2014年5月31日土曜日

レインコートが着られるということ


最新号の「暮らしの手帖」のスタイリストの原由美子さんが、
レインコートについて書いているのを読みました。
原さんは、雨の日のお出かけは、
きちんとレインコートに長靴、だそうです。

それを読んで自分のことを振り返ってみましたが、
私は、大人になってから、
ちゃんとしたレインコートを買ったことがありません。
小学校のときに、親にレインコートと同じ柄の傘を、
おばあちゃんちの近くの武蔵小山の商店街で買ってもらったのは、
はっきりと覚えているのですが、
レインコートの記憶は、あれが最後。
大学にもレインコートを着ていった覚えがない。

なぜだろうかと考えてみてわかったのは、
1つは通学や通勤の電車の問題。
通学、通勤はいつも満員電車だったので、
濡れたレインコートと長靴、傘の雨重装備では、
乗れませんでした。
傘でさえ、折りたたみにしておいて、たたんでバッグに入れるのに、
雨にぬれたレインコートのまま、満員電車に乗るなんて無理。
ラッシュの時間帯に、そんな人はほとんどいない。

つぎに行った先の問題。
レインコートを着ていったところで、
それを脱いでから置くところがありません。
長靴をはいていってもいいけれど、
そのまま働くわけにはいかないので、それを置いて、違う靴とはきかえる場所が必要ですが、
それもありません。
大学はロッカーがあったけれど、
濡れたレインコートをそのまま入れるわけにはいきません。

で、アパレルに勤めたときは、
ロッカーも、コートをかけておく場所もありませんでした。
(今でも、自分のコートをコートラックにちょっとかけたら、
コートをコートラックにかけたという理由で上司に怒られたのを覚えています)
荷物は机の下に置くだけ。
ジャケットなんかは、イスの背中にかけていました。
その後は自営業になったので、
大雨の日に外出する必要もなくなり、
レインコートは不要となりました。

今年の2月の大雪といい、
夏や秋にやってくる台風といい、
日本のような気候の地域で暮らすには、
本当はレインコートと長靴があったほうがいいのだと思います。
だけれども、社会はそれに対応していないので、
実際に雨の日に重装備で出かける人は、
今はもはや少数派。
レインコートというものは、
行った先で置き場所が確保されている人のためのものになってしまいました。

でも、行った先に置き場所が確保されていれば、
レインコートは着ていきやすくなります。
長靴を脱ぐエリアと、はきかえる場所があれば、
長靴をはいていきやすくなります。
それが用意されている場所と、用意されていない場所があります。


今はほとんど、それが用意されている場所にしか行かないので、
レインコートがあってもいいかなと思いました。
もうそろそろ梅雨が始まります。

☆写真:庭のバラ。ベンジャミン・ブリテン。こういう色のバラが好きです。

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2014年5月28日水曜日

「新しい視線」の獲得

ここのところ、毎日、どこかしら少しずつ片付けと掃除をしています。
同時に置くものの位置を変えてみたりもしています。
掃除や片付けに必要なのは、
その動機づけだと思いますが、
それ以外にも、自分の家や部屋を見る「新しい視線」ではないかなと、
思いました。

たとえば、新築の家のまだきれいな状態を見てから、
自分の家や部屋を見直すと、
新築ほどにはならないにしても、
もっときれいにしよう、少し近づきたいという、
新しい視線でもって、自分の家を見ることになります。
それは自分の家や部屋を見ていただけでは、
決して得られなかったものです。

雑誌の部屋やインテリアの写真もいいんですけれど、
実物の立体感とか、質感を伴った実感は、
写真とは全然違います。
たぶんそれは、知識と経験の差でしょう。
もっと言うと、そのエネルギーにふれたかどうかの差。
雑誌の写真を鼻歌、うたいながら見ているよりも、
実物の美しい空間を見たり、
その中に存在したほうが、ずっと迫るものがあります。

実際に経験して「新しい視線」が手に入ったら、
もう自分の家や部屋を前と同じようには見えなくなります。
そうすると、部屋を掃除するなり、片付けるなり、
模様替えするなりしたくなる。
今回、私は誰かの素敵なおうちやお部屋を見て、
「新しい視線」を手に入れたわけではなく、
自分で自分にインテグレート・ヒーリングをすることによって、
なぜか新しい視線で自分の部屋が見えるようになりました。
ヒーリング後、いったい何がどう変わるのかと思ったら、視線が変化していました。
逆にこの「新しい視線」を自分が手に入れることができなかったら、
なかなか掃除や片付けは進まないのかもしれないと思いました。

お客様を呼んで他人の視線にさらすこともとてもいいのですが、
それだけでは足りないなと思ったら、
「新しい視線」を手に入れる。
これは家でもファッションでも街でも、なんでも同じなのでしょう。
そのためにはどうしても経験が必要。
その場にいる、いたということの重要性は、
こんなところにもあるのだと思いました。
(で、私は今、どこか参考になる実物を見たいのですが、
とりあえず、近くのニトリの展示でも見に行くかな。
いや、ニトリじゃ、やっぱりだめか。
せめてイケアぐらいまで行かないとな。コンランショップは遠いしね)

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2014年5月27日火曜日

エネルギーの循環

この前、CDショップの前を通りかかったのですが、
驚くほどお客さんがいませんでした。
広さに対して、あまりに少ない。
確かに私もCDをお店で買うことは、ほとんどなくなりました。
昔は、渋谷のWAVEやDISC UNIONなんかに行って、
3枚も4枚も買ったのにね。
今は通販もあるし、
私はめったなことで利用しないけど、
ダウンロードが主流なのかもしれません。
(そうそう、このあいだ、ソフィ・エリー・ベクスターのCDを買おうとして、
予約したのに1カ月たっても何の音沙汰なし。
人気じゃない人のは、今は入ってこないみたいです。
そうなると、ダウンロードでしか入手できない)

実際、CDの売上げは10年前と比べてずっと落ちています。
何年か前、ラジオのアンケートで、20代の人が、
音楽はYou Tubeを流しておけばいいから、
好きなアーチストのCDを買う必要がないと答えていました。

一方、雑誌ですが、今はどこもインターネットのウェブサイトを持っているので、
そこをつまみ読みしていけば、
あえて買うほどでもない、のは確かです。
ブロガーのある女性が、
洋書や洋雑誌が大好きと書きながら、でも、雑誌は無駄だから買わないと、
少し自慢げに書いていました。

好きなのに買わないなら、それは好きじゃないでしょう。
だって、作り手に対するレスペクトがないでしょう。
(こういうときレスペクトは使うわけね)
音楽でも雑誌でも、もちろん洋服でも、
作る側にいる人たちは、作ることにどれだけ時間とお金がかかるか、
みんな知っています。
決して無料ではできません。
それを作るときの労力もそうですが、
他人に発表して認められるようになるまでだって、
どれほどの時間がかかっていることか。
たんぽぽの綿毛じゃないんだから、
道端にあって、いつでも無料で拾っていいよ、
みたいなものではない。

このエネルギーの一方的な搾取ですが、
エネルギーの循環の意味から言ったら、
決していい結果は訪れません。
だって、その買わない人たちは、
誰かが作った成果をエネルギー交換せずに、
一方的に奪うという行為を繰り返しているのですから、
やがて、自分の成果物が一方的に奪われるようになります。
あと、作り手に対するレスペクトがないということは、
その人たちが何か作ったとしても、レスペクトされないです。
(書いていて気づいたけど、それは石油やレアメタルといった資源も同じですね)

このエネルギーの循環には時差がありますので、
必ずしも今やって、今すぐ戻ってくるわけではありません。
戻ってくるのは5年後かもしれないし、10年後かもしれない。
だけれども、その人が誰かの作ったもの、表現したものに対して、
そういう態度をとったなら、必ず戻ってきます。
(他人の旦那さんを奪ったら、自分もいつか奪われるのと一緒ですね)
逆に、ちゃんと対価、またはそれ相応のエネルギーを出して、
レスペクトしていたなら、
今度は自分が何かやったとき、
ちゃんと自分にそのように戻ってきます。
そうやって、エネルギーは循環します。

エネルギーは必ずしもお金だけとは限りません。
称賛や感謝、レスペクトの言葉なども、
エネルギーの一種です。
奪った人は奪われる、
出した人にはそれなりに戻ってくる、
それだけです。

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2014年5月26日月曜日

かっこいいおじいさんを見た。

藤沢の駅の近くで、
かっこいいおじいさんを見ました。
ここら辺、鵠沼の御屋敷も近いので、
ときどき、素敵な方が歩いていらっしゃいます。

お歳は70歳ぐらい、身長はかなり高く180センチ弱ぐらいでしょうか。
ブルーのストライプのクレリックシャツに、
カーキの七分丈のカーゴパンツ。
オフホワイトの帽子をかぶり、
足元はビーチサンダル。
しかも、一番基本の安い感じのビーチサンダルです。
持っているバッグはデニムの布製の軽いバッグ。
この姿で病院から出てきたところでした。

この組み合わせはすごいです。
クレリックシャツにあのビーチサンダル。
すごい外しテクニックです。
思いつきません。
しかも、パンツは七分丈。

ビーチサンダルは湘南ボーイのプライドでしょうか。
これでどこでも行くのだ、行けるのだという意思が見え隠れします。
若者がやるならまだわかりますが、
どこから見てもおじいさんがこのスタイルです。
迫力があります。

たぶん、あのスタイルは奥様が作ったものではないと思います。
奥様がそろえるのだったら、
ビーチへ行くんじゃないんだから、靴下はいてとか、
パンツは七分丈じゃなくて、10分丈にしてとか、
思うでしょう。
そのほうがきちんとした感じがしますから。
自分の意思を通す男、かっこいいです。

こうやって観察していると、
まだまだはっとするような、
かっこいいスタイルをした人が見つかります。
それは年齢も関係ないし、
どこのブランドのものを着ているかなんていうのも、
関係ありません。
あえてどこかと言われたら、
センスと、その人の意思でしょうか。
これでいいのだ、かっこいいのだという意思が見えるかどうかは、
重要なポイントで、
それが迫力になります。
まず何より、自分でいることに自信を持つ。
それは文章の最後の句読点のように、
スタイルを完成させるのだと思います。

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2014年5月23日金曜日

ケイト・アプトンの体に思う

2014年6月号のBritish Vogueの表紙は、
ドルチェ&ガッバーナの水着姿のケイト・アプトンです。
21歳のこのグラマラスなお姉さまは、2012年あたりから知られるようになったようですが、
私は特別注意して見ていませんでした。
けれども、マーク・ジェイコブスのルイ・ヴィトンのファイナル・コレクションには出演しています。

見ればすぐわかりますが、
ものすごくグラマーですし、脚は細く長いですが、
ボディはやせているという感じではありません。
ほとんどのモデルより体重もあるだろうと思われます。
つまり、やせているモデルではありません。
今の趨勢のほとんどのモデルとは違う体型です。
どちらかといえば、グラビア・モデルです。
だけれども、彼女はグラビア・モデルではなくて、
ヴォーグの表紙のモデルです。

さて、2012年になって、女神ルックがくるよと、私は1人、騒いでいたわけで、
事実そのとおりになりましたが、
唯一、女神っぽさが足りないなと思い続けていたのは、
モデルの体型でした。
女神は豊かさの象徴なので、豊満でなければいけません。
ほとんどのモデルは女神というよりは、妖精体型。
妖精は可憐で、かわいいのですが、生産性はありません。
豊かさの点から見たら、豊満な女神に負けます。

しかしここへきて、女神体型のモデルのケイト・アプトンのような体型のモデルが、
何度も表紙を飾るようになりました。
(ケイトは2013年1月の表紙もしていますし、
2014年4月号も豊満な体型で、料理研究家のナイジェラ・ローソンが表紙でした)
やっと、豊満体型のモデルが認められ始めました。

ただ、この傾向が全体に広がるのかと聞かれれば、
それは少し疑問なのです。
ケイト・アプトンの体型だと、たぶん、既製服は入りません。
写真を見ても、ジャージーのドレス姿が多く、
かちっとしたジャケットなどは着ていません。
たぶん、サイズが合う服がなくて、ジャージーのものを選んでいるのでしょう。

そのほかにも British Vogueのサイトの中では、
「胸が戻ってきたよー」という記事もあるのですが、
説明はハリウッドのゴールデンエイジが戻ってきたと書いてあります。
ハリウッドのゴールデンエイジというのは、たぶん1950年代ぐらい。
既製服の時代ではない。
女性の体型がカーヴィーだということは、既製服を着ていないということです。
つまり、豊満でグラマラスな体型を認めるということは、
既製服の否定につながるのです。

ケイト・アプトンが主流になるためには、
既製服から抜け出なければなりません。
でも、そんなこと、少なくとも今はできない。
このシステムを全部一遍に変えることはできません。

今までも、いろいろなモデルがいましたが、
多くはある一定の規定にあった体型の人がほとんどでした。
ケイト・モスやカーラ・デルヴィーニュは少し背が低いですが、
体のフラットさは、ほかのモデルと同じです。
だけれども、そこにケイト・アプトンが混ざったら、
これはかなりの混乱です。

時代の流れとしては、グラマラスの流れには逆らえない、
だけれども、それを認めてしまえば、
現在のアパレルのシステムの否定につながりかねない。

そんなわけで、予想としては、そこそこにグラマラスを認めつつ、
主流は今までどおりかなという感じがします。
とりあえず、ケイト・アプトンのようなグラマラス体型の人が、
ファッション雑誌の表紙に何度もなるということは、
かなりの進歩です。

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2014年5月21日水曜日

余裕が出てきた人たち

朝のうちに、うちの庭のばらの写真をとろうと思っていたら、
今朝は大雨です。
今年は心なしか、雨が多いような気がしますが、
皆さんの地域はどうでしょうか。

最近、友だちやクライアントさんの皆さまから、
退職、離婚のお知らせを続々といただきます。
皆さん、いろいろ終わらせているようです。
これら、ほとんどの方々は言われる前に、
自分から先に動いている方たちです。
自分から先に動いている方たちには、
一種独特の心の余裕があります。
普通だったら、かなり動揺しそうな出来事なのに、
腹が据わっているというか、
達観しているというか、とにかく余裕です。
どっちにしろ避けられない出来事なら、
いきなりやってきて、あわわとなるよりも、
余裕で受け止めるほうが、ずっと楽です。

なぜ余裕なのだろうかと観察していたら、
ちゃんとつぎの予定や心づもりがあるからです。
たとえば、離婚ですが、
自分から切りだした離婚は、逆に早く離婚したくなっちゃうらしいです。
そうしないと、女性は離婚後6カ月、再婚できませんから。
離婚する前に誰かと付き合ってしまったら、
それは不倫で、法律にふれますわよ、
ということです。

退職も、もうここでやめますからと余裕でおっしゃっている方々は、
つぎどうするか、決意した皆さんです。
留学する、学校へ行く、自営業になるなど、
決めてしまった方は余裕です。

(まあ、うちへ来てくれた皆さんは星の動きで、
いつ離婚か、いつ仕事が終わるかわかっちゃったから、
余裕というのも、もちろんありますけど)

決められるのを待っているだけというのが、
一番弱い存在でしょう。
でも一歩そこを出たら、
会社勤めや妻でいることほどの(社会的な)安定はなくても、
違うところから強さが出てきます。
なぜなら、それは自分で決められるから。
お金が少ないなら少ないなりに、
一人なら一人なりに、
できる範囲で楽しくやればいいわけですから、
予算も都合もスケジュールも全部自分で決めればいい。
自分で決めると決意した瞬間、
余裕が出てくるのかもしれません。
余裕が出てきた人たちはかっこいいです。

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2014年5月20日火曜日

本当のブランド

本当のブランドとは何かという定義は、
いろいろあるとは思いますが、
「値引きをしないでも売れること」という定義を、
どこかで読んだことがあります。

値引き、つまりセールですが、
今、日本でセールをしていないブランドはどれぐらいあるのでしょうか。
ハイブランドは普通のセールは行いませんが、
アウトレットがあります。
でも、シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトンあたりはしていません。
(それでも外国ではセールをしている模様)
日本のブランドでセールをしないところはあるのかな。
アパレルだったら、ちょっと思いつかない。
アパレルだったら、思いつかないですが、
そうでなかったら、たとえば和菓子の虎屋は値引き販売しないと思うのだけれども、
どうでしょう。
虎屋は値引きをしないでも成り立っています。

値引きをしないということにはいろいろな理由があると思います。
まずは、売れ残るほど在庫がないこと。
それから、あらかじめ値引きが設定された値段設定ではないことなど。
また、競合がいないということも大きなポイントかもしれません。

逆に言うと、いつもセールをしているアパレルは、
売れ残るほど在庫があり、
あらかじめ値引きが設定された値段設定であり、
競合だらけ、ということになります。
確かにそうです。

定価で買ったものが、あるときセールで売られていると、
がっかりします。
だから、定価で買うとしたら、セールにならないものか、
売れ残らないものを選びたい。
そう考えると、そんなものはなかなかありません。

アパレルはその性質上、売れ残りが出ないというシステムにはならないでしょう。
既製服になった途端、同時に売れ残りが発生するようになりました。
完全なるオーダーでもない限り、残るシステムです。
そんな中、ブランドの価値を維持し続けるのは難しいです。

でも、なりふり構わず値引きするブランドより、
値引きしないで頑張るブランドのほうがかっこいいです。
値引きしないで踏みとどまるためには努力が必要ですから。
そして確かにそういうところのものを選んでいったほうが、
安くはないとしても、結果的に長持ちしたりします。

たくさん作って、残って、セールで売り払うというシステムは、
そろそろ無理がきていると思います。
みな、つぎの道を探していると思いますが、
まだ見つけられないでいます。
でも、きっとどこかにあるでしょう。
行きすぎは、必ず戻ります。
アパレルはそろそろ行き止まりではないかと思います。

そういえば、日本では、みつばちトートさんは値引きしませんね!
だから、立派なブランドです。
オーダーした分だけ作るというやり方は、
小さいメーカーさんには向いています。

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2014年5月17日土曜日

20代のファッション

きのうのクライアントさんがまだ20代前半だったので、
ふだんはあまり考えない、20代のファッションについてちょっと考えてみました。

まず、ファッションにお金をかけなくていいです。
違うことに使ってください。
周囲がブランドもののバッグを持っていたり、
雑誌にたくさん出ていてあおられますけど、
冷静に、距離を置いて考えて。
20代で買ったブランドバッグなんて、
30代で持つ気にもなりませんから。
まして、高級な時計なんていらない。
どんなに高い時計をしたところで、
持っている時間は同じ。

あとになって、20代のときに何を着ていたかなんて、
写真でも見ない限り、思いだしません。
ブランドバッグを買うぐらいなら、
同じ値段で布やかごのバッグを買って、
色の組み合わせについていろいろ実験してほしい。

あと、今は流行が切り替わった後の時期なんですが、
人はなぜか20代の楽しかったときのファッションをひきずる傾向があります。
だから今の20代は、前の流れ、
つまり何でもタイトだったころのシルエットにこだわる傾向が出てくるわけ。
一番流行ったものは、つぎの流行が始まると、
一番古臭いものになります。
流行の転換期に20代だった人は、その一番古臭いシルエットを引きずる人が多いです。
だからまずはそこを注意。
もう終わってますから。
高いものを買ってしまうと、捨てられなくなります。
だからよけい、高いものを買う必要はありません。
もっと軽やかに、時代と自分を見極めて、
失敗して学ぶ期間に使うといいと思います。
ブランド物を持つのは、30過ぎてからで十分です。

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2014年5月16日金曜日

流行の2つの流れ

流行には2つの方向があって、
1つはコレクションなどで発表されて、上からおりてくる方向、
もう一つは、いわゆるストリート・ファッションから上へ向かっていく方向です。
ストリート・ファッションから上へ向かっていくのは、
たとえば、スニーカーだったり、ダメージ・ジーンズだったりします。

一時期、このストリートからの流れが多かった時期もあったのですが、
最近の傾向を見ていると、
今はちょっと違うのかもと思います。
ストリートからは、ある程度吸収するだけ吸収して、
それが洗練されて、また上から流れてくる感じです。

ここ数日、発表されているクルーズ・コレクションや、
プレ秋冬コレクションを見ていると、
服に使われているテクニックが複雑になってきています。
ストリートでは、こんな複雑な服は着ていませんし、
テクニックもありません。

ストリートから影響を受けているのは、
スニーカーやリュックなど、
服以外のものが多い様子。
服はハイ・テクニック、
それ以外の部分でストリートからの味付けみたいな感じでしょうか。

ストリート・スタイルの服の多くは複雑なシルエットもパターンも必要としていません。
ですから、伝播するのに時間がかかりません。
ある一定量、広がってしまえば、それで終わり。
きのうも、またお年寄りがチェックのシャツを着ているのを見ました。
チェックのシャツはグランジからだけれども、
ストリートと同じように、下からの流れのものなので、
そういうものは簡単だから、すぐ流行って、
蔓延して終わり。
で、このサイクルが早くなってきた。
早いんで、下手すると、
着ているものがお年寄りと小さい子供と同じになっちゃいます。
さすがにお年寄りと同じだと、
もうおしゃれな感じはしないですから、
そこは避けたほうがいいかなと思います。

それにしても、お年寄りのカジュアル化の速度はすごい。
どこまでいくのでしょうね。
ジーンズ、スニーカー、チェックシャツ、
当たり前ですからね。

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2014年5月14日水曜日

久々の江ノ島


久々に江ノ島へ行きました。
通常、雨の日には行かないのだけれども、
江ノ島案内のお約束があったので、
雨だけれども、行ってみました。
まあ、着いたときには曇り、最終的には晴れましたが、
お目当ての岩屋には入れませんでした。
仕方ないので、岩屋の真上のお店で休憩。

平日、しかも雨と曇りなのに、まるで休日のような人出でした。
私は通常、ゴールデンウィークが過ぎると、
人が多いので、ここら辺に近づくのはやめるのですが、
初夏には初夏の海の香りがあって、
それはそれでいいものなのだと思いました。
これからどんどん騒がしくなっていく海辺の、
始まりの予感のにおい。
池の周辺には亀の赤ちゃんがたくさんいたり、
緑が急に色濃くなって、
青い香りがあたりに漂っていました。
確かにここは、物語にぴったりの場所。
シーンの背景そのものがドラマチックです。
(相変わらず手をつないで歩くカップル多し)

今回は島の奥まで行ったので、
江島神社の奥津宮、中津宮、辺津宮をお参りし、
三女神すべての女神さまにごあいさつ。
最近、わかったのですが、
グラウンディングには、こうやって地元の神様たちとのつながりを深めておくのもいいようです。
江ノ島の夏は、もう始まっています。

☆写真:「魚見亭」のテラス席からの眺め。初めてこのお店に入りました。ここも眺めがいいね。お勧めです。

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2014年5月13日火曜日

猫に声をかけられた

いつものように、うちの近くのオーガニックの農家さんへ買い物へ行く途中、
とあるお宅の玄関に座っていた猫が、私に向かって、
にゃあーと声をかけてきました。
ぱっと見たところ、知ってる猫じゃないと思うけれど、
よく見ると、耳の先っぽが切ってあります。
ということは、もしかして、うちでつかまえて避妊手術をしてリリースした子かもしれません。

ある時期、うちの玄関付近に、
お子様づれのお母さん猫が次々やってくるという事件がありました。
うちの玄関は軒が深く、
いすも置いてあるので、
雨宿りするにはもってこいの場所。
そこへ毎年、初夏から夏の時期に、
お母さん猫がやってきてしまうのです。
これ以上、野良猫がふえてはいけないので、
来てはつかまえて避妊手術、そしてリリースするというのを、
(猫は手術した後、はなすと、だいたい大急ぎで逃げていきます)
3回か4回ぐらいはやったと思いますので、
手術した猫は15,6匹?
もう正確な数は覚えていません。
(その最後の子が今お隣の外猫をやっているまるちゃんです)
でもそれで最近やっと、お母さん猫が来てしまうこともなくなったし、
野良猫もめっきりいなくなりました。

どうやら私に声をかけてきた猫は、
そのときの1匹のようでした。
その子はあるお宅の玄関に座っていたので、
そこで飼ってもらっているのかもしれません。
私が、
「あれ、誰だっけ?」と聞いてみると、
「にゃあー(私よ、覚えてない?)」と言います。
「ごめん、覚えてない。
おうちがあってよかったね。じゃ、買い物行くから、バイバイ」
と言って、再び歩き始めたら、
その猫が玄関から道路まで出てきて、
途中までついてきました。
私が、
「危ないからおうちに戻ったほうがいいよ」と言うと、
最後にまた「にゃあー(わかった、ありがとう)」と言って、
戻っていきました。

なんせ、1匹のお母さんから生まれた子はどの子も似ているので、
私はさすがに全部、覚えていません。
しかも大きくなったら、多少感じは変わりますので、
よけいわからないです。
けれども、猫は覚えているのかな?
しかも、何年かぶりなんだけれども。

たぶん、
「あのときはありがとう。
今はおうちもあって、大丈夫だよ」
と言いたかったのかもしれません。

それっきりその子とは会っていませんが、
そのお向かいの家には、
うちのまるちゃんとそっくりな、
まおちゃんがいるということは知っています。
(まおちゃんは、まるちゃんと同時期に手術した子)
まおちゃんとはしょっちゅうすれ違いますが、
向こうは完全無視です。
(去年、まるちゃんが脱走したとき、まおちゃんに会ったので、
まるちゃん、見なかった?と聞いたら、
知らんという顔して行ってしまいました)
必ずしも、すべての猫が覚えているとは限らないようです。

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2014年5月12日月曜日

問いは投げかけて置いておく

私が今、セッション・メニューとして入れている、
インテグレート・ヒーリングはキネシオロジーの一派でして、
本名、Integrated Healing(IH)と言います。
統合されたヒーリングというわけで、
キネシオロジーという筋肉反射を読む手法の枠の中に、
どんな方法でも入れていいことになっています。
いわば、それは道具箱のようなもので、
この道具箱の違いが、それぞれプラクティショナーの違いでもあります。

この道具箱の中身、たくさん集める必要はないと、
創始者のマチルダも言っていたのですが、
私にぴったりなものは何かないかと思い、
これまでは様々なクリスタルと、
それからソルフェジオ音階の音叉を入れてきました。
これら2つともパワフルで、いつもいつもクライアントさんの筋肉が選んで、
使われます。

そこで私はあともう一つ、何か私にぴったり合うフラワーエッセンスはないものか、
インテグレート・ヒーリングのセッションで使うのにいいものはないでしょうかと、
問いを投げかけていました。
面白いもので、
問いを投げかけて少しすると、
全然関係のないところからその答えが出てきます。

たまたま見ていたホームページから、
リンクがあったので飛んでみて、
そこで紹介されていたのが、
今回、私のところにスコットランドからやってきたオーキッドのフラワー・エッセンス。
そういえば、私はときどきなのですが、蘭に非常にひかれてしまうことがありました。
ただ、蘭は温室がなければ育てるのが難しいため、
蘭、育てたいと思うたびに、温室ないわ、だめだとあきらめてきました。
バラと同じぐらい、蘭にひかれたら、大変そうです。
いや、もしかして、バラ以上かも。

で、そのオーキッドのエッセンスの説明の写真を見たとき、
探していたものはこれだと思い、すぐ注文して、届いたのが4月の終わり。
それ以来、セッションをするたびに絶対にこのオーキッドのエッセンスが選ばれます。
今では音叉、クリスタル、そしてこのオーキッドのフラワー・エッセンスが、
私にとっての三種の神器です。
この3つを使うと、一気に別の次元を行ける感じがします。
一気に行けるので早いです。

先週は、この蘭のフラワー・エッセンスを使ったセッションを自分でも体験してみたくて、
知り合いの身体をお借りして、
代理セッションを自分で自分に対してやってみたのですが、
最後のほうになったら、自分で自分にやっているのに、
意識が飛びそうになって、眠くて眠くて仕方がないという、
なんだか変な状態になりました。
そしてそのあと、4日間ぐらいは本当に眠い毎日で、
それが終わったころ、自分に対してやった代理セッションの効果があらわれ始めました。
テーマは、「家をいつもきれに保ちます」で、
最近、なかなか掃除が進まないので、それを早めたかったのですが、
先週の途中から、毎朝30分、庭の草取りをし始めました。

それにしても、私のIHのセッションを受けた方たちから、
眠い眠いとは聞いてはいたのですが、
本当に眠いですね。
夜寝ても、朝寝しても、昼寝しても足りないぐらいでした。
たぶん、眠っている間に何かの調整がされ、
ヒーリングが統合に向かうのだと思います。

話がそれましたが、
問いは投げかけておくと、
答えがどこか、わからないところからやってきます。
そしてその答えは、今まで自分が知っていた範囲をこえています。
つまり、知識と経験と想像では出せなかったものです。
それを拾って拾っていくと、
今まで知らなかった世界に出会えます。
何か問いがあったら、まずは問いを投げかけて置いておく、
そして、どこからかそれがやってくるのを信頼して待つ。
自分をより未知の世界へと開くには、
こんな方法が有効です。

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2014年5月11日日曜日

ギャップが広がっている

ファッション・レッスンをやるときに、
イメージ・ボードを作るので、
うちには常時、何冊か雑誌があるのですが、
実際、自分が実際に買う、または着たいのを切ってくださいという話になると、
切るのはファッション・カタログの写真が多いです。
最近の雑誌、美しいのはいいのですが、
ハイブランドが多くて、実際に使えるスタイリングが少ないです。
全くないわけではないですけれど、少ない。

最近、この実際に着るものと、見ているだけのもののギャップが大きくなったような気がします。
ファッションを学ぶ学生には、ハイブランドの服を見ることは必要なのですが、
そうでないとして、実際買わないとしたら、
そんなにたくさん見せられても、どうせ買わないし、
スルーします、みたいな感じの雑誌が以前よりもふえた感じがします。
特に、雑誌の対象とする年齢層が高くなるほどその傾向が顕著のような。

ハイブランドは買えない、
かといって、30歳前後対象の安い服もおかしい、
そんな場合、参考となるような媒体があまりありません。
といっても、全部チェックしているわけじゃないから、
どこかにあるのかもしれませんけれど。

湘南エリアの大人の人たちを観察していても、
ああいう雑誌に出てくるようなスタイルの人って、いません。
リアルすぎる、等身大すぎるのも、
見るものとしては面白くないのですが、
全く関係ないものばかりというのも、
それはそれで面白くないです。
新しい雑誌が創刊されたら買うようにして持っているのですが、
うちにある雑誌の中でも、
誰も切ってくれないものが結構あります。

このギャップ、これからも広がり続けるのか、
それとも、うまく隙間のあるところのものが出てくるのか、
まだ答えは出そうにありません。
(そんなわけで、私のお勧めのスタイリストは菊池京子さんなんです。
菊池さんのスタイリングは、そんなにギャップがありません。
十分参考にできます)

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2014年5月10日土曜日

もう15年クルーズ・コレクション

ついこの前、秋冬コレクションをやったばかりなのですが、
もう15年のクルーズ・コレクションです。
早い。
最近は、コレクションが発表されて、
すぐネットにすべてのスタイルの写真が掲載されます。
インターネットがない時代、
つまりカメラマンがいて、写真をとって、
どこかの媒体を使って、多くの人に伝播していた時代は、
使っていいスタイルは5体までとか決まっていて、
それ以外は公開されませんでした。
それは商品のコピーを防ぐためだと思うのですが、
今はオリジナルを先に全部公開してしまう方法で、
コピーされるのを防いでいるのだと思います。
または、コピーされたとしても、
それはもうすでに明らかにされている情報をうつしているだけなので、
コピー商品だとわかるという方法なんだと思います。
隠してしまったら、コピーされたものなのか、オリジナルなのかわからないけれど、
先に堂々と出してしまったほうが有効という考え方。
ただ、コピーといっても、
真髄の部分はコピーできませんから、
たいしたことないのですけれどね。

さて、発表されたクルーズ・コレクションをざっと見てみましたが、
方向性はほとんど変わっていません。
リラックス、
ビッグ・シルエット、
流れるようなライン、
それと透け、レース、花のロマンチック三人姉妹。

当分、この路線でいくでしょう。
まだまだ開発の余地ありということです。

そういえば、きのう、お年寄りがチェックのシャツを着ているのを見ました。
そう、あのグランジ・スタイルのあのチェックです。
それを見たとき、グランジの流行は終わったと思いました。
(お年寄りがニルヴァーナを聞いているとは思えませんから。でも涅槃という意味でまさか?)
お年寄りが着始めたら、もう素敵には見えません。
最近、ここまで広がるのが早いです。
お年寄りが自分と同じの着てると思ったら、
もう終わったなと心得ておきましょう。
流行の終着駅です。

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2014年5月9日金曜日

ジュエリーについての考え方

きのう、いらない雑誌の整理をしていたのですが、
「シンプル・ライフの知恵袋」という雑誌を捨てようかどうしようか考えて、
中を再び見てみたら、ドミニック・ローホーさんのつぎの言葉が目にとまりました。
「私のモラルは、自分を含む周囲のすべての人たちを穏やかな気持ちにさせること。
自分をキレイにすることは、相手にも明るさと幸せを運びます。
(中略)
私にとってたったひとつのアクセサリーは、欲望ではなく、生きるための必需品です。」
引用終わり。

これは「アクセサリー」というくくりで、
いっしょにダイヤモンドのピアスの写真とともにつづられていた言葉です。
ここでは、アクセサリーという言葉づかいですが、
「たったひとつの」という言葉がかかっているところから見て、
ジュエリーのことをさしているのだと思います。
(たったひとつのと書いているのだけれども、
ローホーさんご自身の写真は、ピアスとおそろいの指輪もなさっています。
ひとつの、じゃなくて、1組なのかしら)

アクセサリー(ジュエリー)が、生きるための必需品であるとは。
今まで、そんなふうに考えたことはありませんでした。
必需品であるということは、それがないと生きていけないということ。

少なくとも、日本においては、
ジュエリーはなくても生きていけるものなので、
必需品じゃありません。
それがないと生きていけない、
または社会的にやっていけないのだとしたら、
多くの人が死んでいるか、社会的に認められないことになりますが、
日本では、そんなことはありません。

西洋文化の中でのジュエリーの位置づけと、
日本でのそれとは明らかに違います。
けれども、アジア全体を見ると、
もしかして、ジュエリーは必需品という文化の文脈の中で生きている人たちは、
多いかもしれません。
4,5歳ぐらいの女の子がピアスをする文化は、アジアにも多くあります。
逆に、日本では、ジュエリーとはこうでなければならないというルールがありません。
それはよくも悪くもあるけれど、自由という意味ではよかったです。
必需品とかいう話になって、
それをしないと認められないのよ、みたいになったら、
それはそれで困ります。

ジュエリーについての考え方は、
人や文化によってさまざまなので、
絶対というものはないと思います。
であるからこそ、いろいろな人の考え方を知っておくということは大切です。
いつでも違う見方、考え方があって、
何が正しいとか、間違っているとかはないと知った上で、
自分はどうするのか、決めればよいのだと思います。

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2014年5月8日木曜日

決断するとうれしい

ここのところ、いろいろな人たちがいろいろなことを決断して、
早速動き始めています。
決断するとわかると思うけれど、
つぎからつぎへと課題や、やることが出てきます。

私も昔、アパレルを辞めて、
しばらく、体力的にも精神的にも何もできなくなった時期があって、
そのあと、やっと決断して動き始めたとき、
あることを習いに行きました。
そうしたら、宿題が出たのです。
いやいや行った学校だったら、宿題、いやだなと感じるところですが、
好きなことを習いにいったときだったので、
宿題があるなんて、なんてうれしい!と感じたことを覚えています。

決断すると、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと、
決断しなかったころに比べると、
驚くほどいろいろなことが出てきますが、
どれも自分が望む方向のためのものだったら、
うれしいのです。

私はもともと習いに行くのが好きなので、
あれも習いたい、これも習いたい、
ああ、楽しいとなっちゃいますが、
そうでない人も、
自分が望む方向へ進むための波乗りは、
楽しくなります。

今まで自分のやりたいこと、
好きなことのために一生懸命やったことのない人は、
この楽しさがわからないでしょう。

つぎからつぎへと来る目の前にくる波を、
一つ一つ乗り越えていったら、
きっと、あら、こんなところまできちゃったというところまで行けるのでしょう。
終わりはないけれど、それが面白い。

ただ、それは待っててもこないから、
自分からそこまで行かなくてはね。
そして何よりも、その前に決断です。
決断すると、うれしいことがたくさん起こります。

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2014年5月7日水曜日

カラー診断のカラー・チャート

ファッション・レッスンを受けてくださったお客様の中で、
ときどき、カラー診断を受けたのだけれども、
その色を使うべきでしょうかというご質問をいただくことがあります。
私はそのつど、使いたかったら使えばいいし、
使いたくなかったら使わなくてもいいと答えてきました。
そうしたところ、きのう来たお客様は、
そのカラー診断のカラー・チャートを持参していらしたので、
拝見させていただきました。
中を見てびっくり。
色が少なすぎ・・・
私の持っているマンセルのカラー・チャートの100分の1ぐらい?
そんな少ない色の中から選ぶというのがまず驚き。
そして、これは予想はしていたのですが、
その色選ばれても着ないでしょ、買わないでしょという色が多いです。
特に春の色。
あの色のもので売っているのはスカーフとTシャツぐらい。
しかも、めったにはお目にかかれない色ばかり。
(なぜないかというと、そんな色、作っても売れないから)
きのうのお客様が選んでもらった色というのも、
それ、絶対買わない色でしょ、売ってない色でしょ、
第一、全然似合ってないでしょ、という色でした。

それからそのカラー・チャートの色はきっとオリジナルなのでしょうが、
色の名前や番号がありません。
マンセルだったらYRの何番とかなっているのですが、
それがない。
あれでは、どこかの誰かに伝えるとき、色番がわからないので、
伝えることができません。

ファッションを勉強した人や、実際に作っている人で、
あのカラー診断を利用しているという人は、聞いたことがありません。
まずいないだろうと思います。
なぜかというと、
あの色の中でだけ何か作れと言ったら、売れ残りばかり出てしまって、
大失敗しそうだからです。
しかも色が少ないので、小学校の限られた中で何か作りなさいという教材みたいです。
効率のために色が単純化されているのでしょうが、
端数を切り捨てて、多くのものにあわせるという態度は、
ファッションとは相いれません。

それでも、カラー診断を使うかどうかは、その人が決めればいいと思います。
ただ、私が受けたいかどうかと聞かれたら、いらないです。
世界にはもっといろいろな色があるし、
光、照明、室内、屋外、海、山、都会によって似合う色は違うし、
何より、そんな縛りはないほうがいいからです。

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2014年5月6日火曜日

今年は冷夏らしい

きのうあたりから、また肌寒くなりました。
今年の予報は冷夏だそうですが、
ファッションにとっては、最高気温35度の日々よりは、
少し涼しいぐらいのほうが適しています。
洋服は、どうしても猛暑対応ではないと思います。
発祥の地がヨーロッパなので、
気温35度などという日はあまり考えられていないからでしょう。

それにしても、こんなに猛暑の日がふえた日本でも、
男性のスーツ・スタイルは変わっていません。
あれは相当に暑いと思うのですが、
冷房を強くすることでしのいでいるのでしょうか。
大昔、省エネルックなるものがありました。
最近ではクール・ビズか。
でも、普通のスーツ姿の男性が大半です。

男性は変わらないのに、
女性はどんどん薄着になっていきました。
タンクトップ、キャミソール、ショートパンツ、ミニスカート。
これは気温だけのせいではないと思います。
たとえば、正社員じゃない女性は、
正社員のようなスタイルをする気もなくなるだろうな、
というのはよくわかります。
原因はいつも複合的で、
1つがよくなれば全部よくなるということではないのかもしれません。
今年、冷夏だたっとしても、
男性と女性の通勤着のギャップは埋まらないでしょう。

だからといって、男性が半パンツにTシャツで仕事場に行くのも、
どうかなと思います。
その格好では行けないところが多いでしょうし、
丸の内や大手町には似合いません。

たくさんの矛盾が最終的に服装にあらわれています。
気温とルール、
仕事場の環境と都会、
正規雇用とそうでない場合。
これらの辻褄がだんだん合わなくなってきています。

女性のラフ過ぎる通勤スタイルを批判するのは簡単だけれど、
そうなったのにはそれなりの理由があって、
あくまでその結果なわけで、
批判するなら、根本を是正せよということです。
(もしかして、非正規の男性のラフな通勤スタイルが出現するかもしれません!
それだって、彼らを一方的には責められません。結果ですから)

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2014年5月5日月曜日

6年前に夢見たこと

きのうふと、
そういえば、私が6年前に友達とインナーウエアのブランドを立ち上げる準備をしていたとき、
私が参考にしていたとあるブランドはどうなっただろうかと思いました。
ブランド名はAyame。
ソックスやタイツのブランドで、たしか1人で立ち上げて、
2年目に入ったばかりだったと思います。
小さいブランドがどうやって売っていくのか、宣伝していくのかということが、
その人のブログを通してわかったので、
興味深く様子を追っていました。
あそこは、今どうなったのかとおもって、
久しぶりに検索してブランドのページを見てみたら、
なんと大きく成長して、8年目の現在、パリ、ロンドン、ニューヨークの展示会に出展し、
世界各国で売られているということでした。
私がチェックしていたころに比べたら、大発展です。すばらしい。
パリ、ロンドン、ニューヨークへの出張の様子もブログに書かれていて、
小さいブランドが世界へ出ていく姿がよくわかります。

私もそのころは、そんなふうに仕事をしていきたいなと思っていたわけですが、
今、それらの記事を読んてみると、
決してそんなふうにやりたいな、なりたいなとは思いませんでした。
それはなぜなんだろうと考えてみると、
仕事だけじゃなくて、
生活スタイルまで含めて考えると、
今のアパレル業界のやり方に組み込まれて動くやり方が、
私の望むライフスタイルには合わないのだと思いいたりました。
年に2回の展示会とか、受注とか発注とか、納期とか、
出張とか、都会とか、
そんな要素も含め、
仕事だけじゃなくて、生活全体で考えると、
6年前は夢見たことが、
実は本当にやりたいことではなかったんだと、
改めて確認できました。

もちろんこの6年のあいだに社会的にも個人的にもいろいろなことがあり、
もう前と同じように考えられないという思いはありますが、
もしそちらの道がうまくいったとしても、
途中でまた方向転換しただろうなと思います。
私にとって大事なのは仕事だけじゃなく、
住むところの環境や食べ物、
何かを習いにいく自由な時間など、
いろいろありますから、
その部分が望みどおりじゃなかったら、
やっぱり軌道修正することになったでしょう。

自分がやりたいと思っていることは、本当にそのとおりなのかは、
なかなかやりたいと思っている渦中にはわからないものです。
今は、あのアパレルのサイクルに組み込まれなくてよかったと、
少しほっとしています。

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2014年5月4日日曜日

今日はオードリー・ヘップバーンの誕生日


今日はオードリーの生誕85周年だそうで、
グーグルのロゴもオードリーになっていました。
オードリーの映画は、今見ても古びれることのないスタイルのが多く見られます。
流行をこえたスタイルになっています。
ここら辺が洋服の原点であり、
何かしらの形で、今のスタイルにも影響を与えています。
この原点のスタイルがしっかりいかりとなっているので、
どんなにアヴァンギャルドなスタイルが出てきても、
西洋服が崩れることはありません。
ここのイメージがちゃんと頭に入っていれば、
コーディネイトもしっかり決まります。
オードリーの映画に見られるスタイリングは基本中の基本ばかり。
新しい雑誌も楽しいですが、
たまにはクラッシックなスタイルを映画で確認するのもいいです。
ヘップバーンつながりで、
キャサリン・ヘップバーンもマニッシュなスタイルは見本になります。
迷ったら、わからなかくなったら基本に戻ること。
それはアートでも、ファッションでも同じです。

☆写真:近所の森 

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2014年5月3日土曜日

5月になって


5月になって、いきなり初夏の陽気になりました。
うちのほうは、もう半袖にビーチサンダルです。
ここで冬のウールのニットは洗って、しまいます。
ダウンジャケットも自分で洗えますから、洗っちゃいます。
どれもクリーニングに出せばすむことですが、
ニットは特に、石油系の洗剤が嫌なので、
自分で洗ってしまったほうが好きです。
洗面台にニット用の洗剤を入れたお湯をためて、
その中で押し洗い。襟ぐりと袖口だけ少し入念に洗って、
あとはあまりごしごしやりません。
洗面台の水を流して、ニットを軽く押ししぼりして、
バスタオルの上に平らにおいて、
くるくる巻きにして、洗濯機の脱水を約1分。
部屋の中の平らに広げておけるところに、
置いてほします。
ニットなのでハンガーは使いません。
ある程度、乾いたところで、
仕上げとして軽くアイロンをかけて終了。

この作業、別に好きではありません。
好きではないけれど、
自分の持っているニットのメンテナンスとして必要だからやります。

「私は好きなことしかやらないから、そんな面倒なことはやらない」
という声も聞きます。
それも1つの生き方でしょう。
だけれども、人生のさまざまな場面で、
好きではないけれどもやらなければならないこと、
というのはあります。
誰にだって、それはあります。
(究極的なやらなければならないことって、お葬式かな。
好きなことしかやらない人は、好きじゃないからやらないのか、
好きだからお葬式をやるのか、
どっちかなんでしょうね)

今この瞬間も、
好きではないけれど、誰かがやらなければならないことをして生きている人がいます。
「好きな仕事をしていない人は売春婦と同じ」と、
くだんの女史がおっしゃっていましたが、
私はそうは思わないし、
一生懸命やっている人たちに、
えらそうにそんなことは言えない。
メーデーに、そんなことを思いました。
バンプ・オブ・チキンが「メーデー」って歌っていましたが、
あれはm'aidezからきたことばですね。
メーデーに、 m'aidez(助けて)です。

☆写真:近くの森に行きました。入口に「ちかんに注意」と書いてあったけど、
たしかに森なんだけど、ちかんに注意の場所でした。


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2014年5月2日金曜日

アパレル産業に資本主義の未来を見る

前から思っていたのですが、
アパレル業界とか、アパレル産業というものは、
流行という意味でもさきをいきますが、
産業構造といいますか、産業形態といいますか、
そんなものにおいてもかなりさきをいっているのではないかと思います。
だから、アパレル産業の歴史を見ていくと、
そのほかのもののたどる運命も見えてくるのではないかと思うのです。

きのうウェブの日刊ゲンダイで、
水野先生の、資本主義はもう終わっている、という記事を読んだのですが、
それはまさにアパレル産業がたどった道と同じで、
そうであるならば、もう今までの資本主義スタイルの産業は終わっているということです。
その意味で、1年前のバングラディッシュで起きた、アパレル工場の崩壊事故は、
象徴的な出来事です。
(あの工場で作っていたのはベネトンだった模様)

資本主義経済は、常に周辺を作ることで拡大していったわけですが、
もうその周辺は食いつくされつくしました。
日本においては、それは東北。
世界においては、それはアジア。
そして、日本でも世界でも共通して、使われたのは女性の労働力。

日本では、この前の地震で多くの縫製工場が廃業になったはずです。
そして、世界にも、それは違う形ではありますが、
何らかの形で終焉が見られるでしょう。崩壊事故はその1例です。

思えば、ブラック企業の走りもアパレル会社です。
創業者だけに異常な利益が集まり、そのほかについては、
法律は守らない、人権無視、そして残業代ゼロです。

日本は世界の縮図。
そしてアパレル産業は、資本主義の産業経済の縮図。
追っていくと、その未来が想像できます。

ここまで書いて、何が言いたいか、分かるかしら?
資本主義の終焉で、まず大きな影響が及ぶのが女性の労働者です。
それはアパレルも世界も同じ。
突然の解雇、事故、怪我、賃金不払いなど。
私は2000年に入る前にそれに気づいてしまいましたから、
時間がかかりながらも、つぎの道を模索しました。
時代は追いついて、
この影響はこれから多くの人に及びます。

今、仕事を辞めた、解雇になったというお話を多く聞きます。
いきなりその日がくると、対処が大変ですので、
徐々に準備をしておくのがいいかと思います。
準備に早すぎるということはありません。
バングラディッシュの工場崩壊は決して他人のことではなく、
利益を追求する企業で働く女性すべての写し鏡なのですから。

追記:まだインターネット・エクスプローラーで見ている方がいらっしゃいますが、今使っちゃだめだよ。ぜい弱性が見つかって、そのままなんだから。ちなみに私はFire Fox。

☆写真:はなみずき

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2014年5月1日木曜日

コピペできないもの

たとえばブログの文章などは、コピーして貼り付けてしまえば、
どこへでも持っていって、使われてしまいますが、
もし誰かがそれを自分の文章として使おうとしても、
そのオリジナルの文章に、
明らかなもともと書いた人の刻印がされていたら、
つまり、もともと書いた人独特の言い回し、文体があったら、
使おうと思っても使えません。
それは引用にとどまります。
簡単な言い方だと、その人らしさがくっきりあらわれていたら、
真似できないし、ばれてしまいます。

これは文章だけの話ではなくて、
つくられたものだったら、全部同じ。
陶芸家の作った、1つのお茶碗も、
コピペできない。

だから、コピペできないようなものを作ったほうがいいし、
コピペできないようなものを手に入れたほうがいい。
ああ、それ、どこからか全部持ってきたでしょ、
全部知ってるよ、
だって、たくさん流通してるもん、
なんていうのからは遠く離れていたいです。

簡単にコピペできるものは、伝播は早いかもしれないけれども、
すぐ消費されて、ゴミになってしまいます。
洋服の流行もそれと同じ。
音源の情報をカットするように、
劣化したコピペ商品は、すぐにあきられ、捨てられます。
願わくは、そんなものを作らないように、
そして持たないようにしたいです。

追記:それにしても、月曜日に整体師にやられたくびと肩がまだ痛い。これ、どうしたらいいのだ?放っておけばいいのかな。それしかないな・・・。とりあえず、二度と整体には行きませんし。

 
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