2014年12月31日水曜日

今年1年ありがとうございました。

今年1年、お付き合いいただき、ありがとうございました。
おかげさまで、こちらのブログも毎日、アップすることができました。

それから、「おしゃれ」ブログのほうも、
私がごねた結果、感想メールやコメントなどいただき、
ありがとうございます。
(感想はないけれど、無断転載でNaverまとめにたくさん持っていかれたんで、
それで、どうなの、これ?と思ったんですよね。
しかも、あちらはアクセス数で報酬がつくという・・・)

今年は自分としても、新しくキネシオロジーのセッションを本格的に始めたり、
月に1回、ワークショップを始めてみたりと、
いろいろやってみることができた年でした。
それも、お付き合いしてくださる皆さんがいらっしゃってのこと。
本当にありがとうございます。

実は、実際にセッションやワークショップに参加してくださる方というのは、
ブログのアクセス数の約1パーセントか、それ以下です。
これはほかのブログでも同じだと思います。
そういう意味で、今年、参加したり、セッションにいらしてくださった皆さんは、
その1パーセントの行動力ある方たちなんですね。
中には飛行機や新幹線を使って、遠方からいらしてくれた方たちもいて、
本当にすばらしい行動力の持ち主。
そうやって、動くことによってしか、人生は変わりません。

来年もまた新しいことにチャレンジしつつ、
キネシオロジーのセッションの精度を上げていくために努力していきたいと考えています。
ファッションはもうずっと考えてきたこと、学んできたこと、経験してきたことのまとめなので、
私の膨大な記憶の書庫の資料からの引き出し作業を引き続きすることになります。

きのうもまた、新しいプロジェクトを思いついてしまって、
来年はそれを実行に移すつもりです。
ずっと続けること、
変えていくこと、
新しいこと、
それぞれ取り混ぜて、
来年もまた、皆さんとお付き合いしていきたいなと思っています。

本年は本当にどうもありがとうございました。
よいお年を。 

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。

2014年12月30日火曜日

囚われとコントロール

きのうもおしゃれブログのほうに書いたけれども、
その中に埋没していると、見えていないこと、わからないことがたくさんあります。
それだけならまだしも、大変な間違いをおかしていることも多いです。
アパレル会社については、嫌な部分がたくさんありましたが、
この「埋没性」は、どうにも我慢できないものでした。

当時、まだ携帯もパソコンもインターネットもない時代、
情報収集のためには、
誰かと会うか、
現地に行くか、
そうでないとしたら、新聞や本、雑誌から手に入れる以外、ありませんでした。
しかし、アパレル会社の仕事の仕方というものは、
長時間の拘束、しかも残業代は出さない、土曜日も出なものですから、
どんどん内向きになり、
外の世界と断絶していきます。
ファッションを仕事にしているのですから、
今、どんな洋服が店頭に並んでいるか知りたいのに、
それを見に行く時間さえありません。

本業についてのリサーチもできないのですから、
その他のことについて何かしようとしても、全くできません。
今考えたら、
外との関係を遮断し、情報が入らないようにするということも、
1つのコントロールの形だったのでしょう。
法律などないも同然に振る舞うその姿は、
一歩間違えば、カルトと同じです。
(いえ、ほぼカルトです)

囚われたり、
流れに翻弄されたり、
それ以外、考えられなくなったり、
そうなったときは危険です。
距離的、時間的にそこから離れなければなりません。
そうしたら、わかります。
その囚われが、全く意味のないということに。
彼らの「法」など、地獄の法だということに。

幸いなことに、
今は誰でも簡単にネットにつながり、
外からの情報を取り入れることが可能になりました。
昔のように完全な暗黒にはならず、
どこからか光が漏れ続けています。

アクセスできるということは、素晴らしいことです。
できるところへは、つないだほうがよいです。
暗闇の中にい続ける必要はありません。

☆わたくしの営業は本日までです。メールの返信は明日もしますので、お申し込みなど、どうぞ。

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2014年12月29日月曜日

深くつながった人たち

冬の雨の朝です。
雪にならないということは、
それほど寒くはないのでしょう。

きのう、You Tubeにアップされた、
羽生君のグランプリファイナルの演技(と言わないのかな?)を見ました。
私は羽生君のことを、ロミオとジュリエットの演目をやったシーズン、
確か羽生君が17歳だったと思いますが、
見つけて、これはすごい、絶対、世界にトップになると確信していました。
そうしたら、やはりなりました。

きのういろいろ見た中に、
例の流血事件のすぐ後の演技もあって、
すごく痛々しくて、
しかも、演技が終わった後、羽生君は号泣していて、
トップまで上り詰めた人が、
人目もはばからず号泣するほどまで追い込まれているということの、
重さが伝わってきました。

羽生君は、仙台出身なので、あの東北の大地震も経験しています。
恵まれた才能と、
現実に起こる重い出来事。
たまにこういう人がいます。

この種の人たちはたぶん、
人間の集合的無意識に非常に深くつながっています。
その分、天啓とも言えるひらめきがあって、
それが演技にあらわれます。
それは独特の、人間を越えた感じを見ている者に感じさせます。
けれども、そのつながりは高ければ高いほど、
同じだけ深いところともつながるので、
人生の中で、ああいった悲劇的な出来事に遭遇しやすいのではないかと思います。

人間の側から見ると、「いいところ」だけ起こればいいと考えたくもなるでしょう。
けれども、ひとが認定する「不幸な出来事」は、
もっと大きな視点から見たら、
そうではありません。

ちなみにこれは、
それが不幸でないのだったら、
人権を侵害するようなひとの行為をそのまま許したり、
放っておいてもいいということではありません。
逆に、深くつながった人たちは、
そのことに最も敏感な人たちでもあります。
(たとえば、理不尽ないじめや暴力に遭っている人に対して、
「それはその人が引き寄せた」と言うスピ野郎が、私は大嫌いです。
人権無視の暴力は、それに遭った人の責任ではありません。
それをそのまま放置する責任者、もしくは社会の責任です)

同程度の能力で、
同程度の練習をして、
それでも出てくる差とは、
この、どれだけつながっているか、
という能力の差ではないかと思います。

残念ながら、それは練習しても得られないし、
誰かが教えることもできません。
それはきっと、
そういう星のもとに生まれたとしか、
言えないものなのではないかと思います。


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2014年12月28日日曜日

「かわいい」のその先は


スタイリストさん、その他のコーディネイト本や雑誌を見ていて、
「かわいい」という表現が多いことに気づきました。
大人かわいい、
大人のかわいさ、
キュート。

日本では、「かわいい」がよく売れるので、
どこもかしこも「かわいい」であふれていますが、
「かわいい」のその先が、今は見えないのではないでしょうか。
だから、みんな、どこへ行ったらいいかわからなくて迷っている。

「かわいい」じゃないとすると、
絵に描いたような「キャリアウーマン」スタイルになってしまって、
そのどちらでもないものが、
今のところカジュアル。
私はあの「絵にかいたようなキャリアウーマン」スタイルの実物を見たことがないし、
いたとしても、それは本当に少数派だと思います。

「かわいい」はもうすでに似合わない、
かといって、ばりばりの「キャリアウーマン」でもないというときに、
いくつかの道があります。
たとえば、湘南に多いサーファー姉さんとか、
極度なナチュラル志向で、下着にふんどしを選ぶようなオーガニック・ナチュラル姉さんとか。
そのどれもが違って、
だからといって、目指す方向性もわからない、
だからとりあえずカジュアルというのが、
今の多くの人が落ち着いているところのような感じがします。

でも、そのカジュアルの分厚い層から一歩出たくて、
何かを探しているけれど、その道はどこにもはっきり示されてはいません。
なぜなら、もうその先に道はないから。

カジュアルという大きな吹きだまりから抜け出したければ、
自分で試行錯誤して、その先の道を作っていくしかありません。
誰かの後を追うことは、もう無理です。
(もちろん、「セレブ」の後追いなんて、無理)

もう「ああなりたい」という目標の人なんて、ほぼいないんです。
真似したところで、その人ではないので、同じにはならない。
技はいただけばよいけれど、
そのままというのはない。

真似する誰か探しはもうやめて、
自分のスタイルの構築を模索することに力を入れたほうがいいです。
「かわいい」のその先は、
行き止まりです。

☆写真:だるまも黄色。

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2014年12月26日金曜日

美しいパンツ


このところ引き続きワードローブの見直しをしています。
というのも、今日が今年最後の衣類の資源ごみの回収の日なので。
再び点検して、
その中で、穴が開いたもの、
首が伸び切ったもの、
汚れがどうにも落ちないものなど、
さよならするもの3枚を選びました。
残ったのは40数枚。(1年分。部屋着も入れて)
まあ、今、あまり出かけないのでこんなもので十分。

で、パンツについてです。
私は、都会など、お出かけするときはセンタープレスの入ったウールのパンツをはきますが、
それ以外、セッションのときや、ご近所をうろうろするときは、
ほとんどジーンズです。
今年は本当によくジーンズをはいていました。
別にジーンズが大好きというわけでもないのに。

今は、カジュアルな仕事場だったら、ジーンズで行くことも認められているでしょう。
アパレル会社だったら、男性がジーンズで来るぐらいだから、
女性もきっとジーンズでも問題ないと思います。
しかし、私が働いているころは、
まだジーンズで仕事場へというのはごく少数派でした。
(禁止もされていなかったけれども)

だけれども、洋服を作る現場の仕事というものは、割とばたばた動く仕事で、
ときに床にはいつくばって何かをしたり、
動いたりが多いので、
スカートだとどうしても、仕事はやりにくく、
結果、仕事着はほとんどパンツ・ルックでした。

そのころは、まだ細身パンツの時代ではなかったので、
大体がウエストにタックがとられて、センタープレスが入った、ゆったりしたパンツ。
週末になると、そのパンツに端からセンタープレスのアイロンをかけ直したものです。

で、そのころ、だんぜんかっこよかったのが、
コム・デ・ギャルソンのパンツでした。
友達が、ハイウエストで、ベルト通しがあって、センタープレスが入り、
すっと脚が長く見える、ギャルソンのパンツをはいているのを見たとき、
なんて格好いいんだろうと思いました。
私も欲しかったけれど、高くて買えませんでした。
(そんな格好いいパンツは、セールにはほとんど出ませんでした)

しかし、あれは何をきっかけだったかな、どうしてもあのパンツをはいてみたいと思って、
あるとき、例のハイウエストのウールサージかなんかで、ネイビーのパンツを買いました。
確か90年代半ばで、2万5000円ぐらいだったと思います。
はいてみたら、完璧でした。
見た目が格好いいだけではなく、
はきやすい。
股上の変なひっかかりもないし、
もちろん股上の横側にしわも出ない。
動きやすい。
型崩れもしない。
あのパンツは間違いなく、私が今まではいたパンツの中で、
もっとも美しいパンツです。

その後、パンツはどんどんタイトになり、
「美脚」などという言葉が出てきはしましたが、
その割に多いのはお尻が目立って、股のところに横しわが出るものばかりで、
本当に格好がよくて、はき心地のいいパンツは少なくなりました。

早くあの美しいタックパンツの時代に戻らないかなと思います。
年が上がれば上がるほど、
ぴたぴたパンツはきつい。
私は太ってないけれども、それでももう嫌です。
ゆるやかで、
お尻や太ももがあからさまにならないで、
脚がすっと長く見える、あのパンツ。
ああいうパンツが再度出てくるまでは、
ジーンズでしのごうかと思っています。

☆カバーを洗濯して干し中。まだ乾いていないのに座っている。

☆12月28日の午後、12月30日午前、ともにキャンセルがありましたので、セッション枠があいています。よろしかったらどうぞ。

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2014年12月25日木曜日

飯館村の猫の写真

私はクリスチャンではないので、
クリスマスのお祝いなどしませんが、
クリスマスって、キリストの誕生を祝うと同時に、
貧しいものへ思いをはせる時期でもありますよね。
キリストは馬小屋で生まれたのだし。
「マッチ売りの少女」も、それがテーマ。

今、うちのトイレに猫の写真が飾ってあります。
このあいだ中身をとり変えて、
今は雪の中を歩いている猫です。
この猫たちは、原発事故の影響で避難区域に指定されている、
飯館村の猫さんたちです。
猫や犬など、取り残されている動物が飯館村、その他の地域にはたくさんいて、
ボランティアの皆さんが毎日、給餌しながら村を回っている、
というのが今の現状です。
(猫の写真の撮影者はこちら

今ごろ村は雪に覆われています。
福島の冬は厳しいです。

うちはもう猫がたくさんなので、
これ以上、飼うことができません。
だから、保護猫を迎えることも、今は無理です。

家出していた猫のまるちゃんが帰ってきて、
きのうは、まるちゃんにおうちがあってよかったねと話しかけました。
安全だったら、外に出て自由を満喫するのもいいけれど、
うちの近くはけっこう自動車が通るから、
決して安全とは言えません。

残された動物たちが全頭、保護される日など、
きっとこないでしょう。
だったら、せめてこちらにできるのは、
そういう存在たちのことを忘れないこと、
そして、今自分でできることはやること。
(私は動物たちのえさ代の足しに寄付をします)

今年の冬、大雪の被害が出ないことを、
そして、同じような犠牲がもう二度と出ないことを
祈るばかりです。

☆12月28日の午後、12月30日、ともにキャンセルがありましたので、セッション枠があいています。よろしかったらどうぞ。

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2014年12月24日水曜日

確率としては砂の中の砂金ぐらい

無意識層に深く沈む情報については、特に名前がつけられていません。
筋肉反射テスト(キネシオロジー)とは、
その情報を拾っていく行為ですが、
これはいわゆる「思考」とかけ離れています。
そしてこの「思考」と無意識層に沈む情報とのギャップが葛藤となり、
現実世界に問題としてあらわれてきます。
そう考えると、
問題はいつも、無意識層からのメッセージです。

無意識層からのメッセージをくみとる方法としては、
ユングなんかが開発した箱庭を作ってみる方法や、
絵を描いてみる方法がありますが、
それを読み解くには、解釈する能力が必要であり、
ごく一般の人は、そんな解釈能力を持ち合わせていません。

無意識層の情報は、
ときに魂からのメッセージなどと呼ばれたりします。
生まれたときは、
魂からのメッセージだけ携えてこの世へやってきます。
けれども、その後の人生で、「思考」となる、
極度に脳に偏った情報が蓄積されていきます。

何が言いたいかというと、
自分がいいと思っていること、社会がよしと言っていることと、
無意識層、つまり魂レベルの望みとは、
大体、みんなかけ離れている、ということです。
もちろん人間は、社会的な生き物なので、
社会を無視して生きてはいけません。
しかし、だからといって、完全な「魂」無視も、つらいものです。

そこのところの折り合いをどうつけたらいいか。
本当の魂の望みを知ってしまったとき、
どう行動するか。
何を選択するか。
社会の枠組みの中で、魂の望みを実現するためにはどうしたらいいか、
知りたいのはそのことです。
(なぜなら、魂の望みが実現するほうが、人生はより楽しく、豊かに、意味あるものになるから)
けれども、現実は、
それから目をそらすための装置や仕組みのほうが世の中にあふれています。

足が簡単についてしまう浅瀬で、おぼれそうになったことを困難と呼ぶような、
その浅瀬だけを説明して、海を知ったつもりになるような、
なんだかそんなものであふれているなと思いながら、
じゃあ、どこに本当のことは書いてあるのだろう、
教えてくれるのだろうと思いあぐねてみると、
それは子どものとき、
砂の中から小さな砂金を探した、
あれと同じぐらいの確率でしか、
この世には存在しないのだと、
なんだかそんなことを考える年の瀬でした。
つまり、もう砂金しか、欲しくはないのです。


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2014年12月23日火曜日

今年1年のワードローブを振り返る

先日、ワークショップを開催したとき、
以前、ファッションレッスンを受けてくださった参加者の方がいて、
最初お会いしたときよりも、ずっとおしゃれになっているのを見てうれしく思いました。
私が教えた内容を実行しているだけなのですが、
みると、あれ、今日どうしたの?かっこいいじゃん、と言ってしまいます。
別に特別お金をかけたわけではありません。
ほんの少しの工夫、
ほんの少しの気配りで、目を見張るほどのスタイルになります。
あそこまでできれば、
みんなが一瞬、目を止めることは確実。
そんなわざを若いうちから習得したら、
その後の人生、どこまでいけるのか、とても楽しみです。
思えば、若いうちに基礎ができていないことが、
おしゃれに関する多くの悩みの根源かもしれません。
基礎がない上にどんどん付け足していったものだから、
いつになっても土台がゆらゆらしています。

私も今年1年の自分のワードローブを振り返ってみました。
今年の特徴は、とにかく都会へ行かなかったということ。
だんだん都会が不得意になってきて、
よっぽどのことでないと行きたくなくなりました。
そうすると、私がいつも登場するシーンは郊外、またはいわゆる湘南エリア。
その結果、都会のシーンに似合う服は余り着ませんでした。
かといって、都会へは一切行かなくなるわけではないので、
都会用の服一式を捨てるわけではないですが、
今後もこの傾向は続くだろうと思います。

都会はもちろん、バックの風景の色合いが違いますし、
照明も違います。
私は蛍光灯の光が大嫌いなのですが、
郊外に住んでいて、いかにも会社や工場みたいなところに近づかなければ、
蛍光灯の光を浴びなくてすみます。

また色について。
黒はコンクリートや鉄筋、ガラスによく似合う色だと思います。
だから、コンクリート、鉄筋、ガラスの建物があるところにあまり行かなければ、
さほど着たいとも思いませんし、
海と砂浜に、黒は似合いません。
そのため、ふと気づくと、
以前は余り選ばなかった、茶色からベージュにかけての色を、
よく選ぶようになりました。
(特に今年買った靴は茶色でした)
都会重視のときは、
黒、グレー、ネイビーでほとんど事足りましたが、
都会から遠く離れると、
黒が消えて、
ライトグレー、ネイビー、ベージュというほうがなじみがよくなります。

それともうひとつの傾向は、
機能的なウエアをよく選ぶようになったということ。
普段着にスポーツウエアを取り入れたスタイルが日常着となりました。
動きやすい、洗濯しやすい、多少汚れても気にならない、
そういう服が郊外や田舎には重宝します。

そして、ここ数年感じるのは、
冬は少し明るい色を着たいと思うということ。
年の瀬やお正月に、黒から濃いグレーの多くの人の群れを後ろから見ると、
あの中に混ざってしまうのだけはやめておこうと思います。
かといって、まだ真っ白いコートを買う勇気はありませんが、
次にコートを買うときは、
真っ白まではいかなくても、
明るいグレーやグレイッシュな薄いブルーがいいなと思っています。
そこにさし色として黄色を入れるというのが、
今の気分です。

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2014年12月20日土曜日

受け身でいることはもったいない

東北の震災があって以降、
めっきり減ったのは映画を見るとというような、
受け身の娯楽時間です。

ここのところずっと、ネット上で選択的に情報を拾っていたので、
少し行きたいなと思う展覧会やら、映画や芝居があったということを後から知りました。
それらはどれも終わったものばかり。
そこで、では、それに行けなかったことについて地団駄を踏むほど後悔したかというと、
そんなこともない。
ああ、やってたんだ、
残念だけど、まあいいわ、
という感じです。
どうしても、というものがなくなりました。

それよりも、
自分が積極的にかかわれるもののほうに興味があって、
それのための時間やお金は使いました。
だから、特に去年は習うことに多くの時間もお金も使いました。
で、それについては後悔していないし、
行ってよかったと思っています。

受け身のものは、途中まではそれで楽しいです。
けれども、ある程度までいくと、
そこからは、それ以上のものが受け取れないと気づきます。
受け身はどこまでいっても受け身。
音楽にしても、芝居にしても、
たぶん、見たり、聞いたりするよりも、
自分でやったほうが楽しいでしょう。
膨大な自分でやることの行動量と時間の合間に、
誰かの、それは素晴らしい、上質のものを見たり、聞いたりしたら、
それは、ずっと受け身でいるよりいいはず。
発見もあるし、取り入れることもできます。

また、ある程度、インプットする量と時間が過ぎたら、
それをアウトプットしたいときは、必ずきます。

最近つくづく、見る量も、読む量も減っていて、
これでいいのかしらと思うときもあります。
けれども、私の場合、かなりの量のインプットがあるので、
今はそれを出す時期なのでしょう。
(それでもまだインプットはたりないと思ってしまう自分もいます)

ただ見る、聞く、買うだけから、
自分でやる側になったとき、そこに本当に楽しいことがあります。

ある統計によると、
日本人が一生のあいだ、テレビを見るのに費やす時間は12年。
そのうち2年はCMを見ている時間だそうです。
受け身でいることは、
こんなにも、もったいないことです。

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2014年12月18日木曜日

世の中は思い込みにあふれている。


この社会はさまざまな思い込みにあふれています。
そのうちの大きな1つに、
○歳になったら、もう新しい仕事にはつけない、
というものがあります。
これも大きな、単なる思い込みです。
何歳になろうが、新しい仕事を始めることはできます。

ただし、
もちろんここで、ただしはつきます。
何歳になっても誰かが雇ってくれる、
わけではありません。
私が大学を出たころは、
30歳を過ぎたら、もう仕事はないと言われました。
そのとき多かったのは、25歳までの即戦力になる経験者という募集。
だいたい22歳で大学を卒業するので、
25歳で即戦力になるような経験者など、ほとんどいません。

誰かに雇ってもらわなければいけない立場になると、
人は途端に弱くなり、自分を安売りせざるを得ません。
そして、雇用する側は、途端に大きく出て、
どんなに仕事で実績を上げようが、
認めるつもりはありません。
(自分を安くは売らないと宣言するお話が、
ジェーン・オースチンの「自負と偏見」。あれは就職でなくて結婚ですが、
あの時代から同じ悩みがあったということ)

思い込みを外すと、
いろいろなことができるようになります。
できないと思っていたことも、できるようになります。
そして、本当にやりたかったことも、見えてきます。

思い込みを外したら、
次は、新たな不要な思い込みを自分の中に入れないように、
日々繰り返される、非生産的な価値観にあふれた言葉から、
自分を遠ざける必要が出てくるでしょう。
言葉に感情をのせると、より一層、心の奥底に入ってくるようになりますから、
感情に訴えかけるBGMにのった言葉や映像は、とても危険です。
(つまり、テレビね)
そこから離れるだけでも、
心底、平安に暮らせます。

新自由主義者たちが、
あなたは価値がない、
誰ともで代替可能だと、日々、耳の近くで囁いても、
そんなノイズには耳を傾けず、
自分が自分のボスになれるよう、着々と実力をつけていく。
そのためには、今、会社員であろうが、主婦であろうが、無職であろうが関係ない。
今の社会を真に自立的に生きるためには、
それが必要だと思います。

☆写真:カトレア 

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パッケージのデザイン

パッケージのデザインの良しあしで、中身を判断しようとする傾向は、
誰にでもあると思います。
パッケージのデザインがよければ、その中身もよさそうに思えるし、
悪ければ、どんなに中身がよくても、魅力が減ります。

きのう、ふるうつらんど井上さんで、井上さんが作った瓶入りのトマトケチャップを買いました。
これがおいしかった。
前から売っていることは知っていたし、
1度興味を持ったこともあったのですが、
瓶のラベルのデザインが、
どうしたらこうなるのだろうか?と考えてしまうほどのもので、
見るたびに、がっかりするような代物なのです。
(果物や野菜に顔がかいてあるイラストが描かれています)

このシール、たくさん印刷してあるんだろうなとか、
井上さんも頑固なんで、このセンス、変えるつもりはないだろうなとか、
いろいろ考えると、
これ、変えたほうが売れるよとは、なかなか言えません。
けれども、あそこに置いてあるジャムにしろ、ケチャップにしろ、
パッケージで損をしていることは確か。

それとは逆に、パッケージのデザインはすごく素敵なのだけれども、
味は大したことなかったという商品もたくさんあります。
どちらかと言えば、こちらのほうが多いかもしれません。
そう考えると、
中身と外見はそこそこ同じレベルのほうがよい。

今の日本は、
外見だけよくしようという文化が先行しているような気がします。
中身のない格好つけ。
確かにあるときまでは、中身がよくてもパッケージのデザインが悪いものがたくさんありました。
でも最近は、明らかにパッケージ・デザインのレベルは格段によくなった。
そして、中身が、その外見に追いついていないものが多くなりました。

だったら、見た目は多少悪くても、
中身がよいもののほうを選びたいです。
いい意味で、期待を裏切られるほうを選びたい。
見た目だけがよくて、
中身がない存在は、こりごりですから。

☆写真:セッション・ルームの胡蝶蘭。なんだか絵みたい。

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2014年12月17日水曜日

まがいもののインテリア


インテリアについて、ふと今ってどんなことになっているんだろうと疑問に思ったきっかけは、
この前、とある講習会のときに伺った、都内のワンルーム・マンションの部屋でした。
驚いたことに、
そこには、硬質プラスチックでつくられた偽物の暖炉が壁に取り付けてあって、
暖炉の中にはいろいろな造花が飾ってありました。
これは、素敵だと思うからやっているわけですよね。
そうですよね、きっと。

私の家の近くにも、煙突があって、家の外には薪が置いてある、
暖炉があるうちがあります。
あれは暖房のための暖炉であり、私もうらやましいです。
暖炉へのあこがれはあります。
けれども、その憧れは、燃える火とか、あたたかさのものであって、
プラスチックでもいいから、その側が欲しいというものではありません。
追記:あれは暖炉じゃなくて、まきストーブですよね。で、私が欲しいのも暖炉じゃなくて、
ペレット・ストーブです。

本質ではなくて、その見た目が欲しいという、その欲望はどこからくるのでしょうか。
今日のところはわかりません。
けれども、そういう人が多いから、それが商品として売っているわけです。
本質はないけれども、見た目が似ていれば、それで満足ということかしら。
ここを乗り越えないと、その先にはいけないでしょう。
代替品ではなく、本質のない偽物で満足していたら、
それ以上の創意工夫は生まれないんだけれども。

とにかく、まだまだ地震も心配ですし、火山も噴火しそうだし、
大きな家具や、割れ物をたくさんディスプレーするのは要注意。
雑誌なんかには、雑貨やものがたくさんのお部屋が載っているけれども、
そうじゃない方向、
しかもまがいものではない方向を考えたいです。

追記:そうそう、「なんにもないブログ」は見ました。なんにもなくはない、テレビがあるよ。けれども、それが人気ということには、意味がある。日本人は、空間がぎっちり埋まっているものよりも、あいているほうが好きだよね。ルーブル美術館なんか見て回ってて、絵がぎっちり飾ってあると、空間が欲しいと思っちゃうもんね。

あと、金融はブラック・クリスマスに注意ね。きのうのはまだ序の口よ。

それから、注文していたマウスは届きました。けれども、今朝から頭痛。おしゃれブログのアップは来週の月曜日にいたします。

☆写真:帰ってきた猫に座布団2枚。

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2014年12月16日火曜日

必要なのは作り上げる方法論と技術

実はきのう、マウスを買いに行ったのですが、
急いでいたので、手前にたくさん並んでいるのの中から選んでしまい、
それはブルートゥ―スで、
うちに帰ってやってみたら、
私のパソコン、ブルートゥ―スに対応していなくて失敗。
で、まだマウスなしです。

きのうはついでにブックオフをのぞいて、
インテリア関連の本や雑誌を探しましたが、
案の定、あんまりなかったです。

ない中でもやっと2冊見つけて、合計300円で買ってきて、
うちに帰ってみましたが、なんかいまひとつぴんとこない。
このなんかぴんとこない、
その何かは何なのか、考えてみたところ、
それは「新しいもので構成されたものは参考にならない」ということでした。
つまり、新築の家に並ばれた新しい家具やインテリアとか、
インテリアのスタイリストによる、新しい商品のインテリアを見ても、
ぴんとこないということです。

新しいものというのは、お店にあるものを選んで、編集してきたもの。
そこに必要なのは編集力です。
たくさん商品がありますよ、その中からどれを選んでコーディネイトしたらいいか、
という方法。
けれども知りたいのは、
今までこういうものがある、
家のつくりや枠はこういうもの、
これをどうつくり変えたらいいか、
そして何を付け足したらいいかという方法と技術。

今、お店で売っているものを集めるという行為は、
短期間でできますが、
過去と現在があって、
それに未来を作っていくという行為は、
短時間ではできません。
もうすでに過去が10年、20年とあるわけだし、
これから先10年、20年と考えなければいけない。
インテリアの場合は特にそうで、
1度買った家具は、10年、20年と使うものです(普通は)。
だから、芝居やドラマのセットのような、そのときだけのために、
短期間で寄せ集めて作られたものは、あまり参考にならないし、
ぴんとこない。
そこには、時間軸が欠落しているから。

ファッションの場合も似たようなところがあります。
新しいものを提案するだけのデザイナーの影響力が薄れ、
編集力を持つスタイリストに注目がいくようになりました。
それが現在。
けれども、これからは、これに時間軸を足した、
作り上げる方法論と技術を持っている人のほうが重要になってくるのではないでしょうか。
時間をかけた作り方、
その結果、
未来像を、多くの人は知りたい、見たいと思っている。
そして、できるなら、その技術を身につけたいと。

世界的、かつ客観的に見たら、
日本の景気はリセッション。
つまり景気後退。
これからますます不景気になります。
そのときに必要なのは、
買ってきたものを編集する力ではなく、
作り上げる力ではないかなと、
インテリアの写真を見ながら、
きのうは考えました。

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2014年12月15日月曜日

今度はフリーダ

マウスが壊れて、
作業がすごくやりにくいので、
今日は短文で。
あとでマウス、買ってきます。

グッチのフリーダが次のコレクションで契約を終了するとアナウンスされました。
後任はまだ決まっていません。

フリーダ、よかったのに・・・・
(相変わらず、何も買っちゃあいませんが)

このところ決して悪くはないクリエイティブ・ディレクターの契約終了が次々起きています。
原因は推測することしかできませんが、
あえて言えば、世界的な不景気かもしれません。
契約更新がないデザイナーが提案するのは、
どこも若いスタイル。
もはや、若くしてこれを買える人数は非常に少ない。

けれども、アレキサンダー・ワンなんかは、バレンシアガをより一層若い感じにしちゃったんで、
理由はそれだけでもない。
イメージをどんどん変えることによって、
顧客の幅を広げようという戦略ともとれます。

そうすると、あのブランドはこんな感じという、統一したイメージはなくなります。
それがいいのか悪いのか、わかりません。
逆にシャネルやボッテガヴェネタのように、
ずっと同じクリエイティブ・ディレクターがある一定のイメージを作り続けているところもあります。

ハイブランドを買わない一般の人にはあんまり関係ないと言えばないです。
けれども、もっと大きな視点で見たならば、
少しは関係あると思います。
なぜなら、流行の源流を握っているグループが変化するわけですから、
下流にも影響が出てくるからです。
どんな影響か?
流行のとらえ方かな。
(それについては本日、おしゃれブログのほうに書くつもり)

流行の解体現象かな。
大きな利根川みたいな流れはなくなり、
小さな支流だけが点在するみたいな感じへの、
大きな時代の変更のようにもとれます。

2014年12月11日木曜日

15-16プレフォールの傾向

ここのところ、15-16年のプレフォールコレクションというものが、
次々と発表されています。
ショーとして発表するのはシャネルぐらいで、
ほかはほとんどスチール写真のみとなりますが、
これを見ていくと、
来年、再来年へと続く流れがわかります。

で、わかった1つの大きな特徴は、
さまざまなテクスチャー、
またはラフな素材感です。
簡単に言うと、つるつる、さらさらみたいな表面の生地が少なくなり、
もこもこ、もさもさ、ふわふわ、でこぼこのように、
生地のテクスチャーに特徴のあるものがより多く取り入れられています。
その結果、
ツイード、ネップツイード、モッサ、モヘア、アストラカンなどの生地、
そしてそれらの生地の上に施された刺繍やアップリケなど。
また、ニットだったら、ローゲージで複雑な編み模様が多いです。

これらが何を意味するかというと、
均一化、均質化からの脱出です。
つるっとして、どこまでも同じという生地の質感から抜けることで、
よりバラエティに富んだ、
ほかと似ていないものになろうとしています。

ウール生地や毛糸業界の皆さんは、大喜びではないでしょうか。
なぜなら2000年以降、
ウール地は似たような薄手のフラノみたいなのばっかりで、
とてもつまらなかったから。
今、振り返ると、
なぜあそこまで、
手仕事のぬくもりのない、
徹底した工業生産主義に偏っていたのか疑問ですが、
あれはやはりつまらなかった。

もこもこというのはその中の1つということで、
今後、さまざまなテクスチャーの生地で作られた服が登場します。
そして、そのさまざまなテクスチャーの素材をミックスしてコーディネイトしていくというのが、
来年、再来年へと続く大きな流れです。
今年の冬、何か買い足すとしたら、
そのことを考慮に入れると、おしゃれ感の先取りができます。

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2014年12月9日火曜日

猫帰る

きのう、お隣のいつもまるちゃんに餌をあげてくれているおばさんが、
まるちゃんを捕獲することに成功。
なんと、1年4カ月ぶりに家に帰ってきました。
(動いているんで、写真がよく撮れません)

まるちゃんの妹のみけちゃんは、
まるちゃんのこと覚えていないらしく、
威嚇しています。

で、まるちゃんですが、
きのうの夜から、外へ出せって鳴きっぱなし。
もう出しませんよ。

ちなみに、すすけているのは仕方ないとして、
小太りになって戻ってきました。
隣のおばさんが、3食あげたそうです。
あげすぎです。

動物の出たり入ったりは不思議です。
何かと連動しているのかな。
1匹いき、1匹入り。

とにかく、これで元のメンバーに戻ったので、
これからは脱走に注意して、
またみんなで楽しくやっていきましょう。

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2014年12月8日月曜日

今年はもこもこなのか

今年の夏は、はっきりした、これが今年の流行りというものはなかったと思いましたが、
今年の冬は、もこもこのベストやパーカーを着ている人が一気にふえた感じがします。
ムートンのような、シアリングのコートはたくさんコレクションで出ました。
けれども、これは高価すぎ。
だから、流行らないだろうなと踏んでいたところ、
フェイクという形でもこもこが流行り出しました。
フェイクでよろしいです。

ただ、これも、小さな子どもが着始めたら終わりなので、
よく観察していてください。
案外早く、小学生あたりが着始めそうです。
(きのうはおばあちゃんがニューバランスのスニーカーをはいていました。
ついにきた、と思いました)

それにしてもすごい円安。
120円ということは、
80円のころの1.5倍。
ということは、インポートも一気に1.5倍になるということ。
クリスマス時期のファッション誌は、
ハイブランドのバッグやジュエリーであふれていました。
今のOLさんって、
みんな、いいお給料をもらっているんですね。
だって、あれが買えるっていうことなんでしょう?

さて、そろそろセールも始まりますが、
来年に向けて、買ってもいいものは、
コートだったら、絶対にビッグシルエット。
(まだあんまり出てはないんだけど)
目安は中にローゲージのニットが着られるかどうか。
ニットから大きくなっていきますから、
コートが小さすぎると、着られません。
ローゲージのニットは、まだ市場にはたくさん出ていないし、
けっこう売れてしまっていると思うから、
セールにはたくさん出ないでしょう。
あと革のジャケットとコートはこれから流れなので、
インポート・ブランドで、
半額とかになっていたら、買っちゃってもいいかも。
だって、来年は、もうそれが1.5倍ですからね。
で、靴はエナメルです。
黒いエナメルは、買いです。
今、思いつくのはそのぐらいです。

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2014年12月7日日曜日

師走の掃除をしながら

今朝は湘南地方も氷点下です。
庭には一面の霜柱。

あんまり寒くなってから掃除をするのは大変なので、
今からちょっとずつ要らないものを捨て始めています。
きのうは本、雑誌、紙類を点検したのですが、
去年まじめにやらなかったせいか、
けっこういらない雑誌や本が出ました。
いつもたくさん持たないようにしているつもりでも、
月日がたつと、興味も変わって、いきなり何か色あせて見えます。

変わらずに持っていたいものは、案外少ないです。

服や靴、バッグで、
色あせて見えるんで捨てるというものは、ないです。
どれもぼろぼろになったか、
靴なら、痛くてはけないとか、
服なら破れたとか、
理由があって捨てるものばかり。
今年は10年以上前、パリで買ってきたエルベ・シャペリエのバッグを捨てます。
(エルベのバッグって、角から穴があくよね)

昔からそうなのだけれども、
買い物に行って、いろいろ見ていると、
ある瞬間から、
全部いらない、関係ないどうでもいいものに見えてきます。

そうすると、結局、何も買いません。
この、全部どうでもよくなる点が、
ほかの人より早く訪れるのかもしれません。
買い物に行って、何も買わないことがよくあります。
必要なものも買わないので、後で困ることになるのですが。

靴100足とか持っていたとしたら、
一足一足、磨いて、
しまって、風通しをよくしてとか、
そんなことをするのにどれぐらい時間をかかるのかしら。
考えただけでも嫌です。
人生の時間をものの面倒をみるために費やすのは嫌なので、
これからも余り増やさない、
手放すときは、ぼろくなったか、壊れたとき、
そして、ごみになるようなものは買わない、
掃除をしながら、
改めてそのことを徹底していこうと思いました。

☆写真:きのうのバラ。もう今日は凍ってるでしょうね。


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2014年12月5日金曜日

微力ながらつなげる


12月21日のワークショップは定員に達しました。
どうもありがとうございました。

コラボレーションという言葉は好きではないのですが、
どこでもできるワークショップをわざわざ農家の一室をお借りしてやるのには、
それなりの理由があります。
それはオーガニックの農業、そしてオーガニックの農作物についてもっと知ってもらいたいということ、
また実際におみやげにすることで食べてもらうためです。
別に誰かに頼まれてやっているわけではありません。
自分でいいと思うから、
そして、これからの世界に必要だと思うからです。

そのほかにも、友だちでも、クライアントさんでも、
いいと思ったら、紹介して、コラボレーションという形でやるつもりです。
なかなか自分で場を作るのは大変だし、
何かのきっかけがあったら、次へ進むのであれば、
そのために場を用意するのもいいことだと思っています。

ただし、
誰かとコラボレーションすると、
募集をかけても、全然、人が集まらないので、
私が知り合いを呼んだり、予定を変更したりと、
結構大変です。
とりあえず、赤字にならないようにというラインはありますが、
赤字になってまでやるつもりはありません。

そういうふうに、人と人とをつなげて、
横に広げていく、
お互い近くには住んでいないけれども、
上下関係ではなくて、
フラットな横に広がる関係でつながっていくということが、
これからは必要だし、重要だと思います。
思えば、日本社会って、
ずっと縦組織。
学校も会社も、部活も習いごとも、
上と下ばっかり。
そうではなくて、対等で、横に広がっていくネットワークの構築。
それをやっていくうちに、
新しい出会いがあって、
新しいことが生まれるかもしれません。
でもあくまでフラットで。
(自分だけが儲かるシステムで、手伝ってもらう人には最低賃金しか払わないみたいな、
そういのではなくて)

というわけで、来年はどんなことをやるか考え中。
幸いに、まだまだいろいろ知っていることがあるので、
ちょっとずつですが、続けられそうです。
それに、あの場所はやっぱりすごくいい。
窓の外には農園が広がり、
豚やおひつじがのんびり草を食んでいる。
そんなところに集まれるというのは、
本当に喜びです。

☆写真:もうスイセンが咲きました。

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2014年12月4日木曜日

シャネルのパリ―ザルツブルク・コレクションが素晴らしい

来年のプレ秋冬コレクションに当たる、
シャネルのパリ―ザルツブルク・コレクションが素晴らしいです。
Vogueに掲載されたキャットウォークのスタイルはこちら。
http://www.vogue.co.uk/fashion/autumn-winter-2015/ready-to-wear/chanel-pre
(あとでヴィデオも公開されるでしょう)

もちろん、ほとんどの人が買えるようなものではございません。
けれども、一点一点、よく見てください。
次のシーズンのヒントがいっぱい。

まず、ニット。
ローゲージで縄編み、ポップコーン編み、たくさん出てきます。
途中に出てくる、真っ白の縄編みのニットドレスは象徴的。
多くの人が次は欲しいなと思う形です。

次、フォークロアと手仕事。
アップリケ、刺繍など、先シーズンから続く傾向がここにも見てとれます。
フォークロアなので、どこか素朴な感じ。
素朴と洗練のあいだの落とし込みです。

そして、さまざまなモチーフ。
蝶々、エーデルワイス、鳥、星、
奇しくも、自分のシンボルになるものを探すということを書いたばかりですが、
こうやっていろいろなモチーフが提案されている中から、
自分が集めているものを買えばよい。
(買えないですが)

最後、靴だけ違う色。
ここでも出てきました。
足元だけピンクや緑の靴をはいているコーディネイトが印象的です。
これはぜひ挑戦したいスタイル。
けれど、いきなり高い靴をピンクやら黄色やら買うのは難しいので、
スニーカーやバレエシューズで取り入れるのがお勧め。

そのほかにもいろいろあります。
ニーハイブーツにショートパンツとか、
ドレスの一部だけシースルーとか。
また全体的に素材感がラフというか、豊富、バラエティがあるという感じ。
ツイード、エナメル、スエードの組み合わせとか。

こういうことがわかったならば、
これを自分の次のお買いもの計画の参考にします。
別にシャネルは買えなくても、
いくらでも取り入れることはできます。
今ではなくて、ほんのちょっと先を見て買い物することで、
すぐ飽きない、ある程度の長さ、着られるものをそろえることができるようになります。

いつも思いますが、
シャネルというのはチームが素晴らしいのでしょう。
ばしっとおさえてくるところは、いつも感心します。
手の届かない存在だとしても、
追っていくことは楽しいし、結果的に役に立ちます。

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2014年12月3日水曜日

バブルの恩恵

80年代のバブルの時代、
日本がお金持ちになって、
20代の人までが、ブランド品をこぞって買った時代。
(私が働き始めたころは、もうバブル崩壊したので、関係ないです)

今、さんざんそのころの悪口が言われていますが、
ことファッションとか、洋服という意味においては、
あれは通ってよかった道なのかなと思います。
なぜなら、あの時代、日本のファッションのレベルが飛躍的に上がったからです。

最近では、地震が起こるまでの数年、円高の時代があって、
そのときも多くの人が、「洋服」のほんものに触れることができるようになりました。
あれがもうちょっと続いたら、
次なるジャンプがあったかもしれません。
しかし、今みたいに不景気では、
服はとにかく安くなるだけで、デザインもパターンも二の次になっていきます。
ファストファッションだけの世の中では、
ファッションは発展しません。

このあいだ、ブンカの話をしていて、
そういえば、ブンカから有名デザイナーが出なくなって、
もう随分たつものだなと思いました。
(アンダーカバーの高橋さんが最後かと・・・)
まあ、ブンカだけではなくて、
それ以降、中間の位置づけの人がぼちぼちいるだけで、
有名なデザイナーは生まれていません。

不景気だと、まず何をカットするかというと、
文化的な支出でしょう。
アート、絵画、コンサート、本、花、まずそこをやめるでしょう。
特に今の20代の就労環境はひどいですから、
いろいろ勉強する世代がそこに届かないというのは、
本当に気の毒です。
この円安では、海外旅行にも簡単には行けません。
(ただし、円安は今後、解消されるだろうという意見もあります)

私も20代のときは、
常に何枚かのコンテンポラリーダンスやら芝居、ライブのチケットがお財布に入っていたし、
毎月、何かしらの美術展には行っていました。
あのときは、好きでやっていただけだけれども、
今となっては、本当に見ておいて、聞いておいてよかったと思います。

今は難しいですが、特に若い人は、
何とか機会を作って、
本物に接する努力をしたらいいと思います。
それは、後になって、真の意味で役立ちます。
 
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2014年12月2日火曜日

オーガニックと感覚

都会というのは、ある程度、感覚を鈍くすることで成り立っているのだと思います。
微細なエネルギーに敏感になっていたら、
やられっぱなしでやっていられません。

感覚というのは五感と、五感をこえるもの、両方ですが、
案外、味覚も弱まっていないでしょうか。

実は都会に出て、
ここ、おいしいからと言われて連れていってもらうところが、
いつも全然おいしくないのです。
もちろん、トップレベルのところはそれなりだと思いますが、
そうではなくって、この街でとか、
このエリアでそこそこのというところ、
貧弱な食べ物という感じがします。

菅原文太さんがお亡くなりになりました。
菅原さんはオーガニックの農業を推進するための活動をしていたそうです。
日本のオーガニック農産物の割合はわずか1パーセント。

これは私も日ごろから感じていることですが、
オーガニックの野菜や果物に関心がある人は、
案外、都会には少ないです。
熱心に語っているのは、
いつも郊外、または地方にお住まいの方々です。

都会の人たちがオーガニックを求めなければ、
農家もそれを作らず、
けれども、都会の人たちの味覚は、
オーガニックの繊細さを欲してはいない。

ヨーロッパには、魅力的な田舎町が点在していますが、
日本は都会に対抗し得るほどの魅力を持った田舎町が少ないです。
オーガニックな食べ物にあふれた田舎の魅力を都会の人も味わったなら、
もう少しましになるとは思うのですけれども、
今の日本はそんな方向には進んでいません。

オーガニックなものを食べると、小食になります。
量が必要ないからです。
得られる満足感が大きいので、
たくさん要らなくなります。
ダイエットとか、考える必要は、なくなります。

ちなみに、菅原文太さんの映画、見たことがありませんが、
11月の沖縄での演説は見ました。
かっこよかったです。
興味のある方はネットで検索してみてください。
テレビでは決してやらないでしょうね。


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2014年12月1日月曜日

都会には都会の服が

リラックスと緊張、日本語だったら、緊張と弛緩。
アングルの絵のようでもあり、
交感神経と副交感神経の関係。
同時に、都会と田舎(郊外)の関係です。

カジュアル化というのは、
いわば弛緩化。
もうこれ以上、緊張できないということ。
都会は極度の緊張を要求し、
それは限界に達しました。

服装に、
人間の集合的無意識が反映されるとするならば、
緊張感漂うスーツにスニーカーをあわせるということは、
極度の緊張の崩壊にも見えます。

テイラードジャケットのボトムに、
ドローストリングスのパンツ。
タイトスカートにスニーカーもそう。
もう都会は緊張の度合いをこえていて、
今にも壊れそうです。
そのバランスをとるために、
服にリラックス、カジュアル要素を取り入れるようになった。

江ノ島へ行くときのようなスタイルで、
新宿へ出てしまったら、
防御しなさ過ぎて、
よれよれになってしまいました。
見えない銃弾が飛び交うエリアなのを、
すっかり忘れていました。

見えない銃弾をよけるために、
トレンチコートが必要です。
だから、軍服はすたれないのね。
サラリーマンがトレンチコートをよく着るのも、理解できる。

次の日、再び新宿へ。
今度は、カーキ色のバーバリーのステンカラーのコートに、
ニーハイブーツ、帽子をかぶって完全防備。
これで大丈夫でした。

都会には都会用の服がいる。
それは確かです。
自分の身を守る、防御用の服が必要です。

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