2015年8月31日月曜日

ボーダーラインはどこに?

春から始まった私の片付け祭り。
まだ完了していません。
今年の夏は暑くて途中休憩。
ま、これは言い訳だけれども。

ところで、「書類も全部捨ててOK」ということを鵜呑みにして、
それでも自分なりに線引きをして残して捨てたつもりでしたが、
ちょっと片付け過ぎました。
全部OKじゃなかったよ。

何年残しておきなさいというルールがあるものもあるので、
それは残しておかないといけませんわ。
結果的には大丈夫だったんだけれども、
一瞬、捨てたことを後悔しました・・・

ボーダーラインはどこにあるか、
これはなかなかはっきりしない問題で、
しかもそれぞれが違うところで線引きするものだし、
会社なら会社なりのローカルルールがあるだろうしなど、
結局、個人にゆだねられている部分が大きいと思います。

服装についても学校なり、会社なりで、
それぞれボーダーラインはあると思います。
Tシャツはだめだけれども、ポロシャツはOKみたいな。
それは微妙な感覚で、
ほかからは理解できないものもあるでしょう。
けれども、そこの学校にとっては、
また会社にとっては、そこが判断基準になる、ということ。
そこで仕事をしたいなら、
またはその学校にいたいのなら、
ボーダーラインより内側にいる以外ありません。

見えないけれども、
ボーダーラインはあります。
それを出たら選ばれないというライン。
なぜ選ばれないのだろうと感じている場合、
自分がそのボーダーラインからはみ出していないかどうか、
確認してみるのもいいのではないかと思います。



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2015年8月29日土曜日

同じ決別


さて、明日は30日。行ける人たちはあの場所へ。

ファッション業界にいたときもそうでした。
確かにいいこと言うよ。
デザインも優れている。
だけれども、自分の利益のためなら他人の人権を踏みにじっても平気という態度の人の
作ったものなど、買いません。
ファッションについてすぐれたデザイン力や技術を持っている人でも、
平気で部下を無給で残業させ、
若い人の時間、体力、能力すべてを奪い、
食べさせず、寝させず。
そんなことをする人は決して尊敬しません、
その技術がどんなにすぐれていたとしても。

今回のことはその拡大バージョン。
自分たちの利益のためなら、法律なんて守らなくてもいいし、
誰かが犠牲になってもいいなんていう人とはお別れ。
同時に、「戦争反対」はだめと書き続ける反知性主義的スピ系陰謀論者とも決別。
(もちろん、最低賃金以下で人を雇うサイキック能力誤用の経営者ともさようなら)

いっぱいいますね。
バイバイ。

☆写真:今朝は雨降ってます。

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2015年8月28日金曜日

魂の学問

インテグレート・ヒーリングで魂レベルというか、
ハイアーセルフにある情報というか、
言葉で表現できにくいそれに、
ゆがんだり、薄汚れてしまった自分を
統合させていくのですが、
その結果、ときどき不可解なことが起きたりします。

私たちは、社会的な成功や幸せについては、
ものすごく知っているし、よく勉強している。
けれども、「魂の学問」については、
ほとんど学ぶ機会がありません。
昔はそれを宗教が担っていたのでしょうけれども、
今はそういう時代ではないし、
宗教で学んでいる人はよくわかっているかというと、
そういうわけでもない。

占星術もそうなのですが、
ものすごいハードアスペクトがたくさん出現したから死ぬ、
というわけではありません。
ソフトアスペクトでできていて、普通に読んだら、
いいことが起こりそうと読む場合でも死んだりします。
なぜかというと、
魂にとって、死は悪いものではないから。

それと似たようなことがたくさんあって、
社会的には、それは大変不幸、または失敗と思えるようなことが、
魂にとっては成功であり、幸せであったりします。
でもそれがなかなか理解できない。
少なくともその渦中にいるときは、
全く理解できないのが通常です。

何がよいことで、何が悪いことか、
死ぬ間際になるまでわからないと言ったのはユングでしたが、
まさにそのとおりで、
魂の望むよいこと、悪いことは、
社会的なよいこと、悪いこととは全く別の基準です。

多くの人が社会的な失敗を極度に恐れて、
判断しない、放棄する、逃げる、無視するなどします。
けれども、それを無視したり、逃げていたら、
魂は成長できない。
魂は成長しないから、また同じことが繰り返されます。

失敗も病気も魂の学びや成長のために起きているだけ。
それがわかってきたら、
その社会的な失敗は、もしかしたら幸せなのかもしれないと、
気づくことができると思います。

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2015年8月27日木曜日

洗練からはほど遠く


いわゆる「洋服」について、
相変わらず、西洋のスタイルに学ばなければならないという立場に、
ときどき、いらいらしますが、
では、着物はそうではないのかとよく考えてみると、
着物だって、過去はそうであったということがわかります。
最近はあまり使われない言葉ですが、
着物って、呉服です。
呉の服です。
日本オリジナルじゃない。
それが洗練されるまで、それこそ何百年もかかっています。

言葉だってそう。
漢字って、漢の字です。
四面楚歌など、四文字熟語も、日本オリジナルじゃない。
今の日本語は外からきたものを取り込んで洗練したもの。
もちろん私たちが現在、表現するときは、
漢だけじゃなくて、広く世界の言葉が入り込んできています。
それを時間をかけて洗練させてきたのが今。

そう考えると、
明治が始まった1868年以降に洋服が入ってきたとして、
たかだか150年。
一般の人が広く着るようになって100年足らず。
洗練するのにはまだ何百年かはかかるのだろうと思います。
そして今はまだ西洋のスタイルを学ぶ時期だということ。
私たちはまだまだ全部学びきれていない。
完全に自分たちのモノにするところまで至っていません。

そういう時代に生まれちゃったから仕方ないです。
私たちは洗練への土台を作る時代の人という位置づけですから、
まだまだ学ばなければならないのだと、
認めざるを得ないのです。

☆写真:今朝のバラはアラン・ティッチマーシュ


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2015年8月26日水曜日

ブロックをはずしたと言うけれど


今朝は雨が降っているので花の写真はなしです。
いきなり涼しいを通り越して、寒くなっちゃったんで、
きのうは冬と同じお布団で寝ちゃいました。

よく「お金のブロックを外したら、
年収が何千万になりました」みたいなことを書いている人がいますが、
年収の額にこだわっている時点で、
すごくお金にブロックあるじゃんって、思いますけれどね。
ブロックないんだったら、
お金があろうがなかろうが、同じ生活、経験、結果になっているわけですから。
年収というのは自分でかせいだ額にこだわっているということで、
ブロックがなかったら、お金や豊かさの出所はどこでもいいはず。
お金のブロックがなかったら、
お金はあってもなくても同じだよ、
ご飯は誰かがおごってくれるし、
野菜は届られるしとか、
住むところも提供されるし、みたいな。
なんせ、自然はすべてただですから。
以前、講演会に行った、サティシュ・クマールさんみたいな人が、
お金のブロックがない人ではないかと思います。

だから、セッション料金は高くないと効果がないとか言う人は、
結局、お金のブロックがある人なんです。
ブロックがあると何が悪いかというと、
自由がない。
お金があっても自由がない。


お金だけではなくて、
ブロックがあると、自由がない。
社会ですから、最低限のルールは必要で、
それがすなわちブロックになる、ということはありますけれども、
それとは関係ないところだったら、
ブロックはないほうがよい。

キネシオロジーに限らず、
ほかのヒーリングのセッションはそうだと思いますが、
施術する側がどれだけニュートラルになれるかが重要です。
もちろん私も自戒をこめて、
気をつけなければなりません。

魂の望みと社会とのぎりぎりの接点を探すこと、
過度に社会のルールに引っ張られないこと、
例えば、病気は悪いものと決めつけないことなど、
注意すべき点はたくさんあります。

そんなことを思いつつ、
変なものに引っ張られないように気をつけなきゃなと考える
今日この頃です。

☆写真:みけちゃん、ヨガマットが好きらしい・・・

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2015年8月24日月曜日

本当にすごいこと


朝の気温はだいぶ涼しくなりました。
曇りですが、残暑よりいいですね。

「本当に新しいことは常に予想しなかったところから出現する」と、
大瀧師匠が言ったという、きのうの内田先生のツイートを読んで、
それと同じように、
本当にすごいことは、常に想像しなかったところからあらわれるのだということを、
再び思いだしました。

人間の想像力は素晴らしいです。
否定はしません。
けれども、本当にすごいことは、その想像をこえたところにあります。
だから、「思ったことは実現した」なんて、
小さい小さい。
自分で考えたことなんて、しれている。

予想しなかった、
想像しなかった、
そういうところの余地を残しておかないと、
人生はつまらないものになります。

決めたとおりの予定とか、
思ったとおりの人とか、
それにしばられないほうがいい。

思考は制限ばかりするから、
自分の想像範囲内だと、それは制限の中だけで生きることになってしまう。

思考の制限を外すと、
想像以上のことが起きてきます。
けれども、それはまさに想像以上だから、
どんなことかはわかりません。

わからないけれども、本当にすごいことが起こる余地を、
可能性を、
信頼を、
持っていることはとても重要です。

予想しなかったことが起こる。
本当にあたらしいものが、
本当にすごいことが起こる。
制限をとっぱらえば、
それはいずれ見えてくると思います。

☆写真:今朝のバラはヘリテージ。

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2015年8月23日日曜日

ピンクのバリエーション

バラ色と言えば、
多くの人がピンクを想像するように、
バラの花色はピンクのバリエーションが豊富です。
今年の1月に銀座で見たディオールの展覧会にも、
さまざまなピンクが展示されていましたが、
バラの色数には追い付きません。

また、女性が好むピンクですが、
実際に売られているピンクのバリエーションは、
これもまた少ない。
子供や少女に似合いそうなベビーピンクは数あれど、
大人に似合いそうな、グレイッシュや、ベージュに近いピンクのものって、
よく探さないと手に入りません。

翻って、自分について考えてみると、
若いときは、少しグレイの入ったサーモンピンクをよく探していました。
今でも葉っぱのグリーンとピンクの組み合わせは好きです。
また、今年の夏はフーシャピンクのインド綿のブラウスをよく着ていました。
このピンクもカーキによく似合います。
あと、ファッションレッスンで見本としてお見せするさし色の小物も
フーシャピンクのメガネと時計でした。
玄関に置いてあるバブーシュもフーシャピンクに赤のスパングル。

できることならば、
バラ色は日常に取り入れたほうがいいと思います。
色はエネルギーフィールドに影響を与えます。
日本には、大人に似合うピンクがあまり売られていなくて残念ですが、
ない中を一生懸命探して、
あったらちょっとずつそろえていくとよいです。


☆写真:けさのバラはシャンテロゼミサト

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2015年8月22日土曜日

秋の光はドラマチック


きのうの朝から、
また庭に咲いている花の写真を撮り始めましたが、
撮ってみて、
画像をアップしてみると、
秋の光というものが、
とてもドラマチックなのだなとわかります。
春のぼんやりした感じ、
夏の白が飛ばされる感じに対して、
陰影が出てきて、まるで舞台照明のような、
ドラマを感じさせる光が、
秋の光です。
空の青さも、真夏のそれとは変わってきました。

そういうちょっとの変化を
毎日の生活の中に感じて、
または見落さないようにして、
確実に季節が変わっていることを忘れないでいれば、
同じ日常が毎日続くなんてことはないって、
わかるはず。

ほんとにほんとに変わっている。
徐々に、ゆっくりだけれども、
変わっていますよ。

取り戻さないといけないのは、
毎日の変化を認識できる感性と、
それを現実に実行する行動力かな。

きのうと今日も同じじゃない、
あなたと私も同じじゃない、
あそことここは同じじゃない、
同じことのほうが少ないって、
徹底的に認識すれば、退屈することなんて、
なくなるのではないでしょうか。

ファッションは本当は、そのことを言っている。
だから、流行は蔓延したら終わるわけ。
みんな、同じでいいんだったら、
世界の果てまで蔓延させて、
全員同じ格好になっちゃえばいいんだけど、
そうはならない。
ルイ・ヴィトンのバッグだって、
世界の果てのすごい田舎の人たちみんなが持ち始めたら、
もう持っていたくなくなるよ。

みんな同じじゃない、
そうじゃないっていう、
絶対の否定がファッションです。
(だから同じものばっかり作っているところは、最終的にうまくいかないです)

☆写真:けさのバラはブラザー:カドフェル

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2015年8月21日金曜日

秋のバラ


秋のバラがぼちぼち咲いてきています。
シュウメイギクのつぼみも膨らんでいます。
まだまだ暑いけれども、
季節は確実に移り変わっています。

見えているところ、
見えない部分、
両方変わってきているけれども、
まずは見えない部分が変わります。
見えるようになるには少し時間がかかります。
そういうことって、すぐ忘れちゃう。

けれども、今朝はこの赤いバラが咲いているのを見て、
自分がやってきたこと、
まいてきたこと、植えたものを思い出しました。
ちゃんと育っているって信じたいんですけれど、
どうなんでしょう?
結果が見えるまでには、もうちょっと時間がかかりそうです。

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2015年8月20日木曜日

アーチストの言葉遣い

言葉とは、切り分けられた世界に貼られたラベルですが、
その切り分けた線は恣意的であって、
絶対的ではありません。

このたび来日するヨハン・ガルトゥング博士の言うところの
「積極的平和主義」と、
どこぞの首相が使う「積極的平和主義」は、
同じ言葉であっても、意味するところは全く異なります。
というか、博士が概念を作って、それに名前をつけたのを、
後者は誤用しています。
(なんかNHKが嘘を言っているらしい)

しかし、言葉の誤用は至るところに見受けられ、
それをとめたり、禁止することはできません。
それは、切り分けが絶対的な線引きをしないという特徴によります。
言葉は、関係によって意味を変えます。
だから、意味するものと、意味されるものは、
いつでも一致していないのです。

そう考えると、
私たちが気をつけるべきなのは、
言葉を絶対視しないことです。
その切り分けられたラインをいつでも疑うことです。
そして、絶対的なラインから自由になることです。

それが絶対だとしたら最後、
切り分けられた残りのものは切り捨てられ、
見ることができなくなります。
多くの誤認はここから生まれます。
誤った認識から得られるのは誤った解答であり、
誤った結果です。

すべてのアーチストは、ここに陥らないように必死です。
つかまったら最後、それはもう芸術ではありません。
だから、
「戦争反対」はだめで「平和賛成」ならいいという態度も、
黒を1色としかみなさない態度も、
現象と原因をきつく結びつける態度も、
アーチストのものではありません。
真のアーチストかどうか見分けるには、
これがポイントになります。

にせもののアーチストに、だまされないように。
そこに感動はありません。
つまり、動かない、ということです。
何がって?
すべてがです。


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2015年8月19日水曜日

飽きないために

今年はしょうがご飯とかぼちゃのスープばっかり食べていたせいか、
こんなに暑いのに夏バテしていません。
しょうがご飯は、すりおろしたしょうがと、刻んだしょうが、
両方入れると、とてもおいしいくて、
はまってしまい、
井上さんで新しょうがが売っていると、
必ず買ってきて、せっせと作って食べていました。
こんなにたくさんしょうがを食べた夏は初めて。
しょうが、すごいな、効くな。

しかし、あんまり食べ過ぎると、飽きがきます。
そうならないためにも、そろそろセーブしないといけません。
どうせ、新しょうがも終わるし、大丈夫であると思いますが。

各種、依存症は、いつもそれを食べている、摂取している、何かしていますが、
そこからおいしいさとか、楽しさとか、喜びは得られません。
アルコール依存症の人も、
飲まずにはいられないけれども、お酒としてはおいしくないそうです。
もっと食べたって、もっと飲んだって、もうだめ。
依存症になった時点で、
もうおいしいとか楽しい経験は得られません。
依存症になった人は、どんなにおいしいものを食べても、
おいしいものを飲んでも、もう何も感じられないのです。

服も飽きがきます。
飽きがくるのはわかっているので、
飽きる手前で着るのをぱたっとやめるて、
少しのあいだ、例えば半年ぐらい寝かせておくと、
また着ても平気になります。

昔は割と、春夏秋冬で、ばしっと服を分けたので、
飽きを感じることが少なかったと思います。
今だって、春とか秋のものは、あんまり着ていないので飽きません。

服の場合、依存症ということはないけれども、
ある時点を超えて、着ることに何も喜びを感じなくなる前に、
すぱっとそれを着るのはやめてしまって、
少しのあいだ、または次の年まで寝かせておくと、
またそれを着たくなります。
(全部が全部ではないでしょうが)

または、消耗品である夏物なんかは、
飽きるほど着て、何年も着ない、という方法もあります。

私はこのところ、立春、立秋を目安に、
実際はその少し後ですが、
ワードローブの構成を切り変えています。
夏前半に着ていたものの一部をやめて、
夏秋のものに変えます。
冬の終わりもそうしました。
ここからはもう着ない、というものを作っておいて、
そこで切り変えます。
気温は関係ありません。

この方法、なかなかよくて、
長い冬と夏の飽きを防ぐことができます。
次の年にまた着るためにも、
適当なところでやめるというのは有効です。

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2015年8月18日火曜日

変な服の美少年

先日、久々に東海道線に乗りました。
藤沢駅のホームで電車を待っていると、
向こうから、美少年がやってきます。
年のころは17~19ぐらい。
おお、きれいなお顔の子が来るななどと思っていたら、
彼は、すっと私の横に並びました。
ゆるやかなウェーブの髪に縁どられた端正な横顔は、
ダヴィンチやボッティチェルリに描かれている青年の
東洋人バージョンのようです。

電車がやってきて、私があいていた二人座りの席に座ると、
例の美少年は、私の前に立ちました。
そのとき、気づきました。
服が、変。
ジーンズではない、よくわからない真っ黒のズボンに、
色あせた薄いブルーに、英語が書いてあって、
ヤシの木が1本描かれている、妙なTシャツ。
そして、どこのメーカーかよくわからない、
これといって特徴のない黒いスニーカー。
ナイロン製の黒いバッグには、細い白のストライプが入っていて、
彼はなぜかバッグを2つ持っているのですが、
その両方が黒にストライプ。
けれども、2つはセットではなく、似てはいるけれども、
違うもの。


私は通常、男の服など、見ちゃいません。
別に興味ないから。
だけれども、これだけ顔がきれいなのに、
それを帳消しするかのようなスタイルだと、すごく気になる。
このセレクトはどうしてそうなったのだ?
お母さんが買ったのか?
どういう趣旨なのか?
何なの、この変な格好?
などと、頭の中でいろいろ考えているうちに茅ヶ崎へ到着。
私の隣の席に座っていた女性がおりて、
美少年が私の隣に座りました。

彼はイアフォンをして、一心不乱にスマートフォンを見ています。
そのスマートフォンのケースも、真っ赤な蛇柄の型押しのケースで、
これもまた変。
どこでそんな変なもの、売ってるの?
何をそんなに一生懸命見ているのかと思って、ちょっとのぞいてみたら、
なんかぼこぼこ爆発するゲーム。
ケースのポケットには、青春18切符が差し込まれています。
ちょっと、そんなゲームばっかりやってたら、
頭が悪くなりますよ。
大学、受からないわよ。
それとも、もう大学生なの?
そしたらあんた、バカすぎるわよ。

こういう人はさ、
変なセンスを持ちこまないで、
普通に白いTシャツまたは白いシャツにジーンズ、
ニューバランスやアディダスのスニーカーでいいんです。
バッグも、アウトドアメーカーなんかのバックパックでいいじゃない。
アイフォンのケースも、デザイン性がないものにしておいてよ。
ああ、もう、なんとかして、
とか考えている間に私がおりる小田原に到着。
青春18切符の彼は、その先まで行くようでした。

ギャップというのは1つの魅力ではありますが、
いつでもそれがよいとは限らないものだなと感じた、
久々の東海道線でした。


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2015年8月17日月曜日

日本人のジュエリー使い

洋服を作る側の人たちで、
ジュエリーに凝っている人って、
あまりいません。
(これ、作る側の話で、売る人たちとはまた別です。)

洋服が好きなので、ジュエリーまでなかなかたどりつかない。
もしくは、アパレル会社のお給料では、
40過ぎても一人暮らしなんてできないと言われたぐらいですから、
自分で買うことはできない、
という理由もあります。

私も同様に、ジュエリーなんて買う経済的余裕があったことは、
過去一度もありませんから、
(今もないけど)
無駄に興味を持たないようにしてやってきました。
また興味を持ってしまうと、
大変なことになるので、
あえて知らないふり、見ないふり。

ただ、年齢が上がってくると、
どうにもチープなものがおかしい。
どこが境目かというと、
40歳ぐらいでしょうか。

「それ、来年はしないよね、捨ててるよね」
というようなものは、
40過ぎると、ますます変です。
その人全体がチープに見えます。

ただ、ジュエリーの世界はジュエリーの世界で難しくて、
簡単には歯が立たない。
みんな、深い理解がないから、
雑誌が大々的にキャンペーンを打った、
一粒ダイヤのネックレスに走りますが、
あれはあれで、みんな同じで、なんだかな、と思います。

日本の装飾品の歴史は、
帯どめや、髪飾りなどはあったと思いますが、
ジュエリーって、ないでしょう。
一般の人が宝石を買い始めたのは、
それこそ戦後だと思います。

クリスマスのころ、一般のファッション誌に載るような、
何百万もするジュエリーは、ほとんどの人に無縁のもの。
普通の人が手にするのは、もっとずっと安価なものです。
その中間が、すこんと抜けています。

ジュエリーに関しても、
この中間のもののレッスンが必要じゃないかなと思います。
100万もする、パールのネックレスは、一般的ではありません。
ニ、三年で要らなくなっちゃうものではなくて、
かといって、何百万のものでもなく、
後半の人生にずっと寄りそうような、
そんなジュエリーはどうしたらいいか、
私もぼちぼち考え始めています。

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2015年8月16日日曜日

本当の親切


ここのところというか、
キネシオロジーのセッションを始めてから、
ずっと考えたり、探したりしていました、
もっと効果が出る方法はほかにないのかと。
ずっと探していたので、それなりにいろいろ見つけたり、
開発したりしてきました。

探すというのも、どこを探せばいいのしっかりとわかっていなかったので、
いわゆる同業者が何かいい方法を知っているのではないかと思って、
彼ら、彼女らのブログを回ったりもしていました。
だけれども、そこには私の探しているものは、
ありませんでした。

先週、鍼灸師の学校に通っている方に会って、
鍼灸師の学校を出ても、全員が鍼灸師になれるわけではない、
習ってもできない、
効果が出るためには、その人の持っているものが、
それを才能と呼ぶのかもしれませんが、
大きく影響するという話を聞いて、
ああ、そうか、
私は誰かがそう言ってくれるのを聞きたかっただけなんだと、
思いました。
習ったって、全員ができるようになるわけじゃない。

そんなこと、ちょっと考えてみればわかります。
音楽だって、演劇だって、美術だって、
学校を出たからって、 アーチストにはなれません。

音大を出てプロになるのはほんのひと握り。
音大の先生が、
「さあ皆さん、音大に入ったからには、卒業したら、
みんな、立派なプロの音楽家になれます」なんて、
絶対に言わない。
言う先生がいたら、そんな先生、誰も信じないでしょう。

鍼灸師だって、それと同じこと。
キネシオロジーも、それでセッションをするとなったら、
それと同じなんだって、
今まで誰も言ってくれなかったけれど、
私は誰かがはっきりそう言ってくれるのを待っていたのです。

それを聞いてから、
ほかのキネシオロジストのブログを見るのをぱったりやめました。
そこにはほとんどヒントなど、ありませんでした。
そんなこと前から気づいていたけれど、
ほかにどこを探していいかわからなかったので、
完全にやめることができなかったのです。
そしてそのかわり、どうしたらいいのかも、
おぼろげながら見えてきました。
これは大きな成果です。

習えば誰でもできますと言うより、
習っても、誰でもできるようにはなりませんと、
はっきり言ってくれるほうがよっぽど親切だと、
私は思います。
かなわぬ期待を持たせるほうが罪つくりです。
最初にだめって言っちゃうと、
なんだか冷たい人みたいに思われるかもしれませんが、
最終的には、言ってくれる人のほうが、
ほんとうの意味で、親切なのです。

ただし、多くの人はまだまだこの
偽りの親切心を求めている様子。
誰でもできるって言ってくれる人のほうが、好きみたい。
それならそれで結構。
そんな甘い言葉を聞いたところで、
できないものはできませんから。

本当にいい師とは、
こういうことをきっぱりと言ってくれる人です。
誰でもできるようになるなんて言う先生は、
それはやっぱり詐欺師です。
悪魔は天使の姿でやってきます。

☆写真:秋色ペチュニアだね。


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2015年8月15日土曜日

アートという栄養

30歳になるまでは、
あるお金ぎりぎりまで、
映画、ライブ、舞台、コンテンポラリーダンス、美術展など、
見る、聞くことに使っていました。
そのころ、同じ年代の友達は、
ブルガリの時計を買ったり、
ルイヴィトンのバッグを買ったりしていましたが、
全然うらやましいとも思わなかったし、
ブルガリの時計を持ったところで、
持っている時間は変わらないって、思っていました。
(実際そうでしたが)

ただ、それ以降、アパレルへ行って、
体調を崩してからは、
お金も限られているし、
そうしょっちゅう、行くことはできなくなると判断した私は、
都内にちょこちょこ見に行かないで、
ある程度、お金がたまったら、
ヨーロッパでまとめてみるほうがお得という考えに至り、
行ったときは午前も午後も美術館、
夜は演劇、バレエ、オペラとか、
そんなふうに過ごしていました。

で、最近ですが、
また病気をしてしまったので、
外国へ行くのもままならず、
かといって、都会も疲れるし、
というわけで、アートという栄養分を長いこと、少量しか摂取しないでいましたが、
そろそろ栄養不足。

音楽でも、美術でもなんでもいいですが、
それは魂の栄養分なので、
切れてしまうと、生活が干からびた感じがします。

アート情報を調べてみると、
昔とは、比べものにならないほどの美術展があり、
ライブもそこらじゅうでやっているし、
恵まれている時代だなと思います。
ただ、行けないと、そんな情報も全く意味ないのよね。

明らかなアートの栄養不足。
だけれども、昔のように大量摂取はできないから、
栄養満点なものを少し入れたい。
新しい映画は、全然興味がない。
例えば、「東京物語」のような古い映画か、
絵画も1点とかでいい。

もうちょっと涼しくなったら、
出かけていって、どこかで補給してこようと思っています。
今年、全般は琳派でもったんだよな、そういえば。
後半、もうちょっと行きたいです。



2015年8月13日木曜日

流行の行きつくところと消費されない文化

私はよく、「しまむら」で売り始めて、
お年寄りと子供がそれを着始めたら、
その流行は終わりですと言っています。
「しまむら」は、わかりやすいシンボルであって、
それ以外の、似たようなお店でも構いません。

私は洋服に限って言っていたのですが、
どうやら、その他、サブカルチャー全般にもその傾向があるらしく、
例えば、都会で生まれて、都会で流行っていた音楽が、
地方のショッピングセンターの売り場でかかり、
小さい子供までが口ずさむようになったら、
やっぱりそれはもう終わり。

それから、テレビなんていうのも、
今では流行を追う側で、
テレビで取り上げられたときは、
何だかもう、終わりへ近付いている感じがします。
特に、NHKなんかのお昼の時間に出てきたら、
行きつくところまで行きついた感があります。


で、ほとんどの流行は都会、特に東京発信です。
海外がオリジナルなことはもちろんありますが、
まずは東京の一定の人たちのあいだで流行って、
それが広がります。
地方はいつでもフォロワー。

ただ、これって、実はあまり面白くないです。
いつでも東京、東京って、
東京中心主義で、地方は単なる真似っ子するグループのいるところ。
この力関係を何とか変えたほうがいい。
変えたほうがいいって言ったって、
気持ちだけで変わるものではありませんが、
この一方通行の流れから脱しないことには、
東京以外の街は、つまらないことになります。

その点、
湘南エリアは必ずしも東京追随じゃありません。
服なんかも、都会の人とは違う格好をしている。
音楽なんかも、適当にゆるく、
東京の都会とは違う雰囲気があります。
あそこにしかない雰囲気があって、
全国から人が集まってきます。
しかも、住んでいる人たちは、東京に憧れてはいません。
それがよい。
東京みたいになろうとしていないところが
断然よい。

そういうところでは、流行は消費されません。
今はあれが流行っているよね、
お年寄りが着たから終わりだよね、
ということがないです。

ほかのものに憧れないで、
ほかのもののフォロワーにならない、
そのことの強さがここにはあります。

そういうエリアが日本じゅうにふえたら、
もっと楽しくなるのにな、と思いますけれど。
でもそれを人為的に作るのは、
それはそれで難しいです。
歴史は後から付け足すことができないし、
地形も決められないし。

これを個人に当てはめるならば、
昔撮った写真を今、見てみて、
どれだけ変じゃないかで判断できます。
今見てもおかしくない、
今見てもいい感じ、
だとしたら、
自分は消費される対象から外れていたということ。

本や音楽、映画も同じ。
今見てみて、こんな本やCD、とっておけない、というものは消費されたもので、
今見ても新鮮、ずっととっておこうというものは、消費することができないもの。

地方にしても、
個人にしても、
消費されないこと、
誰かにあこがれないこと、
フォロワーにならないことを、
目指したいです。 

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2015年8月12日水曜日

求めよ、さらば与えられん

きのうはエアコンのリモコンが壊れました。
電池のところが錆びていて、錆びを落とそうとしたら、
コイルが取れた。
で、急いでネットで探したら、
全く同じものが売られていたので、即座に注文しました。
探すとあるものですね。素晴らしい。

求めよ、さらば与えられんは聖書の一節ですが、
これは本当だと思います。
どこにあるか知りたいと思ったら、
念じつつ、探し続ければ、それには出会えます。

そこまでは私もわかるんだけれども、
何か達成したいのに、
行動も努力もしないと断言する人たちもいます。
私はそういう人たちに、
行動も努力もせずに、どうやって達成できるのか教えて?
と、聞き続けているのですが、
今のところ誰もその答えを教えてくれません。
宝くじだって、まずは買わないことには当たらないのに、
何か大きなことを達成するために、
何もしないでどうやってするのか、
私には皆目わかりません。

それでもできると言う人たちを否定するつもりはないので、
そのたびに質問してみるのですが、
回答はありません。

私の知っている人たちで、
それなりに何らかの成果を出した人たちは、
行動したり、努力した人たちです。
そういう人たちが、いろいろ結果を出していくのは、
こちらが見ていても楽しいです。
類は友を呼ぶわけなので、
私の周囲には、そういう行動する人たちが集まってくるのかもしれません。

ここのところ、
前から探していたものの答えがたくさん返ってきて、
新たな目標や、やることが見えてきました。
探すのには結構時間がかかったけれど、
見えた今は、早く取り掛かりたい。

何か達成したい人は、
とにかくいつも求め続けることをお勧めします。
やめない限り、必ず答えは返ってきます。


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2015年8月10日月曜日

お盆を過ぎると

朝晩、だいぶ涼しくなってきました。
日中はまだまだ暑いですが、
だんだん真夏の服があきてきたこのごろ。

私なんて、3月の終わりからサンダルをはいていたので、
そろそろサンダルも飽きてきた。
かといって、まだ暑いし、
ブーツをはくというわけにもいかないし・・・

もちろん、太陽の光の加減も変わってきました。
真っ白いワンピースが一番映える光って、
夏至のころかもしれません。
今ぐらいになると、少し光が傾いてきて、
真っ白よりも、少しダークな感じのもののほうが、
光に映える感じがします。

もう何度も書いているけれども、
いまぐらいの、秋への移行時期は、
色は秋っぽく、
けれども、素材や形は夏、
というものがお勧めです。
濃い茶色、紫、緑などの色で、
でもTシャツとか、ノースリーブ、
素材は麻や薄いコットンで。
見た目にはちょっと秋を感じさせるほうが、
おしゃれに見えます。


ほんと、ちょっとした差なんですけれど、
何気なくそういった秋色を付け足しておくと、
見る人は、意味はわからないけれども、
おしゃれを感じます。

なんか、そんなちょっとした工夫なんです。
そして、そのちょっとした工夫の積み重ねが、
結果的に大きな差を生みます。

その点において、
人生は平等ですね。

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2015年8月9日日曜日

演劇部の8月 その2

さて、今日は8月9日。
長崎に原爆が落とされた日です。
広島には行ったことがないのですが、
小学生のころ、長崎の平和記念像のところまでは行ったことがあります。
夏休みの旅行でした。
浦上天主堂にも行きました。
8月の長崎旅行の思い出です。

で、演劇部の8月その2です。
私が高1のとき、広島、長崎の原爆をテーマにした芝居をやった演劇部の面々。
私が高2のときの8月は、またしても反戦がテーマ。
しかも今度はポーランドのユダヤ人収容所の話。
題名は「リディチェからの花々」。

前年は照明係だった私でしたが、
高2のときはキャストになりました。
けれども、せりふは最後に一言だけ。
しかも死ぬ役。
(いやいや、文句ないですよ)

この年はユダヤ人の強制収容所の資料を、
暑い演劇部の部室で見まくり、
前年に続き、夜、悪夢を見るほどの影響を受けました。
とにかく怖い。
高校時代にあの手の資料を見ると、
皮膚感覚として恐怖がしみこみます。
とてもじゃないけど、戦争なんて、あり得ない。
またしても、平和憲法と、9条のありがたみがわかります。

きのうもまた、どなたかが、「戦争反対」はネガティブ・ワードだから使わない。
「平和賛成」というポジティブな言葉を支持するというようなことを書いていました。

ポジティブとか、ネガティブとかじゃないんです。
内容が重要なんです。

ネガティブとかポジティブとか言霊とか言っていたら、
法律とか資料は読めません。
資料だけじゃなくて、文学も読めないでしょう。
もちろん、反戦がテーマの演劇なんて、見やしないでしょう。

ネガティブな言葉を使わないというのは、一種の思考停止という態度。
しかもポジティブだと定義される言葉があるからこそ、
ネガティブがあるので、ポジとネガはいつもセットなの。
ちょっと考えればわかることなのに。

そんな人たちよりは、
反戦がテーマを選ぶ高校の演劇部員のほうがよっぽどいろいろ考えている。
そんなことを思いつつ、
今日の11時2分には黙祷を捧げます。



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2015年8月8日土曜日

成長すると、前のものが合わない

私もインテグレート・ヒーリングを習得してから、
自分に対して数々のセッションをしてきました。
それらはすぐ効果があらわれたと感じるものもありましたが、
忘れたころにやってくるものもありました。

たくさんの不要な思い込みや、余計な自己破壊プログラムを解除し、
自分に対して誓った不要な誓いを解き、
記憶の部屋から恐怖の記憶を取り除き、
才能やら何やらを青写真の状態に戻しました。

その結果、過去に選んだものが現在の自分にフィットしないという状況が起きてきました。
で、先日伺ったスポーツ・トレーナーによる身体の調整も、
以前、行っていた整体とは次元が違うレベル。
顎関節症の調整もやってもらったのですが、
以前、顎関節症で整体に行ってこんなことやってもらっていたんですと説明したら、
大笑いされました。
(意味するところは、そんなんで改善するわけないじゃーんって、ことです)

それからきのううちに来た庭屋さん。
これも去年来てもらったところなので、
今年も大丈夫かと思って依頼しました。
ところが、
お隣にちょっと出ているいちじくの木を切ってくださいと頼んだら、
草刈りしか聞いてないからできないと、いかにも下っ端君が言います。
庭屋なのに木は切らないって、どういうこと?
しかも、どの植物を残しておきますかって聞かれたから、
シュウメイギクを残しておいてくださいと言ったのに、
シュウメイギクは1株残っただけで、あと全滅。
切ってと頼んでいないモッコウバラは切られていました・・・。
(できないって言ったくせに、結局、いちじくは切ってあった)

いやいや、そこはもとからそんなところで、頼んだ私がいけなかったんです。
いろいろ自分を調整しちゃったら、
前よかったと思ったところが、ことごとく合わなくなっていく。
以前は信用できると思っていたところは、
実は全く信用できないって、気づいてしまいました。
これはもう、合わないって教えてくれて、みんな、ありがとうと思って、
次回から代えていく以外、ありません。

幸い、去年選んだ服で、どうにも嫌になっちゃったものはないけれど、
これは服やアクセサリーなんかでもあり得ることだなと思います。
成長しちゃったら、
前の選択が合わない。

失敗やら、変な人や業者はすべてメッセージだと思って、
次からは代えます。
もうないといいんだけれど・・・


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2015年8月7日金曜日

高ければ、いいってもんじゃない

洋服の値段に関して、
私はアパレル業界にいたことがあるので、
どういう仕組みで値段が設定されるかを知っています。
前にもどこかに書いたけれども、
かなりいい加減です。
気分で高くつけたりしていました、彼らは。
だから、高ければいいってもんんじゃないと、知っています。

もちろん、不当、違法な労働で安く作って、
安く売るのはもっとだめです。
「私のお財布に優しい価格で提供してください。
働く人の人権や環境を踏みにじられても知りません」というのは、だめです。

で、今、私がやっているようなキネシオロジーやその他のセッションも、
高い人のほうが効果が出るということは、
全くないよねという結論に、
きのう友人と話していて達しました。

セッション料金もそうだけれども、
セミナーの料金もそうです。
高いほうが価値があるなんてことは、絶対にない。

見分ける1つのポイントがあります。
例えば2日で12万円など、法外に高いものは言うに及ばずですが、
何日までに振り込めば12万円が9万円になりますなんていうのも、
おかしいです。
お得だから早く支払えって話でしょ。
まっとうなところは、そういうことはほぼしません。

あと、派手な宣伝のところも疑ってよいです。
それから、当たり前だけれども、嘘の宣伝。
「これを受ければあなたも必ず成功します」
いまだにそういうところがあるけれど、
書けば書くほど、それは嘘だって、わかります。

私も当初、セッション料金は高いほうが効果があるってさんざん言われたけれども、
そんなの嘘だって、わかりました。
あれを言っていた人たち、今はセッションなんて、やっていません。
みんな、開店休業状態。

値段が高いかどうかじゃなくて、
どれだけまっとうか、ということが大事。
安いからだめ、
高いからいいに決まっていると決めつけないで、
本質をよく見るようにしましょう。

まだまだ変な人たちたくさんいますよ。
そういう人たちの行為は最終的に、
悪いカルマになるに違いないって、
思います。
 
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2015年8月6日木曜日

外国からの観光客のスタイルを観察

現在、多くの人のセッションを提供している私ですが、
たまには自分のメンテナンスもしようということで、
きのうは小田原くんだりまで出かけて、
骨格のゆがみと筋肉のこりをぼきぼき調整してもらいました。
誰かにセッションする側は、
たまにこうやってセッションしてもらう側に回るのも必要かなと思いました。
違う施術とはいえ、
いろいろ学ぶところがあります。

で、きのう行った小田原は、
箱根の入口、そして新幹線の駅があるので、
外国からの観光客がたくさんいました。
都会の商業地では、圧倒的にアジアからの観光客が目立ちますが、
こちらは欧米の方々が多いです。
目的がお買い物ではないからでしょうか。

セッションの時間より早く駅に着いたので、
カフェで時間潰しをしつつ、
欧米からの日本を訪れるスタイルを観察しました。

観察したんですが、
これといって、特徴がない、です。
女性は日本の人の普段着レベル。
おじさんたちは、ひざ丈ぐらいまでの短パンにTシャツやポロシャツ。
日本だったら、これで高級旅館は行かないな、という感じ。
バックパックではなくて、ソフトスーツケースですから、
貧乏旅行という感じでもありません。
何組か旅行客が同じカフェにいたので、
ざざっと見ましたが、
どれも地味だし、普通という言葉以外ないスタイルでした。

スタイルとしては、特筆すべきものはなし、です。
ただ、それとは違うところで、
日本に来て、気が緩んでいるのでしょうか。
え、そんなところに、スーツケース、置きっぱなしでいいの?
というようなところに置いていたりします。
まあ、誰も取らないだろうけど。

日本人にとっては、箱根って、山のリゾートとしては少し高級なほうで、
少しきれいな格好をして、旅館やホテルに泊まると思うのですが、
外国の、特に西洋の方々にとっては、そうでもないようです。
江ノ島あたりを歩いているアジアからの観光客のほうが
ずっと気合が入った格好で歩いています。

どっちがいいとか悪いとかないですが、
あんなふうに、日常の延長での旅スタイルもありかなと思う反面、
旅行という非日常をもうちょっと楽しむのもいいのではないかなと、
思いました。

けれども、きのうは昼の移動時間のスタイルを見ただけなので、
ほんとうのところはわかりません。
夜になったら、ドレスに着替えて、
めりはりをつけているのかもしれませんし。

私たちも外国へ行ったら、
日本人の観光客って、あんなスタイルなのねってみられるわけです。
そこで現地になじむほど地味で目立たないものにするか、
気合を入れて、目いっぱい頑張るか、
どちらがいいか、
行く場所によっても変わりますね。
パリなんかだったら、気合を入れたほうがいいかも。
でも、田舎だったら、案外こうやって、目立たない感じでいくのも、
いいのかもしれませんね。

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2015年8月5日水曜日

演劇部の8月

ここのところ、姪がいろいろな高校の説明会に出ているのですが、
その中で聞いた話によると、
最近の高校の多くには、演劇部がないそうです。
演劇部、昔から少なかったし、部員も集まらないけれど、
悪くはないのになあ。
なんせ、入ったからにはすべて自分たちでやらなければなりませんから、
大道具、小道具、衣装、メイク、照明など裏方仕事をすべてやることになります。
部員の人数は少ないですから、これが嫌などと言っていられません。
なんでもできなくてはなりません。
だから、のこぎりととんかちで大道具も作るし、ペンキ塗りもやるし、
衣装も作って、メイクもやって、照明のプランも考えます。


で、お芝居のほうはそれとはまた別にやるわけ。
発声練習して、柔軟体操して、ダンスやってとか、
いろいろあるわけです。

そんな演劇部ですが、
8月は秋のコンクールに向けての準備が始まる月。
まずはコンクール向けの1時間で終わる脚本を見つけます。
その際に、どういうわけか、高校生たち、
反戦がテーマのものが好きなのです。
先輩が選んで持ってくるお芝居は皆どれも戦争中の話。
それを次から次へと読みます。
8月という季節だからなのか、高校生だからなのか、わかりません。
そして、脚本が決まったら、次は時代背景などの資料探しと研究。
またしても、次から次へと、見るだけで気分が悪くなる写真や資料の読みこみ。
これをクーラーのない演劇部の部室でやります。
今振り返ってみても、過酷すぎ。

私が高1のときに演劇部が選んだのは、
ひろこ、しまこ、ながこ、さきこ、という4人の少女が主人公の「静かなる朝」という芝居。
(ちなみに私はそのとき照明係で、演技はしなかった記憶が・・・)
今でも覚えている最後のせりふは、
4人が順に言っていく、
「8時15分」。

8時15分とは、広島に原爆が落とされたときの時間。
4人は実は死んでいて、
8時15分で時が止まっているという設定。

毎年、8月が来るたびに、
あのお芝居と、最後の「8時15分」というせりふを思い出します。

高校生はそうやって、戦争の悲惨さを学び、
平和憲法のありがたさを知ります。

高校生に何がわかるかという声が聞こえてきますが、
高校生だからわかることもあります。

明日また、8時15分がやってきます。

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2015年8月2日日曜日

真夏の装い

毎日、暑い日が続いています。
きのうは、近所に配るものがあって、夕方、徒歩で持っていったのですが、
途中から汗だくになりました。
そんなときは、帰ってすぐ、着ていたものを脱いで、すぐ洗うに限ります。
ですから暑い夏には、気軽に自分に洗えてすぐ乾くものがベスト。
私がきのう着ていたチュニックも、インド綿なので、きのうの夜洗って、朝にはもう乾いていました。
こういう素材は夏にぴったり。
一方、クリーニングが推奨されているレーヨンが入った素材は避けたほうがいいです。

汗だくになって家に戻ると、
同じ時間に、買い物から帰ってきた隣の70代のおばさまに遭遇。
自転車に乗って、近所まで買い物に行ってきたということでしたけれども、
大きなサングラスに赤い口紅、
サンバイザーに、大ぶりのイヤリングと1カラットの1粒ダイヤモンドのネックレスといういでたち。
全然、70過ぎには見えません。
服はたいしたことないのです。Tシャツにストレッチのジーンズ。
メイクも口紅と眉毛だけとおっしゃっていました。

私は自分があまりアクセサリーを重視するほうではないので、
近所への買い物ごときで、こんなにいろいろつけるということはしませんが、
いつかおしゃれブログのほうにも書いたように、
服装がシンプルな分、いろいろごちゃごちゃつけたり、
大きなサングラスと帽子というのは、
真夏のおしゃれに適しているのだなと、再確認しました。

そう言われてみれば、
暑い地域に住む人々は、
割と、アクセサリー過剰な民族が多いような気もします。
アフリカやインドも、着るものはいつも同じスタイルだけれども、
装飾品が豊かです。
そういう地方では、着るものは変わり映えしないかもしれませんが、
アクセサリーに関しては種類も豊富で、
細かい細工がされたものなど、一点一点、ゴージャスです。

年をとればとるほど、
こっちの路線をとったほうが、夏はおしゃれに見えます。
一粒ダイヤモンドなど、もう誰もかれもしていて、
珍しくもないし、特別おしゃれにも見えませんが、
こうやって、70代以上になってくると、その威力を発揮する感じがします。
(そういうときは、クオリティより大きさがものを言います。大きいほうがいいです)

真夏はどうするのがいいか、
日本でもまだまだ提案が少ないですが、
暑い地帯に住む民族のスタイルを見習って、
取り入れていくのも、いいのではないかと思います。


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2015年8月1日土曜日

目標には気をつけて

キネシオロジーのセッションでは、目標設定といって、
目標となる短い文章の選定を行います。
その言葉について、それでいいかどうか、身体に聞いてチェックしていくわけですが、
ほとんどの場合、「いつも」という言葉をつけます。
なぜなら、たまにはいい状態なんだよね、では困るからです。

セッションに限らず、人はさまざまな場面で目標を作ると思います。
けれども、そのときに気を付けたほうがいいことがあります。
それは、結局、どうなりたいのか、ということです。

例えば、「結婚」を目標にすると、
「結婚」することで終わってしまいます。
その先の生活がありません。
ですから、「結婚」はかなうでしょうが、そのあと、何も決めなかったのだったら、
決めないなりになります。

また、同じキネシオロジーのプラクティショナーさんで、
私が印象に残ったことを言った人がいます。
その人は、自分のHPを作った後、
「検索順位1位のプラクティショナーを目指します」と言っていました。
それを聞いたとき、不思議な目標だなと思いました。
で、その後、ほんとうに検索順位1位になったかどうかまでは知りませんが、
その人の目標は、クライアントさんが来るでも、結果が出るヒーリングでもなかったので、
結局、開店休業状態で、ほとんどやっていないようです。

言霊とか、言ったことはすべてそうなるとか、そんなことは言いませんが、
(いや、だって、ダブルミーニングとかニュースピークとかあるし、
今、問題となっている法律だって「安全」とか言ってるでしょ。平和維持軍だって、
平和維持してないしとか、いろいろあるわけよ。
平和って言えば、平和じゃないわよ)

最終的にどうしたいのか、そこをいつもきちんと認識していないと、
何がしたいのか、どうなりたいのか、わからなくなってきます。
だから、目標を作る際は気を付けたほうがいいです。

結局、すべての人間は幸せな毎日を送りたいわけで、
そのために必要なのはお金だけじゃないし、
結婚すればいいってもんでもないし、
状態が大事ですから、
その状態、自分がどうなったらいいのかという状態、
それをいつも念頭に置いて、目標を決めていったらいいと思います。

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