2015年4月30日木曜日

いつも同じでよいもの


私は激しく作り込んだメイクは全然しないのですけれども、
リサ・エルドリッジという、最近、ランコム専属になった、
メイクアップ・アーチストの動画をときどき見ます。

リサの面白いところは、
さえないノーメイクの自分の顔を、
テーマを決めて、自分で説明しながら、
完成まで動画にとっているところ。
今まで多くのメイクアップ・アーチストがいたと思いますが、
自分の顔でやる人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

またリサはときどき、日本や韓国に化粧品を買いに来ていて、
日本製の化粧品も多く使っています。
動画ではすべてどこの製品の何を使うかまで説明しています。

そんなリサの動画をずっと見ていて気づいたことがあります。
彼女のメイクする指には、
いつも同じ石のついている2つの指輪があるということ。
ネイルの色が変わっても、
指輪は同じ。変わりません。

それを見ていて思いだすのは、
大学時代、同じゼミだったある人。
私が行っていた大学は、ゼミの半分近くが帰国子女で、
みんな、英語ができたり、フランス語ができたりしました。
そんな彼女たちを見て私は、
ああ、この人たちと同じように外国語ができるようになることはないと
思ったものですが(当たり前)、
思いだした彼女も、たしか小・中学校とイギリスにいたと言っていました。

その彼女は、いつも腕にお父さんにもらったというブレスレットをしていました。
そのブレスレットは、 ゴールドで、見るからに高そうなものでしたが、
彼女はどんな服装のときも同じようにそれを腕につけていました。

たぶんほんとうに高価なものなのだと思います。
そして、リサ・エルドリッジがいつもつけている指輪も、決してチープなものではありません。

ある程度の価値のあるジュエリーを
いつも同じように身につける。
ごく一般の人の、そして日常生活におけるジュエリーのつけ方は、
それがいいのだと思います。
そしてたぶん、それが正しいのだと思います。
決して、安ものをとっかえひっかえつけるのが、おしゃれな人というわけではない。

このあたり、日本ではよく知られていないようです。
30代半ばぐらいになると、
そこそこの値段の、
40歳になったらもうつけないようなデザインの、
中途半端なジュエリーをたくさん持っている人が結構います。
1つが1万円だとしても、30個持っていたら、30万円。
質の高いジュエリー、1つは買える値段です。

いつも、そして一生付き合える、
質の高いジュエリーを1つ、2つのほうが、
ずっとおしゃれに見えるのだと、
リサ・エルドリッジの指を見て、
そのことを再確認しました。

☆写真:今日のバラ。今日は曇りで風も吹いているので、うまくとれませんでした。

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2015年4月29日水曜日

そのときがくるとわかること


1つの選択をして、
その選択がよかったかどうか、
結果がわかるのは、
ずっと後だったりします。
そのずっとはどれぐらいかというと、
それこそ10年、20年後かもしれない。

選択には、時たま横やりが入ったりします。
どうしてもやりたいと思っていたのに、
邪魔が入ってできなかったとか、
アクシデントが起きて中止になったとか。
そのときは心底がっかりするけれども、
その後、10年たって、
ああ、あのときやめておいてよかった、
神様、横やり入れてくれてありがとうと、
本気で思います。
今になってわかるけれど、
ありがたい横やりがたくさんあります。

活気のなくなった表参道を歩いていて、
ああ、アパレル産業から抜け出せて、
ほんとうによかったと思ったし、
その前にも、何となくやりたいなと思っていた分野の仕事が、
今、とんでもないことになっているのを見て、
あのとき行かないでほんとうによかったと思う。

あんなに一生懸命取り組んでいたのに、
なんでうまくいかなかったんだろうとか、
思うことはたくさんあって、
そのすべての謎が解けたわけではないけれども、
でも、やらなくてよかった、
行かなくてよかった理由は、未来になるとわかるのだと、
今ならわかります。

就けなかった仕事とか、
入れなかった会社とか、
別れた友達とか、
みんなみんな、それでよかったんです。

というわけで、
うまくいかなかったことは、
とっとと離れて、
つぎにいったほうがよし。
なんでうまくいかなかったかは、
そのときがくればわかります。

☆写真:バロン・ジロー・ド・ラン、咲いた。なんか写真が気に入らない・・・


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2015年4月28日火曜日

場所の役割も変化する


先日、久々に表参道まで行きました。
目的は根津美術館での琳派展を見に行くため。
お買い物のためではないので、
地下鉄の駅を出て、
さっさと目的地へ行きましたが、
あの通りを歩いただけで、
今の日本のファッションの状況がわかります。

確かにビルは新しい。
新しいブランドのショップは次々にできている。
だけれども、元気よくお買い物しているのは観光客だけ。
90年代のように、
刺激的で、いろいろな格好な人が歩いている街ではなくなりました。
あと、なぜかスーツ姿のサラリーマンが多い。
ビルもふえたし、ビジネスの街になったのかもしれません。

美術館は混んでいましたけれども、
そこにいる人たちは、これを見に、目的を持ってきた人たちなので、
街を歩いている人たちと、勢いが違います。

古いビルやショップがどんどん取り壊されて、
新しいビルやショップは、それこそ世界最先端の建築とデザイン。
そういうセットなわけだけれども、
登場人物たちがしょんぼりしています。
そのアンバランスも妙な感じがしました。

そして最後に気になったのが働いている人たちの姿。
休憩時間なのでしょうか、マンションから出てきた若いお兄さんたちが、
ビルの物陰でこそこそとタバコを吸っていたり、
休憩に入った、立派なショップのカフェが、
まさかのワンオペだったり、
余裕のない感じ。
建物にはお金をかけたけれども、
人には・・・、ということなのでしょうか。

ただ、もしかしてこれは、
表参道のある役割が終わって、
エネルギーがあって、
人が集まってくるのは、違う場所に変化したということなのかもしれません。
確かに、「抜け殻」のような街でした。

何事も永遠ということはなくて、
変化するのが当たり前ですから、
それはそれでいいのだろうと思います。


 で、このビデオ、今日の話とは全然関係ないのですが、
きのう、偶然見つけた、ハルカトミユキの「世界」という曲。
横浜の中華街から始まって、
江ノ電の鎌倉高校前、そして稲村ケ崎の海岸。
江ノ島をバックに赤いドレスのハルカが歌う姿が印象的です。
なかなかよい。
まだ人気が出てないのかしら?
いいと思うのだけれど。

☆写真:バロン・ジロー・ド・ラン、咲いてきた。

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2015年4月27日月曜日

エネルギーを循環させる



人というのは案外、単純なもので、
足りてなさそう、
くれなさそうなところには寄ってこないものです。

足りないだけではなく、
奪おうとするのなら、寄ってこないどころか、
逃げていきます。
誰でも何かとられそうだなと思ったら、近寄りたくはありません。

きのうは、この「足りない人」がモテない人だという話をしていました。
だから、モテるかどうかは服装には関係ないです。
服装を変えてもどうにもなりません。
付け足すのはモノではないからです。

でも、そう言ってしまったら、
何も売れないので、
そんなことを教えてくれる人は、多くはいません。

エネルギーを循環させないで、
受け取らない、回さないでは、
その中に誰かが入ってくることはできません。

モテないとか、
コミュニケーションがうまくいかないのは、
単純に言うと、
エネルギーをとめていて、流さないからなんですけれども、
なかなかそれに気づかないみたい。

エネルギーは無料です。
だから、花が咲き、
果実が実ります。
その同じエネルギーを受け取って、
つぎに回していけば、
いいだけの話です。

☆写真:紫のおだまきも咲いた。

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2015年4月26日日曜日

好きなものを選ばないという自己破壊プログラム


自分の好きなものを選んでいくというのは、
幸せの基本だと
私は思います。

もちろん世の中や社会は、
好きなことだけしていればいいというわけではないです。
義務もありますから。
(好きでないことは人によっていろいろ。
それは自治会の組長だったり、
確定申告の計算だったり・・・)

だけれども、自由にできる部分については、
自分が好きなもの、
心地いいもの、
楽しくなるもの、
うれしくなるもの、
おいしいもの、
そんなことを選んで、それを持ったり、実行したりするというのは、
幸せなことです。

それと反対の考え方として、
世間、社会、または親の視点を重要視して、
そちらの側から選んだほうがよいという考えがあります。
学校も、仕事も、住むところも、食べ物も、着るものも。
そこに、自分が好きだから選んだものはありません。
好きなものを選ばない。
たぶん、それって、幸せではない。
幸せとか、関係ない。

人生の目的が幸せではないという人は、
それでもいいんじゃないのと以前は思っていましたが、
どうやらそんなに簡単な話ではないです。

好きなことを選ばないでいると、
最終的に精神や身体に異常をきたしてきます。
好きなものを選ばないは、
いわば、一種の自己破壊プログラムです。
ずっと続く不調、
精神的な不安定さなど、
必ずいつかあらわれます。

もちろんそれは最初、サバイバルのためになされたのだろうけれども、
生き残るつもりで導入したプログラムは、
実は自分を破壊し続けます。
好きなものを選ばないというのは、
実はとても危険な行為です。

「好きなことがわからない」という症状は、
この病の初期症状です。

そうなる前に、どこかで引き返す道は、
いつでも残されています。
初期症状があらわれているうちに、
戻ってやり直すことをお勧めします。

☆写真:ネモフィラ

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2015年4月25日土曜日

カラー診断と骨格診断で、けろっぴの緑とベルボトムのパンツを勧められたんだけど、どうしましょう?


私のところにファッション・レッスンにいらっしゃる、
約半数の方々から、
この「カラー診断」と「骨格診断」の苦情をいただきます。
きのういらした方も、
カラー診断でけろっぴのような緑色を、
そして、骨格診断でベルボトムのパンツをお勧めされ、
きゃしゃなサンダルははいてはいけないと禁止されたそうです。
では、どうしましょうかということで、
質問です。
「けろっぴの緑色のTシャツとベルボトムのジーンズで表参道を歩ける?」
「歩けません」
「そういう格好したい?」
「したくありません」
「けろっぴの緑色、着たい?」
「着たくありません」
「ベルボトムパンツ、はきたい?」
「はきたくないです」
「では、そんな色選ばなくていいし、ベルボトムパンツをはく必要もありません」

皆さん、私にそんな格好しなくてよろしいと言われると、
心底、ほっとされた顔をします。

いつも言っているように、
自分が人生というドラマの主人公で、自分が演出家、
そして自分が衣装デザイナーなんだから、
そんな、たまたま雇った、どうでもいい人の意見なんて、
重要視することはありません。
しかも、着たくないものは着なくていいし、
好きでもない色を選ぶ必要もないです。

例えば、主人公が、
「さよこ 26歳
高円寺の四畳半アパートに住んでいる。
家賃は4万円。
近くの古着屋でアルバイト勤務。
好きなものは70年代のファッションと音楽。
永遠のアイドルはジャニス・ジョップリン。
今日もジャニスの「サマー・タイム」を聞きながら、
お気に入りの緑色のTシャツとベルボトムジーンズとサボで出勤。
どれも勤務先の古着屋で売れ残った、
70年代のアメリカの古着を格安で手に入れたもの。
好きな動物はカエル。
だから、カエル色の緑を見ると、私の色だわって、思っちゃう。
友達からは、
あんたの周りだけ70年代の空気が流れてるわ、と言われながらも、
好きなものは好きだから、絶対やめない。
夢は70年代に戻って、ウッドストックのロックフェスに行くこと。
う~ん、叶わぬ夢」
みたいな設定だったら、
けろっぴ色のぴったりしたTシャツに、ベルボトムのジーンズ、
サボでぴったりだと思います。
だけれども、主人公は、そんな設定じゃないんです。

「カラー診断」も「骨格診断」も、
ファッションとは、関係ありません。
何度も書いているけれども、
色はどんな生地にのるか、
そして光や照明の違いによって、違う見え方をします。
同じ黒でもサテン、ベルベット、革、ツイード、ニット、
全部、違う。
それを見分けて、使いこなすのがファッション。
ファッションの側の人間は、それを学校で勉強し、実際に服をデザインし、作ります。
サテンの色だけで全部決めちゃうなんていうのは、
ファッションじゃないんです。
ファッションを勉強していないからこそ、そんなことができるんです。

骨格診断もそう。
服のパターンの勉強は、
専門学校に3年行っただけでも全然足りないです。
そのあと、プロとして何年もかけて、技術を習得していきます。
服の構造がわからなければ、
どんな骨格にどんなふうに服がのるかなんて、
理解できません。
診断する人が、パタンナーとして何年のキャリアがあるのか、
まず最初に確認すべきです。
パターンがわかっていないなら、
わかるわけないです。
それに何より、時代のシルエットを無視するということは、
まさにアウト・オブ・ファッションです。

それにしても、
皆さんから聞く、
勧められたという色とシルエットはどれも強烈。
よくもまあ、そんなことを、という感じ。

まあ、納得のいかない色とシルエットを勧められて、
どうしたものかと思ったら、
自分で自分に質問してみてください。
「ほんとうにその格好で街を歩きたい?」と。

追記:ケロッピーじゃなくて、けろっぴだった。直しましたよ。あと、けろっぴの画像見たら、けろっぴの緑のほうが、まだましでした。


☆写真:今年一番のうちのバラ。そしてチューリップの紫エリア。

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2015年4月24日金曜日

計算と、感覚と。

ワードローブの構築の上で必要なのは、
計算する部分と、
感覚で決定する部分の両方です。

多くの人が、
これがごっちゃになっている場合が多く、
計算すべきところは手ぬるく、
感覚で決めるべきところなのに計算して決めたりしています。

文章を読んだだけではなかなかできないのがこの部分で、
自分のくせは客観的に見えていない場合が多いです。

計算すべきことは、
例えば予算とか、
全体の枚数など。
感覚を重視すべきなのは、
色やデザインの選択。
これを逆にやる人も多いです。

例えば、「モテ服」というもの。
色やデザインはモテるために考えて決めますが、
予算や全体の枚数なんて考えていませんから、
結果的にワードローブはめちゃめちゃに。
その人らしいわけでもなく、
片付けるのも大変で、
着ない服もたくさん出てきます。
しかも、なんでそうなるのかよくわからない。

なぜわからないかというと、
計算しているということも含めて、
意識していないからです。
無意識に誘導されたほうへ向かいます。


それを続けていくと、
元気がなくなります。
見ていても、パワーが感じられません。
何よりいきいきしていない。
最近、特に都会の人たちの服装にパワーを感じられないのも、
そんなところが原因かなと、
何となく思います。


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2015年4月23日木曜日

青写真の状態に戻す


片付けとヒーリングは似ているところが多いです。
私はインテグレート・ヒーリングを説明するとき、
いつも家の片付けと掃除を比喩として使います。

つまり、新築したばかりのまだ荷物も汚れも少ない家は、
片付けるのも、きれいにするのも簡単だし、
何回も、何時間もかけなくてもできるけれども、
築年数も古く、何年も住み、
場合によっては前の世代の片付いていない荷物や汚れ、
そして長年蓄積された大荷物があり、
それが散らかっている場合は、
当然のことながら、新築の家を片付けてきれいにするよりも、
時間がかかります、
ということです。

片付いていなくて、汚れた今の住居は過去の選択の結果です。
そして、現在の自分も過去の選択の結果です。
片付けるべき荷物には、
自分で買ってきたもの、
誰かにもらったもの、
誰かに無理矢理おしつけられたもの、
街(社会)で、無料で配ってたからもってきたもの、
誰かの忘れもの、
災害対策として備えてあるもの、
親に、それがお似合いだからという理由で渡されたもの、
先祖代々伝わる、実は価値のない家宝など、
いろいろなものがあります。
必ずしも、全部が全部、自分が買ったり、持ってきたもの、ばかりではありません。
でも結果として、現在、そのもので家は占領され、
制御不能なほど散らかっています。

それを片付けるためには、
ひとつひとつそのものを集めて、分別して捨てなければなりません。
押入れ(無意識)の中もチェック。
まさかこんなところにあるとは知らなかったというものも探しだします。
もちろん、それはある程度まで1人でできます。
ただし、あんまりに荷物が多すぎて、片付けと掃除が大変だったら、
プロの手を借りることも可能です。
(この点についても、片付けとヒーリングは同じです)

戻すのは、新築したときや、引っ越してきたばかりのときの状態。
ヒーリングだったら、青写真の状態です。
その人が生まれてきたときに持ってきた設計図である青写真の状態に、
人生やその他を戻します。

ときたま、夫や子どもが悪いので、片付けてくれ、
きれいにしてくれとおっしゃる方がいらっしゃいますが、
「夫や子ども」は、また別の家に住んでいますから、
それを片付けることはできません。
しかも、頼まれていないわけですから、勝手にやることはできません。

また、片付いた後のインテリアもお願いしますとおっしゃる方もいらっしゃいますが、
片付けやお掃除の仕事と、インテリアデザイナーは別の仕事です。
同じように、ヒーリングも片付けと掃除まで。
そのあと、どういうインテリアにしたいかは、自分で考えることになります。

でも何よりも、荷物がいっぱいで、散らかって、汚れているうちは、
それを片付けてきれいにするのが先。
散らかっているうちでインテリアをどうにかしようとしても、
決してきれいにはなりません。

まずは片付ける。
まずは青写真の状態に戻す。
インテリアのデザインはその後。
ほんとうに素敵な暮らしがしたいのなら、
片付けは必須だと思います。

☆写真: 藤も咲いてきた。

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2015年4月22日水曜日

FASHION REVOLUTION DAY

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「もったいな~い!」と言われたの


今うちの庭のチューリップが満開です。
そろそろピークは過ぎました。
チューリップの球根の多くはオランダ産です。
で、外国産の球根は、基本的に花が終わったら、
毎年、抜いて、それで終わりです。
国産だったら、葉が枯れるまで待って、
掘り上げて、日陰に置いておけば、
つぎの年、花が咲くものもあります。
うちの一部のチューリップもほっといておいても出てくるものもあります。

きのう、うちにいらしたクライアントさんと、庭のチューリップの話になって、
球根は毎年、植え変えると説明したら、
大きな声で「もったいな~い!」
と言われました。
ああ、そうか。
お花がもったいないと思う人もいるんですね。

私は室内に、庭の花が切れるときは庭の花を、
ないときは買ってきた切り花を飾っていますが、
これもきっと、もったいないと思っている人たちもいるのでしょう。

価値感は人それぞれなので、
ああ、そうか、そういう人もいるのだな以上は、
別に何とも思いません。
何をもったいないと思うかも、それぞれの人生の選択です。

私の場合、もったいないなと思っていたのは、
週に何回も居酒屋へ行って、お酒にお金を使うことでした。
昔よく、30そこそこで居酒屋やバーに行って、酒代にお金を使う人たちのことを見て、
そんなことにお金と時間を使ってないで、本買って読んだり、なんか勉強したらいいのにと、
思っていました。
ただ、今は別にそんなことも思いません。
お酒にも文化と歴史があるだろうし、
社交の場だろうし、
日本経済に貢献しているし、
それはそれでいいと思います。

庭にお花を植えること、
家に花を飾ることを「もったいない」と思う女性たちもいるのだ、
女性だからって、花を見て、単純にいいと思うだろうという思い込みに注意しなくちゃね、などと、
そんなことを考えていたら、
逆に素敵な花のイメージが見たくなって、
きのうは出たばかりの「SENS de MASAKI vol2」のkindle版をダウンロードしました。
テーマは「花と暮らす。花を楽しむ」。
フランスの古城に住む、画家のアトリエが素晴らしかった。
何度も見入って、一体どうなっているのだろう、
どうしたらこんなふうになるのだろうと考えました。
で、改めて、
私はこっちの人たちの仲間だから、
こういうものを見続けて、できるだけ自分の生活に取り入れようと決意しました。
「花」は私にとって、全くもって、もったいないものではないです。
「花」は、私にとって「必需品」です。


(今、こんな感じで咲いています)

☆写真:クリーム色のチューリップ。名前は不明。

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2015年4月21日火曜日

オリジナルズ


最近、気になるのはイギリスのデイルズフォードのようなオーガニック農家とその事業の動き。
googlemapでストリートヴューにしてみると、
うちにいながらにして、現地の様子がわかります。
確かに何にもない田舎にいきなり出現しています。
それなのに、多くの人が集まっている様子。

桜にしろ、何かほかのものにしろ、
どんなに田舎だろうが、周囲に何もないところだろうが、
人が集まってくるところがある。
それはたぶんそこでしか味わえないオリジナルのものがあるからでしょう。
オリジナルなものを作り出せれば、
人は集まってきます。

代替のきかないオリジナルなもの、もしくはオリジナルな存在。
(なんかそんな歌、あったけどさ)
そんなものがあったら、徐々にだけれども、人は集まる。

ほんとうはそうなんだけれども、
1つしかないからこと、人が寄ってくるのだけれども、
商業ベースの人たちは、
みんなに同じものを勧めるでしょ?
大量に同じものを売りたいから。
トレンチコートとボーダーシャツとコンバースを勧めたでしょ?
でも、そんなスタイルの人は、
鎌倉あたりに行けばたくさんいます。
(地元の人じゃなくて、観光客ですけれど)

たくさんいると、
今度はその中のほんの小さな差異を比べる競争が始まります。
着てるものに関しては、いかに新しいか、どんなブランド物かという競争になる。
ワードとエクセルだけの世界だったら、
その中で競争を強いられる。
偏差値をつけられちゃう。
早くできるとか、間違いが少ないとか、
で、最終的にはいかに安価でできるかという、安売り競争になってしまう。
思えばこの20年、同質化と安売り競争の歴史でした。

その競争が嫌だったら、
その「同じもの」から抜け出して、
オリジナルになればいいわけです。
1つのものは、つまりユニークは競争する必要ないから。

バラと百合は競争しません。
バラと百合はお隣同士、美しく咲き誇るのです。
お互いを引き立てるのです。

そんなことを考える、
雨上がりの火曜日の朝でした。


☆写真:紅色の菊桜。かわいい。だけれども、菊桜ってネーミングはどうなんだろうか?

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2015年4月20日月曜日

ソメイヨシノだけじゃなく


確かにソメイヨシノが一斉に花開いたり、
花びらが風に舞う姿は美しいです。
けれども、桜って、ソメイヨシノだけじゃない。
時期を前後して、その他の種類の桜も咲いています。


ソメイヨシノの時期が過ぎて、
ちょっと標高が高くて、
あまり人のこないような寺の跡に行ったら、
こんな光景が広がっていました。
ここはソメイヨシノ以外の桜が多くて、
それぞれ趣があってよい。

ここは知る人ぞ知る、
松田町にある最明寺跡の公園で、標高は500メートルほど。
3月に行った、松田ハーブガーデンのその先です。

ここら辺は電車で新宿から1時間10分ほどですが、
山林なので、人口も少なく、
のんびりしています。

このあいだも感じたのですが、
なんとなく雰囲気がイタリアのトスカーナに似ていて、
私は勝手に、ここは日本のトスカーナだと思っています。


私たちに見る目がないだけで、
そこかしこにいいものはあるんです。
で、住んでいる人たちは、そのよさに気づかなかったりする。
ここなんて、都心から1時間ばかしだし、東名のインターチェンジも近いし、
湧水は出てるし、
鹿もいるし、
レモンも栽培しているしと、
うまく利用すれば、いろいろできそうな感じなのですが、
いまひとつ何もできていません。
(ただし、ここは断層もあるので、どこでも住めるわけじゃない)

気づかないと、何もできないです。
けれども、気づきさえすれば、
それはお金では買えないお宝だと、
私は思います。

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2015年4月18日土曜日

うまくたためない服もあるんだよ


こんまりメソッドに沿ってやっていくと、
ワンピースも含めて、
服は畳んで収納ということになっています。
しかし服の構造がわかっている側から見ると、
すべての服が畳めるわけではないということを知っていますから、
そうするわけにはいきません。

洋服は着物と違って立体的に作られています。
女性の場合、バストの凸を、
ダーツや切り替え線などで処理しますから、
平らにはなりません。
平らになる服とは、
立体感のない、着物の延長のような服です。
例えば、代表的なものはTシャツ。
ですから、Tシャツは畳んでも構いません。

けれども、たとえそれがシャツだとしても、
立体的なパターンのものは、
うまくきっちり畳めません。
それはパーカのフードのようなものだからという意味ではありません。

仮に無理矢理畳んだとします。
しかし、再び立体的にするためには、
テクニックを駆使したアイロンがけが必要になります。

アイロンがけは、平らなアイロン台だけを使って行われるものではないです。
「まんじゅう」と言われる立体的なアイロン台の補助になるようなものを使って、
立体感をつけながらアイロンをかけていきます。
そのときに、たとえば「いせる」という布を縮ませる技術と、
逆に引っ張って、立体感をつける技術を駆使します。
これがとても難しいので、プレスの専門店があるほどです。
ちなみにいせたり、引っ張ったりは、
天然繊維でないとできません。
化学繊維はアイロンによって形が変わるわけではないので、
そんなテクニックは不要です。

つまり、
ドレスもジャケットもシャツもスカートもパンツも全部畳んじゃったという人のワードローブは、
立体感のないものとニット、そして化学繊維のものばっかりだということになります。

例えば私の持っているMIUMIUの白シャツ。
これはうまく畳めません。
畳んじゃったら、着るときに再びアイロンがけが必要になります。
畳んで収納、着る前に立体的にアイロンがけをし直すという行為は、
初めからつるして収納するよりもずっと面倒です。

というわけで、洋服が好きな人には、
全部畳んで収納はできないと思います。
したくても、うまく畳めないからできないです。
畳んじゃったら、着るときが大変です。
せっかく選んだ立体的な服を、
わざわざ畳んじゃうことはないです。

☆写真:うちのチューリップ

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2015年4月17日金曜日

片付けで過去と向き合う


片付けは、過去と向き合うことです。
今回、私もちょっと考えちゃう過去のものが出てきたことで、
新たに決意というか、
確認したことがありました。

出てきたのは、6年ぐらい前にアパレル関係の友達と新しいことをしようとして
資料として買ってあったシルクのキャミソール。
今はもうないケイト・ヤングがプロデュースしていたコスメティックという
トリンプのブランドのものです。
(そういや、ケイト・ヤングって、最近聞かない)

資料として買ったものなので着たわけではないし、
シルクだし、デザインもいいので捨てなかったけれど、
やっぱりそれを見ると、
何とも嫌な記憶がよみがえる、
着る気が起きません。

一緒にやろうと決めた友達は、
私がデザイン画を渡したっきり、メールをしても返信がなくなり、
電話をかけても出ないし、
あとは家まで行ってみるしかないなという感じでした。
ただ行っていなかったり、居留守を使われても困るので、
3月末日まで彼女から何らかの連絡が来るのを待ちましたが、
結局、何の連絡もなし。
そして、このデザイン画と一緒に資料として預けてあったキャミソールも
戻ってきませんでした。(1万円ぐらいしたのに・・・)

ところがそれから1年半後ぐらいでしょうか、
「お元気ですか」と書いた紙きれ1枚とともに、
このキャミソールが小包で送り返されてきました。
悪びれたふうもなく、謝罪の言葉もありませんでした。

そのとき決めました。
ちゃんと連絡ができない人とは決して一緒に仕事をしないと。
あれはあれでよかったのです。
連絡できない人と仕事を始めてしまったら、
それから金銭的なダメージを受けるかもしれませんし、
その前でストップできて、
それは本当によかった。

今回、捨てないで置いておいたそのときのキャミソールが出てきたのですが、
やっぱり着られない。
キネシオロジーでチェックすると、
力が入りません。
 このキャミソールの役割は、もう終わっているということなんでしょう。
というわけで、ありがとう、さようなら、です。

驚いたことに、
きのう、その連絡をしてこなかった友達が夢に出てきて、
一緒に仕事をしようと言ってきました。
私は夢の中で、はっきりと断りました。
どんなことを言ってきても、
連絡が途絶えてしまうような人とは、
仕事をしようなどと、これからも考えません。

☆写真:チューリップ。


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2015年4月16日木曜日

レシピについて考える


きのう、偶然、ネットで見た「トマト丸ごと炊き込みご飯」という、
トマトを丸ごと炊飯器で米と一緒に炊く料理が気になって、
実際に作ってみました。
(なんかテレビでやっていたらしい、よくしらないけど)
作る前に、ネットで検索して、
レシピを探してみたのですが、
どうやらこれという1つのものはなさそうです。
それとともにわかったのは、
作ってみて、おいしいと書いている人と、
それほどでもないと書いている人と、
意見が二手にわかれている、
ということでした。

それほどおいしくなかったと書いている人のレシピは、
米、トマト、塩コショウ、オリーブオイルを炊飯器でたいた方法。
おいしいという人は、
それらにプラスして、ツナを足してみたり、
きのことを足してみたり、
何かしら足している人が多かったです。

材料と作り方で想像してみればわかりますが、
これはいわば、トマトのリゾットの炊飯器バージョン。
トマトのリゾットの材料が炊飯器に入っていれば、
それはそれなりにおいしくなるはず、
というところまでわかります。
だとしたら必要なのは、
煮てもおいしいトマトとブイヨンです。
そんなわけで、少し考えた上で、以下の分量で作ってみました。

私が作った分量は、
米0.75合、
おいしいトマト1個、
野菜のブイヨンのもと小さじ1、
塩、
醤油小さじ1

そして、炊きあがったら、熱いうちに
大量のパルミジャーノ・レッジャーノを投入して、トマトを全体に混ぜます。
こうすれば、ほぼトマトのリゾット。
きのうはいいオリーブオイルがなかったのでかけませんでしたが、
かけたら、もっとイタリアンになるでしょう。
で、十分おいしかったし、おもてなしに出せるレベルだと思います。
リゾット作るより早くできるし。

おいしいが結果だった人と、そうでない人。
なんだかすべてこの「レシピ」のとらえ方の問題のような気がします。
レシピを工夫したらおいしくなったのに、
それはしないで、途中でやめてしまった人は、
おいしいにありつけません。
きっと次のレシピを探し続けるでしょう。
でもただ探しているだけでは、
いつまでたってもおいしいにはありつけない。
なぜなら必要なのは探すことではなくて、
工夫することだから。

あともうひとつ、
どうしても工夫する人たちは工夫する人で集まる傾向があります。
だから探す人たちにはなかなか情報が伝わっていきません。
動きの方向性が違うので、
出会うところがありません。
そうやって、人生で出会う人は、
わかれていくのですね。

いずれにしろ、
レシピどおりではうまくいかないことも多いということは、
知っておいて、損はないと思います。

☆写真:チューリップ、バレリーナ。(だったと思う)

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2015年4月15日水曜日

片付け祭り途中経過


暑かったり、寒かったり、
もしくは、この書類って、捨てちゃってもいいものなんだろうか?
とりあえず、1年間はとっておくか、
という理由によって、
なかなか本格的な片付けに取り組めなかったのですが、
問題の1年を経過し、
暖かくなってきたので、
片付け祭りを開始して、ただいま、書類が終わり、
小物へ突入です。
今回は「こんまりメソッド」でやっています。

「ときめき」という言葉遣いのために本の中身も読まずにきたのだけれども、
その「ときめき」が実はキネシオロジーだとわかったということは、
前回、書きました。

こんまりさんの場合は、
片付ける順番を厳密に決めていて、
それは、その順番で片付け、つまりキネシオロジーのチェックをしていくと、
感度が上がっていくためだと書いています。
さすが、経験の結果、導き出された結論です。
それは本当です。

キネシオロジー、つまり筋肉反射のチェックは、
練習しないとなかなか精度が上がりません。
ただし、練習さえすれば、誰でもコツがわかり、
精度が上がってきます。
できるかどうかはこの練習量にかかっています。

人に対するキネシオロジーは何人もの人を相手に練習しなければなりませんが、
モノだったら、自分の内にあるモノを片っ端から手に持って、
反応をチェックすれば、それですみます。
やればやるほどに精度は上がり、
間違いもなくなります。

「こんまりメソッド」が「断捨離」と決定的に違うのは、
順番を決めることによって、
キネシオロジーの精度を上げていく訓練を同時に行っているということです。
当然のことながら、最後に残したものを選別するときは、
それは思い出の品なのですが、
かなり腕がよくなっています。
そうすれば、間違いようがないですし、
1度身につけた技術は、
片付けが終わってからの人生において、
何かを選ぶ際に生かせます。
よって、人生が変わるという仕組みです。
(キネシオロジーを習得してから、
普通のスーパーで買い物してみてください。
自分の身体に合わないものばっかりで、買うものはぐっと減ります)

そしてもう一つ、
自分で人生を変えるんだと本気で決意しない限り、
人生は変わらないということ。
これは片付けでも、キネシオロジーのセッションでも同じ。
決意、または意図だけは、
他人の力ではどうにもなりません。

私もそろそろ片付け祭りの終わりが見えてきました。
けれども、実は難しいのは片付け祭りではなくて、
藤沢市のごみの分別のほう。
16ページもあるごみの分別表をいちいちチェックしながらでないと、
捨てる方法がわからないのです。
貝殻は燃えるごみだけれども、靴は不燃ごみとか、アイポッドは市の回収ボックスへ入れろとか、
プラマークのごみはプラスチックごみの日だけれども、
プラスチック製品は透明ゴミ袋に入れて回収とか、
ほんとう、細かい。
紙とか雑誌はいいのだけれども、
この分別、とてもじゃないけれど、全部覚え切れるものじゃないし、
500円とか1000円とか払わないと捨てられないものもたくさんあるし、
そちらのほうが大変です。

片付け祭りが終わったら、
やっとインテリアについて考えられます。
今年は壁紙をひっぺがえして、塗り直したりとか、
やることがたくさんあります。

☆写真:ピンクのチューリップもネモフィラも咲いてきました、うちの庭。

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2015年4月14日火曜日

地域での活動

去年1年間、自治会の組長でした。
それが先週の会議で終わりました。
うちのほうは「一人暮らし」という理由で、
自治会の組長を辞退することはできません。
アパートに住んでいようが、
一人暮らしだろうが、
高齢だろうが、皆、平等に組長を担当します。
なぜなら、そういう人たちをのぞいたら、
半分も残らないからです。
うちのブロックも4分の1は一人暮らしだし、
高齢の方もいらっしゃいます。

で、1年間やった感想は、
思っていた以上に面白かった、です。
地域に知り合いもできたし、
どんな人が住んでいるのかもわかったし。

ただ、やはり長年住んでいる地元の人と、
いわゆる転入者の人とでは、
意識にかなり違いがあることもわかりました。

例えば、自治会で集めたお金は自治会内、
もしくはこのエリアで、
それでもだめなら市内で使って回せばいいと、
私は思うのですが、
古くから住んでいない人たちは、
とにかく安いほうがよいということで、
わざわざきゅうりやトマトを隣の市まで買いに行ったりとか、
(きゅうりもトマトも、たくさん畑があるのに)
バスツアーは山梨県にさくらんぼ狩りに行くとか。
(うちの近くには梨もプラムもたくさんあって、狩りもできるのに・・・)

私が住んでいるところは、
都心から電車で1時間ほどのいわゆる郊外で、
地元で働いている人、
都内まで勤めに行く人、半々ぐらいの地域だと思います。
完全に田舎ってわけじゃないので、
人口はいまだ増えているし、
切羽詰まった感じはありません。

それでもやっぱりこれからは、
地域の中でお金を回すような活動、
都会に行かなくても楽しめること、
そして、都会にはない価値などを高める活動が必要だと思います。
「寝るために帰るだけの家がある地域」ではなく、
その他、すべてがそろっているような。
都会が一番という価値観から抜け出して、
次の価値観へうつっていかないと、
都会はもうこれ以上、何もないでしょ、
と、私は思うんですけれど。

私はそう考えるので、
勝手にふるうつらんど井上さんでオーガニック推進活動をしていますし、
ほんとうはもっとこの地域が魅力的になるといいなと考えています。
それはなんでかというと、
私が楽しみたいから。

都会で得ることができる楽しみ、魅力、価値以上のものを、
地元で味わいたい。
都会も、満員電車も、疲れちゃって、もう無理なので、
近くに何でもそろっていたらいいし、
ないなら、自分で作っちゃう。

そうはいっても、ある程度以上の活動、例えば地域の景観をよくしたいとかそんなことは、
1人では無理なので、できる範囲で、ということですけれど。

そんな感じで、1年間の自治会活動は得るものもあり、
考えるところもあり、
面白い体験だったなと思います。

追記:そうそう、ファッション誌はさ、すぐパリジェンヌに憧れるように仕向けますけれど、
だったら、フランスみたいに農業国で、食料自給率120%にも憧れるような記事、書けばいいのにね。
しかも、BIOだよ、BIO。


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2015年4月13日月曜日

物語が始まった


「物語が、始まる」という小説は、
川上弘美さんのたいそう風変わりな傑作小説です。
あの小説は、私の記憶が正しければ、
「物語が、始まる。」という行で終わりました。

それは、まあ、始まるところで終わってしまったわけですけれども、
私は先日、物語が始まったのだと思わせる、
希有な瞬間に立ち会いました。

それは、ファッションレベル3を受けにきてくれた、
まだ20代のクライアントさんと一緒に、
うちの近くの駅に行ったときのこと。
そのクライアントさんは、ファッションレッスンで習ったことを忠実に実行していて、
もうその時点で、友だちから「その服、どこで買ったの?」とよく言われるそうになったそうです。
そして、最近では、お店の人からも同じことを聞かれたとのことでした。
つまり、かなりできているのです。
そこまできたので、さらに上を目指そうということで、
うちまでレッスンを受けにきてくれたその日、
私たち2人が並んで歩いていたところ、
前方からやってきた、20代半ばと思われる男子の目が、
こちらにくぎ付けになっていることに気づきました。
笑っちゃうほどに私たちを凝視していました。
(え?私のことは見てないって?ま、そうかもね)

そのとき私は、
確かに物語は始まった、と思いました。

まずは基礎を実行し、
自分自身で選択し、
その衣装を着て街を歩いたなら、
こんなふうに物語は始まります。
そして、そうなったら、その人は主人公です。
もはや観客ではありません。

私が教えたかったのは、そういうことです。
観客の意見を気にして、
おずおず演じる主役なんかじゃありません。
(そんな人は、主役にはなれません)

それは誰にでもなれるんです。
知らなかったから、知っていることに変わることによって、
知っているだけから、
やっていることに変わることによって。

4月は、物語が始まるのにふさわしい季節だなと思います。
そういえば、あの日、桜は満開でした。
第一幕第一場、
またはシーン1、
主人公が登場して、
どんな物語が始まるのか。
主人公が魂の導きに従うならば、
それは面白い物語になるでしょう。
面白い物語を、見せてね。

☆写真:うちの紫のチューリップ。

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2015年4月12日日曜日

コミュニケーションが苦手な人たち


人とのコミュニケーションが苦手ですという方が案外多いです。
私は観察者なので、
そういうふうにおっしゃる方々がなぜそうなのか、
いつも観察します。
観察すると、わかることがたくさんあります。

最近わかった、人とのコミュニケーションが苦手な人の特徴は、
「あいさつを自分からしない」です。
今さら何をと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
こちらから声をかけるまで、
黙って立っている方、結構いらっしゃいます。

そういう方たちの特徴は、
若くない、ということです。
20代ではありません。
20代の人たちはほとんどあいさつしてきます。
けれども、あいさつをしないのは、
主に30代後半以上の方々です。

たぶん昔はしたのでしょうね。
でもいつの間にかしなくなって、
それが普通になって、
何かおかしいけれども、
もう誰も教えてくれなくなって、
気づいたら、
まわりに人がいなくなってた、
みたいな感じなのでしょう。

先日、いつも行くふるうるたんど井上さんと、
新しいコンフィチュール・プロジェクト(笑)の打ち合わせをしてきました。
店先で。
いろいろなお客さんが入ってきますが、
無言の人も多いです。
皆、年上の方々です。
無言で入ってきて、
何となくお金を出してお買い物をしていっても、
その先の、
私の言うところの「物語」は始まりません。

私も、あいさつをしない人たちとは、
プロジェクトなんかしないだろうなと思います。
なぜなら、
物語は始まりませんから。

物語はいつだって、
出会って、あいさつするところから、
始まりますからね。

追記:なんか言葉足らずだったのですが、コミュニケーションの苦手意識をなくしたかったら、まず自分からあいさつしたり、話しかけたりするのが第一歩だと思います。
いつも言っているように、そのままでいいのだったら、そのままでもいいと思います。

☆写真:今日のチューリップ。今年は紫中心。

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2015年4月11日土曜日

良心に従って

私の占星術の師匠である松村先生が、
新しい著書の冒頭で、
「「星占い」は当たりません」とはっきりお書きになっています。
「星占い」とは昨今の雑誌やメディア等で見られる、
生まれたときの太陽星座のみ、しかもハウスシステムを無視した形で読まれるもので、
西洋占星術のルールを一部を取り入れてはいるけれども、
ほんとうは読むべきその他の天体、
つまり、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、
そしてアセンダントとMCを完全に無視したものです。

松村先生も過去はこのような「星占い」の記事を女性誌などに書いていたことがあります。
(たぶん20年以上前だと思います)
けれども、書くたびに、役に立つどころか、
害にさえなりかねないことでお金をもらうことに罪悪感を覚え、
続けることができなかったと、
よく講座の中でおっしゃっていました。

「「星占い」は当たりません」とはっきり本に書くことは、
それで商売をしている媒体、そして筆者たちへの宣戦布告と同じです。

西洋占星術のルールに従って、
きっちりホロスコープを読むならば、
病気や事故、また転職や結婚などの時期をあらかじめ予測することができます。
どれぐらいの確率で当たるのかと言われれば、
現在の天気予報と同じ程度だと思います。
どんなに西洋占星術を否定しても、
過去のチャートを出してみると、
その人はそのとおりに動いているということがわかります。
けれども「星占い」では、そんなことはわかりません。
それはきちんとチャートを出して、複雑なデータを読み込んで、
初めて可能なことです。

「星占い」は、今までエンターテイメントという理由で許されてきた部分もあると思いますが、
小中学生ではなくて、いい年の大人が
いまだ能天気に「12年に1度のラッキーな年なんです」とか、
「いつ恋愛運がきて結婚できるのか知りたい」などということを聞くにつれ、
過度の間違った期待、
そして、運に依存する姿勢の助長など、
もはや害悪としか呼べないところまで影響を及ぼしているのを感じます。
(西洋占星術では、「運」がきたら、寝て待っていれば結婚できるなどと決して言いません)

もし私が「星占い」の記事を書いたらお金をあげますよと言われても、
それはお断りするしかないです。
なぜなら、私の良心に従ったら、
そんな誰かの害悪になるようなことでお金をもらうのは嫌だからです。
それは確かにもうかるかもしれないけれども、
かえって悪影響を及ぼすものなら、やりたくはありません。

アパレル会社にいた時代も、
上司がドナ・キャランのスカートやアルマーニのジャケットを持ってきて、
同じものを作れと言われました。
会社員だったので、それを拒否することはできません。
それでも誰かの考えたアイデアを、
そのまま借用して自分の利益にするという、その行為は、
私にとって苦痛以外の何物でもありませんでした。
(言っておきますが、それが一部上場企業のアパレル企業ですからね)

良心に従って、
嘘、偽り、欺瞞、だましなどの仕事は、私にはできません。
今もこれからも、ずっとそうです。

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2015年4月10日金曜日

玉石混淆の中から玉を見つける

いつの時代も程度の差はあれ、そうだとは思いますが、
まさに今、玉石混淆の時代です。
アートにしろ、音楽にしろ、
もちろんファッションにしろ、本にしろ、
石の割合が多いです。
そして、玉を見つけるのは困難です。

おとといも、音楽の分野について、
立派な経歴があるにもかかわらず、
実力が大したことがない人が多いというお話を聞きました。
難しいのは、それが本物かどうかは、
ネットの情報なんかではなく、
信頼できる人に聞いてみるか、
または、自分で一次情報に当たってみる以外、
確かめようがないことです。

私は「見てから文句言え」派なので、
やはり一次情報に当たってみないことには、
判断しないことにしています。
みんながよく言っている、
または悪く言っているものについて、
実際に見たらどうなのか、
それは最終的に自分で判断します。

ネットの落とし穴は、ツイッターのリツリートや、
アマゾンの書評に見られるように、
誰かの感想、または聞いた話を読んで、
知った気になったかのように錯覚してしまうということです。
ツイッターなんかでも、
誰か強権的なものいいの人が、
強気に発言していると、
ほんとうかなと思ってしまいそうですが、
それでもやはり、それが本当とは限りません。
アマゾンの書評についてはそのいい例で、
すぐれた本や映画が「理解できない」という理由で、☆が1つになっていたりします。
(理解できないのはその本のせいではなくて、レビューした人のレベルが低いのです)

ただし、すべての物事について、
一次情報に当たるのは無理。
できることと、できないことがあります。
外国の情報ひとつとってみても、
行けるわけではないので、
それは信頼できる人からの情報が頼りになります。

情報がふえた分、
外れに当たってしまう確率も高くなりました。

洋服については、それぞれ判断基準が違い、
誰かにとってのいいと、
その他の人にとってのいいとは、
違う場合もありますから、
絶対にここがいい、ということはありません。

私はよく「見たこともないものについては判断できない」と言ったり、
書いたりしていますが、
それは本当にそうで、
玉石混淆の中の玉は、
人それぞれ違います。
ですから、その人が何を求めているかわからない状態では、
判断はできません。

それでもなお言えることは、
玉の確率は全体の数パーセントにすぎないということ。
その数パーセントを見つけるためには、
やはり自分で行って見てみる以外、
方法はないのだと思います。


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2015年4月9日木曜日

片付け祭り開始


「こんまり」さんの本をちゃんと読んだので、
私も片付け祭りを開始しました。
今、「書類」の片付け中。

「書類」に入る前に「本」の片付けだったわけですが、
実験的にキネシオロジーで残す本を選んでみました。
つまり、身体に聞くわけです。
すると、片っ端からいらない本ばっかりに。
とりあえず、最初はキネシオロジーで選別していって、
最後、もう一度見直しして、
ちょっと戻しました。
(身体はいらないと言っているけれども、知的には読みたいの。
でもそれは時間の無駄ってことかしら?)

身体に聞いてみると、モノなんて、要らないモノばっかりです。
それこそキャンプの生活とか、旅行とか、
その程度の荷物で生きていけるということです。

 さすがに「書類」はキネシオロジーではやりません。
そこの判断は違いますから。
問題は「書類」の次にやる「小物」。

「小物」もキネシオロジーでやったら、
とんでもなく少なくなりそうです。
しかも私が今回やる片付けは、
私が買ったのではない、
いわゆる「うちにあったもの」がほとんどですから、
身体に聞いたら、みんな、いらないって言うだろうな。

そうそう、その前に一応、「服」もキネシオロジーでチェックしました。
要らないと出たのは、
1度、冬用に買った化学繊維のあったか下着ぐらいで、
あとは全部、残すものとして選ばれました。
着たいものを選んで、
キネシオロジーでチェックして残ったなら、
最強ということですね。

☆写真:花桃

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2015年4月8日水曜日

来年の桜は同じではない


お隣の大和市にある千本桜。
なんと、河川工事のため、伐採されるのだそうです。
今年と同じ桜を来年、見ることはできません。
最初の計画では平成27年度にすべての桜が伐採される予定だったそうですが、
住民の皆さんが反対して、5年がかりということになったそうです。
伐採後は、河川敷部分がなくなって、川幅が広がるとのこと。
そこに新たに桜をまた植えるそうなのですが、
今までのように河川敷にシートを敷いて、お弁当を食べることはできません。

ここにお花見に行くようになったのは、たしか15年ぐらい前からだと思います。
当初は仲良くしていた友達と2人でいって、お弁当を食べたりしていました。
しかし、5年ぐらい前だったでしょうか、
いつものように誘ったところ、忙しいとの返事。
次の年も声をかけましたが、再び忙しいとかなんとかということでした。
私はそれ以来、彼女に声をかけるのはやめにしました。

忙しいから来年ねとか、
またこんどねとか言う人もいますが、
またこんどなんて、ほとんどきません。
私は割と人の言うことを信用するところがあって、
またこんどを待っていたりしたときもありましたが、
今は待つのをやめにしました。
忙しいからまたこんどと言う人の言葉を待っていたら、
その機会を永遠に逃してしまいます。
仮にほんとうにまたこんどがあったとしても、
もう次は同じではありません。

他人の先延ばしに付き合う必要はないです。
誰かなんか当てにしないで、
自分で行ってしまったほうがいい。
過去の経験から、これは絶対そう。

(鴨の赤ちゃんがたくさんいました。見えるかしら?)

というわけで、
今週、桜が散り始めたころ、
千本桜を再び見に行ってきました。
ここまで成長するのに40年かかったそうです。
伐採後、同じ姿を見るとしたら、40年後。
誰かの「またこんど」なんて、信じて待っているわけにはいかないのです。

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2015年4月7日火曜日

50代以上ターゲットの服はどこに売っているのかというご質問をいただきました。


先日、50代以上が対象で、ハイブランドほど高くはないものが売っているのはどこか
というご質問をいただきました。
デパートにあるのではとお答えしたら、
デパートはだめなのだそうです。
(理由はデパートの中でショップが分かれているからだそうで、よく意味がわかりませんでしたが)
ディノスの「DAMA」というカタログはとお伺いしたら、
通販は試着できないからだめなんだそうです。(試着して返品はできますけれど・・・)
通販もデパートもだめとなったら、もう思いつきません。
要するに、あんまり高くないところでどこかいいところはないかというご質問だったようですが、
そんなところは、私の知る限りではありません。

デパートの次はショッピングモールになるかと思いますが、
ショッピングモールのターゲットは20代後半から40代半ばぐらいまで。
それ以上の年代向けのものは大体売っていません。

また銀座にあるような大人向けのセレクトショップは、
入ってみたことはありませんが、
ハイブランド並みの値段設定のものがほとんどだと思います。
(地方都市も同じなのではないでしょうか?決してお安くはないと思います)

この年代の多くはバブルを経験した方たちだと思います。
ブランド物が流行りだしたのはそのころからでしょう。
ですから、その年代がターゲットのものは決して安くはありません。

普通に考えて、都会の一等地に店舗を持ち、
人件費と固定費をかけたら、売るものの値段は高くなります。
安く売るためには大量に売らなければなりません。
ですから、セレクトショップで、特に個人経営のようなところは、
安くはならないでしょう。
だから、通販のように、固定費があまりかからないところのほうが、
安くて品質のいいものができます。

この年代向けの雑誌、
例えば「ミセス」や「家庭画報」に掲載されているお洋服は、
どれも高価なものばかりです。
今の日本でこんな高価なお洋服を買える人は、
そんなに多くはないと思います。
では、そうでない人たちはどこで買っているのか?
残念ながら、私も知りません。
今までリサーチしたこともありません。

なんでだろうと考えてみたら、
実際に知っている、私にとって憧れの50代以上の女性はいないということに、
気づきました。
いなかったので、聞いたこともありません。

というわけで、私はそのようなお洋服がどこで売られているのか知らないので、
こんどは皆さんがご自身で、素敵な服を着ている人に質問してみてください。
そちらのほうが早く確実です。
そして、私は知っているよという方がいらしたら、
お会いしたときにぜひ教えてくださいませ。

追記:そうそう、園芸家の吉谷桂子さんがデザインしている「Shade」は注目しています。
なぜなら私も園芸好きで、吉谷さんがデザインするオリジナルのプリントが面白いから。
吉谷さんはたしか58歳。お店は神宮前です。(行ったことはありません)
ターゲットがたぶん50歳以上で、ハイブランドのように高くない値段設定という意味では、
条件はクリアです。
バブアーのフィールド・ジャケットとかも売っているそうです。それは欲しい、私も。


☆写真:白い花桃

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2015年4月6日月曜日

好きなものがわからない人


セッションを受けにくる方たちの中に、
好きなものやことがわからないという人が結構います。
私は自分がすぐ何にでも興味を持って熱中してしまうほうなので、
この好きなものがわからないのがなぜなのか、
さっぱり理解できないでいました。
ただそういう方たちを多く見てきて、
共通点があるということに気が付きました。

その共通点は、自分以外の他人の考えや、他人からの評価を非常に気にしているということです。
自分以外の他人とは、親の場合も、先生の場合も、世間の場合もあります。
また、何かを決定する際に自分以外の意見を重要視するというのも共通点です。

親がいいと言ったから、世間的に認められているからなどの理由で、
(それは無意識の場合もありますが)
多くのこと、それは学校の選択であったり、就職先であったりが、
決定されます。

またそういう方たちのもう一つの共通点は、
切羽詰まった感じがないということです。
着ているものや持っているものが、高価なものの場合もありますし、
カフェやレストランでよく外食する傾向もあります。
親や、世間一般の意見を重視してきた結果、
そこそこにはうまくいっています。
病気でもないし、ブラック企業に勤めているわけでもないし、
困ったことはない感じです。
ただし、好きなもの、ことはわかりません。

ではなぜそうなったのか。
この人たちは、自分の決定や判断を外部にゆだねる癖がついています。
だから、大きな失敗はありません。
親が勧めた仕事を選択し、そこそこの給料をもらい、生活できています。
けれども、外部は、それがたとえ親であっても、不安定な存在です。
自分ではないので、いつも同じ意見でも、一本筋が通っているわけでもありません。
また、外部をたくさんもうけると、それぞれ意見は違ってきます。
ですからいつでも最大公約数の意見を探すことになり、
その結果、大胆な決断はしない、または先延ばしになります。
多くは失敗したくない、傷つきたくないという理由で決定はなされますが、
それを続けているうちに、自分という内部は成長しません。
自分という内側で燃える火は消され、
小さな灯のまま大人になります。
それは成長していないのです。

外部に判断をゆだねつづけると、
失敗はしないけれども、成長はしません。
内部が成長しないので、それが判断する好きなものも、
わからなくなります。

幼い子どもが判断できる好きなものとは、
食べるものやおもちゃ、そしてせいぜい着るものです。
ここまでなら、5歳の幼児でもある程度はできます。
しかし、それから先のもっと高度な好きを判断させるためには、
自分のことは自分で決めて、内部を成長させなければいけないのです。
そうしないと、食べ物やおもちゃ、着るもの以外の好きがわかるようにはなりません。

外部に判断をゆだねるようになってしまった原因はさまざまです。
親や先生に自分の好みを否定された、
友だちにバカにされたなど、いろいろな理由があるでしょう。
けれどもそれを続けていたら、
大きな失敗のない、そこそこな人生にはなりますが、
何かに情熱を傾けたり、
一生懸命になったり、
充実感を感じるようにはなりません。

それでも、人生は選べます。
好きなものは特にないけれども、
そこそこの人生というのも、またありです。
それはそれでいいと思います。
しかし、それではだめだと思ったら、
自分の内部を成長させる必要があります。
自分の内部を成長させるにはどうしたらいいか。
すべての決断を自分ですることです。
誰かが、それは似合うと言ったからという理由で選ばないことです。
その積み重ねが、
自分の内部を成長させます。
それには時間がかかります。
そして、失敗することも増えるでしょう。
けれども、失敗のない人生とは、
やはりそこそこな人生なのです。
(もちろん、ヒーリングでも変えられます。それもお勧めです)

☆写真:花桃 

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2015年4月3日金曜日

ご近所へお花見に


きのうは時間ができたので、
徒歩でご近所へお花見に行きました。


うちから北側に5分ほど歩いていくと引地川にぶつかります。

写真のような田園風景が続く中を歩いていきます。
右側は、いつも行くふるうつらんど井上さんの畑なんかがあるところです。
とんでもない田舎に見えますが、
ここでたぶん駅から徒歩15分ほど。川に近いので家がないだけです。

40分ほど歩いて着きました。
ここはお隣の大和市の千本桜。
昔はあまり知られていない場所だったのですが、
年々有名になり、今年もすごい人出です。

 こんなふうに川の両岸に桜が。
ここは傾斜がきついですけれども、
手前の傾斜のない地帯では、
多くの人がシートを敷いてお弁当を食べていました。

満開の桜。
これは橋からの眺め。
橋の上では地元の人が屋台を出していて、
おでんなんかを売っていました。


行って帰って2時間の散歩。
 どこかに出かけていくお花見もいいですが、
こうやって歩いていけるところにお花見スポットがあるのが一番いいです。

それにしても、桜が咲いているというだけで、
多くの人が出てきます。
そしてその数は年々ふえています。
桜だけではなくて、
何かほかにもそういうものがあったら、
ある時期だけではなくて、1年じゅうを通して人が集まってくるでしょう。
ただし、そのほかの何かが何なのか、
みんな、わからないわけです。
わかってきたとき、地域に人が集まってくるのかもしれません。
その次の何かは何なのか、人それぞれ考えるところはあると思います。
私はオーガニックの農家だと思うのですが、
どうでしょうか。
まだ、そんなに人は集まっていませんけれどもね。

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2015年4月2日木曜日

似合う似合わないは不毛な議論


よく、これは似合う、これは似合わないという議論に人は陥りますが、
こと洋服に関して、それは不毛です。
この議論、似合うと似合わないを分けているように見えてはいるものの、
実はどこまでも「似合わない」理由を探す議論になっていきます。
似合う理由などほとんどありませんが、
似合わない理由はごまんとあります。

その色は肌の色に似合わない、
そのシルエットは骨格に似合わない、
そのスタイルは会社に不似合いだ、
そのスカート丈は年齢にしては似合わないなどなど、
とにかく似合わないことの理由は多いのです。
しかも人それぞれ言うことが違う。
一致した意見などありません。
見る人によって、その1色が似合うと言う人も、似合わないと言う人もいます。

そしてこの「似合わない」理由は、
年齢が上がるほど増えていき、
(「40歳になったから、○○がすごく似合うわね」なんて、誰も言ってくれません。
言うのは自分だけ)

50を過ぎると似合う服が売っていないになり、
最終的には、
「日本人には洋服が似合わない」で落ち着きます。

当たり前ですが、西洋の服ですから、
西洋人のほうが洋服は似合います。
それは和服が西洋人に似合わないのと同じです。

でも、私たちは洋服を着ることが常識の社会に生きています。
いくら着物のほうが似合うと言っても、
それを着て会社で仕事が許されるのは、
全体の1パーセント程度です。
(芸者さんとか、舞妓さんとか、旅館の女将とか)

似合うよりも、好きで選んだほうがいいと私が言うのは、
そのほうが自分のパフォーマンスが100パーセント表現できるからです。
キネシオロジーでチェックすればすぐわかりますが、
好きでもない服を着ると、人は身体に力が入りません。
スポーツだったら、それでは自分の実力100パーセントは出せません。
自分の実力がいつも100パーセント発揮できないのなら、
明らかに、人生の質は落ちていきます。
(試験で間違ったり、面接に落ちたり、試合に負けたり)

好きな服を着て、いつでも自分の実力を100パーセント発揮する。
もちろん、好きな服を着ているときのほうが、オーラは輝きます。
人から言われて着た服では、そうはなりません。

というわけで、似合う似合わないは不毛な議論なので、
私はその議論には参加しません。
もちろん、誰かに対して似合う似合わないを問うこともしません。

☆写真:春休みで誰もいない校庭に咲く桜。

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2015年4月1日水曜日

スーツの季節

4月です。
何となく、スーツの季節がやってきたな、という感じがします。

私は何が嫌いって、あのテイラードジャケットとタイトスカートのスーツが嫌いで、
今まで一度も買ったことがありません。
あれにストッキングをはいて、黒いパンプスで1日いろと言われても、
無理です。嫌です。
ですから、あのスタイルをしなければならない仕事に就こうと思ったことも、
就こうとしたこともありません。

でも、スーツを買ったことがないかといえば、
そういうわけではなく、
アパレル会社に勤めているときは、
何セットかスーツを持っていましたし、
それで通勤していました。
覚えているのは、コム・デ・ギャルソン・トリコのネイビーのスーツと、
ヨージ・ヤマモトのネイビーのウールギャバのスーツです。

特によく着たのはヨージ・ヤマモトのウールギャバのスーツ。
生地が学生服のようにてかてかに光るまで着ました。
形はウエストがシェイプされて、深いあきで、シングル、ワンボタン。
パンツはゆったりした、セミワイドパンツ。
このスーツはコレクションで発表された形で、
確かセールで7万円ぐらいだったと思います。
コレクションであわせていた、
袖の先が手袋になった、カーキのニットジャージもセールで1万円だったので、
それもあわせて買いました。
安くはなかったけれども、
それだけよく着たので、高い買い物というわけでもありませんでした。

それは本当によくできたスーツで、
ほとんどしわにならないウール100パーセントのギャバや、
タイトに作っている割には動きやすい袖、
首から肩にかけてのフィット具合など、
完璧な素材、そしてパターンに近かったと思います。
あれ以降、あんなに着やすいテイラードジャケットに会ったことはありません。

そして、モードな服でもあるけれども、
かといって、行きすぎたものでもなく、
どこへ行っても恥ずかしくない、
それこそ、帝国ホテルのロビーで待ち合わせしても、
目上の高い地位の人と会っても気遅れしないような、
そんなスーツでした。

残念ながら、今、20代でそんなスーツを着ている人は多くありません。
多いのは就職活動用に買ったと思われる、
黒いスーツ姿。
スーツはその人に自信を与えるものではなく、
何となく自己卑下するためのものにも見えます。
あのスーツではどこへ出ても大丈夫という自信など、
与えてくれそうにありません。

仕事服としてのスーツ。
どこかで1度は、
自分に自信を与えてくれるスーツを見つけたらいいのではないかと思います。
それは決して安くはないと思いますが、
それだけの価値はあります。

☆写真:近所の桜

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