2015年7月30日木曜日

気を付けたほうがいい食べ物

アレルギーに限らず、
摂取すると何かしらの症状を誘発する食べ物というものがありまして、
その症状を止めたいのなら、
その食べ物の摂取をやめなくてはなりません。
キネシオロジーのセッションで、多くの症状の原因になっていると出てくるのが次のものです。

・乳製品
牛乳というものは、しょせん子牛が育つための飲み物なので、
その過剰摂取は、人によっては何らかの症状を誘発します。
特に最近の乳製品は、牛の飼料にホルモン剤と同等のものが配合されていますから、
より人間に影響を与えます。
生理不順など、婦人科系疾患がある人は、まず乳製品を疑ってみるとよいです。

・砂糖
これも過剰な摂取はよくありません。
精製された砂糖が入ったお菓子、飲料など、何かしらの症状を誘発します。
私がやったセッションの中では、「痔」の症状の人は、
身体から砂糖をやめるよう、指示が出ました。

・小麦グルテン
一部の人のあいだでグルテンフリーが流行っていますが、
小麦のグルテンもある一定以上摂取すると、
さまざまな症状が出るようです。
アレルギーや口内炎も、小麦の摂取でなる場合があります。

現在、多いのはこの3つ。
キネシオロジーを習った人は、自分にこれらが合っているかどうか、
チェックしてみてください。
やめてみたら、現在出ている症状が消失する可能性があります。
一定期間やめてみて、どんなふうになるか、
自分で確かめてみるのといいです。

さて、この世には、さまざまな人体によくない食べ物が存在しているわけですが、
必ずしもすべての人がそれを食べたために何らかの症状が出るとは限りません。
煙草を吸い続けても長息の人もいます。
また、その症状があったとしても、
どうしてもそれを食べたいという人もいます。

食生活をどうするかは、
やはりその人しか決められません。
ジャンクフードを食べる人たちは、ジャンクフードを食べない人たちを、
ジャンクフードを絶対食べない人たちは、ジャンクフードを食べる人たちを、
それぞれ批判したがります。
人には、病気になる自由さえ、あります。
だから、何を食べるかの決断はその人しかできませんし、
他人からとやかく言われる筋合いもありません。

悪いとわかっているから食べない自由を、
悪いと知っていて食べる自由を、
私たちは持っています。

そうであったとしても、
症状をとめたいのなら、これら食品を1度やめてみることをお勧めします。
そのときは自分の意志でやめることです。
そうすればどうなるか、自分でわかります。


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2015年7月29日水曜日

人生はスパイラルに進む

インテグレート・ヒーリングのセッションを、
身体がここまででいいよと言うまでやり終わった人が、
ここのところ数名出てきていて、
私はそれを第一シーズン終了などと呼んでいたのですが、
では、第一シーズン終了したらどんなことが起こるのか、
具体的にはよくわからないでいました。

で、ここ最近、
その後、どうなったのかのご報告がいろいろ寄せられるようになりました。
内容は、
第二シーズンの序章というか、第一話というか、プロローグが始まった、
というご報告でした。

ゲームでもドラマでも、
第一シーズンは主人公のキャラクター紹介とか、
もともとあった課題の克服なんかがテーマになるわけですが、
そのシーズンが終了し、そのシーズンのテーマだった課題が終了したら、
次のシーズンはグレードアップしたテーマが待っています。
そこから振り返ってみると、
なんで今までそんなことで悩んでいたか、不思議になります。

第二シーズンでは、
前回までの人間関係が終わったり、
仕事が変わったり、
新しいオファーがきたりと、
めまぐるしく新しい展開が待っています。
そこで共通の新しい悩みが出てきます。
それは、
私にできるのだろうか?
という不安。

もちろんできるからこそ、こういう話の筋になっているのですが、
まだまだ主人公は自信がない模様。
それに対してどうやって対処するか。
その方法は、日々コツコツと努力したり、実力をつけていったりするほか、
ないと思います。

例えば、主役が急に具合が悪くなって、
代役に抜擢なんてことが起きたとしたら、
逃げないで、すぐにそれを受けられるような実力。
ストーリー展開が早くなるので、
いつどこからどんなオファーがくるかわかりません。

あなた、代役できるかしらと問われたら、
はい、できますとすぐさま答えられるようになるには、
毎日、積み重ねて力をつける以外、ないと思うのです。

逆に言ったら、
それをやってきた人は、
いつ代役の話がきても大丈夫。
自信を持って、受けられるでしょう。

人生は1周したら、
次の周は、次元が変わって進んでいきます。
必ずグレードアップしています。
そのらせん運動の周期にすんなり乗れたら、
こんなに面白く、楽しいことはありません。

続々と寄せられる、なんだかすごい話を聞くのは、
私もとても楽しいです。
個人的なことなので、ブログではシェアできませんが、
とにかく1年前には予想できなかったことばかりです。
人生は、スパイラルに進むのです。

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2015年7月28日火曜日

その技術に依存しない

これは私の考え方なのですが、
キネシオロジーでもなんでも、
すべてそれで決めるというのは、違うのではないかと思っています。
もちろん有益だし、
自分ではわからないことまでわかるので、
習得する価値があるのですが、
最終的にはそんなことをしなくても、
自分で決断できるようになるのが理想だと考えています。

なんでこういうことを書くかというと、
何でもそれで決めようとする人がいるからです。
自分がそうするかしないか、タロットだけで決める人とか。
それは1つの判断のための補足的な資料にはなり得ますが、
それで決めるのは、
やはりどこかで自分の決断を放棄しているようにも感じます。

キネシオロジーの練習を重ねていけば、
直観力が高まります。
やればやるほどに、イメージやインスピレーションが先にやってくるようになってきます。
(そうではない人もいるらしいですけど)
そうしたら、キネシオロジーでは
そのイメージとインスピレーションの確認だけをすればよくなります。

触ってみただけで、
考えてみただけで、
見ただけで、それだけで判断できるように。
そしてその判断がいつも的確であるようになるための訓練としてキネシオロジーやらタロットがあって、
それなしでは決められない人になってしまうのでは、
本末転倒ではないかと思います。

ただそれも、
いずれこれなしでできるようになるということを意図していなければ、
できるようにはならないようです。

自分で決断しない癖がついている人は要注意で、
いくら新しい技術を習得したところで、
またそれが依存の対象になります。

ある程度できるようになったら、
確認のためにキネシオロジーを使ってみて、
やっぱりそうだねと確認して、
それを続けていって、最終的にそんな確認がなくても、
的確に判断できるようになる。
そのためにやる。
私はそういうやり方のほうがいいと考えます。

もちろんそうでない意見の人もいます。
その差はどのように出てくるのか、
時間がたてば、わかってくるのではないでしょうか。


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2015年7月27日月曜日

いつまでもあるなんて、思ってはだめ

きのうは暑い中、ワークショップを開催しました。
その参加者の中に、3月ごろかな、ファッションレッスンを受けてくださった方がいらしたのですが、
ちゃんと学んだことを実践していらっしゃって、
以前とは見違えるようになりました。
初級レベルですら、ちゃんとやれば、おしゃれさんですよ。
(そのあと、みんなから褒められるようになりましたというメールもいただきました)

で、ワークショップが終わった後は、
私がブログでは書けないようなことをシェアして、
皆さんのお話をうかがって、
暑いのに終わってから2時ごろまでいしゃべってました。
(お腹もすいたでしょうに、ごめんなさい)

その中で、
いつまでも当たり前のようにあると思ってはいけないという話になって、
私もおしゃれブログの内容の○○○問題について、
ご報告をいただき、
このブログだって、いつ閉鎖するかわからないよ、
というようなことをお話ししました。
そうですよ。
気が変わったら、ある日、突然、閉鎖しちゃって、
「not found」にしちゃいますよ。

先日も、アモモさんという京都のセレクトショップが閉店してしまって、
いつか何か買おうと思って買えずにいた私はかなりショック。
けれども、それで正解なんです。
いつまでもあると思うなんていうほうが、怠慢で、傲慢なんです。
いつまでなんて、ないんです。

お店もある日、突然閉店するかもしれないし、
ブログもある日、突然閉鎖するかもしれないし、
池袋のリブロも閉店しちゃうし、
シルヴィ・ギエムも引退。
そうやって、いろいろなものとある日、出会えなくなっていきます。
そういうものだと思って生きていなくちゃ、
いつも行っておいてよかった、
会っておいてよかったと思えるような自分にならなくちゃ。

今回、シルヴィ・ギエムは見ておいたし、
池袋のリブロも昔よく行っていたし、
そこは後悔することない。
けれども、アモモさんでお買い物できなかったことはやっぱり後悔。
(ニーハイブーツが欲しかったのだけれど、7万円なんで、あきらめたのだ)

自分のできるときと、
相手のタイミングと、
いつでもベストなときはあるはずだから、
逃すことがないように、これからもより注意深くいきたいと思います。

というわけで、私のブログ(特におしゃれブログ)、
あるとき突然閉鎖するかもしれないので、ご油断なきよう。

追記:そうそう、おしゃれブログのほう、カテゴリー別に細かく分けて検索しやすくしてください、
というようなことを以前にも言われたことがありますが、
そんな面倒くさい作業を私がしたところで、
それはあたかも、私の裏山に、
「こちらが栗の木エリア」「こちらがマツタケエリア」「こちらが水晶もあります」なんて看板立てて、
みんな、自由に持っていってくださいなんて雰囲気醸し出すだけなんで、
(もう既に持ってかれて、どこかで売られているにもかかわらず)
そんな徒労かつ、ばかばかしいことを、私はやる気が全くありませんので、あしからず。


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2015年7月26日日曜日

朝練

このブログは、何のために書いているかというと、
もちろん、私の広報活動の一環として、
パーソナリティを知ってもらうために書くという理由が1つ。
それともうひとつが、私の朝練のためです。
中学や高校の運動部やなんかが朝早く学校に来て練習をする、
あれと同じです。

毎朝、決まった時間に、そのときに思いついたことを、
ある一定の時間内に書き終わるように書く。
それを毎日続ける。
どんなことでも、
例えば、音楽、スポーツ、美術、料理などがそうですが、
毎日続けることはバカにならない。
逆に言ったら、
そうしないとついていかない力というものがある。

文章なんていうのもそれと同じで、
自分の好きなスタイルで、
言いたいことを、
しかも短時間で書くためには練習が必要です。

幸いなことに、今は文章を紙に書く必要がないので、
書きなおしや、やりなおしが簡単です。
昔、大学受験のために小論文を書く練習をしているときなんかは、
よくノートに自分で線を引いて、
何文字書いたかチェックしながら、
最後の行できっちり終わるように練習したものです。

才能、才能と言うけれども、
結局、仕事になったり、発表できたりするようになるのは、
毎日の積み重ねを長くできた人。
しかも、それがいつか実になるとか、
お金になるとか、そんなこと考えずにただやってきた人。
周囲を見ても、みんなそうです。
まずはそれがお金になるかどうか考えてやった人は、いない。
たぶん、そういう人は途中で脱落するのでしょう。

だから、私もこの朝練がいつかお金になるだろうからという理由でやっているわけではありません。
ではなんで?
基礎体力作りのため。
すべての基礎体力は後で必ず役に立つ。
あのときやっていてよかったと思う日が必ずくる。
同時に、必要になってから始めたのでは遅すぎるから。
いつどこで必要になるかわからない。
だからそのためにやっています。

というわけで、今日も暑い1日、倒れないようにして頑張りましょう。


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2015年7月25日土曜日

しょうがご飯を作っている間に


最近、井上さんで買った谷中生姜を使ったしょうがご飯にこっていて、
よく作っています。
いろいろやってみたけれど、
すりおろしたしょうがを入れるのが私は好み。
ご飯全体がしょうが味になって、むしむしうっとうしい今の季節にはぴったりです。

さて、私がしょうがご飯なんて作っている同じとき、
例のあの場所では多くの皆さんがデモンストレーション。
私は、「暑い」「都会」「夜」という三大苦手がそろっているので、
もはやそういうデモンストレーションには参加できませんが、
できる場所でできることをやります。
この場所で何気なく書くのもその一環。

あと、明日はワークショップを開くわけですが、
この前から方針を変えて、
2時間のワークショップでも参加者の皆さんに簡単な自己紹介をしてもらうことにしました。
横のネットワークが大事な時代になるので、
それぞれお知り合いになれば、その先、何かのご縁で動くこともあるかもしれません。

ただ、最近、こういう場で自分のやっていることを言うのを禁止している人や団体も
ふえています。
もちろん私もなんでもいいというわけではなく、
ネットワークビジネスと宗教の勧誘は禁止です。
あと、ネトウヨと政教一致団体の宣伝、買収も禁止。
そこらへんを守っていただければ、
自分がやっていることを宣伝していただいても結構です。
例えば、本を出しますとか、CD出しますとか、今度リサイタルやりますとか、
そういうの、せっかくの機会だから、みんなに知ってもらえばいい。

このあいだは、ネットワークビジネスの疑いをかけられましたが、
私がワークショップでお勧めするのは、
せいぜい井上さんのところの果物と野菜。
だって、オーガニックであの値段で買えるんだもの。
都会で買ったら、3倍ぐらいの値段がしますよ。

そんなわけで、今日も明日も暑いようですので、
倒れないように、気をつけて頑張りましょう。

追記:保険と投資の勧誘も、やめてもらうわな。

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2015年7月24日金曜日

動くとつながる

最近わかったのは、
人というものは、さまざまな動かない理由を作りだすものなのだな、
ということです。
何かをやらないために、
身体を動かなくする、
痛みを作りだす、
病気を作りだす、
感情的に落ち込む、
恐怖で立ちすくむ、などなど。

何かをやる、動くと、
当然のことながら自分のエネルギーが動きます。
たとえるならば、
海底の動かない石と、動く魚ぐらいの違い。
動かない石はずっとそこにあるまま、
周囲の海水に流れを作ることもできません。

一方、動く魚は、どこへでも行けるのと同時に、
自分の尾ひれ背びれによって、周囲の海水を動かします。
尾ひれ背びれに動かされた海水の影響は、
それがどんなに小さなものであっても、
周囲に影響を与えます。

で、この周囲に与えたエネルギーは、
影響となって、ほかものへ届く。
そして、その動く魚はほかのものはつながっていきます。

すべてのものはつながりからやってきます。
お金も、言葉も、チャンスも、
つながらないことにはやってきません。

もちろんやみくもに何でもつながればいいという話ではなくて、
その人のつながるべき、
もっともふさわしいネットワークに接続しなければいけないです。
(それは動く人々の次の課題となります)

人生がうまくいかない、ほとんどの人の問題は、
このエネルギーを動かさないことが原因のようです。
(もちろん、生活に最低限のルーチンワークはしていますよ、みなさん)

でも、動いて、
しかもそれがその人のもっともふさわしいネットワークに接続したなら、
なんだか知らないうちに次々に決まってしまって、
いろいろなことが待っている未来ができ上がります。
まるで、物語がどんどん展開していくみたいに、
次の週はどんな話なんだろうと期待するような、
そんな毎日になる。

なる、というか、そうなっちゃっている人の話を聞いて、
やっぱりそうなのだ、
動かないことにはつながらないのだと、
再確認しました。

つまり、ヒーリングとはそういうこと。
動けるようになって、
エネルギーを動かして、
つながるべきもっともふさわしいネットワークに接続して、
どんなことが起こっても対処できる自分になって、
物語がそうであるように、
それはハッピーなことしか起こらない人生とも違って。
自分の人生の主人公として主体的に生きる、
それができるようになることがヒーリングの目的。

崩壊と新たな活動の両方が存在する、
今年も暑い夏になりそうです。

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2015年7月23日木曜日

おしゃれであることは時にわかりにくい

藤沢市の湘南台の図書館の前に、
ルーシーグレイという花苗屋さんがあります。
私は大学生のころより図書館に通っていたので、
オープン当初からこの苗屋さんをよく知っているのですが、
当初は、自分の畑で栽培しているパンジーやビオラなんかがメインでした。
それが店舗を新しく切り妻屋根のアンの家みたいに改築したころから、
花のセレクトがどんどんおしゃれに。
また、そのおしゃれ苗とおしゃれ鉢を使った寄せ植えのセンスがモードっぽくて、
いつも見るたびに関心していました。

最近、そのおしゃれ化がさらに進み、
売られている苗は、上級者でないと理解できないレベルのものに。

前も書きましたけれど、
服と違って、売られている苗は花が咲いていない場合もあるし、
これから成長するわけなので、服のスタイリングよりずっと難しいです。
それぞれが違うふうに成長して変化していくのを見越して
1つの鉢に植えるのですから、見た目だけでもだめで、
経験でわかっていることがないと失敗します。

で、先週、このルーシーグレイさんが夏のセールで苗が4割引きということなので、
寄せ植え用の苗を買いに行ってきました。

相変わらず選ぶのが難しい。
服だったら、割とすぐぴんと来て、余り迷わないのですが、
花の苗はよくわからないものばっかりで、
店内をぐるぐる何周も回りながら選んでいきます。

今ではやめてしまいましたが、昔、私もRHSという英国園芸協会の会員で、
毎月冊子を読んでいたので、相当、花の名前は知っているつもりでしたが、
それでもわからないものがたくさんある。
しかもまだ苗が小さかったり、花が咲いていないので、
これが成長したらどうなるかわからない。

しかも今残っている苗は、難易度の高いものばかり。
難しすぎて、どうやってあわせていいかわからない苗がたくさん残っています。

まずは、この渋い色合いのアンティーク・ペチュニアを選んで、
そこからスタート。
黒っぽい花を引き立てるのは白い花なので、白いフロックスを選択。
あとは、私の不得意な葉物を選びます。
はっきり言って、何の葉っぱかよくわからないですが、
形と色で選びます。
でき上がったのが写真の寄せ植え。
地味・・・。
(黒っぽい葉っぱの植物は白い花が咲く予定)

実は、5月にもとてもおしゃれな、
ヴェルヴェット・ブラックのペチュニアで寄せ植えを作ってあったのですが、
その花について、誰も何も言いませんでした。
たぶん、おしゃれすぎてわからない・・・

これ、花だけではなくて服も案外そうで、
難易度が高い服って、ふだんファッションについて考えていない人にはわかりにくいです。
また、花苗と同様に、難易度の高い服は売れ残っています。
人は、わかりやすく、簡単なものから選んでいきますから、
難しいものは残ってしまうのです。

だからセールというのは、必ずしもよくないものが売れ残っているのではなく、
レベルと難易度が高いものもその中に混じっているということです。
それをうまく使えるようになるというのが、
おしゃれなもののだいご味でもあると思います。

※ルーシーグレイさん、7月26日までセールで、そのあと9月1日まで休みなのでご注意を。

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2015年7月22日水曜日

流行の伝播は案外遅い

きのうフィガロ・ジャポンを買いました。
このところ、ファッション・レッスン用にもうちょっと実用的なものばかり買っていたので、
買うのは久々です。
あとやはり買わなくなったのには理由があって、
若いモデルがコレクションで発表されたスタイルそのままの写真は、
わざわざ雑誌を買わなくても、メゾンのHPを見ればすむこと、
それからその他よく特集する、フランス映画やフランスの女優に興味がないことなどなど、
いくつかありました。
それでもきのうは秋冬ものを紙の媒体で見たくて買うことに・・・

で、内容として、モードが「ロマンチック」になってきたと書いてありますが、
それ、私が2012年に、これからはロマンチックがくるよ、
フリル、ラッフル、レース、シフォンがくるよと、指摘していたことです。
あのときを境にモードはロマンチックにちょっとずつ傾いていましたよ。

ただ、確かに主流になってきたなと感じるのは、
今年ぐらいから。
それまでは先遣隊がロマンチックを発表していましたが、
その他大勢はまだついてこなかった。

ということはつまり、流行の伝播にはけっこう時間がかかるということ。
しかも、モードじゃなくて、一般の人が着る服の市場は、
それほどロマンチックではない。
まだフリルもラッフルも多くは出ていない。
とすると、先遣隊から一般市場まで、5年ぐらいかかる計算になるでしょうか。

インターネットがある時代、
雑誌はもはや最先端ではありません。
コレクションで発表されたのは、4月ごろの話。
ということは、4カ月は前。
私なんて、ネットでほとんどチェックしますから、
どのスタイルも、ああ、これね、知ってる、知ってるというものばかり。

かといって、雑誌という特性上、もっと先を見越しての傾向分析、
というわけでもない。
一番新しくもなく、かといって未来志向でもなく、
今、店頭に並びましたよという時点でのお話。

毎年、シーズンの頭にお買い物に行って、
次のシーズンにはもう着ないという人にとっては、
それがもっとも欲しい情報なのかもしれませんが、
ほとんどのそうでない人たちにとっては、それでは役に立たない。
過去から未来への流れがあって、
今どの地点にいて、
どちらへ向かっているということを知りたいわけですから。
今、お店に並んでいるものだけの話だったら、スーパーのチラシと変わらなくなっちゃいます。
読みモノも経年しても耐える質のもの、というわけでもない。

今ここでできることをやりつつ、
次の流れを読んでおく必要性は、
仕事でも、ファッションでも同じようにあります。
どちらも「今だけ」の話ではないから。

伝播には案外時間がかかるというのは、
ファッションだけの問題ではないかもしれません。
2013年の暮れに、これでは「1984年」の世界になってしまうと書きました。
今になって、多くの人がやっとそれに気づいたようです。

自分主導で生きるためには、
なるべく先遣隊へ近付いたほうがいいです。
早く気づいて準備するにこしたことはありません。

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2015年7月21日火曜日

最高気温35度以上の日は


梅雨が明けたら、いきなり暑くなりました。
そしてついに今日の予想最高気温は35度。
こんな日は、おしゃれがどうとかとか言う前に、
暑さ対策のほうが重要だと、毎年、思います。

西洋の服というのは、なぜだかわかりませんが、
おしゃれに見せようとすると、
常にどこかしら無理したり、努力したりするものです。
自然に対する考え方の違いでしょうか。
整形式庭園にみられるように、
自然のものは、そのままでは美しくないという考え方の伝統が、
あるからなのだろうと思います。

10センチもあるヒールの靴とか、
下着を着ることができないほど、
ばっくりあいているドレスとか、
次から次へと、
ちょっと無理しましょう、努力しましょうというアイデアがあらわれます。

そういうおしゃれの「努力主義」に対して、
ここ最近、エフォートレスという、努力しない主義が出てきました。
真夏は、この努力しない主義プラス暑さ対策でいいと思います。
倒れてしまいそうに暑いので、
まずは何よりも暑さ対策。
熱を逃がすような特殊素材以外の化学繊維(ポリエステル)はやめて、
麻などの涼しい素材にして、
風通しよく、締め付け過ぎず。

今年はパリやロンドンなどでも40度近い日があったそうですが、
そういうとき、あちらの方々はどんな格好をしているのでしょうか。
朝晩は涼しいのかな?
ただ、日本と違って、それが2カ月も続くということはないでしょうから、
いつもどおりのスタイルでしのいだのかもしれませんね。

そんな暑い日々ですが、
雑誌などはもう秋冬ものの特集が始まります。
服を作る人たちは、今、秋冬ものに取り組んでいます。
私も今ぐらいの時期になると、
暑いのにもかかわらず、冬のニットやコートについて考え始めるのが楽しくなります。
まだ夏は始まったばかりなのに、脳内はもう秋冬。

とにかく無理しないで、
倒れない、病気にならないように、
猛暑をしのいでいきましょう。
早く猛暑が終わればいいね!

☆写真:猫も暑いんだよー(寒いよりはましだけどね)


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2015年7月20日月曜日

「服をどこで買えばいいかわからない」と感じるその理由

「服をどこで買えばいいかわからない」という苦情というか、
意見をたくさんの人から聞きました。
ただ、この苦情は若い人からは聞きませんので、
ある程度、年齢の上の方たちの意見です。
40歳以上ぐらいかな。

実際は、今ほどにたくさんの服が売られている時代はないです。
昔はこれほどインポートのアパレルが売られてはいませんでしたから、
質、量ともに過去最高を毎年更新していると思います。
では、どうしてどこで買えばいいかわからない、
着たい服、または着られる服が売っていないと感じるのかというと、
これはファッション業界の理想とする姿と現実とのギャップが原因です。

ファッション業界の理想とする姿はこんな感じ。
理想的な体型が常にある。
やせ型、ある程度以上の長身。
「若さ」への志向。

価格設定の問題。
若者向けの衣料の値段設定は安目に、
それ以降、年齢が上がるにつれて、
可処分所得が上がるから、
価格設定も上がる。
(彼らの設定では、
40歳以上の毎月の被服費は10万円ぐらい、ボーナス月50万ぐらいではないかな?)

年齢が若いほどチープでよく、
年齢が上がったら、チープなものは卒業。
より高品質、手のかかったものを着る。

日本の現実。
年齢が上がっても可処分所得は上がらない層が大半を占める。
すべての人がやせ型、長身というわけではない。
仮にやせ型、長身で、可処分所得が多いとしても、
若くないと、ファッションの理想から外れる。

ファッション業界はこの理想を体現している人物像を作って、
その人のワードローブはどんなものかを考え、
製造販売します。
だけど、そんな理想の人は、現実には少数派であり、
その他大勢の人たちは、理想とはほど遠いところにいます。
その結果、そのファッション業界が考える理想とはほど遠いところにいる人たちが、
服をどこで買えばいいかわからない状況に陥ります。

では考えられる対処策。
→自分の予算の範囲で買えるものを探して買う。
または自分で作る。

買えるもの、着られるものが売っていないのは、
その人自身がファッション業界のターゲットから外れているから。
その事実を認識して、
その中で探していく。
ターゲット外なのだから、普通には売っていません。
(高かったり、細かったり、若すぎるデザインだったり)
どこかへ行って、探さなくてはなりません。
つまり、努力を要するということです。

「そりゃそうよ、あなた、ターゲットから外れているんだもん。
簡単には見つからないわよ」と、
ファッション業界は言っているのです。

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2015年7月19日日曜日

イメージが見えたらできるであろう

壁紙を破き始めました。
ネットで写真をどんどんみていって、
気に入ったものを集めて、
その共通点を見つけたら、
あ、私って、こういう部屋にしたかったんだというのが、
はっきりとわかりました。

そうしたら、いろいろな作業をする気が起こりだした。
やっぱり到達した絵が見えてこないと、
すべてがーっとやる気には起こらない。

到着地点の絵がないまま、
迷いながら進むこともあるだろうけれど、
見えたほうが断然やる気が起きる。
結果が違っても、別にそれはよくて、
とりあえずの到達地点が見えている、
わかっているということが重要です。

セッションでも目標設定の言葉というのも作成し、
それをイメージしてもらいますが、
はっきりイメージできるほうが、
だんぜん効果が出てきます。
逆にこのイメージがはっきり見えないと、
効果もぼんやりしたものになる。

けれども、
すべての人がヴィジョナリーではないので、
はっきりイメージできるというわけではないです。
それをどうするかが悩みどころ。

ただ、ファッションだって、インテリアだって、
雑誌やなんかの画像を見て、
自分のイメージを作るわけだから、
イメージというのは必ずしもオリジナルである必要はなく、
借り物でもよいのでは?

最初は誰かのような感じとか、
誰かのような表情とか、
そんなのでいいと思います。
どうせ、そう思ったところで、その誰かにはなれないのだから。

人によって、文章の情報が得意な人と、
画像が得意な人とがいると思うので、
それは自分で選べばいいと思いますが、
どうしたらいいかわからないとき、
とりあえず、イメージをどこからか借りてくるという作業をすれば、
じきに見えてくると思います。
そして、そこで、こういうふうにしたいんだとはっきりわかったならば、
それへ向かってどうするかもわかるでしょう。


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2015年7月18日土曜日

教養としてのアストロロジー

私は「占い師」ではないし、「占い師」と思われるのが嫌なので、
今やっている新月、満月読みも、
そろそろやめようかな、などと思うときもありますが、
アクセス数見ると、みんな、読んでいるのですよね。

まあ、多くのファッション誌の中に「星占い」欄がありますから、
箸やすめというか、息抜きというか、
そういう位置づけで、しばらくは続けようかなと思います。

じゃ、アストロロジーは単なるエンターテイメントかといえば、
全くそういうことはなく、
特にルネッサンス期以降の西洋の文化を理解する上では、
重要な思想体系です。
天体の意味と、その象徴を理解していないと、
西洋絵画は理解できない。
単純に、きれいな絵、で終わってしまいます。

もちろん私は教養としてだけではなく、
実際に使えるからやっているわけで、
この知識があるおかげでいろいろな面で助かったし、
まさに役に立っています。
今だって、この先の流れがわかるから、いろいろ確信できるわけだし。

ガリレオ・ガリレイもアストロロジーやっていたわけだし、
昔は数学、音楽、天文学、全部、同列の学問だし。
チベット医学では、ホロスコープを作って、その人の病気を調べるし。
エンターテイメントとしてやっている「星占い」は全く役に立たないけれど、
教養としてアストロロジーを知っていくことは、
文化の理解という意味でも、知性という意味でも、
役に立ちます。
デューラーも、シェイクスピアも、それなしでは理解できない。

きのうの続きだけれども、
反知性主義的な「星占い」に傾くのではなく、
教養としてのアストロロジーを身につけていることは、
悪くはないと思います。

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2015年7月17日金曜日

反・反知性主義のすすめ

今回の強行採決を受けて、イギリスのガーディアン紙などでは、はっきりと、
これは、
「constitutional coup d'Ētat」だと記しています。
constitutionalは憲法の、
coup d'Ētat(クーデター)はフランス語で、国に対する一撃。
(coupが一撃、Ētatが国家。パリが好きとかいってる人たち、これぐらい、わかるよね?)
現在、日本の正確な情報は
海外のメディアをチェックしないと把握できないところまできています。

憲法を遵守すると誓った議員が、それに反する法律を提出し、
賛成するわけですから、その一派はクーデターを起こした勢力です。
これが世界の認識です。

この何年か、反知性主義が流行っていて、
知らないこと、知ろうとしないこと、
間違った認識のままいること、
勉強しないことを自慢するような、
傲慢な態度の人たちがふえています。

反知性主義の人たちは、自分たちの間違った認識を確信しているので、
その態度のまま他を攻撃します。
攻撃しない人たちは無視、冷笑、または
「あたかもそんなことは存在しないかのように」
振る舞います。

特に法律を無視する人たちは、
それを他人に強要します。
(もちろんアパレル業界もそうです)
知らないということ、
多数派だということを武器に、
違法だと認識していないだけではなく、
それを他人に強要するのです。

この傲慢かつ狡猾な人たちに対抗するためには、
彼ら、彼女らと同じレベルの低い知性ではだめなんです。
「私も知らないから従う」では、だめです。

彼ら、彼女らに対抗する唯一の手段は知性の力のみ。
知性ったって、そんな大げさなものではなく、
基本的な憲法の理念、概念を理解しているとか、
働いているのだったら、労働基準法や、その他業務に関する法律を知っておくとか、
その程度のことです。

「戦う」という言葉を使うことさえ嫌がるスピ系の人たちも同じです。
戦うことが悪いこととされているので、労使交渉さえままなりません。
会社で違法なことを強要されたら、
こちらは知性をもって戦う以外、自分の身を守る方法はありません。
それをしなかったら、こちらの権利や自由を彼ら、彼女らは奪おうとします。

これは世界レベルでも、国レベルでも、会社や組織レベルでも、
それから個人レベルでも同じです。
法律の問題に限らず、
反知性主義者たちの攻撃に対抗するためには、
こちらが知性主義者にならなければいけません。

会社では、そんなこと、教えてくれません。
知性は自力ではぐくむもの。
知的に見えるからメガネをかけるとか、
そんなことやってる場合じゃない。

知力を低く見積もってはいけないです。
まわりに引きずられず、
自分なりに自分の知性を育てることをおすすめします。
それはいろいろな場面で自分を助けます。

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2015年7月15日水曜日

MAKE FASHION NOT WAR



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半径3メートル以内のできることから

さて、今日はもしかして歴史に残るような日かもしれませんが、
私は完全に「終わり」を確信したので、
その後どうなるか、どうしたらいいか、そっちのほうを考えています。
(それにしても、「戦争」を「平和」と言いかえるなんて、
私が2013年に書いたとおり、「1984年」のビッグブラザーと同じだね)

で、前にもちょっと書きました。
「オリンピックへ行くのが夢」と言っているサッカー少年からまずは練習に来なくなること、
「地球を癒したい」という夢を語る人から、ヒーリングなんてやめちゃうこと、
「目指しているのはノーベル賞です」と言う団体のやっていることが、
実はノーベル賞とはほど遠いことなど、
あまりにも遠くの夢を設定して、自分の半径3メートルについてはほったらかしの人たちは、
結局、オリンピックにも行けないし、
地球も癒せないし、
ノーベル賞もとれません。
同様に、毎日、文章を何も書かない「小説家志望」とか、
絵なんてかいたこともない、イラストレーターになりたい人も、
決して何かになれることはないでしょう。

半径3メートル以内で、今の自分にできることを積み重ねることでしか、
何も実現しません。
だから、それを「運」でどうにかしろって言っても、無理。

そして、その前にもちろん、行動するかしないかという問題があって、
いろいろ語ってはいるけれども、
結局のところ、何も行動していない人もまた、何かにはなれません。

そして行動した人としない人の差はどんどん広がっていき、
それは年齢の差をこしていきます。
ある程度いくと、年齢は問題じゃない。

個人ではこの行動した人、しない人、
積み重ねてきた人、こなかった人とで差がどんどんつくのが、
これから新しく始まる時代です。

社会では、やはりブラック企業は淘汰されていくと思う。
自分の利益のために法律を守らず、
他者を搾取する人や団体、企業は最終的に消えるでしょう。
(アパレル会社もどんどんなくなっちゃうかもね)
そして、長い時間をかけて、
今の資本主義は崩壊して、違う形が生まれてくるのだと思います。
ただ、それは5年、10年の話ではないけれど。

日本の女性の社会的地位は現在とても低いですが、
それでもまだまだ自由度は高い国です。
時代の転換期にどうやって生きていくか、
今日みたいな歴史的な出来事が起こる日に、
少し考えてもいいかもしれません。

明日は新月。
(明日の新月もすごい。)
新しい時代へ向けて、自分がどうしたいのか、
そしてどうするかコミットメントする。
そんな時間に使うといいのではないかなと思います。

☆写真:いい天気なんで久々に庭の花の写真。

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2015年7月14日火曜日

夏休みの鎌倉観光スタイル

きのうから真夏の暑さの湘南エリアです。
きのうは鎌倉まで出かけました。
こんなに暑いのに鎌倉まで行ったのなんて初めて。
そうしたら、もう既に夏休みの旅行スタイルの人が多いということにびっくり。
もうみんな、休みなの?
キャリーバッグを引いている人も多かった。

江ノ島でのスタイルとも共通ですが、
暑くなればなるほど服装が緩くなっていく湘南エリア。
若い人、または外国人観光客などは、ランニングに短パン、ビーチサンダルといういでたち。
この「緩いスタイル」というのはやっぱり若い人のほうがお似合いです。
着ているものは薄いし、露出は多いし。

で、待ち合わせの鎌倉駅の改札前に立ちながら、
大人で格好いい人っていないかなと、ずっと眺めていました。
ずっとずっと見ていて、私がおっと目を引いたのは、
長袖の白シャツに、ダメージではない割と濃い目のジーンズにサンダルの人。
遠目だったからよくわからないけれども、シャツは麻なのかもしれません。
アクセサリーもしていたと思うけれども、遠すぎてよく見えなかった。
あまりにもみんながラフな格好をしているので、
長袖と濃い色のジーンズだけで大人の感じがしました。

江ノ島もそうですが、鎌倉もまた、
あんまりラフな格好で入らないほうがいい感じのお店が割と多いです。
ちゃんと予約をしていくような。
そこへ入るのに20代だったら、キャミソールに短パンでもいいけれども、
それより上の年代だと、
露出が多かったり、カジュアル過ぎるという格好もふさわしくありません。
適度にきれいに、でも湘南なんだから適度にカジュアルに、
そこのラインをどこにねらうかが、けっこう難しい。
で、たぶん、このどこのラインをねらえばいいのかで、
今、みんなが悩んでいるのだと思います。
どこまで緩くしていいのか、いけないのか。

どんどん緩くなってくると、
どこでブレーキを踏めばいいのか、難しいです。
緩くするのは簡単。
オフィスのスタイルもそうでしょ?
みんなが緩い格好だから、私もそれでいいやってなったら、
どんどん緩くなる。

みんながそうだから私もそうやる、
みんなはそうだけど、私は違う道を選ぶ、
それもまた人生の選択。
どっちにするかは、自分で選べる。
それもまた、自分で決めればいいと思います。

☆カメラ持っていくの忘れて写真なし。

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2015年7月13日月曜日

ハレの日にはハレの日の衣装を

朝起きて、ココナッツオイルを見てみたら溶けています。
ついに朝の気温が26度以上になった、ということですね。

さて、きのうは夕方から中学生の姪のピアノの発表会を見に行ってきました。
小さい人から高校生、そして最後はピアノの先生までの演奏を聞きながら、
みんな、いったいどんな衣装で登場するのかチェックします。

まず最初に集合写真を撮るということで、
舞台の上に出演者が並びました。
そこでわかったこと。
白、黒、紺ばっかり。
普通、小学生やもっと小さい子だったら、
ピンクや水色や黄色のドレス、着たいんじゃないのかしら?
今は違うの?
1人、薄いグリーンのティンカーベルみたいなドレスを着た、
幼稚園生みたいな子がいて、その子だけ、とてもかわいい。
その子は髪形も凝っていたし、いつもにこにこしていて、とてもかわいかった。
(ちなみにうちの姪も紺色のドレスだったので、
人のこと、言えませんが、まあ中学3年生なんで、そんなものかと)
オフホワイトのドレスの子が1人だけ。
あとはほぼ紺色、または黒。
と、まずは色で驚き、次はその内容です。

ほとんどの子は何らかのドレス。
スパンコール刺繍がされていたり、生地についているものだと、
きらきら光って、舞台の照明に映えます。
ドレス自体はシンプルなものが多く、
また花柄も、黒地に花柄の子と、紺色のドレスに花の刺繍の1人ぐらい。

で、ここで残念だなと思ったのは、普段着と変わらない子。
Tシャツに短パン。
たぶん、新しく買ったのを発表会用にして、
あとはふだん着にしようという考えなのだと思いますが、
たまにしかない舞台の本番にその衣装は少しさびしいです。
あともう一人、私が「あの人、農協の窓口の事務の人みたい」と言った、
テーラードジャケットの下にポロシャツみたいなものを着ていた子。
あれも会社員の服装みたいで残念。

こういう舞台に上がるなどという本番はたまにしかないので、
やはりそのときはそれなりの衣装を着たほうが楽しいし、
その思い出は確実に残ります。
ひとって案外、何か特別なときに着ていたものは覚えている。
日常着というものはほとんど忘れ去られてしまうけれども、
そういうときのものは、自分も、他人も、案外と覚えているものです。

きのうは私が、
「人生、たまには本番があったほうがいいよ」と言ったら、
「毎日が本番だ!」などと、姪が言っていました。
確かに毎日本番なのですが、
たまに緊張したり、舞台に上がったりという瞬間を自分で作っていくと、
それはいい思い出であり、宝物になります。
そういう機会はやはりそれなりの衣装を着たほうがいいなと、
きのうも改めて思いました。

そうそう、姪のドレスはどこかの通販で買った、
そんなに高くない紺色のポリエステルシフォンのドレス。
で、靴は私が10年以上前に結婚式に出るために買ったアナ・スイの、
ヴェルヴェットと革のコンビにヴェルヴェットリボンがついた靴。
靴は光っていたよ。
こういうときは、いい靴をはいたほうがいいよ。


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2015年7月12日日曜日

クラウンチャクラが閉じている人はいません。

生きている限り、人間のクラウンチャクラは開いています。
閉じている、または回転していないとすれば、
それは魂が肉体から去ったときです。

クラウンチャクラは頭の中心から天へ向かって開いています。
何かわかりやすい例はないかなと、さっき考えていたら、
いい例が思い浮かびました。
天使の輪です。
天使の頭の上によく輪が描かれていますね。
あれはクラウンチャクラの縁の部分です。
ちょうどエネルギーフィールドの第2層あたりの縁でしょう。
昔の画家は人の頭の上に、あの形を見ていたのですね。

さて、クラウンチャクラですが、
これは宇宙とのつながり、神的なものとのつながりをつかさどる器官です。
そこが健全な大きさに開き、回転しているならば、
人は宇宙とのつながりを感じ、
人生の使命を何となく認識します。

しかしここで言う使命とは、何も世界的な建築家になることであるとか、
ノーベル賞をとるような学者になることとか、
そんな大それたことではありません。
自分を許すこと、他人を許すこと、
リーダーシップを発揮すること、家族の問題の解消など、
今の社会に暮らす人間から考えたら、
小さなことの場合も多いです。
人生の使命とは、決して「どうやって稼ぐか」の問題ではありません。
これはどうしてもこれが好きとかいうのともまた違って、
どちらかというと、人生の課題として直面して、
やらざるを得ないことです。

で、クラウンチャクラに問題があるのはどういう場合かというと、
異常に開き過ぎている場合です。
チャクラが平たんなお皿のような状態になると、
それは明らかに開きすぎで、
そこからいろいろな情報が入ってきます。
これで同時にグラウンディングが弱いと、
そのいろいろな情報に突き動かされるようにして行動する場合もあります。

これは、例えばテレビのチャンネルを1とあわせたのに、
同時に1と3と4の画像が流れてくるような状態で、
大変混乱します。
その情報があまりに魅力的だと、そこへ行ったきり、
戻ってこようとしない人もいます。
その人は「今、ここ」にいない状態になります。

また、クラウンチャクラというのは、いつも必ずしもまっすぐ天に向かっているのではなく、
例えば隣に嫌な人がいたりすると、逆の方向を向いたり、
前にお辞儀をするような形で傾いたりします。
一瞬傾いてすぐもとに戻ればいいのですが、
傾いたままでいると、やはり天とのつながりが薄くなりますので、
人生の指針がわかりにくくなります。

クラウンチャクラで人生の指針を受け取り、
それに必要な情報を眉間のチャクラで見て、
喉のチャクラで社会に意思を打ち出します。
ハートチャクラは上位3つのチャクラと、
下位3つのチャクラとの架け橋のチャクラになります。
ですから、ハートチャクラが閉じていると、
これらのことが行動のための下位3つのチャクラへとつながらなくなります。
やはり全体のバランスがとれていることが重要です。


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2015年7月11日土曜日

江ノ島デートのスタイル


さて、暑くなってきたからでしょうか、
江ノ島デートのスタイルで検索してくる人がふえてきました。
確かに、行ったことがなかったら、ここはどんな格好がいいのか、
わからないかもしれませんね。

車、電車と江ノ島に来るにはいろいろ方法がありますが、
夏の車はとにかく道が混んでいるので、早朝とか夜中でない限り、
やめておいたほうがいいです。
ずっと渋滞です。ここら辺では、1つの交差点で1時間動かなかったとか、ざらにあります。

ということは、ほとんどの人は電車でいらっしゃると思います。
小田急江ノ島線に入ったとたん、乗っている人のスタイルは、みな緩いです。
江ノ電も緩いです。
夏はその緩さがピークになって、ビーチサンダルで電車に乗るなどということは、
普通です。
男性も短パンとか、膝までのパンツの人が多いです。

で、小田急線の片瀬江ノ島駅から海岸まで、5分ぐらいですぐ着きます。
江ノ島まではそこから15分ぐらい、通常は歩いていきます。
(歩くのが嫌な人はバスもあります)

背景は海、今だったらシーズンは夏なので、
リゾートに似合うスタイルがふさわしいです。
前にも書きましたが、江ノ島は山なので、
余り高いヒールは向きません。
途中からエスカーという有料のエスカレーターがありますが、
そこまでは歩かなければなりませんし、エスカーは下りがありません。
ですから、高すぎるヒールの靴はやめておきましょう。

また、都会に行くと、暑いにもかかわらず、
真っ黒いタイツやトレンカの人がいますが、
あれは江ノ島には著しく似合いません。
逆に都会では似合わないような、ロング丈のドレス、
つばが広い帽子やサングラス、モロッコ製のかごバッグなんかはとてもよく似合います。
色もモノトーンよりカラフルなほうがだんぜんよい。

最近は、観光客の皆さんのほうがおしゃれして、江ノ島に来ています。
意気込みが全然違うので、見てすぐわかります。
競り合う必要はありませんが、都会そのままとか、
働きに行くのと同じ格好で来るのは避けたいです。

いつも男性の格好はほとんど見ていませんが、
どんな格好がいいか聞かれたら、
マリンを意識した、白、青、赤(または違う色)のトリコロールで
全体をまとめるのがよいのではないでしょうか。
で、白を少し多めに。
なんか相変わらずジーンズにチェックシャツの人が多くて、
後ろから見たら誰が誰だかわからない感じになっているので、
その理工系の学生みたいな格好はやめましょう。

ボーダーTの男子は、なんか昔のフリッパーズ・ギターみたいで、
見ているこっちがちょっと恥ずかしい・・・
着るならフリッパーズ・ギターにならないような工夫を。
かといって、ビーチじゃないのなら、ランニングもおかしいです。
選べばおしゃれなカフェやレストランもたくさんあるので、
(特に江ノ島近辺は有名なイタリアンがたくさんあります)
そういうところに入っても気遅れしないで、堂々としていられる適度なカジュアル
がよいのではないでしょうか。

まあ、忘れてはいけないのは、ここは都会ではなくて、
海であり、リゾート地であり、湘南だということ。
数々の湘南が舞台になったドラマを思い出して、
そこに自分が入り込んだら、どんな格好がいいか、
いろいろ想像してみるとよいと思います。

☆写真:海開き前の湘南海岸。今はここに海の家がたくさん建っています。

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2015年7月10日金曜日

喉のチャクラが閉じていると

喉のチャクラは世界に自分の意志を打ち出すところなので、
それが閉じていると、世界に対して自分の意志を表明することができません。
端的に言えば、世界や社会に対して、
私はこうしたいという表明ができないということです。
よって、自分の意見を発表したり、
好きなことを仕事にするということもできなくなります。
また、単純に、言っていることが他人に伝わりにくいという問題もあります。

日本人のほとんどはこの喉のチャクラがよく開いていないと言われています。
特に会社勤めをしていたらなおさらで、
自分の意見を言うことがよしとされていない状況に多く置かれますから、
喉のチャクラは活発に回転していません。

逆に喉のチャクラがよく開いているのは、声楽家、役者、
それからある程度成功している自営業者です。
昔の八百屋の店先のおじさんのあの声、喉のチャクラが完全に開いた、
誰にでも届く声です。
あの感じを思い出していただければ、喉のチャクラが開くとは、どんなことなのか、
わかると思います。

声の大きさにかかわらず、言っていることが世界に向かって届いていないという人がいますが、
その人の喉のチャクラはほとんど閉じています。
言っていることが通じないだけではなく、自分の意志で何かするような様子もないはずです。

仕事、生活すべてにおいて、
何かを強制され続けたり、
おどされてやらされ続けたりすると、
喉のチャクラはおのずと閉じていきます。
そんな社会や世界では、喉のチャクラの意志を表明するのが危険だと、
人は判断するからです。

私もアパレル会社に入ってから、
喉のチャクラは閉じた状態になりました。
かなり長いあいだ、その状態は続き、
自分で自分に対して繰り返しセッションした結果、
かなりよいところまできて、今は変なつっかかりを感じません。
また、喉のチャクラがよく開いたなという状態になったときに、
ワークショップの開催を始めました。
喉のチャクラの意志を表明する場所が必要になった、
というのも1つの理由だと思います。

自分の意志とは、今の人生で自分がやりたいことです。
喉のチャクラが閉じたままだと、
誰かにやれと言われたことだけをやり続け、
自分のやりたいことをやらない人生になります。
同時に眉間のチャクラも閉じていると、
何をしていいかわからない、未来の展望が持てない、
自分のやりたいことがわからない、やることもできないという、
自主性が失われた人生になります。
もちろんそれでも生きていけることはできるのですが、
それでは自分が人生の主人公であるという感覚もないでしょうし、
何より面白くないと思います。

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2015年7月9日木曜日

眉間のチャクラが閉じていると

眉間のチャクラです。
先日、ペンデュラムのワークショップを開催した際、
参加者全員のすべてのチャクラの状態をペンデュラムでチェックし、
調整して、正常に戻しました。
そこで多かったのが眉間のチャクラが閉じている、または乱れている人。
そのときに、たしか荻窪あたりに住んでいらっしゃる方がいて、私が、
「やっぱり荻窪に住んでいると、チャクラも乱れるね」みたいなことを言ったら、
「なんで荻窪はだめなんですか」という質問をいただきました。
いえいえ、荻窪がだめなわけではないんです。
都心から電車で大体30分以内のところに住んでいて、
毎日、都心まで仕事に出かけるような人は、
眉間のチャクラを閉じている場合が多いです。
これは都会ならではの現象です。

想像するに、眉間のチャクラが開いていると、
いろいろなことに敏感になって、やっちゃいられないのだろうと思います。
眉間のチャクラの近くには第3の目があり、
松果体につながっています。
危険を察知する能力、未来やその展望を知る能力は、
ここがつかさどっています。

ただ、眉間のチャクラを閉じていると弊害があって、
自分の未来について、全くイメージがわかなくなります。
その結果、何を選べばいいのかわかりません。
仕事、配偶者、住む場所、旅行先、習いごとなど、何もわからないので、
決められない、行動できない、となっていきます。
またそれでも無理矢理決めるときは、理屈や損得で決めるので、
結果的に、その人にふさわしくない決定をしたりします。

セッションでも、将来どうしたらいいかわからない人は、
まず眉間のチャクラの調整をします。
しますというか、身体はまずそれを必ず選びます。
そうすると、次は何をしたらいいかが見えてきます。
また、多くの人が「視界がクリアになった」と言っていますので、
目もよく見えるようになるらしいです。
(ただし、行動するかどうかはルートチャクラの問題なので、また別です)

よく、「最近、シンクロがよく起こる」などと言う人がいますが、
シンクロニシティというものは常に起こっていて、
それは気づくか、気づかないの違いだけです。
眉間のチャクラが閉じていると、シンクロニシティに気づきません。
それに気づかないと、事故に遭遇したり、
行くべきではないところに行ってしまったりします。

逆に都会ではなく、田舎に住んでいて、自然に接する機会の多い人は
眉間のチャクラがよく開いています。
また、運動している人も開いています。
都会に住んでいる、運動していない、自然に接する時間が少ない、
これらの要素は眉間のチャクラを弱くします。
都会生活というものは、便利だけれども、
そういう意味で、リスクがある、ということですね。


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2015年7月8日水曜日

ハートチャクラが閉じていると

なかなかハートチャクラを100パーセント開いて生きている人は少ないですが、
それでもあまりにも閉じていると、
さまざまな症状があらわれます。
まずはコミュニケーションの問題。

以前、コミュニケーションが苦手と言っている人は、
あいさつをしない人が多いと書きましたが、
これもハートチャクラを閉じていることと関連しています。

ハートチャクラは愛を受け取り、愛を与えるチャクラ。
(ここで言う「愛」とは宇宙に万遍なく存在しているエネルギーです)
ハートチャクラが閉じている人は、宇宙からの愛を受け取らないので、
常にエネルギー不足。
そのため、愛の一つの形であるあいさつを自分からしないのです。
同様に、ありがとうやごめんなさい、いただきます、ごちそうさまという言葉を言うこと、
それから誰かを褒めるということもしません。
笑顔で人に接するということも、やはり愛ですから、しません。
これらはすべて誰かにエネルギーを与える行為です。
ハートチャクラが閉じている人は、これを徹底的に避けます。
(プレゼントなんかをしない人も多いです。おみやげを持っていくとかもしない。
どんなにお金があったとしても)

またハートチャクラが閉じている人はこのエネルギー不足を、
宇宙から無料のエネルギーをもらう以外の方法で得ようとします。
それは人から取る場合もあれば、何かに依存(例えば甘いものなど)の場合もあります。
人から奪う場合は、まさに無意識、見えないレベルの話なので、
その人とは一緒にいるだけで相手は疲れてしまいます。

愛を与えない、また愛を奪うという行為の結果、
人はだんだんその人から離れます。
コミュニケーションの濃い段階である恋愛や結婚も、
このままだと難しくなります。
なぜなら、パートナーは愛を与えないくせに、愛を奪う相手とは、
一緒にいても楽しくないし、満たされるということがないからです。
いつも奪われているので、一緒にいると枯渇していきます。
おのずと、関係は長続きしません。
(男性は、愛を与えない感じに敏感なので、まず近付こうとしません)

ハートチャクラが閉じている人は、そのことに無自覚な場合が多いです。
ですから、なぜそうなのか、理解できないようです。
自分は何も悪くないと思っています。
自分は悪くないと思っているので、何も変えるつもりがありません。
しかし何も変えないのだったら、よくて現状維持で、
よくなるということはありません。

もしよくしたいと思うのなら、
自分のことを客観的に認識して、
何かを変える必要があります。

年をとってくると、ハートはより固く、かたくなになります。
1日に誰とも話さない孤独な老人がそのいい例です。
もちろんそれでも生きていけます。
自分からその道を望むなら、それでもいいでしょう。
しかしそうでないのなら、
ハートチャクラを開くためにヒーリングを受けるなり、
何かほかの方法を見つけるなり、
したほうがよいと思います。

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2015年7月5日日曜日

たまには違う分野のお話も聞く

きのうは経済アナリストの藤原直哉さんの講演会へ行ってきました。
私はなんだかときどき、経済動向が気になって、
そのときどきで、信頼できるなという方のお話を聞いていますが、
今、そういう人は藤原直哉さん。
あ、これ、こうすれば成功する、みたいなセミナーじゃなくて、
日本や世界の動向と、これからについて、みたいな内容です。
(内容は、ここで聞けます。音声ファイルはここ。)

お話の内容としては、
財政破たん後の日本はどんな感じになるか(夕張市のこととか、ギリシャのデフォルトとIMF、
プエルトリコの破たんなど)、
西洋文明にもはや「光」がなくなったこと、
奈良時代の末期と似た状態、
かぎは「あくなき好奇心」と「横のネットワーク作り」「たまり場作り」など。
1つの時代が終わり、変わってしまうのは間違いないことですが、
そこで立ち止まることなく、
変化に対応する力を養い、
それまでの蓄積や勉強したもの、継続したものがあれば大丈夫、
みたいな内容でした。
最後のまとめの言葉は
「継続は力なり」。
結局、誰が考えても、行きつくところはこれみたいです。

それを受けて、今、私がやっていることについて考えてみました。
もちろん好奇心、面白いからという理由でやっているわけですが、
共通するテーマは、
「自分が人生の主人公になる」ために必要なことを提供する、ということ。
ファッションはずっとそう言っているし、
インテグレート・ヒーリングやキネシオロジーも、
今までのさまざまな与えられた信念、思考、症状から解放されて、
(そればかりではありませんが)
より自分が自分の人生の主人公になれるように、
外の状況や他人に翻弄されることなく、
幸せで、充実した人生が送れるようになるために最適だという考えからやっています。
そこはずっとぶれていない。
なんでやっているかといったら、自分の主人公性を取り戻すため、です。

また、これからは横のネットワーク作りをもっと積極的に作りたいとも思いました。
もう既に、ふるうつらんど井上さんと連携したりとか、
やっていますが、
これからはワークショップにいらっしゃる方たちに自己紹介してもらったり、
出会った後も何かあったらつながれるようにしようとか、
ふるうつらんど井上さんという場をもっとたまり場化できるようにしたいなとか、
多くの示唆をもらった講演会でした。

先を見ている人たちは、
この「終わった後の世界」について考えています。
世界は終わったかのように見えても、
人生は続きます。
そこでどんなふうに生きるかは、
今どうしているか、何をやっているか、にかかっているのだと思います。

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2015年7月4日土曜日

どこまで本気か見える

おととい、竹橋の国立近代美術館に行ったわけですが、
私としてはたぶん20年ぶりぐらい。
ここ、ほとんど私の行かない美術館なのでした。
なぜか。
1つの理由はうちから遠いから。
周囲はオフィス街だし、行ったところで街としては面白くない。

それでも展示がよければ、
しょっちゅう行ったはずです。
今回、20年ぶりぐらいに訪れて、
私が行かなかった理由がはっきりわかりました。

常設展の作品は確かに有名で、名の知られている作家のものが多いです。
美術史の教科書にも出てきます。
ただ、名前こそ有名だけれども、
なぜこの作品を買うのかな?という、
作品としては力ないものがとても多い。
10代のころから絵を見続けていますから、
さすがに今となっては、いい絵とそうでないものが瞬時にわかる。
竹橋の美術館は、確かに有名な作家だけれども、スルーしていい作品が多いのです。

それに比べると、財閥の所蔵作品には外しが少ない。
さすがと思える作品をずらりと並べてきます。
この差は何なのか。
ちょっと考えれば簡単です。
国立美術館は、公務員が税金で買った作品たち。
だけれども、財閥系の美術館の作品は、
財閥たちが自分の稼いだお金で自分のために買った作品。
ここが違うのです。
どちらが本気かと言えば、
自分で買ったほうが本気に決まっています。

ボールペン1本だってそうでしょう。
会社の経費で買ってもいいよと言われて買うボールペンと、
自分で自分のために買うボールペン、
どっちを本気で選ぶかと言われれば、
自分のお金で買うもののほうを本気で選びます。

ばしっと、まとめていいものが見たいのなら、
財閥系の美術館のほうがお勧め。
美術史的な観点で総ざらいしたいのなら、
国立美術館がお勧め。
しかし、魂の栄養になるような作品はだんぜん、財閥系が所有しています。
もちろん、投機目的で買った絵は、一番だめです。

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2015年7月3日金曜日

確かに見本となる人はいない

きのう、11月ごろ開催しようと思っている、
龍子記念館での日本画観賞会の打ち合わせもかねて、
川端龍子さんの「草炎」が今、展示されている竹橋の近代美術館まで行ってきました。

途中、大手町乗り換えで、駅の周辺をうろうろしましたが、
ちょうど時間はお昼どき、近所で働いている人たちがビルから次々に出てきて、
お昼を食べに向かうところでした。

私はめったにオフィス街へは行かないので、
早速、みんながどんな格好しているのかチェック。
まず男性はノーネクタイでワイシャツ、ズボンという姿がほとんど。
で、女性なのですが、確かにこれといって、目を引く格好の人はいません。
多いのはスカートまたはパンツにTシャツなどのカットソー。
よくてブラウスまたはシャツ。
若干、スカートにインナー、カーディガン。

ときどきその中を就職活動中かと思われる、まじめそうな黒スーツの若い女の子が通り過ぎます。
年齢も、20代から30代前半がほとんど。
それ以上の人を見ません。
格好からして、重要な仕事を任されていそうには見えない。
Tシャツにスカートで課長とか、変だろうし。
さすがに大手町なので、ジーンズの人はいなかったけれど、
ジーンズではないけれど、あとはとてもカジュアルです。

蒸し暑いせいもありますから、確かにこれ以上、どうこうすることもできない、
というのもあると思います。
これからもっと暑くなったら、もうどうにもできないでしょう。

駅で電車を待っている間、どうしても目がいった人は、
持っていたバッグが真っ赤なクロエだったから。
服はたいしたことないけれど、バッグだけ、真っ赤で立派なクロエ。
クロエに目が釘付け。

今、女性社員に制服があるところは少なくなったと思いますが、
このスタイルがいわば準制服と考えてもよいのではないでしょうか。
だから、変にほかと違った格好をすることもできない。

だったら、自分なりの会社での準制服スタイルを考えて、
それで毎日過ごすのでいいのではないかと思います。
仕事の内容は人それぞれだと思いますが、
ファッション関連でなかったら、仕事場はおしゃれをしていく場でもないでしょうから。

ただ、ほんとうに若い人ばっかりで、もっと大人の女性は全然見ませんでした。
実際は皆無ではないでしょうけれど、
多くはないのでしょうね。
私たちがイメージするような、またはテレビドラマで出てくるような、
颯爽としたスーツ姿のキャリアウーマンなんて、いませんでした。
ほとんどいない。
だから、作らない。
結果、売っていないというループに今、入っているのでしょう。

私はといえば、都会へ行くのだからということで、
背裏のついたネイビーのテーラードジャケットを着ていったのですが、
テーラードジャケットを着ている人なんて、ほんと、就職活動の女子ぐらいで、
ほかはいない。
これが日本の現実。
その中でどうするかは、人それぞれ。
それはそれぞれが自分で決めればいいのではないかと思います。

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2015年7月1日水曜日

上の世代の見本となるおしゃれな大人がいないわけ

この前までレディースのクルーズ・コレクションでしたが、
今は来年の春夏のメンズのコレクションのシーズンに突入しました。
全部はチェックしきれないけれども、
気になるのだけ見ていてつくづく感じるのは、
ファッションは進化しているということ。
特にスタイリングがどんどん難しくなっています。

西洋にとっても、女性が男物のスーツと同じ格好をしたり、
プレタポルテと呼ばれる既製服が出現したりするのは、
そんなに昔の話ではなく、第二次世界大戦後のこと。
そこからものすごい勢いでファッションの進化、多様化が進んでいて、
それは現在も進行中です。

ここ二、三年の特徴は、
アイテムとしては目新しいものはないし、
妙な形の服もないけれども、
スタイリング、特に色合わせをどんどん難しくしていっているなということ。
その代表がプラダであり、この前、クリエイティブディレクターが交代したグッチ。
アレッサンドロ・ミケーレは、まさにその典型で、
おしゃれとださいのぎりぎりのきわを狙ってきます。
テニスで言ったら、コートのライン際を狙ってくるみたいな感じ。
あれはそう簡単には真似できないし、習得できない。

ひるがえって日本を見てみると、
確かに、80年代半ば、日本のファッションが「黒い衝撃」としてパリコレにデビューし、
世界を引っ張った時代がありましたし、
90年代半ばまで、街ゆく人のおしゃれはどんどん進化していきました。
けれども、その後、2000年ぐらいからは、
正直、頭打ちで、それ以降、下り坂。

80年代半ばから2000年に入るまで、
日本人はいわばコレクションで発表されるような服をそのまま着て、
街を歩いていました。
そして最先端のものを着こなす技術を身につけました。
ただし、それは黒や紺といった、単色使いがほとんどで、
色遣いについての学びはその時代、ありませんでした。

2000年から2012年ぐらいまでは、ファッションは停滞期だったと思います。
世界的な不景気がファストファッションを広げ、
働くために何か着るのがやっとの毎日。
コレクションで発表されたものをそのまま歩くなんてことは、
だんだんなくなっていきました。

日本は、不景気だけではなく、女性の社会的地位の低さもあり、
カジュアルが大流行りで、大人の成熟したファッションが実現できませんでした。
だから今、上の世代の見本となる人たちがいないのです。

朝からどんどん書いていますが、
これはもうちょっと詰めておしゃれブログに書いたほうがよさそう・・・。
雑誌はどれも、外国のセレブばかり。
自分で考える、工夫する、作るのをやめて、
外から持ってくるだけ。
これじゃ、進化も成熟もないよね。

そんなことを考える、7月1日、雨の海開きの日の朝でした。

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