2015年12月31日木曜日

自分100パーセント

先日、
小林さんは、ファッションやって、美術鑑賞会やって、キネシオロジーやって、
占星術もやって、
1人でいろいろやって珍しいですね、という感想をいただきました。
自分ではなんも不思議に思ってはいないのですが、
他から見ればそうかもしれません。
(そのほか毎日、文章を書いて、
コンフィチュールのレシピも提供しました)

で、私もなんでやっているのかなと考えたとき、
この「自分100パーセント」という言葉を思い出しました。

これは、私がインテグレート・ヒーリングの講習に通っているとき、
実習になるといつも使っていた目標の言葉です。
自分100パーセントの能力を発揮する、
自分100パーセントを経験する、
いつもそんな言葉で目標を作っていました。
今、その目標どおりのことをやっています、
もちろん自分で。

こうやっていろいろなことに興味を持って、
勉強したり、習ったり、実行したりすることを揶揄する人も、
昔はいました。
「器用貧乏」とか言われたし。
でもあれをやっていなかったら、今の私はありません。

しかも、まだ在庫はあるのです。
来年は、そのうちの1つ、シェイクスピア関連を取り出して、
イベントをやる計画がもう既に1つあります。
(久々に舞台に立ちます!芝居じゃないけど・・・)
あともうひとつのプロジェクトにも着手する予定。
できることは次々にやっていきます。

自分100パーセントを経験のほうは、
こちらは向こうからやってくるものもあるので、
私の予定としては未定。
ですから、
「隣の席はあけておく。スケジュールは全部埋めない」で、
来年もいきます。
そうすれば、入ってくるものを経験することができます。

これだけやっても、別に忙しくもありません。
私はアパレルのときの長時間労働にほとほと懲りているので、
やり過ぎということを自分に強いることはしません。

思えば、3年前、4年前とは全然違います。
あのころ、想像できなかったことを今、やっています。
自分100パーセントとか言いながら、
その詳細については、自分もよくわかってはいなかったけれども、
結局、そうなっています。
来年も、私の知らないことが、きっと実現していくことでしょう。

さて、今年、セッションやイベントにいらしてくれた皆様、
そして、文章を読んでくださった皆様、
その他、かかわってくださった皆様、本当にありがとうございました。
地球というのは、関係性の惑星なので、
一人では何もできないのです。
私が自分100パーセントを実現できるのも、
私以外の他人がいるからです。
参加してくれる人、読んでくれる人、場所を提供してくれる人、作ってくれる人、
それがあって、自分100パーセントが実現できました。
本当にどうもありがとう。

来年も私の残りの部分を展開していきます。
引き続き、お付き合い願えればと思っています。

(ブログは明日もアップします。正月休みは関係なしです)


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本日中にいただいたメールは返信いたします。1月1日から3日まで、メールの返信はお休みいたします。






2015年12月29日火曜日

「大きなつづら」をとりにいった方々

舌切り雀という昔話がありますね。
強欲なおばあさんは、大きなつづらを雀たちから無理矢理とってきて、
そのつづらの中からは魑魅魍魎が出てくる、
というお話です。
強欲と引き換えに魑魅魍魎です。

今年、4人のクライアントさんから、
似たような話を聞きました。
その方たちは、
「大きなつづら」を欲、または努力したくない、楽したい、
という理由で、自分からとりに行ってしまった方たちです。

けっこうな「魑魅魍魎」です。
お金を奪われそうになったり、
だまされそうになったり、
そして最後、極めつけの方は、魂を持っていかれていました。

でも皆さん、自分から行っちゃったんです。
いろいろな警告やサインを無視して。

ただ、皆さん、すんでのところで魑魅魍魎から逃れられました。

「変容」する前に、
自分と向き合う必要性が出てきます。
自分が無視してきたこと、
隠してきたこと、
否定してきたこと、などなど。
それは人それぞれなので、どのように出るかはわかりませんが、
この欲、努力したくない、楽したいという自分の面を持っていた人たちのパターンが、
一番すさまじいようです。

特にこの3つがそろってしまうと、
すさまじいです。
悪魔に魂さえ渡しかねません。

努力しないで、
楽していい思いをしようとしても、
そんなのはないんです。
バレエを練習していないのにバレリーナにはなれないし、
ピアノを練習していないのにピアニストにはなれないし、
食べているだけの人が料理人にはなれないんです。
努力しないで何か得ようとするのは、
強欲の1つのバージョンなんです。

しなかったらしないなりで、
別に何ににもなれないし、
そこに欲まで入ってきたら、
転落です。

舌切り雀のほかにも、
似たような昔話や童話はあると思います。
昔からみんな、知っています。
現代の人たちは、忘れてしまったのかな。

ちょっと怖い経験談を聞いた年末でした。

追記:なんかこんなこと書くと、すごく怖そうですけど、ほかはこんな怖いことは起こってません。大丈夫です。

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2015年12月27日日曜日

それでも人生は選べる。

例えば、ある人が、
そこへ行ったら絶対にだまされる、
またはとても危険な目に遭うというところへ、
自分の意志で行こうとします。
なぜ自分の意志かといえば、
メリットがあると考えたから、
または魅力的と思えたからです。

大体そういうときは、
そちらへ行くと危ないというサインがそこかしこに出ています。
誰かの忠告だったり、
または自分自身の具合の悪さだったり、
経済状況の悪化だったり。

それでも、その人は、
他人の忠告を振り切って、
そこへ行こうとします。
それでもなお、メリットがあると考えるからです。

その場合、
それはその人の自由意志です。
失敗や、
危険な目に遭うことや、
崩壊さえも、その人は選べます。
その人には、崩壊の危機を体験する権利さえもあるのです。

もしかして、その人はそこまで行ってみなければ、
わからないのかもしれません。
痛い目に遭ってみないと、気づかないのかもしれません。

優しい忠告を振り切ったのはその人です。
その人は、振り切ったその結果を経験することになります。

キネシオロジーで確認すると、
その人の意識は、そんなことは望んでいません。
誰かの忠告も、
体の不調も、
経済状況の悪化も、
その人の意識がサインとして起こしてくれていることです。

皮肉なことに、
裏切られたのは自分の魂です。
振り切ったのは、自分の本当の声です。

裏切られた魂は、こう言います。
そんなに行きたいのなら、
地獄の果てまで見てくれば?
私はもう何も言わない。

地獄の果てまで行くことさえ、自分で選べます。
それを誰も止めはしないのです。
行きたいのなら、どうぞ行ってくださいませ。
ええ、
私も、
とめません。

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2015年12月23日水曜日

「自分でどこまで変容できるか」に対する答え その2


きのうの続きです。

20世紀に入って、
西洋文化が、無意識、潜在意識を発見した、
それよりずっと前に、
インドでは、
これは主に仏教の考え方ですが、
もう既に、阿頼耶識という形で無意識については認識していました。
阿頼耶識と無意識は全く同じではありませんが、
ニアリーイコールです。
そのことについても、ちょうど同じころ、
荒松雄先生の「ヒンドゥー教とイスラム教」についての授業で習ったのでした。
このことは、後のヒントになります。

私が言葉について疑っていたのは、
ずっと演劇をやっていたからです。
言葉の持つ力が限定的なところ、
また、嘘に代表されるように、
信頼性に欠けるところなど、ずっと疑問に思っていました。

さて、ユングの後、
その考えを発展させる形として、
トランスパーソナル心理学というものが出てきます。
これはパーソナルを超えるわけですから、
扱う規模が大きく、
形而上学も入ってきます。
ありていに言えば、スピリチュアルです。

その中で、ケン・ウィルバーは独自の見解を示しましたが、
後にトランス・パーソナル心理学とは決別し、
独自のインテグラル思想に統合されます。

ケン・ウィルバーを読めばわかりますが、
「アートマン・プロジェクト」という名称が示すように、
既に東洋思想に深く影響されています。
ワン・テイストは、つまり一昧です。
(アートマンとは、インド思想における永久的実体です。
対して、仏神はブラフマン。
ここで、ケン・ウィルバーがアートマンだ、ブラフマンだ言って、
普通に理解できたのは、
大学のときに荒先生の授業を受けていたからなんだよね。
荒先生、ありがとう)

ケン・ウィルバーは思想家なので、変容の手法については特に示していませんが、
ユング研究所でユング派の分析家となった
アーノルド・ミンデルは、
プロセス指向心理学を提唱し、さまざまな手法を開発しました。

アーノルド・ミンデルもケン・ウィルバー同様、禅や易経、
そして量子物理学も取り入れています。
そこでは、「原子の動きは観察者に影響を受ける」という発見を受けて、
新たな理論、手法を展開しています。

私は大学を出た後、専門職につくために文化服装学院へ行きましたが、
引き続き、言葉や無意識、シンボルについてはずっと考え続けていました。
また、身体を壊した後は、
たまたま地元の図書館にあったケン・ウィルバーとアーノルド・ミンデルを読みふけり、
アーノルド・ミンデルについては、プロセス・ワークのワークショップにも参加して、
実際に体験してみました。

内容としては、症状を人格化し、名前をつけたり、絵にしてみたり、
その症状を動きで表現したりといったもので、
ユング派の分析から一歩進んだ形のワークとなります。

アパレルで働いていたころは、
ブラック企業につかまってしまったので、
すべての情報を遮断され、
勉強することはできなくなりました。
ブラック企業の特徴は、従業員の学びの機会を奪うことです。
教育の機会を奪うことは、自由を奪うことと同義ですから、
彼らはそれをするわけです。
これこそが、ブラック企業、ブラック国家の特徴です。

さて、ブラック企業から抜け出せず、
食事もろくにできず、睡眠時間も削られ、
友だちとも会えず、本屋へも行けず、
休みもなく、ふらふらな状態のとき、
以前書いた「ギャルソンを着た悪魔」の上司の周囲に、
灰色のもやがはっきりとかかっているのを見ます。

これはなんぞや?ということでずっと疑問に思いながら、
1年間、「結婚退職」の演技をし続け、
やっと会社を辞め、家で死んだようになっていたとき、
バーバラ・アン・ブレナンの「光の手」という本に出会います。
そこにはあのとき私が、「ギャルソンを着た悪魔」の周囲に見えた
エネルギーフィールドについての詳しい説明が載っていたのでした。

(そうそう、なんで結婚退職の演技かって?
ブラック企業で、法律なんか守りませんから、
辞めたいと言っても、結婚退職以外の理由では辞めさせてくれないのです。
言っておくけど、日本の一部上場企業だからね)

ここで、ユングから追ってきた意識についての新たな見解を知ります。
バーバラ・アン・ブレナンいわく、
意識、つまりコンシャスネスは脳や身体の中にではなく、
エネルギー・フィールドに存在していると。

バーバラ・アン・ブレナンの本は今読んでも大変示唆に富んでいますが、
決定的な変容の手法について、
特に自分でやる方法については書いていません。

ここまできても、
まだ誰も決定的な方法は見つけていません。
探究の旅はその後も続きます。

続きは明日。

参考文献

ケン・ウィルバー
岡野守也訳
「万物の理論 ビジネス・政治・科学からスピリチュアリティまで」
2002年 トランスビュー

アーノルド・ミンデル
藤井幸雄訳
「身体症状に「宇宙の声」を聞く 癒しのプロセスワーク」
2006年 日本教文社

バーバラ・アン・ブレナン

「光の手 自己変革への旅」上、下
1995年 河出書房新社

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2015年12月22日火曜日

「自分でどこまで変容できるか」に対する答え その1


きのうの「変容」の記事を受けて、
セッションを受けられない場合、
自力でどうやって変容したらいいですかという
ご質問をいただきました。
もっともです。
誰もがヒーリングを受けられるわけではありません。
それは私も重々承知しています。

で、それに対する答えは、
「ある程度はできる。
しかし、自分でできることには限界がある」
です。
なぜそう考えるに至ったか、
その経緯を長いですが書くことにします。

発端はユング先生です。

さて、私が最初にユングを読んだのは大学生のときです。
興味を持ったきっかけは、
ポリスの「シンクロニシティ」というアルバムを聞きまくっていたから。
シンクロニシティとはなんぞや、ということで、
ユングを読むことになりました。
同時に大学で精神分析学の授業も受講しました。
その授業では、主にユングとフロイトを取り上げていましたので、
両方について学ぶことになります。

さて、精神分析の祖と言われているフロイトとユングの両巨匠ですが、
このお二人は考え方と方向性が違います。

フロイトは、すべての精神的な疾患、
そのころは特に女性が「ヒステリー」を起こしばたばた倒れていたそうですが、
その原因は性の抑圧だと考えました。
セクシュアリティを抑圧するからそうなるんだよ、
原因は全部それだよ、
というのがフロイト先生です。

一方、ユング先生は、いやいや、全部、セクシュアリティの問題じゃないですよ。
もっとなんかあるはずです、ととりあえず考えました。

フロイト先生は、全部、性的抑圧が原因なんで、
話を聞けばいいんだよ、
ということで、話を聞いたり、見た夢を分析したりしました。
心理カウンセリングの最初の段階がここで生まれました。
現在のカウンセラーは、この流れをくんでいます。

しかしユング先生は、いやいや、話を聞いてもよくならないよ。
もっと違うものがあるはずだよ、
ということで、人間には無意識(アンコンシャス)というものがあって、
そこには元型(アーキタイプ)というものがあり、
その力によってさまざまな症状が出るのだと考えました。
ユング先生が考えたのは、元型はシンボルなので、
話を聞いたってだめだよ、ということです。
ユング先生は、ここで話を聞かない方法、
例えば絵をかかせたり、箱庭を作って、小さな家を置いたり、木を置いたりすることで、
その人の心理を理解しようとしました。
つまり、ユング先生は、そもそも語ること、つまり人の話す言葉って、
そんなに確かなものなの?信じられるの?と考えたわけです。

さて、ここで余談ですが、「シンクロニシティ」という概念の話をしておきます。
ユングは、偶然の一致という現象をシンクロニシティと名付けました。
有名なのは、ある日、教会で火事があったのですが、
来るはずだったメンバーの何人かが、皆それぞれの理由で遅刻して、
災難から逃れたという逸話です。
ユングはこれを受けて、
人間には、個人的な無意識だけではなく、
人類共通の集合的無意識という意識の層があって、
それにアクセスできる人はそこから情報を得ることができる、
と考えたのです。

つまり、シンクロニシティはよく起きるもの、ではありません。

よくいい加減な知識しか持ち合わせていない人が、
「運がよくなって、シンクロが起きまくる」などと書いていますが、
そうではなくて、
シンクロニシティは常に起きていて、
それを察知できるかどうかは、その人が集合的無意識に深くつながっているかどうか、
によるのです。
だから、それは運の問題でもないし、
誰か、あたかも選ばれた人にだけ起きてくるという話でもありません。

さて、ユング先生が考えた、
言葉って、そんなに信じられるものかな、ということを、
思想の観点から考えたのが同じスイスのソシュール先生です。
ただし、ソシュール先生は思想家なので、クライアントさんはいません。
言葉の成り立ちについて考えたわけです。
そこでソシュール先生は考えました。
まずは話す言葉、書く言葉、その前の言葉とか、何語とかに分けて、
(話し言葉はパロール、表層意識の言葉をラングと、それ以前のものをランガージュと言います)
それの意味するもの、意味されるもの、
(シニフィアン、シニフィエ)は恣意的である、
という結論に達しました。
つまり、そんなのええ加減なんだよ、
絶対じゃないんだよ、と。

で、そのソシュール先生の思想を当時、日本の丸山圭三郎先生が研究していらっしゃいました。
そしてまたこれも偶然なことに、
私の通っている大学で、丸山圭三郎先生の講義があったのです。
「言葉とは何か」という講義でした。
そこで私は丸山圭三郎先生に大変に感銘を受けて、
その日から、丸山圭三郎&ソシュール先生のファンになったのです。
(ただし、丸山圭三郎先生は当時、中央大学の先生だったので、
ゼミに参加とかできなかったのでした・・・)

丸山圭三郎先生は、言葉について次のように考えました。
言葉とは、海面のようなもの。
海と空との接点は毎瞬、変化する。
本当にうごめいて、力を持っているのは、
その変化し続ける海面ではなくて、
深い海のほうであると。
その深い海とは、
ユングの言うところの無意識や集合的無意識、
そして、インド哲学および仏教では阿頼耶識です。

話が長くなってきたので、明日へ続きます。

さてここで、
この前、クライアントさんから、
ここに書いたからには、読む人が興味を持つのだから、
情報を公開すべきだというお叱りを受けました。
できるものは公開できますが、
私にもプライベートがありますので、公開できないものもあります。
しかし、参考文献はのせますよ。
興味を持ったら、読んでくださいね。

参考文献


丸山圭三郎著作集
■構成 全5巻
加賀野井 秀一,前田 英樹 編
岩波書店 2014年 

カール・グスタフ・ユング
「人間と象徴」 上、下巻 1975年9月
河合隼雄訳
河出書房新社

フロイト
「精神分析入門」 1977年
高橋義孝訳
新潮文庫 上、下



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2015年12月20日日曜日

あきらめること、あきらめないこと

基本的に赤字になることはやりたくないので、
どう考えても採算がとれない、
またはそれだけの額を趣味として出したくないという場合、
あきらめることが多いです。

今、来年やるイベントが少し決まっていて、
それに付随して、ちょっと新しい取り組みをしようかな、
どうしようかなと考えていたのですが、
それには道具が必要で、
しかも何十万もかかるようなもので、
仕事になるとは考えにくいし、
やっぱりあきらめたと思ったのがおととい。

それがきのうになって、
あっさりそのお道具が借りられるとわかって、
やはりそのプロジェクトを進めることにしました。
道具貸してくれるって言うんだから、
そのままやりなさいってことです。

何かうまくいっているときというのは、
自分があきらめたとしても、
つまり、それについて考えていなくても、
あきらめなくてもいい状況がやってくるし、
逆に絶対やりたいと思っても、
だめなものはだめというサインがちゃんとくる。
それは誰かにだまされたりという場合もあります。

ただ、そのプロジェクトを引き受けると決意した場合、
それなりの努力は必要で、
準備、練習することになります。

プロになるには1万時間を費やすことが必要とは、
よく言われることです。
1日8時間で丸3年分。
私はそのことに関して、どれぐらい費やしてきたかな。
最初にやったのは高校のときで、
ことあるごとにやってきたから、
もしかしてもう既にトータルでは1万時間は取り組んだかもしれないです。
だからといって、それでお金をもらうつもりはありませんが・・・

とにかく、
あきらめるべきものはあきらめ、
あきらめなくていいものはあきらめない、
その線引きがはっきりしてきました。

あきらめないでいいもの、
まだあるのかな。
あるかもしれないです。
来年は、そんなものに取り組みたいと思っています。


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2015年12月19日土曜日

「夢見つつ深く植えよ」

『夢見つつ深く植えよ』は、メイ・サートンのエッセイの題名で、
数年前に読みました。
そのとき、図書館にあるメイ・サートン全部読んだので、
この本に何が書いてあったか、はっきり覚えていません。
ただ、思ったのは、
ああ、人というのは年をとっても、
まだそんなこと、こんなことで悩むのか、
終わらないのか、というようなことでした。

さてきのう時間ができたので、
庭のチューリップの球根植え、300球弱と、
花苗60ポットの植えこみの後半戦を終了させました。
「夢見つつ深く植えよ」などと、
考えつつ。

しかし、でき上がって庭を見渡してみると、
全然足りない。
球根に関しては、
もとから植わっているスイセンがたぶん1000球ぐらいはあると思うから、
もういいとしても、
花苗が足りません。
もう倍は欲しいところ。

園芸家は、自分が植えたり、まいたりしなければ、
結果を見ることはないということを知っています。
当たり前です。
自分の家の庭に、
誰かが美しい花の苗を植えてくれることなどありません。
少ししか植えないのなら、
少しの花です。
自分以外の誰かに期待などしないし、
春になったら、どうなるかもわかっている。
だから種をまき、苗を植えます。

たくさんの花が見たいのなら、
たくさん植えなければならないということ。
そのために時間と労力とお金を惜しまないこと。

天体はまいた種、植えられた苗を応援します。
種もまいていない、
苗も植えていないのなら、
ジュピターの恩恵などありません。
月の満ち欠けと種まきの時期を結び付けたのはシュタイナーです。

園芸家はそれを知っています。
ジュピターの恩恵を受けたかったのならまきなさい、植えなさいと。
そしてそれでも、プルートの力で枯れるものもありますよと。

とにかく足りないので、
あと40ポットは買ってこないとなあ。
幸いにも、私が買いに行くのは近所の花苗農家が直売している販売所なので、
20ポット1000円です。
パンジー、ビオラ、葉ボタン、ストック、金魚草、各種ハーブがそろいます。
(おしゃれ苗屋さんでは、こうはいかない)

今年は暖冬で、まだバラとラベンダーが咲いています。
いつ剪定しようか、
考えどころです。

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☆12月27日(日)のIH体験シェア会ですが、月曜日にパンの予約に行きます。できれば、月曜日の朝までに参加希望の方はご連絡ください。締め切りはもう少し後にしますが、月曜日以降は若干名しか増やせませんので、よろしくお願いいたします。




2015年12月18日金曜日

幸せの状態にいること

ここ最近の幸せ感が半端ないです。
でもこれが何かを得たからでは、
全くないのです。
そしてこれは長い時間かけて、自分と向き合って、
自己ヒーリングしてきた結果です。

私は多くの人が思う幸せの条件に必須なものは、持っていません。
大金持ちでもないし、
社会的地位もないし、
幸せな結婚をしている、とかでもないですし、
たくさん服やバッグも持ってないですし、
車もないですしとか、
いろいろないものだらけです。

ものも人もすべて失われる。
それを幸せの基準にしているかぎり、
それははかないです。
手放したくないので執着が生まれます。
その幸せは、恐怖に裏打ちされます。

けれども、何かを持っていることに依存する幸せでなければ、
恐怖はついてきません。
失いようも、奪いようもないもの。
それが一番最強です。

失う恐怖がないって、すばらしい。
そしてそれこそが、
もっともなりたかったもの。

毎日の日常に嫌な出来事が何も起こらないわけではありません。
それは何かしらあります。
けれども、それはすべて通り過ぎます。
一瞬、感情は動くけれども、
でもそれは奪えない。
なぜなら、私の幸せは奪えないものに依拠しているから。

生存権がおびやかされない限り、
この幸せは続きます。

この社会は、
幸せとは何かを得るものだと、
ずっとアナウンスし続けるけれども、
そんなことはないって、
今ならわかる。
そして、その間違った前提があるから、
なかなか幸せになれないのだとも気づきました。

仏教はこれを「サマディ(三昧)」と呼んだ。
それは何をしていても、
誰かといてもいなくても、
アクセスできる幸せの感覚です。

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2015年12月17日木曜日

来年も予算を立てて

円安傾向によりインポートブランドのバッグ、靴、小物、アパレルは値上がりし、
そして、来年は消費税10パーセントが予定されています。
(まだどうなるかわからないけれど)
収入がふえないならば、
被服費に関して、同じように使っていたのでは、
この値上がりにそれぞれの財政は追いつきません。

しつこくしつこく書いているけれど、
まだまだ皆さん、たくさん買っていらっしゃいます。
もう目を覚まそうよ。

雑誌の世界は幻。
あれだけ服や小物、バッグにお金を使える女性はごく一部。

収入がある人は使ってもいいと、私も思います。
だけれども、ないのに使うのはおかしいです。

消費税が上がって、
自分の収入が変わらないなら、
被服費はその分、減らさなければ。

減らすのは全然難しくないです。
自分で自分を見直せばいいだけです。
(減らし方がわからない人は、習えばいいんです)

この前、おしゃれブログに書いた、
印象コントロールの失敗例を参考に、
必要なワードローブを見直し、
それと同時に、
買い物によって、感情を満たすような自分自身を認識すること。

販売員さんの言いなりに、定価で何枚も買い続けて、
めちゃくちゃなワードローブ構成になってしまった人を
何人か拝見しましたが、
それは、買うという行為、
そして、そこで得られる満足感のための、
一種の買い物中毒です。
使った額も半端ない。
でもそこで残ったのは、おしゃれと呼ぶにはほど遠いワードローブ、
そして「着るものがない」状態だったでしょう?

コントロールされる側ではなくて、
コントロールする側にならなくてはなりません。

まだまだ無駄が多いです。

というわけで、来年度も被服費の予算をきっちり立てて、
計画的にお金を使いましょう。
再び書きますけど、
目安は可処分所得の1割です。

なんで何度もこの話を書くかといえば、
私はすごい危機感を感じているから。
ファッション関連にお金を使って、
自分を育てることにお金を使わなかった結果、
崖っぷちを歩いている人たちを
実際に何人も見ているから。
結婚すれば安心というものでもない。
いつ離婚するかわからない。
それなのに無駄なお金の使い方をしていると、
その後、どうにもなりません。
できるところから変えていきましょう。



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2015年12月16日水曜日

本当の失敗ってなんだ

私は何かを企画するとき、
自腹を切るようなら、
つまり、赤字なら趣味、
利益が出るなら、それは仕事と呼んでいます。

とりあえず、今まで企画したことで、
赤字は出ていないので、それら全部、趣味にはなっていません。

最近、フィギュアスケートを見ていて、
そういえば、過去のオリンピックで荒川静香さんが金メダルをとったとき、
アパレルの友達と、部屋着とインナーの中間のウエアのブランドを作る企画をしていたんだ、
ということを思い出しました。
市場調査したり、
参考になる商品を買ってみたり、
1年ぐらいかけて雑誌の切り抜きを集めて、
半年かけてデザイン画をかいていました。
そして、では、私たちのサンプルを作りましょうということで、
デザイン画を友達に送った後、
彼女とは音信不通になったのでした。
メールも電話も無視された。(うん、たぶん、家に行けばよかった)

まあ、たいした出費ではないけれども、
いくらかお金がかかっていたので、
それは「仕事」とは呼べないものになりました。
けれども、現物用の生地を買ったりする前だったので、
それはそれでよかったし、
音信不通になるような人と仕事をするのは不可能だったと、
今では思います。

(そして、送ったデザイン画と参考資料のサンプルが、
約1年後に彼女から送られてきた。
その時添えられていた文言が「お元気ですか?」でした。
私はちょうどメニエールで寝込んでいたときだったので、
その「お元気ですか?」がたいそう効果的でしたよ)

さて、ではこれは失敗かといったら、
私はそうは思いません。
なぜなら本当の失敗とは、
何もやらないことだからです。
それは過ちかもしれないけれども、
失敗ではありません。

やったらやったなり、
学んだこともある、
次にどうしたらいいかもわかる、
何よりそれは経験となって、
その後の人生の糧となります。
そのために使った時間と労力は、
決して無駄ではないです。

何もやらないなら、
何も行動しないなら、
「失敗」という経験さえしないのだから、
それこそ本当の失敗です。
やろうと思ったけどやらなかった、
これも失敗です。

その失敗は、
その人しか知りません。
誰も何も言いません。
何もしないので、
その失敗は表面化しませんが、
きっとその人が死ぬ時、
その事実が胸に去来することでしょう。

今年を振り返ってみて、
いろいろ無駄なこともやったりしましたが、
それもやらないよりはまし。
しかも赤字にはなっていないので、
すべて私にとっては仕事。

来年も本当の失敗をしない年にしていきたいです。
それは私が何かやる、
行動すればいいだけのこと。
簡単です。

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2015年12月15日火曜日

高次な感情を指針にする

感情にも低次なものと、高次なものがあります。
発達していない、本能的な、
または単なる好き嫌いや、
損得に関連したものなどは低次の感情です。
わかりやすいのは、
ささいなことで切れやすい人の感情。
刹那的で、論理性がなく、おさえることができません。
これは感情の中では最も低い次元のものです。

一方、高次な感情は、
例えば芸術やその他の訓練、または日本でしたら、いわゆる「道」がつくような、
書道、茶道、柔道、剣道など、
そして各種スポーツなどによって養われます。
それをすることによって、
低い感情をそのまま表現するということは抑制されます。
その行為はすべて結果を左右するからです。

また訓練だけではなく、
各種の芸術鑑賞、音楽でも絵画でも文学、演劇でも構いませんが、
それらも感情を育てます。

昨今、特に教養とか藝術に関しては、
切り捨てられる傾向にあると感じます。
特に難解なもの、
高等なものは避けられます。
とにかく「わかりやすい」が最上のような考え方が
一部の人の中にあります。

だけれども、簡単な、わかりやすいものだけに接したのでは、
この高次な感情は育ちません。
ライトノベルだけ読んでいてもだめなんです。

難解なもの、高等なものは、
見る側の成熟を要求します。
ついてこないのなら、置いていきます。
ですから、見るほうも見る訓練をしなければいけません。
それは一朝一夕ではできないものです。
見る側でさえ、5年、10年の訓練が必要になります。

感情が高次になると、
それを指針にすることができます。
それについていくことが、運命とも言えます。

人々が「わくわくする」という言葉を使うとき、
低次のものと、高次のものの区別をつけていません。
同じ「わくわくする」でも、低次のものについていっても、
それでは運命は開けませんし、
成長はありません。
エゴイスティックな「わくわく」はたくさんあります。

感情は放っておいても、高次のものへと成長するわけではないです。
ですから、年をとっていても、
低次の感情に振り回されている人たちはたくさんいます。
(切れるお年寄りなどがいい例です)

「わくわくする」ものすべてがいいと考えるのは、
あまりに単純すぎます。

あと、これは私の考えですが、
高次の感情を育てた人は、あまり「わくわくする」と表現しないと思います。
それはちょっと「わくわく」とは違う。
高次の感情が感じるのは、
変容を伴うような、
高みへ登れるような、
もっと崇高なものだからです。

とにかくどんな方法でも構わないので、
感情を育てましょう。
茶道、華道、書道もいいですし、
お能や狂言を見るのもいい、
たくさんの芸術に触れるのも、
また自分で練習するのもいいです。
(もちろん、哲学の本を読みまくるのもいいです。難解なものをね)
街で見かける、切れたお年寄りのようにならないためにも、
何もしていない人は何かやっておいたほうがいいと思います。
それをしないと、物事の選択ができません。
そして、それをやった人との差が、どんどんついていきます。

追記:ファッションも同じです。高次な感情を育てていないと、高次なレベルのもののよさがわかりません。もちろん、それを選択することもできません。

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2015年12月14日月曜日

おしゃれジャージはくるのか?

今日はブラック・マンデーらしいので、皆さん、お仕事、忙しいかも?

ファッションにおけるスポーツ・ウエアの重要性は年々高まり、
この前のシーズンでクロエやボッテガヴェネタが、
ついにおしゃれジャージを発表しました。
現在でも、パーカーやスウェットパンツを日常着として着用することは定着しましたが、
次にきたのは、サイドにラインが入ったようないわゆるジャージです。

そういう私もここ最近、特に夏はスポーツ・ウエアをよく着ています。
アディダスとかプーマで、
ステラやチャラヤンのデザインのものがあれば、買っちゃいます。
住んでいるのが湘南エリアなので、
このゆるい格好でどこへでも行けます。
小田急江ノ島線と江ノ電は全く問題ありません。
(たぶん、都内も平気です)

で、このたびジャージです。
ジャージといって思い浮かべるのは、
ヤンキーの皆さんが、黒いジャージで、キティちゃんの絵がかいてあるつっかけをはいて、
コンビニ前でたむろしている姿です。
(うちの近所では見ませんが・・・)
そういう意味では、時代を先取りしていました。

さて、おしゃれジャージですが、
日本でも定着するでしょうか。
私が考えるに、ゆくゆくは定着するでしょうが、
本格的に誰もがやりだすのは、やはり4、5年先ではないかと思います。
それまでは、ごくごくおしゃれな人たちが、
クロエのジャージなんか着ちゃって、代官山の蔦谷書店へ行くぐらいではないでしょうか。
(なんかわからないけど、そういうイメージね)

内容的にはジャージなんで、
別にクロエやボッテガである必要はないんですが、
それをおしゃれに見せるためには、
スウェット・パンツをおしゃれに見せる方法と一緒です。
その他のもののグレードを高くする、
これに限ります。
だから、キティちゃんの絵のかいたつっかけはだめ。
だけれども、セリーヌの健康サンダルならいいわけ。

そんなもの持ってませんという人は、
例えばテーラードカラーのジャケットとあわせたり、
チェスターコートの下に着てみたり、
固いものをあわせるといいです。
そういうときは靴も普通のスニーカーではなく、
きれいなサンダルをはいたり、
レースアップの革靴にしたり、
ギャップを作っておくことです。
ジャージにパーカーだとスポーツの人なので、
そちらへはいかないこと。

私はどうしますかね。
もともとジャージはあんまり着ないからな。
そういえば、大学時代、スウェット・パンツで学校、行っちゃったことあります。
南武線と武蔵野線は平気でした。
でも、フリースよりは、今はジャージのほうがおしゃれな感じがします。
一般の人はクロエやなんやら買えないので、
アディダスやプーマあたりで試してみるといいと思います。
ヤンキーに間違われないように。


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2015年12月10日木曜日

もうすぐセールの時期ですが

いわゆる普通のセールというものに行かなくなって、
もう何年にもなります。
わざわざ今の時期、セールに行かなくても、
アウトレットなんかに行けば、
いつでも値引きされたものが売っているから、
決まった期間に、せっつかれるようにして買い物する必要が、
なくなりました。

うちでファッション・レッスンを受けた方々も、
もうセールには行っていないと思います。
そんなふうに買い物する必要がなくなったはずだから。
(皆さん、一様に、たくさん買わなくなったとおっしゃいます)

それにしても、
この「新しさ」に価値を置くファッションのシステムは、なんともやるせないです。
10月に店頭に並んで、1月に半額ということは、
その新しさというのはせいぜい3カ月か4カ月。
半分はこの値段だったかと思うと、
つくづく変なシステムだなと思います。

服は生鮮食品と違って腐るわけでもないし、
家電製品のように、常に新しく進化するわけでもない。
それなのに、3、4カ月たつと、もう価値は半分とみなされます。
作っている側にいる者とすると、
これがとてもむなしいです。
このむなしい世界から抜け出せてよかった。

そんな中、
グッチ・グループの会長が、
アレッサンドロ・ミケーレのコレクションは、当分の間、
セールに出さないと発表しました。
それでいいんです。
誰かもっと早くそう言えばよかった。

新しさに価値をもたせる、
時期がきたら半額で売るという
悪のシステムを考え出したのは、
西洋のファッション・システムでしょうが、
今、彼らだって、そのループから抜け出せなくて苦しんでいるはずです。
いつからこうなんでしょう?
戦後なのは確かだろうけれど・・・。

構築的なワードローブを計画して、
ファッション全体の仕組みを知って、
予算の範囲内でお買い物するならば、
わざわざセールで買う必要はなくなります。
あおられて買うことはないです。

とにかく、今年もセールには行きません。

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2015年12月9日水曜日

「若々しい人」とはどういうことなのか


では、「若々しさ」がある人ってどういうことなのか、
ということです。

肉体的な若々しさは、
運動や食べ物に大きく左右されるでしょう。
また、強い紫外線に長い間、さらされていたのでは、
肌が老化するということも、容易に理解できます。

では精神の若々しさとは?

これは私がやっているインテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)の考え方でもあるのですが、
人にはさまざまなプログラムがインストールされていて、
それは一種、ウイルスのようなもので、
さまざまな不具合を人にもたらします。
そのインストールは、
家庭、学校、社会など、多くの場所で行われます。

ただ、そこまでだと、
今の時代に生きる人すべて同じです。
家庭においては、人それぞれ差がありますが、
学校や社会はそれほど変わりありません。

それなのに、
若々しい人と、そうでない人に分かれます。
パソコンになぞらえて言えば、
そのウイルスに感染して、
しかも起動させ、
そのプログラムを使ってしまうと、
若々しさは失われます。

何が起きるかというと、
被害妄想、
凝り固まった信念、
想像力の欠如、
狭い視野など、
です。

ウイルスに感染していたとしても、
起動させなかった人はそうはなりません。
また、ウイルスに気づいて途中で自分で消去した人も、
そうはなりません。

無自覚にそれをそのまま使い続け、
動かないパソコンで、
無理矢理に問題を解決しようとすると、
それは障害となってあらわれます。
それは肉体的、精神的、対人関係においてなど、
いろいろな場合があります。

時間がたてばたつほど、
その問題を解決するのは困難になります。
家の掃除や片付けも、
パソコンも、
これとよく似ています。
ただ、パソコンも家も新しくしてしまえばそれで解決ですが、
人間の場合、そう簡単には新しくなりません。

それと、これも私の観察からわかったことですが、
人間にはかなりの部分で自由意志が与えられています。
それは例えば才能を使わない自由意志、
運命を生きない自由意志です。
魂が用意した物語を完全に無視することさえ、認められています。

ウイルスに感染し、そのプログラムのまま生きることは、
魂の物語を生きることではありませんが、
人にはそうする自由意志があります。
どちらでも選んでよいのです。

若々しくあるか、
老けているか、
それも自由意志です。
逆に言えば、
人それぞれが選んだ結果です。
そのままでいいのなら、そのままですし、
気に入らなければ、選び直すことができます。

「運命」は、何もしないでそのままの人、つまり行動しない人のことを、
それでいいのねと、解釈します。


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2015年12月8日火曜日

ファッションは年齢で区切れない

実年齢は関係ない、
だけれども、差はあるお話の続きですが、
プラスマイナス10歳の差があるので、
何歳はどんなファッションというくくりはできないと、
私は思います。

だって、40歳の人でも、
30歳の感じの人と、50歳に見えてしまう人といるわけですから、
それを同じにはできません。

私がよく使う「大人」という言葉も、
その人にとっての「大人」という意味合いで、
実年齢が何歳というお話ではありません。

ハイブランドも、基本的に年齢設定はしていません。
プラダもグッチも、
うちのブランドは何歳ぐらいがターゲットだから、
みたいなことはやっていません。
しかし、
試着してみればわかりますが、
体型に関しては、それなりのものを彼らは要求してきます。
年齢は何歳でもいい、
けれどもそれなりに努力してね、
というのがハイブランドの側の態度。

確かに、
女性の場合、皆平等に出産できない年齢というのはあると思います。
それは純粋に生物的な問題なので、
さほど年齢差はないでしょう。
実年齢はそのときには有効です。
けれども、それ以外では、あまり関係ない、
と私は考えます。

何より、
あと何年残っているか、
それは個人差がすごくある。
100年生きる人の40歳と、
55年生きる人の40歳、
意味が違います。

モデルの山口小夜子さんがお亡くなりになって、
何年かたちますが、
あの方はまさに年齢を超えた方でした。
「山口さんも50歳を過ぎたのだからこういう服を着なさい」とは、
 誰も言わなかったはず。

精神、
肉体、
仕事、
ライフスタイル、
それらは実年齢とは関係ありません。

だから、私もファッションレッスンのときは、
年齢は聞いていません。
見たまま、
お話ししたままの印象で、
そのまま進めます。

いろいろな考え方があるかとは思いますが、
私は、
ファッションは年齢で区切れないと、
考えます。

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2015年12月7日月曜日

関係ない、だけど差はある


年齢は関係ないという話をきのう書きましたが、
私が観察して気づいたのは、
差はかなり大きい、ということです。

大体実年齢プラスマイナス10歳です。
つまり、40歳の人でも、50歳ぐらいの感覚の人もいれば、
30歳ぐらいの感じの人もいます。
その差は実に20歳。

また、老けて感じることの多くが、
やはりその人の精神性です。
ただ、面白いことに、精神性は顔にもあらわれるようで、
凝り固まっている人は、
例えば、眉間に深いしわが刻まれていたりします。
それはある意味、印です。
それは隠せなくなっています。

会話に柔軟性もないですし、
自分の主張や
要求ばかりする人も多いです。
彼女たちには独特の、無理矢理、自分の要求を押し通そうとするところがあって、
それがいわゆる「おばさんのずうずうしさ」なのかなとも思います。
そういう人は、
一様に、実年齢プラス10歳ぐらいの感じです。
だから30歳でも、40歳ぐらいの感じを受ける人もいます。

他人と比較するのではなく、
目指したらいいのは、
自分の年齢マイナス10歳の、
精神性の若さ、柔軟さ、しなやかさだと思います。
それは可能です。
だけれども、努力は必要です。

マイナス10歳の人たちは、
見た目も若いですし、コミュニケーション能力も高く、
ものすごく可能性を感じます。
魅力的なので、多くの人に好かれるでしょう。
そういう人たちは、
仕事も結婚も、年齢に関係なく、実現していくと思いますし、
実際、そうなっています。

他人を気にする、他人と比較するのではなく、
見るべきなのは自分です。
自分の実年齢に対して、自分はどれぐらいなのか、
それをいつも見ていけば、いいと思います。

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2015年12月6日日曜日

年齢は関係あるかな?

私が何年かにかけて、
クライアントさんを観察した実際のところ、
実年齢は、いろいろな面において、関係ありません。
実際の年齢よりずっと若く見える人もいれば、
実年齢よりずっと老けて見える人もいます。

ルックスだけではなく、
実年齢よりずっと若々しい精神の人もいれば、
実年齢よりずっと凝り固まった精神の人もいます。

導き出された答えは、
年齢は関係ない、です。

どうやら人はあるところから、
年齢を超えていきます。

年をとってもなお、
みずみずしく、
しなやかで、
やわらかく、
好奇心を失わない人もいるかと思えば、
まだ若いのに、
固く、
新しいものに興味を示さず、
閉じこもった感じの方もいます。

若ければいいものでもなく、
年とればわるいわけでもない。
何に依拠するかといえば、
完全に個人の問題。
個々人の差は激しいです。
その差は、すごいです。
その差は何を見ればわかるかといえば、
自分とそのまわりの現実です。
それを見ればわかるでしょう。

素敵な人は年をとっても素敵ですし、
そうでない人は、いくら若くても素敵ではありません。

だから素敵な人たちは、
年齢なんか恐れずに、
そのみずみずしさを維持し続けてれば、
本当に大丈夫です。
人生でも、ファッションでも、
何歳代はどうするなんてこと、
気にしなくても大丈夫です。

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2015年12月5日土曜日

ある程度の距離感が必要

キネシオロジーのセッションって、
究極、何をしているのかと言えば、
すべての「不幸」を生み出している思考、記憶、概念、信念の除去です。
ですからそれは掃除や片付けに非常によく似ています。
禅寺のような空間を作って、
そこに簡単に「幸せ」が入ってくるのを待つわけです。

しかし、禅寺でさえ、
毎日、掃除をします。
庭はきれいにほうきで掃きます。
以前、大学のゼミで禅寺合宿へ行きましたが、
まずやることは、お部屋の掃除でした。
私たちの目にはとてもきれいに見えるのに、
住職から見たら、そうではないらしいのです。

そんな、美しく、もののない禅寺でさえ、
毎日、掃除するのですから、
私たちの日常もそうでなくてはなりません。
ヒーリングが進んで、
かなりのごみが片付けられたとしても、
毎日、多量のごみが入ってきたのでは、
意味がありません。

今月も、小田急線の「ODAKYU HOME」という冊子がやってきました。
そしてまたしても、林真理子さんがとんでもないことを書いています。
「日本のレストラン」という題名の文章の中に、
こんな一節があります。
「「日本の女性は、ステータスはないけれどもパワーはあります」
そう答えたのも昔の話。現代の女性たちは、パワーはもちろんステータスもある。
努力して多くの女性たちが手に入れてきたものだ。
私はお喋りしながらおおいに飲む若い女性たちに、未来の管理職を見て頼もしく思うのである。」
(ODAKYU VOICE 2015年12月号 10ページより引用)

なんという現実認識。
これが日本の有名な作家の認識だとしたら、
どこをどう見たら、こんな考えになるのか、
理解不能です。

日本の女性のステータス、つまり地位は、
先進国の中でぶっちぎりの最低レベルです。
男女の収入格差もひどさも同様です。
女性管理職の割合の低さも、もはやお話にならない程度。
若い女性の多くが非正規雇用なのに、どうして彼女らが管理職になるのでしょうか?
はあ?
なんですか、これ?

ただ、純粋にこの文章を何気なく読んでしまった人たちは、
これを信じてしまう可能性があります。
けれども、この間違った日本の現実の事実認識を読んで、
頭に入れてしまったら、
これもまたしても思考の「ごみ」となるでしょう。

この文章は最後、こう結ばれます。
「日本は結構いい国ではなかろうか。」

うむ。
これは、もしかして、意図的な刷り込みのための文章なのかなと思います。
日本の女性の地位が低いなどということは、
誰にとっても常識レベル。
で、それを知っていて書いている。
そして、最後の結論に無理矢理持っていこうとしている。
彼女、誰からお金をもらってるんでしょう?
お金をもらうと、
どんな嘘でも書けるのでしょうか。
それとも、事実を歪曲して見る目が養われるのでしょうか。

ま、こんな感じで、
日々、要らないごみたちは、私たちの思考に侵入してきます。
しかも、それらいい人を装っているから始末に悪い。

親も学校も会社も、
「あなたの幸せを思って」という態度をとって、
私たちにある思考や信念、概念を植え付ける。
けれどもそれらすべて、
私たちを「幸せ」から遠ざける原因になっているのです。
せっかくセッションできれいにしても、
また同じように入れてはだめです。
そしてもし入ってきたのなら、
また掃除しなければなりません。
そう、あの禅寺のように。

たぶん、禅寺もそうだと思いますが、
こういったものから、ある程度の距離をとることは必要だと思います。
あ、これはごみだわ、
持ちかえってはいけないと瞬時に判断できるようになるまでは、
遠ざける必要があるでしょう。

ごみは、そこかしこにあります。
持ちかえらないように。

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2015年12月4日金曜日

猫が一瞬、痴呆に

この前の日曜日の朝のことでした。
たぶん、今年一番の寒さだったのだと思います。
うちの16歳の老猫のおとらの様子が何だか変なのです。
部屋の中を意味なくうろうろしています。
よく見ていると、
壁に突進していって、ぶつかったりしています。
明らかに変です。
名前を呼んでも返事をしません。
というか、わからないみたい・・・

観察していると、
それはどうやら猫の痴呆のようで、
名前もわからず、
喉もならさず、
今まですぐ逆ギレする凶暴猫ちゃんだったのに、
大人しくなり、
ご飯も食べず、水も飲まず、
部屋の中をただ歩きまわっています。

びっくりしちゃったけど、
日曜日はワークショップの日だったので、
とりあえず現場へ行って、
終わったらすぐ家に戻りました。
症状はそのままで、かわりなく、
もう年だから仕方ないかとあきらめましたが、
どうやら寒いようなので、
湯たんぽを作って、猫ハウスに入れてみたら、
その湯たんぽにかじりつくようにして、
おとらが眠りました。
どうやら寒くて、頭までおかしくなったみたい・・・

ああ、また今日から動物の介護か、
などと思いつつ、
けれども、どんな生き物でも死ぬのだから、
これぐらいですんでよかったと思い直し、
とにかく暖かさをキープしようということで、
猫用のアンカを猫ハウスに入れて、
その夜は寝たのでした。

次の日の朝、
いつもの猫の水置き場を見てみると、
盛大に飲み水が床にこぼれています。
ああ、これから、こういう日々が続くのだ・・・
と気落ちしたのですが、
おとらの様子はそんなに悪くなさそうで、
トイレに連れていったら、
ちゃんとおしっこができました。

ただ、何も食べていないようだったので、
(うちは常食はドライフードです)
ふだんはあげない、パウチのウエットのフードをあげてみたところ、
ぺろぺろ食べ始めました。
あら、もしかして、なんだかよくなっているのかしらということで、
その日は、ひたすら湯たんぽの入った猫ハウスで眠って終わり。

そしてその次の日。
おとらの名前を呼んでみると、返事ができるようになりました。
普通に起きてきて、
椅子の上に座ったりもします。
もしかして、治った?
なんか普通じゃない、これ?

というわけで今日に至りますが、
名前を呼んだら返事ができる、
喉をごろごろ鳴らす、
ご飯を食べる、
トイレも行ける、
水も飲めるということで、
おとらが痴呆から復活しました。
寒くて、一瞬、頭がおかしくなったみたいでした。

まあね、
死ぬことは、悪いことではないんですよね。
だって今から100年も生きたら、
そのほうが嫌ですから。
一緒にいるあいだだけは、
楽しく過ごしたい。

これは人間でも同じではないですか?
誰がいつ死ぬかわからない。
明日、会えなくなるかもしれない。
だとしたら、
多くのことを経験したほうがいい。

そんなこともあって、
「いつか」ばかり言う友達にメールするのはやめました。
「いつか」なんてない。

これから寒さが厳しくなっていくので、
引き続き、老猫には注意が必要です。

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2015年12月2日水曜日

女性性、男性性、ともに薄まっている

この2カ月ぐらい、
コンカツファッションや、コンカツのためのセッションにかかわっていたので、
勉強のために、
ほかの人が書いていることをいろいろ読みあさってみましたが、
ほぼ、皆さん、言っていることは同じでした。

私のところにも、
「結婚したい」というテーマでいらした方が過去に何人もいたので、
どういう人たちがそういうふうに言ってくるか、
自分なりに把握してはいましたけれども、
ほかの人の言っていることと、私の観察結果と、
見事に一致していました。
その辺については、
ネットで検索するとばんばん出てきますので、
興味のある方は、探してみるといいと思います。

で、結局のところ、
したいけれどもできない方々というのは、
多くの人が指摘していることができていないということで、
原因はそれだけです。

同様に、
結婚したものの、その後の夫婦関係がうまくいっていない理由も、
ほぼそれにつきます。

ほぼそれとは何かというと、
女性性を表現していない、です。
最大の問題は、「女性的」でないことです。

ファッションについては、
やはり考えるところがありまして、
今の日本は、「女性的」なファッションが隅に追いやられています。
ピンクハウスはなくなりました。
(そうそう、私もピンクハウスのジャンパー1枚、持っていたの。思い出した)

キネシオロジーでチェックすると、
簡単にその人が何パーセント女性性を発揮しているのかわかります。
今年、何人もの人をチェックしましたが、
100パーセント発揮している人は、いませんでした。
そして、何人もの方々に対して、
女性性復活のセッションをしました。

要するに、「色気」のない世の中なのです。
男性と女性はバランスをとりますから、
女性性が発揮されていないとき、
男性性も弱くなります。
女らしいがいなくなったら、
男らしいもいなくなります。
女らしさのない女性のお相手は男らしくない人です。
(このバランスが崩れると、カップルはうまくいきません)

この薄まった感じが急速に広がっていて、
それがまだ進行中な感じがします。

あらがっている勢力は、
残念ながら少数派です。

私も、うちにコミットメントしてセッションを受けにきてくれる方たちも少数派です。
少数派ですけれども、
みんな、頑張ろう。
薄まらないで、
濃く生きましょう。

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2015年12月1日火曜日

捨てるということの本当の意味

「片付け」も「シンプル」も、
何か捨てるということが目的の1つだと思います。
目指すところは禅寺のような空間。

ものを捨てるとき、
一緒に捨てるべきなのは、
「これがなくては生きていけない」という執着の心。
だから、捨てるとは、一種、仏教の教えと重なるところが多いです。
執着と煩悩を捨てるということ。

では、どんどん捨てていって、
どうするかというと、
入ってくるのを待つ、ということです。

どこから入ってくるか、
それは上からです。

アーチストは、さんざん練習なり訓練をして、
本番でからっぽの状態を作るようにします。
上からの啓示を待ち、
その啓示にこたえられる自分を作り上げるのです。
そのためには、身体が自動的に動かなければなりません。

同じことを生活全般に広げるために、
まずは捨てる。
なぜなら、それまで自分が持っていた執着と煩悩は、
いわば二流品だからです。
本当に最上なものは、
「上」からやってくる。
天使の階段をおりてくる。

「好き」という気持ちには、理由がない。
理屈で好きになるのなら、
もうそれは「好き」とは違います。
その理屈も理由もないものに、
自分を明け渡す。
その行為は、罪ではありません。

常にからっぽの状態を維持するのが重要です。
だから、入ってしまったら、
出さないといけない。

新しく買ったら、
古いものは捨てないといけません。
同様に、新しい考えが入ってくるなら、
古い思考や信念も捨てなければならない。

なんでそんなことをするのかと聞かれたら、
それが最上だから。
そしてたぶん、
この世で経験することができる、
最上の幸せだから。

最後まで詰めていなかった、キッチンの片付けを再開したら、
まだ、なんでこんなもの持っているんだろうというものがありました。
新しい段階になったら、
必ず古いものはいらないとわかる。

そして、
まだまだ古い感情や記憶、思考や信念が残っていて、
それが私の人生のある部分を停滞させていました。
それはこの前、セッションで取り除いた。

以前、このことは考え方としてはわかっていなかったけれども、
今は「それ」を生きているので、
実感としてわかります。

残りの人生、
できるだけ最上を経験したい。
そのためなら、
どこまでも捨てます。

そうだ。
シモーヌ・ヴェイユの言う「重力と恩寵」ってこのことだね。
どれだけ重力から離れ、
恩寵を受け取るか。
ああ、そうだな、きっと。

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2015年11月30日月曜日

ヴィーナスを復活させないとな

明るい色のものを着たいという気分はあるのですが、
実際に探すと本当にないです。
とにかく紺、グレー、黒ばかり。
これは、80年代の日本のデザイナーが流行り出したころから、
ずっと続いていると思うので、
もう30年以上、ずっとその調子だろうと思います。

あのころは、いきなり真っ黒のスタイルが出てきて、
新鮮だったろうと思うけれども、
さすがにもう飽きた。

しかし、明るい色のものを探すと、
特に日本にはないので、
海外のブランドばかり見ることになります。

作る側にしてみれば、
明るいものの需要がないから作らないということでしょうけれども、
買う側にしてみたら、
明るいものが売っていないから着られない、
ということになる。
これは一体どちらが先なのか。

デザイナー提案型のブランドでなければ、
需要を考えて生産するでしょうから、
消費者のニーズがあって、ということになるのでしょう。

で、今、日本ではデザイナー提案型のブランドがとても弱くなりました。
これは90年代と明らかに違います。
そこが面白くなくなった大きな要因です。

ブンカに通っていたころ、
ピンクハウスのコレクションは、ブンカの体育館で毎シーズン発表されました、
そうすると、
私たちが「ピンクハウス軍団」と呼んでいた、
華やかな色合いの花柄ドレスを着たお姉さまたちが、
大挙して、ブンカに押し寄せるのでした。
あの姿は壮観だった。
今は、あれがない。
あの方たちは、どこへ行ってしまったのでしょう。
そして、今ごろ、何を着ているのでしょうか。

多くの女性のファッションから、
華やかさが失われてしまった現在。
それは女性性とか、
センシュアリティの無言の否定にもつながっていると思います。
それじゃあ、
確かに恋愛も少なくなるでしょう。

占星術的に考えると、
女性性は金星、ヴィーナス。
ヴィーナスは天秤座と牡牛座のルーラーです。
女性的なおしゃれ、コミュニケーション、センシュアリティ。
ファッションで失われたのはまさにそれ。

ヴィーナスを復活させないとなと、
思う今日このごろです。

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2015年11月29日日曜日

今日はどうもありがとうございました。

とてもいい天気の1日、
トランジット読みのワークショップにご参加いただき、
どうもありがとうございました。
おひつじちゃんもすぐ近くに。


いちじくの葉も枯れて。



冬野菜が育っています。
コーギーのピコたんもほえている中。

今日のレジュメはいつになく充実しています。

ルーラーを使ったトランジット読みは、
最初はちょっとややこしいですが、
なれてくれば大したことないです。
ぜひぜひ自分の体験をもって、検証してみてください。

今日は本当にありがとうございました。

次回は、27日(日)IHの体験シェア会の予定です。
詳細が決まり次第、募集開始いたしますので、
よろしく。

昔からトラッドが主流

いつの時代もOL向けファッション誌というものがあります。
そして、それに掲載されているスタイルは一種独特なのですが、
それは何なのかといったら、
分析することができます。

今の主流は、
トラッド+カジュアル(スポーツ、または作業着)+少しモード、です。

昔から、女子大生、またはOLと呼ばれる人たち向けのファッション誌は、
トラッドが主流でした。
アメリカ系ではラルフ・ローレンやブルックスブラザーズや、
フランス系ではオールド・イングランド、
イギリスだったらバーバリーなんかは、
わかりやすいトラッドのブランドです。
実際には、これらに似せたいろいろなナショナルブランドのものを着ていたのだろうと思います。

トラッドが核なので、
アイテムとしては、オックスフォード生地のボタンダウンシャツ、
紺色のブレザー、
プリーツスカート、
ひざ丈のタイトスカート、
チノパンツ(コットンパンツと呼ばれたもの)
Vネックやクルーネックのシャツ、
Vネックのベスト、
縄編みのセーター、
アウターとしてトレンチコート、
ピーコート、
ダッフルコート、など。

そこに最近、入り込んできたのは、
パーカーなどのスポーツウエア、
そしてジーンズなどの作業着系のアイテムです。

そして、これはここ数年の特徴ですが、
ここにモード系のブランドのバッグをあわせます。

例えば、サンローラン。
現在のサンローランは、コレクションを見ればわかりますが、
テイストとしては「ロック」です。
普通はトラッドにロックは入れられませんが、
モードを入れる、
特にバッグを入れるのが流行っているので、
ロックだろうがなんだろうが入れてしまうのが、
今のやり方です。
(以前、「サンローランはコンサバです!」とおっしゃっている方がいらっしゃいました。
たぶん、コレクションを見たことがないのでしょう。)

それと、昔のトラッドはハイヒールをあわせませんでした。
大体、フラットなローファーやレースアップ、
あわせても5センチヒールのパンプスでした。
しかし、今はここにハイヒールをあわせたようなスタイリングもよく見ます。
(といっても、雑誌に出ているだけで、実際はほとんどないでしょう)

ただこのトラッド、カジュアル、モードの割合が、
8:1:1の場合もあれば、
5:4:1の場合もあり、
それは決まりがありません。

シルエットは変わっていきますが、
主流がトラッドだということは、
あまり変わっていません。
それを理解すると、
コーディネイトの組み立て方もわかりやすくなるのではないかと思います。


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2015年11月28日土曜日

作る現場にいたことがないとわからないことが多いのよ

私のファッションレッスンですが、
うちへ来る前にどなたかのファッションコンサルタントなり、
カラーコンサルタントを受けたことがあるという方が多いです。
で、お話を聞くと、
全然ちゃんとわかっていない。
色のことも、服の構造やパターンのことも、
流行の変化についても、全然聞いていないということです。
そんなとき必ず、
その教えてもらった相手は、
作る側だったことがあるのかどうか質問すると、
今まで、「そうです」と答えた方はいらっしゃいませんでした。

服でも何でもそうだけれども、
作る側、そして作る現場にいたことがないと、
わからないことがたくさんあるんです。
一番わからないのが、
その服がどうやって作られたかということですから、
パターンにしろ、色だしの経緯にしろ、
わかるわけがありません。
それは、現場にいてのみ知り得ることですから。

残念ながら、販売員さんはパターンや素材の知識は持っていません。
作ったことがなければ、わかりません。
それはマンションの販売の人が、
マンションの建築の構造について知らないのと同じこと。
だから、傾くようなマンションでも売ることができるわけ。
同じように、身体に全く合わないパターンのものでもお勧めしてきます。

で、きのうも結構な金額を出して1度、コンサルタントを受けた方がいらしたのですが、
やっぱりめちゃくちゃなことになっていました。
言っていることと、なりたいスタイル、実際に選んだ服、
全部が違っていて、その結果、たくさん買って、たくさん持っています。
これではいくらお金があっても足りません。

そのほか多いのは、
「あなたはベージュが似合う」と診断されて、
いろいろな種類のベージュを集めた結果、
どれも違うベージュで、全くコーディネイトできなくなった人。
ベージュには赤みが強いもの、黒が強いもの、白っぽいものから、
いろいろあるから注意してと言われなかったのか聞いたところ、
聞いてないということです。
こういうケースの場合も、とにかくベージュを買い集めるので、
使えないベージュがふえていきます。

傾向としては、
教わった人のほうが、ワードローブが肥大化するようです。
当然、使う額も多い。
わからないからふえていく。
ふやしたところでよくならないという、
ループに陥っていく。
よくわかっていない人に習った結果、
もっとよくわからなくなっていく。

そろそろ認めてほしいんだけれども、
作る現場にいないとわからないことがたくさんあるんです。
それは、座学では決して知り得ないことです。

縫製工場行ったりとか、
クリーニング工場行ったりとか、
下町にあるピッグスキンの加工現場に行ったりとか、
生地屋さんへ行ったりとか、
東京コレクションで裏方やってみたりとか、
そういうことをやらないと、わからないことが多いの。
私が教えているのは、
それを経験した上でのことです。

とにかくみんな、
ファッションにお金を使いすぎ。
それは相変わらず。
お金持ちはどんどん使えばいいと思うけれども、そうじゃない人が使っている。
もっと賢くなりましょう。


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2015年11月25日水曜日

ずっと探していた

長いこと、いろいろなことをずっと探し続けていたような気がします。
気が合って、しかも裏切らない友達とか、
ぴったりの仕事とか、
いきつけのカフェとか。

だけれども、自分で故意に見つけたり、探しだしたりしたものは全然だめで、
最終的には、
これもやっぱり違うのだという結論に達します。

それで今年に入って、
例えば、4年も前に引っ越したから遊びに来てと毎回言うけれども、
決して遊びに行く日を約束しようとしない友達に連絡するのをやめたり、
カフェなんかどうでもいいわとこだわるのをやめたり、
仕事のためにあれもこれもたくさん習いに行かなきゃいけないという思いを、
そんなの無理、何かを習うのにそんなにお金はかけられないということで、
きっぱりあきらめてみたり・・・
そんなことをしていたら、
逆に向こうから、思いもよらない形ですべてやってきました。

向こうからやってきたものは、
私が思い描いていたものとは違うけれども、
どれもみな、私が無理する必要のないものばかりで、
安心が根底にあります。

実は、キネシオロジーの講習に行ったときも、
同じ市から来た人がいたのであいさつしたら、
あからさまに無視されたりとか、
実習で誰かとペアになろうとしたら、
何となく皆さんが避けていくとか、
お昼ご飯を食べる時も一人ぼっちとか、
スタッフの人が私一人にだけ、前もって受講料を払ったことによる特典を渡してくれなかったりとか、
なんだか楽しくない思いをしながら講義を受けました。
別に目的がみんなと仲良くすること、ではなかったので、平気の平左でしたが。
(ほとんどは平気の平左だったけれど、約束した1万円の割引をしてくれないって聞いたときには、
頭にきましたよ。だって、それじゃ詐欺だものね)
(私、今まで学校でそういうことをされたことがなかったので、
そのときは無視されている子の気持ちがよくわかりました。)

でも、今はそれがすべてなくなった。
もうそういう人たちなんてどうでもよくなったし、
やるべきこともはっきりした。

いきつけのカフェは相変わらずないけれども、
近所にとてもおいしいパン屋があることを発見したり、
お店の人が親切なご飯屋さんを見つけたりとか、
それは最初、私が思っていたものとは違うけれども、
代替品というよりは、もっと上等なものです。

友達も、
それこそ前からの友達とはほとんど連絡をとらなくなったけれども、
あいた席には、
もっと素敵で、信頼できる人がちゃんと座った。

多くの受け継いだもの、信念、思考を手放して、
探すのをやめたら、
想像以上のいいものが、ちゃんと入ってきました。
それは、
「青い鳥は実は家にいました」とも違う。
どちらかというと、
大切にしていた青い鳥は逃げていってしまったけれども、
かわりに鳳凰がやってきましたみたいな、
そんな感じ。
鳥は、翼を持っているから、
向こうから飛んでくる。

探すのをやめて、
向こうから飛んできたもの、人、事のおかげで、
今まで生きてきて一度も感じることができなかった境地に、
今います。
こんなところがあっただなんて。

その先にはまだ何かあるのでしょうか。
鳳凰が何を運んでくれるのか、
今からとても楽しみです。



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2015年11月23日月曜日

なんだか似ているそのわけは

最近の駅ビルや、
少し高級なショッピングモールに入っているファッション・ブランドで、
ターゲットは20代後半から30代と思われるところ。
どこも何となく似ています。
イメージする女性像は、
「働く大人の女性。
後輩からも上司からも好感をもたれるスタイルで、
かつ着まわしができ、
オンにもオフにも着られるアイテム。
週末、パートナーと過ごすときも素敵に見える、
そんなファッションのためのブランド」
で、大体、ブランド名は英語、またはフランス語。
(時には意味のわからない造語)

これらがどういう成り立ちで作られているか想像してみました。
たぶんそれは、
30歳前後の人がチーフデザイナーで、
20代が中心のデザインチーム。
社員はチーフだけかもしれません。
マーチャンダイザーがついていて、
トレンド分析なんかをやっています。
どこどこのデパートでは何のシャツが何枚売れたとか、
そういう情報をとってくる。
パターンはすべて外注。
生産地は工賃が安い外国。


デザインチームは30ぐらいで辞めてしまうので、
キャリアがある人は常時、ほとんどいない。

となると、作れるのはひざ丈のタイトスカートや少しフレアが入ったスカート。
白いシャツやブラウス。
クルーネックとVネックのセーターとカーディガン。
コートはチェスターコート。
ドレスは、シンプルなひざ丈のサックドレス。
色出しは、グレー、黒、紺、ベージュ。
シャツやニットに白。
ボーダーのカットソーやニットは黒白、または紺白。
これだけだと、売り場がさびしいから、少ない枚数の赤や黄色を入れる。

チーフ以外は正社員ではないので、
そこでのキャリアは考えられない。
常に転職先を探していて、
与えられた仕事はきちんとこなすけれど、
それ以上の工夫やアイデアは提案できない。
一生懸命やっても、給料に反映されるわけでもなく、
残業しても、残業代は出ない。
お昼休みは会社と上司の悪口と愚痴。
そして、いい転職先がないかの情報交換。

こんな感じのメンバーが、
そこそこ売れればいいや、みたいな感じで作っているブランドが、
今、とても多いです。
似ているような人たちが、
似ているような環境で、
同じようなことを考えて作ったら、
こうなった。
結果、どれも面白くないです。

確かに、ここから選んで買っていたら、
面白味のないスタイルになります。
会社なんかはそれでいいのかもしれませんけれど。

作っている側の考えや意図は商品に反映されます。
そこからわかるのは、みんな、似たようなことを考えていて、
似たような人たちなのね、ということです。

ここが変わらないと、
日本の中間の位置のブランドはよくならないでしょう。
よくなる日がいつかくるのか、
このまま消滅していくのか、
それはよくわかりません。

どちらにしろ、よく選んで買いましょう。
これらの似たような人たちと同じになる必要はないです。
みんな、それぞれ違いますから。

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2015年11月22日日曜日

明るいものを着たい今日このごろ

例年だと、
お正月が過ぎると、
もうダークネイビーやグレーのニットは嫌になって、
明るい色を着たくなるのですが、
今年はもう今から、明るい色着たいなと、
毎日、感じます。
特に今日のような、曇りの日はなおさらのこと、
着るものだけでも明るくなりたい。

今年の夏は、
Calypsoというブランドのインド製の濃いローズピンクのシャツばかり着ていて、
今年の冬も引き続き、似たような色のニットを着たいなと思ったのですが、
そんな色のニットで、しかもカシミア、またはシルクカシミアなんかだと、
なかなか売っていません。

作る側の視点に立ってみれば、
不景気ですから、何より在庫が嫌なわけです。
となれば、売れそうな色だけ作りましょうという話になって、
結果、紺、グレー、黒というラインナップに落ち着きます。
だから、どのお店を見ても似たような色ばかり。
確かに濃いローズピンクのニットなんて作ったところ、
たくさん売れるはずはありません。

またいつも思うのは、
年配の女性向けの衣料の色。
ピンクでも薄紫でも、すべてグレイッシュにしてしまう。
あたかもこの世に明るい色の生地など存在しないように、
すべてくすんで見える色で作っています。
あれはなんでなんでしょう?
汚れが目立たないためなのかしら?
特に秋冬の色合いはひどいです。

天気も暗いし、
社会の雰囲気も暗いし、
景気は悪いし、
せめて自分の着る服の色ぐらいは明るくしたい。
会社員の方だったら、あんまり明るい色で会社に行ったら、
どうかと思われるかもしれませんが、
せめてプライベートは、
コンクリートに似合う色の世界から脱出したほうがよいと思います。
色は精神にも、そしてスピリチュアル的にも
その人に影響します。
それは誰が何と言おうと絶対です。

ちなみに、繁栄と豊かさの色はターコイズ、
愛の色は濃いローズピンクだそうです。
私も真夏はこの2色をよく着ていました。

色は味方につけたほうがいいです。

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2015年11月21日土曜日

美しさを引き出すためには

もう10年以上前ですが、
気功を習いに行った際、
気功の先生が、習いにきたメンバーのメールアドレスが入った紙をコピーして、
参加した3人の受講者に配ってしまいました。
当時はまだ、メールアドレスの管理に関して、
ゆるい気分だったと思います。

すると、習ったその日の夜から、
ある女子の参加者から毎日メールがくるようになりました。
しかもそのメール、なぜか芸能人の整形前と後の写真が添付されているのです。
「こんなに顔が変わっているんですよ。すごいですね」
というような内容だったと思いますが、
それが3日も続きました。
初めてお会いした人だし、
適当に返信していたら、
最後にきたメールに、
「こういうことをしてはいけませんよ。だから、
次回、(たしか)誰々さんのディクシャを受けて、
幸せになりましょう」
と書いてありました・・・

勝手に他人のことを整形していると疑って、
何かに誘うメールだったようです。
整形とか、していませんから、私・・・

確かに、顔を物理的にいじって美しくなる、
というのもあると思います。
けれども、そういう特殊なことをする以外にも、
その人の本当の美しさを出す方法はあるのだと、
最近、わかりました。

人は、それまでたまった人生の澱のようなものを取り除いていったとき、
薄いヴェールをはがしたように、
本来の表情が出てきます。
それはピュアなのです。
みずみずしい感じがするので、若くも見えます。
顔なんていじらなくても、
十分きれいになれる可能性があります。

そう考えると、
どれほど多くの思考や、ネガティブな記憶が、
その人の美しさを損なっていたのだろうと思います。
でも、それを消しさる方法は、
今の世の中、多数存在しています。

最近、そんなふうにして、
澱を取り除いて美しくなったクライアントさんを見て、
ああ、人間って、本当はこうなんだ、
お化粧で作り上げるまでもなく、
本来の美しさが出てくれば、
これだけきれいになれるのだと、
わかったのでした。

まだまだ可能性はあります。
決してあきらめないように。

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2015年11月20日金曜日

現実を知って、勉強してね

世界経済フォーラムの今年の男女平等ランキングで、日本は145各国中101位です。
景気も明らかなリセッション。
そういうときにどうしたらいいのか。
学校ではなかなか教えてくれません。
ましては、普通の企業でそんなことを教えてくれるわけもない。

20代、30代の結婚したい女性の中に専業主婦が希望の人もいるようですが、
それでは、男性は二の足を踏みます。
経済的な理由でプロポーズしない男性はたくさんいます。
逆に言ったら、経済的に自立している人を彼らは好むわけ。

男女の不平等は改善されるどころか、
特に仕事に関しては、より悪くなっている。
それにもかかわらず、
結婚相手としては仕事をしている人が望まれる。

女性誌を見れば、
相変わらずクリスマスのジュエリー特集。
そんなもの、誰が買えるのという値段のジュエリーがたくさん並んでいます。

理想とイメージは、男性と同等の収入がある30代の女性だけれども、
統計を見れば明らかなように、そんな人はほとんどいないのが現状です。

では、その中でどうすればいいのか。
その答えはどこにも書いていません。
それぞれが探さなければいけないことです。
それでもできることは、
例えば、女性の正社員の割合や平均収入の統計や、
「35歳以上の女性が40代になって結婚したのは1.2%の人だけ」
という、これも国勢調査の結果ですが、そういう事実をまず知ることが大事です。
みんな、驚くほど知らなすぎる。
(これ、35歳以上ですからね。40過ぎたら、もっと全然低いです。1パーセント未満。
学年でトップの成績の人のみができる、みたいなイメージ。
つまり、40過ぎて結婚したい人が問われるのは、
あなた、学年トップの結婚偏差値なの、それほど勉強や努力しているの?ということです)

それからあとできるのは勉強。
とにかく何年間も続けてきたことが一番強い。
それはワードとかエクセルの話じゃないです。
それがないと、どうにもなりません。
(だから、ファッションにお金を使うなって言っているんです)

私も今までいろんなことを勉強してきましたが、
それがなかったら、毎日ブログなんて書けません。
まだまだ足りないぐらいで、相変わらず勉強の日々です。
ただ、やったことは無駄にならない。
シェイクスピアについて知っていることさえ、無駄にはなりません。
(ちなみに占星術、特に私がやっているようなユング派の占星術を勉強するのにも、
ものすごい知識が必要です。ユングや心理学の用語を知らないといけないし、
教科書だって、英語の本だけです)

ヒーリングのたぐいも、もちろん有効です。
けれども、クリスタルのブレスレットをしても、
神社にお参りに行っても、結婚はできないし、
望む仕事にもつけません。
多くの人がそこを勘違いしています。
だって、神社には仕事もないし、男性と出会いがあるわけでもないでしょ?
クリスタルについて、私は学んだし、毎日のセッションで使いますからわかりますけど、
ブレスレットなんて、ほとんど意味ないです。
(言っちゃった・・・)

そんなわけで、今年も残り少なくなりましたが、
現実的な行動計画を考えて、来年に備えましょう。



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2015年11月18日水曜日

ローゲージのニット、ビッグシルエットのコート

さて、今年になってやっとビッグシルエットのコートが店頭に並びました。
2012年からビッグになる、ビッグになるって言い続けてきたのに、
川下まで広がるには3年はかかりますね。

同時に、ニットもだいぶローゲージがふえてきました。
私はローゲージが好きなので、
2年前に早速、ローゲージのももんがニットを買って、
家で着ていましたが、
これを着ると、コートが着られないのでした。

でも、ニットって、ローゲージだと、そのよさがより一層引き立つと、
私は思うのです。
ふんわりとか、メランジとか、あと模様。
私は家での仕事時間が長いので、
ローゲージばかり着ていますが、
お出かけが多い人だと、
今までのコートだと、ニットはハイゲージの薄いものにしなければならなかったと思います。

しかし、ここへきて、
やっとこれら、ローゲージのニットの上にも羽織れるコートが出てきました。
うれしい限りです。

ここで気をつけたいのは、
今30代の人たち。
人は、20代に着ていたスタイルを維持する傾向があります。
それが一番素敵だと思いこむからです。
ですから、今後もハイゲージのぴったりしたニットに、
ゆるみのすくないぴったりしたコートというスタイルを続ける人が多くいることでしょう。
だけれども、流行遅れに見えるのは、
まさにそういう人たちです。
シルエットが変化したのに、前のままの人たちが一番遅れて見えます。

いつも言っているのは、
コートをたくさん買ってはだめ、ということ。
必ずシルエットが変化するときがきます。
そのときに、持っているコートすべてが時代遅れのシルエットになるのです。
時代遅れになったからといって、
全部買いかえるわけにもいかないでしょう。

前の時代に最も流行ったシルエットのトレンチコートを3枚持っていたとしたら、
その3枚、全滅します。
もう前のような、少しハイウエスト気味で、中に着こむことのできない、
ぴったりしたシルエットは、今と、それからこれからの気分ではないのです。
だから、徐々に切り替える。
シルエットの変化が読めないのなら、
たくさん持ってはいけないのです。

とにかく、ビッグシルエットのコートとローゲージニットの季節。
どちらもリラックス感にあふれています。
せめて着るものだけでも、
リラックスしたいです。

※いつも言っている、というのはファッション・レッスンに来た人に言っているという意味です。ブログには書けないこともたくさんあるので、来た人にしか言わないことも結構あります。

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2015年11月17日火曜日

大きな視点の欠如

きのう、自分で書いていて、自分ではっとしたことなのですが、
ファッション誌のスタイル写真、
モデルが街角に立っているとしても、
日本にはないような、フランスのカフェや花屋のようなお店とか、
レンガの建物の前なんかに一人で立って写っているものが多いです。
よく見せるためにそんな場所が選ばれるわけだけれども、
現実に、そんなところに私たちはめったに行きません。

そんな写真ばかり見ていると、
そこに写っている服が確かに素敵に見えます。

けれども、私たちはほとんど誰かと一緒の空間の中でコートなりジャケットなりを着ています。
空間にただ一人というのは、自分の部屋や家でのことだと思いますが、
そんなときは部屋着や何かで十分です。
人目がなかったら、着るものも変わります。

このほかの多くの人と一緒にいるという視点の欠如が、
スタイルの欠陥になっている場合が結構多いと思います。
だから、それを防ぐために、私はいつも、
具体的なシーンで考えてくださいと言っています。

それは例えば鎌倉のフレンチカフェでお茶をしているところとか、
そんな具合です。
そうすると、その空間には1人だけしか存在するというわけではない、
ということがわかります。

「コンカツ」向けのファッションも、それを考える必要があります。
コンカツパーティなるものへ行ったなら、
似たような服装のその他の女性もたくさんいるわけです。
その中でどうするかという視点がなければ、
その他大勢で終わりです。
狙ったつもりが埋没です。

鏡の中のスタイルで、それが完結したわけではありません。
大きな視点を持ち、
関係性の中で考えなければいけません。

抜け出せるのは、大きな視点を持てたときです。
小さいままだと、それがすべてに見えるから。

今年はどうやら暖冬らしく、
まだコート姿の人は多くいませんが、
これから年末へ向けて、街がダークな姿の人であふれるでしょう。
そのときどうするか。
ちょっと考えてみると、いいと思います。


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2015年11月16日月曜日

Lighter

多くの人がライター(Lighter)
に出会うのを待っています。
なぜなら自分の周囲にライターがいないから。

その奥さんはライターじゃない。
その旦那さんはライターじゃない。

お母さんはライターじゃない。
お父さんもライターじゃない。

その先生はライターじゃない。
その上司がライターだなんて、あり得ない。

みんなみんなディスティンギッシャー(distinguisher)です。

ディスティンギッシャーである限り、
パートナーシップも親子関係もうまくいきません。
火を消されるだけではなく、
存在さえも認めない。

うまくいかないけれども、
自分だって決してライターじゃないから、
そのままでいる。
そしていつか、ライターに出会うと、恋に落ちてしまう。
一瞬にして。

ディスティンギッシャーでいることがいいことだなんて、
多くの人が勘違いして生きている。
自分が消されたものだから、
他人の火消しにやっきになっている。

誰かが褒めていたことは伝えない。
努力や業績は認めない。

ディスティンギッシャーたちのなれの果ての社会が今。
大変だからやらないとか、
やると損だからとか、
当然のように言う人がふえました。

けれども、ライターたちは、少数ではありますが、存在していて、
今、彼らは結集しています。
ディスティンギッシャーたちは、これから自分たちの存在を消すことになるでしょう。

ディスティンギッシャーたちは、自分自身の火を消している。
もうそろそろ、燃え尽きて消滅するか、
お互いにもっと消し合うことでしょう。

さようなら、ディスティンギッシャー。



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2015年11月15日日曜日

「から騒ぎ」は恋愛ドラマの原型

 
シェイクスピアの話をもうひとつ。

シェイクスピアの喜劇に「から騒ぎ」という作品があります。
主要な登場人物はベネディックとベアトリスという男女。
この二人、最終的にカップルになるわけですが、
最初はけんかしていて、
とてもじゃないけれど、カップルになるようには見えないのです。
ベアトリスは口が立つ性格で、
ベネディックの言うことにいちいち反論します。

けれども、べネディックとベアトリスは、
この二人をくっつけようというたくらみにまんまとはまり、
なんだか好きになってしまうのです。
で、最終的には2人はめでたくカップルになります。

これ、実際に見ればわかりますが、
現在でも数多く見られる、けんかする2人がやがてカップルになる恋愛ドラマの原型です。
これが出版されたのは1600年です。
今から400年前から、恋愛ドラマは変わらないのです。

しかも嘘を信じて好きになってしまったり、
不貞を疑われておとしめられたりと、
細部に至っても、現在のドラマとほぼ同じ。

私はシェイクスピア研究会の時代に、
「から騒ぎ」では、ヒーローという役を演じましたが、
ヒーローは不貞を疑われて、
「rotten orange」とか言われるんですよ。
なんですか、腐ったオレンジって?

いつの時代も、言われる悪態もたいして変わらないし、
恋愛ドラマの起承転結も同じ。
今、私たちが見ているのは、それの現代バージョンなだけです。

昔から人間の基本的な感情の動きはそれほど変わりません。
だからこそ、古典が今でも面白いし、
共感できるし、楽しめる。

そういう要素が多い芸術ほど、
後世に残っていくのでしょう。

シェイクスピアの芝居は、今見ても、とても面白いのです。

☆写真:ケネス・ブラナーの映画が有名です。


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2015年11月14日土曜日

Fate, show thy forceとつぶやいていたら

 
Fate, show thy forceというのは、シェイクスピアの戯曲「十二夜」の
オリヴィアのせりふです。
私は大学のとき、シェイクスピア研究会というクラブに所属していて、
そこでこの「十二夜」のオリヴィアという役を
原語で演じました。
ちょうど毎年11月、三鷹の駅前の劇場で発表会があったので、
今の時期になると、そのことを思い出します。

私は英文科ではなかったので、
そんなにたくさんシェイクスピアについて勉強したわけではなかったけれども、
当時、日本のシェイクスピア学会の会長でいらっしゃった、
小津次郎先生が英文科の教授だったので、
英文科の学生に交じって、先生のシェイクスピアの授業に出席していました。
単位関係なく。趣味で。

シェイクスピア研究会のお芝居は大したことなかったけれども、
今でも宝物だなと感じるのは、
シェイクスピアの戯曲の少なくとも2つについては、
原語で読みこんだこと、
そして、史劇の1作を除いては、全部、これは日本語でですが、読んだことです。

古典というものは、いつでもその人の屋台骨となります。

絵でも文学でも、そしてファッションでも、
まずは古典です。
小手先の心理学なんかより、
まずはユングとフロイトです。
それが骨格だから、それがないと倒壊します。

文学に関しても、私はある時期まで、
死んだ作家しか読まないという主義があって、
そのおかげで古い作品ばかり読むことができました。
そして、そんなふうに時間を使うことは正しかった。

で、冒頭のFate, show thy forceですが、
自分で世界を創造するなどという、小さい考えを完全に捨て、
(前からそうは思っていなかったけれども)
運命お任せコースにしたら、
なんだか次から次へ面白いことが起こります。
きのうもまた新たな展開があらわれました。

みんな、思考でいっぱいになっている。
「引き寄せたいこと」に頭は占領されている。
それがあるおかげで、もっと素晴らしい天からのギフトが受け取れない。
この極意にもう少し早く気づけていたらならと、
後悔しきりの最近です。

☆絵:ラファエル前派が描く「十二夜」。オリヴィアは描かれていませんが・・・

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2015年11月13日金曜日

引き続き「婚活」のためのファッションについて考える

ところで、私は婚活という言葉が嫌いです。
(ついでに、シューカツも嫌い)
そのほかにも嫌いな言葉がいろいろあって、
絶対に使いません。
ファッション雑誌で使われている言葉でも、
頭悪そうなのは嫌いなので、使いません。

そんなことはどうでもいいことですが、
この言葉を使わないと、皆さんに伝わらないので、便宜上、使います。

さて、ファッションを習いに来るクライアントさんで、
最近、「コンカツ」のためのスタイルをお探しの方が何人かいらっしゃったので、
私もちょっと考えてみました。

私が考えたのは、ちょっと前に書いた「虫が寄ってくる感じ」、
つまり、お花みたいな感じです。
それを書いた後、
いわゆる、コンカツアドバイザーみたいな人、
しかも男性がはどんなふうに考えているのかなと思って、
調べてみましたところ、同じことが書いてありました。
当たりです。

しかし、これだけでは物足りないので、
次に壇蜜が何と言っているのかも、読んでみました。
(ちなみにうちはテレビがないので、いまひとつ壇蜜、わかっておりません。
裸の人だよね、ぐらいです)
その中で面白いことが書いてありました。
結婚相談所に登録されてお見合いパーティーに参加する女性たちが、
「マンガで見るような、『授業参観日のお母さん』みたい」
という話を聞いたそうです。
(引用:「エロスのお作法」 壇蜜 だいわ文庫 20ページ)

なんかこれ、わかります。
その光景が目に浮かびます。

コンカツというのは、つまり結婚相手を探す活動です。
テンポラリーなラバーじゃないわけです。
1度契約したら、その契約が切れるまで続くわけです。
ということはつまり、たまに食べるフランス料理じゃなくて、
毎日、食べるささやかだけどおいしいご飯ですよ。
探しているのは、毎日会う人なわけ。
そういう相手を見つけたいときは、
相手もいろいろ考えるでしょう。


例えば、コンカツアドバイザーの人も書いていたけれど、
ブランドもののバッグや財布はだめです。
なんでかって、相手がそれを見たら、
ああ、この人、財布に6万も出すのか、
そういう人とは生活できないなーって、思うからです。

それから、こてこてのネイルも、
なんかそのつめでさわられたくないなー、
もしくは、そんな爪じゃ、料理しないよね、
と相手は思いますとも。

あと、授業参観日のお母さんみたいなのは、論外。
ちらっと見えたブラがお母さんみたいな下着の色でも相当に嫌。
(もちろん脱いだら矯正下着だったら、テンション下がる。
そして、ストッキング脱いで、足の爪が水虫で死んでたら、もう無理。帰る)

まずはアイテムに男が絶対に着ないものが入っていること。
それは色、形、素材、いろいろ考えられます。
男に生まれたら、絶対に着たくても着られない、そんなものを入れてほしい。

それから、これは壇蜜も書いていましたが、
作りこまれたヘアスタイルとメイクは、結婚相手には望まないと、私も思います。
代官山の美容院で3万円かけたような、
濃いつけまつげで、本当はどんな目なのかわからないような、
そういう人とは、日常生活が思い描けません。

日常よりちょっとおしゃれした程度で、
しかも、完璧ではなく、適度な抜けがあり、
毎日一緒にいたいなと思わせる、けれども色気はあるのよ、みたいな、
そんな感じがいいのではないでしょうか。

殿方はですね、(←壇蜜、真似てみた)
ドジっ子ちゃんが好きなんですよ。
おまえ、一人で生きていけそうだな、という人は結婚対象にならないんです。
あと、さわりたい感じがない人も、そりゃだめだろうよ。
(当然のことながら、自堕落な人は対象外です)

そのさわりたくない感じというのが、
お母さんみたいな下着であり、
死んだ爪であり、
でき上がりすぎたヘアスタイルであり、
固い素材の服(授業参観のお母さんや学校の先生みたいな)であり、
ブランド物のバッグ、財布、アクセサリーなんです。
それら全部、固いのよ。
防御服なのよ。
(ついでに、恋愛成就のためのローズクオーツのブレスもだめだと思う。なんだよ、努力しないのかよ、石頼みかよ、みたいな)

そんな感じで考えてみました。
これからも、もう少し考えてみたいと思います。


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2015年11月11日水曜日

女性性、セクシュアリティ

新しいことを始めたら、
新しい課題が出てくるのは当然なんだけれども、
今年はとにかく女性性、セクシュアリティ、センシュアルとか、
そんなことばかり考えたり、学んだり、ヒーリングしたりしていました。
なぜかって、それがテーマのクライアントさんがたくさんいたからです。

なんで私のところに来るの?と、当初は思っていましたが、
たぶんほかに行くところがない。
私だって、ブログでその手のことを発信しているわけでもないので、
その件について詳しいかどうかわからないと思うけれども、
それでもうちへ来るということは、
本当に行くところがないのだと思います。

この問題について全部わかったわけでもないし、
いまだ研究中なのですが、
はっきりしているのは、この問題があると、
多くのことがうまくいかない、ということです。

これはパートナーシップ、健康、仕事、自己実現、
すべてにかかわる問題で、
特に結婚して以降、この問題が浮上すると、
単に、性格の不一致なんて言っていられなくて、
経済的な問題にも及んできます。
つまり、離婚するかどうかという話。

経済的な問題がクリアできれば離婚できるのだけれども、
そうでない場合、
その後の人生は、相当厳しいものになることは予想されます。

女性性はクリエイティビィティも示しますから、
これが阻害されていると、好きな仕事もなかなかできません。

もちろんこれは家族で受け継がれていきますから、
離婚しないとしても、
放っておくならば、家族がうまくいきません。
子供がいるのなら、子供との関係がうまくいかなくなる。
そして、子供はそれを受け継ぐ。

そういえば、私は大学で「家族社会学」の先生のゼミに入っていたんだけれども、
セクシュアリティから考える家族っていうのは、出なかった。
本もたくさん読んだけれども、
そこについては何も言っていなかった気がします、少なくとも当時は。
今は違うかもしれません。

引き続き今後もこの件については考えたり、学んだりするつもりです。
でも、この件がクリアになると、
俄然、人生は面白くなります。
それはわかっている。

セクシュアリティはルートチャクラにかかわる問題で、
これは行動力とクリエイティビティですから、
そこが活性化されれば、この世で実現できることがふえます。

日本は、特に明治以降だと思いますが、
女性性やセクシュアリティが徹底的におとしめられ、
商売の道具としての「エロ」しか使われていません。
女性の地位を下げたままにするには、それが適切だと、
誰かが判断したのでしょう。
それは単純な、家庭では誰がご飯を作るかとか、
そんな話じゃない。
「お母さんがご飯を作る」から、女性の地位が低いとか、
性的役割分担の固定化とか、
そんな話じゃないです。
それにこだわっていると、問題の本質を見失います。
(それが現在の結果でしょ?)

社会は当分変わらないでしょう。
だけれども、個人でできることはあります。
それぞれが女性性やセクシュアリティを発揮すれば、
より幸せになることは確かです。

せめて、自分の周りにいる人たちだけでも、
そんなふうになれたらいいな。
というか、実際、ちょっとずつだけれども、もう既に実現していると私は思う。
なぜなら、自分の物語を生き始める人がふえたのだから。

何事も自分のできることを、自分のできる範囲内でですから、
私は私のできる範囲内で、
私にかかわった人たちのサポートをしていきたいと思います。



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2015年11月10日火曜日

「物語」を生きるかどうか

これはずっと前から思っていたことです。
占星術でその人の出生のホロスコープを読みます。
そこには可能性、才能、解決すべき葛藤などがあらわれていて、
それはその人自身の物語のようなのですが、
その物語を100パーセント生きている人は、
ほとんどいません。

それは例えば、あてがわれた鉱山に金、銀、ダイヤモンドが埋まっていたとしても、
全然掘っていないのと同じ状態です。
ホロスコープの出生図は、何もしなくても発動するものもありますが、
その多くは自分で掘らないことには、
実現しないものです。

それぞれが、自分自身が主役の物語を携えて生まれてきます。
だけれども、その物語を開くことなく死ぬ人も多くいます。
持参してきた物語は、
波乱万丈で、いいことばかりが起きるわけではないし、
困難を乗り越える努力を要求するものだけれども、
その物語を生きることができれば、
主人公は自分が生きているという実感を持つことができます。

物語を生きるか生きないか、
それは選べるらしいのです。

自分の物語を生きるようになると、
「視点」が変わります。
他人より、社会よりだったものが、
自分中心になります。
他人の目など、気にしている場合ではありません。
社会のおしつけるやり方や価値観など、
もはや通用しません。
それは誰も生きたことのない物語なので、
自分で道を切り開くしか、ありません。

では、どういった人が自分の物語を生きるのか。
自分の意志や、情熱の場合もあるでしょうし、
環境がそうさせる場合もあるでしょう。
出会いや別れの可能性もありますし、
さまざまなヒーリングもこれに寄与します。
(私がやっているセッションも、このためにあります)

一度、自分の物語を生き始めたら、
やめるわけにはいきません。
なぜなら、こんなに面白いことは、ほかにないから。

私が思うに、ですが、
「引き寄せ」とか、「自分の思考を実現する」というのは、
本当のその人の物語じゃないですね。
そこには、畏怖みたいなものがないでしょ?
かわりにあるのは、その人が世界を作っているという全能感でしょ。
それにこだわっている限り、
本当に面白いものはやってこない。

畏怖、神秘、信仰、ゆだねること。
大きな存在の力をお願いすること。
そういう物語のほうがスケールが大きいです。

だから、予想外のことが起こるんです。
先は読めないのです。
来週の予告も出ません。

最近、いろいろな人の始まった「物語」を聞いていて、
それがそれぞれ本当に面白いです。
テレビドラマや映画を超えている。
主人公の目は輝いている。

もう誰も後戻りはしません。


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2015年11月9日月曜日

彼らの「ニーズ」を把握している?


最近、話題のこのCM、もうご覧になりましたか?
「メーク女子高生のヒミツ」という題名で、
ネタばれすると、
これは全部、男子なんです。

これを見てわかるのは、
私たちが「女子」のかわいさと思っている部分は、
十分、作れるということ。
見た目は作れます。

顔がメイクでここまで作れるのと同様に、
「女子」のかわいい感じはファッションで作れます。

ただ、
彼らが本当に欲しいのは、
この「作りもの」じゃないんです。
そこを勘違いしているから、
なかなかうまくいかないの。

彼らの「ニーズ」をちゃんと把握していないから、
本物の女性が「女子」の扮装をしていても、
途中までしかうまくいかない。

40歳を過ぎて、
「結婚したいけれども、できない」と言ってくる方々は、
彼らの「ニーズ」を把握していません。
でもこれは、勉強すればわかることです。
調べればいいだけだし、教えてくれるところもあります。

彼らの「ニーズ」は、
いわゆる女子の言うところの「女子力」とは違います。
彼らが最終的に欲しいのは、
メイクのテクニックでも、
かわいいお洋服でも、
ヨガがうまくなることでも、
ローズクオーツのブレスレットでもないわけ。
ましてや、ブランドものの財布なんて、
そんなもの、見ちゃいない。

彼らの「ニーズ」を満たしてあげればいいんです。
彼らは「ニーズ」を満たしてくれる人が必要なんです。
選ばれないなら、
それはその人が「ニーズ」を満たしてくれない人だから。
ローズクオーツのブレスレットを見ても、仕方ないわけ。
ヨガで鍛えた身体も関係ないわけ。

ありがとうもごめんなさいも、
いただきますもごちそうさまも、
うれしいもおいしいも言わない、
料理も作らない、
決してほめない、
誰かにあげない。
そんなの彼らのニーズじゃないんです。

それは「運」の問題ではありません。
自分がやったかやらなかったか、
それだけです。


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2015年11月8日日曜日

テレビドラマを見てみた

「オトナ女子」というテレビドラマの、
女性の仕事服がいい、いいといろいろ書いてあるので、
ネットで見てみました。
(私は見ていないものは文句は言いません。文句言うなら見てから言え、です)

確かになかなかきれいです。
3色ルールばっちりですし、
アクセサリー使いも大人っぽくていいと思います。

けれども、実際はあんな9センチヒールで通勤できないし、
胸元ばっくりのシャツや、短いスカートやショートパンツで、
取引先なんか行けない感じがします。
あくまでテレビ的な理想、ということでしょうね。
いいんではないですか、それで。
現実を描いたドラマでもなさそうだし・・・

それにしても、
出てくる40歳の女子(なんだね)の皆さんが言っていること、考えていることが、
同じ日本を生きる私の実感と全然違うので、知らない文化圏の人のようです。

私も10代、20代のころは、いろいろドラマを見ていました。
山田太一脚本とか、好きでしたし。
けれども、今になって気づくのは、
現実はけっこう違うよ、違ったよ、もっと摩訶不思議だよ、
ということです。

ドラマ、テレビ、雑誌など、
とにかく、事象を切り刻んで、
現実を狭めてきます。
けれども、実際は、そんなに細かい区切りはなくて、
ましてや、年齢の区切りや人の心なんてうんとあいまいで、
起こる出来事は全然違います。

ドラマ、テレビ、雑誌、ひいては社会がほのめかす、そんな檻なんて、本当は存在しません。
ないです、本当に。

 仕事も夢も恋愛も勉強も、
全然違うよ、本当に。
どう違うかって、
本当はもっと自由です。
「もう時間がないんだからね」というせりふが多いのですが、
確かに生物的の制限の年齢はあるけれども、
それ以外はないです。
それ以外はないんですよ。

私は35歳のときに思いました。
「私も35過ぎたら、もう起こらないな、きっと」
しかし、この考えは間違っていました。
35歳過ぎても、起こるものは起こります。
誰もそんなことが起こるなんて言ってなかったことが、まだ起こります。

しかし、これも私がそういった枠や檻から一定の距離、離れた生活をしているので
起こりえること。
私はそんな枠や檻を全く信じていませんから。
けれども、みずから、その枠と檻の中に入っていったのでは、
確かにそのとおりになるでしょう。
「もう年だから」と、自分で受け入れるのなら、
「もう年だから」の現象が起きるでしょう。


起こることは、もちろん社会の範囲内で、法のもとです。
この窮屈な社会の範囲内でも、法のもとでも、
それでもまだ、不思議が入り込む余地はあります。

ちょっとこの物語は展開が予想できない。
しかも話が加速中。
主人公は確信を持って進むけれども、
話の展開はシナリオライターにお任せなのです。
そしてそのシナリオライターは、
私なんかよりずっと大きな意識、大きな視点を持った、
おそれおおい存在なのです。


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2015年11月6日金曜日

「幸せとは」を読んで

現在、小田急線の各駅で配布されている「ODAKYU VOICE」の11月号に、
林真理子さんがエッセイを書いていて、
そのタイトルが「幸せとは」となっています。
その1行目にこうあります。

「大人になっていくに従い“幸せ”を感じる時間は次第に少なくなっていく。」
(「ODAKYU VOICE」2015年11月号 10ページより引用)

それに続いて、少女のころ、チョコレートパフェを食べて幸せになったこと、
年頃になって、恋愛イコール幸せであったことが書かれていて、
「中年以降そんな幸せを手に入れることが出来る人は、特別の魅力とエネルギーを持った人だ。」
と結論づけています。

他人の幸せにとやかく口出すつもりはありません。
しかし、私はこの方とは反対に、
今が今まで生きてきた中で一番幸せです。

別にチョコレートパフェやケーキをいつも食べているわけではありません。
(というか、どっちかというと、食べない)
誰かと恋愛しているわけでもないです。
大金持ちでもありませんし、安倍政権は最悪です。

でも、近所の道をただ歩いているだけで、
なんだか楽しくなってきて、
こんな最悪な世の中なのに、こんなに幸せを感じてしまっていいのだろうかと、
思ってしまいます。

大人になってわかったことは、
幸せはモノや他人に影響されるものではない、
ということです。
それはいつもそこにあって、こちらがアクセスするだけでよいのです。

近所をただ歩きながら、
パリじゃなくても、ロンドンじゃなくても、
誰かがいなくても、幸せはただここにいるだけでアクセスできる。

なぜそうなったのか。
1つは自分自身のヒーリングが進んだから。
意識の中のさまざまないらないものを全部捨てていったら、
そこに残っていたのは、幸せへアクセスする道への扉。

ものをたくさん買っても幸せじゃなかったでしょ?
とっかえひっかえ誰かと恋愛しても、幸せじゃなかったでしょ?
大金持ちになっても、幸せってわけじゃないでしょ?
あけたらそこが満たされる。

色即是空 空即是色

この境地にたどり着けたのは、
大人になってから、
そしてヒーリングを通して、徹底的に「空」を作っていったから。

モノ、不必要な人間関係、要らない信念や思考、
これら全部、幸せにとって邪魔でした。

海をながめていればいいだけ。
海に行けなかったら、空や星を見ていればいいだけ。


インテグレート・ヒーリングが進んでくると、
みんな、顔が変わってきます。
これ、なんでだろうと思っていたんだけど、
がつがつ何かを探さないでよくなった、からかもしれません。
自分でいられるだけで何もなくても幸せ。
それに気づいてしまったから。

私が私でいるだけで幸せ。
だから、私は私といればいいだけ。
自分でいられるのが楽しい。
これが最大の贈り物。

世間的に見て、
成功者と思われている著名な作家が、
幸せを感じる時間が少なくなっていくと書いている。

成功ってなんでしょうね?
幸せが少なくなっていって、それでも成功なのかしら?
もしそれを成功と呼ぶのなら、
そんな成功、いらないわ。


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2015年11月5日木曜日

美少女は赤を選ぶ

先日の、小田急江ノ島線に乗ったときの出来事です。
私は電車に乗って、あいた座席に座り、ぼーっとドアの方面を見ていました。
しばらくして、学生が多く乗り降りする駅に到着。
ドアが開くと、そこには真っ赤なニット帽をかぶり、同じ赤のショルダーバッグを持った、
美少女が立っていました。
二十歳そこそこの、その子は化粧気はないにもかかわらず、
走ってきたのか、紅潮した頬に、ほんのり赤い唇が、
あまりにも、その帽子に似合っていて、
彼女には、あたかもスポットライトが当たっているかのようで、
周囲がぱあっと明るくなったのでした。

彼女は1人でしたが、
後から、3人でつるんで乗ってきた、やはり学生と思われる女子3人は、
3人が3人ともジーンズにグレーや紺の色合いの服装とバッグで、
楽しそうにしていたものの、なんだかくすんで見えるのでした。

恋に落ちるならどちらかと聞かれたら、
それは赤い帽子の美少女です。
選ぶまでもなく、です。

彼女はそうやって、
スポットライトを引き連れて歩き、
その他3人の脇役と差をつけていきます。

多くの人がやっているのは、
この美少女のやり方ではなく、
残り3人の脇役女子のほうです。

無難に目立たないように、
一人になりたくなくて、
そこそこに見せたくて、
遅れたくなくて。

いろいろな、その「したくない」を重ねていったら、
こんなスタイルになりました、
そんなスタイル。

でも、
脇役だから忘れられちゃう。
誰もいまさら恋に落ちない。

ときたま街ですれ違う、
スポットライトを引き連れた
主役たちは、
みんなほとんど1人で行動。
合コンなんかには、行きません。
だって、行く必要がないから。

何が違うかって。
それは、自分で選んだかどうか。
たったそれだけのことだと、
私は思います。


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2015年11月3日火曜日

どんな下着を着たかった?


下着の話について、続き。

20代のころ、リュック・ベンソンの「二キータ」という映画を見ました。
主演はアンヌ・パリロー、それから「ベティブルー」に出ていた
ジャン=ユーグ・アングラード。
アンヌ・パリローは殺し屋の役なのですが、
ホテルのバスルームから、向かいのホテルへ狙って銃を撃つシーンがあるんです。
銃はバスタブに隠されています。
私はそのシーンでアンヌ・パリローが着ていたブラに目がくぎ付け。
ああ、私もああいうのが着たいの、
あれが欲しいのー、と思ったのでした。

それは銃撃シーンとのコントラストを強めるために選ばれたと思われる、
白地に小花柄のカジュアルかつセンシュアルなブラとショーツ。
銃を撃つのに黒いブラじゃ普通なんですよ。
いかにもでしょ?
そこにギャップを生みだすために、小花柄を持ってくるんです。
それがいいんです。

当時、それは90年代だったと思いますが、
まだ日本には、少女用ではなく、大人用のそういった小花柄のブラとショーツのセットなど、
売ってはいなくて、
主流は、ワコールやトリンプにあるような、ベージュからピンク系統の、
機能的重視のブラジャーばかり。
私もトリンプのものが自分の体型に合っていたので、
デパートのトリンプの売り場で販売員さんに選んでもらってブラを買っていました。
でもそれはつまらないの。
サイズは確かにぴったりだけれども、ただそれだけ。

その後です。
個人輸入が盛んになり、私もいろいろな会社のカタログを請求して集めていました。
その中で、なぜか頼んでもいないのにヴィクトリアズ・シークレットのカタログがうちに来たのです。
日本では見ないようなカラフルで、おしゃれな下着の世界。
そして、なんとその中に、小花プリントのブラとショーツのセットがあったのです。
私が欲しかったのはこれよ、これー、ということで、
早速、黒地に小花柄の上下のセットを注文。
すごく気に入っていて、そればかり着ていた。
黒だから、白いTシャツとか着ると透けるけど、
そんなこと知らないよ、です。

透けるからだめとか、
体型の補正のためとか、
ランジェリーは、そんなことのために着たいんじゃないんです。
それはひそかな楽しみなんです。

それからは外国のランジェリーに味をしめて、
ダナ・キャランやら、何やら、いろいろ買ってみました。
明らかに日本のものとは、作る意図が違います。

この意図の違いというものは、
いまだに続いていると思います。

日本は、商売としての「エロ」には驚くほど寛容で、発達しているけれども、
売りものにならない「センシュアル」にはうとい社会です。

自分のひそかな楽しみのためだったら、
補正下着で苦しもうとは思わない。
寄せてあげてもいらない。
それではないところに楽しみや喜びを見出す人たちは、
いまだに少数派。
だから、そういった下着はほとんど作られていません。
たぶん、作っても売れない。

トリンプでやっていた、ケイト・ヤングがデザインする、
コスメティックもすぐなくなってしまいました。
あれはシルクとレースのランジェリーだった。
私は捨てないでまだ1枚、とってあります。
(買って持ってたチェリー柄のブラとパンツのセットは、友だちにあげちゃった)

今でも着たいのはだんぜんインポート・ランジェリー。
そこには日本で作られているものにはない何かがある。
そして、その何かが、私は好きです。

☆写真:Cosmetic by Kate Youngのシルクキャミソール。かわいいよ、これ。ただ、定価が確か8000円ぐらい。しかも洗ったら、アイロンかけが必要。売れない。残念。


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2015年11月2日月曜日

洋服と下着の関係については保留

「洋服と下着の関係」についてファッションブログのほうに書こうかと思ってたんですけれども、
これ、考えたところで答えが出ないです。
それぞれの人の条件が違いすぎるので、
一致点が見いだせません。
年齢、
体型、
趣味嗜好、
その他の要因が、
複雑に絡まった結果、
下着が選ばれるので、
これはこうこうこれ、
というわけにはいきません。

しかも私は、手術した後から、
ワイヤー入りのブラジャーが苦しくてできない体質になったので、
そこらへん、全部却下ですし、
とにかく普通のものは着られないので、
ほとんどの層から遠く離れ過ぎています。
ですから、実感とか、実際とか、経験とか、
そういうのが、ない。

ただ、ファッションの世界から言えば、
今の下着売り場の主流にあるような、
よせてあげてとか、
補正とか、
身体を人工的に整えるような下着は、
全く想定されていません。
ファッションの側が何を想定しているかといえば、
あんたら鍛えて、そんなものがいらない体型になりなさい、
ということですし、
よせてあげてとか、そんなのもいらないです。
ヴィクトリアズシークレットのショー以外で、
モデルによせてあげてブラをつけさせるショーなんて、
ないです。

で、下着を作る側にいくと、
体型が崩れるからとか、
年齢的にこれが最適だとか、
どんどん下着がハードになって、
しかもハードなだけではすまず、
色気のかけらもなくなり、
脱いでみたところでつまらない、
そんなものばかりです。

私はずっと、女友達と旅行というものをしていないので、
みんながどんな下着なのか、最近よく知りません。
例えば、同級生が今ごろ、どんな下着をつけているのか、
全くわからないし、想像もつきません。

いつでも理想の提案と現実のギャップというものはありますが、
下着に関しては、それはどのぐらいなんでしょう?

私に関してはますます締め付けは無理になってきていて、
でも、だからといって、ふんどしとか、はきたくないよ。
いつかワコールの契約社員をやっていた友達が、
「ワコールからもふんどしあるよ」ってお勧めされましたけれど、
それはいらない。
なんか、そっちの世界にはいきたくない。
(いくらオーガニックでも、それは選びたくない)

そんな感じで、
「洋服と下着の関係について」は保留です。

そうそう、このあいだ、鴨居洋子さんの本を借りて読んでみたんだけど、なんか全然だめだった。
あの感じを目指すなら、アナイス・ニンのほうが好き。一時、アナイス・ニンに凝ったんだな。

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2015年11月1日日曜日

いらない情報を遮断

最近、毎日の生活の中でルーチンワークがふえたので、
それをやる時間がほしくて、
何か削れないかと検討したところ、
あいつが邪魔だ、ということに気づきました。
あいつとは、フェイスブック。

思い立ったらすぐ実行してみたくなる性格なので、
アカウント削除を実行。
向こうはご丁寧にも、すぐにでも戻れるよ~と、
いつでも手招きしていますが、
無視して数日。
なんとすがすがしい毎日なのでしょう。

思えば、テレビも一方的に送られてくる、
要らない情報を見るのが嫌でやめたのに、
フェイスブックは、それがよりマクロなレベルになっただけ。
しかも「いいね」とか、書き込みとかメッセージとか、
余計なことまでおしつけてくる。

気づけば、何か開催する人たちのご招待メールばかりくるようになり、
知りたくもない誰かのプライベートが目に入り、
友だちでもない、知り合いレベルが「メッセージ」欄に、
ホロスコープを添付して送ってきて、
「これどうでしょう?」とくる。

そんな無料読みやっていないので、
無料でホロスコープは見ませんと返答したら、
それ以来、そのフェイスブック「友達」からは連絡なし。

ただ1つ、情報が欲しいグループに参加していたけれども、
いいや、そんなの、なくてもなんとかなる、と決意したら、
本当に何となかるし、なくても平気な情報だったとわかりました。

主体的に情報をとっていく分にはいいけれど、
要らない情報が垂れ流され、
それをいちいちチェックしていると、けっこうな時間がかかります。
やめてみたら、時間は戻ってきた。

また、フェイスブックをやめたことにより、
心理的負担がなくなりました。
これは大きい。

人生は有限で、
残りがどれぐらいあるかわかりません。
お金をもらうための仕事で嫌な目にあうのは仕方ないとして、
それ以外の部分は、なるべく気分よく、好きな人とだけ過ごしたい。
フェイスブックの友達なんて、本当の友達じゃないですもの。
本当じゃないものに今まで時間を使いすぎました。

ああ、すっきりした。
このすがすがしさを体験したかったら、
1度、フェイスブックを退会してみることをお勧めします。
なくたって生きていける。
情報が欲しいだけだったら、
また入って、誰ともつながらなければよい。

フェイスブックは何かを宣伝する側にはメリットがあります。
無料だし。
しかし、受け身が多くなると、
それはやはり時間の無駄です。

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2015年10月29日木曜日

被服費の予算を立ててね

ファッションレッスンやワークショップにいらした方には、
被服費の1年間の予算を立てて、
その範囲内でお金を使ってねと言っています。
被服費にはバッグ、靴、アクセサリーまで含まれます。
(ジュエリーは別)
大体の目安ですが、自分の可処分所得の1割までです。
主婦の場合、家計の1割では多すぎかと思います。

今までの観察からすると、
被服費に使ったお金とおしゃれ度は比例しません。
逆に、全くおしゃれに見えない人のほうがお金を使っています。

中には家計簿をつけていない方もけっこういらっしゃって、
あら、そんなにお金持ちなのね、と思いますが、
家計簿がないとなると、いくら使ったかもわからないです。
お金持ち以外は、予算を立てたほうがよいです。

ただし、この1割というのは、
ファッション関係者や、衣装として服やアクセサリーが必要な人は除きます。
それは仕事の経費となりますから、
もう少しふえます。

20代や30代で、被服費にお金を使いすぎな人は注意です。
いくら使っても、人生はよくなりません。
だったら、コミュニケーションの本を1冊読むとか、したほうがよいです。

余談ですが、
「結婚したいのにできない」と言ってくる人で、
洋服にお金をたくさん使っているくせに、
「何か結婚のために努力していますか?」と聞くと、
堂々と、
「何もしていません」と答える人が多いです。
「そんなにモテるんですか」と聞くと、
「モテません!」とお答えになります。
洋服にお金を使うぐらいなら、
男性とのコミュニケーションの方法でも習いに行ったほうがいいです。
そのほうがご自分の身のためかと思います。

☆写真:胡蝶蘭のマルコチャン 

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2015年10月28日水曜日

虫が寄ってくる感じ


では、虫が寄ってくる感じはどういう感じか、ということです。
私は、タンブラーなんかにある、
きれいな女の人のセンシュアルな写真が好きで、
いろいろ見ています。
(私のタンブラーはインテリアと庭の写真のリブログばっかりですが)

その中で、どういうものが好きかというと、
それはやっぱりお花っぽいもの。
バラの花びらのような色合いで、
薄くて、
ひらひらしていて、
繊細なレースがのっていたりして、
そういうのを着ている女の人が好きです。
はかなげで、壊れそうな感じです。
洗濯機に入れてがらがら回せばいいものじゃなくて、
手洗いじゃなきゃだめなもの。
シルクシフォンやサテン、オーガンジーなど、リバーレース。
そういうのを着ている人に、うっとりして、
虫だったら、絶対に寄っていきたいと思います。

ときたま虫の気分になるので、
自分でもシルクシフォンやら、シルクとレースやら、
そんなものがあったら買ってしまいます。
そして、家でのセッションなんかのときには着ています。
(来てみればわかる)

ただし、これは本当の虫さんたちをリサーチした結果ではないので、
実際のところはどうだか知りません。
蓼食う虫も好き好きと言いますから、
蓼でいいんだよ、蓼で、
という虫さんもいることでしょう。

でも、アゲハ蝶やミツバチはバラの香り、色、美に引きつけられて、
集まってきます。

時たま、シルクのシフォンを選ぶといいですよと言うと、
「洗濯大変ですよね」
「難しいですよね」
「普通着ませんよね」
とか言われます。

そういうふうに思う方たちは、着ないでよろしい。
人は、そうやって二手にわかれていくのです。

☆写真:蘭、トゥインクル


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2015年10月26日月曜日

虫が寄ってこない感じ


私、あんまり、いや、ほとんど「モテ服」については考えていません。
けれども、例えば喪中でも、修道女でもなく、
しかも結婚がお望みの方で、
それはちょっとあんまりではないか、と感じる服装、
というものはあります。
要するに、色気が全くないのです。

色気なんて全くなくていいですよって、
まあ、そうね。
なくてもいいですけれども、
お花の色を見てもわかるとおり、
お花の皆さんは、ミツバチを誘うために、競って美しい色をしていらっしゃいます。
このカトレアの、うっとりするような濃いピンク。
虫だって誘われちゃう。

このお姫様のようなカトレアとは逆の色を選んでいる方は、
まあ、虫はこないで、ってことなんでしょう。
実際、きていないので、成果は出ています。
そのとおりです。

もちろんどんな色の服を着ても、どんな格好をしていても、
色気のある人はあります。
そういう人たちは、ご自分に色気があるので、
おさえるぐらいでちょうどいいです。
寄ってくる虫の数を減らしたいぐらいですから。

たぶん、自分の頭での望みと、
無意識の望みが一致していないのでしょう。
口では言っているけれども、
行動は全く逆。

言っていることと、行動したこと。
実際に評価されるのはその人の行動です。
行動が伴わないのだったら、信じてはもらえません。

まあ、虫は来ないでってことなんでしょう。
それでもよいではないですか。
それが望みなんですから。

☆写真:ただいまうちでは蘭祭り開催中。これはミニカトレアのリトルプリンセス。お姫様っぽいです。

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2015年10月25日日曜日

今日はどうもありがとうございました。


本日、3色ルールのワークショップに参加した皆さん、
どうもありがとうございました。

今日は人数が少なかったのですが、
内容はみっちりでしたね。
頑張って写真を撮ってきたかいがありましたね。
どれだけ自分がめちゃくちゃに買っているか、
そして読んでいるけれども、全く理解していなかった、
ということに気づいたことでしょう。
今日やったことを家に持ち帰って、
ワードローブを構築し直してくださいね。

さて、今日はいい天気だったのに、
写真を撮るタイミングがなくて、
仕方ないのでうちのラベンダー。

次回、11月のワークショップは、
占星術のフリーソフトを使ったトランジット読みを予定しています。
対象者は、アイフォン、アイパッド、アンドロイド携帯を持っている方のみとなります。
詳細が決まり次第、募集をかけますのでよろしく。

衣服は日焼けします。

いい天気の日が続いて、
盛大に洗濯ものを外に干している家を散見しますが、
衣服は日焼けし、劣化します。
ですから、大事なものは外に干さないほうがいいです。

日焼けすると、色あせ、
そして生地の劣化が起こります。

ちなみに、日焼けは家の中に干しても起こります。
紫外線防止ガラスでもない限り、
家の中で、長時間、衣服を出しっぱなしにしておいたら、
日焼けします。

劣化の具合は、
自然素材のほうが顕著で、
化学繊維はそれほどでもありません。
色あせぐらいで、出しっぱなしで生地が切れるほどまではいきません。

繊細なもの、高級なカシミアやシルクは特に劣化しやすいです。
木綿ももちろん焼けます。
自然繊維は、生地自体が弱くなりますから、
破れやすくなります。
木綿などは特にその傾向があります。

例えば、寝室にハンガーラックがあり、
そこに服がかかりっぱなしだと、
焼けますので注意してください。

帽子も日焼けで劣化しますから、夏物は長持ちしませんね。

今日はまめ知識でした。

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2015年10月24日土曜日

敵と寝る女

「誰も知らなかったココ・シャネル」
ハル・ヴォーン著
赤根洋子 訳
文藝春秋 2012年
を読みました。

この本を読んだら最後、その後、
ありがたがって、シャネルマークの入ったバッグを持つ気は失せます。

ジャーナリストが書いたこの本では、
シャネルの生い立ちから始まって、
あまりに多くの男性遍歴、
そしてこの本の主要なテーマである、
シャネルがコードネーム「ウエストミンスター」というナチスのスパイであり、
戦後、対独協力者として逮捕され、裁判にかけられるも、
チャーチルに頼んで、罪に問われなかったという事実が、
数々の証拠文書によって明らかにされていきます。

もともとシャネルはユダヤ人排斥主義のレイシストであり、
自分の利益のためなら、男と関係を持つこともいとわない性格で、
ナチスのスパイになったのも、自分の甥を助けるため、
そして、自分の香水事業の利益を取り戻すためという、
フェアという言葉からはほど遠い、
真っ黒な経歴の人物です。

しかし、付き合った男性が羅列されているんですけれども、
真剣だったら、こんな数をこなすことができるとは思えない。
同時進行もたくさんあります。
ですから、その多くは自分の利益、利潤を追求するためのものであり、
本気の人はごくわずか。

シャネルがナチスのスパイとなるきっかけとなった、
ナチスの大物スパイの13歳下のドイツ人男爵と出会ったのは、
シャネルが57歳のときだそうで、
そこから恋に落ちて付き合ったということです。
相手はシャネルの人脈を利用するために近付いてきた節があるようですが、
57歳で13歳下と付き合うって、すごい。
なんだろう、その執念。
しかし、これだけ数をこなしているのに、
シャネルだけに誠実な相手はごくわずかで、
ほとんどは奥さんがいるか、二股なのか、三股なのか、
ただ一人の人ではなかったとのこと。
ですから、彼女はいつも愛人で、
男性は決して妻とは別れず、最終的に妻のもとへ戻ります。

この本の中には少しはファッションについての記述も出てきます。
リトルブラックドレスはシャネルが考案したものだということ、
シンプルなデザインは、自分の孤児院での質素な暮らしから、
そしてスポーツウエアや男性のスタイルの要素を取り入れたのは、
貴族の愛人たちに影響されたからなど、
なぜあのデザインなのかというその理由が書いてあります。
それを読んでわかるのは、
シャネルこそが、現在のシンプルで、男服で、スポーツウエアや作業着を取り入れたスタイルの
オリジンであったということです。
彼女が婦人服に取り入れたのは、女性性の排除と貧乏くささ、だったのでした。

それだけではなく、利益のためなら人権を無視したり、
ナチスのスパイになったり、裁判でうその証言することも平気でやり、
フランスを裏切り、対独協力者となり、戦争時代もリッツで優雅に暮らし続けるなど、
その後、何年も続くファッション業界の闇の部分をすべて体現した人物である、
ということもわかります。

シャネルのこういった側面について描いた映画はありません。
まさに暗部です。

アパレル業界の根深い人権無視、アンフェアネスは、
こんなところから始まっているのかと思うと、なんだか暗澹たる思いです。
根っこが悪すぎた。

現在のシャネルのカール・ラガーフェルドのデザインは悪くはないけれど、
(彼が真っ黒な人物であるかどうかは知りませんが)
少なくとも、シャネルマークが入ったものを持つ気には、もうなれません。
なぜならそれは、私の大嫌いなレイシスト、そして法律を守らない者、
そして何よりも、裏切り者のシンボルであるから。

この事実を知って、
フランスの人はシャネルのことをどう思っているのでしょう。
それでもまだ尊敬するのかしら?
デザインと人物は別だと、考えるのでしょうか。

まあ、ファッション業界にもまっとうな人たちは少しはいるので、
これからはそちらを選びます。
愛人なんかには憧れない。
シャネルバッグはもういりません。

☆写真:原題は「SLEEPING WITH ENEMY」、こっちのほうがいいです。
シャネルは軍服の要素は取り入れていないようです。しゃれにならないから、やめたんだろうな。

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ラフ・シモンズ、もうディオールやめるの?早い!

2015年10月23日金曜日

女の足爪


「女の足爪」と書くと、
もうそれだけで向田邦子のようである。
畳の上にお布団を敷いて寝ている雰囲気である。
ふんわり軽い羽毛布団からはみ出た、その女の足爪は、
一体どんなであろうか。

ということで、
ここ最近、ジェルネイルをとった後の無残な足の爪のクライアントさんを3人見ました。
足の爪が全滅の方もいらっしゃいました。
それはもうかなり悲惨で、
ひとさまに見せられないレベル。

うちのセッションで、いつもではありませんが、
足の爪のツボを調整することがあり、
必要な場合は靴下を脱いでもらいます。
しかし、多くの女性は靴下、またはタイツやストッキングを脱いで、
足爪を見せることを想定していないようです。

そういう私は、夏のあいだ、深紅のエナメルを足の爪に施し、
9月の終わりごろ、除光液を使うのが嫌だったんで、
物理的にべりべりエナメルをはがしました。
お風呂に入っているときなんかだと、やわらかくなって、べりっとはがれます。
方法としては乱暴ですが、爪は傷んでいません。
はがした後は、フットクリームを毎日、塗りまくります。

つま先というのは、自分からは遠いのでなかなかよく見ることはできませんが、
裸足の状態だったら、
案外、自分以外の誰かのほうがよく見える、
またはよく見ているのかもしれません。

いきなりストッキングを脱ぐことを想定していない女を想像してみて?
脱いでみたら、その足爪が病気で真っ黒い女を想像してみて?
たぶん彼女らは、本気じゃないよね。
何に本気じゃないかって?
いや、そんなことは書きません。

☆写真:私の今年の夏のネイル。色も、艶もきれい。しかし、その後、シャネルが最低の女であったということを知ることになる。その話はまた後で。


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2015年10月21日水曜日

お勧め鎌倉・江ノ島コース その2

海岸へおりたら左側が稲村ケ崎、
右側が江の島方面です。
稲村ケ崎は公園になっています。行ってもいいけど、別に面白くないです。

では、江ノ島へ向かって海岸線を歩きます。
もう今のシーズン、人はまばら。いるのはサーファーの皆さん。

いい天気。
元気のある人は江ノ島まで歩けばいいのですが、
私はこの日、もうすでにへたれたので、七里ガ浜あたりで丘に上がります。
このビルの角を右折すると駅。
ちなみにこのビルは、bills 七里ガ浜と美容院のビュートリアムが入っているビル。
billsはちょうど2年前の今頃行きましたが、12時前だったら、そんなに待たずに入れます。
ただね、1度行けばいいって感じ。もっといいところがほかにあります。

で、七里ガ浜の駅から江ノ電に乗ってもよかったのですが、
あんまりおもしろくないので、次の駅の鎌倉高校前まで行ってみました。
国道134号を歩いていけば着きます。


さて、ここが鎌倉高校前駅です。
ちょうど緑の江ノ電がやってきたので写真を。
このタイプの電車はほとんど走っていないので、なかなか写真に撮れません。
でもみんなが撮りたいのは、海と国道134と江ノ島とこの緑の江ノ電。
この日はこういったクラシックカーのツアーがあったみたいで、
次々にこのような車が走ってきました。
こんな感じ。
はい、では、電車に乗って、江ノ島駅まで行きます。


江ノ電の江ノ島駅に着いたら、
小田急の片瀬江ノ島駅方面へ。
ちょっと歩きます。わからなかったら、近くの人に道を聞いてください。
これは小田急の片瀬江ノ島駅。竜宮城です。


さて、ここから橋を渡って江ノ島へ。
ところがこの日、私はもう疲れちゃって、家に帰りたくなっちゃったので、
江ノ島へ行かず、そのまま小田急江ノ島線で帰宅。
大体、今回ご紹介したルートで2時間半ぐらいです。
お昼は、七里ガ浜の海岸沿いの各種イタリアンでもいいし、
江ノ島近辺にもこじんまりとしたいいお店が多いです。
眺めを楽しみたいのだったら、ここから江ノ島のてっぺんまで行って、
イル・キャンティカフェ江ノ島まで行きましょう。冬場だったら、そんなに混んではいません。

これから冬に向かうシーズン、観光客は少なくなりますので、
のんびり過ごせます。
ただし、お正月が過ぎると、今度は初詣でにぎわうので、2月過ぎまでは騒がしいです。
11月、12月はいいシーズンなので、ぜひ行ってみてください。 

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