2016年4月29日金曜日

希望的観測か、リアリストか。

私は5月5日に、
シェイクスピアをテーマにしたオペラのアリアと歌曲のコンサートをやるわけなのですが、
正直な話、チケットはそんなに売れていません。
ただし、この現実、私の中では想定の範囲内です。
私はこの件に関して、希望的観測はしていませんでした。

現実的な話として、
今、芸術に関心のある人は、多くはありません。
私のブログを読んでいらっしゃる皆さんの中にも、
そんなにはいないだろうということは、推測済み。
絵画も、シェイクスピアも、ましてやオペラも、
みんな、ほとんど、興味ないです。
そんなことは、前から知っていますとも。

今の時代、芸術やアートの地位、そして生活における重要度はとても低く、
多くの人は、それどころじゃありません。

「みんな、シェイクスピアは好きですよ」と、
言われましたけれども、
いえいえ、そんなことはありません。
大学時代だって、シェイクスピアのお芝居をやるのでチケットを売りましたけど、
全然売れませんでしたもん。
現実は、そんなものです。

希望的推測をするか、現実にのっとって推測するか、
どの地点に立つかで、いろいろ変わってきます。
場合によっては、希望をとったほうが、確かにいい場合もあります。

けれども、お金がかかわってくると、
希望的推測は、だめです。
なぜなら、そこには限度というものがあるからです。

希望は限界のない世界ですが、
お金には限界があります。

希望的推測と現実的推測、両方してあって、
現在、大体の結果が出てきて、
どちらが正確かといったら、
現実的な推測です。

例えば、旅行について考えてみてください。
きっと天気はいいに決まっている、
安全に決まっている、
物価は安いに決まっている、
なんてふうに考えて、
天気も悪く、危険で、物価も高かったら、
その旅行はめちゃくちゃになりますよね。
それと同じです。

具体的、かつ実行可能な計画で、
予算が限られているのなら、
現実的な推測を採用しないとなりません。
なぜならば、
推測が外れると、
ダメージが大きいから。

もう2年以上、自分で主催してワークショップをしていれば、
これぐらいのことはわかってきます。
持続させたかったら、
ダメージは避けることが肝要です。


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2016年4月28日木曜日

空っぽでないものを

趣味でもなんでもいいから、
始めてください、
というのは、
どんな仕事をしたらいいか、
聞かれたときに私が答えるいつものせりふ。

何の仕事が向いているか、
わからないというご相談は多いのですが、
その中で多いのは、
何もチャレンジしてもみていない、
という方。
何かがわかって、決めてから、
失敗しないように始めたいということなんでしょうけれども、
実は何も始めないというのはとても危険。
気がつくと40過ぎてた、
なんていうのはざらです。

次に多いのは、
始めたはいいけれども、
続けない方。
特に仕事で結果が出るのって、
10年、20年後。
1年やそれごときでやめたのでは、
結果も何もありません。
見極めるのだって、最低3年は必要です。

あきらめないで続ければ、
それはどこかで必ず何かにたどり着きますが、
やめてしまったのでは、どこにも行けません。

あきらめたのは何のため?
努力やチャレンジしたくないから?
世間体?
お金にならないから?
誰も認めてくれないから?

努力やチャレンジしたくなくて、
世間体がよくて、
お金になって、
みんなに認められようだなんて、
そんなものを追い求めたって、
空しいだけです。

空しい。
まさに、空っぽ。
中身のほうが大事だと、
私は考えます。
最終的に残るのは、
世間体でも、
お金でも、
他人の評価でもなく、
本当の中身です。

何をするか、したいのか決めるとき、
お金とか、世間体とか、
他人がどう思うかとか、
そういうのを取っ払って考えてみるといいです。
そうして残ったものこそが、
人生の目的となり得ます。


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2016年4月27日水曜日

今年それっぽく見えるもの

今年それっぽく見えるものは、
ジージャン、
ボーダーシャツ、
カーキのMA1ジャケット、
膝上丈のカーディガン、
ジーンズ、
スニーカー、
みたいな感じでしょうか。
大学入ったばっかりの女子だったら、
これに、ひざ丈のセミフレアスカートとTシャツ足しておけば、
秋になるまでもちますね。

きのうも電車に乗ったら、
前に座った女性3人が、
カーキ色のジャケットにジーンズ、スニーカーといういでたちで、
そのそっくり加減にびっくりしました。
しかもこの3人、友達でもなんでもない、
赤の他人の3人なんですから。

若者は、これでいいと思います。
身体も服も新陳代謝が激しいし、
どんどん変わっていきますから。
若ければ若いほど、こんなもんでよろしい。
で、決して高いものを買わないこと。
枚数少なく、着倒して、来年に持ち越すものは少なくする。

ただ、逆に、年が上がれば上がるほど、
このスタイルが「痛く」見えます。
若者と同じ格好している痛い中年女性、
みたいになっちゃいます。

でもやっぱり着たいのよ、
どうしたらいいのよ、
っていうときには、
これも何度も書いていますが、
例えばMA1ジャケットの素材を普通とは違うものに変える、
スニーカーじゃなくて、ヒールの靴やサンダル、
ジュエリーを付け足す、
つまり、若者とまんま同じものは着ない、
ということです。

同じ格好の時点で、
若者と張り合っているわけで、
しかも、比較されてしまいます。
もちろん、若さでは負けますよ。

若さ競争のレースに参加したくない人は、
最初から抜けること。

この2つの道のどちらかです。


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2016年4月26日火曜日

To be, or not to be

To be, or not to be, that is the question:
有名なハムレットのせりふ。
日本では、生きるべきか死ぬべきか、それが問題だで知られていますが、
小田島訳だと、
このままでいいのかいけないのか、それが問題だ、
となっています。

生きるか死ぬかとか、
日常では考えないとしても、
このままでいいのかな、
このままじゃだめなのかな、
という疑問は、日々わいてきます。

多くの人が、
「このままでいい」日常を選択しますが、
本当にそれでよいのでしょうか?
疑問に思った時点で、
もう既に、それはこのままではよくないのではないでしょうか。

自分が我慢すればそれですむ、
誰かに迷惑かけたくない、
そういう気持ちを持つ方も多いでしょう。
私たちは、そういうふうにするように育てられてきます。

だけれども、自分が我慢して、そのほかのみんなは幸せなんて、
あるのでしょうか。

自分は我慢、誰かが我慢ではなくて、
「関係するすべての人にとっての最高最善の道」って、
あるのではないでしょうか。
その道を探っていくならば、
自分や他人を犠牲にすることも、
誰かの不幸せと引き換えの幸せも、
誰かを恨む必要性も、
なくなるはずです。

「あなたが我慢すればいいの」じゃなくて、
「みんなにとって何が一番いいか、考えようね」って、
言ってくれる人がいたら、
最高だな。

残念ながら、そんな人はなかなかいないので、
自分がそういう人になるしかありません。
私は、
「関係するすべての人にとっての最高最善の道」が、
必ずあると信じています。


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2016年4月25日月曜日

今年はジージャンらしい

毎年何かしら、爆発的に流行するアイテムがありますが、
今年はそれがジージャンらしいです。
二十歳前後の女子が街で着ているのをぽつぽつ見かけます。

ジージャンを始めとする、デニムの大復活をアピールしたコレクションは、
今から2年前のグッチやクロエでした。
2年前の春夏だから、発表されたのは2年半前です。
これが上流ね。
この流れがそろそろ下ってきたわけです。

今、二十歳前後の人が着始めましたから、
じきに子供とおばあちゃんが着始めます。
何度も書いていますが、
そうしたら、流行は終わりです。
どんなにアイテムとしてのジージャンが素敵でも、
街に出て、小さな子供とおばあちゃんが、
自分と同じジージャンを着ているのを見たら、
着る気が失せます。
それが人間の心理です。

今からジージャンを買いたい人は、
あんまり高いものを買わないこと。
今回は流行なので、
それにのったら、飽きるのも早い。

もう買っちゃった人、
持っている人は、
せいぜい、小さな子供とおばあちゃんが着始める前に、
着倒しておいてください。
飽きるまで、着てしまいましょう。


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2016年4月24日日曜日

服の格好よさはパターンで決まる

その服の格好よさが何で決まるといったら、
間違いなく、それはパターンです。
パターンこそ命。
色とか生地とかその次。
パターンを理解せずして、
服は理解できません。

相変わらずですが、
日本のどうってことないブランドでも、
モデルが日本人ではない、西洋人でしょう?
あれはもちろん、日本人がいまだに西洋人に憧れていて、
ああいうふうになりたい願望があるから使うというのもあるけれども、
実は、パターンの悪さをカバーするためでもあります。

パターンが悪ければ悪いほど、
スタイルのいいモデルを使わないと、
服として、とてもじゃないけど、格好悪くて見ていられません。

本当にいい服は、
スタイルが別によくない人でも、
着たら、自分以上のスタイルになれる服。
それを着てみたら、自分以下の、
やぼったい感じになるのだったら、
そんな服は、いい服ではないわけ。

パターンがわかるというのは、
肩幅が広いほうがいいとか、
下半身が太っているからフレアスカートとか、
そういう問題じゃないですよ。

身体のカーブにそって、
ダーツをどういうふうに処理したかとか、
切り替え線をどう持ってきたとか、
そういう話ですから。
なぜそこに切り替え線があるのか、
その意味についての問題です。

それは着てみないことにはどうにもわかりませんし、
より深く理解するには、
パターンについての知識がないといけません。

年齢が上がるにつれ、
肉体的に劣ってくると、
パターンがいいか悪いかによって、
スタイルがよく見えるかどうかがはっきり分かれます。

体型維持も重要ですが、
それプラス、パターンがいい服を選ぶこと。
年をとっても格好よく見せたかったら、
それしかありません。
服じゃないと言うんだったら、着物を着ることです。


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2016年4月23日土曜日

今日はシェイクスピアの誕生日

今日はシェイクスピア先生の誕生日でした。おめでとうございます。
(しかし、26日説もあるらしい)
そして、補選があるところの皆さんは、
明日、選挙いってくださいね。


以上、お知らせでした。


2016年4月22日金曜日

一瞬が永遠になるように

プリンス様がいってしまいました。
ああー、私の80年代が終わっていく・・・
私はファンクが苦手なので、プリンスはそんなにファンじゃなかったし、
「パープル・レイン」も見なかったけれど、
すごく影響力があるアーチストであるということは、
もちろん認めています。

本当にね、
行けるとき、できるとき、会えるときにやっておかなきゃね。
次なんて、あるかわからない。

私もあんまり先の予定は立てません。
私の場合は、常に病気が心配だから、
自分だけの計画ならいいけれども、
誰かを巻き込むものは、やはりできない。
いつもこれが最後と思ってやっています。
「また来年もね」なんて、気安く言えません。

いつもこれが最後、
最初のものも、これが最後、
出会った人も、今日、会うのが最後かもしれない。
食べたもの、
花の色、
海のにおい、
聞いた言葉、
全部全部、一度だけ。

だから、その一度、その一瞬に永遠を見るわけね。
ランボーのように。

果たされない約束はしないし、いらない。
約束は、少ないほうがいいのかも。

あの日、あの場面で着ていた服。
覚えているものもあれば、覚えていないものもある。
その衣装がシーンにぴったりならば、
覚えていられる。
自分の気持ちを裏切るような格好をしている場合は、
覚えていません。
なんだろう、それは。
お金のために働こうと思った会社の面接とか?

一瞬が永遠になるように、
シーンとして、この目に焼きつくように、
着るものも、言葉も、表情も、
すべてを選択できたらいいなと、
思います。

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2016年4月21日木曜日

ウエストより胸郭

先日、まあ、いろいろハイブランドを試着して回りました。
大体、私が着るのは36号。
各ブランドは、たぶん36か38あたりを標準として作り、
それより大きいサイズ、小さいサイズはグレーディングといって、
すべての部分を少しずつ大きく、または小さくする方法で作ります。
当然のことながら、標準から離れれば離れるほど、
全体のバランスは崩れていきます。
ですから、デザイナーの意図する本当のバランスを知りたかったら、
標準サイズのものを着なければわかりません。

で、いろいろ試着して改めてわかったことなのですが、
各ブランドで提案しているプロポーションというものは、
必ずしもウエストの細さを要求しているわけではない、
ということです。
ではどこの細さなのか?
それは胸郭です。

具体的には胸から下の肋骨部分です。
ここがとにかく細い。
私が持っている日本の工業用ボディなどは、
決して着られないほどに、
胸郭が細いのです。

私は現在、どちらかというと、肋骨が浮き出て見えるぐらいなので、
やせています。
それでぴったりです。
私の肋骨の上に、これ以上、脂肪がのったら、
もうこれらの服は、36号では着られません。

つまりどういうことかというと、
ウエストだけ、ぎゅーっと絞った細さではないのです。
コルセットのように、胸郭がぐーっと絞られているスタイルを、
彼らはよしとしているのです。
そこからすべてのバランスが始まります。
ジャケットにしても、ドレスにしても、そうです。

逆に下腹は少しぐらい出ていてもいいのです。
(少しぐらいですが)
それにお腹は引っ込めることができます。
ただし、胸郭は引っ込められません。

洋服が似合う体型を維持するためには、
背中から前にかけて、
胸郭の上に余分な脂肪をのせないことです。

もう既にそこに脂肪がたまっている場合、
どうすればいいか、
それは、私もわかりません。
そこのところは専門家に聞いてね。


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2016年4月20日水曜日

枯れない花は、いらない

去年、その前から、蘭のフラワーエッセンスを使ったりすることもあって、
定期的に蘭の鉢植えを屋久島の専門店から買っています。
ミニカトレアとか、ミニの胡蝶蘭なのですが、
これがとても美しい。
咲く期間も長いので、特に花がない冬の時期、
玄関や部屋に飾っています。
夏になったら、外の半日陰へ置いて、
うまくいけば、次の年も花が咲きます。
今年は前年に買ったカトレアが咲きました。

そんなわけで、外出した際、蘭が飾ってあると、つい見てしまいます。
先日、見慣れぬ色の、とても美しい胡蝶蘭が飾ってあるところがあったので、
思わず近づいて見てしまいました。
そうしたところ、それはアーティフィシャル・フラワー、
つまり造花でした。
そこはまあ、店舗みたいなところでしたので、
造花もありかとは思いますが、
どんなにその蘭が美しいとしても、
枯れない花は、いらない。
自分の家に造花を飾りたいとは思わない。

ただ、これは認めますけれども、
その造花、非常に完成度が高く、美しいのです。
もしかして、生きているお花よりもきれいかもしれません。
傷とかないし、もちろん枯れてないし。

本物の花か造花、
どちらを選ぶかというのは、
その人の価値観だと思います。
あくまで見た目の美しさにこだわるのなら、
造花のほうが優れています。
なんせ、枯れませんから。

しかし私は、造花より美しさが劣ったとしても、
生きているお花を選びます。
それが私の選択基準です。

だんだん暖かくなってきて、
庭のお花も咲いてきましたが、
雑草も伸びてきました。
だからといって、造花を置くような庭に憧れはしません。
そんなものには憧れない。

そうやって選択を繰り返して、
人生はそれぞれ分かれていくのですね。
それはもしかして、
決定的な要因なのかもしれません。

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2016年4月19日火曜日

お金がある人ためだけのアートじゃだめなわけ

コンサートで得られる私の利益を今回の地震の義援金として寄付しますと発表したところ、
いろいろな方から、それはいい考えです、というお声をいただきました。
ああ、よかった、よかった。ありがとうございます。
ただし、このコンサート全体がチャリティではないので、
勘違いしないでくださいませね。
私の利益分だけですからね、寄付するのは。
私が得た利益なんで、私の好きに使います。

さて、そんな中、
きのうはプロモーション活動として、近所の現代美術ギャラリーへ出かけ、
芸術、ファッション、その他について談義を。

ファッションもそうなんですが、
80年代後半から90年代にかけて、
20代から30代前半ぐらいの人たちは、
アート、音楽などにすごくお金を使っていました。
私もアパレルで拘束されてしまうまでは、
いつもお財布の中に何かしらのライブやコンサート、演劇やダンスのチケットと、
美術展の前売り券が必ず入っていました。
もちろん、同じとき、ブランド物に走っている人たちもいましたけれども、
ある一定数の人数は、アート全般にお金を使っていました。

ところがバブル崩壊、そして続くリーマンショックで、
若い人たちがアート全般にお金を使うことができなくなってしまいました。
その結果が今だと思います。

例えば、美術展へ行ってもわかりますが、
平均年齢が非常に高い。
ライブもそうです。若者率が低い。
行きたくないわけではないと思いますが、行けなくなってしまったんだと思います。

お金がないなら行かなくていいじゃんって、
アートって、そういうものじゃないんです。
次の世代の観客を育てておかないと、結局、その後、興業が成り立たなくなります。

例えばオペラにしてもそう。
日本で見ると、いい席は5万円とかざらにします。
そうこうしている間に、観客が育ちませんでした。
その結果、どんなに実力がある人でもなかなか認められないし、
ファンがつきません。
今は席が埋まっているからいいじゃないと考えるかもしれませんが、
お年寄りばかりだとしたら、5年後、観客が激減するのはわかりきったことです。

アートも教育も、
お金がない人は見なくていいじゃない、受けなくていいじゃない、
ではだめなんです。
そんなことをしていては、その国の文化水準は著しく低下することになります。
才能がある人は国外へ、そしていい作品も海外へ売られていきます。

そんなことを話しながら、
私がアート全般にお金を使っていた90年代、
そんなに悪い時代じゃなかったなと、
柄にもなく、昔のことをなつかしんだ昨日でした。


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2016年4月18日月曜日

ローカルなつながりが大事だと思う

2011年以降、特に、ローカルなつながりの重要さに気づきました。
そして気づいただけではなく、
ローカルでの知り合いをふやしたり、
近くの農家さんと仲良くなって、場所を借りてワークショップをしたり、
自治会の組長もしたり、
チェーン店やスーパーではない行きつけのお店を作ってきました。

特に自治会の組長をやっていたときは、
近所の方たちと知り合いになっておきましょうということを言われて、
その時期、今まで出会わなかったような人と出会い、
知り合いにもなりました。

と同時に、地理的ではない、インターネット上に自分のブログというローカルエリアを形成し、
そこで出会った方たちとつながるように、
例えば、ワークショップが終わった後は、だらだらしゃべったり、
それぞれ自己紹介してもらったりなど、
会社のように利害関係のないところで、ゆるいつながりを作ってきました。

今回のように、地震災害が起きるにつけ、
今の私の方向性は間違っていないし、
今後はもっとそれを強化するべきだと思っています。
まだまだできることはありますから。

逆にこれがないととても弱いです。
歩いていける範囲のところに、ちょっと行っておしゃべりできる知り合いがないということは、
生活していく上での困難を生みだすでしょう。

もちろん地域に縛られ過ぎるということもありますし、
不必要に他人のプライベートに入り込むのはよくありません。
そのための最低限のルールはあります。
例えば、その人が話したくないことを無理矢理聞き出すようなことをしてはいけません。

特に一人暮らしをしている方は、ローカルのつながりを作っていったほうがいいです。
地震が起きてからでは遅すぎます。
作れないようなエリアにもし住んでいるのなら、
地域のつながりのあるエリアに引っ越ししたほうがよいぐらいです。
たくさんの人の中にいるのに孤独、
そんな状況はぜひとも避けたほうがいい。

私は最近、都会に出るのが大変苦痛になって、
ほとんど行きませんが、
それを欠点ではなく利点と考えて、
これからもローカル中心で活動していきたいと思っています。


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2016年4月16日土曜日

次にくるのは観光と農業でしょう

きのうはスカイプのセッションで、京都の方とお話ししました。
ひととおりセッションが終わって、
京都の街の様子をうかがうと、
観光客で大変なことになっているそうで、
ホテルはどこも満員らしいです。

わたしのうちの近くも観光地なので、
特に江ノ島は年中、観光客がいます。
冬のあいだ、海岸に人はいませんが、
江ノ島の島内は人だらけ。
鎌倉も、昔は冬のあいだはそれほど混雑していませんでしたが、
今は冬にもけっこう人がいます。
歴史のある観光地は根強い人気です。

一部の人たちのあいだで、
次に日本の産業の基盤となるのは観光と農業だと言われていますが、
少なくとも観光に関しては、その兆しは見えています。

一方、農業、特にオーガニックな農業は、まだそこまではいっていないかなと、
わたしもいつも感じます。

わたしがいつも買い物をしたり、ワークショップを開く、近所の農家の井上さんも、
オーガニック農業をしていますが、
正直、そんなににぎわっているわけではありません。
スーパーよりも安い値段のものもあるし、
しかも無農薬なのに、目の前を通り過ぎていって、
スーパーで買う人もいます。

それでも特に若い人のあいだでは関心が芽生えているようで、
これからはそんな人たちに期待できます。
オーガニック農家、そしてオーガニックのカフェやレストランと続いてって、
ローカルでにぎわったら楽しそうだなと、いつも思います。
そして日本の至るところに、そういうエリアができたらいいなと、夢見ています。

きのうのクライアントさんも、観光客を視野に入れたローカルでの取り組みの計画を持っていて、
それは言っているだけの夢ではなく、
実現可能な計画ですから、
そのまましっかりやって問題ないということをお話ししました。
(それは星にちゃんと出ています!)

そんな観光と農業がそろっている藤沢市、
人口がまだまだ増えていて、
現在42万人だそうです。
どこか新しい土地で新しい人生を始めたいと思っていらっしゃる方、
こっちへ引っ越してきたらいかが?
江ノ電乗って、海岸をお散歩して、ローカルなカフェやレストランで食事して、
行きつけのお店を作って、
ローカルなイベントに参加して、みたいな、
ドラマのような日常が、始まるかもしれませんよ。
望めばね。

追記:うちへセッションやワークショップにきたとき、帰りに駅前の不動産屋をのぞいてごらん?
家賃5万円ぐらいのところ、ありますよ。

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2016年4月14日木曜日

出会いは行きつけから

ただいまコンサートのプロモーション活動をしていまして、
地元をうろうろしています。
いつもの農家さんへ行ったり、
行きつけの美容院へ行ったり、
ギャラリーへ行ったり・・・

ここで何がものを言うかというと、
それまでどれぐらいそこへ通ったか、です。
農家もギャラリーも5年以上前から行っていますし、
美容院は3年ぐらいでしょうか。

残念ながら行きつけのカフェと飲食店はありません。
本当はあったほうがいいです。

何か物語が始まるとしたら、
それは行きつけの場です。
ドラマや映画を見てもおわかりだと思いますが、
1回きり行ったところ、
会った人との間にドラマは生まれません。

例えば旅行先で会話した人、
講習会で1度しゃべった人、
飛行機で隣になってしゃべった人とは、
物語が始まらない。
ドラマにしたかったら、
何回か会う、通うをしなければいけないです。

そうしてくると、
自分の住んでいるエリアで物語が生まれます。
歩いて行ける範囲の地元をうろうろしていて、
いろいろな人と会ってしゃべっているうちに、
なんかドラマみたいと、自分で思いました。
大体のドラマはほとんどの出来事が近所で起こるでしょう?
街ですれ違ったり、
入ったカフェでばったり出会ったりとか。
そのためにも、いつも同じところへいなければならない。

わたしのところにも、出会いがないという相談がよくきます。
そういった方のお話を伺うと、
仕事場以外、とくだん通っているところはない。
行きつけの店もない、
サークル活動に参加しているわけでもない。
とすると、当たり前だけれども、
ドラマは始まりません。

こういった行きつけを作るとき、
スーパーやチェーン店はだめです。
個人的なおしゃべりをしないから。
行きつけのスタバとか、意味ないです。
無駄にだらだらしゃべれるところがよい。
自分の住んでいるエリアが好きじゃなかったら、
好きなエリアでそういうところを数か所作ればいいのです。
そうすれば、出会いはあります。

どこで何がどうつながるか、誰にもわかりません。
まずは自分で動いてみること。
そうしないことには、何も始まりません。

ちなみに、私が行く農家はセレブ農家ですから。ベンツに初心者マーク、
御向かいの親戚のおうちにはポルシェですからね。
先入観を持ってはいけません。


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2016年4月12日火曜日

スポーツウエアを取り入れるとき

また、プーマのお店を見てきましたけれども、
知らない間にいろいろなデザイナーとのコラボレーションがあって、
しかもそれはスポーツマンにはほとんど興味なさそうなものばかりなので、
結果的に売れ残って、3分の1ぐらいの価格になっています。
こういうものをうまく取り入れていくと、
機能的かつおしゃれで、ちょうどよいです。
別にラグジュアリーなスポーツウエアを買う必要はありません。
(一番新しいのはリアーナがデザインしたコレクション。
これは相当かっこいい)

で、それを実際、街着にするときに気をつけることは、
全身スポーツウエア、にしないことです。
本気のスポーツマン、スポーツウーマンはそれでよいですが、
本気じゃない、私みたいな人は、それはしないこと。

ポイントは、例えば全身ジャージー素材、カットソー素材にしないこと。
どこかに固い素材をあわせることです。
また、バッグや靴なども、かっちりしたもののほうが、よりおしゃれに見えます。
もちろん、ジャージにハイヒールはありです。

これをやらないと、
中学生や高校生みたいに見えてしまいます。

あと、太っている人は、ジャージ類はやめたほうがいいかも。
骨っぽい体型の人のほうがスポーツウエアは似合います。

スウェットパンツなんかも、若い人は、無造作に着てスニーカーをあわせてもおしゃれですが、
年が上がるにつれて、
病院から抜け出してきた人に見えるので注意が必要です。

逆にハイブランドとスポーツウエアもおしゃれに見えます。
セリーヌにアディダスのスタンスミスは、フィービーが示したいい例です。

バランスをとるためには、
お互いに遠いものをあわせるのがいいのです。




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2016年4月10日日曜日

空気さえ変わる近場を1つ見つけておく

土曜日は、私が日本のトスカーナと呼んでいる、
松田町の最明寺史跡公園へ。

ここのところ、うちでの仕事が多かったので、
久々のお出かけ。


最も明るい寺を目指して、
多くの花を植えたのでしょうか。



こういう山道が、とてもトスカーナっぽい。

ここは本当に穴場で、人がとても少ないです。
駐車場も少ないですし、徒歩だと、下から2時間ぐらいかかります。

この場所に立ってみて、やっと春が来たのだと感慨深く思いました。

試練は次から次へとやってきますから、
たまにはこういうところへきて、
しばし下界のよしなしごとを忘れるのも必要ですね。

皆さんは、どんな4月のスタートでしょうか。
こんなふうに、近場なのに空気さえ変わるようなところを、
どこか見つけておくといいですね。

関係ないですが、
ここへ来るまでの電車の中で、
山ガールの皆さんをたくさん見ましたが、
派手な色合いの子のほうが断然かわいいです。
山の中で迷子になったとき、
見つけてもらうためにも、派手な色を着たほうがよいです。
山になじみすぎる色だと、なかなか見つけてもらえませんからね。


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☆5月5日子どもの日、シェイクスピア没後400年 コンサート「Heroines-シェイクスピアのヒロイン達-」のお知らせはこちら
HPはこちら。シェイクスピアその他に関するコラムを地味に更新しています。見てね

2016年4月9日土曜日

ボーダーのママとチェックのパパ


今日はちょっと街へ出たのですが、
ボーダーのママとチェックのパパ、
チェックのママとボーダーのパパ、
ボーダー子どもとチェックのパパ、
これらの組み合わせが多かったです。
あるときこの法則に気づいたら、
すれ違う人、すれ違う人、
この組み合わせで、
なんだか面白かった。
誰かがこの組み合わせのペアを提案したのでしょうか。

ただ、多いということは、区別がつきにくい。
また、並ぶと差が出やすいということです。
パパの場合は、みんな同じだと、体格の差、脚の長さの差など、比較されます。
当たり前ですが、脚が長く、体型がいい人のほうが格好いいです。

同じというのは安心かもしれませんが、
比較されやすいのでご注意を。
比較されたくなかったら、同じ格好をしないことです。


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2016年4月8日金曜日

成長は階段のように


成長というものは、なだらかな坂道のようではなく、
階段のようです。
一段ずつ上がっていって、フラットな場に出られたら、
そこは階段の終わりではなく、踊り場。
確かにそこではひと息つけて、前よりも楽です。
けれども、進むためには、また次の踊り場へ向かう階段が出現します。
成長とは、この繰り返し。
残念ながら、終わりはありません。

よく山にお寺さんがあって、
長い階段をのぼっていった先にやっとついたと思ったら、
その先に奥の院があったみたいな、そんな感じ。
どこまで高くのぼってもつきません。

人生はそれを面白いと思うか思わないか、
またはその階段を上る道を選ぶか選ばないか、
の差だと思います。
どちらでも選べます。

きのうふと思ったのは、
世の中には、この階段の入口までのテクニックについては広く教えられているけれども、
その先どうしたらいいかについては驚くほど少ないな、ということです。
例えば大学に入るための受験勉強。
例えば、結婚するための活動の仕方。
けれども、大学に入ってからの勉強の仕方、
結婚してからの維持の仕方については、多くを語られてはいません。
入ってしまえば、
してしまえば、それでいいと思われている。
実際はその先のほうが長いのに。

結局、そんなの教えてもお金にならない、からなのでしょうか。

だから、成長の問題も置いてけぼりです。
そして私が常々感じる差とは、まさにその差です。
入口の差ではなくて、
その先の階段をどこまでのぼっているか、
どうやってのぼっているかの差。

入口ばかり問われる社会ですし、入口ばかりを気にする人たちも多いです。
どこの大学を出たのか、結婚しているのかしていないのか。
けれども、本当はそこにはそんなに差はない。
その差の開きのほうが、実は大きい。
しかもその差は、年齢とは比例しません。

入口に固執している人たちは、
実は、人生の責任を放棄しているのだなと思います。
なぜなら、自力で階段をのぼろうとはしないから。

そんなことを考えつつ、
そろそろ桜も終わりそうです。


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2016年4月7日木曜日

春の色と人の色

今日は大雨なんですけれども、
きのうはやっと晴れたので、
あいた時間、近所へ散歩。
この黄色と黄緑の色合いがたまらない。
自然の中に存在する色に学ぶところは大きいです。

そのままいつもの桜の名所へ。

ちょうど散り始めたところで、
風が吹くと桜吹雪が。

帰り道、桜見物の人々を観察。
平日の昼間なので、お年寄りが多いのですが、
グレー、グレー、黒、ベージュみたいな色合い。
それが男も女もです。
これは、選ぶほうというよりも、作って売っている側の問題ですよね。
年をとった人にはこんな色合いの服しか似合わないと信じているからでしょ?

ここで与謝野晶子のうたを思い出します。
「清水へ祇園をよぎる桜月夜 今宵会う人みな美しき」

祇園でもないし、桜月夜でもないけれども、
桜の木の下で、みな美しきではなくなってしまいました、いつのまにやら。

年をとって、あなたの年にはこんな色がお似合いですと言われたとしても、
断固拒否します。
何色を着るかなんて、
自分で決めますわ。


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2016年4月6日水曜日

通勤着は悩ましいことでしょう

もうここ数年でしょうか。
わたしのところに来るクライアントさんも、
いわゆる普通の会社の正社員、みたいな方は少なくて、
「正社員のわたしが会社に行くときの服」については、
ほとんど考えたことがありません。

けれども、だからといって、
皆さんが仕事をしていないわけではなく、
しかも、自由業、自営業ではないとしたら、
何かしら、そこには見えない、書いていないルールがあるわけで、
そのローカル・ルールにのっとった服装をしていかなければならないと、
思うわけです。
まあ、ありていに言ってしまえば、
「きちんとしていて、仕事をする感じ」ぐらいなものでしょうか。

けれども、この「きちんとしていて、仕事をする感じ」の
正社員じゃない人などいう服装は、
正直、よくわかりません。

しかも聞くところによると、
もう、仕事場はふだん着と仕事着の境目がなくなっているそうで、
とりあえず、キャミソールと短パンじゃなければいいレベル、
みたいな話をよく聞きます。

それでもなお、
仕事は始まる、行かねばならない、
じゃあどうするの?
ということです。

とりあえず、言えることは、
生地の質感をそこで働いている男性とあわせること、
でしょうか。
そこで働く男性が皆スーツなら、
隣にカットソーのワンピースの女性はおかしいです。
けれども、上司や同僚の男性が、皆、ポロシャツにチノパンなら、
こちらも、Tシャツにチノパン、もしかしてジーンズでもいいでしょう。
やわらかい服なのか、
かたい服なのか、ということです。
作業着には作業着を、
スーツには、セットアップを、ということです。
そこらへん、押さえればよいと思います。
あとはそこの仕事場のローカル・ルールに従うこと。
お金をかける必要もないと思います。普通の身分なら。

それにしても、難しいですね。
それプラス、都会と地方とか、かかわってきますから。
先日、お話をうかがったところによると、
地方の派遣社員さんの服は、ほぼ、「しまむら」で調達、
という話も聞きました。
そうなりますよね、このご時世では。
めげずに頑張っていきましょう。


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2016年4月5日火曜日

今じゃないとだめなものもある

去年からやめるという噂が出ていましたが、
エディ・スリマンがサンローランを去ります。
(後任はヴェルサスにいたベルギー人のアンソニー・ヴァカレロさんだそうです)
初めて、エディのサンローランを試着してみたときの衝撃が忘れられません。
きっといつか買うからね、と心の中で誓ったのに、
結局、買わずじまいに・・・
ああ、またか!
(もちろん、まだ買えるから、可能性がなくなったわけじゃありませんけど。
買わなかったのは、金銭的な理由ね。それだけね)

このところ、クリストフ・ルメール、アルベール・エルバス、
それからアレキサンダー・ワンと、どんどんデザイナーがかわっていきます。
エディ・スリマンもたった4年!大学と同じ!

そのときじゃないと、だめなものってあるんです。
今じゃないとだめなもの。
明日とか、来年とかない。

なぜなら進化するから。
そして目的を遂行するために、方法が変わるから。

目的は変わらない、
だけれども、方法は変わっていきます。
ずっと同じということはありません。
変化を受け入れるということのほうが、
実は筋が一本通っています。

人生の停滞は、変化を拒否することから生まれます。
仕事にしても、人間関係にしても、
変わってしまっているのに認めない、
それはむしろ退化です。
現状維持という退化。

面白いことに、人生は、変化を受け入れなくても進んでいきます。
そのまま、年をとるだけで。
それは自分で選択できます。

デザイナーの交代劇は、
彼らの変化のため、ではないかもしれません。
でも結果的に、変化せざるを得ない状況が待っています。
同じことを続けていたら、クリエイティブではありません。

いつでも今だけと思って、
もう来年はないと思って、
そうやっていかないと、
もう出会えない、
見られない。

私もワークショップをやるときに、
よく、またやる予定はありますかと聞かれますが、
つぎの予定なんて、ありません。
やるかもしれない、もうこれで終わりかもしれない。
もっと言えば、今の活動だってそうです。
ずっと続けますとは、宣言していません。

時には選ぶために何かや誰かと戦う必要もあるかもしれません。
そのために誰かに批判されるかもしれない。
けれども、何かに縛られて、自分の気持ちに嘘をつき続けるよりも、
そのほうがずっと一本筋が通っています。

そんなことを考える、4月第一週です。

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2016年4月4日月曜日

課題をくれた皆さん、ありがとう

キネシオロジーのセッションを始めてから、
次々にいろいろな人が私に新たな課題を持ってきてくれて、
そのたびに私は、なぜ私に?と思いつつも、
その課題について調べ、学び、新たな技を開発して、
などとやってきました。

よくこういうセッションをしている人たちのあいだでは、
「自分と同じ問題を抱えている人がくる」などと言うのですが、
そんなことはありません。
それは医者を見ればわかること。
医者はすべての病気を経験しているわけではないけれど、
いろいろな症状の方がやってきます。
それと同じ。
私とは全く関係のなかったこと、
全く知らなかった世界の問題を持参して、
皆さん、やってきてくれます。

しかし、今になって思いますが、
そのおかげで私の幅が広がったのです。
いつもいい方法はないか、考え続けてきたからこそ、
新しくいろいろな方法を思いついたのです。
結局は、すべて私のためになっているのです。

この1年は、恋愛、結婚、パートナーシップなどなど、
私が今まであんまり考えていない分野について、
いろいろ本を読んだり、ワークショップに参加したりして学びました。
これだって、今までの私だったら、こんな本、読むわけないと一蹴していたもの。
でも、読みましたよ。
だって、必要だし、知りたかったから。
で、とても勉強になりました。
新しい学びも始めたし・・・

そして今、このテーマについてはひと息ついているところです。
ということは、次なるテーマがくるのでしょうか?

いつもよくわからないテーマが来ると、
そんなの私には無理、
知らない、わからないと思ってきましたが、
そんなことはなかった。
やってみたらできた。
やってみればいいだけ。

4月の最初の月曜日。
多くの人が新しい課題に取り組むことになるだろうと思います。
やらないよりはやる人生を選ぶべき。
私はそう思います。


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2016年4月3日日曜日

お花見の季節は

長いあいだ、リラックスしてお花見をすることができませんでした。
4月は、私にとって吐き気を催す月。
学校もそうだったけれども、
仕事についてからはもっとひどくて、
特にアパレル業界にいたときには、
昼休み、外に出たとき、桜を見るたびにひどく悲しく思えたのを覚えています。
なぜなら、その当時も朝早くから夜遅くまで会社に拘束され、
お花見などできませんでしたから・・・

その後も、4月は吐き気の時期が長く続き、
毎日リラックスして過ごせるようになったのは、
ほんと、ここ3年ぐらい。

正確に言えば、
今年が最もリラックスできているかもしれません。
去年は、税務署に呼ばれたりして、
質問したとある税理士から、税金滞納で600万請求されるとおどされ、
食べ物も喉が通らない日が続きましたから・・・
(実際、これは大嘘で、何も請求されませんでした。
なぜこんな脅しをしたのかは不明。依頼されると思ったのかしら?)

その他、リラックスしていない分野もいろいろありましたが、
徐々に減ってきて、
やっと今ごろになって、朝起きても恐怖を感じなくなりました。

私の場合、ストレスと恐怖が原因で
いろいろ病気になってきたと思います。

恐怖のほとんどは仕事に関するものです。
誰かから奪ってやろうとする人たち、
それは健康までも含めてすべてを、
そういう人たちがいます。
何かを与えたり、奉仕するのではなく、
誰かから何かを奪うことを仕事としている人たちが、現実にいることを、
私は知っています。
そういう人たちから離れられたことが何よりうれしい。

お金の価値よりも、
時間のほうに価値があります。
恐怖を感じないですむ時間があってこそ、
お花見も楽しめるものです。

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2016年4月2日土曜日

「中年以降は明るい色の服」とは

「中年以降は明るい色の服」をと、
ガーデンデザイナーで、今は洋服のデザインもしている吉谷桂子さんはおっしゃっています。
吉谷さんの言う中年以降は、たぶん50歳過ぎぐらい。

日本においては、ここら辺になると、
おしゃれな人はハイブランドへ、
服装はどうでもいい人はユニクロへ、
その他、たまにデパートで買う中間地帯みたいな感じでしょうか。

またここら辺になると、
体型の問題も個人差が大きいので、
体型で選ぶという場合も出てくるでしょう。

で、明るい色問題です。
これも、シーンによるとは思います。

よく例に出しますが、
確かに政治家の女性は明るい色のスーツを着ています。妙なピンクとか赤とか。
でもあれに憧れる人は余りいないでしょう。
あれは目立つための明るい色。
素敵というよりは、「やり手ばばあ」に見えます。
だから、お固い仕事で、朝から晩までピンクのスーツというのも、
それはそれで何か違う感じがします。

でも例えば、
ホテルのロビーとか、
デパートでのお買い物、
映画鑑賞、美術館、コンサート、
高級なレストランへ行くなどの場合、
明るい色がいいと、私も思います。

吉谷さんがよく例に出しているのは、
例えば、外国でレストランへ入るとき、
明るい色の服を着ていると、
いい席に通されるということ。
たぶんこれは、レストランの人が、そのお店の眺めとして、
きれいな色がそこにあったほうがいいと判断したからでしょう。
絵を描くときのように、
ここに年配の黒い集団がいるよりも、
明るい色の集団を置いたほうがいいと思ったから。

そんなふうに視点を少し引けばいいのです。
絵にしたときにどう見えるか。
写真のフレームに入れたときにどう見えるか。

そういう意味では、
黒や紺、グレーが似合うシーンだってあります。
まじめな会議のプレゼンでピンクや赤のスーツがおかしいということは、
普通に考えればわかります。

私も、もう若くはならないので、
最近だんだん明るい色にシフトしてきていますが、
それでもやっぱり紺色の安心感は捨てがたい。
例えば弁護士事務所へ行くときや、税務署へ行くときは、
紺色のジャケットを羽織ります。

年齢だけで考えず、+シーンで考えること。
いつでも少し引いた視線を持っていれば、
いつどういうところでどういう格好をすればいいのか、
見えてくると思います。


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2016年4月1日金曜日

続けなかったもの

続けろ、続けろと書いていますが、
私が意図的に続けなかったものもあります。
それは、私が続けなくてもよいと判断した人間関係です。

そろそろコンサートまであと1カ月のところまできたので、
チケットをどうやって売ろうか、
いろいろ考えています。
このブログ、そこそこアクセス数はありますが、
例えば外国からのアクセスが1割以上あったりして、
地域という意味では広がっています。
湘南ローカルで何かをしようとした場合、
これは不利な条件です。
ですから、ブログからそう多くチケットは売れないだろうとは、
最初からわかっていたこと。
ではどうするか。

私が住んでいるエリアの何か所かにチラシを置いてもらっているのですが、
このエリア、だめなのです。
はっきり言って、文化的なものに興味がある人は少ない。
チラシを置いてもらった後、どうですかと尋ねてみましたが、
手に取る人さえいないそうで、
まあこれも予想したとおり。

それできのう何かないか考えていたところ、
そういえば、演劇部は?などと思いついてみて、
当時、副部長だった彼女が今、茅ヶ崎にいるらしく、
しかも何かの講師ということは知っていたので、
ちょっと検索して、お教室の案内とブログを見つけました。

で、今、どんな活動をしているのだろうかと、
そのブログをちょっと見始めたのですが、
内容は、
酒、肉、仕事、寿司、お出かけ、酒、ウナギ、酒、寿司、肉、お出かけ、中華、フランス料理、仕事、酒、犬、酒、肉、寿司みたいな感じの画像ばかりが続くブログでした。
その中にローラ・アシュレーに売っていそうな少女っぽい服装の自撮りの彼女が都度出てきて、
それを見ているうちに、めまいがしてきました。
どうやら、もはや演劇も芸術も何も関係ないみたい。映画は1本ぐらい出てきたか、それでも。
フェイスブックのページも出てきたのですが、
経歴のところ、短大卒なのに、○○短期大学の「短期」を抜いて記載していて、
その時点で、この人、誘うのやめようと思いました。

私は彼女とは確か30歳ぐらいのとき以来、会っていません。
仕事の話でだまされたので、会うと危険と判断したから。

このブログを見て、
ああ、この人とはいずれにせよ、長くは付き合えなかったなと思いました。
そういえば、もう一人、これは大学のときの同じクラブの友達と付き合えなくなったのも、
会うたびにコーヒー1杯1000円のカフェへ行き、
いっしょに食事をすると、必ず7000円ぐらいかかるところへ連れていかれ、
半日いっしょにいただけで1万円かかることが続いたとき、
ああ、もうこの人に付き合えないと思ったのが理由でした。

もちろん、向こうでも私とは付き合えないと思っていることでしょう。
それはお互い様。
成長の速度や方向性が余りにも違うので、いっしょにいるのはきついです。

人は変わるし、
成長の速度も違う。
前とずっと同じということもない。
前とは別人みたいになる人もいます。
だとしたら、その別人と、無理して付き合うこともないと、
私は思います。

意図的に続けないものがあってもいいのです。
だって、前と違うから。
それは仕方のないことです。

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