりも、地方にあると、
私は思います。

まずその前には価値観を変えなければなりません。
都会で享受してきた楽しみに、
今以上に価値を与えない、
みんなが持っているもの、やっていることを望まないなど、
価値観の転換は必要です。

それでもなお、
これからは地方が魅力的になると思うのですが、
楽観的すぎるかしら?
私はもう、都会に魅力は感じないのですけれどね。

それぞれが、それぞれの地域で、
小さいながらも活動していったら、
面白いと思います。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。