2014年7月31日木曜日

死ぬまでに着たいもの

いいなと思ったり、着たいなと思う服は、
日常着でないものが多いです。
とてもいい、欲しいけれども、一体これをいつ着るのと考えてしまうと、
買えなくなります。
そういう服は少しはあってもいいけれども、
たくさんはいらない。
あったとしても、どうせ着る機会がないので、着ないし。

子供のころは、ピアノの発表会とか、夏の旅行とか、
何か機会があるごとに、それようのワンピースなんか買ってもらいましたが、
今はそういう機会を自分で作りでもしない限り、
何かのために服を買うことはありません。

そういう日常の行動の問題に加えて、
311以降、社会や世界が不穏なので、
何もかも忘れて楽しむ、特に着飾って楽しもうとは、
どうしても思えません。
それどころじゃない状況が世界や日本のあちこちで起きていて、
ファッションにうつつを抜かしていることに罪悪感を覚えます。

かといって、私がよく言う、
死ぬ間際になって、
「やっぱり私、バイカージャケット着たかった・・・」
なんて思うのも嫌なので、
そこそこに自分の着たいものを着ないと、
着る時期というか、自分にとっての着る旬を逃してしまいます。

去年までは死ぬ間際になって、
「やっぱりニーハイ・ブーツはきたかった・・・」と思いたくなかったのですが、
ニーハイ・ブーツは去年やっと手に入れて、
たいそう気に入って、お出かけのときはそればかりはいていたので、
それはそれでよかった。

死ぬまでに行きたい場所と同じように、
死ぬまでに着たいものというのがまだあって、
それの手に入れ時はいつがいいかと考えると、
そんなに放ってもおけない。
なぜなら、観光地と違って、服は自分の肉体あってのものですから、
おばあちゃんになってからバイカージャケット買ってもしょうがない。

若い人たちが、ミニスカートやら、ホットパンツをはきたいなら、
それはそのときにはいたほうがいい。
それはやはり似合う時期があるから、そのときに着たほうがいいです。

世界なんて関係ない、
今ここで楽しければいいという人たちもいますけれども、
私はそうはなれない。

世界の問題だけではなくて、
自分の仕事とお金とか、家族とか、病気とか、もっといろいろあって、
その中で、純粋に着ることを楽しむことができる時期なんて、
ほんの少し、またはないのかもしれません。
だとしたら、死ぬまでにどうしても着たいものがあるなら、
着てしまったほうがいいでしょう。
この時代、この肉体で生きるのは、たった1度きりですから。


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2014年7月30日水曜日

バックは背中

こちらのブログ、特におしゃれブログのほうは検索してたどりつく方が多いと思いますが、
最近、どうしても気になる検索ワードがあります。
それは、「赤いバック」「靴とバック」など、「バック」という単語。
しかもこの「バック」、増加傾向にあります。
バックって、BACKですから、背中です。
背中ですよね。
赤い背中ですよね。

もし、背中じゃなくて、バッグ、つまりカバンのことだと思っているのだったら、
それはかなりの勘違いですが、どうしてそうなってしまったのでしょうか。
発音が似ているから?
そういえば、ベッドのことをベットと表記している人もいます。

この「バック」問題、私は以前からずっと気になっていて、
見つけるといちいち気になるのですが、
あるとき、あろうことか、雑誌の中にも見つけました。
ファッション誌です。
それ以来、そんなチェックが甘い雑誌は買いません。

誰でも勘違い、書き違い、読み違い、聞き違い、書き違いはありますから、
そんなことにいちいち目くじらを立てるほうがおかしいのかもしれませんが、
バックだけはやめたほうがいい。
ヴィトンのバッグを買う前に、バックの発音と表記をなおしたほうがいいです。
「バック」と書いた途端、おしゃれなんてぶっ飛びます。

そう言えば、「ギャルソンを着た悪魔」がチーフだったブランドのブランド名も
英語だったのですが、それにつける読みが間違っていました。
そんなふうには発音しません。
調べればわかることなのに、どうして調べないんだろう、
そして発音するたびに恥ずかしいとずっと思っていました。
そのほかにも、ファッション業界には間違った英語読み、フランス語読みが結構あります。
今は、ネット上の辞書で音声も出る時代。
発音はすぐ確かめられます。

私自身も、何かおかしい、違うと思ったら、
すぐ調べてみることにしています。
間違っていることの積み重ねは、
案外大きな、とんでもない間違いに続くものです。

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2014年7月28日月曜日

ストーカー(後日談)

後日談です。

結局、ヨガ・ティーチャーは関西弁の彼女に、
私をだしにした嘘をついて、何かができないと言っていたのだと思います。
そしてそれを聞いて逆上した彼女が夜中、うちにやってきたのです。

次の日、私の携帯には彼女からメールがきていました。
そのときです。これは本当に恐ろしいと思ったのは。
なぜなら私はその関西弁の彼女に携帯のメールアドレスなど教えていません。
どう考えても、それを教えたのはヨガ・ティーチャーです。
ヨガ・ティーチャーには、緊急の連絡先として携帯電話のアドレスと番号を教えてあります。
つまり、関西弁の彼女はうちの場所も携帯電話のメールアドレスも、そしてたぶん番号も知っています。
しかし、こちらは彼女の顔と名前と駅の近くに住んでいるらしいということしか知りません。
ヨガ・ティーチャーの嘘がきっかけで、夜中にうちまでやってきたぐらいですから、
今後、何を言われて、どんな行動をとるのかわかりません。
私はその日から1カ月は、体調を崩し、具合の悪い日々を過ごしました。

例の事件の夜から約1カ月後、カルチャーセンターの受付のお姉さんから電話がありました。
受付のお姉さんは私と同じブンカ出身だったので仲良くしていたのですが、
私が行かなくなったので、心配して電話をくれたのです。
私は受付のお姉さんとカフェで待ち合わせして、話をすることにしました。

受付のお姉さんに事件のことを話したら、まるで告げ口のようになり、
それは復讐することになってしまうので、私はあえても何も言いませんでした。
ただ、今、ヨガ教室には何人の生徒さんがいるのかだけ確認したところ、
2人ということでした。そこで私は、何となく、
「そう言えば、○○さん(関西弁の彼女)、続けてるんですか?」と質問しました。
すると、受付のお姉さんは、
「○○さんは小林さんがやめた1週間後にやめたわよ」と教えてくれました。
「1週間後?」と私。
「そう、確かそのぐらい。しかもすごい剣幕で電話がかかってきて、
やめるっていうことと、なぜか、個人情報は誰にも漏らさないでくださいって、
念を押してたけど、なんでそんなこと言うのかしらね」
「さあ」
私はとぼけてみせましたが、関西弁の彼女は私が彼女のうちを調べるのではないかと思って、そう言ったのでしょう。
それは自分が私の情報を聞きだしたから、おなじことを私もやるに違いないと思ったからだと思います。
「あの人、自分はデザイナーだって言ってたわよ。なんでもTシャツをブログで販売してるんですって」と、受付のお姉さんは最後に皮肉交じりに教えてくれました。

早速、家に帰って彼女のブログを探すと、すぐに見つかりました。
なぜならそこには彼女自身の姿の写真がたくさん載せてあったからです。
そのブログをさかのぼって読んでいくと、
いろいろな事実がわかりました。
まず、あの例の事件から10日後に、「付き合ってる彼と別れた」というようなことが書いてありました。
そしてもっとさかのぼると、「彼と付き合い始めた」というような意味のことが、あの事件より約1カ月前に記載されていました。
つまり、合計付き合っていたとされるのは1カ月と10日。
そして、例の「赤ちゃん」は?
あれはあからさまな嘘です。
まず、彼女を見ればわかることですが、どう見ても自然妊娠できるような年齢ではありません。
私が見たところでは46歳ぐらいでしょうか。
私が言った「最悪」という言葉には、「こんな見え透いた嘘言うなんて、最悪」という意味もあったのです。
 
つまり、彼ら2人はまさにお似合いの嘘つきカップルなのです。
しかも、コンビニでも売ってなさそうな、安い「愛」がもったのは、たったのひと月半。

今ではこの話はもっぱら笑い話として使わせていただいていますが、
そのたびに私は友達から、「好きでもない人とお茶を飲んだりしたらいけません」と怒られました。
はい、反省しています。もうしません。
ただ問題なのは、例の彼女はどうやらほとんど働いていない様子で、
日中、駅の近くをうろうろしているということです。
私がわざわざ隣の駅のカフェに平日の昼間、行くようにしたのに、そこまでもあらわれています。

とりあえず、出会うのは嫌なので、なるべく会わないように気をつけて行動していますが、それも難しいです。
今は、早く引っ越さないかと待っているのですが、なかなか引っ越しません。
この街に住む理由は、彼女にはないと思うのですが、なぜいるのか、
さすがにそれは私にもわかりません。
早くいなくなりますように!

あ、そうそう。ヨガ・ティーチャーの教室はその後1年でなくなりました。
私の予想は半年だったんですけどね!

そんなわけで、「ストーカー」は終了、しかしまだ注意が必要状態です。

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2014年7月26日土曜日

「鏡の法則」とラカン

ちょっと忘れてしまいそうなので、そしてシェアしたいので。
ラカン先生が教えてくれていますぞ。

「主体は鏡映しの立場をとり、それによって相手の行動を見抜くことができます。しかしこの方法自体すでに間主観性の次元を前提にしています。というのは、主体は、目の前にいるのが原則的に自分と同類の他者だと知っていることが前提になっているからです。(・・・)この丁半ゲームが双数的関係、相手との等価、「アルター・エゴ(他我)」と「エゴ」という水準だけで行われているならば、決して第二の段階へと到達することはないということはすぐお解かりでしょう。」
ラカン、「丁か半か、間主観性の悲願」、『自我(下)』岩波書店、11、12P.

つまり、「鏡の法則」にとらわれているなら、第二段階、つまりもっと重要な段階へはいけないよ、ということです。
他者を鏡にして、そこに自己像を見るのは「幼児」だと先生はおっしゃってますよ。
だから、何か目の前に変な人や事象が出現して、それを誰かに、
「それはあなたの鏡です」みたいなことを言われたら、
「いや、私、もう鏡像段階は卒業してるから」と言えばいいですよ。
で、相手が、
「なんですか、それ?」と言ったら、
「私はあなたよりラカンを信頼してますから。もう幼児ではないってことです」と言えば、
相手は理解できないでしょう。
ラカン先生、ありがとう。

以上、今日のシェアでした。
では。

ストーカー(後半)

(前半より続き)
外に出てみると、彼らが乗ってきた車が、うちの私道に止められていました。
ヨガー・ティーチャーが話があるというので、
その車の近くまでついていきました。
すると、関西弁の彼女が、せきを切ったように、わめきだしました。
興奮しているので、何を言っているのかもよくわかりませんし、
まず、言いたいことの意図がわかりません。
それでも黙って聞いていると、彼女の言いたいことの要約は、
「あんたのせいで彼は迷惑している。早く別れてくれ」
というもののようでした。
この時点では、まだ彼女がなぜこんなことを言っているのかわかりませんでしたが、
とりあえず、
「私、今日限り、ヨガはやめたわよ」と答えました。
すると彼女は、なぜかふいをつかれたようで、
「いくらあんたが好きでも、彼にはその気はないんだから」というようなことを言いました。

なんですって?
なんですか、その前提は?
私はすかさず、
「あなた、何か勘違いしているんじゃないの?
私は今まで一度たりとも、この男に好きだなどと言ったことはない。
言ったのはこいつでしょ」
そう言うと、
ヨガ・ティーチャーが、
「言ってない」と口をはさみました。
この一言で、私は全体像が理解できました。
その全体像が合っているのなら、もう遠慮する必要はありません。

「言ってないですって?
 よくもそんな嘘が言えたものね。
私のこと押し倒して襲おうとしたくせに。
言ってないのは私のほうだわ。
第一、私はこいつのルックスが、我慢ならないほど大嫌いだわ」
ヨガ・ティーチャーは黙っています。
「私はヨガの指導とかいって、べたべた触られるのも、
我慢してたのよ」
そう私が言い捨てたら、ヨガ・ティーチャーが、そこら辺にある石ころを拾って、
いきなり地面へ投げつけました。

ふと関西弁の彼女を見ると、タバコを吸っています。
そして、大きくふーっと息をはいて、
彼女は、あたかもそれが決め台詞であるかのように、
こう言い放ちました。
「あのさ、私のお腹には、この人の赤ちゃんがいるんだよね」
ヨガ・ティーチャーは沈黙を保っています。
私はその言葉を聞いて、思わず、
「うわっ、最悪」
と言いました。
その言葉を聞いて、ヨガ・ティーチャーが、
「何だと?」と言いましたが、関西弁の彼女の反応は違っていました。
私のその言葉は、明らかに彼女の望む、もしくは予想するものとは違っていたのでしょう。
そしてついに、彼女は気づいたようでした。
彼女自身がヨガ・ティーチャーにまんまと騙されていたということに。
彼女の表情が徐々に般若のように変わっていきました。

その次の瞬間、彼女はヨガ・ティーチャーの正面に立ち、
ドスのきいた声で叫びました。
「○○(ヨガ・ティーチャーの名前)、おまえはあたしのことを愛してるのか!」
「はい、愛してます」
「あたしとの将来をどう考えてるんだ!」
「真剣に考えてます」

私はそれまでこんなひどいせりふの芝居を見たことがありません。
こんなひどい映画もドラマもありません。
私があまりの茶番に驚いていると、
いきなりヨガ・ティーチャーが私の前にやってきて、
「ごめんなさい」と言いました。
私は、
「あんたのごめんなさいなど、紙一枚の重さにもならない。
しかも、ヨガにはヤマ・ニヤマというのがあって、
嘘をついてはいけないと、自分で説明したじゃないか。
それでヨガ・ティーチャーだって?
笑わせてくれるわ」
すると、ヨガ・ティーチャーはいきなりがばっと地面に手をついて、
私の足元で土下座をしました。
誰かに土下座をされたのはそのときが初めてでした。
ただ、あれは逆にこちらの気持ちを逆なでします。
つまり、こいつは土下座さえすればいいだろと思っているとわかるからです。

その土下座しているヨガ・ティーチャーに向かって、
関西弁の彼女がさんざん何か怒りの言葉を投げつけましたが、
今ではそれが何だったか覚えていません。
もうそのころは、夜中の12時を過ぎ、私もほとほと疲れていました。
けれども、そこで2人がまた口論になって、大きな声で怒鳴り始めたので、
私は少し冷静になって、
「ここでそういうことやるのはやめて。
もう12時過ぎなんだから、あんたらのけんかはどっかほかでやって」
と言いました。
そう言うと、2人も少し我に返ったようで静かになりました。
そして帰り際、再びヨガ・ティーチャーが私に謝りました。
それに対して私は、
「あんたの謝罪の言葉なんか何の意味もないし、いらないわ。
本当に悪いと思っているなら、私があんたのヨガに使った時間を返してよ。
同じ時間とお金で、偽者じゃなくて、まともなヨガの先生に習えたはずだものね。
私が戻してほしいのは時間。それ以外のものはいりません」
そう言い終ると、私は家に戻りました。

(後日談がありますので、まだ続きます) 


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2014年7月25日金曜日

ストーカー(前半)

映画シリーズが続いているので、ついでに「ストーカー」も。
私にとって「ストーカー」はタルコフスキーなのですが、
もうほとんどの方が知らないかもしれません。
「惑星ソラリス」と二本立てで、よく三鷹や三軒茶屋あたりで上映されていました。

まあ、しつこくつきまとわれているわけではないので、
完全な意味でのストーカーではないのですが、
夜中に家を襲撃されたので、ストーカーの一種だと考えていいと思います。

これは割と最近の話です。
突発性難聴からメニエール症候群になって、ひどいめまいが1カ月ほど続いていましたが、
それは薬でかなりよくなりました。
しかし、残ったのが耳の聞こえの悪さと、ずっと耳がふさがっている感じ。
メニエール症候群は難病に指定されていて、
有効な治療薬がありません。

そこでまず鍼治療を受けてみたのですが、
一瞬いいかなと思ったのですが、結果的には全然だめ。
しかも行ったところが、かなり偏った意見の持ち主の鍼灸師で、
女性はベジタリアンになるべきだとか、月経コントロールしろだとか、
髪の毛を染めるのも、パーマをかけるのもだめだとか、
一方的な意見を押しつける人だったので、途中から信頼する気持ちもなくなりました。

鍼治療はやめて、ほかに耳がよくなるために何かいい方法はないかと調べたら、
ヨガがいいらしいという記事を見つけました。
ちょうど同じ時期に、駅前のビルで新規にヨガ教室が始まるというチラシがうちに入ってきたので、
そこへ行ってみることにしました。

すると、そこのヨガ・ティーチャーは男性でした。
年のころは30代半ばでしょうか。
女性のほうがいいなと思ったのですが、行ける時間帯がぴったりなのは、
その人しかいなかったのです。
生徒は入れ替わり立ち替わりで違う人がいつも3名程度。
ときたま2人、そしてごくたまに私1人というときもありました。

生徒が私一人だけのときです。
そのヨガ・ティーチャーが、今度一緒に山登りをしようとか、どこへ行こうとか、
しつこく誘ってきました。
私は、「いいです、いいです。無理です。お断りします」と断りました。
ですが、生徒が私1人の日は、同じようにしつこく誘ってきます。
そのたびに適当に断り続けました。

いつもだったら、この時点でこの教室に行くのはやめているのですが、
このときは耳を治したいという、こちらの弱みがありました。
そのため、むげに断ることができなかったのです。
適当に断りつつ、教室が終わった後のお茶だけは付き合っていました。
(ほかの生徒さんもいました)

そんなあるとき、ここら辺では見慣れない、ちょっと変わった格好のお姉さまが教室にやって来ました。
今はあまり見ない茶髪の腰まで届く超ロングヘアで、
雰囲気もここら辺の感じではないですし、しゃべる言葉も関西弁です。
明らかに地元の人ではありませんでした。
その方は1度ふらっとやってきて、その後、2カ月ぐらい何の音沙汰もなかったのですが、
再びあらわれるようになり、そのあとはなぜか毎週来るようになりました。

彼女の様子を見ていると、何か変だなと思いました。
ほかの生徒はTシャツとジャージみたいなスタイルでヨガをしているのに、
彼女は胸元が深くあいているタンキニのトップスにレギンスのようなボトムです。
しかも、ヨガをしに来るのにフルメイク。
特にマスカラに特徴があり、明らかなぬり過ぎで、マスカラが黒くがびがびに固まっていました。
その姿でヨガ・ティーチャーの真正面に来るように場所をとります。
何か意図があるらしいとは思いましたが、よく知らない人ですし、
それ以上、どうとも思いませんでした。

一方、私は、ヨガである程度まではよくなったような気がしていましたが、
あるところからは何も変化がなく、ティーチャーがしつこいのもあって、
その日を限りに辞めようと思い、帰り際に次の予約はしないと告げました。

その夜です。
夜11時ごろでした。
うちのドアチャイムを鳴らす音がします。
モニターを見てみると、そこになぜかもう次は行かないとさっき告げたばかりのヨガ・ティーチャーがいます。
ヨガ・ティーチャーは以前、何回か私をうちまで車で送ってくれたことがあったので、
うちの場所を知っています。その程度までは信用していました。
私はもうお風呂に入って、パジャマ姿でしたが、
用事があるというので、仕方なく、玄関をあけてみました。
するとそこには、なんとその関西弁をしゃべる例の彼女が立っていました。
私はその二人を見ても、どういう意味か全くわかりませんでした。
そしてその後、とんでもない茶番劇がうちの前で繰り広げられることになるなど、
そのときは、ほんのかけらも思っていませんでした。

長くなったので後半に続きます。


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2014年7月24日木曜日

ギャルソンを着た悪魔

どんな会社にも最低最悪の上司はいると思います。
いろいろなひどい上司の話を聞くと、
私だって、もっとすごい上司にひどい目に遭ったのよと、
ひどさ自慢をしたくなります。
彼女にされたことのトラウマで、
私は会社という存在が恐怖になり、
しばらくのあいだ、ビルを見ただけで吐き気がしていました。

彼女の年は30歳。
いつもコム・デ・ギャルソンを着ています。
あの会社の給料では買えない値段ですから、親が買ってくれていたのでしょう。
デザイナーのチーフですが、
チーフと言っても、外部委託としてある女性のデザイナーを立てていたので、
デザイン自体が彼女というわけではありません。
彼女がデザインするとしても、ダナ・キャランあたりを買ってきて、
これをそのまま作れと言います。
ただ、チーフなので仕事を進めるために彼女の決裁をもらわなければいけません。

真っ黒で少し縮れた感じの髪を背中の中央あたりまで伸ばし、
その真っ黒な髪に幾筋もの白髪が流れています。
肌はでこぼこで、なぜかいつも少し赤ら顔。
ノーメイクのその肌は、皮脂でてかてか光っています。
頬はこけ、黒目がちの目はときたま、興奮気味にぎらぎらします。
後にも先にも、こんな老けた三十歳は見たことがないのですが、
これは喫煙と飲酒の結果だと思われます。
ふっといなくなると休憩時間でもないのに喫煙室にこもり、
近付くと、残ったアルコールとニコチンのにおいが混ざって、何かが腐ったかのようなにおいです。
とてもじゃないですが、長時間、近寄っていられません。
コム・デ・ギャルソンの真っ黒なウールのコートにはニコチンのにおいが染み付いています。
20代だった私は、30歳になると、こんなにもひどいことになるものなのかと、
30歳になるのを恐れたものです。
(実際、全く恐れることはなかったのですが)

彼女は単なる平社員であるにもかかわらず、
お昼すぎに出社します。
(ちなみに小さな個人の会社ではありません。一部上場企業です)
自分がほかの人より半日遅れて出社するので、帰社するのも半日遅れ、
夜10時近くです。
そのため、部下たちは、彼女が帰るまで帰れません。
会社はもとから残業代を払わないので、そのブランドの部下たちが残されていても、
誰も文句を言いません。
昼過ぎに出てきたにもかかわらず、悪びれることもなく、
いつも不機嫌そうです。
不機嫌なだけならまだいいのですが、時たま、感情が暴発して、いきなり泣き叫んだりします。
会社の中です。
プライベートの場ではありません。
部下に対する敬意の気持ちなどないので、上司以外はすべて名前を呼び捨て。
そして、決裁の印鑑をお願いしても、必ず半日から1日はその書類を放っておきます。
自分は喫煙室にいるにもかかわらず。

彼女はそのブランド内で誰か1人ターゲットを決めて、
徹底的にいじめます。
決裁の印鑑をなかなか押さない、返事をしない、あからさまな無視。
そして、彼女が考え出したであろう恐ろしい方法は、
部下に仕事を命じ、残業させ、後ででき上がった仕事を、
片っ端からボツにしていくというものでした。
会社は残業代を払いません。社員がいくら無駄に仕事をして残っていても、
係長も課長も部長も、誰も何も言いません。
無給で働かされて、仕事を仕上げても、彼女の一言で、すべて無駄になります。
たぶん、最初からそうとわかって命じるのでしょう。
土曜日も休みではありませんので、土曜日の夜も仕事で潰されます。
部下のプライベートの時間を奪うことは、彼女にとって楽しみなのです。

そのブランドでは、半年おきに誰かが辞めます。
彼女のいじめ、今で言うパワー・ハラスメントに耐えきれず、辞めていくのです。
もちろん、私も彼女のパワー・ハラスメントの餌食になりました。

私は仕事が早いほうです。
それなのに当時、自分に与えられた量をこなすのに、同僚と同じぐらいの時間がかかっていました。
あるときふと、何かがおかしいと思い、みんなが帰った後、同僚の仕事量をチェックしたら、
私に割り振られた量の2分の1の量でした。
私は同僚の2倍の仕事を割り振られ、しかも、その中のある部分は、最終的に無駄であるとわかってやらされる仕事です。
あまりにアンフェアですが、もとから法律を守らない会社ですから、
フェアでないことが日常です。私の言い分など、聞いてくれません。

前例も見ていたし、上司は味方になってくれないとわかっていたので、
すぐ会社を辞めようとしたのですが、なぜか辞めさせてくれませんでした。
(その後、偽りの結婚退職作戦で辞めたのですが、辞めるのに1年を要しました)

この経験から、私は二度とアパレル会社に勤めることはできなくなりました。
怖くて近付くことさえできず、ぜんそくのような咳は出るし、吐き気がします。
その会社の商品が売っているデパートにも、怖くて入れなくなりました。

今、その彼女のことを考えてみると、
あの異常な行動は、アルコール依存症のせいではなかったかなと思います。
彼女はよく、昨晩はビールを12本飲んだであるとか、
休日は昼間からビールを飲んでいたなどと言っていました。
いつも不機嫌でいらいらしていて、暴言を吐き、ときたま感情が暴発。
私は彼女のボールペンで書かれた字の強い筆圧が変だと思っていたのですが、
あれは震えをおさえるために、必要以上に強くボールペンを握っていたせいかもしれません。
頬はこけ、目がぎらぎらしているのは、不眠のせいでしょう。
食べ物はあまり食べないで、昨晩も酒だけ飲んでいたと、
自分で言っていました。

彼女の友達も家族も、なぜ放っておいたのかわかりません。
単に知識がなかったからだけなのかもしれません。
しかしあれは、明らかに病気です。
肉体だけではなく、精神も蝕んでいたと思います。

そう考えると、彼女は同情すべき存在です。
誰かが助けるべき人です。
しかしだからといって、彼女のやり方は認められません。

今ごろ、彼女はどうしているでしょうか。
他人の不幸を生きがいとしていた彼女には、
それにふさわしい今があるでしょう。
それがこの世なのか、この世でないのかは、
知るよしもありませんが。

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2014年7月22日火曜日

ずっと続けられるものを見つけてね


この前、図書館へ行ったおり、ふだんは見ない女性誌を見ました。
多くはスタイリストの方々ですが、高価なブランドバッグを「買い」として紹介しています。
別にこの雑誌だけではなくて、
多くの雑誌がこういった誰かのお買い物を紹介しています。
40万円のバッグを今年の夏は買います、とか。
しかし、日本の女性のどれだけが、本当にこんなお買い物の仕方をするのでしょうか。

きのう労働実態のいろいろな統計を見たのですが、
暗澹たるものばかりでした。
OECDジェンダー白書には、
日本の子供を持つフルタイムの女性労働者の平均賃金が男性の39パーセントと、
OECDの平均以下、もちろんOECD30カ国のうちの最低国です。
また、ジェンダーギャップ指数ですが、日本は105位です。
(ちなみにイギリス18位、アメリカ23位、フランス45位です)
日本企業の多くには男女間の(最近では正規と非正規の)「賃金差別」があります。
これは個人の努力ではどうにもならない問題です。
(ほとんどの先生はこのことを教えてくれません。
だって、彼ら、企業に勤めたことないですから、実態を知らないです)

おまけに、労働環境は年々悪くなっています。
今のところ、よくなる兆しはありません。
よくなるどころか、働く人にとって悪くなる政策ばかりが掲げられています。
アパレル会社の多くもそうですが、彼らは法律を守りません。
残業代も払わなければ、必要な休憩時間も、安全規定も無視です。
しかも今ではそれが男性にも広がっています。
これはシステムなので、努力の問題ではありません。

ジェンダーギャップ105位の国で、
高価なバッグを買える女性はごくわずかです。
それなのに多くの雑誌が、
あんなに高価なバッグを持つのがあたかも当たり前かのように宣伝したら、
それを読む側はそれだけでストレスです。
雑誌は、もはやストレスです。

で、言いたいのは、前に書いたことと同じですが、
これを読んでいる、特に20代、30代の皆さんに、
(もちろん40代も、50代も同じね)
ずっと続けられることを見つけて、
そして本当に始めて続けてほしいということです。
最低10年はやるべきです。
最終的に助けてくれるのは「会社」ではなくて、
自分で長年かけて築いてきたものです。
どんな小さなことでも細く長く続けたら、それは力です。
リストラにあいそうになっても、そのことが心の支えになります。
すべてを費用対効果で考えて、
今すぐ利益が出ないからと、最初からやらないという態度では、
何も始めることができません。
洋服にお金を使わないで、そっちに使ってといつも言うのはそのためです。
洋服は、いざというとき、助けてはくれません。
20代の頃、高価な服やバッグは買わなかったけれど、
習いごとにお金を使ったなら、その結果は40代で必ず出ます。
それだけ長期戦です。
夫も永遠ではありません。
それは他人との約束です。
人間は変わります。
離婚したら、そこで終わりです。
助けてくれるのは続けてきたものです。
自分と自分の約束です。
芸は身を助くです。
本当に、そのとおりです。


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2014年7月20日日曜日

自分で見つけて、自分で改良

今、私は3つの違う方面のセッションを提供しているわけですが、
実はどれも、少しずつではありますが、改良を重ねています。
ファッション・レッスンも去年と今年では違うことをお伝えしていますし、
占星術は日々、もっといい読みはないか探して、見つけたら、それを取り入れますし、
インテグレート・ヒーリングに至っては、
これはもう必死により効果のある方法はないか、
試行錯誤を繰り返して、変えています。
ただ、このどれも、多くの人気づかないかもしれません。
いつも本当にちょっとずつのマイナー・チェンジですから、
目に見えて、というほどのものではありません。

演劇には脚本というものがあるわけですが、
あれも、毎回全く同じに演じるのかというと、
そうではありません。
動き方とか、立ち位置なんかは変わりませんけれど、
せりふの言い方にしても、表情にしても、
ちょっとずつ毎回違います。
そして回を増すごとに、よりよくなるように努めていきます。

どれも教わったらそのまま同じことの繰り返しということはありません。
ちょっとずつ変化させて、
それには終わりがありません。

思い起こせば、ちょうど1年ぐらい前からキネシオロジーを始めたわけですが、
そのころとは比べ物にならないほど上達もしましたし、
理解も進みました。
それはたくさん回数を重ねることによってのみ、
可能でした。
やってみないことには、
どこをどうよくすればいいか、わからないです。

それでもまだ全然だなと思います。
まだ知らないことも多いし、
何より、まだ自分で見つけていないことが多いです。
自分で見つけて、
自分で改良して、
自分で試してみて、
自分で検証して、
その繰り返しです。

その点、ファッションについては、小学生のころから考えていたから、
今は改良というよりは、総まとめみたいな感じです。
さすがにかけた年月が違います。

聞くところによると、
私と同時期にインテグレート・ヒーリングを習って、
もうやめてしまった人が何人もいるそうです。
もちろんその人たちにはその人たちの事情があるでしょうけれど、
1年しかたってないのですから、
あきらめる、やめてしまうにはまだ早い。
教わったままやっていたら、行き詰るでしょう。
自分で見つけないとね。
これは音楽でも美術でも、みんな同じでしょうね。
先生に教わったそのままではそこまで。
そこから自分が何を見つけらるか。
本当のスタートはそこからなのではないでしょうか。


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2014年7月18日金曜日

やっぱり80年代リバイバル

先週あたり、2014/15の秋冬オートクチュールコレクションが開催されていて、
もうすでに写真はヴォーグなどのサイトにアップされています。
オートクチュールなので、実際、それを着る人の数は少数であり、
それほど影響力もないのですが、それでもずっと見ていくと、
何かしら発見することがあります。

このところ、毎回、欠かさずチェックするのがシャネル。
シャネルというのは昔、どちらかというと、コンサバの方々が好むスタイルが多かったのですが、
最近のコレクションを見ると、それとは違い、かなり先鋭的です。
今回のコレクションでまず目を引くのは、秋冬なのに、足元がゴージャスなビーチサンダルだ、
ということです。
フラットシューズのバリエーションとして、ビーチサンダルが選ばれています。
(リボンつきではあるけれど)

足元のビーチサンダルと同じぐらいに注目なのは、モデルたちの髪形です。
それは昔、トンプソンツインズのアラナ・カリーがやっていたのと同じではありませんか?
サイドからバックにかけては束ねて小さめなキャップの中に入れ、
長めの前髪をで四方八方に立たせる、あの髪形です。

引き続きシャネルのショーをよく見ると、
ひざ上のスカートに同素材のひざ丈のレギンスを組み合わせています。
このバランスは、80年代のマドンナのスカートとレギンスのバランスを思い起こさせます。

けっこう前から80年代がくるくると言われていましたが、
なかなか実際には出現していなかったのですが、
今シーズン、一気にやってきました。

ここのところ、60年代風、70年代風など、
懐古ムードのコレクションが多いです。
もちろん全く同じというわけではないのですが、
なんとなくどれも既視感があります。
これを行き詰まりと解釈するか、
新しい広がりと解釈するかは、今のところは何とも言えません。
いつか今を振り返ったときに、それはわかるでしょう。

うお座の海王星時代ですから、
うお座の意味するところの「すべてを包括する」という面が出てきたのかもしれません。
だとすれば、これからもこの混沌状態は続くでしょう。
選択の幅が広がるという意味では、いいことだと思います。


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2014年7月17日木曜日

いつもそこにある関係

人間は変化を望むものであるのと同時に、
いつも同じことや人が同じように続くのも望むものです。

数は少ないですが、いくつか楽しみにしているブログがあります。
毎日アップしているので、それがあるとほっとするというか、
安心します。
これが続くと、内容がどうのこうのより、
たとえ3行でも何か書いてあって、
そこにいるんだな、今日もパソコンに向かっているんだなという存在が、
うれしく思います。
で、その中のお一人が2日ほど、ブログのアップがないので、
なんだかちょっと心配です。

すごく好きなドラマがあって、
それをいつも見ていて、
それが終わってしまうと、
そのキャラクターに会えなくなるのがさびしくなる。
ラジオも同じ。
同じ時間、同じ人がしゃべって、曲をかけてくれるのがいい。
で、それが何年も続くのがいいです。

毎日の人生の中のある一定の部分が、
いつも同じもので固められているというのは、
安心感があります。
もちろんあまりにも硬直してしまう関係だと、
それは足かせになるのですが、
いつも同じようにあいさつする関係というのは、
人間が関係の中で成り立つ動物である限り、
必要なのだと思います。

現代は急速に関係が分断された結果の社会です。
半ば意図的に、半ば自然に、関係がきれぎれにされました。
地方の商店街の消滅によって地域の、
正規、非正規、パート、アルバイトなどの区分けによって仕事場での関係が、
なくなっています。
そしてそれを「自己責任」という1つの概念が強化してきました。
(今に生まれたことも自己責任とか言われそう・・・。
赤ちゃんに自己責任で育ちなさいとか。)
なぜ分断化されたかというと、
そのほうが経済が回るからです。
みんながそれぞれ一つずつ持つほうが、
お互い貸したり借りたりする共有する社会よりも、消費が激しいのです。
経済至上主義者は「シェア」を憎みます。
その結果が今です。
要するに、壊れちゃって、もうないんです。

ないのですが、社会的な存在である人間は関係を求めます。
私が毎日、同じ人のブログを訪れるのもそのため。
壊れているなら、自力で作るしかありません。
それぞれがそれぞれの場で何か作ればいいと思います。
上下関係がなくて、お金の多寡で判断されなくて、
(もちろん結婚してるとかしてないとか、子供がいるとかいないとかで判断されなくて)
ゆるいけれど、つながっていて、いつもそこにある関係を作らないと、
みんな病んでしまいます。

ただ、そこで、私はお金を持ってるからあなたと違うわ、
みたいなことを言う人が出てきたら、
その関係は続きません。
彼ら、彼女らは関係のクラッシャーです。
クラッシャーはクラッシャー同士、集まってもらいましょう。
それはそれでいいでしょう。

今必要なのは、仕事、収入、年齢、結婚しているかどうか、
その他もろもろの属性で区別されない、
ゆるやかで、長く続く関係だと思います。
それがあると、みんなもう少し強くなれるのではないでしょうか。


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2014年7月14日月曜日

ライブはいいな

きのうは、私が1人でワークショップをしました。
もしかして、ある程度人数を集めて、
2時間ずっと何かしゃべったり、教えたりするのは初めてかもしれません。
きのうはしゃべることと、実習の大枠だけ決めてあって、
詳しいスクリプトもなく、知っていることをお伝えしていました。
私は早口なので、途中、予定時間より早く終わるかもと思ったのですが、
結局、時間どおりでした。
最初に2時間と意図しておけばそうなります。
面白いことに。

きのうは半分が実習だったのですが、
それはやはり文章ではお伝えし切れないものです。
文章化はできます。
書いて書けないことはないです。
けれど、書いたものを読んで理解するのと、
実際にやってみるのとでは大きな違いがあります。
特にきのうのような、筋肉の微細な動きを見るものは、
言葉では伝え切れません。
文字情報以外のもの、
見えないけれども存在する情報が大きいからです。
だから、ライブはいつも楽しいです。

演劇もダンスも音楽も、どんなに録画して見たとしても、
そのときと同じものの再現は決してできません。
録画したものは、もうすでに違うもの。
そういう意味では、音楽のCDも、美術の図録も、
実際のものの100パーセント再現ではありません。
そして、もとのものがくれる情報や感動のほうが大きいです。
ですから、ライブの楽しさがわかると、
ずっと通いたくなります。
それが音楽ファンであり、演劇ファンであり、ダンスファンなのだと思います。
私も20代のころは演劇とコンテンポラリー・ダンスとロックのライブにたくさん通いました。

自分で言うのもなんですが、
きのう私がやった「ライブ」も、見えない情報が大きいものだったと思います。
実際の情報としても、ブログには書いていないことがほとんどでした。

こういう、文章だけでは伝えられないけれども、
教えることができることが、私にはまだあるので、
これからも「ライブ」をやっていきたいなと、きのうは思いました。
場所はきのうと同じ場所でね。
(すごく気に入っているのです。近いし)
とりあえず、8月にきのうと同じ内容でまたやりますから、
興味のある方は、いらしてくださいませ。
果物はプラムじゃないけれど、なんかあります。

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2014年7月13日日曜日

言葉より象徴

残念ながら、こちらのブログも、メインのおしゃれブログのほうも、
言葉のみで表現しています。
ですから、服装についてすべて伝え切れていません。
服は「言葉」なのか、「象徴」なのかと聞かれれば、
はるかに「象徴」に近いです。

ただ、「言葉」の部分がないわけではありません。
記号化されたものは「言葉」に近いし、
「言葉」そのものが服に書いてあるものもあります。
そうなると、その服は「言葉」に近いです。

言葉は象徴から生まれます。
言葉の母体は象徴です。
ですから、豊かで、力があるのは象徴のほうです。
服装の言葉の部分が強調されればされるほど、
象徴としての力は奪われ、
貧しくなります。

象徴は無意識レベルに訴えます。
私がファッションレッスンをやるときに、
雑誌を切り抜いて、好きなスタイルを選んでもらうのですが、
考える前に選んでくださいといつもアドバイスします。
そうすると、自分が考えていたものとは違うものを結果的に切り取る方が多いです。
そして、切り取ったものを見て初めて、
ああ、自分はこういうものが着たかったのか、
こういう色が欲しかったのかと気づきます。
言葉、つまり思考で選んでいたものより、
無意識レベルでの選択のほうが力強いのです。

本当に人の心を動かすためには、
言葉では弱いです。
「おしゃれだな」と、無意識層に働きかけるには、
シンボリックでないとなりません。

思考、観念、主義へ傾けば傾くほど、
分析可能で、人の心に訴える力はなくなります。
たぶん、芸術全般にそういうことが言えると思います。
スポーツもそうかもしれません。
思考だけではうまくいきませんから。
無意識レベルに届く表現は残ります。
何百年も前の絵画で今でも残っているものは、すべてそういうものです。
そうでないものは、淘汰されます。

「言葉」を超えるものに届くにはどうしたらよいのか。
それがいつも課題です。

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2014年7月11日金曜日

なんでも簡単には見つからないです

簡単、手軽、早いがよいとされるようになって、
もう随分たちますが、
何でも簡単、手軽、早く手に入るわけではないってことは、
これを読んでくれている多くの人たちは理解していることと思います。

ブログの検索ワードを見ていると、
「何にでも似合う靴」
「何にでも似合うバッグ」
「グレーに似合う色」など、
あたかもたった1つの正解があって、
それを探しているかのようなワードが目立ちます。
ないって、そんなもん。
ないです。

それからもう一つ、
自分にぴったりの靴、バッグ、服はどこにあるかという質問。
その人にぴったりのものなんて、
このブログを検索しても出てきませんし、
そんなもの、私は知りません。
自分にぴったりのものは、自分で探さなきゃ。
自分の半径5メートルになかったら、
自分の街へ、
それでなかったら県庁所在地へ、
それでもなかったら、東京へ、
日本になかったら、世界の果てまで探しに行かなきゃ。
探す前から、ないです、教えてくださいと質問されても、
世界の果てまで探してくださいしか答えようがありません。
それでもないならどうするか?
だったら、あきらめるか、出会うまで待ち続けるか、
自分で作り上げるしかないでしょう。

たとえば、昔の童話や物語では、
主人公は何かとても重要なもの、
それは王子様や御姫様かもしれないし、何か道具かもしれないけれど、
探して長い旅に出かけます。
その先には、目的のものに出会えるかもしれないし、出会えないかもしれない。
青い鳥のように、家に帰ったらあるかもしれない。
だけれども、どれも端折れないのは、
探すための長い時間と努力の旅です。
自分にぴったりのすべてのものがコンビニで売ってるわけでも、
ネットで注文してすぐ明日届くわけでもないでしょう。
消しゴムや、レペットの靴ぐらいだったらいいけれど、
それ以上のものを求めているなら、自分で探さなきゃ。

学校のテストの回答のようなたった1つの答えもないし、
欲しいものは誰かに聞けば(しかも知らない人に)、
すぐ見つかるわけではありません。
私の人生は私にとってのぴったりなもの探しのために使われています。
誰かが最も欲しいものありかなど、想像したところで、わかりません。
親でも、子供が最も欲しいものなどわからない、
夫だって、妻が最も欲しいものなどわからない。
それについて知っているのは自分だけ。
知っている人しか、探せません。
つまり、それを探せるのは自分だけです。

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2014年7月9日水曜日

KAWAIIファッション

日本のデザイナーの影響力は衰退したと書いたばかりなのですが、
イギリスのデイリー・テレグラフに日本のファッションがワードローブに進出してきているよ、
という記事を見つけました。
こちら
内容を読むと、何が進出してきているかというと、
・食べ物アクセサリー
・80年代のアニメ
・大きいサイズのセーター
・ジェリー・サンダル(→これが何のことかわからない→検索したら出てきました。単なるビニール素材のサンダル。これ、日本のものなのかしら?)
・フリルつきのソックス
・サンリオのキャラクター、キティだけでなく、マイメロディとか、キキララも。
・動物の形の帽子
・猫(の帽子、靴、バッグ)

これらって、確かに日本発なのかもしれませんが、
ファッションなのかしら?
猫って、ファッションなのかしら?
まあ、いろいろ疑問はありますが、
この中で確かに影響を与えているのかもと思えたのは、
フリルつきのソックスと、大きいサイズのセーター。
フリルつきのソックスとは、ロリータ・ファッションの人たちが、
パンプスにあわせてはく、あれだと思いますけれど、
最近、やけにパンプス+フリルのソックスが多いなと思ったら、
もとはここなのですか。

それと、大き目のセーターというのは、女子高生たちが着る、
あのだらっとして、お尻が隠れるぐらいの丈の、あれのことですね。
あれも確かに影響を与えているかも。
あのわざと大きいサイズを着るスタイルは、今後も出てきそうです。

昔から、ヨーロッパのリサーチャーの人たちは、
裏原宿あたりをリサーチして、アイデアを探しているというのは聞いてましたし、
たぶん、バッグに飾りをじゃらじゃらつけるあのスタイルは、
日本の女子高生なんかが発祥でしょうから、
今回のKAWAIIファッションにしても、その流れの続きなのだと思います。

だから、影響はまったくないとは言えないけれども、
逆に言えば、その程度だということ。
しかもこれら、デザイナーが作った影響ではなくて、
いわゆるストリート・ファッション発祥というものです。

最近、シャルロット・オランピアが猫の顔のついたフラットシューズを出していますが、
あれは、80年代のトキオ・クマガイの動物シリーズの靴にそっくりです。
猫とか、白鳥とかありました。
みんなが忘れたころに復活です。
デザインという意味では、過去のもののほうが影響が大きいと思います。


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2014年7月7日月曜日

あの時代はもう来ないのかなあ


日本人デザイナーおよびブランドの、
世界のファッションにおける影響力が著しく低下して久しいです。
外国のサイトをチェックしているとわかるけど、
本当に、ごくたまにしか出てきません。

たぶん、一番盛り上がっていて、影響力があったのは1990年前後で、
2000年を境に急速に影をひそめていきました。
ちょうど第一次のスーパーモデルブームのときと重なります。
つまり、ケイト・モスが出てくる前。
そして、プラダがミウッチャ・プラダをデザイナーにして生き返る、
その前です。

あの頃は東京コレクションもまだ派手で、お金もかけていたし、
それこそ、海外のヴォーグに出るようなモデルが日本にもきていました。
今だったら、カーラ・デルヴィーニュやイーディ・キャンベルが来るっていうことだから、
とても今では考えられません。

94年ごろがピークだとすると、
ちょうど20年前です。
ということは、バブル崩壊のころ。
私は、バブルのころはまだ働いていないので、
バブルのすごさは経験として知らないのですが、
とにかくみんな、羽振りがよくて、
洋服にもたくさんのお金を使ったのです。
で、デザイナーズブランドの服も売れました。
20年前で、ジャケット5万とか、コート8万から10万だったと思います。
それを青山あたりを歩いている人は実際に着ていました。

あれを1つの現象としてとらえるならば、
それが起きた原因は1つではなく、
ファッション・トレンドと日本人デザイナーのデザインするものが一致したこと、
経済の力、
文化が成熟してきていたことなど、
いろいろあると思います。
決して、デザイナーたち、個々人の実力だけではなかったでしょう。

そう考えると、
あのころと同じような現象が再び起こるとは、考えにくいです。
経済が今よりよくなるとは考えにくいですし、
(経済力の衰えとともに、日本人モデルは激減してしまいました)
20年前から、それほど文化が成熟してきてもいないこと、
(これは私の目にはそう見えるということで、異論もあるでしょう)
そして何より、ファッションの流れと日本人デザイナーが得意なものが変わってしまったことが、
大きな原因です。
(あとついでに言えば、
独裁主義国家出身のデザイナーなんて、世界で認められません。
そうならないためにも、ここで食い止めなければ)

今の日本人デザイナーは、過去の栄光が作り上げた遺産で食いつないでいます。
服に関しては、日本のデザイナーが今最もクールなんてことはありません。

もし次に同じような現象が起こるとすれば、
それもまた、さまざまな要素が重なって起きてくるでしょう。
それがいつかはわかりませんし、
その要素が何だかもわかりません。
そして何よりも、
そんな日が再び来るのかどうか、
知る由もありません。

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2014年7月6日日曜日

買い物は1つの支援の形

THINK GLOBAL,
ACT LOCALLYという言葉は、
主に環境や人権問題を扱うときに使われてきた標語です。
考えるときは地球規模で、
行動するときは、その地域で、というような意味です。
ですから、多国籍企業の目指す「グローバリゼーション」とは違います。
逆に、その対極にある考えです。

ここ数年、多くの人が言い始めているのが、
とにかくお金を自分の住んでいる地域周辺でどんどん回していこうという考え方。
モノを買うにしても、サービスを受けるにしても、
自分が住んでいる、もしくは知っているエリアで、
個人経営や、その土地の小さな経営者のところにお金を落とし、
お金をその地域内で循環させようということです。
ただし、考えるときは地球規模なので、
いくら近くでも、地球規模でおかしいと思えるところに使ってはいけません。
たとえば、法律を守らない人のところとか、環境に負荷をかけているところとか。

具体的には、
自分の周囲の農作物を買ったり、
カフェに行くにしても、
グローバル企業ではなくて、個人経営のカフェへ行く、
おまんじゅうを買うときは、スーパーではなくて、
個人経営のお店で買うなど、
いろいろあります。

私はここに土地だけのローカルではなくて、
知っているという意味でのローカル・ネットワークも入れたいと思います。
身近な違法企業より、遠くでもフェアで、オーガニックな人たちを応援したいからです。

たとえば、近くではなくても、
ネットを通じて、その考えに賛同したり、
作っているものがいいと思えるのなら、
距離的には遠いとしても、そこのものを買ったり、サービスを受けたりするのはありです。

そうすると、ネットで見つけた作家さんの作品だったり、
生産地はここではないけれども、オーガニックのお茶が買えたりしますし、
被災地の支援ができたりします。

もちろん、今のような生活では、すべてローカルだけでお金を回すことは難しいです。
私の場合、果物と野菜のほとんどは地元の農家から買っていますが、
それでも足りないものは出てきますから、
それは近くの小田急線ローカルのスーパーマーケットで買います。
また、オーガニックの洗剤類は外国産のものが多いです。

本当はアマゾンも利用したくはないです。
アマゾンは多国籍企業で、日本に税金を払っていません。
(そういえば、フランスは反アマゾン法を作りましたね。すごいですね)
だから、楽天にあるならば、まずは楽天をチェックし、
どうしても手に入らないものはアマゾンにするなどしています。

出先で休憩したいときも、
できれば個人経営のカフェ、そうでなかったら、ドトール(日本企業なんで)。

で、服なんですが、これは完全に輸入品を避けることは、
もはやできません。ほとんど輸入に頼らざるを得ません。
ですから、信頼できると思われるブランドのものを買うようにしています。
(思われるというのは、本当にそうかどうかは確認できないので)

私も病気をしてお金がなくなってしまったときは、
○ニクロさんのお世話になりました。
けれども今は、ジル・サンダーがデザインした例のシリーズのものと、
カシミアのニット1枚を除いて、持っていません。
(+Jは、確かによかったです。しかもちょうどそのころ、私はメニエールで、
またしても仕事ができなくなって、お金がない時期でした・・・)

これは全体のシステムの問題で、
私たちも、もちろんそのシステムに組み込まれていますので、
そう簡単に抜けることはできません。
特に、男女の平等指数が著しく低い日本において、
これを女性が実行していくことは、至難の業です。
けれども、少しでも改善しようと努力をしていくことは可能です。
服に関して言えば、安い服3枚買うところを、
納得のいく1枚に変えることによって、信頼できない企業のものを買わなくてすみます。
それぞれが、それぞれ自分のできる範囲で、
少しずつ努力していく、
何かを1つ買うたびに、それはその企業を支援しているのだと理解していることが、
大事なのだと思います。

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2014年7月5日土曜日

衣食住は時間がかかる

ファッションについて、言葉だけで説明するのは限界があります。
生地の質感も、パターンのよさも、
色も、言葉だけで伝えるのは無理。
だから、私がブログで書いているだけでは、
半分ぐらいしか伝わらないだろうなと思いますし、
実際そうだと思います。

で、言葉では伝えきれないところをファッション・レッスンで示しています。
お教えする内容はブログに書いてあることと、ほぼ同じです。
ほぼ同じですが、実際にやってみるとか、
見てみるということ、つまりライブでやることに意味があります。
ですから、文章を読んでわかったつもりでいても、
実際に簡単なスタイリングの例をお見せしたりすると、
初めてわかったという方が多いです。

それでも、それをまた、
自分のスタイルの中に落とし込んでいくのは、
もう一つ上の難しさがあります。
理論的にわかった、
見てわかった、
けれども、実際に実行してみることは、
また違った難しさがあります。
これは料理にも似ています。

レシピを読む、
先生のデモを見ながらメモをとる、
ここまでは誰でもほぼ同じようにできるのですが、
では、ここから自分で作ってみましょうというときに、
実際に作ってみると、また違った難しさが出てきます。
それはどういうことかというと、
先生がやるのを見て、
できるつもりになっても、
いざやってみると、簡単に同じようにはできないということです。

ではどうしたらいいかというと、
練習しかないのではないでしょうか。
私は昔、コルドン・ブルーで半年ほど、お菓子を習っていたことがありましたが、
午前中は先生のデモを見て、
午後、自分1人で実習で作って、
うちに持って帰って、それを食べて、
後日、また同じものを作ってみるということを繰り返していました。
そうしないと、なかなか自分のものになりません。

こういう作業には時間がかかります。
一朝一夕にはうまくできません。
衣食住にかかわることは、どれもみな、習得するのに時間がかかることばかりです。
料理も、インテリアも、ガーデニングも、着るものも、
時間をかけてゆっくりと、
だんだんと完成させていくものなのだと思います。

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2014年7月2日水曜日

リアリティ

ファッション業界の人も、
スピリチュアル業界の人も、
現実を無視することに非常に長けています。
洋服を作っている現場も、
日本のファッション雑誌も、現実は無視です。
(外国の雑誌は違います。ある程度までは書いています)

スピリチャル業界の人も、
「引き寄せの法則」が大手を振って登場してきてから、
自分の半径5メートル以上の世界は見ようとせず、
それ以外のことはなかったことにしようとしている人たちが台頭してきました。
だから、自分さえよければいい、ということになってしまいます。

「引き寄せの法則」が万能でないのは明らかです。
この考え方はアメリカからやってきましたよね。
アメリカでどれだけ流行っているかは知りませんが、
もしそれが本当で、ある程度流布しているのなら、
アメリカの貧困問題は解決しているはずです。
(引き寄せの法則信奉者って、よく富は無現です、
みたいなことを言うよね)
解決するどころか、増え続けています。

彼らに共通して言えることは、
反知性主義であるということです。
どちらも、独特の幼稚さと、無知さ、
そしてそれによる、他のことへの無関心さを有しています。
(それから、これを着ればモテるとか、
これを持っていれば幸せになれるとか言うところも似ている)

だけれども、
無視しようが、
無関心でいようが、
その現実が消えるということはありません。
それは自分の半径5メートル以内の世界にも、
浸透しています。

ある程度までは無視と無関心でいけると思うし、
そういう人たちは確かにいます。
けれども、その後はどうなのかしら?

その後については、まだ未確認なので、
今後も観察し続けていきたいと思います。


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