2015年11月30日月曜日

ヴィーナスを復活させないとな

明るい色のものを着たいという気分はあるのですが、
実際に探すと本当にないです。
とにかく紺、グレー、黒ばかり。
これは、80年代の日本のデザイナーが流行り出したころから、
ずっと続いていると思うので、
もう30年以上、ずっとその調子だろうと思います。

あのころは、いきなり真っ黒のスタイルが出てきて、
新鮮だったろうと思うけれども、
さすがにもう飽きた。

しかし、明るい色のものを探すと、
特に日本にはないので、
海外のブランドばかり見ることになります。

作る側にしてみれば、
明るいものの需要がないから作らないということでしょうけれども、
買う側にしてみたら、
明るいものが売っていないから着られない、
ということになる。
これは一体どちらが先なのか。

デザイナー提案型のブランドでなければ、
需要を考えて生産するでしょうから、
消費者のニーズがあって、ということになるのでしょう。

で、今、日本ではデザイナー提案型のブランドがとても弱くなりました。
これは90年代と明らかに違います。
そこが面白くなくなった大きな要因です。

ブンカに通っていたころ、
ピンクハウスのコレクションは、ブンカの体育館で毎シーズン発表されました、
そうすると、
私たちが「ピンクハウス軍団」と呼んでいた、
華やかな色合いの花柄ドレスを着たお姉さまたちが、
大挙して、ブンカに押し寄せるのでした。
あの姿は壮観だった。
今は、あれがない。
あの方たちは、どこへ行ってしまったのでしょう。
そして、今ごろ、何を着ているのでしょうか。

多くの女性のファッションから、
華やかさが失われてしまった現在。
それは女性性とか、
センシュアリティの無言の否定にもつながっていると思います。
それじゃあ、
確かに恋愛も少なくなるでしょう。

占星術的に考えると、
女性性は金星、ヴィーナス。
ヴィーナスは天秤座と牡牛座のルーラーです。
女性的なおしゃれ、コミュニケーション、センシュアリティ。
ファッションで失われたのはまさにそれ。

ヴィーナスを復活させないとなと、
思う今日このごろです。

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2015年11月29日日曜日

今日はどうもありがとうございました。

とてもいい天気の1日、
トランジット読みのワークショップにご参加いただき、
どうもありがとうございました。
おひつじちゃんもすぐ近くに。


いちじくの葉も枯れて。



冬野菜が育っています。
コーギーのピコたんもほえている中。

今日のレジュメはいつになく充実しています。

ルーラーを使ったトランジット読みは、
最初はちょっとややこしいですが、
なれてくれば大したことないです。
ぜひぜひ自分の体験をもって、検証してみてください。

今日は本当にありがとうございました。

次回は、27日(日)IHの体験シェア会の予定です。
詳細が決まり次第、募集開始いたしますので、
よろしく。

昔からトラッドが主流

いつの時代もOL向けファッション誌というものがあります。
そして、それに掲載されているスタイルは一種独特なのですが、
それは何なのかといったら、
分析することができます。

今の主流は、
トラッド+カジュアル(スポーツ、または作業着)+少しモード、です。

昔から、女子大生、またはOLと呼ばれる人たち向けのファッション誌は、
トラッドが主流でした。
アメリカ系ではラルフ・ローレンやブルックスブラザーズや、
フランス系ではオールド・イングランド、
イギリスだったらバーバリーなんかは、
わかりやすいトラッドのブランドです。
実際には、これらに似せたいろいろなナショナルブランドのものを着ていたのだろうと思います。

トラッドが核なので、
アイテムとしては、オックスフォード生地のボタンダウンシャツ、
紺色のブレザー、
プリーツスカート、
ひざ丈のタイトスカート、
チノパンツ(コットンパンツと呼ばれたもの)
Vネックやクルーネックのシャツ、
Vネックのベスト、
縄編みのセーター、
アウターとしてトレンチコート、
ピーコート、
ダッフルコート、など。

そこに最近、入り込んできたのは、
パーカーなどのスポーツウエア、
そしてジーンズなどの作業着系のアイテムです。

そして、これはここ数年の特徴ですが、
ここにモード系のブランドのバッグをあわせます。

例えば、サンローラン。
現在のサンローランは、コレクションを見ればわかりますが、
テイストとしては「ロック」です。
普通はトラッドにロックは入れられませんが、
モードを入れる、
特にバッグを入れるのが流行っているので、
ロックだろうがなんだろうが入れてしまうのが、
今のやり方です。
(以前、「サンローランはコンサバです!」とおっしゃっている方がいらっしゃいました。
たぶん、コレクションを見たことがないのでしょう。)

それと、昔のトラッドはハイヒールをあわせませんでした。
大体、フラットなローファーやレースアップ、
あわせても5センチヒールのパンプスでした。
しかし、今はここにハイヒールをあわせたようなスタイリングもよく見ます。
(といっても、雑誌に出ているだけで、実際はほとんどないでしょう)

ただこのトラッド、カジュアル、モードの割合が、
8:1:1の場合もあれば、
5:4:1の場合もあり、
それは決まりがありません。

シルエットは変わっていきますが、
主流がトラッドだということは、
あまり変わっていません。
それを理解すると、
コーディネイトの組み立て方もわかりやすくなるのではないかと思います。


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2015年11月28日土曜日

作る現場にいたことがないとわからないことが多いのよ

私のファッションレッスンですが、
うちへ来る前にどなたかのファッションコンサルタントなり、
カラーコンサルタントを受けたことがあるという方が多いです。
で、お話を聞くと、
全然ちゃんとわかっていない。
色のことも、服の構造やパターンのことも、
流行の変化についても、全然聞いていないということです。
そんなとき必ず、
その教えてもらった相手は、
作る側だったことがあるのかどうか質問すると、
今まで、「そうです」と答えた方はいらっしゃいませんでした。

服でも何でもそうだけれども、
作る側、そして作る現場にいたことがないと、
わからないことがたくさんあるんです。
一番わからないのが、
その服がどうやって作られたかということですから、
パターンにしろ、色だしの経緯にしろ、
わかるわけがありません。
それは、現場にいてのみ知り得ることですから。

残念ながら、販売員さんはパターンや素材の知識は持っていません。
作ったことがなければ、わかりません。
それはマンションの販売の人が、
マンションの建築の構造について知らないのと同じこと。
だから、傾くようなマンションでも売ることができるわけ。
同じように、身体に全く合わないパターンのものでもお勧めしてきます。

で、きのうも結構な金額を出して1度、コンサルタントを受けた方がいらしたのですが、
やっぱりめちゃくちゃなことになっていました。
言っていることと、なりたいスタイル、実際に選んだ服、
全部が違っていて、その結果、たくさん買って、たくさん持っています。
これではいくらお金があっても足りません。

そのほか多いのは、
「あなたはベージュが似合う」と診断されて、
いろいろな種類のベージュを集めた結果、
どれも違うベージュで、全くコーディネイトできなくなった人。
ベージュには赤みが強いもの、黒が強いもの、白っぽいものから、
いろいろあるから注意してと言われなかったのか聞いたところ、
聞いてないということです。
こういうケースの場合も、とにかくベージュを買い集めるので、
使えないベージュがふえていきます。

傾向としては、
教わった人のほうが、ワードローブが肥大化するようです。
当然、使う額も多い。
わからないからふえていく。
ふやしたところでよくならないという、
ループに陥っていく。
よくわかっていない人に習った結果、
もっとよくわからなくなっていく。

そろそろ認めてほしいんだけれども、
作る現場にいないとわからないことがたくさんあるんです。
それは、座学では決して知り得ないことです。

縫製工場行ったりとか、
クリーニング工場行ったりとか、
下町にあるピッグスキンの加工現場に行ったりとか、
生地屋さんへ行ったりとか、
東京コレクションで裏方やってみたりとか、
そういうことをやらないと、わからないことが多いの。
私が教えているのは、
それを経験した上でのことです。

とにかくみんな、
ファッションにお金を使いすぎ。
それは相変わらず。
お金持ちはどんどん使えばいいと思うけれども、そうじゃない人が使っている。
もっと賢くなりましょう。


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2015年11月25日水曜日

ずっと探していた

長いこと、いろいろなことをずっと探し続けていたような気がします。
気が合って、しかも裏切らない友達とか、
ぴったりの仕事とか、
いきつけのカフェとか。

だけれども、自分で故意に見つけたり、探しだしたりしたものは全然だめで、
最終的には、
これもやっぱり違うのだという結論に達します。

それで今年に入って、
例えば、4年も前に引っ越したから遊びに来てと毎回言うけれども、
決して遊びに行く日を約束しようとしない友達に連絡するのをやめたり、
カフェなんかどうでもいいわとこだわるのをやめたり、
仕事のためにあれもこれもたくさん習いに行かなきゃいけないという思いを、
そんなの無理、何かを習うのにそんなにお金はかけられないということで、
きっぱりあきらめてみたり・・・
そんなことをしていたら、
逆に向こうから、思いもよらない形ですべてやってきました。

向こうからやってきたものは、
私が思い描いていたものとは違うけれども、
どれもみな、私が無理する必要のないものばかりで、
安心が根底にあります。

実は、キネシオロジーの講習に行ったときも、
同じ市から来た人がいたのであいさつしたら、
あからさまに無視されたりとか、
実習で誰かとペアになろうとしたら、
何となく皆さんが避けていくとか、
お昼ご飯を食べる時も一人ぼっちとか、
スタッフの人が私一人にだけ、前もって受講料を払ったことによる特典を渡してくれなかったりとか、
なんだか楽しくない思いをしながら講義を受けました。
別に目的がみんなと仲良くすること、ではなかったので、平気の平左でしたが。
(ほとんどは平気の平左だったけれど、約束した1万円の割引をしてくれないって聞いたときには、
頭にきましたよ。だって、それじゃ詐欺だものね)
(私、今まで学校でそういうことをされたことがなかったので、
そのときは無視されている子の気持ちがよくわかりました。)

でも、今はそれがすべてなくなった。
もうそういう人たちなんてどうでもよくなったし、
やるべきこともはっきりした。

いきつけのカフェは相変わらずないけれども、
近所にとてもおいしいパン屋があることを発見したり、
お店の人が親切なご飯屋さんを見つけたりとか、
それは最初、私が思っていたものとは違うけれども、
代替品というよりは、もっと上等なものです。

友達も、
それこそ前からの友達とはほとんど連絡をとらなくなったけれども、
あいた席には、
もっと素敵で、信頼できる人がちゃんと座った。

多くの受け継いだもの、信念、思考を手放して、
探すのをやめたら、
想像以上のいいものが、ちゃんと入ってきました。
それは、
「青い鳥は実は家にいました」とも違う。
どちらかというと、
大切にしていた青い鳥は逃げていってしまったけれども、
かわりに鳳凰がやってきましたみたいな、
そんな感じ。
鳥は、翼を持っているから、
向こうから飛んでくる。

探すのをやめて、
向こうから飛んできたもの、人、事のおかげで、
今まで生きてきて一度も感じることができなかった境地に、
今います。
こんなところがあっただなんて。

その先にはまだ何かあるのでしょうか。
鳳凰が何を運んでくれるのか、
今からとても楽しみです。



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2015年11月23日月曜日

なんだか似ているそのわけは

最近の駅ビルや、
少し高級なショッピングモールに入っているファッション・ブランドで、
ターゲットは20代後半から30代と思われるところ。
どこも何となく似ています。
イメージする女性像は、
「働く大人の女性。
後輩からも上司からも好感をもたれるスタイルで、
かつ着まわしができ、
オンにもオフにも着られるアイテム。
週末、パートナーと過ごすときも素敵に見える、
そんなファッションのためのブランド」
で、大体、ブランド名は英語、またはフランス語。
(時には意味のわからない造語)

これらがどういう成り立ちで作られているか想像してみました。
たぶんそれは、
30歳前後の人がチーフデザイナーで、
20代が中心のデザインチーム。
社員はチーフだけかもしれません。
マーチャンダイザーがついていて、
トレンド分析なんかをやっています。
どこどこのデパートでは何のシャツが何枚売れたとか、
そういう情報をとってくる。
パターンはすべて外注。
生産地は工賃が安い外国。


デザインチームは30ぐらいで辞めてしまうので、
キャリアがある人は常時、ほとんどいない。

となると、作れるのはひざ丈のタイトスカートや少しフレアが入ったスカート。
白いシャツやブラウス。
クルーネックとVネックのセーターとカーディガン。
コートはチェスターコート。
ドレスは、シンプルなひざ丈のサックドレス。
色出しは、グレー、黒、紺、ベージュ。
シャツやニットに白。
ボーダーのカットソーやニットは黒白、または紺白。
これだけだと、売り場がさびしいから、少ない枚数の赤や黄色を入れる。

チーフ以外は正社員ではないので、
そこでのキャリアは考えられない。
常に転職先を探していて、
与えられた仕事はきちんとこなすけれど、
それ以上の工夫やアイデアは提案できない。
一生懸命やっても、給料に反映されるわけでもなく、
残業しても、残業代は出ない。
お昼休みは会社と上司の悪口と愚痴。
そして、いい転職先がないかの情報交換。

こんな感じのメンバーが、
そこそこ売れればいいや、みたいな感じで作っているブランドが、
今、とても多いです。
似ているような人たちが、
似ているような環境で、
同じようなことを考えて作ったら、
こうなった。
結果、どれも面白くないです。

確かに、ここから選んで買っていたら、
面白味のないスタイルになります。
会社なんかはそれでいいのかもしれませんけれど。

作っている側の考えや意図は商品に反映されます。
そこからわかるのは、みんな、似たようなことを考えていて、
似たような人たちなのね、ということです。

ここが変わらないと、
日本の中間の位置のブランドはよくならないでしょう。
よくなる日がいつかくるのか、
このまま消滅していくのか、
それはよくわかりません。

どちらにしろ、よく選んで買いましょう。
これらの似たような人たちと同じになる必要はないです。
みんな、それぞれ違いますから。

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2015年11月22日日曜日

明るいものを着たい今日このごろ

例年だと、
お正月が過ぎると、
もうダークネイビーやグレーのニットは嫌になって、
明るい色を着たくなるのですが、
今年はもう今から、明るい色着たいなと、
毎日、感じます。
特に今日のような、曇りの日はなおさらのこと、
着るものだけでも明るくなりたい。

今年の夏は、
Calypsoというブランドのインド製の濃いローズピンクのシャツばかり着ていて、
今年の冬も引き続き、似たような色のニットを着たいなと思ったのですが、
そんな色のニットで、しかもカシミア、またはシルクカシミアなんかだと、
なかなか売っていません。

作る側の視点に立ってみれば、
不景気ですから、何より在庫が嫌なわけです。
となれば、売れそうな色だけ作りましょうという話になって、
結果、紺、グレー、黒というラインナップに落ち着きます。
だから、どのお店を見ても似たような色ばかり。
確かに濃いローズピンクのニットなんて作ったところ、
たくさん売れるはずはありません。

またいつも思うのは、
年配の女性向けの衣料の色。
ピンクでも薄紫でも、すべてグレイッシュにしてしまう。
あたかもこの世に明るい色の生地など存在しないように、
すべてくすんで見える色で作っています。
あれはなんでなんでしょう?
汚れが目立たないためなのかしら?
特に秋冬の色合いはひどいです。

天気も暗いし、
社会の雰囲気も暗いし、
景気は悪いし、
せめて自分の着る服の色ぐらいは明るくしたい。
会社員の方だったら、あんまり明るい色で会社に行ったら、
どうかと思われるかもしれませんが、
せめてプライベートは、
コンクリートに似合う色の世界から脱出したほうがよいと思います。
色は精神にも、そしてスピリチュアル的にも
その人に影響します。
それは誰が何と言おうと絶対です。

ちなみに、繁栄と豊かさの色はターコイズ、
愛の色は濃いローズピンクだそうです。
私も真夏はこの2色をよく着ていました。

色は味方につけたほうがいいです。

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2015年11月21日土曜日

美しさを引き出すためには

もう10年以上前ですが、
気功を習いに行った際、
気功の先生が、習いにきたメンバーのメールアドレスが入った紙をコピーして、
参加した3人の受講者に配ってしまいました。
当時はまだ、メールアドレスの管理に関して、
ゆるい気分だったと思います。

すると、習ったその日の夜から、
ある女子の参加者から毎日メールがくるようになりました。
しかもそのメール、なぜか芸能人の整形前と後の写真が添付されているのです。
「こんなに顔が変わっているんですよ。すごいですね」
というような内容だったと思いますが、
それが3日も続きました。
初めてお会いした人だし、
適当に返信していたら、
最後にきたメールに、
「こういうことをしてはいけませんよ。だから、
次回、(たしか)誰々さんのディクシャを受けて、
幸せになりましょう」
と書いてありました・・・

勝手に他人のことを整形していると疑って、
何かに誘うメールだったようです。
整形とか、していませんから、私・・・

確かに、顔を物理的にいじって美しくなる、
というのもあると思います。
けれども、そういう特殊なことをする以外にも、
その人の本当の美しさを出す方法はあるのだと、
最近、わかりました。

人は、それまでたまった人生の澱のようなものを取り除いていったとき、
薄いヴェールをはがしたように、
本来の表情が出てきます。
それはピュアなのです。
みずみずしい感じがするので、若くも見えます。
顔なんていじらなくても、
十分きれいになれる可能性があります。

そう考えると、
どれほど多くの思考や、ネガティブな記憶が、
その人の美しさを損なっていたのだろうと思います。
でも、それを消しさる方法は、
今の世の中、多数存在しています。

最近、そんなふうにして、
澱を取り除いて美しくなったクライアントさんを見て、
ああ、人間って、本当はこうなんだ、
お化粧で作り上げるまでもなく、
本来の美しさが出てくれば、
これだけきれいになれるのだと、
わかったのでした。

まだまだ可能性はあります。
決してあきらめないように。

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2015年11月20日金曜日

現実を知って、勉強してね

世界経済フォーラムの今年の男女平等ランキングで、日本は145各国中101位です。
景気も明らかなリセッション。
そういうときにどうしたらいいのか。
学校ではなかなか教えてくれません。
ましては、普通の企業でそんなことを教えてくれるわけもない。

20代、30代の結婚したい女性の中に専業主婦が希望の人もいるようですが、
それでは、男性は二の足を踏みます。
経済的な理由でプロポーズしない男性はたくさんいます。
逆に言ったら、経済的に自立している人を彼らは好むわけ。

男女の不平等は改善されるどころか、
特に仕事に関しては、より悪くなっている。
それにもかかわらず、
結婚相手としては仕事をしている人が望まれる。

女性誌を見れば、
相変わらずクリスマスのジュエリー特集。
そんなもの、誰が買えるのという値段のジュエリーがたくさん並んでいます。

理想とイメージは、男性と同等の収入がある30代の女性だけれども、
統計を見れば明らかなように、そんな人はほとんどいないのが現状です。

では、その中でどうすればいいのか。
その答えはどこにも書いていません。
それぞれが探さなければいけないことです。
それでもできることは、
例えば、女性の正社員の割合や平均収入の統計や、
「35歳以上の女性が40代になって結婚したのは1.2%の人だけ」
という、これも国勢調査の結果ですが、そういう事実をまず知ることが大事です。
みんな、驚くほど知らなすぎる。
(これ、35歳以上ですからね。40過ぎたら、もっと全然低いです。1パーセント未満。
学年でトップの成績の人のみができる、みたいなイメージ。
つまり、40過ぎて結婚したい人が問われるのは、
あなた、学年トップの結婚偏差値なの、それほど勉強や努力しているの?ということです)

それからあとできるのは勉強。
とにかく何年間も続けてきたことが一番強い。
それはワードとかエクセルの話じゃないです。
それがないと、どうにもなりません。
(だから、ファッションにお金を使うなって言っているんです)

私も今までいろんなことを勉強してきましたが、
それがなかったら、毎日ブログなんて書けません。
まだまだ足りないぐらいで、相変わらず勉強の日々です。
ただ、やったことは無駄にならない。
シェイクスピアについて知っていることさえ、無駄にはなりません。
(ちなみに占星術、特に私がやっているようなユング派の占星術を勉強するのにも、
ものすごい知識が必要です。ユングや心理学の用語を知らないといけないし、
教科書だって、英語の本だけです)

ヒーリングのたぐいも、もちろん有効です。
けれども、クリスタルのブレスレットをしても、
神社にお参りに行っても、結婚はできないし、
望む仕事にもつけません。
多くの人がそこを勘違いしています。
だって、神社には仕事もないし、男性と出会いがあるわけでもないでしょ?
クリスタルについて、私は学んだし、毎日のセッションで使いますからわかりますけど、
ブレスレットなんて、ほとんど意味ないです。
(言っちゃった・・・)

そんなわけで、今年も残り少なくなりましたが、
現実的な行動計画を考えて、来年に備えましょう。



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2015年11月18日水曜日

ローゲージのニット、ビッグシルエットのコート

さて、今年になってやっとビッグシルエットのコートが店頭に並びました。
2012年からビッグになる、ビッグになるって言い続けてきたのに、
川下まで広がるには3年はかかりますね。

同時に、ニットもだいぶローゲージがふえてきました。
私はローゲージが好きなので、
2年前に早速、ローゲージのももんがニットを買って、
家で着ていましたが、
これを着ると、コートが着られないのでした。

でも、ニットって、ローゲージだと、そのよさがより一層引き立つと、
私は思うのです。
ふんわりとか、メランジとか、あと模様。
私は家での仕事時間が長いので、
ローゲージばかり着ていますが、
お出かけが多い人だと、
今までのコートだと、ニットはハイゲージの薄いものにしなければならなかったと思います。

しかし、ここへきて、
やっとこれら、ローゲージのニットの上にも羽織れるコートが出てきました。
うれしい限りです。

ここで気をつけたいのは、
今30代の人たち。
人は、20代に着ていたスタイルを維持する傾向があります。
それが一番素敵だと思いこむからです。
ですから、今後もハイゲージのぴったりしたニットに、
ゆるみのすくないぴったりしたコートというスタイルを続ける人が多くいることでしょう。
だけれども、流行遅れに見えるのは、
まさにそういう人たちです。
シルエットが変化したのに、前のままの人たちが一番遅れて見えます。

いつも言っているのは、
コートをたくさん買ってはだめ、ということ。
必ずシルエットが変化するときがきます。
そのときに、持っているコートすべてが時代遅れのシルエットになるのです。
時代遅れになったからといって、
全部買いかえるわけにもいかないでしょう。

前の時代に最も流行ったシルエットのトレンチコートを3枚持っていたとしたら、
その3枚、全滅します。
もう前のような、少しハイウエスト気味で、中に着こむことのできない、
ぴったりしたシルエットは、今と、それからこれからの気分ではないのです。
だから、徐々に切り替える。
シルエットの変化が読めないのなら、
たくさん持ってはいけないのです。

とにかく、ビッグシルエットのコートとローゲージニットの季節。
どちらもリラックス感にあふれています。
せめて着るものだけでも、
リラックスしたいです。

※いつも言っている、というのはファッション・レッスンに来た人に言っているという意味です。ブログには書けないこともたくさんあるので、来た人にしか言わないことも結構あります。

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2015年11月17日火曜日

大きな視点の欠如

きのう、自分で書いていて、自分ではっとしたことなのですが、
ファッション誌のスタイル写真、
モデルが街角に立っているとしても、
日本にはないような、フランスのカフェや花屋のようなお店とか、
レンガの建物の前なんかに一人で立って写っているものが多いです。
よく見せるためにそんな場所が選ばれるわけだけれども、
現実に、そんなところに私たちはめったに行きません。

そんな写真ばかり見ていると、
そこに写っている服が確かに素敵に見えます。

けれども、私たちはほとんど誰かと一緒の空間の中でコートなりジャケットなりを着ています。
空間にただ一人というのは、自分の部屋や家でのことだと思いますが、
そんなときは部屋着や何かで十分です。
人目がなかったら、着るものも変わります。

このほかの多くの人と一緒にいるという視点の欠如が、
スタイルの欠陥になっている場合が結構多いと思います。
だから、それを防ぐために、私はいつも、
具体的なシーンで考えてくださいと言っています。

それは例えば鎌倉のフレンチカフェでお茶をしているところとか、
そんな具合です。
そうすると、その空間には1人だけしか存在するというわけではない、
ということがわかります。

「コンカツ」向けのファッションも、それを考える必要があります。
コンカツパーティなるものへ行ったなら、
似たような服装のその他の女性もたくさんいるわけです。
その中でどうするかという視点がなければ、
その他大勢で終わりです。
狙ったつもりが埋没です。

鏡の中のスタイルで、それが完結したわけではありません。
大きな視点を持ち、
関係性の中で考えなければいけません。

抜け出せるのは、大きな視点を持てたときです。
小さいままだと、それがすべてに見えるから。

今年はどうやら暖冬らしく、
まだコート姿の人は多くいませんが、
これから年末へ向けて、街がダークな姿の人であふれるでしょう。
そのときどうするか。
ちょっと考えてみると、いいと思います。


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2015年11月16日月曜日

Lighter

多くの人がライター(Lighter)
に出会うのを待っています。
なぜなら自分の周囲にライターがいないから。

その奥さんはライターじゃない。
その旦那さんはライターじゃない。

お母さんはライターじゃない。
お父さんもライターじゃない。

その先生はライターじゃない。
その上司がライターだなんて、あり得ない。

みんなみんなディスティンギッシャー(distinguisher)です。

ディスティンギッシャーである限り、
パートナーシップも親子関係もうまくいきません。
火を消されるだけではなく、
存在さえも認めない。

うまくいかないけれども、
自分だって決してライターじゃないから、
そのままでいる。
そしていつか、ライターに出会うと、恋に落ちてしまう。
一瞬にして。

ディスティンギッシャーでいることがいいことだなんて、
多くの人が勘違いして生きている。
自分が消されたものだから、
他人の火消しにやっきになっている。

誰かが褒めていたことは伝えない。
努力や業績は認めない。

ディスティンギッシャーたちのなれの果ての社会が今。
大変だからやらないとか、
やると損だからとか、
当然のように言う人がふえました。

けれども、ライターたちは、少数ではありますが、存在していて、
今、彼らは結集しています。
ディスティンギッシャーたちは、これから自分たちの存在を消すことになるでしょう。

ディスティンギッシャーたちは、自分自身の火を消している。
もうそろそろ、燃え尽きて消滅するか、
お互いにもっと消し合うことでしょう。

さようなら、ディスティンギッシャー。



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2015年11月15日日曜日

「から騒ぎ」は恋愛ドラマの原型

 
シェイクスピアの話をもうひとつ。

シェイクスピアの喜劇に「から騒ぎ」という作品があります。
主要な登場人物はベネディックとベアトリスという男女。
この二人、最終的にカップルになるわけですが、
最初はけんかしていて、
とてもじゃないけれど、カップルになるようには見えないのです。
ベアトリスは口が立つ性格で、
ベネディックの言うことにいちいち反論します。

けれども、べネディックとベアトリスは、
この二人をくっつけようというたくらみにまんまとはまり、
なんだか好きになってしまうのです。
で、最終的には2人はめでたくカップルになります。

これ、実際に見ればわかりますが、
現在でも数多く見られる、けんかする2人がやがてカップルになる恋愛ドラマの原型です。
これが出版されたのは1600年です。
今から400年前から、恋愛ドラマは変わらないのです。

しかも嘘を信じて好きになってしまったり、
不貞を疑われておとしめられたりと、
細部に至っても、現在のドラマとほぼ同じ。

私はシェイクスピア研究会の時代に、
「から騒ぎ」では、ヒーローという役を演じましたが、
ヒーローは不貞を疑われて、
「rotten orange」とか言われるんですよ。
なんですか、腐ったオレンジって?

いつの時代も、言われる悪態もたいして変わらないし、
恋愛ドラマの起承転結も同じ。
今、私たちが見ているのは、それの現代バージョンなだけです。

昔から人間の基本的な感情の動きはそれほど変わりません。
だからこそ、古典が今でも面白いし、
共感できるし、楽しめる。

そういう要素が多い芸術ほど、
後世に残っていくのでしょう。

シェイクスピアの芝居は、今見ても、とても面白いのです。

☆写真:ケネス・ブラナーの映画が有名です。


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2015年11月14日土曜日

Fate, show thy forceとつぶやいていたら

 
Fate, show thy forceというのは、シェイクスピアの戯曲「十二夜」の
オリヴィアのせりふです。
私は大学のとき、シェイクスピア研究会というクラブに所属していて、
そこでこの「十二夜」のオリヴィアという役を
原語で演じました。
ちょうど毎年11月、三鷹の駅前の劇場で発表会があったので、
今の時期になると、そのことを思い出します。

私は英文科ではなかったので、
そんなにたくさんシェイクスピアについて勉強したわけではなかったけれども、
当時、日本のシェイクスピア学会の会長でいらっしゃった、
小津次郎先生が英文科の教授だったので、
英文科の学生に交じって、先生のシェイクスピアの授業に出席していました。
単位関係なく。趣味で。

シェイクスピア研究会のお芝居は大したことなかったけれども、
今でも宝物だなと感じるのは、
シェイクスピアの戯曲の少なくとも2つについては、
原語で読みこんだこと、
そして、史劇の1作を除いては、全部、これは日本語でですが、読んだことです。

古典というものは、いつでもその人の屋台骨となります。

絵でも文学でも、そしてファッションでも、
まずは古典です。
小手先の心理学なんかより、
まずはユングとフロイトです。
それが骨格だから、それがないと倒壊します。

文学に関しても、私はある時期まで、
死んだ作家しか読まないという主義があって、
そのおかげで古い作品ばかり読むことができました。
そして、そんなふうに時間を使うことは正しかった。

で、冒頭のFate, show thy forceですが、
自分で世界を創造するなどという、小さい考えを完全に捨て、
(前からそうは思っていなかったけれども)
運命お任せコースにしたら、
なんだか次から次へ面白いことが起こります。
きのうもまた新たな展開があらわれました。

みんな、思考でいっぱいになっている。
「引き寄せたいこと」に頭は占領されている。
それがあるおかげで、もっと素晴らしい天からのギフトが受け取れない。
この極意にもう少し早く気づけていたらならと、
後悔しきりの最近です。

☆絵:ラファエル前派が描く「十二夜」。オリヴィアは描かれていませんが・・・

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2015年11月13日金曜日

引き続き「婚活」のためのファッションについて考える

ところで、私は婚活という言葉が嫌いです。
(ついでに、シューカツも嫌い)
そのほかにも嫌いな言葉がいろいろあって、
絶対に使いません。
ファッション雑誌で使われている言葉でも、
頭悪そうなのは嫌いなので、使いません。

そんなことはどうでもいいことですが、
この言葉を使わないと、皆さんに伝わらないので、便宜上、使います。

さて、ファッションを習いに来るクライアントさんで、
最近、「コンカツ」のためのスタイルをお探しの方が何人かいらっしゃったので、
私もちょっと考えてみました。

私が考えたのは、ちょっと前に書いた「虫が寄ってくる感じ」、
つまり、お花みたいな感じです。
それを書いた後、
いわゆる、コンカツアドバイザーみたいな人、
しかも男性がはどんなふうに考えているのかなと思って、
調べてみましたところ、同じことが書いてありました。
当たりです。

しかし、これだけでは物足りないので、
次に壇蜜が何と言っているのかも、読んでみました。
(ちなみにうちはテレビがないので、いまひとつ壇蜜、わかっておりません。
裸の人だよね、ぐらいです)
その中で面白いことが書いてありました。
結婚相談所に登録されてお見合いパーティーに参加する女性たちが、
「マンガで見るような、『授業参観日のお母さん』みたい」
という話を聞いたそうです。
(引用:「エロスのお作法」 壇蜜 だいわ文庫 20ページ)

なんかこれ、わかります。
その光景が目に浮かびます。

コンカツというのは、つまり結婚相手を探す活動です。
テンポラリーなラバーじゃないわけです。
1度契約したら、その契約が切れるまで続くわけです。
ということはつまり、たまに食べるフランス料理じゃなくて、
毎日、食べるささやかだけどおいしいご飯ですよ。
探しているのは、毎日会う人なわけ。
そういう相手を見つけたいときは、
相手もいろいろ考えるでしょう。


例えば、コンカツアドバイザーの人も書いていたけれど、
ブランドもののバッグや財布はだめです。
なんでかって、相手がそれを見たら、
ああ、この人、財布に6万も出すのか、
そういう人とは生活できないなーって、思うからです。

それから、こてこてのネイルも、
なんかそのつめでさわられたくないなー、
もしくは、そんな爪じゃ、料理しないよね、
と相手は思いますとも。

あと、授業参観日のお母さんみたいなのは、論外。
ちらっと見えたブラがお母さんみたいな下着の色でも相当に嫌。
(もちろん脱いだら矯正下着だったら、テンション下がる。
そして、ストッキング脱いで、足の爪が水虫で死んでたら、もう無理。帰る)

まずはアイテムに男が絶対に着ないものが入っていること。
それは色、形、素材、いろいろ考えられます。
男に生まれたら、絶対に着たくても着られない、そんなものを入れてほしい。

それから、これは壇蜜も書いていましたが、
作りこまれたヘアスタイルとメイクは、結婚相手には望まないと、私も思います。
代官山の美容院で3万円かけたような、
濃いつけまつげで、本当はどんな目なのかわからないような、
そういう人とは、日常生活が思い描けません。

日常よりちょっとおしゃれした程度で、
しかも、完璧ではなく、適度な抜けがあり、
毎日一緒にいたいなと思わせる、けれども色気はあるのよ、みたいな、
そんな感じがいいのではないでしょうか。

殿方はですね、(←壇蜜、真似てみた)
ドジっ子ちゃんが好きなんですよ。
おまえ、一人で生きていけそうだな、という人は結婚対象にならないんです。
あと、さわりたい感じがない人も、そりゃだめだろうよ。
(当然のことながら、自堕落な人は対象外です)

そのさわりたくない感じというのが、
お母さんみたいな下着であり、
死んだ爪であり、
でき上がりすぎたヘアスタイルであり、
固い素材の服(授業参観のお母さんや学校の先生みたいな)であり、
ブランド物のバッグ、財布、アクセサリーなんです。
それら全部、固いのよ。
防御服なのよ。
(ついでに、恋愛成就のためのローズクオーツのブレスもだめだと思う。なんだよ、努力しないのかよ、石頼みかよ、みたいな)

そんな感じで考えてみました。
これからも、もう少し考えてみたいと思います。


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2015年11月11日水曜日

女性性、セクシュアリティ

新しいことを始めたら、
新しい課題が出てくるのは当然なんだけれども、
今年はとにかく女性性、セクシュアリティ、センシュアルとか、
そんなことばかり考えたり、学んだり、ヒーリングしたりしていました。
なぜかって、それがテーマのクライアントさんがたくさんいたからです。

なんで私のところに来るの?と、当初は思っていましたが、
たぶんほかに行くところがない。
私だって、ブログでその手のことを発信しているわけでもないので、
その件について詳しいかどうかわからないと思うけれども、
それでもうちへ来るということは、
本当に行くところがないのだと思います。

この問題について全部わかったわけでもないし、
いまだ研究中なのですが、
はっきりしているのは、この問題があると、
多くのことがうまくいかない、ということです。

これはパートナーシップ、健康、仕事、自己実現、
すべてにかかわる問題で、
特に結婚して以降、この問題が浮上すると、
単に、性格の不一致なんて言っていられなくて、
経済的な問題にも及んできます。
つまり、離婚するかどうかという話。

経済的な問題がクリアできれば離婚できるのだけれども、
そうでない場合、
その後の人生は、相当厳しいものになることは予想されます。

女性性はクリエイティビィティも示しますから、
これが阻害されていると、好きな仕事もなかなかできません。

もちろんこれは家族で受け継がれていきますから、
離婚しないとしても、
放っておくならば、家族がうまくいきません。
子供がいるのなら、子供との関係がうまくいかなくなる。
そして、子供はそれを受け継ぐ。

そういえば、私は大学で「家族社会学」の先生のゼミに入っていたんだけれども、
セクシュアリティから考える家族っていうのは、出なかった。
本もたくさん読んだけれども、
そこについては何も言っていなかった気がします、少なくとも当時は。
今は違うかもしれません。

引き続き今後もこの件については考えたり、学んだりするつもりです。
でも、この件がクリアになると、
俄然、人生は面白くなります。
それはわかっている。

セクシュアリティはルートチャクラにかかわる問題で、
これは行動力とクリエイティビティですから、
そこが活性化されれば、この世で実現できることがふえます。

日本は、特に明治以降だと思いますが、
女性性やセクシュアリティが徹底的におとしめられ、
商売の道具としての「エロ」しか使われていません。
女性の地位を下げたままにするには、それが適切だと、
誰かが判断したのでしょう。
それは単純な、家庭では誰がご飯を作るかとか、
そんな話じゃない。
「お母さんがご飯を作る」から、女性の地位が低いとか、
性的役割分担の固定化とか、
そんな話じゃないです。
それにこだわっていると、問題の本質を見失います。
(それが現在の結果でしょ?)

社会は当分変わらないでしょう。
だけれども、個人でできることはあります。
それぞれが女性性やセクシュアリティを発揮すれば、
より幸せになることは確かです。

せめて、自分の周りにいる人たちだけでも、
そんなふうになれたらいいな。
というか、実際、ちょっとずつだけれども、もう既に実現していると私は思う。
なぜなら、自分の物語を生き始める人がふえたのだから。

何事も自分のできることを、自分のできる範囲内でですから、
私は私のできる範囲内で、
私にかかわった人たちのサポートをしていきたいと思います。



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2015年11月10日火曜日

「物語」を生きるかどうか

これはずっと前から思っていたことです。
占星術でその人の出生のホロスコープを読みます。
そこには可能性、才能、解決すべき葛藤などがあらわれていて、
それはその人自身の物語のようなのですが、
その物語を100パーセント生きている人は、
ほとんどいません。

それは例えば、あてがわれた鉱山に金、銀、ダイヤモンドが埋まっていたとしても、
全然掘っていないのと同じ状態です。
ホロスコープの出生図は、何もしなくても発動するものもありますが、
その多くは自分で掘らないことには、
実現しないものです。

それぞれが、自分自身が主役の物語を携えて生まれてきます。
だけれども、その物語を開くことなく死ぬ人も多くいます。
持参してきた物語は、
波乱万丈で、いいことばかりが起きるわけではないし、
困難を乗り越える努力を要求するものだけれども、
その物語を生きることができれば、
主人公は自分が生きているという実感を持つことができます。

物語を生きるか生きないか、
それは選べるらしいのです。

自分の物語を生きるようになると、
「視点」が変わります。
他人より、社会よりだったものが、
自分中心になります。
他人の目など、気にしている場合ではありません。
社会のおしつけるやり方や価値観など、
もはや通用しません。
それは誰も生きたことのない物語なので、
自分で道を切り開くしか、ありません。

では、どういった人が自分の物語を生きるのか。
自分の意志や、情熱の場合もあるでしょうし、
環境がそうさせる場合もあるでしょう。
出会いや別れの可能性もありますし、
さまざまなヒーリングもこれに寄与します。
(私がやっているセッションも、このためにあります)

一度、自分の物語を生き始めたら、
やめるわけにはいきません。
なぜなら、こんなに面白いことは、ほかにないから。

私が思うに、ですが、
「引き寄せ」とか、「自分の思考を実現する」というのは、
本当のその人の物語じゃないですね。
そこには、畏怖みたいなものがないでしょ?
かわりにあるのは、その人が世界を作っているという全能感でしょ。
それにこだわっている限り、
本当に面白いものはやってこない。

畏怖、神秘、信仰、ゆだねること。
大きな存在の力をお願いすること。
そういう物語のほうがスケールが大きいです。

だから、予想外のことが起こるんです。
先は読めないのです。
来週の予告も出ません。

最近、いろいろな人の始まった「物語」を聞いていて、
それがそれぞれ本当に面白いです。
テレビドラマや映画を超えている。
主人公の目は輝いている。

もう誰も後戻りはしません。


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2015年11月9日月曜日

彼らの「ニーズ」を把握している?


最近、話題のこのCM、もうご覧になりましたか?
「メーク女子高生のヒミツ」という題名で、
ネタばれすると、
これは全部、男子なんです。

これを見てわかるのは、
私たちが「女子」のかわいさと思っている部分は、
十分、作れるということ。
見た目は作れます。

顔がメイクでここまで作れるのと同様に、
「女子」のかわいい感じはファッションで作れます。

ただ、
彼らが本当に欲しいのは、
この「作りもの」じゃないんです。
そこを勘違いしているから、
なかなかうまくいかないの。

彼らの「ニーズ」をちゃんと把握していないから、
本物の女性が「女子」の扮装をしていても、
途中までしかうまくいかない。

40歳を過ぎて、
「結婚したいけれども、できない」と言ってくる方々は、
彼らの「ニーズ」を把握していません。
でもこれは、勉強すればわかることです。
調べればいいだけだし、教えてくれるところもあります。

彼らの「ニーズ」は、
いわゆる女子の言うところの「女子力」とは違います。
彼らが最終的に欲しいのは、
メイクのテクニックでも、
かわいいお洋服でも、
ヨガがうまくなることでも、
ローズクオーツのブレスレットでもないわけ。
ましてや、ブランドものの財布なんて、
そんなもの、見ちゃいない。

彼らの「ニーズ」を満たしてあげればいいんです。
彼らは「ニーズ」を満たしてくれる人が必要なんです。
選ばれないなら、
それはその人が「ニーズ」を満たしてくれない人だから。
ローズクオーツのブレスレットを見ても、仕方ないわけ。
ヨガで鍛えた身体も関係ないわけ。

ありがとうもごめんなさいも、
いただきますもごちそうさまも、
うれしいもおいしいも言わない、
料理も作らない、
決してほめない、
誰かにあげない。
そんなの彼らのニーズじゃないんです。

それは「運」の問題ではありません。
自分がやったかやらなかったか、
それだけです。


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2015年11月8日日曜日

テレビドラマを見てみた

「オトナ女子」というテレビドラマの、
女性の仕事服がいい、いいといろいろ書いてあるので、
ネットで見てみました。
(私は見ていないものは文句は言いません。文句言うなら見てから言え、です)

確かになかなかきれいです。
3色ルールばっちりですし、
アクセサリー使いも大人っぽくていいと思います。

けれども、実際はあんな9センチヒールで通勤できないし、
胸元ばっくりのシャツや、短いスカートやショートパンツで、
取引先なんか行けない感じがします。
あくまでテレビ的な理想、ということでしょうね。
いいんではないですか、それで。
現実を描いたドラマでもなさそうだし・・・

それにしても、
出てくる40歳の女子(なんだね)の皆さんが言っていること、考えていることが、
同じ日本を生きる私の実感と全然違うので、知らない文化圏の人のようです。

私も10代、20代のころは、いろいろドラマを見ていました。
山田太一脚本とか、好きでしたし。
けれども、今になって気づくのは、
現実はけっこう違うよ、違ったよ、もっと摩訶不思議だよ、
ということです。

ドラマ、テレビ、雑誌など、
とにかく、事象を切り刻んで、
現実を狭めてきます。
けれども、実際は、そんなに細かい区切りはなくて、
ましてや、年齢の区切りや人の心なんてうんとあいまいで、
起こる出来事は全然違います。

ドラマ、テレビ、雑誌、ひいては社会がほのめかす、そんな檻なんて、本当は存在しません。
ないです、本当に。

 仕事も夢も恋愛も勉強も、
全然違うよ、本当に。
どう違うかって、
本当はもっと自由です。
「もう時間がないんだからね」というせりふが多いのですが、
確かに生物的の制限の年齢はあるけれども、
それ以外はないです。
それ以外はないんですよ。

私は35歳のときに思いました。
「私も35過ぎたら、もう起こらないな、きっと」
しかし、この考えは間違っていました。
35歳過ぎても、起こるものは起こります。
誰もそんなことが起こるなんて言ってなかったことが、まだ起こります。

しかし、これも私がそういった枠や檻から一定の距離、離れた生活をしているので
起こりえること。
私はそんな枠や檻を全く信じていませんから。
けれども、みずから、その枠と檻の中に入っていったのでは、
確かにそのとおりになるでしょう。
「もう年だから」と、自分で受け入れるのなら、
「もう年だから」の現象が起きるでしょう。


起こることは、もちろん社会の範囲内で、法のもとです。
この窮屈な社会の範囲内でも、法のもとでも、
それでもまだ、不思議が入り込む余地はあります。

ちょっとこの物語は展開が予想できない。
しかも話が加速中。
主人公は確信を持って進むけれども、
話の展開はシナリオライターにお任せなのです。
そしてそのシナリオライターは、
私なんかよりずっと大きな意識、大きな視点を持った、
おそれおおい存在なのです。


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2015年11月6日金曜日

「幸せとは」を読んで

現在、小田急線の各駅で配布されている「ODAKYU VOICE」の11月号に、
林真理子さんがエッセイを書いていて、
そのタイトルが「幸せとは」となっています。
その1行目にこうあります。

「大人になっていくに従い“幸せ”を感じる時間は次第に少なくなっていく。」
(「ODAKYU VOICE」2015年11月号 10ページより引用)

それに続いて、少女のころ、チョコレートパフェを食べて幸せになったこと、
年頃になって、恋愛イコール幸せであったことが書かれていて、
「中年以降そんな幸せを手に入れることが出来る人は、特別の魅力とエネルギーを持った人だ。」
と結論づけています。

他人の幸せにとやかく口出すつもりはありません。
しかし、私はこの方とは反対に、
今が今まで生きてきた中で一番幸せです。

別にチョコレートパフェやケーキをいつも食べているわけではありません。
(というか、どっちかというと、食べない)
誰かと恋愛しているわけでもないです。
大金持ちでもありませんし、安倍政権は最悪です。

でも、近所の道をただ歩いているだけで、
なんだか楽しくなってきて、
こんな最悪な世の中なのに、こんなに幸せを感じてしまっていいのだろうかと、
思ってしまいます。

大人になってわかったことは、
幸せはモノや他人に影響されるものではない、
ということです。
それはいつもそこにあって、こちらがアクセスするだけでよいのです。

近所をただ歩きながら、
パリじゃなくても、ロンドンじゃなくても、
誰かがいなくても、幸せはただここにいるだけでアクセスできる。

なぜそうなったのか。
1つは自分自身のヒーリングが進んだから。
意識の中のさまざまないらないものを全部捨てていったら、
そこに残っていたのは、幸せへアクセスする道への扉。

ものをたくさん買っても幸せじゃなかったでしょ?
とっかえひっかえ誰かと恋愛しても、幸せじゃなかったでしょ?
大金持ちになっても、幸せってわけじゃないでしょ?
あけたらそこが満たされる。

色即是空 空即是色

この境地にたどり着けたのは、
大人になってから、
そしてヒーリングを通して、徹底的に「空」を作っていったから。

モノ、不必要な人間関係、要らない信念や思考、
これら全部、幸せにとって邪魔でした。

海をながめていればいいだけ。
海に行けなかったら、空や星を見ていればいいだけ。


インテグレート・ヒーリングが進んでくると、
みんな、顔が変わってきます。
これ、なんでだろうと思っていたんだけど、
がつがつ何かを探さないでよくなった、からかもしれません。
自分でいられるだけで何もなくても幸せ。
それに気づいてしまったから。

私が私でいるだけで幸せ。
だから、私は私といればいいだけ。
自分でいられるのが楽しい。
これが最大の贈り物。

世間的に見て、
成功者と思われている著名な作家が、
幸せを感じる時間が少なくなっていくと書いている。

成功ってなんでしょうね?
幸せが少なくなっていって、それでも成功なのかしら?
もしそれを成功と呼ぶのなら、
そんな成功、いらないわ。


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2015年11月5日木曜日

美少女は赤を選ぶ

先日の、小田急江ノ島線に乗ったときの出来事です。
私は電車に乗って、あいた座席に座り、ぼーっとドアの方面を見ていました。
しばらくして、学生が多く乗り降りする駅に到着。
ドアが開くと、そこには真っ赤なニット帽をかぶり、同じ赤のショルダーバッグを持った、
美少女が立っていました。
二十歳そこそこの、その子は化粧気はないにもかかわらず、
走ってきたのか、紅潮した頬に、ほんのり赤い唇が、
あまりにも、その帽子に似合っていて、
彼女には、あたかもスポットライトが当たっているかのようで、
周囲がぱあっと明るくなったのでした。

彼女は1人でしたが、
後から、3人でつるんで乗ってきた、やはり学生と思われる女子3人は、
3人が3人ともジーンズにグレーや紺の色合いの服装とバッグで、
楽しそうにしていたものの、なんだかくすんで見えるのでした。

恋に落ちるならどちらかと聞かれたら、
それは赤い帽子の美少女です。
選ぶまでもなく、です。

彼女はそうやって、
スポットライトを引き連れて歩き、
その他3人の脇役と差をつけていきます。

多くの人がやっているのは、
この美少女のやり方ではなく、
残り3人の脇役女子のほうです。

無難に目立たないように、
一人になりたくなくて、
そこそこに見せたくて、
遅れたくなくて。

いろいろな、その「したくない」を重ねていったら、
こんなスタイルになりました、
そんなスタイル。

でも、
脇役だから忘れられちゃう。
誰もいまさら恋に落ちない。

ときたま街ですれ違う、
スポットライトを引き連れた
主役たちは、
みんなほとんど1人で行動。
合コンなんかには、行きません。
だって、行く必要がないから。

何が違うかって。
それは、自分で選んだかどうか。
たったそれだけのことだと、
私は思います。


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2015年11月3日火曜日

どんな下着を着たかった?


下着の話について、続き。

20代のころ、リュック・ベンソンの「二キータ」という映画を見ました。
主演はアンヌ・パリロー、それから「ベティブルー」に出ていた
ジャン=ユーグ・アングラード。
アンヌ・パリローは殺し屋の役なのですが、
ホテルのバスルームから、向かいのホテルへ狙って銃を撃つシーンがあるんです。
銃はバスタブに隠されています。
私はそのシーンでアンヌ・パリローが着ていたブラに目がくぎ付け。
ああ、私もああいうのが着たいの、
あれが欲しいのー、と思ったのでした。

それは銃撃シーンとのコントラストを強めるために選ばれたと思われる、
白地に小花柄のカジュアルかつセンシュアルなブラとショーツ。
銃を撃つのに黒いブラじゃ普通なんですよ。
いかにもでしょ?
そこにギャップを生みだすために、小花柄を持ってくるんです。
それがいいんです。

当時、それは90年代だったと思いますが、
まだ日本には、少女用ではなく、大人用のそういった小花柄のブラとショーツのセットなど、
売ってはいなくて、
主流は、ワコールやトリンプにあるような、ベージュからピンク系統の、
機能的重視のブラジャーばかり。
私もトリンプのものが自分の体型に合っていたので、
デパートのトリンプの売り場で販売員さんに選んでもらってブラを買っていました。
でもそれはつまらないの。
サイズは確かにぴったりだけれども、ただそれだけ。

その後です。
個人輸入が盛んになり、私もいろいろな会社のカタログを請求して集めていました。
その中で、なぜか頼んでもいないのにヴィクトリアズ・シークレットのカタログがうちに来たのです。
日本では見ないようなカラフルで、おしゃれな下着の世界。
そして、なんとその中に、小花プリントのブラとショーツのセットがあったのです。
私が欲しかったのはこれよ、これー、ということで、
早速、黒地に小花柄の上下のセットを注文。
すごく気に入っていて、そればかり着ていた。
黒だから、白いTシャツとか着ると透けるけど、
そんなこと知らないよ、です。

透けるからだめとか、
体型の補正のためとか、
ランジェリーは、そんなことのために着たいんじゃないんです。
それはひそかな楽しみなんです。

それからは外国のランジェリーに味をしめて、
ダナ・キャランやら、何やら、いろいろ買ってみました。
明らかに日本のものとは、作る意図が違います。

この意図の違いというものは、
いまだに続いていると思います。

日本は、商売としての「エロ」には驚くほど寛容で、発達しているけれども、
売りものにならない「センシュアル」にはうとい社会です。

自分のひそかな楽しみのためだったら、
補正下着で苦しもうとは思わない。
寄せてあげてもいらない。
それではないところに楽しみや喜びを見出す人たちは、
いまだに少数派。
だから、そういった下着はほとんど作られていません。
たぶん、作っても売れない。

トリンプでやっていた、ケイト・ヤングがデザインする、
コスメティックもすぐなくなってしまいました。
あれはシルクとレースのランジェリーだった。
私は捨てないでまだ1枚、とってあります。
(買って持ってたチェリー柄のブラとパンツのセットは、友だちにあげちゃった)

今でも着たいのはだんぜんインポート・ランジェリー。
そこには日本で作られているものにはない何かがある。
そして、その何かが、私は好きです。

☆写真:Cosmetic by Kate Youngのシルクキャミソール。かわいいよ、これ。ただ、定価が確か8000円ぐらい。しかも洗ったら、アイロンかけが必要。売れない。残念。


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2015年11月2日月曜日

洋服と下着の関係については保留

「洋服と下着の関係」についてファッションブログのほうに書こうかと思ってたんですけれども、
これ、考えたところで答えが出ないです。
それぞれの人の条件が違いすぎるので、
一致点が見いだせません。
年齢、
体型、
趣味嗜好、
その他の要因が、
複雑に絡まった結果、
下着が選ばれるので、
これはこうこうこれ、
というわけにはいきません。

しかも私は、手術した後から、
ワイヤー入りのブラジャーが苦しくてできない体質になったので、
そこらへん、全部却下ですし、
とにかく普通のものは着られないので、
ほとんどの層から遠く離れ過ぎています。
ですから、実感とか、実際とか、経験とか、
そういうのが、ない。

ただ、ファッションの世界から言えば、
今の下着売り場の主流にあるような、
よせてあげてとか、
補正とか、
身体を人工的に整えるような下着は、
全く想定されていません。
ファッションの側が何を想定しているかといえば、
あんたら鍛えて、そんなものがいらない体型になりなさい、
ということですし、
よせてあげてとか、そんなのもいらないです。
ヴィクトリアズシークレットのショー以外で、
モデルによせてあげてブラをつけさせるショーなんて、
ないです。

で、下着を作る側にいくと、
体型が崩れるからとか、
年齢的にこれが最適だとか、
どんどん下着がハードになって、
しかもハードなだけではすまず、
色気のかけらもなくなり、
脱いでみたところでつまらない、
そんなものばかりです。

私はずっと、女友達と旅行というものをしていないので、
みんながどんな下着なのか、最近よく知りません。
例えば、同級生が今ごろ、どんな下着をつけているのか、
全くわからないし、想像もつきません。

いつでも理想の提案と現実のギャップというものはありますが、
下着に関しては、それはどのぐらいなんでしょう?

私に関してはますます締め付けは無理になってきていて、
でも、だからといって、ふんどしとか、はきたくないよ。
いつかワコールの契約社員をやっていた友達が、
「ワコールからもふんどしあるよ」ってお勧めされましたけれど、
それはいらない。
なんか、そっちの世界にはいきたくない。
(いくらオーガニックでも、それは選びたくない)

そんな感じで、
「洋服と下着の関係について」は保留です。

そうそう、このあいだ、鴨居洋子さんの本を借りて読んでみたんだけど、なんか全然だめだった。
あの感じを目指すなら、アナイス・ニンのほうが好き。一時、アナイス・ニンに凝ったんだな。

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2015年11月1日日曜日

いらない情報を遮断

最近、毎日の生活の中でルーチンワークがふえたので、
それをやる時間がほしくて、
何か削れないかと検討したところ、
あいつが邪魔だ、ということに気づきました。
あいつとは、フェイスブック。

思い立ったらすぐ実行してみたくなる性格なので、
アカウント削除を実行。
向こうはご丁寧にも、すぐにでも戻れるよ~と、
いつでも手招きしていますが、
無視して数日。
なんとすがすがしい毎日なのでしょう。

思えば、テレビも一方的に送られてくる、
要らない情報を見るのが嫌でやめたのに、
フェイスブックは、それがよりマクロなレベルになっただけ。
しかも「いいね」とか、書き込みとかメッセージとか、
余計なことまでおしつけてくる。

気づけば、何か開催する人たちのご招待メールばかりくるようになり、
知りたくもない誰かのプライベートが目に入り、
友だちでもない、知り合いレベルが「メッセージ」欄に、
ホロスコープを添付して送ってきて、
「これどうでしょう?」とくる。

そんな無料読みやっていないので、
無料でホロスコープは見ませんと返答したら、
それ以来、そのフェイスブック「友達」からは連絡なし。

ただ1つ、情報が欲しいグループに参加していたけれども、
いいや、そんなの、なくてもなんとかなる、と決意したら、
本当に何となかるし、なくても平気な情報だったとわかりました。

主体的に情報をとっていく分にはいいけれど、
要らない情報が垂れ流され、
それをいちいちチェックしていると、けっこうな時間がかかります。
やめてみたら、時間は戻ってきた。

また、フェイスブックをやめたことにより、
心理的負担がなくなりました。
これは大きい。

人生は有限で、
残りがどれぐらいあるかわかりません。
お金をもらうための仕事で嫌な目にあうのは仕方ないとして、
それ以外の部分は、なるべく気分よく、好きな人とだけ過ごしたい。
フェイスブックの友達なんて、本当の友達じゃないですもの。
本当じゃないものに今まで時間を使いすぎました。

ああ、すっきりした。
このすがすがしさを体験したかったら、
1度、フェイスブックを退会してみることをお勧めします。
なくたって生きていける。
情報が欲しいだけだったら、
また入って、誰ともつながらなければよい。

フェイスブックは何かを宣伝する側にはメリットがあります。
無料だし。
しかし、受け身が多くなると、
それはやはり時間の無駄です。

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