2016年12月31日土曜日

今年も1年どうもありがとうございました。

さて、2016年最後の日となりました。
今年も1年、どうもありがとうございました。

私は自営業なので、
自分の仕事を好きなようにデザインできます。
そのため、今年もいろいろなことに着手し、
変化に富んだ1年を過ごすことができました。

5月まではシェイクスピアを勉強し直し、
せりふを覚え、発表のためにいろいろ動きましたし、
後半は、セッションのメニューを変えてみたり、
WEB媒体の連載も始まったりして、
あわただしく過ごしました。

こうやってやってこれたのも、
ひとえに皆様がお付き合いしてくれたおかげです。
ありがとうございました。

来年は今年以上に新しい展開があって、
活動内容もどんどん変わると推測されますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

いずれにしても、
基本、ローカルを中心に動きたいという意思は変わらないので、
引き続き、ふるうつらんど井上さん、
そして来年はたぶん、現代美術のギャラリーである湘南くじら館さんもお借りして、
やることになると思います。
どうぞ皆様、湘南エリアへいらしてくださいませ。

さて、
当初は年末でブログを削除する予定でしたが、
次の媒体作成にまだ何も着手しておりません。
削除はもうちょっと先になります。
1月はちょっと時間ができそうなので、
1月中にはブログをお引っ越ししたいと思います。
予約メールの受付については、1月1日から4日までお休みをいたします。

本当に今年はどうもありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いいたします。

小林

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2016年12月30日金曜日

12月30日の思い出


多くの企業がもうお休みに入ったころでしょうか。
けれども、宅配業者や商店の方など流通や、
もちろん交通の方もまだまだお仕事をされていますよね。

さて、私がいたブラックアパレル一部上場企業ですが、
12月30日の21時まで仕事をさせられました。
この会社、残業代を全く支払わないので、
際限なく何時までもいさせるのです。
ついでに、18時以降は冷暖房を切っていました。
もちろんないことになっているので、晩御飯のための休憩なんてありません。
(ただ、会社がいさせるというよりは、
居残りさせたのは上司なんですよね。
全部、女性でした。しかも30ぐらいのね。
それから、晩御飯のための休憩はないのに、夜22時とかまで拘束されるので、
私はよく四谷の駅のホームでグリコのアーモンドキャラメルを晩御飯がわりに食べていました)

さて、意味なく12月30日の21時まで残された私と、
仲良くしていた友達2人は、
このうっぷんを晴らすため、どこかへ行こうということになりました。
しかし、30日の21時過ぎ、たいしたところはやっていません。

そうしたらそのうちの誰かが、
「そうだ、銀座にいる銀座の教授という手相見のおじさんのところへ行こう」と、
提案しました。
何でも銀座の教文館の前のところに銀座の教授というおじさんがいて、
毎日、何十人も並んでいるというのです。
30日だし、そんなに人がいないんじゃないの?ということで、
私たちは、そのブラック企業がある四谷から、
銀座へと向かいました。
(四谷にある大手アパレル企業は1社だけなので、たぶんおわかりになると思います。
上智の近くです)

銀座の教文館前に着いてみると、
並んでいるのは10人ぐらい、これなら待っても1時間弱だねということで、
私たちはそこで並ぶことにしました。
でも今考えたら、これって、21時過ぎなんですよね。しかも晩御飯を食べていないんです。
12月30日の寒空の下、こんな時間に並ぶなんて、
20代じゃないとできませんね。

40分ほど待ったでしょうか。
私の番が来ました。
銀座の教授は私の掌を見るなりこう言いました。
「○が売れるよ」
「でも、私、○は売ってないんですけれども。ファッションやってるんですけど!」
「いや、でも、○が売れるんだよ」
「○なんてかつて売ったこともないし、売る予定もないし」
「まあ、いつかそうなるから」
 そんなことをささっと言われて、年末の手相観はあっけなく終了しました。

あれから何年もたちましたが、
いまだに○を売ったことがないので、売れたという事実はありません。
まあ、売ろうとしたことがないので、売れるわけありませんが・・・

で、私がやっとのことでこのアパレルブラック企業を辞められたのは、
次の年の10月になります。
辞めたいと言っても辞めさせてくれなかったので、
結婚退職と嘘を言って、1年、結婚退職のための演技をしてやっと辞められました。
しかし、その後1年ぐらいは、廃人のようになって、
家で寝ている日々でした。

さて、今年もあと2日、最後まで頑張ります。

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2016年12月29日木曜日

年について考える

きのう、岸恵子さんの文章を読みました。
岸恵子さんは今84歳。
84歳でまだ舞台をされているなんて、驚愕です。
舞台って、めちゃくちゃ疲れるのです。

で、岸さんいわく、
「50歳代はまだまだ若く、女盛り」なんだそうです。
確かに84歳から見れば、50代は若い。

そこで年齢ってなんなんだろうと、
私も考えてみました。

セッションをしているとわかることですが、
大体40歳ぐらいを境に、
人の年齢は、実年齢より若い人と、
実年齢より老けている人に分かれるようです。

ボディワークをやっている人たちがよく言っているように、
老ける1つの原因は煙草と酒、そして美食です。
もちろんカロリー過多も。
こういう食生活の人は老けてきます。

では、若く見える方の特徴は何かというと、
これは多岐にわたる努力です。
それは肉体を鍛えるということもあるだろうし、
食生活のコントロールもあるだろうし、
それだけではなく仕事のためにとか、
何かを成し遂げるために情熱を持ってやる努力とか、
いろいろあります。
これができていると、人は若く見えます。
10歳ぐらいは平気で年齢より下に見えます。

人生とは選択ですから、
これはどちらを選んでもいいのですよ。
好きなものを好きなだけ食べて、運動もせず、何の努力をせず生活するもよし、
努力の道を選ぶもよし。
神様は、どちらでも選ばせてくれるのです。
選ばせてくれる、だけれども、結果は甘んじて受けよ、ということです。

岸恵子さんは努力の道を選んだ方です。
だから、84歳でまだ舞台に立つことができます。

「やりたくないんですけれども、やらないでいいのですか?」と聞かれたら、
それは自分で決めてくださいと答えるでしょう。
ただし、そのリスクと結果も自分で引き受けてね。

結論は、
努力しなければ若くいられることはできない、
しない道を選ぶなら、老けるけれども、それを受け入れてください。
ということになるでしょう。


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2016年12月28日水曜日

本を買うのか、課金システムなのか

最近、課金システムのサイトがふえてきました。
ちょっとしたエッセイなんかが
最初の3分1ぐらい公開されていて、
あとはお金を払わないと読めないシステムです。
気づけば、あそこもここもというように、
途中でこれ以上はお金を払わなければ入れません、
というところが多くなってきました。

以前、こういったシステムを利用していたのは占いサイトで、
自分の生年月日なんかを入れると、
途中まで教えてくれて、
その後は3000円なり何なりを要求されました。
それは個人に向けた内容なので、
そこは多くの人が納得できたと思います。

で、この課金システム、
どれぐらいうまくいっているかわかりませんが、
とりあえず、私は何も入っていません。
このぽろぽろ毎月お金が落ちていくシステムが嫌いなので、
だったら本や雑誌を買ったほうがよいです。

いろいろ節約している時代、
削らなかったのは図書費です。
まあ、自営業なので、経費に計上できるという点もありましたけれども、
大体月1万円は使っていました。
図書館で毎週本を借りていましたけれども、
雑誌や新刊については、図書館では借りれませんので、
そんな図書館にないものを買っていました。

で、一度メニエールの発作が起きたとき、
めまいがひどくて、本を読むどころではなくなったので、
毎週の図書館通いも、本屋通いもやめていて、
結構その時期が長かったのですけれども、
また最近、本をよく買うようになりました。
(そうそう、自分のおしゃれブログを読み直して、
2010年あたりの記事は自分でもやけに短いなと思ったのですが、
これは、まだ目がスクロールに弱くて、くらくらしてしまうので、
たくさん文章を書けなかったからなのですよね。忘れてましたが)

さて、課金システムに戻りますが、
なぜあれにお金を払う気がしないかというと、
払ってみても、本になるほどの文章であるものが、
皆無ではないですが、少ないと推測できるからです。
それぐらいだったら、私は本として買ったほうがよいと考えます。

ネットの文章イコール悪いという単純な方程式は成り立ちませんし、
無料で提供しているところにもいいものがたくさんあります。
それは今さら否定できません。
ただ、この課金システムは、何だか中途半端だと思うのです。
そんなものを頼むなら、
イギリスから雑誌を買ったりするほうが面白い。
昔は、Garden Illustratedという雑誌を買っていました。

現在の課金システムにあるような内容に、
私はコミットメントできない、毎月好きな雑誌を買うようには。
なぜなら、そこまで力が入っていない感じがするから。
というのが理由です。

片や、まとめサイトに勝手に持っていかれ、そこで商売をされ、
片や、課金サイトでお金を請求される。
ネットがいまや、いろいろな形で搾取するシステムとなっているわけね。

あとこれはちょっと違いますが、
雑誌をパソコンの画面で見るのが苦手です。
小さすぎる。
やっぱり紙がいいなあ。
文章だけの本はいいけれども、雑誌は無理です。
そんなわけで、今年の年末、部屋の至るところに本と雑誌の山ができています。
片付けねば・・・


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2016年12月27日火曜日

ギャップに気をつけて

ロンドンで地下鉄に乗ると、
「ギャップに気をつけて!」というアナウンスがありますが、
まさにそのとおりです。

最近、私は「夢」という言葉を使わないで、
「到達可能な未来の目標」などというふうに言っています。
「夢」という言葉を使ってしまうと、
皆さん、とんでもないことを言いだすからです。
それがどれくらいかというと、

山に登ったことがないのにヒマラヤ登山をしたいと言う、
運動もしていないのに、目標はオリンピックに出ることと言う、
天才でも努力家でもないのに、東大に受かりたいと言う、
比喩にすると、こんな感じです。

いろいろな比喩を使ってみたのですが、
天才でも努力家でもないのに東大に受かるのか?と質問すると、
それは受からないだろうと、やっとわかるようです。

で、たぶん受験生で、こういう悩みを先生に相談したら、
ではこれから猛勉強しなさいというお答えしか返ってこないだろうと思います。
けれども、私のところへいらっしゃる方は、
勉強をする予定はない、とおっしゃるのです。
正直、天才でもない、努力もしてこなかった、そして勉強もしないで、
東大に受かる方法が、私にはわかりません。

ファッション・レッスンの際、
ここへきて多かったのが、
実際のご自分のワードローブはどう見ても、
○二クロと○まむら、よくてショッピングモールのショップで買ったものなのに、
なりたいのが全部「クロエ」だったりする場合。
で、そんなにお金があるのかというと、そうではない。
そのほか、それは到達不可能だというようなケースとしては、
なりたい写真が全部アンジェリーナ・ジョリーだったり、
最も衝撃的だったのは、なりたいイメージが全部、人種も性別も超えたものだった方。
それをどうやったらなれるのか聞かれても、
正直、私もわかりません。
いまだにどうやったら、日本人女性がフランス人イケメンモデルみたいになれるのか、
わからない。
私も教えてほしいぐらいです。

で、私が知っているギャップを埋める方法は、
一歩一歩積み重ねていくことです。
ほかにあるのかもしれません。
明日から、アンジェリーナ・ジョリーみたいになれる方法が、
絶対にないとは言えないかもしれません。
ただ、私がわかるのは、一歩一歩の積み重ねということだけです。

毎日続けることとか、
努力とか、
そんなことになるでしょう。
それが嫌、やりたくないと言われたら、
それは私にはどうしていいかわかりません。
それで天才でもないって言うんでしょう?
お金もないんだよね。
うーむ、わかりません。

あれだね、「飲むだけで痩せる」みたいなものと一緒だと思っているのかもしれませんね。
飲むだけで東大に受かる、みたいなね。


とにかくギャップに注意です。


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2016年12月26日月曜日

人生はドラマ、ドラマとは葛藤

おはようございます。
今朝は寒いです。今年もあと残り1週間となりました。

きのうはクライアントさんと、
今までうちにいらしてくれたクライアントさんたちのたいそうにドラマチックの人生の展開について、
お話ししました。
これ、聞くと本当にすごいのだけれども、
私のことではないので、ここに書くわけにはいきません。
(あ、私もいろいろありますけれども、
どちらかというと、目が点になる話題ばかりでして。
例えば親に、「明日、入院費用の45万の支払いをやっておいて」と言われて大パニックになった話とか)

で、これは5月のシェイクスピアのコンサートでも言った言葉ですが、
「ドラマとは、葛藤です」。
葛藤がないとドラマではないのですね。
ですから、ドラマチックな人生というものには、
葛藤がつきものなのです。
ハッピーだけとかないのです。

きのうは特に結婚と離婚ですごいことになっている皆さんのお話をしていて、
結婚もかなりドラマチックだなと、
つまり葛藤があるなと思った次第です。
変な言い方ですが、
結婚した瞬間に離婚の可能性が生まれるわけでして、
それはお互いいつやってくるかわからないのです。
私はこの3年ぐらい、劇的離婚の方たちをたくさん見ていたので、
みんな、すごいな~という思いでいました。
(知っている人だけで5人離婚しています)

で、離婚したからには、次の可能性が生まれてくるわけで、
離婚してすぐ次の可能性へ行った方も知っています。
それもまた人生の展開が早くてすごいのです。

すごいばかりで申し訳ないのですが、
ここでご報告するわけにはいきません。
でも、本当にすごくて、テレビドラマ以上のことが現実に起こっています。

それら皆さんに共通するのは、行動したから、ですよね。
動いたから、すごいことが次々起こっていきました。

行動することには失敗も成功もないのだと思います。
離婚は失敗ではありません。
だって、次の素晴らしい出会いがセットだったのですから。
ただ、動かなかったら、そういった出来事も起こらなかったでしょう。

人生はつくづく、動くか、動かないかの選択だと思います。


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2016年12月25日日曜日

クオリティ・オブ・ライフ

アパレル一部上場ブラック企業で死にそうになったとき、
この後の人生をどう過ごしたいかについて、
さんざん考えました。
そのときに考えたのは、最も大事なのは時間、という答えでした。
とにかく長時間労働は嫌でしたので、
そのような働き方だけは絶対にしない。
またそれを最も人生の優先事項にするために、
お金の使い方の優先順位をはっきりさせ、
削るところは削る、使うところは使う、
としました。

その結果、削ると決めたのが被服費と外食費、
それから美術展や舞台を見るお金でした。

もちろんその前に、
多くの人と同じような価値観で生きていたら幸せを感じることはできないので、
それには惑わされないようにしました。
価値観を全とっかえしないと、これはできません。
(その惑わされないようにした結果とも言えるのですが、
私にとってクリスマスはクリスチャンのための行事の意味なので、
私はクリスチャンではないので特別何もしませんし、だからといって、何とも思いません)

その結果、年間の予算をきっちり立て、
それにのっとってお金を使いました。
お金をかけないでどうやっておしゃれするかもすごく考えていたので、
その間、たいしたものは着ていませんでしたが、
帽子を作ったりなんかして(その帽子は今でもかぶっています)、
やり方がわかってしまえば、それでどうにかなりました。

また、日本で美術展や舞台を見るお金を最低限にして、
行けるときは海外に行き、そこでまとめて絵やら、舞台やらを見ました。
(私の計算だと、毎月ぽろぽろと使うより、それをまとめて海外旅行するほうが安い
という結果でした。それは本当にそうです)

お金をかけないで自分で工夫し、生活の質を維持するというこの試みのおかげで、
いろいろな能力を得ることができました。
例えば、誰かをおもてなしする際に、前菜、メイン、シフォンケーキとタルトも作れるとか。
家の壁のペンキ塗りもできるとか。

多くのことはお金で解決できますが、
それではその人の実力にはなりません。
ケーキをいつも買っていたら、ケーキを作れるようにはなれない。
不便とか、お金がないとかは、
これらの能力を身につける絶好のチャンスとなります。

人生の質は、つまるところ、時間の使い方のことでしょう。
そして、それを何に使うか、自分で決められること。

今年もあと1週間。
ぎりぎりまで頑張ります。

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2016年12月24日土曜日

心理学、そして脇役人生

おしゃれについて考えるとき、
おしゃれに見えるとか、おしゃれと感じるって、
一体何なんだろうとつきつめて考えていくと、
結局、それって、心理学や脳の癖の話じゃないの?
というところにたどりつきます。

いつも同じものを見ていると飽きるというのは、
何が飽きるかといったら、脳が飽きる。
人間の脳はそういうふうになっています。

同様に、
私がいつもいつも自分でできるように、
自分でコントロールするようにしろと言っているその理由は、
他人からの強制は脳の負荷になり、ストレスとして感じるからです。
なぜストレスがよくないかというと、
最高の自分を発揮できないから。
今ふうの言い方だと、100パーセントのパフォーマンスをできないから。
それは人間としてのいい状態ではありません。
こういう話は心理学やら、脳科学の話を読むと、
必ず出てきます。


似合うと言われたからといって、
その色が好きじゃないなら着なくていい、その理由は、
その人の能力がそれでは発揮できないからです。
似合うと誰かに言われたから、着たくない色を着て、
試験や面接に落ちたのでは意味がないでしょう?
極端な例で考えると、
ユニフォームの色が大嫌いだったがために、
世界記録が出ないかもしれないわけ。
だったら、いくらその色が似合うと誰かが言ったとしても、
好きな色を着て世界記録を出すほうをとろうよ、という、
そういうことです。
何を優先するかということ。
だから、その言ってくれた誰かから、似合っていると思われたいということが、
人生の最優先事項だったら、それでいいわけです、たとえ試験や面接に落ちたとしても。
そういう人がいればの話だけれども。

日本人で多いのは、
誰かから認められたいという気持ち。
だから、誰かにこの色が似合うと言われたら、それを死守するようにするし、
同時に、他人から変に思われるんじゃないかと気にする。
誰かに認められたいから、なぜかヴィトンのバッグを買い、
一粒ダイヤモンドのペンダントをする。
けれども、そんなことをしたって、本当のところ、認められるわけじゃない。
もうその辺のことは気づいているのでは?

他人にどう思われるかを最優先に生きるとしたら、
それは脇役人生です。
それでもいいなら、どうぞそうしてくださいと、
最近はそう言っています。
邪魔はしません。

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2016年12月23日金曜日

R.I.P. Franca Sozzani


ヴォーグ・イタリアのフランカがお亡くなりになったそうです。
ついこの前までショーの一番前の列に座っていたのに。
そんなにお年ではないはず・・・

本当にいい意味で、
イタリアらしいファッション・センスを持った素晴らしい方でした。
1988年からヴォーグ・イタリアの編集長だったそうで、
私が持っている1990年ごろのヴォーグも、フランカの時代のもの。
あのころ、一番かっこよかったヴォーグ・イタリア。
ただのファッション誌ではありませんでした。
そうそう、何よりインテリジェントだったのよ。
ただ、きれいなモデルに服を着せていただけじゃなかった。
多様性と、エコロジーとフェミニズム。日本のファッション誌が徹底的に無視してきたものこそ、
フランカの追求したものよね。

ボッティチェルリの絵画から抜け出してきたようなルックスも素敵でした。
(今、ヴォーグの記事を見たら、スージー・メンケスもボッティチェルリみたいって書いていた。
みんな、思っていたのね)

御冥福をお祈りいたします。

☆画像:このイッサが表紙の号のテーマもすごかった。ドメスティック・バイオレンスだそうです。

たどりついた方たち

今年は最初からいろいろな方と一緒にやって、
形にできた方もたくさんいらっしゃいました。
そういった方たちの共通点は、
一歩一歩積み重ねてきたものがある方、ということです。
当たり前なんだけれども、
千里の道も一歩から、です。
歩かないでどこかへたどりつく、などということはありません。

毎分の、毎時間の、毎年の積み重ね。
それは10年以上に及ぶ場合も、もちろんあります。
20年とか、30年は当たり前。
やっている人たちは、皆、知っています。

自信は何かと言われたら、
まさにそれです。
練習した分だけ、行動した分だけ、発表した分だけ自信になる。
何もやらないでいて、私、自信がないんですなんて、
こういう人たちは口が裂けても言いません。

何もやっていないのに、
行動もしないのに、たどりつかないことに憤っている、
そんな傲慢な人は、こういう人たちの中にはいません。

クリスタルの結晶は何万年もかかって形になる。
だから不動のものになります。
他から影響なんてされないし、
ほかをうらやむこともない。

だって、ほかの誰かをうらやむ暇なんてないです。
まだまだ自分を磨くことに一生懸命ですから。
他人のことを気にしている、そんな暇な人じゃありません。
他人の目が気になるなんて、暇なんじゃないの?
もしくは、真剣じゃないか、どちらかでしょう。

来年も、引き続き、こうやって続けてきた結果、たどりついた皆さんと、
いっしょに何かできたらと思います。

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2016年12月22日木曜日

バックは後ろ、または背中

大体、鞄、bagのことを「バック」と表記する一切を、
私は信用しない。
バックはbackであり、背中、または後ろ。
中学で習わなかったの?

今調べたら、バックで、服の裏打ちという意味もあるって。
知らなかったな。
洋服関連で、バックって、表記してあったら、それは裏打ちって意味ですから。

そんな完璧なものはありません。

きのうはクライアントさんと、ループから抜け出せないという話をしていました。

他人にどう思われるか気になる、
気になるからやらない、
やらないから上達、向上しない、
上達しないから、自信もつかない、
自信がないから、他人がどう思うか気になる・・・
そしてこのループから抜け出せないまま、
20年も、30年もたっている。
そして、自分で何かしない限り、
このループの中にいるまま死にそうです。

こういう人たちの特徴は、
完璧とか、間違いがないということをどこかで目指しているということ。
完璧なんて本当はないのに、
そこがぴったり合わないとやらない。
完璧でない自分を自己卑下します。

完璧でない自分を自己卑下する人って、
一見、謙虚なように見えますけれども、
実は違います。
自分に完璧を求める人は、他人にも完璧を求めますから、
滅多なことで他人を認めないし、ほめません。
それは完璧じゃないと思っているから、褒めないのです。

他人を褒めない、認めないと、
他人もその人のことをあえて褒めようとはしません。
その人は他人から認められて自信をつけたいと思っているのですが、
結局、他人からも認められず、自信もつかないのです。

もう本当、ぐるぐる回っちゃって抜け出せない。

そこで最近、やけに多い検索ワードとの関連についてちょっと考えました。
おしゃれブログのほうで、いつも多い検索ワードは、
「何にでも合う靴」「何にでも合うバッグ」「万能のバッグ」「万能の靴」というもの。

どういう意味で「何にでも」という言葉を使っているかまではわかりませんが、
とにかく1つの完璧なものを求めている、ということはわかります。
そして、失敗したくない、ということも。

この検索ワードを書く人たちって、
きっと同じループにはまりこんでいるのだと思います。
自分にも完璧を求めているんでしょう?
失敗したくないんでしょう?
自分を認めないから、他人も認めないんでしょう?

完璧な人間がいないように、
万能の完璧な何にでも合うバッグも靴もありません。
万能の靴って、雨の日も、雪の日も、パーティーでも会社でも、
富士山でも行ける靴ってことでしょう?
そんなものあるわけない。

ないものを探して、永遠に手に入れることができない、
「青い鳥」は家に帰って見つかりました。
自分の家で青い鳥が見つけられないのなら、
外に出たって、それはないのです。


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2016年12月21日水曜日

20年後にきたもの、くるもの

80年代から90年代にかけて、
日本のファッションが世界で認められたあのときが、
今考えれば分岐点だったと思います。

あのとき潤沢な資金が集まってきて、
それをただ立派な店舗や、
デザイナーの遊びに使うのではなくて、
もっと長期的な視点で、その後の日本のファッションの発展のために
人に使っていれば、今、こんなことにはならなかったでしょう。

あのときに経営者である彼ら(それはデザイナー自身の場合もありましたが)が
とった選択は、労働者を消費財として使いきることでした。
取り換え可能な安い消費財として、
そう、まさにTシャツのように使っては、新しいものに取り換えた。
今でも覚えていますけれども、
例えばミシンやら、何かの機械やらは、やたらと大切に扱うんですよね、あの人たち。

その結果、何の技術の進歩も経験の蓄積もなく、
空っぽになったのが、まさに今でしょう。
これでは世界と同等に競えるはずがありません。
かろうじて、生地屋さんが頑張っているぐらいです。

彼らはいろいろなものをバカにしすぎた。
洋服というものを、そして人というものを。

そうやって、人を安く消費財のように使うと、20年後に残るのは衰退と没落です。

それは、20年前のアパレル業界の景色だったのですけれども、
この景色、今や日本のあらゆる産業の至るところで見受けられます。
ということは、放っておくならば、20年後は至るところで衰退と没落が出現します。

この20年、それでもファッションをやりたい人は、外国で教育を受けたり、
キャリアを築くことによって、しのいできました。
そこに行けば、確実にそれはあったから。
けれども、それができなかった人は、もうやっていないと思います、ファッションを仕事として。

今、消費財のように安く使われている人たちは、
どこへ行けばいいでしょうか?
選んだ仕事によってそれぞれだと思いますから、それがないともあるとも言えません。
でも、たぶん、この20年、ファッションを続けたい人が外国へ行ったように、
獲得のために動かなければならないと思います。
それができないのだったら、何もできないという道しか残されていませんから。

その道は誰かが教えてくれるわけではないので、
それぞれが考えるしかないでしょう。


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2016年12月20日火曜日

ファッションだけに突出するということ

日本で、ファッションデザイナーという職業の人の人気が急速に落ちていった原因の1つに、
そのライフスタイルに憧れることができない、ということがあると思います。
朝から晩まで、それは青山や代官山かもしれないけれども、
蛍光灯が輝くオフィスにいるだけの生活は、
もはや憧れることなどできません。
衣食住のうちの衣だけが突出していて、
あとは、高級レストランに行くかもしれないし、
タワーマンションに住んでいるかもしれないけれども、
別段、そうなりたいとも思わないライフスタイル。

インスタグラムが流行って、
その人のライフスタイルが垣間見えるようになったとき、
都会だけ、蛍光灯の下だけ、
毎日、レストランだけというのは、もはや憧れの対象ではありません。
インスタグラムでフォロワーの多い人たちって、
それ以外が必ずあります。
例えば、海や山、お花、それから自分の家での料理と食事。

インスタグラムやフェイスブックが登場して明るみに出たのは、
がつがつ長時間働くだけ、そしてレストランをめぐるだけの毎日に、
大した魅力はない、ということでしょう。
最初は面白く見始めるかもしれないけれども、
途中で飽きてきます。

で、このライフスタイルの貧弱さは、クリエイティビティにも影響を及ぼします。
海外のファッション・デザイナーのライフスタイルは、日本のそれとは全く違います。
人間関係、家、自然、衣服以外の豊かさが必ずある。
なぜかって、それがないといつでも新しく何かを考えだすことができないからです。

ファッションを極めたかったら、
ファッションだけに時間とエネルギーを集中していたらだめだということ。
それはライフスタイルの一部でしかないから、
そこだけというのは、実はとても貧しいということです。
貧しい精神です、それは。

そうやって、差はどんどん広がっていくのです。


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2016年12月19日月曜日

部活(サークル活動)の意味

社会的な立場や頂点をしめすのは、アストロロジーで言ったら、10ハウスとやぎ座です。
山羊は岩山をがしがし登っていきます。
同じように、10ハウスもやぎ座も、ピラミッド構造のてっぺんを目指すことを意味します。
すなわちそれはその人の社会的な看板です。

で、私が呼んでいる部活、またはサークル活動というものは、
この10ハウスを降りたところの11ハウス、または水がめ座の領域です。
どういうことかというと、トップを目指すことが目的ではない、ということ。
社会的な看板でもないし、
何かを獲得するためでもない。
上下関係もない、フラットの組織の中でのネットワークが目的です。

獲得もない、トップも目指さない、つながりがあることが目的、しかもフラットな。
私はそれを部活と呼んでいます。
もちろんサークル活動でもよいです。

この話をするとなぜか、
そんなやり方だったら、編み物好きは集まらないだとか、
儲けが出ないだとか、
達成感があったほうがいいとか、いろいろ言われますけれども、
別にそれはそのとおりだろうし、反論しません。
けれども、それは私のやりたいことではないので、
そうやりたい方は自分でそうしてください。
それが一番いいと思います。
皆さんがご自分でやればよい。
逆に言ったら、そんな素晴らしい意見があるのにどうして自分でやらないのでしょう?
(ちなみに私はこの件に関して誰かに助言を求めていません)

評価されるとかしないとか、
達成するとかしないとか、
お金になるとかならないとか、
そんなことはもうほかのところでさんざんやっているでしょう。
そんなことをわざわざ私がやることはないです。

話は戻りますが、
11ハウスも水がめ座も、天王星と同じ意味です。
それは新しい知恵です。
10ハウス、やぎ座は土星です。
天王星は、土星を超えています。
土星という社会ではもう考えられない世界です。

サークル活動というものは、土星という既成の社会の枠組みでは考えられないことをやるところです。
だからそこに土星的な概念の意見を入れることはできません。
今までいろいろ言われた意見は、どれも土星の概念。
だから、それは要らないの。私、そもそも聞いてないし。

やりたいのは、そして本当に面白いのは、トランスサタニアンの世界ですから。


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2016年12月18日日曜日

渇望感の生まれない食べ物

今日は午前中、ちょっと寒かったのですが、
午後からは日差しも出てきて、
暖かい、よい一日でした。

今日は、ふるうつらんど井上さんで会を開いたのですが、
用意したのは、ふるうつらんど井上さんの野菜とフルーツで作ったサラダ。
内容は、
きたあかり(じゃがいも)、
カリフラワー、
サラダ菜(グリーンとレッド)、
洋ナシ、
イチゴです。

ドレッシングは、
オーガニックのオリーブオイル、
オーガニックの白バルサミコ、
MAILLEのMOUTARDE A L’ANCIENNE AU CHARDONNAY DE BOURGOGNE
塩、こしょう
それと、
Toustain BarvilleのLA MAYONNAISE DE NORMANDS

お野菜が新鮮で、
調味料をいいものを使えば、
これだけで十分おいしい。
これだけで十分満足。
渇望感はありません。

服もそうだけれども、
渇望感が生まれないものをもっと積極的に生活の中に取り入れれば、
ダイエットも要らないから、結果的に痩せるでしょう。
そう言えば、今日も痩せましたという話が出ていました。

日本全体でオーガニックの農家は1パーセントだそうです。
もっと広がれば、
ダイエットも要らないし、満足感もあり、
より健康な日々が送れる、そんなふうに思います。

今日は1日、楽しかったです。
来ていただいた皆様、ありがとうございました。


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2016年12月17日土曜日

今のシルエットに対応できないと

おしゃれブログのほうの検索ワードをチェックしているのですが、
「トレンチコート、大き目」とか、
「大き目のコート」とか、
コートの大きさに関するものがふえてきました。

前に何度か書いたと思いますが、
人というものは、20代の頃に自分が着ていたシルエットから、
なかなか抜け出せないのです。
ですから、現在、二十歳ぐらいの人だったら、
今のシルエットに簡単に対応できる。
別段、大きいとは思わないはず。
けれども、30歳を過ぎてくると、
え、これ、大きすぎない?などと思うのです。

で、大きすぎると思って、
今までどおりのシルエットで30代を通してしまうと、
何となく流行遅れの人になります。
どんなに新しいものを買っても同じです。
ブランドの中には、依然として前のシルエットのものを売っているところもあるからです。

シルエットも抜け出せないのと同様、
髪型とメイクも20代を引きずります。
特に、ばっちり決めた人はなおさらです。
(逆に、あんまりばっちりじゃなかった人は、変わらないので大丈夫です)

そうすると、流行遅れだけじゃなくて、
老けて見えるのですよね、これが。
本当は若くても。

かたくなな態度はこういう結果を生みだします。

そうそう、年配の方がある年から、
ずっと変わらず何となくお年寄りに見えるのは、
ある年以降、ずっと同じスタイルで定着するからです。
本当は、人によって若く見える人、老けて見える人がいるはずですが、
髪型、メイク、服装が固定化してしまうと老けて見えます。
そうならないためには、
シルエットやスタイリングは固定化しないで、
その時代の気分に対応させることです。

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2016年12月16日金曜日

それ、ワントーンじゃないから。

きのう出先のお店でほんのちょっと待っている間、
そこにはテレビがあって、
お昼の番組が流れていました。
スタイリストだかなんだか知らないけれども、
その人とタレントさんだかなんだかがお買い物して、
「コーデ」とやらを作るらしい内容でした。
(ちなみに、私の文章を読んでいる皆様はご存知かと思いますが、
私は「コーデ」という言葉を絶対に使いません。)

で、そのでき上がった「コーデ」とやらが、
「ワントーン・コーデ」とかいうものでした。
しかし、そこに映し出されたのは、
ワントーン、
つまり、明度と彩度が1種類しか使われていないコーディネイトなんかでは全然なく、
明るいのやら、暗いのやらが混ざっているものでした。
それって、単なる茶系のグラデーションなんじゃないの?
っていうか、ひょう柄のバッグ持たせてるから、黒も入ってるんで、
茶系のグラデーションですらないじゃん。

で、ほかの人はそれを「ほお、すばらしい、すてき」みたいな感じで見ていました。
誰も、
「それ、彩度と明度、1つじゃないから。明度のグラデーションだから」と、
突っ込んでいませんでした。
なぜ?

ワントーンとするならば、例えばすべてグレイッシュでそろえましたとか、
ヴィヴィッドでそろえましたとかしなければなりません。
グレイッシュだったら、グレーがかったピンクとブルーとグレーそのものです、とか。
けれども明度は一緒です。明るさはすべて一緒。あざやかさも全部一緒。

この徹底的に間違っているワントーンを真昼間から、
さも正しいかのように教えているテレビ番組を見るにつけ、
こんなテレビ番組は見ないに限るなと、思いました。
嘘を教えている。
ああ、恐ろしい。


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2016年12月15日木曜日

来年はどうなるか

今、私が皆さんにお伝えしているファッション・レッスンの方法論は、
もとはといえば、私が自分のために考えた方法です。

理由は、私がアパレル業界という業界に入ったがために、
病気になり、お金がなくなり、
おしゃれは好きではあるけれども、
それさえままならなくなったからです。

お金がないのですから、知恵と工夫で乗り切るしかありません。
こういうとき、ただ漫然と雑誌を買っても、
ブランド品ばかり掲載されているだけで、
見て楽しむ以外に得るものはありませんでした。
仕方がないので、自分で今までの経験と知識により、
編み出した方法です。

ですからこれは、お金に潤沢なスタイリストさんやデザイナーの方たちのように、
何でも買って揃えればいいとか、
毎年買い変えろとか、
どんどん捨てろとか、
そういうものとは全く違います。
精神は、全く違うはずです。
(一切、そういったものは読んでいないので、本当のところはわかりませんけど。
これからも一切、読みません。私は一次情報にしか、当たらない予定です)
それで、ですね。
日本も来年以降、今以上の不景気になりそうです。
日本人というのは、自分の困窮状態を認めたがらないようですが、
もうすぐそこまで、多くの人が私が陥ったような困窮状態に入るときが、
来ています。
そのときに、今までのような考え方でやっていったら、
破滅します。

お金がなかった時期、
お金をかけないでどうやって楽しむか、
私は相当考えて、実践してきました。
図書館で借りた本を読む、散歩をする、
レストランへ行かないで、私が3コースメニューとお菓子を作って、
家でおもてなしをする、お弁当を持ってピクニックに行くなど。
同じ年代の多くの人が、楽しく浪費している最中に、
私はこれらの仕方を習得してきました。

これからは、多くの人がこの方法を何らかの形で身につけなければなりません。
私はこの3年間ぐらい、危険だよ、このままではいけないよと、
注意喚起してきましたが、
あんまり届かなかったようで、意識を変えた人は少数だったと思います。
ですから今後は、もうあんまりこのことについては言いません。
皆さんは、そちらを選択したのだから、それはそれでよい。

ただし、時代はもう無視したり、見ないふりをしたりできないところまでやってきました。
多くの人が私がなったような状況に陥ることでしょう。
そうなったとき、どうやっておしゃれしたらいいかは、もう提示してあります。
あとはご自分で決めてください、ということです。

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2016年12月14日水曜日

「挽歌」を観劇

ドラマでも、舞台でも、ライブでも、コンサートでも、
時間が決まっていて見るものには、2種類あります。
ああ、このまま終わらないでずっと見ていたい!と思うものと、
早く終わらないかなと、思うもの。

昨夜、湘南台で見てきたお芝居は、
残念ながら後者でした。
1時間ぐらいでギブアップ。最後まで見るのがきつかったです。

福島県大里村から会津へ避難している人たちの短歌サークルという設定もテーマも、
悪くはないのですが、
人物造型とせりふが・・・今どき、それって・・・。
安田成美さん演じる主人公が、
昔のドラマのおちゃめな奥さまみたいな感じで、
著しい時代錯誤を感じました。

で、せっかくですから、衣装をチェックということで、
主人公の衣装についてですけれども、
まず舞台の中心に畳の居間に机というセットがあるのですね。
この時点で、もしやこれは?と思ったあなたは、
日本映画通。
そして、安田さんが、ロングのフレアスカート、ブラウス、カーディガン、
とどめの三つ折りソックスという姿で出てきたときには、
ビンゴ!
そう、これは、小津安二郎の世界です。
今どき、三つ折りソックスの奥さんって、いるのかな?
大柄な安田さんは、現代の原節子の位置づけなのでしょうね。

そして、最後までセミフレアロングスカートと三つ折りソックスは変わらず、
あ、でも最後のシーンのセーターの色は黄色でした。
安田成美さんはおきれいなので、何を着てもお似合いでした。
美人なら、三つ折りソックスもいけるわね、ということでした。

さて、多くの人が、すべての見るものを最高のものだけにしたいと考えています。
失敗したくないからです。
いつも失敗しない選択を望みます。
だけれども、いいものと出会うためには、それまでに何回かの失敗が必須なのです。
舞台でもコンサートでも、
服でもバッグでも靴でも、
人間関係でも、
出会う人すべてよい人とか、
買った服と靴とバッグすべて外しなしとか、
見た映画全部アカデミー賞ものとか、
行ったレストラン、全部三ツ星レベルとか、
ないのです。
絶対に失敗するのです。

失敗作にも何らかの見るべき点がありますし、
改善するにはどうしたらいいかわかるので、
失敗したら、そこから学べばいいだけのこと。
人間関係でも失敗したと思ったら、
学んで次にいけばいいだけのことです。

失敗したくないばかりに、すべてに合う最高の1つを探し続け、
その結果、何も見なかったり、行動しないほうが、
結局は失敗です。
人間関係だって、違うと思ったら、次へいけばいいのです。
とどまっているほうが、人生の損失です。

演劇だって、映画だって、コンサートだって、
行ってみないことにはわからない。
全部が100点満点なんて、そんなことはないです。
美術展だってそうです。
全部の作品がすべてよかった美術展なんて、滅多なことではありません。
それでも、行ってみないことには、わかるようにはなりません。

失敗したら、そこから学んで次へいく。
人生のクオリティは、そうやってあげていけばよいのだと思います。

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2016年12月13日火曜日

キュレーションサイト問題

MERYが閉鎖したと話題になっていますが、
私の文章もMERYにいくつか持っていかれています。
まとめNAVERには、もっとたくさん持っていかれています。
MERYに関しては、あの持っていく作業、バイトを雇ってやっていたそうで、
そこまでしてやるということは、
あれで利益が生み出せるということなんでしょう。

これは、本当、悩みの種なんだけれども、
持っていかれるのが嫌ならば、
ブログなんてやめればいいじゃない?
ってことになってしまって、
でもそうすると、
今度、私の活動が紹介できなくて、
仕事にならないから、
仕方なくやっているという感じです。

で、クライアントさんと、
持っていかれないためにはどうしたらいいかという話をしていて、
文書を画像ファイルにするとか、
または、ローカルな話題だけとか、
超難解な話だけとか、
ネコの写真だけとか、
または文章は1日で削除する案とか、
いろいろあって、
何かしら工夫はしたいとは思います。

ただ、ファッションブログは削除しません。
なぜなら、あれは証拠なので。
あれを見れば、私が2010年に何を書いていたかわかるので、
あとからまんま同じことを書いていたら、
そっちが真似したのだから、そのことを証明するためにも残しておきます。

なぜこういう問題が起きるのかというと、
みんな、自分で考えたくないからなのでしょう。
思えば、私がいた、アパレルブラック一部上場企業も、
他社の商品を買ってきて、そのまま平気で作らせていました。
あそこには罪の意識も、法律を守る意識も全くありませんでした。
そういう人たちは今も昔もいて、
未来もきっといるでしょうから、
いつまでたってもこの問題は解決しないということでしょうね。

ただ、洋服もそうですが、
パクったところはしょせん大したところじゃないので、
残りません。
相手にするほどのものじゃない。
長い目で見たら、利益はないと思います。

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2016年12月12日月曜日

メガネの流行、その他

これも前どこかに一度は書いたと思うのですけれども、
メガネにももちろん流行があります。
服がビッグ・シルエットになったら、メガネも大きくなります。

ただ、メガネの大きさは、少し後追いのようです。
服の流行に遅れること2、3年で、
やっと追い付きます。

だから、メガネは当分の間、大きなフレームが主流になります。

一般の人がこれから先、どんな流行になるのか大体見当をつけるには、
定点観測が一番よいと思うのですが、
最近の皆さんのお話を聞いていると、
とにかく努力は何もしたくなくて、
万能のその一つを教えてくれ、
みたいな質問が多いです。

何にでも合う靴、
何にでも合うバッグ、
それだけが知りたいみたい。

この質問について、その答えを書くべきかどうか迷っていて、
というのもこの手の質問って、
質問として不完全だから、答えようがないのです。
前提条件がわからないし、
「合う」ということの定義がわからない。
このまま答えを無理矢理引き出そうとするなら、
それは誘導尋問だから。

不完全な質問には不完全な答えしか導きだせないといういい例みたいな質問。


こういう質問は私には聞かないほうがいいでしょう。
お金を持ってデパートにでも行って、聞いてみてください。
いろいろな靴やバッグを売ってくださいますから。

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2016年12月11日日曜日

頭の先からつま先まで黄色

http://www.vogue.co.uk/article/trend-test-head-to-toe-bright-colour

British Vogueが頭の先からつま先まで黄色でいきましょう、
と提案していますが、
さすがにここまではなかなか。
しかし、できなくもない。
来年の1月はそれでいこうか。
家の中で。

セッションルームの壁はグリーンなので、
グリーンと黄色で好きな色合いではあります。

記事を読むと、およそ30年間ダークな色ばっかりだったと。
今、チェンジのときがやってきたと。
勇気を出して、色を着ようではないか、
気分が上がるよ
みたいなことを言っています。

コートがビッグシルエットになって

ものすごく昔に1度書いたかもしれませんが、
コートがビッグシルエットになって、
ウールの素材のバラエティが復活しました。
ウールモッサ、フェルト、ツイード、シャギー、アストラカンなど、
いわば紡毛です。
特に2000年以降、紡毛が淘汰されてしまって、
生地はほとんど梳毛になってしまったのでした。
ウールは、それでは面白くありません。
ツイードとか、シャギーとか、モッサとか、
そういうのがなくちゃ、ウールは面白くない。

しかしこの間、こういう素材がほとんど使われなかったのですから、
ウールの生地屋さんは相当苦労されたと思います。
15年以上、干された俳優みたいで、
廃業してしまったところもあったのではないでしょうか。

先日ちょっと電車に乗ったら、
こういったウールの素材のコートの人が増えていて、
なんだかとても新鮮でした。
冬はこうでなくちゃね。

ウールのバラエティが豊かになったので、
次はそこに付け足されるストールやマフラー、
それからブローチなんかも、再びクローズアップされます。
ウールに輝きがない分、艶があったり、
きらきらするものがいいですね。
ツイードのコートにラインストーンのブローチなんかいいなと、
思います。

生地にバラエティがあるほうが、ファッションは面白いです。
そういう意味では、2000年から14年ばかり、つまらない時代だったと思います。
まだあと10年ぐらいはこの状態が続きますから、
今のうち楽しみましょう。



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2016年12月10日土曜日

ヴェルサイユの香り

今年後半、玄関でつけていたキャンドルはこのヴェルサイユの香りシリーズです。
dyptiqueと同じところで作られているとのことですが、
余り人気がないようで、ときどきセールに出るので、
そのときにまとめて買っています。

その前はインドのMaromaのお香を使っていましたが、
アイハーブでの扱いが中止になったので、
どこか日本で買えるらしいですけれども、私も中止。

香りはどちらがいいかと言えば、
ものによります。
Maromaのお香を使っていたときはけっこう煙も立っていたので、
小学生の男子が一人、臭い臭いと騒いでいました。
小学生男子には、この香りはわかるまい。

本当は、チベットのお香を引き出しいっぱいに持っていて、
そちらを先に使って、もっと玄関を抹香臭い感じにするべきなのですが、
チベットのお香は、手でこねて作っているから、太いのです。
で、その太い棒がうまいこと立つお香立てをいまだに見つけられていません。
もちろん、仏壇のお線香みたいに、灰の中に立てればいいのですが、
玄関なので、それもどうかと・・・
(このチベットのお香は、ダライ・ラマ法王を日本に招聘している方からいただきました。
ついでにうちのセッションルームのじゅうたんも、ドラゴンちゃんの敷物も、チベットのもので
まとめていただきました。ありがとうございます)

というわけで、また今年もヴェルサイユの香りのキャンドルを追加しましたので、
当分の間、この香りでいきます。
モリエールとか、マリー・アントワネットの香りとか、
香り高いですわよ。

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2016年12月9日金曜日

フェイクファー


和歌山県の岡田織物さんのフェイクファーを買ってみました。
1メートル注文したら、こんな形で送られてきました。

写真を見ただけで、実物は知らないままに注文してみましたが、
想像以上の素晴らしさ。
色も美しいし、毛なみもふかふか。
うちのネコのまるちゃんよりも、ずっといい毛なみです。
もうすべてこれで十分ではない?

実はこの岡田織物さんのフェイクファーは、
もう既にハイブランドで多く使われている、とのこと。
ただ、どこのブランドとかは、秘密で公表されません。
いい宣伝になるのに、と思いますが、
原価がばれるからだめなのでしょうか。
え、あの原価の生地をその値段で?みたいな感じになってしまって。

最近、日本のデザイナーやハイブランドは、
ショーはやってはいますが、かなり存在は薄くなっています。
けれども、生地は結構、欧米のハイブランドが使っています。
この前のシーズンのバーバリーのデニムも日本産でした。
また地方のメーカーさんのものが多く使われているのも特徴です。

生地メーカーは地方にあることが多く、
都内には八王子にちょっとある程度なので(現在はどうなっているか不明)、
私はレースの生地工場に見学に行ったことしかありません。
しかし、何でもそうですが、
作られている現場というものを実際に見ないと、わからないことは多いです。
フェイクファーもどうやって作られているのか、謎。

今回、送られてきたフェイクファーを見るにつけ、
日本のファッション産業の生きる道は、生地メーカーにあるなと思いました。
久々に、素晴らしいと思った生地でした。

☆写真:これで1メートルなんですけれども、巻いて送られてきました。

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2016年12月8日木曜日

盛り上げるってどういうことだろう


きのうは駅の反対側のギャラリー「湘南くじら館」での
オキュパイド・ジャパンの陶磁器の展示会へ行き、
仲間を追加しました。
もう既に、天使とネコがいるので、
本当は天使を追加したかったのですが、いないということで、ネコ。
しかもはっきりしたネコはなくて、この踏まれている感じのネコです。
単なる置物。今で言えばフィギュア?

で、これをたくさん持ってきて展示しているのは、
カリフォルニア在住の方で、
ローカルで盛り上げたらいい、みたいな話になりました。
しかし、盛り上げるってどういうことでしょう?
その方のお話では、クラフト作家さんなんかを集めたりして、
みんなでマーケットを開催すればいい、みたいな感じのご提案でしたが、
そんなことはもう既にあちこちでやっていて、
それこそたまにやる花火大会みたいなもので、
そのときだけの一瞬の盛り上がりというのは、
あります。

けれども何だかそれもちょっと違うような気がします。
なぜかというと、そういうごくたまの盛り上がりがあっても、
何か地域としてのつながりがあるわけじゃないから・・・
きのうも、最終的には1軒では難しいという話で終わりました。

1つではなくて、つながって、コンステレーションを作らないと、
そして空の星座のようにいつも輝いていないと、
地域の面白さにはなかなかつながらないと思います。
そうそう、
花火じゃなくて、コンステレーション(星座)。

私は今住んでいる場所に、オーガニックの農家があって、
そこでオーガニックの野菜や果物が買えるので、
本当にここから動けないと常々思っています。
今のところ、そことギャラリーと、2点存在。
2つの星の星座は、たぶんない。
望むべくは、オーガニックのカフェがあったらいいなあと、
思うのですが、なかなかねえ・・・
オーガニック派と、何でも安いのが一番派とでは、
相いれないところがあるので、
実現しても、継続が難しそうです。

 ☆写真:MADE IN OCCUPIED JAPANの文字が。アメリカからの里帰りです。

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2016年12月7日水曜日

続けない理由

※これはある方から、どうしたら続けられるか聞かれたので、
その答えとして書いているものです。

きのう自分のブログを見直していて、
なぜ私はこうも続けられるのだろうかと考えてみました。
ブログなどというものは、
結構リスクがございまして、
匿名でdisられたりするわけです。
それだけではなく、まとめに持っていかれたり、
パクられたりします。

一方、誰かが褒めてくれたりすることは、
それは皆無とは言いませんが、
アクセス数の割には少ないです。
0.001%ぐらいです。
それなのに、削除しますと書くと、
やめないでくださいときます。
ほめられるわけでもない、利益が出るわけでもない、
逆に考えたことを持っていかれる、
それなのに続けられる唯一の原因は、
私は自己価値が低くないからです。
自分がやりたい、読みたい、楽しい、
続けられるのはそれだけが理由です。
自己価値が低い人には、こんな状態は耐えられないと思います。
だから、何年もブログを続けていられる人って、
みんな、自己価値が高い人。
そうじゃなきゃ、やっていられない、こんなこと。
これを誰かに褒められたい、
ランキングで上位にいきたい、
ぽちっとしてもらいたい、
報酬が欲しい、
なんてなると、それは続かないでしょう。

すべての趣味がそうだと思います。
ほめられたい、お金をもらいたいでは、続きません。
ほめられなくても、お金にならなくてもやるのでなければ、
続くわけがありません。

自己価値が低い人は、
褒められたい、お金が欲しい、ランキングで上位にいきたいと思います。
誰かに認められないことにはやることができないからです。
自分で自分を認めないのだから、
誰かにかわりに認められたい。
けれども、他人なんてコントロールできませんから、
その試みは失敗します。
で、失敗するだろうと自分でもうすうす感づいてはいるので、
初めからやりません。
また、やったとしても続きません。すぐにやめてしまいます。

続ける力とモチベーションは自己価値が高くないと生まれないでしょう。
そしてその自己価値を他人からの評価で得ようと思ってもうまくいきません。

自己価値を高めるためには、
できない自分を認めることです。
そして、過度に他人の評価を期待するのをやめること。
この2つができれば、何でも続けることができると思います。

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2016年12月5日月曜日

12月1日から洗濯表示マークが変更になっています。

12月1日から洗濯表示マークが変更になりました。
詳しくはこちら。
http://www.caa.go.jp/hinpyo/pdf_data/150331_kouhyoubun.pdf

今までは日本独自の表示でしたが、
グローバル化に対応し、
輸入品と同じようになりました。
商品については、具体的にいつから対応しているのかわかりませんが、
このマークによって、
販売時期がわかる、ということもあります。
2016年12月1日が分岐点です。

ドライクリーニングというのは、石油溶剤なので、
水汚れは落ちません。
わかりやすく言えば、
油性のメイクをまずメイク落としで落としますよね。
ドライクリーニングって、そのメイク落としまで。
その後、せっけんで洗顔はしていない状態です。
だから、何となくすっきりしない感じがします。

ですから、素肌に着たセーターなんかは、
自分で洗ったほうがいいのです。
ポイントは乾かすとき。
決してハンガーにかけないこと。
ニットですから、伸びます。
平らなところに置いて乾かしてください。

自分で洗濯できるアイテムは結構多いので、
自分で洗濯するのがお勧めです。

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2016年12月3日土曜日

都会における他人の目

いろいろやること優先順位がありまして、
まだこのブログは削除しませんので、
そんなにあわててお読みにならなくても大丈夫です。
年末ぐらいまでは残します。

きのうは、ひとの目が気になると言いながらも、
都会、特に東京では、すれ違うほとんどの人が他人だから、
もう既に他人の目など気にしていないという話をクライアントさんとしました。
その点、ローカルに深くなじんでいたり、
知り合いが多いほうが、よっぽど他人の目が気になるわけです。
どこで何を言われるかわかりません。

都会で、もともとのそこのエリアの住民ではない人たちが気にする
他人の目というものは、
身だしなみとか、あいさつとかいうものではなく、
知らない者同士がすれ違ったときの、
一瞬の格付けみたいな、
そんな感じなんでしょうか。

その一瞬の格付けのための暗黙のルールがあり、
どこにも明文化されていませんが、
それはやっぱりあるのでしょう。

都会の人のみんな同じような色合いや服装は、
そんなところにも原因があるのかなと思ったりして。

うちのほうはまだローカルの色合いが濃いので、
逆に着ているものにバラエティがあったりします。
あと、湘南という土地柄でしょうか、
カラフルですし、それぞれが好きな格好をしていますし、
それに対して別段、批判もありません。

ピンクだろうが、黄色だろうが、
誰も何にも言わないし、何とも思わないです。
明らかに、こちらのほうが自由だし、クリエイティビティがあると思います。

やっぱりそういうところのほうが面白いです、いろいろな意味で。


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2016年12月2日金曜日

12月になって

12月に入り、今年1年を何となく振り返ったりしています。
私にとって、今年前半の大きなイベントは、
藤沢市民会館の小ホールを借りて、
シェイクスピアのコンサートを開催したこと。

実はあれは、私の発案ではありません。
大体、いまさら舞台に立つつもりなんてありません。
最初の予定では、
私のブログを読んでくださっている皆さんだけを対象に
私がシェイクスピアの解説をするので、
その後、みんなを引き連れてコンサートに行くよ、
という内容でした。
それがいろいろ言いくるめられて、結局、舞台に立つはめに・・・

やったことによって学んだことが多かったし、
いろいろわかったので、
結果的にはやってよかったです。

ちなみに、あの小ホールですが、借りるのに4万円ちょっと、
当日の照明の費用を含めると6万円ほどでした。
ほとんどの地方にああいったホールはあると思いますので、
やろうと思えば誰でもできます。
平日とかだったら、もっと借りる料金は安いだろうから、
企画して、やってしまえばよいのです。
チラシだパンフレットだに、余計なお金をかけなければ、
赤字は免れると思います。

問題はチケット売りでしょう。
知り合いがたくさんいたとしても、
今はなかなか人が来てくれません。
それに対しては、私もいいアイデアを持ち合わせていません。
自分でやれることをやるのみ、でしょうか。

それでも、赤字にならないぎりぎりラインを探して、
負担にならない程度に実行するのはよいことだと思います。
とにかく何もやらないよりは、やったほうがまし。
人任せの思い出作りではなくて、
自分でやってしまったほうがよいです。

大人というのは、その実行力を持った存在です。
子供はいつまでも受け身だけれども、
大人は能動的に動けます。
そういうことをしていると、
1年があっという間、ということはありません。
日常が退屈なら、
そうならないために自分でやってしまえばいいです。
死ぬ前に思い出すのは、
きっと、こういう思い出です。


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2016年12月1日木曜日

本当は親切じゃない人の真意とは

たぶんどなたかがそうするといいと書いたのだと思います。
検索ワードで多いのが、
「赤いバッグ、何色のコートが合うか」とか、
「赤いバッグ、何色の靴が合うか?」というワード。

バッグ・ファーストといいましょうか、
最初にバッグを買ってしまって、
そこから全部のスタイルを構築するというやり方です。
これはすごいです。
なぜならまず最初にバッグを優先せよ、と言っているのですから。

バッグの色でも靴の色でも、
3色ルール内だったら、何でもいいのです。
ネイビー、白、赤で3色にするのだったら、
バッグも靴も赤を持ってきてもよい。

しかし、バッグに赤を最初に持ってきてそこから構成するとなると、
そこから全部のワードローブを構築し直さなければなりません。

例えばその人がもう既に、
ネイビー、グレー、ベージュが多くて、
今までバッグと靴は黒と茶色だった場合、
ここに赤いバッグを持ってくるということですから、
できるとしたら、ポイント的に赤一点投入ぐらいです。
できなくはないですが、難しいです。
靴は黒か茶色しか持ってないから、例えば黒にして、
その他のアイテムを全部一色にして、 で、赤いバッグか。
なくはないけれども、たぶんその赤いバッグはしょっちゅう持てないと思うのです。

できなくはないけれども、難しい。
そして、何か買い足さなければいけない事態に陥ります。

これは何と表現したらよいのでしょうか。
今までうまくいっていたアンサンブルに、異質なものを無理やり入れて、
うまくバランスをとるために、新たに何かしら足していく必要性が出てきてしまう、
とでも言ったらいいでしょうか。

つまり、全体のワードローブ構築計画に、
いきなり関係のないバッグを入れてくると、
ほかに何か買い足さなきゃいけない、
もしくは全体の計画を変更しなければならない、ということです。

ほかにもこういうものはないでしょうか?
一つ付け足したばかりに、ほかにいろいろ買い足さなければならないもの、というもの。

こういう提案って、たぶん売る側の人の提案でしょう?
だって、赤いバッグ一つじゃすまなくなるのですから。
で、次のシーズン、今度は白いバッグですとか言われた日には、
またまた何か付け足さなくてはいけなくなる。

相手の意図は、要するに、過剰に買わせたいのです。
コントロールする権利や主導権を、その人自身じゃなくて、バッグに奪わせたいのです。
知らない間にバッグがリーダーになってしまって、
大きな声で主張してしまうのです。

こういう甘言はいろいろなところにあります。
要するに、買わせたい、それだけです。
これを持つと、その人がおしゃれになりますよ、ではありません。

だから、本当にその人が親切だったら、そんなことは言わないのです。
それを覚えておくといいと思います。

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2016年11月30日水曜日

「おしゃれ」の意味は変わってきている

ふと思いました。
「おしゃれ」という言葉の意味、
特に洋服のおしゃれということについて、
変わってきている、変わってきたのではないかと。

例えば、自分で生地を買って、パターンを買って(引いて?)、
自分で作る時代の「おしゃれ」は、
今、多くの人が使っているような意味ではないのではないか。

向田邦子さんのエッセイを読んだり、
若いときの写真なんかを見ていると、
そこには真性の、新たに見つけられた「おしゃれ」がありました。
新たに見つけられたというのは、
洋服の世界において、という意味で。

その後、プレタポルテという、いわば既製服がたくさん出てきたとき、
たぶんそれは1970年代ぐらい、
真性の「おしゃれ」はまだ真性のままだったんだけれども、
怪しくなってきたのが、やはり1980年代かもしれません。

そのころ、ブランド物のバッグというのが出てきて、
おしゃれの記号化、情報化が徐々にあらわれます。

で、今はそれがかなり飽和状態になっていて、
記号と情報が先行しています。
ああ、そうか。
記号といっても、それは解読可能な記号なわけだから、
情報という裏付けがなくてはだめ。
だから、情報が広く行きわたる社会でないと、
その「おしゃれ」性は担保されない。

で、ここからは私の予感。
この情報の裏付けのある解読可能な「おしゃれ」は、
また少しずつ変わってくるのではないか。

それは若者がテレビを見なくなったり、
雑誌を買わなくなった現象と関連しています。
共通の認識された情報がなければ、
その記号は解読不可能となり、それまでの「おしゃれ」は解体されるのではないでしょうか。

ブランド物のバッグの、特にそのロゴやマークに価値があるとして、
多くの人が、そんなもの知らないという事態になったとき、
再び「おしゃれ」という意味の解体が始まり、
新しい意味づけがされるような、
なんだかそんな予感がする、11月の終わりです。


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2016年11月29日火曜日

アデルみたいじゃないブルー

30歳過ぎてからだったと思いますけれども、
髪にブルーのヘアーマニキュアをのせたことがあります。
脱色したわけじゃないので、アデルみたいな完全なブルーではないです。

当時、表参道のシマで髪の毛を切っていて、
そこの担当の山田さんが、新しく代官山のDABというお店ができて、
そこに移るので、次回はそこへ来てねということで、
代官山までカットに行っていました。
新しいお店はとてもいい場所にあるにもかかわらず、
最初の1年ぐらいはいつ行ってもすいていて、
店内には山田さんのペットのフェレットがうろうろ歩いていました。

いつ行ってもあんまり暇なもので、
山田さんが私に、「髪の毛染めない?」と提案しました。
当時、私は白髪もなく、猫っ毛と呼ばれるようなストレートのショートカットで、
髪の毛を染める理由などありませんでしたが、
山田さんが暇そうなので、どんな提案なのか聞いてみたところ、
「ブルーがいいと思う」ということだったので、その提案を受け入れることにしました。

私は、嫌なことは断固拒否しますが、
そうでない場合は、相手のクリエイティビティを尊重する性格なので、
こういうときは、案外簡単にいいよと言います。
また、髪の毛が伸びるのが早いので、失敗しても、原状復帰が早いことはわかっています。

で、仕上がったブルーですが、
美容院の中の照明では、さほどブルー感もなく、
なんだ、大したことないなと思ったのでした。
ちなみに髪形はストレートボブでした。ブルーがかったストレートボブです。

ではまたと言って、お店を出た後、
すれ違う人が皆、ちらっとこちらを見ます。
そんなにブルーかしら?と思って、
どこかのお店のウィンドウに写る自分の姿をのぞいたら、
けっこうなブルーになっていることがわかりました。
というか、太陽光に当たると髪の毛がブルーに光るのです。
室内で見た感じとは全然違います。

そのとき着ていたものを今でも覚えていますが、
アメリカのランズエンドから個人輸入した、茶色のダウンジャケットでした。
その当時、日本ではまだほとんどダウンジャケットが売られていなくて、
街でダウンを着ている人も全然いない状態でした。

その茶色のポリエステルサテンのダウンに、このブルーの髪が全然合わないのです。
私の本当の髪の色はどうやら自分が思っているほど黒くはなくて、
かなり茶色寄りだったようで、それにブルーをのせたら、
それまで選んでいた色の全体のバランスが崩れたのでした。

しかし、伸びるのが早いこと、そしてヘアーマニキュアのため、
1カ月もしたころには、ブルー感はなくなり、次回、山田さんのところへ行ったときも、
ブルー継続はなく、その後は山田さんのところで髪の毛を染めることはありませんでした。
(その後は、病気になったので、代官山までカットのために行くのは辞めました)

あのときほど、照明によってこんなにも色って違うふうに見えるのだと感じたことはありません。
そしてもちろん、それ以降、髪をブルーにしたいと思ったこともありません。
ブルーじゃなくて、金髪にしてみればよかったな。
それはそれで面白かったかもしれないです。

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2016年11月28日月曜日

仕掛けないことにはどうにもならない

きのうクライアントさんと、
トランプだって、自分が大統領になるなんて、
夢にも思っていなかったんじゃないかという話をして、
本当にそうだなと思いました。
多くの人が、そう思っていなかったけれども、
自分もあるところまでは、まさか大統領になるなんて思っていなくて、
でも仕掛けてみたら、案外できちゃった。

これはトランプがいいとか悪いとかいう話ではなくて、
あの妙な情熱というか、自分を信じる力というか、行動力でもって、
予想しなかった未来を自分に与えたわけです、あのお方は。
器としてふさわしい人、才能がある人はほかにごまんといるにもかかわらず、
それでもあの人がなりました。

夢の実現は自分一人ではかなわない。
例えば、結婚したいという夢だって、
相手がいないことには実現しません。
コンサートだって、観客がいなければ、それはコンサートとは呼べないです。
だから、夢がかなうのは結局、他者に向かって仕掛けた人。

他者に向かって仕掛けるというのは、
それはコミュニケーションだから、
誰かと交流したり、しゃべったりしないとそれは不可能。

コミュニケーションのための授業って、大学に行って授業を取らない限りないと思うから、
この力はどこかで身につけなければいけません。
どんなに才能があったとしても、あいさつもしないような人だったら、
仕事にならない。
あいさつをするというのはコミュニケーションの最初の入口だから、
それをしないのだったら、夢も実現しないでしょう。
でもそれもその人が選んでやっていることだから、
それはそれでいいですけれども。

今までいろいろな方のお話を聞いてきましたけれども、
できる努力はすべてやったけれども、これ以上、どうしていいかわからないと言ってきた人は、
2人しかいらっしゃいません。
 その他の、実現したいことがあるけれども実現しないという方は、
そのほとんどが、仕掛けていないことが原因なのではないでしょうか。
またはそのやり方が、
例えば、はい、やりますと言ったきり何もしないとか、連絡もしないなど、
何かが実現しないようなコミュニケーションの仕方なのではないかと思います。

逆に、細いながらも続けてきて、仕掛けていてる人の場合、
あとは時間の問題ですから、
やめなければ必ずどこかへたどりつきます。

というわけで、なんですか、
今日はサイバーマンデーなのですか?
何か起きるかもしれないですね。

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2016年11月27日日曜日

小ネタ。

男子の比率が多い学校の女子が言うことには・・・
同じ学校の男子は、
まず第一に、かわいい女子が彼女に欲しいと思う。
第二、どんなコでもかわいく見えて、普通のコでもよくなる。
第三、食堂のおばちゃんもよく見えてくる。
第四、もうこの際、男でもよくなる。
第五、というか、男がよくなる・・・

だそうです。

ということは、男子もライバルってことだね。


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2016年11月26日土曜日

前例はない

昔から誰かに憧れるということはほとんどないのだけれども、
というのも、それよりも、何を食べたら具合が悪くならないかとか、
そのための時間配分とか、そんなことばかり考えているから、
憧れはないにしても、では前例はあったかというと、
それもなかったと思います。
今みたいな状況は、多分、誰も予想できなかった。

その前例のなさと、
予想できなかった、過去の未来である今と、
この2つが同時にあるときに、
さて、どうしようかということです。
さて、どうしましょうか。

きのう、日本の大手化粧品メーカーのHPを何かのついでに見始めて、
そこに何かヒントや示唆があるのではないかと、
少し探ってみたのですが、
驚くほどに、何もありませんでした。
けっこう大人なメイクアップアーチストの女性が、
二十歳そこそこの若い女性にメイクを教える場面ばかり。
その先が、ない。

いや、そんなことはないでしょう、
どこかにあるでしょうよと思って、
年齢が高めの設定のブランドのコーナーも見たのです。
けれども、そこにあったのはタマラ・ド・レンピッカでした。
タマラ・ド・レンピッカ。
もう何年も前に日本にきたときに見ました。
タマラ・ド、レンピッカの生涯や、その言葉が延々と紹介されていました。

タマラ・ド・レンピッカ、悪くはないですけれども、
むしろよいですけれども、
いい立地、つまり東京の中心部にあって、
資金も潤沢にあって、情報も集められて、アーカイブもあって、
それでたどり着くのがそこなの?
確かにタマラもこの前の世界金融恐慌をくぐり抜けてきているから、
今まさにお手本だわ!という、そういうこと?
(たぶん違う)

お手本も、目指すべきものも、全然なくて、
それでも山を登り続けなければなりません。
なぜなら、自分で滑落するつもりはないから。

じゃあどんなになりたいかなと、
着たい服については切り抜きを作れるけれども、
なりたい自分の切り抜きはできないです。
なぜなら、それはもう既に存在したものでなないからです。


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2016年11月25日金曜日

どこへいってもついてくる

最近、海外に住んだことがあるというクライアントさんが立て続けにいらして、
お話を面白く伺っていますが、
ある方のこんな言葉が印象的でした。
「外国に行ったら変わると思っていたけれども、変わらなかった」
この変わらなかったの主体は自分です。

私が大学生のころは、
まだ今のような円高ではなくて、
留学する人もとても少なかったのですけれども、
それでも行った人は何か変わって帰ってくるはずだと、
私も思っていました。
けれども、あるとき、なんだ、全然変わっていない、と思ったのです。

リズ・グリーンがどこかで書いていました。
「どこへ行っても、あなたはついてくる」と。
どこかへ行ったら変わるなどということは、思い違いです。

同様の思い違いが、
おしゃれについても言えると思います。
おしゃれになったら、人生が何か変わるかもという期待。
この変わるというのは、よくなるかもしれないという意味で。
一ミリも変わらないとは言いませんが、
思ったほどは変わらないと思います。
なぜなら、リズ・グリーン風に言えば、
どこへ行っても、あなたはついてくるから。

どんなにブランドもののバッグを買ったって、
50万もするような時計を身に付けたって、
たぶんほとんど変わりません。

この変わるかもしれないという期待から覚めないと、
浪費の罠にはまるでしょう。

もうそろそろ覚めないと、
現実に追い抜かれます。


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2016年11月24日木曜日

人生がよくなるほうへお金を使いましょう

私はいつも、被服費は可処分所得の1割までと言っていますけれども、
これは私が勝手に決めた割合です。
根拠は以下のとおりです。
大体、家賃と水道光熱費、通信費などで可処分所得の半分はいくと思います。
次に食費。
最近だったと思いますが、多くの家庭のエンゲル係数が25パーセントというの統計がありました。
食費が可処分所得の4分の1です。
家賃等と食費でもうすでに75パーセント。
残りは25パーセントです。
ここから交際費、教養娯楽費、貯蓄、そして被服費となるわけです。
25パーセントしかないのですから、多くても被服費は1割です。

で、これはいらした方によく言っていますが、
お洋服にお金をかけたところで、人生はよくならないのです。
ブンカの学生のとき、
二十歳そこそこの同級生たちは、ギャルソンやら、ヴィヴィアンやら、ピンクハウスやら、
ばんばん着ていました。
ブンカは宿題が多くて、毎日夜中までやらないと終わりませんから、
バイトはほとんどできません。
ですから、これらの衣装代は親が出したものだと思われます。

私が仲良くしていた人も、なんだかいろいろ着ていました。
私はそれを見て、わあ、なんだかみんなすごいな、お金持ちなんだなと、
眺めていました。
(ちなみに、私はセールで買ったものしか着ていませんでしたので、
そんなコレクションに出るようなお洋服は着ていません)

でもそんな彼女も今では無印とか着ているのですよ。
あのままの勢いでどこまでいくんだろうと思っていましたけれども、
上がったのではなくて、どんどん落ちたのです。

それを見るにつけ、
あのお洋服に使ったお金、なんかほかのことに使えばよかったんではないの?と
思うわけです。

ブンカの学生の多くは、洋服にこそお金は使うものの、
そのほか、美術展を見に行ったり、音楽や映画に使ったり、
あんまりしないのです。
音楽、といっても普通に洋楽なんですけれども、驚くほど知らなくて、
いつも私が発表会用の曲を持っていっていました。
だって、みんな、知らないのです、音楽を。

ただもちろん、ブンカの学生ですから、
ファッションを目的化しても、悪くはないわけです。
それを職業にするつもりですから。
ただ、ファッションをやるにしても、
それだけではやっぱりだめなのです。
だめなので、仕事として続けられなくなってしまうのです。

そんな彼女たちを見ているから、
被服費の使いすぎはだめよと、警告しているのです。

もっと人生がよくなるほうへお金を使いましょうよ。
使い道はもっといろいろあります。
人生が豊かになったり、
ずっと後になってあのことがあったから今があると思えるような、
そんなことにお金を使ったほうがよいと思います。

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2016年11月23日水曜日

そんなフェイクな野心で死ぬことはない

フェイクの野心というのは、
それを持っていない人の想像をはるかに超えて、
それを持つ人を苦しみのドン底に落とすようです。

自意識過剰と高い理想が彼女たちを苦しめます。
でもそれら、全部、彼女たちが作り上げたもの。
誰かが与えたものではありません。

面倒なのは、
おしゃれとかファッションって、
そのフェイクの野心のために使われるってこと。
しかも、おしゃれとかファッションって、
お金があれば可能だからね。
お金があれば、全能感を味わえるからね。

好きなことをやっている人たちって、
その好きな対象から好かれたい!とか思わないものなんです。
好きだからやっているだけ。

好かれたい、つまり、愛されたいを目指してしまうと、
それは理想を自分以外の対象に求めるわけですから、
うまくはいきません。
もっと言うと、
自分の幸せが自分以外のものによって左右されるんですから、
そんなあやふやなものに自分の幸せを依存したら、
与えられるのは不安と、悪くすると絶望です。
(自分以外でも、それが神様というか、神的なものならOKだと思いますよ。
神様は揺るがないでしょうから)

好かれないなら好きにならない、
愛されないなら愛さない、
そんなことを目指したら、人は不自由にならざるを得ません。
そして同時に、それはとても危険なのです。
どれほど危険かというと、
その人を死に追い詰めるほどなのです。

みんなが悩むエルメスのスカーフ

およせいただくお悩みでけっこう多いのが、
エルメスのスカーフを持っているのだけれども、
どうやって使ったらいいのかわからないというものです。

エルメスのスカーフ、実はうちにもあります。
私が買ったものではなく、
私の父が1977年ごろ、ヨーロッパへ行ったときに、
ヨーロッパ三大土産として、グッチのバッグ、オメガの時計、エルメスのスカーフと、
買ってきたもののうちの一つです。
(当時、スイスにお住まいだったワタナベ先生の奥さまにお見立てしてもらったので、
趣味が悪いものではありません)

しかし、このエルメスのスカーフ、どうやって使ったらいいものやら、
私も正直、いい考えが浮かびません。
昔のELLEだったかについていた、
エルメスのスカーフの巻き方いろいろがのっている冊子をまだ捨てないで持っていますが、
あのやり方で今、街に出ていく勇気は、みんな、ないだろうと思います。

あれがバンダナぐらいの大きさだったら、
首にちょっと巻いたり、バッグのハンドル部分に巻いたりすればいいのだけれども、
大き過ぎるのですよね。
今は小さいサイズもあるらしいので、新たに買う人は小さいもののほうが、
使い勝手がよいと思います。
首元があいているニットに小さなスカーフを巻くというのは、
今でもかっこいいです。

例えば銀座なんかを歩いてみたとしても、
エルメスのスカーフの人って、ほとんど見ません。
いたとしても、大体が年配の方。
素敵なおばあさま、みたいな、そんな感じだといいのだけれども、
逆に言ったら、エルメスのスカーフって、少し老けて見えるということです。

エルメスのスカーフはけっこうコレクションしている人も多くて、
何枚も持っている方もいらっしゃいます。
それだけに何だかもったいないです。
きっと日本中のたんすにエルメスのスカーフが眠っているはずです。

それだけではなく、日本中のたんすの中に
使っていないパールのネックレス、めったにしないダイヤモンドのペンダントなどありそうです。
これらたんすの死蔵品たち、
何とか使えないものかと思うのですが、
パールとダイヤモンドはいいとして、
一番の難題はエルメスのスカーフだと思います。

どうせ使わないんだったら、
切ってしまって、バンダナの大きさにしちゃいます?
もったいないか。
でも使わないよりはましなような気もします・・・


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2016年11月22日火曜日

服が活躍している場合じゃないんでないの?

いつも気になるんですけれども、
「このパンツはこの冬、大活躍しそうです」という表現。
ねえ、考えてみて?
活躍したいのは服じゃないんじゃないの?
自分なんじゃないの?
「活躍」とは、大いに活動すること、目覚ましく活動することという意味ですから、
このパンツが目覚ましく活動するんですよ。
それでよいのでしょうか?

そうじゃなくて、
この冬、このパンツは私を助けてくれそうです、とか、
サポートしてくれそうです、
のほうがよいんではないの?

おしゃれの目的化もそうだけれども、
服に活躍させちゃって、
自分が脇じゃ困るわけです。
服に大活躍してもらって、
それをサポートする私って、
どう考えても変よ。

言葉は概念だから、
そんな言葉づかいをしていたら、
そうなってしまいます。

いつごろからかはわからないけれども、
服だの、バッグだの、靴だのを表現するこれらの言葉によって、
私たちは脇へ追いやられてきました。
何度も何度もそういう表現を聞いたり、読んだりしているうちに、
自分よりも、服や靴やバッグに活躍させちゃっているわけね。
だから優先度が高くなって、お金もたくさん使うわけよ。

私は、私より目立って、大いに活動する靴も服もバッグもいりません。
必要なのは、活躍する私をサポートしてくれる服、靴、バッグ。

私がよく「物語が始まる服」だの、
「主人公のためのワードローブ」だの言っているのはそのためです。
活躍する主体を間違えないように。
そして、おしゃれをする目的を忘れないように、です。

ヒールの靴

きのう、「麻とヴェルヴェット」をやめるかもと書いたら、
ブログをやめないでくださいというメールをいただきましたが、
題名を変えても、ブログはできる限り続行する予定です。
この淡々と、毎日、同じ時間にやり続けるということは、
訓練ですから、不都合がない限り、やめないほうが自分にとってもよいのです。
で、HPという枠を作る予定ですので、
その中に新しい形として入れるつもりです。

今日のお題です。

去年のクリスマス頃、
隣のフラの先生をやっているおばさま(70代一軒家で一人暮らし)が、
駅の階段で滑って足首を骨折。入院して、1カ月も歩けなかったということを聞いて以来、
ヒールの靴でお出かけするのが怖くなって、
フラット、または5センチヒールまでしかはかなくなってしまいました。
特に駅や、その乗り換えに危険を感じます。

けれども、心のどこかで、ヒールの靴をはかないと、
このままはけなくなってしまうかもという思いがあったのでしょう。
昨晩、「私はヒールの靴しかはかないの」と言って、
9センチヒールをはいている、美しい年上の女性が出てくる夢を見ました。
私は夢の中でも、あの靴で1日じゅうは無理だわ、
などと思っていて、
無理、だけれども、はきたいというアンビバレントな感情がわき起こったのでした。

しかしだからといって、
ヒールの靴で出かけて、
駅で転んだりしたら、それは最も避けるべきことなので、
はくとしても、持参してはきかえ、ということになるでしょうか。

シルエットが大きくなったので、
以前よりも、ヒールではないと似合わない服は減ったと思いますけれども、
それでもまだ、ヒールで全体のバランスをとらないとおかしい服はたくさんあります。
タイトスカートはその代表でしょう。
(おしゃれブログのほうに以前、書きましたが、
水着にハイヒールでわかるように、
身体にフィットしていればしているほど、
高いヒールが要求されるのです)


ヒールの靴なんて、なくても生きていけますし、
外反母趾やら腰痛やらにならないためにも、
高いヒールなんて、はかないほうがよいのです。

はきかえ用のヒール靴という新しいカテゴリーを
自分の中で作るといいのかもしれません。
そんな靴が1足でもあれば、
もう夢には出てこないかもしれません。


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2016年11月21日月曜日

フェスティブ・シーズン



フェスティブ・シーズンなので、
星の照明を置いてみました。
けっこうでかい・・・
窓際に置いたので、
帰りが夜になるときは、
つけておこうと思います。
戻ってきたときに、星が輝いているのが見えて、
何だか楽しそうではありませんか。

もしかして、
「麻とヴェルヴェット」という題名でのブログは、
いったん終わりにするかもしれません。


その際は、ブログ全部削除してしまいますから!
まあ、たいしたこと書いていないのでよろしい。
一応、予告しておきます。

須賀敦子さんが、自分が書いた文章について「ゴミみたいな文章」だと、
どこかに書いていましたが、
ごみまではいかなくても、チリみたいな文章ですかね、これは。
チリなんで、飛ばしてしまいます。


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2016年11月20日日曜日

寒くて雨

きのうの関東地方、夕方から大雨になったのですが、
その大雨の中、出かけてしまいました。
しかし、寒い、しかも雨というのは困りますね。
こんなに雨の多い11月も、過去なかったような・・・
そうすると、雨の多い冬用の装備を考えなくてはなりません。

困るのはやっぱり靴。
私はスエード好きなので、
冬の靴はスエードばかり。
そうすると、この雨はだめ。
きのうは防水加工してある靴ではないと無理なレベルの雨でした。

また、濡れると乾きにくいウールのコートというのもこの時期はだめ。
撥水加工してあるダウンなんかじゃないと、
きのうのような天候には対応できません。
時期的にレインコートという感じではないけれども、
大き目のレインコートで、
中は薄いダウンとか、
そんな感じが適しているのでしょうか。
きのうあたりだと、トレンチコートでは少し寒い。
(これもインナーに薄いダウンを着ればいいでしょうけれども)

今年の高温多湿の夏といい、
冬なのに雨といい、
衣服の最初の目的である、
暑さ寒さを防ぐという点からすると、
考え直さなければならないほどの気候変動です。

そうすると、
撥水、透湿など、
機能性の高い服が望まれるようになるでしょうか。
そういえば、あんまり雨ばっかりなんで、
この前、ゴアテックスを使ったレインブーツというの見てみたのですけれども、
まだまだデザイン的にはいまひとつ。
しかし、蒸れない、濡れないというゴアテックス、
レインブーツ、レインシューズに最適でしょう。
どこへでもハンターの長靴で行けるわけではないので。

6月あたりからずっと、
この湿度と雨、どうしたらいいか、
そればっかり考えているような感じです。


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2016年11月19日土曜日

妻が似ていくのかしら?

先日、おそば屋さんで、
後ろ姿がそっくりなご夫婦を見かけました。
年のころは40歳前後。
スニーカー、ジーンズ、セーターと、
着ているものそのものも似ているのですけれども、
背丈こそ違うものの、
体型の感じや、歩く雰囲気など、そっくりでした。

よく夫婦は似てくると言いますけれども、
どちらがどちらに近付いてくるのでしょうか。

先日見たご夫婦の場合だと、
奥さまのほうが旦那様へ接近していったようです。
なぜなら、旦那様には服装も含めて女性的な部分はありませんでしたが、
奥さまのほうは着ているものも男性と同じですし、
フェミニンな部分が少ないというか、
ないわけではないけれども、あまり重要視されていない雰囲気がありました。

たぶんおしゃれとか、もう関係ないところで生活していらっしゃるのだと思いますし、
もちろんそれで構わないのですけれども、
何か時代の変遷を感じました。
昔はこういうご夫婦はいなかったのではないかと思います。
こういうというのは、お父さんとお母さんの後ろ姿が着るものも含めてそっくり、というご夫婦です。

これはカジュアル化の功罪でもあると思います。
たぶんああなってしまうと、
夫婦だけれども、あまり男性、女性を感じない関係ではないかなと、
推測します。
家族ではあるけれども、
もはやお互いを異性としては見ないみたいな、そんな感じではないかなと。

そうなったとき、もし異性を感じる相手があらわれてしまったらどうなるのかしらとか、
要らぬ心配をしたりして、
これはいかがなものかとも思うのですけれども、
現実的にはどうでしょうか?皆様?

もしフェミニンなところがない奥さまが誰か好きになったとしたら、
あの格好はやめるのではないかしら?
それともそのままなのかしら?

いろいろ考えても答えは出ませんが、
カジュアル化とは、
結局、女性の非フェミニン化であると、思いいたった次第です。

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2016年11月18日金曜日

行動しているかどうかを判断基準にいたします。

今から2年ぐらい前でしょうか。
イラストレーターになりたいのだけれども、
発表する場がないというお悩みの方がいて、
その方は、ちゃんと学校でイラストの教育を受けた方だったので、
ならば、私のおしゃれブログにイラストをつけてもいいので、
何点か描いて私に見せてくださいと言ったところ、
はい、やりますと言ったきり、
何も連絡がこなくなった方がいます。

私は、ふわっとした具体性のない話が嫌いなので、
いつまでとか、具体的にどうしてとか言うほうなのですが、
そういう提案をしても、結局、何も動かなかったという方は
たくさんいらっしゃいます。
割合としては、やる方が2割、やらない方が8割でしょうか。
だんぜんやるほうが少ないです。

私はけっこう人の言うことを信用するほうなので、
やりたい、したい、なりたいというその方のお話を疑わないのですけれども、
最近やっと、(そう、やっと!)
あ、この人たち、言っているだけなんだ、
ということに気づきました。
やりたいんです、けれども行動はしないという方は、
結局、やりたくないし、やる気もないし、やらないのです。

私も初めは、その「したいんです」という言葉を信用していましたが、
したいけれども、行動はしないんですという場合、
別にしたくもないんです。
ただ言っているだけなんです。

だから何なの?というと、
これからは、
○○したいんです、けれども行動はません!
という方は、
やりたくない方だとみなします。
あ、言っているだけね、と思います。
そうすれば、私もその、したいんです、という言葉に惑わされずにすみます。
今まで、そういう方のお話を聞いて、
こうするといいよとか、ああするといいよとか、
知っていることをたくさん教えてきましたけれども、
ほとんど無駄でしたから・・・。

ええ、ええ、私が今まで間違っていました。
今後は、その人がどんな行動をしているかを、
判断基準にいたします。

あ、それから、「○○をやってください」と依頼して、
「はい、やります」と言ったきり何もやらないし、やらないということすら伝えてこない方と
一緒に仕事はしません。
これは作為的コミュニケーション(passive aggressive)のお方ですけれどもね。
無理です。


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2016年11月17日木曜日

おしゃれを目的化してはいけないという話

今日のお題変更。

ほとんど人にとって、
おしゃれやファッションより重要なことが人生であるはずです。
それなのに、ファッションにお金もエネルギーも使いすぎ。
そして、おしゃれが目的になってしまっています。
けれども大事なのは、おしゃれしてどうしたいの?
ということです。
モデルさんや女優さんは、「おしゃれでいる自分を維持する」が目的でいいと思いますけれども、
ごく一般の人の目的は、おしゃれになって、どうするか。
おしゃれしてどこへ行くか。
おしゃれしてどういう効果を得たいのか。
おしゃれしてどういう気分になりたいのか。

で、どういう気分になりたいかが、最終的に最も重要です。
おしゃれはしたけれども、結婚生活は破たんしました、ちゃんちゃん、
でいいのかということ。

何度も出てきている、
私が出会った「ギャルソンを着た悪魔」は、
コム・デ・ギャルソンを上から下まで着ていたから、
それはおしゃれかと言われれば、おしゃれでしょうよ。
でもその人の目的は、
「他人を不幸に陥れ、その姿を見ること」ですから、
そんなやつがおしゃれになったところで、
はっきり言って、無駄ですし、
逆にそのおしゃれが嫌みになります。
そんな人には憧れませんし、
みんなも逃げていきました。
そうなったら、おしゃれかどうかなんて、どうだっていいんです。
ついでに、ギャルソンも嫌いになるってもんです。
(そうそう、その人がつけていたカルバンクラインのエタ二ティという香りも、
私にとっては、吐き気のする香りでしたよ)

あれ、
なんかこの内容はもっと詰めておしゃれブログに書いたほうがよさそうな・・・
そんな気が今したので、
ここで終了。

あ、そうそう。
これは「結婚してどうしたいのか?」ということが重要なのと一緒です。
結婚が目的化して、その先がない。
具体的にどういうふうにしたいの、何をするの、どう感じたいのか?
これがないと、結局、行動しないと思います。

おしゃれでも、結婚でも、会社に入るでも、
それを目的化すると、
うまくいかないということです。

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2016年11月16日水曜日

ビッグ、だけれども細い

そういえば、先日、
アレッサンドロ・ミケーレのグッチやらプラダやら、
たくさん試着してきました。
感想は、
確かにビッグシルエットではある、
けれども細いです。

80年代後半から90年代のビッグシルエットは、
どちらかというと、全体にがばっとしていました。
ウエストなんかわからないぐらいに。
しかし、今回のビッグシルエットは、
全体として確かに大きいのではありますが、
締めるところはきっちり締めてきます。
理由は、
前回の80年代後半から90年代のビッグシルエットは、
海王星やぎ座シーズンですから、
どちらかというと、アンドロジナスで権力志向です。
やぎ座はパワーですからね。
しかし、今回はうお座海王星なんで、
フェミニンでなければいけないのです。
ビッグシルエットでフェミニンなんで、
締めるところは締める、となったわけです。

前にも書きましたが、
どこが細いかというと、
胸郭です。
肋骨のところです。
これはどういう意味かわかります?
そうです。
肋骨って、これ以上、細くはできないんです。
努力で痩せることができないのです。
そこが細いのです。
つまり、彼らは、非常な美意識を持っていて、
こちらにそれを要求してくるのです。
すごいですね。
おかげで、たくさん売れ残っています。

ちなみに、どれもサイズが大きいのはセリーヌとクロエ、ステラ・マッカートニーなど、
妻であり母である人がデザイナーである服です。
なんかこれもわかります。
ただ、どれも身長が高い人向き、たぶん165以上ないとあわないので、
私なんかが着ても、どれも変です。

しかし、ほとんどの人にとってハイブランドなど関係ありません。
ですから、問題なのはこのフェミニンなビッグシルエットがどう下流にくるか、
ということです。
それについては、
まだ考えていません。
なんか思いついたらまた書きます。

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2016年11月15日火曜日

1色、2色、3色のコーディネイトの見本


ボッテガヴェネタ2017年クルーズコレクションが、
3色ルールの見本のようないいコレクションです。
http://www.bottegaveneta.com/it/uomo/cruise-2017-shop-by-look_grd31635
3色ルール、よくわからないという方はごらんください。

男女とも、靴まで同じ色にするというところ、
それからほんの少し明度のグラデーションにしているところに注目です。

お野菜の値段

いつものように、ふるうつらんど井上さんで、
150円のキャベツと130円の小松菜を買って、
帰りに駅にあるオダキューOXというスーパーへ行ったところ、
お野菜の値段の違いにがくぜんとしました。
キャベツは半分で137円とかでした。

私は野菜と果物の8割ぐらいを井上さんで買って、
残りの、例えばバナナとかアボカド、それから地ものの葉野菜がないときは、
ベビーリーフなんかをオダキューOXで買います。

いつも書いているように、
井上さんはオーガニック農家です。
例えば「消毒1回」などと書いているもの以外はすべてオーガニックです。
しかも、今のように野菜が高騰している時期でも、
普通の値段です。
ただし、真冬にトマトやキュウリ、ナスはありません。
夏の野菜は夏しかありません。
キャベツも1年じゅう、ありません。
もう慣れたので何でもないですが、いつもスーパーへ行く人は、
これが不満かもしれません。

不思議なのは、
スーパーよりお安く、かつオーガニックなのにかかわらず、
では近所の住民が殺到するかというと、
そんなことは全くないということ。
けっこうな人が店の前を通り過ぎて、スーパーへ行って、お野菜を買ったりします。
なぜだろうか。

お店の人としゃべったりして、買い物をするのが嫌なのでしょうか。
ちなみに、井上さんでは、みかんとかお米は何キロくださいと言って、
好きなだけ買うことができますし、
トマトだって、梨だって、3個くださいとか、できます。
ブドウだって、一人分ぐらいの300円の藤稔のパックとかありました。
ちなみに、井上さんで扱っている熊本の右田さんのみかん、
すごくおいしいです。やめられないおいしさ。

しかし、安くてオーガニックなのにもかかわらず、
レジが機械的な対応ではないからという理由で、
スーパーへ行くというのも、よくわかりません。
そこまで誰かとお話しするのが嫌なのでしょうね。
それはそれですごいですね。

無農薬のリンゴだって1個130円とかだし、
これから出るレモンだって、1個100円とかなのに・・・
それでも来ないんだから、
これは逆にすごい信念があるということでしょう。
野菜や果物を買うという行為においても、
その人の信念があらわれるということですね。

まあ、私も井上さんとは仲良くしていただいているので、
行って、お店が暇なときは30分ぐらい、
立ち話をして帰ってきますが、
きっとそういうのが苦手、断固拒否という方が多いということでしょうね。
そういう方はそういう方でよろしいです。
きっとそれが楽しいのでしょうから。

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2016年11月14日月曜日

「野心」に取りつかれた人

脳の記憶はあいまいで、しかも勝手に穴埋めするということが書いてある本を読んで、
また、実際にキネシオロジーを通して、
その人の言っていることと、実際にあったこと、
起こったことが違うということも知っていて、
それでわかったことがあります。
言っていることと、身体から上がってくる身体の言葉とに乖離があればあるほど、
どうやらその人の人生はうまくいかないようです。

考えてみれば当たり前のことで、
いつでも、結婚したいという思考と、結婚したくないという身体の意見と、
同時に持っているのですから、運転席に常に2人座っているようなもの。
だけれども、動かすのは身体のほうなので、
結局、行動は身体が指示する方向へいきます。
つまり、思考は結婚したいだけれども、
身体が結婚はしないと言っているなら、
結婚するための行動はしない、になります。

これはなぜ起きるのかというと、
1つは身体の声を無視しているからです。
身体の声を無視して、
社会的な声、それは親であったり、先生であったり、マスコミであったりの意見を取り入れて、
そちらを重要視します。
だけれども、それは大体において、身体の望む方向と180度違うので、
いつでもブレーキとアクセル、両方同時踏んでいるような状態になっていて、
結局、どこへも行かないのです。

それと最近、気づいたのは、これは社会的な声だけではないな、ということです。
私はそれを「野心」と呼んでいます。
どうやらこの「野心」に取りつかれると、
妙にかたくなになって、心が柔軟性を失い、
人間関係から孤立するようです。
この「野心」は、自分で努力することなく、何かを達成しよう、得ようとする「野心」です。
「野心」に取りつかれている人の特徴は、
リアルな人間関係が希薄なことです。
(ネット上でのつながりは除きます。そこはペルソナを使って何とかつながれます)

自分の住んでいる地域、
働いている場所などで、
リアルに誰かと付き合っていない人。
これが「野心」に取りつかれた人の特徴です。
なぜなら、この「野心」には全くリアリティがないので、
リアルな人間関係が、その「野心」をおびやかす可能性があるからです。

鍵は、その「野心」を維持し続けるか、捨てるか。
維持し続けるというのなら、
その状況は続くでしょう。
その「野心」は、フェイクですから。


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2016年11月13日日曜日

マダムのスタイルは苦手

自分がマダムじゃないので、
マダム向けの雑誌は苦手でして、
ほとんど買いません。
年齢的には、それでいいのかもしれないのですが、
掲載されているスタイルも、魅力を感じないし、
関係ないなと思わせるものなので、
見る必要を感じません。

また、マダムたちの集いにも用事はないし、
そういった方々とも実際に縁もありません。

で、何がそんなに苦手と感じるのか、
居心地が悪いと感じるのか、考えてみました。
大体、あの手の雑誌のマダムたちは、
高価なジュエリーをたくさん(ここがポイント)身につけています。
指輪、イヤリングかピアス、ネックレスかペンダント。
そこに伸ばした手の指にネイル、そしてフルメイク。

このフルセットな感じがどうも苦手なのです。
苦手というのは、こういう人が嫌いとか、苦手とかいう意味ではなく、
私がやりたくないスタイルなのです。
タワーマンションの高い階に住みたいとは全く思わないのと同じように、
全くしたいと思わないし、どちらかというと、苦手です。

これにひざ丈のタイトスカートに肌色のストッキングとパンプスだったら、
もう無理という感じです。

そういえば、私はいわゆる企業の制服というのがとても嫌いでして、
何とかしてあれを着なくてもすむ職業につかなければ、と思ったのでした。
あれを毎日着るのは耐えられません。
マダムのスタイルも、
やれと言われたら無理なスタイル。
ほんと、マダムじゃなくてよかった。
タワーマンションとか、住む必要がなくてよかったです。

それは例えば似合うと言われたとしても、
絶対に着たくないものなのです。

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2016年11月12日土曜日

人生は待ってくれない

学生のころ、
高校の演劇部時代の友達が、
「これから、企業はほとんど週休2日制にかわっていくから、
入るときに土日が休みじゃなくても、大丈夫だよ」
ということを言いました。
当時の私は、そんなものかと考えましたが、
あれから20年以上たって、そんなことは実現していません。

また同じころ、男女平等への動きや議論も活発で、
大学で「女性学」という講義もあって、
受講していましたが、
誰もが楽観的な未来を思い描いていました。
つまり、男女の平等は進み、女性も働きやすい社会にこれからなっていくと。
これも現実は逆方向でした。

たしかにそのいつかは、いつかくるかもしれません。
けれどもそれは50年後かも、100年後かもしれません。
今はひどいけれども、いつかよくなる。
それは正論ではありますが、
それが実現されるのを待っていたら、
人生は終わってしまいます。

よく最近は若者に努力を求めるが、それはよくないという意見も聞きます。
求めたり、強要したりするのはよくないでしょう。
けれども、だからといって、
あ、そうか、努力しなくてもいいんだと、
開き直れば、
最終的に困るのは自分です。
そこで、あのとき努力しなくてもいいって言ったじゃない?と、
言ったところで、
その言ったその人は、あなたの責任をとってくれません。
教師も親も、みんなみんなそう。

もちろん、それも人生の選択です。
努力しない、行動しないを選んでもいいのです。
お好きなように、ということです。


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2016年11月11日金曜日

あめんぼ赤いなあいうえお

前にちょっと書いたことがありますが、
2013年ごろ、親の介護と看護、
そしてその後の数々のもめ事(弁護士マターとか、お金をとられたりとか、
税務署に呼ばれたりとか(笑))
をきっかけにして、私の顔、特に右側は軽い顔面麻痺になってしまいました。
そのころに初めてお会いした方は気づかれていないようですけれども、
明らかに、顔が左右対称に動かなくなり、
そのころから、なんだかメイクをするのもいやだし、
コンタクトを入れるのもいやだしと、
顔関係はどんどん適当に、そして今に至っています。

顔面麻痺に治療方法はありません。
あるとすれば、リハビリのみ。
で、自分なりにいろいろやってみて、
随分と回復はしてきたのですが、
最後のもうちょっとのところがうまくいきません。
たぶん、筋トレがまだ足りないのです。

そこで思いついたのが、
演劇部の発声練習である、
あえいうえおあお、かけきくけこかこ、というあれ。
あれをやればいいのだなと、そこまでは自分で思いつきました。
しかし、もっとなんかないかなと思っていろいろ検索していて、見つけたのが、
1つはリップロール。
息をはくときに、声を出しながら唇をふるわせ、ぶるぶるぶると言う、あれです。
顔の筋肉が弱っていると、これがうまくできないということで、
私もやってみたところ、全くできないことはないですが、
確かにうまくできない。
ついでに言うと、口笛が吹けない。
ああ、やっぱり筋トレが足りないのです。

で、もうちょっと検索していたら、
あえいうえおあおの上級バージョンとして、
「あめんぼ赤いなあいうえお」が出てきました。
これは北原白秋が作ったもので、
日本語で演劇をやる場合、定番の発声練習のための詩です。
演劇部は発声練習をするついでに、
顔の筋トレもしていたのです。
すごいな、演劇部。
いろいろカバーしています。

というわけで、演劇部時代に戻って、
暇なときに、あめんぼ赤いなを言いながら、
家の中を歩いていますが、
本気で大きな声を出すと、ネコが妙な顔をするので、
口の形だけ大きくして、あまり声は出さないようにしています。

 演劇部は、発声もやるし、メイクもやるし、照明もやるし、音響もやるし、
ペンキ塗りもやるし、衣装も作るし、舞台の写真も撮るし、
当日本番もやるしと、いろいろなテクニックを駆使しながらやるものなのですが、
最近どんどんなくなってきているとのことで、
本当に寂しい限りです。
今から私が作るか、演劇部・・・(嘘です)。

追記:全然関係ないけれども、ふるうつらんど井上さんのところで働いている高野君(28歳)が、
結婚相手を探しているそうです。高野君はどこかの大学院を出たインテリ農家で、
今後は井上さんのところから独立して、井上さんの土地を借りて農家をするそうです。
(収入は知りません。農家収入です)
オーガニックとか都市近郊農業に関心があって、誰かと結婚したい方がいらっしゃったら、
本名と生年月日を明記した上で連絡ください。
たくさん集まったら、高野君に今後の日本のオーガニック農家とその展望についてのお話を伺う会を開催してもいいです。


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2016年11月10日木曜日

人の記憶のあいまいさ


きのう通りを歩いていたら、
もうサンタクロースが飾ってあって、びっくりしました。
きのうは寒かったし、用事で鎌倉方面へ出ていたので、
もう年末の雰囲気がそこかしこにありました。

それにしても、江ノ島から鎌倉にかけての街の変化が早い。
行くたびに、空き地があらわれ、知らないお店ができています。

あまり通らないところだと、
その空き地に以前、何があったか思い出せません。
いちいち、あれ、ここ、前は何だったんだっけ?と考えてしまいます。
新しいお店ができたら、以前のお店は思いだせない・・・
人の記憶って、そんなものです。

今、人間の脳の記憶がいかにあいまいかという内容の本を読んでいるのですが、
本には、人の記憶は正確ではないし、
見えなかったものについては勝手に穴埋めをすると書いてあります。
私がよく、他人はボトムなんてほとんど見ていないという話をしますが、
それは本当にそのとおりで、
人は見るものを取捨選択し、捨てたものについては、穴埋めをして記憶しています。

服もそうなのですから、
顔についてもそうかもしれません。
人は正確にその人の顔など、見てもいないし、記憶してもいないかも。
顔でさえ、表情やしゃべったことなど、
印象全体で記憶は穴埋めされているかもしれません・・・

☆写真:夕方の江ノ島

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2016年11月9日水曜日

秋の夕暮れ

寒かった1日。
黄昏。

かびくさくなった衣服を再び洗う


今年の夏は湿度が高く、
部屋に作りつけてあるたんすの引き出しの中にしまっておいた、
ダウンベストがかびていて、洗ってみたのですが、
かびはとれたものの、かびくささが残っていたので、
再度、酸素系漂白剤につけてから洗ったところ、
やっとかびくさいのがとれました。

ついでにおとといは、天気もよかったので、
シルクのシャツをまとめて手洗い、
軽くしぼって、お風呂場につるしておけば、
次の日の朝には乾いています。

で、シルクとダウンジャケットの表面などに使われているポリエステルについて考えました。
湿気が高くて、暑い国の衣服って、
コットンとかシルクが多いですよね。
タイやインドもシルクが有名。
ポリエステルは、着ないとは言わないけれども、
こう蒸し暑いと、着ていられないし、
しまっておくとかびるのではないかしら?
(実際のところはわかりませんが)

たぶん、湿気が高くて暑い国の人は、
天然素材のものが中心で、
しかもたくさん所有しないのではないかと思うのです。
なぜなら湿度が高かったり、虫がいたりして、
管理が大変だから。

ヨーロッパは乾燥しているので、
こんなかびやら、虫やらには悩まされないはず。
だから、ある程度、たくさん持っていても、
場所さえあれば管理はできる。

けれども、暑く、湿度が高い国だったら、
管理するために、タンスに風を通したり、防虫剤を入れたり、
かびたら洗ったりと、いろいろと労力がかかります。
労力をかけたくなかったら、
所有する枚数を減らすしかありません。

日本の気候がこのままだったら、
長く湿度の高い夏が1年の半分近くですから、
暑い国と同じ考え方をしたほうがよいのかもしれません。

とにかくシルクは1年じゅう快適。
洗濯も簡単。
シルクのシャツをもう少し補充してもよいなと、
思ったのでした。

☆写真:フリーダ・カ―ロがお風呂に入っているみたいなティーバッグ。(いただいたものです。ありがとう)


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2016年11月8日火曜日

選択するときの早さ

例えば、だーっとたくさん並んだ中から最もいいものを選ぶとき、
一点一点チェックするのではなく、
ほとんど数秒のうちに目的物にたどりつくというのが、
多くのプロのやることです。
美術品とか、骨董品とか、
まずは、ざっと見た中で瞬時に選別してしまいます。
その後で、細かいチェックに入る。

この瞬時の判断を「一目惚れ」と呼ぶかというと、
そうではない気がします。
「一目惚れ」という中の「惚れ」には、
どこか理性とは無関係な感じがしますから。
ただ、早さという点においては、それは同じです。
ですから、誰かが選ぶのを見て、
それが鑑識眼による瞬時の選択なのか、
単なる一目惚れなのかは、わからないでしょう。

見境のない一目惚れは失敗すると思いますが、
瞬時に選択したものではなく、
熟考の上、決めたものは、それはそれで後になって気に入らなくなるかもしれません。

ではどうしたらいいかというと、
理性的で、熟考が必要な部分と、
瞬時の判断が必要な部分を分けるのです。

例えば、理性的に、今年の冬はコートを買うという計画を立てておいて、
選ぶときになったら瞬時に判断、
判断したものについては、再び理性的に価格やサイズをチェックするなど、
しておきます。

これを全部、
何買うかわからない、
一目惚れした、
値段とか素材とか無視して購入だったら、
それは失敗すると思います。

これはすべてについて言えることだと思います。
計画と行動のバランスが崩れていると、
結局、うまくいきません。
財布の中身は有限ですから、
有効に使いましょう。



2016年11月7日月曜日

部活の話

来年の春以降、やろうと思っている文化部の話が、
だんだん固まってきました。
とりあえず、ニットでやろうと思っていて、
参加費1000円ぐらいで、
ちゃんとヴォーグ学園で講師認定受ける予定の方に確認とったので、
そこは確保しました。
あと、アサーティブ・コミュニケーションの講師の方もOKだとのことでした。これも楽しいね。

それで、これは何でやるのかといったら、
本気でニットができるようになるため、
ではありません。
本気だったら、ヴォーグ学園へ行けばいいし、
それは部活じゃないです。

そうではなくて、
例えば、地方から出てきて、
都内で一人暮らしで、
仕事場の人間関係しかない場合、
休みの日に気軽に行けて、しかもコミュニケーションがとれる場所って、
ないからです。

会社や仕事場の知り合いは、
しょせん知り合いレベル。
それにいつも同じ人と会っていても、
それ以上の進展や、新しい発見はありません。

かといって、誰とも会わないとすると、
それはそれで何も起こらない。
誰にも会わないと、何も起こらないということになっています。

部活というよりは、お茶一杯で延々としゃべるカフェみたいな雰囲気がよいのですが、
「カフェ」と銘打つと、お茶を出さなきゃならないので、
そこはちょっと微妙なんで、カフェとは言わないでおきます。

では、なんでそれを私がやるのかなというと、
私はお金はないけれども(いや、ほんとに)、
そのほかではやっぱり恵まれていると思うから。
だから、ノブレス・オブリージュを感じるのです。
(もちろん私より恵まれている方はごまんといらっしゃいますよ)

ジェーン・オースティンの「エマ」という小説で、
エマはナイトリーさんに諭されます。
ミス・ベイトリーは貧しいのだから、そういうことをしてはいけないと。
まあ、そんなことです。

そんな感じで、来春以降、1000円ぐらいで、
もしかしてふるうつらんど井上さんで何か一品買うことという条件がつくかもしれませんが、
文化部をスタートさせますので、
休みの日、行くこと、やること、話す相手がない方は、
いらしてくださいね。

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2016年11月6日日曜日

湿気対策

去年は、ブーツに特別な湿気対策をしなかったので、
1年たって、はこうと思って、靴箱のふたをあけたら、
スエードのブーツのところどころ、かびが生えていたのでした。
今年はそうなるのが嫌でしたので、ロングブーツ用の湿気取りを入れて
保管したところ、みごとにブーツはきれいなままに。
そのかわり、湿気取りが湿度を帯びて、乾燥していたものが
濡れていました。

今年は湿度が高い時期が長かったので、
たんすの中も何とかなくもやっとしていて、
すぐに気づいて、湿気取りを入れればよかったのですが、
なんだかもたもたしている間に、
季節が変わってしまい、
よく見たら、やはり皮革は少しかびっぽくなっていました。
湿度が一定に保たれるお部屋なんか、
普通はないと思うので、
こう湿度が高い時期が続く場合は、
何かしらの湿度対策が、靴にも服にも必要です。

きのうは、ダウンベストの表面にうっすらかびを見つけて、
洗濯機で洗濯してしまいました。

ウールのセーターやなんかは、
自分で洗濯して、アイロンをかけて、
防虫剤と一緒にしまったので、
問題ありませんでしたが、
これも、アイロンがけを怠ると、
いくら防虫剤を入れてあっても、虫食いが見つかるかもしれません。
蛾も、随分と最近まで飛んでいましたから。

いずれにしろ、メンテナンスもけっこう手間暇かかりますから、
自分ができる範囲内までに、
ワードローブを維持するのが、
よいと思います。

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2016年11月5日土曜日

残っていくもの、消えていくもの

先日の龍子記念館での展示には、
第二次世界大戦中の作品も数点ありました。
画家ですから、はっきり何かを訴える作品ではありませんし、
作品としての完成度は、いつの時代に描いたものだろうと、
求められます。

一生画家であると決めたからには、
時代がどんなに変化しようと、
軸がぶれてはいけないのです。

信仰にも似た、
そのぶれのない志があったからこそ、
作品は残ったのだと思います。

志と、
絵を描くことに対する情熱と、
行動力と、
この3つは何をするにしても大事。

龍子さんって、院展をやめちゃって、
自分で「青龍社」という団体を立ち上げます。
気に入らなかったら、
文句を言っているだけじゃなくて、
自分で作って行動しちゃう。

そのときの風当たりはどれほどのものだったのか、
絵を見る限りではわかりませんが、
相当なものでしょう。

それでもやってしまえば、
そんなどうでもいい人たちの批判など、
歴史からは消えていくんです。

そうです、全部消えてなくなります。
残るのは、その信仰にも似た志を持った人の作品だけです。


きのうの問題の答えです。
まず、仲間はずれは「カシオペア」。ほかは恒星なのに、これだけ星座名ですね。
では何を入れたらいいか。一等星の恒星ならなんでもいいです。
アンタレスとか、カノープスとか。季節までは考慮しなくていいです。国によって季節は変わるので。
そこで入れてはいけないのは、ジュピターとかね。惑星はだめです。
わざわざメールで答えを送ってくれた方がいらっしゃいました。
どうもありがとう。

2016年11月4日金曜日

見ることの積み重ね


きのう行った大田区の龍子記念館は、
川端龍子さんが自分で1960年代に建てたものです。
たぶん、当時の最先端のスタイル。
ですから、床が高床式になっていて、
ピロティになっています。
ピロティというのは、上野の西洋美術館の設計者である、
コルビジェの提唱したスタイルです。

で、きのうは、こんなふうに横軸に、
そして同時に縦軸にも理解していないと、
本当のところは理解できないよという話をしました。
これは画家だけの話ではなく、
すべてにおいて言えることです。

これができないと、
きれいとか、きれいじゃないとか、
好きとか、嫌いとかで終わってしまうのです。
それでもいいけれども、
何かその先に向かうのでしたら、
それでは足りません。

あと、きのうもう一つ思ったのは、
そのときにしか見られないもの、経験できないものがあるということ。
きのうの池上本門寺の龍子さんが描いた龍の天井画も、
劣化が進んでいます。
もしかして、もう10年もしたら、危ういかもしれません。
同様に、龍子公園の竹垣も、朽ちてしまったら、
もう同じものは作れません。
機会は利用しておかないと、
次はないかもしれないです。

見ることの蓄積は過小評価されがちですが、
積み重ねていくと、それは大きな力になります。
その力がないことには、
見えてこないからです。
いいものがあっても、目の前で通り過ぎていく。

あと、きのう、池上会館の前にあった大田区のマイクロバスについていた名前、
多いにウケました。
「シリウス」
「ベガ」
「カシオペア」
「スピカ」
でした。

はい、ここで問題です。
「この中で、仲間はずれを1つ見つけて、
正しいものに置き変えなさい」

これ、きのうやっていたんだけれども、けっこうみんなわかっていなかった。
いやいや、大田区よ、これではだめだろうよ。
よく知らないと、こういう間違いをおかすという、いい例でした。

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2016年11月3日木曜日

本日はどうもありがとうございました。


本日、第二回「東京ハッピー」にお越しいただいた皆様、
どうもありがとうございました。
滅多に行かないであろう、池上の街をのんびり歩き、
池上本門寺の天井画を見ることで、
よりいっそう川端龍子の世界を理解できたのではないかなと思います。
「菊祭り」開催中。

やはり見ていくことでしか理解できないこともあるということですね。

関係ないですが、
今日、面白かったのは、
本日、わたくし、紺色のコートの中に黄色のワンピースを着ていたところ、
すれ違う子供たち、ほとんどすべてにじーっと見られました。
なぜだろうか。
子供の目には、黄色はとても魅力的に見えるのでしょうか・・・







いろいろ着ないもの

きのうはいきなり寒かったので、
結局、着ないものって何かしらと、いろいろ考えました。

いつも着るかもしれないと思って、1枚は所持してしまう、
ノースリーブのニットは、
やっぱりほとんど着ないです。
理由は、冬のノースリーブは寒いから。
そして、これは買わないからいいけれども、
私が着ないだろうものはロングジレ。
あれは11月過ぎたら、寒くて無理。
しかもけっこう丈が長い。
あれがコートから出るのはおかしいですから、
そうすると、あれより長いコートを着る機会でないと着ることにはならないので、
結局、着ないでしょう。
あと、最近のオフィスはどうなのでしょうか?
シャツにロングジレでも暖かいほどの気温設定なのでしょうか?
シャツじゃなくて、インナーは薄いニットにしろ、ということか。
とにかく、ロングジレ、要らない派です。
(先日、ロングジレをさんざん勧められ、断固として、いらないと言い張りました)

ブンカで素材の授業を受けたとき、
裏のないウールのコートは寒いからやめたほうがいいですと、
先生が言ったのを今でも覚えていて、
ダッフルコートに使うような、
目のつんだ素材でないと、
裏なしのコートは選べません。

小さいころから暖かいところで育ってしまうと、
寒がりになってしまって、
うちなんて、日本全体では決して寒いほうではないのに、
冬は家の中にいても寒いと感じることが多いです。
今朝もストーブとエアコンのダブル使い。
暖炉のある家に憧れます。
ペレットストーブもいいな。

11月、もう冬ですね。

2016年11月2日水曜日

ルールはあります。無視はできない。

ハロウィンの騒動で、
例の軍服デザインをした方が、
無邪気に無知を訴えていますが、
西洋の衣服には、ルールがあるんです。

何度か書いていますが、
現在の西洋の衣服のオリジンは軍服、制服由来のものが多いです。
ですから、これは否定できません。
トレンチコートしかり、Pコートしかり。
だから、「軍服はいけません」という話ではありません。

けれども、やっていいこととやっていけないことがあります。
それは、やはりルールなんです。

また、モードの変遷というのは、
女性の自由と権利のために発展してきたものでもあります。
パリ・コレクションが最も重要視されるのも、たぶんそのへんです。
フランス共和国の標語は、「自由、平等、博愛」です。
モードも、自由のために発展しているのです。

ですから、例えばトレンチコートのデザインを使うとき、
武器を持って戦うためのものではないものとするために、
それまで持っていた象徴的な意味を解体します。

同じように、女性服の中に男性のスーツと同じスタイルをさせるときは、
決して、「男と同じ」にはしないのです。
必ずベクトルは「女性の自由と平等」の方向へ変えてきます。
例えば、どういうことをやるかというと、
素肌の上にじかにジャケットを羽織るとか、そういうことです。

モードが探っているのは、
男のためではない女性のセクシャリティです。
だから、モードを考えているデザイナーの頭の中に、
「モテ服」はありません。
それはあくまで、セルフエスティーム(自尊感情)を高めるためのものです。

結局、そこまできちんと考えてやっていかないと、世界には通用しないということです。
ただ、楽しい、好きだから、やっているのではないのです。

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2016年11月1日火曜日

トレンチコートって、これね。

さっき上がったばかりのヴィデオです。
バーバリーがギャバジンを開発するシーンから始まります。
残念ながら、どうしてギャバジンと名付けたかのシーンはないです。
でも実際のトレンチコートについて、
これを見れば、なるほど、塹壕ってこのことかと、
わかると思います。
必見です。

創る愉しみ

いつだったか、
高校の演劇部の友達が(彼女は副部長だった。部長は私)、
パッチワークを習っていて、
もう10年も習ったころ、そろそろ教える側になったのだけれども、
親戚だかがバッグを作ってほしいということで、
作ってあげたが、お礼が3万しかなかったと、
たいそう怒っていたことがありました。

パッチワークのバッグ、その労力を考えれば、
3日やそこらではできませんから、
3万では安いです。
けれども、バッグの価格からしたら、
3万のバッグは、安いほうではありません。

自分で洋服を作ったり、バッグを作ったりするのは、
材料費も労力も、売っているものよりかかります。
だから、安く作るためという理由なら、
やらないほうがまし。

では何でやるかというと、
そこには作る喜びがあるからで、
そのためにやるのです。
売っているものと比べるためではありません。

編み物なんかも、たぶん、今はでき上がった製品を買ったほうが安いでしょう。
それに売っているもののほうが、自分で作ったものよりもきれいだし。

そういう私は大学生のころ、
自分で編んだセーターで、学校へ行っていました。
ローゲージの、白と茶色の二本どりのツイード調のものと、
もう一つ、薄いピンクの1本はモヘアにした二本どりのニット。
ピンクのニットに、やはり自分で作った真っ赤なフレアスカートをはいたりしていました。
それにゆるいパーマがかかったロングヘアの時期もありました。
まだ洋裁を習う前でしたから、本を見て作ったものです。
自分で考えて作って着るという、その楽しさのためにやっていました。

生活の中に時間的な余裕がなくなると、
この作る楽しさが奪われていきます。

きのうは久々にユザワヤへ行って、
まだまだたくさんの人が材料を買いに来ているのを見ました。
創る愉しみを知っている人は、
いなくなったわけではありません。

創る愉しみとか、
育てる楽しみとか、
受け身でない楽しみを知っている人は、
誰かから奪おうと、がつがつする必要もなく、
自分の人生を作るわざさえ、習得していくものなのだと思います。

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2016年10月31日月曜日

文化部について模索中

皆さん、お気づきかどうかはわかりませんが、
今年、私がいろいろほかの方と一緒にやってきた、
そのほかの方は、ほかならぬクライアントさんたちです。
もちろん全員ではありませんが、
今までやってきたけれども、発表の場がなかなかない方、
自分だけでは難しい方など、
微力ではありますが、私がサポートすることによって、
人が集まるのであればということで、
やってきました。

で、だんだんこういう試みも終わりかなと思っているのですが、
引き続き、文化部という形で存続させたく思っています。
で、現在、どんな形がいいか模索中。

今思い出してみても、
楽しかったのは、
部活動の活動時間ではなくて、
ただ、部室に集まってだらだらしゃべっていた、あの時間。
そして、卒業後も続くのは、クラスの友達よりも、
部活動の友達です。
だから、あのだらだらおしゃべりする時間を再現したい。

ただ、何かしらテーマがあったほうがいいので、
運動部じゃなくて、文化部ということで、
手芸部とか、まあ、演劇部はやらないにしても、
インテリア部とか、そんな感じでやりたいなと考え中です。

場所は、引き続き、ふるうつらんど井上さんがメインかな。
隣でみかんとか売っているし。

ゆるいつながりの文化部で、
参加費はなるべくおさえて、
集まってしゃべったり、情報交換したり、
そんな場を来年は作りたいと思っていますから、
現在、何かしらの講師になれそうなクライアントさんたちは、
声をかけるので、頑張っておくように。

それにしても寒い。
このあいだまで、冷房つけていたのに、
もうストーブなんて・・・。
秋がないです・・・


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2016年10月30日日曜日

色が先か、気分が先か

引き続き、斎藤工さんを見るべくドラマを見続けていたところ、
衝撃のせりふが、
「黄色を着るなんて、心がはずんでる証拠よね」
これは原田さんが斎藤さんのお部屋に置き忘れた黄色いカーディガンを指して、
斎藤さんが前につき合っていた女が言うせりふ。
黄色じゃなかったら、こんなふうに言われないのか。
それともどんな色を着ていても、難癖つけるのか。
でも、やっぱり黄色だから言われちゃったのかもしれません。

ここで私が衝撃を受けたのは、
最近、自分がよく黄色を着ていたから。
いや、別に心がはずんでいるから着ているわけじゃないけど、
どうなんだろうかと考えたら、
確かに、小学校のころは黄色をよく着ていたと思いだして、
ということはつまり、小学生のころと気分は似ているのかもしれないと、
考えました。

心がはずんでいるというよりは、
心に余裕、そしてリラックスした感じが出てきたから。
それは言えると思います。
緊張とストレスが高い生活だったら、
確かに黄色を着たいなんて、あんまり思わないでしょうから。
そうすると、気分が先で、色を選ぶのは後でしょうか。

ここ数年、特に秋冬は男女とも、黒、グレー、紺ばかりの色合いになりますが、
これも今の社会の反映でしょう。
蝶よ、花よという気分でないことは確か。

そういえば、昔、私がブンカに通っていたころ、
ピンクハウスのショーがブンカであり、
私たちが「ピンクハウス軍団」と呼んでいたお姉さまたちが、
新宿の地下道を通って、ブンカに大挙押し寄せたのでした。
あのときの色合いは圧巻でした。
赤、ピンク、水色、黄色の
フリル、プリーツ、レースのドレスの方たちが
横一列に広がって、歩いていましたから。
どう見ても、彼女たちはストレスに押しつぶされそうで、
毎日生きているだけで精いっぱいという感じではなかったです。
人生は楽しいわ~、という、そんな感じでした。
若いとき、ピンクハウスだったお姉さまたちは、
今何を着ているのでしょうか。

とすると、毎日、満たされない気持ちの人、面白くない人は、
黄色を着ている人を見ただけで、嫌みのひとつも言いたくなるのかもしれません。

とここで、斎藤さんがシュタイナーの学校へ行っていたということを知り、
シュタイナーが色についていろいろ語っていたことを思い出したのでした。
図書館に全集があったので、全部読みましたけれども、
シュタイナー、ぶっ飛んでますから。
シュタイナーに言わせれば、黄色は「霊の輝き」です。

たぶんシュタイナーだったら、
きれいな色を着なさいと、言うでしょう。

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2016年10月29日土曜日

夏の香り、冬の香り

きのうは1日じゅう寒くて、
うちではストーブをたきました。
冬の始まり。

先週あたりから、冬を感じてきたので、
香りを夏のものから、冬のものに変えました。
気温が変わると、似合う香りが変わる感じがするので、
夏向きのものと、寒くなってからのものとに
分けています。

「香水をつけない女に未来はない」と、
シャネルは女性たちを脅していたようです。
脅して香水を売るつもりだったのでしょうか。
私は、そんなふうには思いませんが、
自分の好きな香りをつけているのは好きです。

ただ、日本は香水が嫌われるところもたくさんあるので、
私がよく使うのはボディローション。
最近、たまらない香りのボディローションを見つけたので、
今年はそれにしました。

ボディローションの香りなので、
自分だけ、もしくは相当近付いた人しかわかりません。

香りとシルクとカシミアと、
この3つは結びつくと、
五感を満たします。

しかし、過度な五感の満足は追求はよくありませんから、
ほどほどに、おぼれないほどに。

これは、おぼれそうな香りですからね。


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2016年10月28日金曜日

「ファッションのお仕事をしたいのだけれども、どうでしょうか」というご質問

きのういらしたクライアントさんのお知り合いの高校二年生が、
ファッションを仕事にしたいから、その勉強をしたいけれども、
どうなのでしょうかというご質問をいただきました。
ちなみに、その方はお裁縫もしないし、デザイン画もかかないんだそうです。

ファッションに限らず、その仕事を目指すかどうかは、
2つの点から考える必要があると思います。

まずは自分が好きかどうか。
きのう、自分のことを聞かれてお答えしたのですが、
私は小さいころから、うちに大量にあった「レントゲンの紙」という薄黄色い紙に、
いつも女の子と洋服の絵をかいていたのでした。
その後、中学で演劇部になったときから、演劇部での衣装デザインと衣装作りが始まりました。
その一方で、中学に入ったころから、アンアンかノンノを買ってもらっていました。
高校に上がり、また演劇部に入ったので、そこでも衣装デザインと衣装作りをし続けました。

大学では、シェイクスピア研究会に入ったので、そこでまた衣装デザインが始まったのですが、
このときの衣装は、シェイクスピア劇の衣装だったので、けっこう凝っていまして、
パターンが欲しくて初めて「装苑」を買ったのもこのころです。
そこで見た、ビスチエとブラウスのデザインを応用して、衣装を作ったりしていました。
しかし、ここまでで、別にファッションを仕事にしようとは思っていませんでした。
衣装デザイナーには憧れていましたけれども、学校が違いすぎるし、などと思っていました。

しかし、大学時代に、卒業生調査というものをして、半分の卒業生が卒業3年以内に
初めの会社を辞めていること、
友達から「事務に未来はない」と言われたことをきっかけに、
専門職につかなければ、という思いが出てきました。
その結果、結局、ブンカに行くことになって、アパレル業界に就職したわけです。
ここまででわかるのは、やはり長いこと好きでいられて、
実際にデザインを考えたり、作ったりといった、行動をしていること。
これがないと、続けるには弱いかなと思います。

そしてもう一つ、そのときの社会情勢というものを考える必要があると思います。
統計を見ればすぐわかりますが、
ここ数年、毎年、たくさんのアパレル企業が倒産しています。
これは統計があるかどうかわかりませんが、アパレル企業の離職率も高いと思います。
そして賃金の問題です。
私は、いわゆる一部上場企業にいたのですが、「40過ぎても一人暮らしできない収入」だと、
入ってから言われました。
円高の影響で、インポートも、私が働いていたころより多く入ってきていて、
需要と供給の関係では、明らかに供給過剰です。
日本において、アパレル産業はこれからどうなるか、
明るい展望があるのかどうか、考えたほうがよいのです。
これは、好きだけでは乗り越えられません。

ただ、服だけではなく、その周辺の服飾雑貨まで考えると、
例えば靴下の「Ayame」さんとかは、個人でやっていて、海外の展示会に出展したりしていますから、できないことはありません。ただ、これはこれで簡単ではないでしょう。
自力で海外のバイヤーと交渉して、そこへ卸すのですから。

そんな感じで、好きで長く続けられるのかどうか、
そして、リアルな現状はどうなのか、
この2つの点から考えて、
その上でどうするか決めるとよいと思います。
それと、自分はどういうライフスタイルの人生を送りたいか、でしょうね。

私は長時間労働で、月に5日しか休みがなく、家にほとんどいない、
友達にも会えない、映画もライブも美術館も本屋も行けない、
もちろん旅行にも行けない、そんな生活は嫌だと思って、
普通のアパレル業界には二度と戻らないと決意してしまいましたから。
(前にも書いたけれども、夏休みは3日以上連続でとったらいけないと言われましたから!)

そんな感じですので、参考にしてくださいませ。

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