2014年10月31日金曜日

そして春を待つ

10月も今日で終わりですが、
10月に入って、やっとまともな庭仕事ができるようになりました。
といっても、台風や雨でかなり中断しましたが。

私にとって、日本の真夏の庭仕事はきつすぎて、
1時間以上は無理。
高温と蚊の攻撃で、長時間はできませんでした。
7月に1度、庭屋さんを頼んで、草刈りをやってもらいましたが、
1カ月待たず間にすぐ原状復帰。
とってもとっても、雑草は生えてきて、
すぐ追い抜かれてしまいました。
で、夏の庭をきれいに維持するのは、あきらめることにしました。

10月に入って、徐々に雑草取りと、生垣の剪定を始めて、
ただいま3分の2ぐらい終わったところ。
(まだ終わってないですよ)
草取りも全力でやると、あとダウンするので、
ごみ袋が2袋までと決めてやっています。

今、チューリップの球根300球が待機していますが、
これにあと、ビオラやら、何やらの苗を買ってきて、
あいだにネモフィラの種をまこうと思っています。
(まだ種買ってないんだけど、売ってるかな?)
つまり、今準備して、咲くのは春。
半年先です。
それでも植物にしては、結果が出るのは早いほうです。
ほかのものは、実になったり、花が咲いたりするのに2年も、3年もかかります。
自然のものと付き合っていたら、
インスタントにはいかないと、気づかざるを得ません。
そして、無理なものは無理と、あきらめざるを得ない。

それとあと、イングリッシュローズで、うちの土地と相性が悪いものも交代の予定。
アンブリッジローズはもう5年ぐらいたつけれど、
病気にも弱いし、花つきは悪いし、あまり育たないので、交代です。
もうすでに、ロサオリエンティスという、
日本育ちで、雰囲気はオールドローズタイプのバラ、
フォー・ユア・ホームとモン・クゥールの2本購入済み。
ケミカルな薬剤を使いたくない、
手も余りかけられないなら、その土地に見合った植物を育てるのが一番です。

庭作りは気の長い仕事で、今だけ考えていたらできないし、
すぐにというわけにもいかないし、
植えてみないことにはわからないし、
だめなら潔くあきらめる、次を考える、変化に柔軟に対応していかなければならないと、
たくさんのことを要求されるお仕事です。
そして、永遠に完成はない。

植えてみなければ、きれいに咲くかどうかわからないでしょう、
花が咲くのが見たかったら、
植えなさいと、バラは言います。
失敗を恐れて、考えているだけだったら、
目の前は荒れ果てたただの土地。
まずは雑草を取る、
耕す、
植える、
そして春を待つ、
いつでもその繰り返しです。
自分で育てた美しいバラを見たいのなら、
そうするしかないです。

☆今朝のバラ。シャンテロゼミサト。この子は一度、だめになったんだけど、見事復活。
それとは関係ないですが、私は写真に何も加工はしていないです。撮ったまま。しかも、大体1枚撮っただけのそれです。
花をアップで写したいのは、ジョージア・オキーフと合田佐和子さんの影響だね。そうだね。


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2014年10月29日水曜日

百合なのに薔薇になれなんて

The Style Reportには、この写真のカロリーヌ・ド・メグレさんの記事も出ていまして、
この方、このあいだのシャネルのショーに出ていましたが、
How To Be Parisian Wherever You Are
という本を出したということで、インタビューが載っています。
(日本語訳も出ているみたいです)
で、彼女も、
「10枚の安いドレス買うより、1枚すっごい素敵なドレスを買ったほうがいいわよ」
「こんなにたくさんいらないわよ!」
とおっしゃっているわけです。
(私は2~3枚を1枚にしろって言ってるのに、パリジェンヌは10枚を1枚にしろって言ってる!)

日本では特に、パリジェンヌに憧れるように雑誌やらなんやらが仕向けて、
今でもその風潮は変わらないと思うのですが、
しかし、パリジェンヌの実情は、私たちが知らされているものとはかなり違っていて、
現地にお住まいの方はお分かりだと思いますし、
そうでなくても、旅行で訪れただけでも、
少しは勘ずくと思います。

絶対になれないようなものに憧れを持ち続けていることが、
どれほどまでに精神的に危険であるか、
あおる側の人たちは理解しているのか、いないのか知りませんが、
パリジェンヌに憧れるなんて無意味ですし、
かなり危ない行為です。
百合なのに、なんで薔薇に憧れるの?ということですから。
しかも、その憧れの対象も、幻のような存在で、
実在などしないとなったらなおのこと。

百合が百合として美しくなれる方法を探して、
確立する方向へ持っていくべきなのに、
私たちは、いまでも百合を育てるのに、
薔薇の育て方を学んでいるわけで、
そりゃ、百合も枯れますよ。

カロリーヌさんは、パリジェンヌのイメージを壊したいともおっしゃっていますが、
こういう人が出てきて、
幻想を壊していくことはいいことだと思いますし、
彼女もきっと、
百合なのに薔薇になれなんて、言わないでしょう。

☆写真: The Style Reportから。右側のスタイリングは特にいいです。このサイズ感が今、ってことです。


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2014年10月28日火曜日

素敵な66歳、つづき

「素敵な66歳」の項目で取り上げた、リンダさんが載っている、
MATCHES FASHION.COM の「The Style Report」という冊子が届きました。
冊子といっても、オールカラー100ページ余りのほぼ雑誌。
そこにリンダさんのインタビューと、スタイリングが数点載っています。
これは最初のページのもの。

昔から、自分より年上の人のファッションが載っている雑誌が好きで、
年下用のものにはほとんど興味がありません。
だけれども、だんだんと年をとるに従って、
年上の方が載っている雑誌がゴージャスすぎて、
ついていけなくなりました。
藤沢市屈指の高級住宅街、鵠沼にさえいないようなスタイルばかりで、
参考になるところがありません。

しかし、このリンダさんの写真には、これは、と思わせるものがあります。
これはこの冊子用にスタイリングされたものですが、
この写真を見てもわかるように、普通のチェックのシャツです。
66歳のチェックのシャツの着こなしです。
一体、何が違うのでしょうか。

ゴージャスではない単なるチェックのシャツを66歳で着こなすとしたら、
こんなふうなのがいいなという見本がここにあります。
トレードマークのサングラス、
遊び心のあるジュエリー、
そして、襟を立てて首すじを隠しつつも、
フロントのボタンは外しておく、着崩しすぎないシャツの着方。

年をとったら、ゴージャスなものを着ましょう、はい、終わり、じゃなくて、
普通のものをどうやったら、年齢なりに着こなすことができるのか、
この写真1枚を見ただけでも、それがしっかり提案されています。
で、私が知りたいのは、そういうことです。

着物の文化の国では、まだこのテクニックは成熟していないようで、
まだまだ、洋服の本家から学ぶ以外、なさそうです。


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2014年10月27日月曜日

服を減らせない理由、その2

思えば、
この夏はほとんどリーバイスのジーンズばかりはいて過ごしていました。
なぜかというと、
それが一番働きやすいから。
うちで仕事をするときも、
ワークショップをするときも、ジーンズが一番動きやすい。
真夏用にベアトップでロング丈のワンピースも用意してあったんだけど、
ほとんど着ませんでした。
ワークショップの場合、会場が農園です。
つまり、シーンとしては、場所が農園、昼間、となります。
農園に似合う衣装はと考えたら、それは都会と違うというのは当たり前。

逆に、都会へ行く用の何着かの衣装は、
私がほとんど都会へは出かけなかったので、着ませんでした。

で、衣装の所有数はいろいろな要素が絡み合って決まってきます。
暑さ寒さをしのぐための機能、
社会的立場、
環境(場所)、
決定権があるかないか、
心理的側面。

買い物で欲求を満たすという心理的な側面とは別に、
社会的な部分と、決定権があるかないかというのも、
衣装が増えるかどうかにかかわる部分ではないでしょうか。

決定権があればあるほど、
好きなものを着ればいいので、
枚数は少なくなってくるのではないか。
決定権があるにもかかわらず、
たくさん保持する、買ってしまう人は、
心理的な側面で何かある人で、
服を買うことによって欲求を満たす必要がなくて、
決定権がある人は、そんなに服を持たないことになるように思います。
たとえば、ブランドの服をそのシーズンにたくさん買ったとしても、
どんどんリサイクルショップへ売ったり、誰かにあげたりして手放していくので、
保持数は少ない。

自分に決定権がない立場にいればいるほど、
選択に迷いがあって、満足がありませんから、
結果的に中途半端なものがふえていく。

なんでこんなことを思ったかというと、
戦後、日本人の働き方の多くがいわゆる勤め人となってしまって、
自営業者がすごく減ったことを思い出したから。
それまで働く人の半分以上は、勤め人じゃなくて、自営業だったんです。
(もちろん女性のほとんどは農家、もしくは使用人)
たぶん、自営業者のほうが服装も自由で、満足感がある。
だから、そんなに持っていなくてもよかった。
けれども、戦後、自営業者の数がどんどん減って、
今は1割から2割ぐらい。
男性の場合、スーツという「制服」によって、服はたくさんいらなくなったけれど、
女性の場合、中途半端な立場に置かれたため、
衣服に関して混乱状態に置かれてしまったのではないか。
特に女性は弱い立場の人が多いので、趣味嗜好や意見を服装に反映させにくいです。

私の知っている自営業者の女性の方を思い浮かべてみても、
心理的に問題を抱えていない人は、
一定の、安定したスタイルを保っています。
要するに、自分の外側に満足(あるいは魔法)を求めない人は、服もモノもそんなに要らない。
もともと、本当に気に入った服など、たくさん売っていないわけですし。
みんな、自営業になっちゃえば、服は減ってくると思うのですけれど・・・。

自由がない、決定権がない、満足がない、
よって、服がふえることのおかしなループ。
(だからこれはシステムの問題でもある。
ループから抜け出さないと、違うところへはいけない)

とにかく、理由は複雑である、ということです。

☆写真:今日の朝食。ふだんあんまり甘いものは朝食べないんだけれども、自分で作っちゃったんで、食べました。

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2014年10月26日日曜日

それでもバラは咲く


実は、うちの庭は今、荒れ荒れです。
それでも、バラは咲いています。

きのうは学生たちが渋谷でデモンストレーション。
ビッグブラザーのダブルトークが永遠に葬られることを阻止するために、
歩きました。

私は、一方、郊外の小規模農家でオーガニックの野菜と果物を使って料理をし、
カフェをしました。

どんなところでも、
どんなことが起きていても、
意志があれば、自分を生きられる。
ただ、人間の場合は、バラと違って、
選択する「意志」が必要。

ビッグブラザーが一番恐れているのは、
その「意志」の力。

みんなが起業してしまったら、
みんなが銀行からお金をおろしてしまったら、
みんながオーガニックを選んでしまったら、
それを選ぶ意志を持ってしまったら、
それが一番困るわけで。
だから、「Nineteen Eighty-Four」の世界では、
恋愛が禁止されたのでしょう。

それでもバラは咲くでしょう。
終わっているのなら、始めればいい。
奪われたのなら、奪い返します。

☆写真:今朝のバラ

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2014年10月25日土曜日

ルル・ドゥ・ラ・ファレーズ

The Loulou de la Falaise book cover,  published at Rizzoli NY

ルル・ドゥ・ラ・ファレーズという人はサンローランのミューズとして有名な人なのですが、
日本で彼女が雑誌で大々的に取り上げられたことは見たことがないので、
ファッションに興味がある人以外には知られていない存在かもしれません。

ルルは2011年に亡くなっていますが、
このたびリゾーリから写真集が出るということで、
写真はその表紙です。
彼女は自身、アクセサリー・デザイナーであったということで、
この写真のようなコスチューム・ジュエリーをたくさんつけている写真をたくさん見つけることができます。
まさに、コスチューム・ジュエリー使いの天才だと思うのですが、
2000年以降、あまりこのタイプのアクセサリーは流行っていなかったため、
流行とは違うところにいたせいで、雑誌なんかには載らなかったのでしょう。

たぶんですが、
これぐらいのアクセサリー使いがヨーロッパではおしゃれなのだと思いますが、
日本では、これは少しやり過ぎかもしれません。
パーティーとか、何かの舞台なんかではいいと思いますが、
このアクセサリーのボリュームで小田急線に乗っていたら、
まわりの人がぎょっとしそうです。
身長や身体の大きさも含めて、
日本でやるのだったら、もう少しボリュームをおさえたほうがよさそうです。

しかし、それにしても、ルルの写真はコスチューム・ジュエリーを考える上で、
参考にできる部分が多いですから、
ネットで検索して、いろいろ見てみると面白いです。

ルルの容貌も、眉と眉のあいだが離れていて、
えらが張った感じが、マレーネ・ディートリッヒと似ているので、
ディートリッヒのようなスタイルの写真もありますし、
マニッシュ、またはボヘミアンなスタイルが多いです。
70年代のサンローランはマニッシュですものね。

この写真集もたぶんいい写真が満載なんでしょうけれど、
(リチャード・アヴェドンや、ヘルムート・ニュートンの写真があるはず)
高いのだろうな・・・。

ファッションのスタイルを勉強するときには、
雑誌のスタイリングより、
実際にいた人の実際のスタイルのほうが参考になることが多いです。
それはその人が生きていて、そこに存在していたから。
雑誌の架空のスタイルは、それにはかないません。

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2014年10月22日水曜日

同じ考え方では対応できない

今だからわかりますけれど、
私がアパレル会社で仕事をしていた90年代って、
バブルの後とはいえ、
今よりずっと、20代の人がいい服を着ていた時代でした。
東京コレクションで発表されたそのままのスタイルの人が、
実際にいましたし、
私の友達も、ヨージで発表されたばかりのコートを買ったりしていました。

統計をみると、ここ20年あまり、給料はほとんど変わっていません。
私がブンカのとき、学校の掲示板を見ていったアルバイトは、
みな時給1000円でしたし、某アパレルブランドなどは、
コレクションが近付くと、出前で晩御飯を食べさせてくれました。
服に関して言えば、
ちょうどDCブランドが出てきた後で、
高い服と安い服が分かれ始めたころです。
ただ、今みたいにインポートはまだたくさん入ってきていなかったので、
上限はしれていました。

あのころは今よりずっと未来に対して夢が持てました。
お給料は上がると単純に信じられていましたから、
20代でかせいだお金は何かに使ってしまっても、
大丈夫だと、みんな思っていたのだと思います。
それが洋服に向かう人もいれば、
ほかの、たとえば海外旅行に向かう人もいました。

どちらがいいとか悪いとは、
簡単には言えることではないですが、
でも、20代の人があんな格好をしていたのは、
あの時代だけですね。
その後は、もうずっと不景気なんで、
ファストファッションが流行り、
ほとんどの人はそちらに流れました。

けれども、私は、
20代は服にお金なんかかけなくてもいいと思っています。
お金で何でも買ってたんじゃ、いろいろ鍛えられないです。
工夫って、
ないからするんであって、
なんでもお金で買えたら、工夫する能力も育たない。
そして思考停止に陥る。
しかも、自分で工夫した、
ちょっとへんてこなものを着ていてもおかしくないのが20代なのだから、
それを40過ぎてやったらおかしいでしょう。

私が記憶している中で、
今が一番不景気で、
それは特に若い人を直撃しているわけだけれども、
ないならないなりに、
知恵をしぼって乗り切る。
今鍛えておけば、
その力はその後、ずっと使えますから。

肥大化したものを小さくするのは難しいです。
だからかえって、
90年代、好き放題、服を買っていた人が、
この不景気で少なくするほうが大変かもしれません。
すごく多いことよりも、
ないことのほうが、
可能性や選択の幅は大きい。

とにかく今はもう昔とは違うので、
違う考え方、
新しい考え方に切り替える必要があります。
今がずっと続く、
というわけではないです。

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2014年10月21日火曜日

最高のプレゼントをくれる人

大好きなもの、手放せないもの、着やすいもの、
飽きないデザインの服というものが絶対的に少なくて、
別に好きじゃないけど必要なもの、
バリエーションのために買ってあるもの、
たまに着るためのもの、のほうが圧倒的に多いので、
いつまでたっても足りない感じ、
満足感がない感じがするから、
余計に、何かのついでのお買いもので、
またしても適当なところで見つけた服を買ってしまい、
それもまた、そんなに気に入らないから、
あんまり着ないで、
あんまり着ないエリアにたまっていく。

この状態から脱するためにはどうしたらいいか、
技術的な面はずいぶん書いてきたと思うけれども、
それだけでは足りなくて、
心理的な面のサポートも必要。

けれども、心理的な面は十把一絡げにはいかず、
それぞれケースによって違うので、
一般論は難しいです。

この「不満足」を何で満たすかは人によってそれぞれで、
それは服の場合もあるし、
食べ物の場合も、
恋愛の場合も、
適当な人間関係の場合もある。

要するに、
心が満たされていないし、
自己価値観が低いのです。
だから、次々新しい人と付き合ったり、
不必要なカロリーを摂取したりします。
でもそれらはすべて「代替品」だから、
いくらやっても無駄。

リスクを負わない、
ネガティブを避けてばかりいると、
結局、心は満たされない。

好きな人はお金がない人かもしれない、
やりたい仕事はお金にならないでしょう、
好きな服は高くて買えない、
何か勉強したいけれど、お金がないからできないと、
すべてのことをドアさえあけもせずに棚上げ、保留にしていたら、
そりゃ心も満たされないでしょうし、
自己価値観も高まらない。
だから、適当な金額の服を買って、
まぎらわそうとするんだけれども、
そんなことしたって、解決しない。
なぜって、自己価値って、外側から付け加えても高まらないから。
で、もうそのことにもそろそろ気づいた。

気づいたところまできたのなら、
そこから先は一歩踏み出すしかないです。
そしてその機会を自分に与えられるのも、
自分だけです。
自分に最高のプレゼントをくれる人は、
自分だけなんです。

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2014年10月20日月曜日

猫のつぎは犬で

猫のみけちゃんが、家庭内不登校を解消できたと思ったら、
次は犬(ラブラドール)にてんかんの発作が起きるようになりました。
まあ、もう13歳なんで、いろいろ病気にもなりましょう。

こういった動物の病気やなんかは、
その家の人の何かを肩代わりしていると言う人もいます。
それが本当かどうかはわかりませんが、
そういう考え方には慰められます。

犬のてんかんについてネットで検索していたら、
昔、てんかんの犬を飼っていた人の話で、
そこのうちのお母さんが、
「この犬は家族のかわりに病気になってくれているんだから、
大事にしようね」と言ったという逸話が書いてありました。
それが本当ではないとしても、
そのように信じて、病気の動物と接するというのは、
悪くないです。

猫のみけちゃんが家庭内不登校で、しかもさわれない状態だったのに、
飼い主の私が方法を見つけて、
リビングにも入れるようになったし、
夜もリビングで寝ているし、
おまけに触れるようになったんですから、
一見、悪いことのように思える、みけちゃんの行動も、
結果的には、そういう過程があってよかったということになります。
それがなかったら、いまごろまだ触れない猫のままだったかもしれません。

ポジティブ思考にとわれている人の罠は、こういうところにあって、
すべて一面的、表面的にポジティブか、ネガティブか判断してしまうので、
一見ネガティブに見える必要な過程を避けてしまいます。
けれども、深い変容のためには、
一見ネガティブに見える出来事は、どうしても必要。

私は生まれてから、
動物と一緒にいなかった期間は、
ほんの2年ほどで、
それ以外、ずっと猫か犬がいましたが、
大変なこともあるけれども、
それでもやっぱりいるだけで彼らは助けてくれる存在です。
今回も犬のてんかん発作が起きて、
私が動揺していたら、
猫のおとらがやってきて、
「心配するのはやめようよ」とでも言うかのように、
足元で鳴きました。

こう言っては何だけれども、
動物より薄情な人間のほうがずっと多いです。
動物はだましたり、裏切ったりしません。

今回の犬のてんかんも、
きっと私の何かを肩代わりしてくれているのだと考えて、
うまいこと付き合っていこうと考えています。

でも、まだ猫のまるちゃんは帰ってきていません。
一体、どんな意味があるのでしょうね?
わかりません。

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2014年10月18日土曜日

ハンター・ショッピング

ブログには「統計」という項目があって、
それを見れば、どの記事がよく読まれているか、すぐわかります。
で、おしゃれブログで最近、よく見られているのは、
「クローゼットの見直し」の項目。
ほかを抜きんでて、ダントツです。
次に続くのは、「ワードローブに何を付け足すか」。

付け足しについては、今まではっきり書いたことはなかったと思いますが、
減らし方は結構書いたつもりなんだけれども、
皆様、まだまだワードローブは満杯なのかしら?

もちろん、ブログですから、それぞれに対応しているわけではなく、
平均値で書いているので、
それぞれが自分に当てはめるとわからないところはあるでしょうね。
私が出張で実際のワードローブを拝見しても、
あれれれ、なんでこんなに持っているの?しかも着ないものを、
という方がほとんどですので、
多くの人がまだまだ「クローゼットの見直し」が必要であるとは、
推察できます。

減らせない、捨てられないのは、
もとから多いために、それほど傷んでなく、
捨てるに捨てられないというパターンがほとんどで、
しかも、減っていないのに買い足していくという行為が同時進行なので、
総量は変化なし、もしくは微増という感じが多いでしょうか。

これはたぶん、住んでいる環境や行動パターンによって変わると思うのですが、
買い物の環境というものもかなり影響があると思います。
私も去年の夏から春までの約半年間、
定期的に大型でちょっと高級なショッピングセンター
(って、湘南テラスモールですけれど)に、
整体の帰りに寄って、見ていたのですが、
ああいうところにしょっちゅう行っていると、
要らないものも要るような気分になってきます。
それは子どもがスーパーマーケットに行くと、
必ずどうでもいいお菓子を欲しい気分になってしまうのと似ています。
本当は要らないどうでもいいものなんですが、
見ていると欲しくなってしまう。
で、買ったところで、そんなに満足でもないし、
服の場合は、よく着るわけでもなし。

私は半年間、大体2週間に1度、通っていましたが、
服もバッグも靴も、何一つ買いませんでした。
(「ロン・ハーマンとか見てたんで、買えないっていうのが本当のところか)
けれども、大きな有隣堂という本屋さんがあって、
そこで何気なく買ってしまった、ファッション関連の本は、ほとんど見ていません。
どうでもいい本でした。

いつも見ているものの持つ特殊な効果というか、
危険性というか、そういうものはあるのだと思います。
定期的に会っていると、親しみを感じてしまうのとも似ている。

これが美術館とか博物館に通ってしまえば、
手に入らないとわかっているから欲しくはならないのですけれど、
日本には通える美術館や博物館がないので、
それは残念です。

子どもが海岸に行ったら、とりあえず貝殻を拾ってしまったり、
森に入ったら、飼うつもりもないのにカブトムシをつかまえてしまったり、
人間には何か、そういう習性があるのかもしれません。
狩りの習性?
だとしたら、狩りに行っても、持って帰れないものばかりのところとか、
見ているだけで満足できるところとか、
自分なりのものを見つけて、
このハンター・ショッピングをやめないことには、
クローゼットは、どうでもいい獲物で満杯の状態が続くことでしょう。

追記:それでも減らし方がわからない方はファッション・レッスンを受けてね。
要らないものは全部ご指摘いたします。

☆写真:なんだかこの植物は可愛くないですか?「まゆげおもと」と記憶して帰ってきたら、ほんとうの名前は「まゆはけおもと」。おもとと名乗っているのに、実はおもとの仲間じゃないという、面白い植物でした。

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2014年10月17日金曜日

檻と囲いの撤去作業者

私がインテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)のセッションを始めて、
既に1年が経過しましたが、
1年間、定期的に(といっても、3回から10回弱程度)
セッションを受けていただいた方々に、
はっきりした動きが出てきました。
共通項は、新しい選択、そして行動、です。
今までの「囚われた」状態では決めることができなかったことを決め、
そして行動に移した、または移す方向で動いているか、
どちらかです。
これは、占星術のセッションだけでは決してできなかったことなので、
今のところ、意図したとおりになっています。
家のインテリアと同じで、素敵なインテリアにするためには、
まず家の片付けをしなければなりません!
インテグレート・ヒーリングは、いわば家を片付けて、
初めに意図された、美しい状態に戻すもの。
行動すると、人生がどんどん展開していきますから、
皆様、どうぞ楽しんでくださいね。

さて、きのうピープル・ツリーのサフィア・ミニーさんが、
「All Walks Beyond the Catwalk」という、
ファッション業界が作り出した体型及び年齢差別に対する改善を求めるイギリスの団体の
理事になったとの報告がありました。
そうです、これもファッション業界が作り出した、悪しき現状です。
やせているほうがいい、若いほうがいいという価値観が、
多くの人をどれだけ絶望に至らせたことか。
前にも書いたとおり、
「ファッションで社会は変えられない」のではなくて、
ファッション業界が変わらなければ、社会も変わりません。
世界全体を見渡したら、
プラスの影響とマイナスの影響では、
絶対的にマイナスの影響のほうが今は強いです。
いくらファッションが楽しいとか、人生を豊かにするとか言ってみたところで、
足元が立っていられないほど腐っていますから、
意味がありません。

で、この「美しさ」の基準の固定化も、
インテグレート・ヒーリングではたまに原因として上がってきます。
ある一定の美しさに囚われたため、
ある症状が出たり、動けなくなったり(恋愛とか結婚とか)という場合もあります。
その場合は、自分の本当の美しさを認める方向で目標を作り、
調整するわけですが、そうすると、ふっと軽くなって、
囚われから抜け、行動できるようになったり、
症状が消えていきます。

「美しさ」に関しては、ファッション業界だけではなく、
ヘアメイク業界も、「病気」作りにひとやく買っています。
黒くて、ストレートの髪の毛はカッコ悪い、
栗色で、パーマがかかっているほうがおしゃれなのだと言いだしたそのわけは、
パーマとヘアダイのほうが利益が出るからでしょう?

片側ではどんどん新しい檻を作っていき、
少数の片側で、その檻や囲いを地道に撤去する作業をする。
しかし、檻に閉じ込められている限り、
本当の幸せを感じることはできません。

気づいた人から、檻と囲いを撤去する作業をしていく。
そして、新たな檻と囲いが作られそうになったら、それにあらがっていく。
そうしないことには、本当の自由な世界にはならない。
今はその2つの勢力のせめぎ合いの時期です。
檻と囲いの撤去作業者が新たに増えていくことを切に願います。


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2014年10月15日水曜日

雑誌に見られる「縛り」

ファッション雑誌のスタイリングがのっているページで、
すべて同じブランドで固められたものは、
いわばタイアップのページ。
つまり、広告です。
同じブランドだけなので、統一感もあるし、
美しいのですが、それはそのブランドのコレクションのヴィデオなり、
ホームページなりを見ればわかることなので、
新たな発見や、面白さはありません。
いつごろからでしょうか。
ファッション雑誌に、このタイアップのページの割合がどんどんふえていきました。
そして、雑誌がつまらなくなったのも、
同じころからだと思います。

もちろん独立したスタイリストさんがスタイリングするページでも、
そのスタイリストさんの好みとか、コネクションがあるでしょうから、
あ、またこのブランドね、というのはあると思います。
(それが単なる好みなのか、お金をもらっているかまではわかりません)
どんな世界でも、ある程度は仕方ないでしょう。
仲のいいところから借りるとか、
よくしてくれるところから借りるというのは、ない話ではありません。

けれども、広告ページとは書いていないのに、
同じブランドの服のスタイリングのページが何ページも続くものを
いつも、しかも多く見せられるのは、
面白くありません。
創造的なスタイリングなんていうものも、見ることはできませんし、
すべて同じブランドでそろえているスタイリングには、
自分で生かせるようなヒントやアイデアがありません。
なぜなら、そのスタイリングが言いたいことは、
ほら、全部おそろいにすると素敵よ、
ということに尽きるわけですから。

その点に関しては、
昔の雑誌のスタイリングのほうがずっと面白かったです。
ストリート・ファッションのスナップや、
コレクション会場に集まる編集者やモデルのスタイルのスナップに人気が集まるのも、
そんな理由もあるかもしれません。
ストリートでは、そんな「縛り」がある人はずっと少ないですから。

そして、そんな内部事情をよく知らなくても、
知らず知らずのうちに、見る側のこちらも、
「縛り」のないコーディネートの写真を追っています。
追っていたら、それは雑誌にはあまり見つけられなかった、
それが本当のところだと思います。

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2014年10月14日火曜日

よいとわかっていても、買えないもの

台風一過の朝は、そこかしこにきんもくせいの花が散っていて、
空気までもがきんもくせいのお茶のようでした。

実は、ある「グッズ」があって、
それを使うと、いろいろと便利で、
効果効能は確からしいのですが、
私はその「グッズ」の販売方法や広め方にどうも賛成できないでいて、
いいのだろうねとはわかっていても、
手に入れないままでいます。

最初は詳しいことを知らなかったので、
それほど深くは考えていなかったのですが、
知れば知るほど、その方法はまずいのではないだろうかと思い、
いくらよくても、私はこれからも、それを手に入れる予定はありません。

アロマオイルを精製水で薄めたもののようなのですが、
(あるいはハーブウォーターとも言っていたな)、
まず、成分が書いていません。
で、売り方も、限りなく独占禁止法違反に近いです。
要するに、販売元1人に利益が集中する形です。
また、成分も製造年月日も書いていないのに、
封を開けたら使用期限があると言います。
ますます、それはまずい売り方なんじゃないのと思ってしまう。
あと、その「グッズ」、非常に高価なのです。

それとは違う話なのですが、
今セッションで私が使っている音叉はソルフェジオ音叉といって、
占星術家のマドモアゼル愛先生が開発したものです。
(名前はマドモアゼルだけれども、おじさまです)
本当は、推奨の音叉があったのですが、
製造元のイギリスからは日本の個人に販売できないように縛りをかけていて、
日本では、その窓口の業者が4倍の価格にして売っています。
計算すると7万ぐらいのものが、日本で26万円ぐらいです。
(円安なんで、少し差は縮まったかもしれませんが、値上げしていれば同じです)

製造元の販売価格を知る前、
アメリカの同じインテグレート・ヒーリングのプラクティショナーさんたちが、
たくさんの音叉を使っているのを見ていて、
アメリカの人たちは皆お金持ちなんだと思っていたのですが、
 4分の1の価格なら、こっちだって買えます。
(つまり、アメリカにはイギリスから個人輸入で買えるということになっている)

ソルフェジオ音叉は素晴らしいので全く文句はないのですが、
縛りや囲いをして、高く売るその方法は何とかならないのかしら?
今どき、シャネルのバッグだって、4倍もかけていません。

その方法には賛同しかねるので、
その方たちからはこれからも買うつもりはありません。
よいものなのだろうけれど、
手放しで喜んでは買えないものは、
結構あります。

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2014年10月12日日曜日

先頭に立つ人たち

自治会の集まりを離脱、しばし帰宅。

この前のことです。
肌がきれいだねとほめられました。
それを聞いて、内心、ほくそ笑みました。
実は、ここ1年半ぐらい、化粧水やクリームのたぐいは一切塗っていません。
顔は洗ったらそのままです。
ファンデーションもアンネ・マリー・ボーリンドなど、
オーガニックでせっけんで洗い落とせるタイプに変えて、
いわゆるメイク落としは使いません。
必要以上に落とさなければ、
補う必要もなく、
毎月の化粧品代は激減しました。
しみもありますが、
最近はあまり気にしていないし、
いざとなったら、何らかの方法で消せるのもわかっているので、
とりあえず、今はそのままです。

きのうは、新しくへナを注文するに当たり、
へナを売っている美容師さんのブログを読んでいました。
ひとをきれいにする職業なのに、
自分が薬剤でぼろぼろになっていくことに疑問を持ち、
シャンプーを含め、完全に薬剤をやめた経緯など。
(へナで染めていると、シャンプー、リンス、トリートメントのたぐいは、
一切必要なくなります)

ヘアメイク、
そしてファッション、
美しくすることにかかわる人たちみずからの身体がまず壊れていく、
そして、結局、いきつくのはオーガニック。
オーガニックのつながりで、
食べ物のこと、
社会や世界のことへと関心は広がっていく。

おかしい、
何か違うと思いながら、
続けることは、もはやできなくなった人たちが、
今の最先端です。
まだまだ少数ですが、
間違いなく、先頭に立っています。

経験からわかったことは、
化粧水やクリームはやめても大丈夫、
へナ染めにすれば、シャンプーもいらない、
オーガニックの化粧品に変えたところで、
誰にも気づかれない、
年間でかかる経費は激減。
必要なのは、
勇気と行動、
それだけです。

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2014年10月11日土曜日

フェミニティ、フェミニズム

きのうは憲法9条がノーベル賞の受賞を逃してかなりがっかりしましたが、
マララさんが受賞なのは、それは納得の結果です。
(ちなみに、日本人作家が受賞を逃したことは全然がっかりしていなくて、
その前に、ジョイス・キャロル・オーツが取るでしょう、と思っています。
前に「フォックスファイア」を読みましたけど、すごかった。
すごい作家なのに、日本でほとんど無視というのがまたすごい)

最近のエマ・ワトソンの国連スピーチや、
今回のマララさんの受賞など、
(そして小さいけど、シャネルのデモの演出)
やはりここへきて、「女性の権利」について、再び注目されている、
または話をそちらへ持っていこうとしているのだと思います。
(西洋では、かもしれないけれど)

私が大学生のときも、「女性学」なる講座がありまして、
出席していましたが、
当時のフェミニズムは、とにかく「男性と同じ」を目指していて、
それはそれで弊害も大きいと私は考えていました。
男性と同じを目指すので、
熱心にやっていくと、みんな「奥さんが欲しい」になります。
当時のフェミニズムは、女性性は否定されるべきものだったので、
妊娠、子育て、家事などは否定的にとらえる傾向にあったと思います。
(だから「男の子のように」などというブランドが流行ったのですよ。わかる?)

当時のフェミニズムへの反省の上に今があって、
今は、男性と女性の違いを認めた上で、女性の権利を認めていくというのが、
流れだと思います。

男性のようになった女性は、何だかわからない存在になって、
結局、世の中はうまくいかず、
ほとんどの女性は「男性のようになる」コースを望みませんでした。
それは当然です。
男性じゃないんだから。

でもその結果、女性の権利は本当に認められなくて、
日本の女性の賃金差別は世界最悪レベルです。
子を持つ女性の賃金は、男性の39パーセント、つまり半分以下です。
これは先進国では異常な数字です。
こちらを参照。

残念ながら、先をゆく女性もまたこのことに加担しているのも事実です。
つい先日も、アメリカでマスターをとった女性が、
日本で起業している女性社長に雇用されたときのことについて教えてもらったのですが、
なんと最初の賃金は、法律で決められた最低賃金以下でした。
ほんの2年前の話です。
(彼女は最低賃金という制度について知らなくて、そのままだったらしいのですが)
アパレル会社でも、
先輩の女性が、平気で労働基準法を無視して、
違法なことを部下に強要していました。
そして、そうされた下の人たちは、
またその下の人に同じことをやるのです。

こういうことは学校(それは大学でも)でも教えてくれないし、
新聞にも、ましてや女性誌なんかには絶対、書いてありません。
(こんな賃金で、高級ブランドのバッグなんて、買えるわけないし)
スピリチャル系の人に言おうものなら、
「あなたが引き寄せた」と言われたりします。
しかし、法律を守らないこと、人権を無視することと、
「引き寄せ」などということを同一視することがおかしいのです。
(それこそ、マララさんが銃撃された事件も、
引き寄せたとか、言われかねないです)

残念ながら、今の日本の女性の働く状況は、
先進国の中では最低レベルです。
特殊な専門職につけた人か、公務員など、一部を除いては、
決してよくはありません。
だから、こっちもそれなりに作戦を立てなくてはなりません。
ナイーブに、
何にも知らないんです、とか言っていたら、
食われてしまいます。
身体と心を破壊されないためにも、
ありとあらゆる手段を使って、
それぞれ自衛が必要です。

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2014年10月9日木曜日

身近にある危険

これといって好きなこともない、
よって、続けている趣味もないし、
仕事も専門職ではない、という人が多いということはわかりました。
最近、これにプラスして、
田舎ではなく、都市でひとり暮らし、
仕事以外では外に出ず、引きこもっていて、
誰とも会わない、しゃべらないという人が、
案外多いということがわかりました。

みんなが社交的でないことはわかるし、
都会だと、知り合いを作るのが難しいということも察することができるけれども、
この状況は危険です。

ネットや携帯電話など、
昔より多くのつながれる道具が発達したわりには、
リアルに会って話すということが少なくなっているようです。
会社で本当の友達をつくるのは難しいでしょうし、
ましてや、派遣社員だったらなおさらのこと、
仕事場で出会う人は、単なる知り合いレベルになるでしょう。

好きなことがなくて、
趣味もなくて、
専門職でもなくて、
サークルに参加しているわけでもなくて、
毎日ブログを続けているわけでもなくて、
仕事場には「知り合い」しかいなくて、
休みの日は誰とも話さず、
都会の一部屋にこもっている、
このことの危険性に、
多くの人が気づいてほしいです。

もしかして、私たちは「好き」にこだわり過ぎているのかもしれません。
「好き」を待っているから、何も始まらないのかもしれません。
会ってみないことにはわからなかったり、
やってみないことにはわからないことがたくさんあるのに、
いつ来るともわからない、
その「好き」を待っているだけで、
日々過ごしてしまう。
そして、気づけば、そんな日が10年も続いてしまった。

「好き」が先で動くのか、
動いた先に「好き」があるのか。
多くの物語にえがかれるのは、
動いた先に「好き」がある世界です。
なぜなら、「好き」とは、いまだ知らぬこと、知らぬ人だからです。
知らぬこと、知らない人には、出会わなければいけません。

この「好き」は「利益」に変えてもいい。
「好き」とか「利益」とか、ただ待っているだけではこない。

週に1度、同じカフェや居酒屋に行くとか、
別に興味もないけれど、習いごとを始めるとか、
体を動かしにスポーツクラブに入るとか、
方法はいろいろあると思います。

使わないと発達していかない脳のシナプスのように、
行動しないことには、新たな「好き」も生まれてはきません。

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2014年10月7日火曜日

複雑な気持ち

ガリアーノがメゾン・マルタン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターとして、
ファッション業界に復帰だそうです。
私はこれを、素直には歓迎できません。
だって、いくら酔っぱらっての行為とはいえ、
彼の心の奥には「差別主義者」がいるということでしょう?
それがこんな簡単に復帰していいの?という感じ。
しかも、最近、デザインがよくなってきているマルジェラとは。
どちらかといえば、
一から出直して来い!
ではないのかしら。

私が日本のファッションを高く評価しないのは、
そのデザインのせいではなくて、
あまりにブラックで、
人権無視、法律無視の体質ゆえです。
もちろんこれは日本に限ったことではないと思いますが、
いわゆる高級メゾンだったら、
そこは最後まで譲らないで欲しかった。
つまり、法律を守らないものや、差別主義者は認めませんと、
最後まで突っぱねて欲しかった。

シャネルのショーのデモについて、
「ファッションでは社会は変えられない」と書いている人がいましたが、
これは、その前提自体が間違っています。

綿花を育て、原材料の状態にして、生地にして、デザインして、縫製して、出荷して、
あるいは船荷で、あるいは航空便や陸送で、
流通にのって、
デパートや店舗で売られて、消費者に届くまで、
一体どれだけの人がアパレル産業にはかかわっているでしょうか?
しかもそれは国内だけの話ではなく、
世界規模です。
「ファッションで社会が変えられない」のではなく、
ファッションと社会や世界は切り離すことができないのです。
そして今の悪しきシステムを最初に作ったのもファッション産業です。

ファッション産業が、
綿花に多量の農薬を使うのをやめれば、
人体に害のある染料を使うのをやめれば、
公平な賃金を払えば、
フェア・トレードをすれば、
労働環境を改善すれば、
違法な労働を禁止すれば、
輸送に多くのエネルギーを費やすのをやめれば、
社会は変わります。
逆に言えば、
ファッション産業が地道に公平さを追求し、実施しなければ、
社会は変わりません。
だから、その頂点とも言える、
ハイブランドのメゾンは、公平性を徹底させなければだめだと思うのです。
だって、そうしなかったら、
その下は、それを真似して、もっとひどくなるから。

19世紀にウィリアム・モリスが提唱したアーツ・アンド・クラフツ運動は、
産業革命で失われた生活の美や豊かさを取り戻そうという活動だけではなく、
産業革命によって、新たに発生した児童労働や、人権無視の労働の仕方にも
アンチを唱えました。
その機運が今、復活しているのだから、
産業全体のシステムにおいても公平さを目指さないと。

そんなわけで、ガリアーノのデザインしたマルジェラだったら、買いません。
(でも最近のマルジェラは好きだったんで、なくなる前に1個ぐらい買っておくか・・・)

追記:シャネルも、1939年に労働者側のストライキによって店を閉じているし、その後、第二次世界大戦中、ドイツ軍寄りの姿勢をとったため、1954年までは活動できないでいます。いくらデザインがよくても、フェアじゃないのは、だめなのよ。


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2014年10月6日月曜日

雨の日はトレンチコート?

ただいま関東地方には台風が接近しています。
きのうは日中16度でしたし、
今日の予報は29度。
肌寒くて、じめじめしていて、
雨が強くて、次は蒸し暑くなる、
こんなとき、普通のトレンチコートは、あまり役に立たないかもしれません。
ごく普通に作られたトレンチコートは、綿100パーセントなので、
濡れてもすぐ乾かないし、
蒸すし、
29度だったら、暑すぎるしで、
レインコートの役目はしないからです。
こんな日は、トレンチコートはやめておいて、
大人しくレインコートを着るのが無難です。

私もこの前、アディダスでオープニングセレモニーデザインの
フードつきのポンチョを買ったのですが、
これが防水加工でも、
透湿加工でもないため、
濡れたらぐちゃぐちゃで、乾くのに半日以上もかかります。
これは本気で雨用に作ったものではありませんでした。
それでも傘をさしたくない、犬の散歩のときは着ますけど、
その後は、びしょびしょです。

日本はやはり湿度が高いので、
レインコート類は、濡れたら乾く素材であることが必要。
濡れたまま電車やバスに乗ったりもしますし、
そのままというわけにはいきません。

トレンチコートはからっと晴れた秋の日に向いています。
今年の秋はそこそこ気温が高いので、
冬のコートをおろすまでの間のつなぎとして、
11月中ごろまでは着られるでしょう。

それにしてもこの雨、早くやまないでしょうか。
水星は逆行中。
電車は遅れそうですので、皆様、お気をつけて。

ただいま11時、湘南地方、雨やみました。

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☆10月25日(土)「秋のファームカフェ」のお知らせはこちら。ミニセッションつきです。午前の回の受付は終了いたしました。


2014年10月5日日曜日

街から本屋が消えた

先日、久々にうちから歩いていける範囲の本屋さんへ行ってみたら、
なんと閉店していました。
これで、うちから歩いていける範囲の本屋は全滅。
お隣の駅のショッピングセンターの中にはありますけれど、
街中にある本屋はもうありません。

街中の本屋なんで、大した本は売ってはいませんでしたが、
それでも雑誌など、中身を確認してから買いたいものは、
そこで買っていました。けれども、今ではもうそれもできません。
きっと地方はこんなふうに本屋がどんどん閉店していっているのでしょう。

思えば、私も本や雑誌を前ほど買わなくなりました。
一時期は月1万円分も買っていて、
青色申告を作成するとき、年間の図書費はかなりの額になりました。

前ほど買わなくなったのは、特に雑誌です。
理由は、年齢が上がるに従って、
やけにゴージャスな雑誌か、
若向けすぎてついていけない雑誌しかなくなったから、
というのもあります。
それとあと、雑誌は重くて捨てるのが大変で、
そこまで考えると、おいそれと買わなくなりました。
それと、
「サンローランのバッグ」を「サンローランのバック」と表記しているような雑誌は、
買えません。
(何とこの前、○リソルにそう表記されていました。それは買ってしまってショック)

311以降、私の中で、明らかに興味の対象が変わってしまったことも一つの要因です。
多くのことの持っていた意味が、失われました。
その中で、それでもなお意味のあるものを探していったら、
それは雑誌の中にはなかった、ということでしょうか。

映画もドラマも小説も、前のように、単純に楽しめなくなりました。
私にとって、そういったたぐいのものはただの廃墟。
ただの廃墟の中から、いまだに光り続けているものを今はまだ探している最中です。
残念ながら、それは本屋の中にはなかった。
そして、きっと多くの人もそうだった。
それは何もアマゾンのせいでもない。
そして、街から本屋が消えたのでしょう。

だけれども、
もちろん毎日、読む作業は続けています。
読むべきテキストは、本屋で探すことは少なくなったけれども、
その他のところにはたくさんあります。
ネットの中とか、
自分の蔵書とか、
図書館の古い本とか、
自分で書いた謎のメモとか、
そのほか、
文字ではないシンボルとか、
ホロスコープとか、
光る水面とか、
雲に隠れる山々とか、
タロットに描かれる元型とか、
キネシオロジーを使ってわかる、まだ言葉になる前の感情や記憶とか。

街から本屋は消えたけれど、
毎日、何かしら読んでいます。
そのことに変わりはありません。

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2014年10月4日土曜日

カラフルなコーディネイトの肝

2015SSのミウミウをじっくり観察しました。
ほぼすべてのコーディネイトが多色コーディネイトです。
3色以上使っているのがほとんど。
ミウミウは、プラダより若い層をターゲットにしているので、
いつのシーズンも傾向としては、カラフルです。

しかし、よく見てみると、カラフルとはいっても、
枠はあります。
白黒、黒赤、白黒赤、
大体この枠があって、その中にほかの色を混ぜています。
この方法はふつうの人も使えるなと思いました。
たとえば、靴、バッグ、ベルトなどはしっかり黒で、
あとは多色、柄物を入れるとしたら、少し黒が入っているものにする。
(あ、でもそれって、私がファッションレッスンで説明しているのと同じだわ)

で、勘違いしてはいけないのは、
色が少ないからおしゃれ、色が多いほうがおしゃれ、でも、
色が多いからおしゃれ、色が少ないからおしゃれ、でもなくて、
全体のカラースキームがしっかりして、統一されているからおしゃれなのです。
それは画家が白いキャンバスの上に色をのせていくのと同じ作業。
だから、すべて最初から作る場合は、それも可能です。

だけれども、たとえばミッソーニとエトロは、一緒にコーディネイトできません。
エトロとマルニもおかしい。
それは色彩設計が違うもの同士だから。

毎年いろいろなシーズン、いろいろなブランドのものを買い足していっているような、
ごく一般の人の場合、
カラースキームを統一することは、実際はできません。
それは、ミッソーニとエトロを混ぜる行為と一緒です。

だから、こちらとしては、
自分の持っているパレットの色がぐちゃぐちゃにならないように、
なるべく変な色が混じり合わないように、
慎重に選んで統一していくのが得策なんです。

あとはいつも同じブランドで買い続けること。
そうすれば、できなくはない。
けれども、同じブランドのものだけを着ると、
大きな欠点があります。
どうしても、そこの販売員さんみたいに見える。
それはそれで、どうかしらと、思いますし、
今の主流は、それではないです。

いずれにせよ、洋服の多色使いは難しいです。

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2014年10月3日金曜日

2015年春夏コレクション終わる


2015年の春夏コレクションが終わりました。
今回はかなりチェックしましたし、
スージー・メンケスのレビューも読んだりしていたので、
より理解が深まりました。
(デザイナーへのインタビューも書いてあるので)

総合的にはこの前、「今後10年の流れ」に書いたとおり、
フェミニティと、自由のための拡大、ということでいいと思います。
その他、自分のテイストだけで推し進めたデザイナーがいくらかと。

ただこれが、実際のふつうの人が街で着るスタイルに、
どう落とし込まれるかは、また別の問題で、
この中から取り入れられる部分を、
取り入れられる方法で、
それぞれがストリートへ落とし込んでいくことになると思います。

そうなると、多く発表された、完全に透けたスカートとか、
胸がばっくりV字にあいたドレスやトップスは、
実際、着られる可能性は少なくなります。
本当に今回は、胸の開きがすごかった。
あれを着るには、ノーブラでないと無理なのですが、
そういうわけにもいかないので、実際は着ないか、
下に何か着てということになりますが、
下に何か着たら、開いている意味がなくなってしまいます。

今回、私が好きだったのはヴァレンティノ。
シフォンのふわふわしたドレスが、
月の女神ダイアナのようで、夢見るように美しいです。
はいているのがローマン・スタイルの編み上げサンダルなのでなおさらのこと。
本当にラファエル前派に描かれている女神たちが、そのまま歩いているようでした。
また、スパンコールでヒトデを刺繍すると、
あんなに美しく見えるとは、新しい発見です。

そして、やはり見るべきなのはシャネル。
ガラスのドームの下に作られたシャネル大通りのセット、
演出、
選曲、
旬のモデルの総動員、
提案されたルックス、
見どころはたくさんあります。

70年代リバイバルでない限り、
とにかく、コートもジャケットも、全体のシルエットは大きくなりましたから、
これからコートやらジャケットを買う場合、
ぴったりきつきつのはやめておいたほうが無難です。
70年代が好きな人は、ぴったりでもよろしいかと思います。


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2014年10月2日木曜日

ついにゲイシャも出てきて

アレクサンダー・マックイーンの2015春夏ですが、
デザインしているのはサラ・バートンです。
きのう、説明を読む前に見たときは、
何これ?ナルト?と、
ナルトもよく知らないのに思いつき、
急いでナルトの画像をグーグルで検索すると、
全然、ナルトじゃありませんでした。
(でもやっぱりナルトっぽいところもある)

ナルトではなかったのですが、少しはかすったらしくて、
テーマは「ウォリアー・ゲイシャ」だそうです。
戦う芸者。
花札の柄かしらと思ったのですが、
サラ・バートンの着物コレクションからの柄だそうです。

それと、サンローラン。
クローズアップがないときは、
何となくドレスの柄が千代紙の柄みたいに見えました。
けれども、そのほかあんまり日本と関係ないデザインだし、
違うだろうなと思っていました。
けれども、
クローズアップが公開されて、実際、見たら、
やはり着物柄。
多色ではないので、私には千代紙のように見えました。

そのほかグッチも着物柄でしたし、
どこか、日本であまり有名じゃないところ、
モネと着物がテーマのところもありました。

今回、こういった日本モチーフが多いのですが、
ジャポニズム・リバイバルではないと考えています。
そこまでは広がらないでしょう。

何でもそうですが、
行き詰ったら、他を探します。
その第一弾が日本だったわけで、
じゃあ来年はどこにしましょう、ということになって、
ずっと日本柄ブームにはならないと思います。

で、何度か書いていますが、
この日本柄とか、着物テイスト、
日本では流行りません。
この前の夏、プラダのアウトレットに行ったとき、
プラダの2年ぐらい前の日本的なデザインの、
黒地に大きなお花が描かれたドレスが3万8000円になっていました。
売れ残ってしまって、この値段になったんだと思います。
もとは30万以上していたと思いますから、
すさまじい売れ残り。

あと、日本人デザイナーも、着物柄には取り組みません。
マイナーな人ではいたかもしれないけれど、
メジャーどころはやりません。
ケンゾーさんは少しはあったのかもしれませんが。
なぜかは知らないけれども、
察するに、一種の西洋コンプレックスなんでしょう。
なんせ、日本人モデルをキャンペーンに使うことすらしませんから、彼らは。

日本人モデルといえば、
日本ではほとんど活躍していない、
ちょっと前に、VOGUE ITALIAで、
恐怖映画みたいな作りのビデオで日本語でせりふを言っていたモデルさん、
ランウェイにたくさん登場していました。
(今、どの号だったか忘れました。思いだしたらはっておきます)
(ありました。これです。スティーブン・マイゼル撮影。ツインピークスみたい.
モデルは Issa Lish。ハーフかな?)

あの方、日本で選ばれたのではなくて、最初からヨーロッパでデビューなんじゃないかしら?
(→お答え。日本人とメキシコ人のハーフで、2年前、お父さんの経営するお寿司屋さんでバイト中、発掘されたんだって。日本じゃ、選ばれないね、このお方)
 いずれにしろ、
私たちは案外、自分らの文化をうまく使うことができないでいます。
ほかをけなして自慢するんではなくて、
その無用な西洋コンプレックスからの脱却が必要だと、
20年以上前から思っていますが、
まだできていません。
今の若い人たちは、それができるかもしれませんね。
頑張ってね。



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2014年10月1日水曜日

シャネル、見た?

きのうはシャネルの2015SS、プレタポルテのショーでした。
皆さん、ごらんになりましたか?
見ていない方、最後のフィナーレのところだけでもご覧ください。
ストリートスタイルのために用意された、
シャネル通りのセットを、モデルたちがプラカードとトラメガを持ってデモ行進します。
プラカードにはそれぞれ、
Make Fashion,Not Warとか、 Ladies First, Be differentと書いてあります。
(バッグにも書いてあります)

月曜日、おしゃれブログを書くに当たって、
本当はシャネルのショーを見てからにしようと思っていたのですが、
曜日を間違って覚えていて、見切り発車しました。
なぜ見てから書こうと思っていたか。
それは、シャネルを見ることで、自分が書くことに確信が得られると思ったからです。
カール・ラガーフェルド先生は、当代きっての時代を読む名人だから、
それと私の読みが一致しているのなら、大丈夫だろうと。
(見ないで書いたけど、大丈夫でした!)

おしゃれブログに書いたように、
西洋の女性の服装の歴史は、自由と権利の拡大の流れと、
切っても切れません。
シャネルは戦いの先頭に立っていたデザイナー。
だからこそ、偉大であり、伝説になりました。

豪奢な生地や、手仕事なんていうのは、
もうすでにシャネルには備わっていたもの。
だから、あと推し進める必要があるのは、
女性の自由と権利の拡大です。
それが、ココのスタイルだから、
カールはその表現として、モデルにデモ行進をさせたのです。
なんという時代感覚!
まさか、同じ時期に香港で学生たちがデモしているとは、
事前に気づいてないとは思うけれども。
それにしても、これは流れがわかっているからこそできる演出です。
女性の服装は、自由に向かって、進むのです。
そこに進化があるのです。

デザイナーもある程度いったら、
こういった視点が絶対必要になります。
それがない人は脱落していくか、
それ以上にはならない。

トラメガ姿のカーラはかっこよかった!
自由のために叫んでいたはず。

追記:それにしても、選曲のI'm not scaredが、なんでパッツィ・ケンジットじゃなくて、ペットショップボーイズなんでしょう。面白いのね。頭の中で歌声が女性に翻訳されちゃう。


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