2014年4月30日水曜日

気になる色が変わってきた

色を選ぶときは、考えて決めるより、
感覚を優先しています。
そのときというか、自分にとってのある時代の気分というものがあって、
そのときは同じ色、特に差し色なのですが、選び続けます。
ところが最近、気になる色が変わってきました。

ちょっと前からどうしても黄色が気になり始めました。
ミウッチャ・プラダがコレクションの後のあいさつのときにはいていた黄色のスカート、
それからこの前のニュージーランドを訪問したときのキャサリン妃の黄色いワンピースなど、
黄色いものが記憶に残ります。

そして久々に私に訴えかけてきているのが赤です。
私はアパレルにいたころは、もっぱら赤を差し色にしていて、
ゴルチエの赤いバッグやら、ヨージの赤いブーツやら、
人が買わなそうなものを買っていました。
そして、どこかフランスのブランドの赤いリブ編みのタートルネックのニットもよく着ていました。
思えば、そのころはまだ元気なとき。
その後、体調を崩し、手術などを受けているうち、
赤いものを着たり、持ったりする元気はなくなり、
赤を持たない時期がずいぶん長く続きました。
(あ、でもメガネだけはプラダの赤縁だった)

しかし今年になって、というか、
この前のマルタン・マルジェラの秋冬コレクションを見たら、
マルジェラの使っていた、ボルドーに近い赤がとても気になりだしました。
赤といってもいろいろあって、
朱赤よりのものから、ダーク・レッドまで幅広いです。
マルジェラがネイビーに合わせていた赤は、
かなりダークで、メタリックなものでした。
あの赤が、今とても気になります。

ワードローブを構築する際は、
決めつつ、変化には対応するという態度が必要だと思います。
今はこれと決める、
だけれども、その後にやってきた変化には柔軟に対応していく。
気分だけに流されるのでもなく、
だからといって、気分を無視したりもしない。

変化は嫌いではないです。
自分の感覚を受け入れつつ、
少しずつ変えていきたいと思います。

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2014年4月28日月曜日

売れ残った服はどうなっちゃうんだろう?

完全なる売れ残りの服は、最終的にどこへいくのか、
実は私もよく知らないです。
私がアパレル業界にいたときに、
生産管理のお兄さんに聞いたのは、
通称「ばった屋さん」という業者さんがきて、
トラックに積んで、完全にいらない在庫を持っていって、
ネームタグをとって、どこかで売るという話。
あともう一つは、それでも残ってしまったものは、
アジアのどこかへ持っていって焼却処分するという話。
どんな会社でも同じだと思いますが、
小さい規模のところにいると、
内部の流れがよくわかるし、
社内の人とも話すようになるので、
それはどうなるか、
あれは何なのか、
けっこうわかります。
ただ、大きい規模の会社だと、
それについてはなかなかわかりません。

私がアパレル業界にいた90年代後半に比べて、
明らかに在庫は多くなっているし、
売れ残りも増加しているとおもうのですが、
あれらは最終的にどこへいくのでしょうか。
値段も高いですし、
最終処分といったって、
100円とかじゃないですから、
それを買うだけの財力のある国に持っていかないと、
無理だとおもうのですが、どうなのでしょうか。

全くの新品が、誰にも買われず、
そのまま焼却処分されるというのは、
作る側にとってはせつないものです。
それは洋服だけの話じゃないでしょうけれど。

あれはどうなっちゃうんだろうという想像力は、
どんなときでも必要です。

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2014年4月27日日曜日

おすすめHP

最近、よくチェックするHPはBritish Vogueです。
世界中のファッション誌がそれぞれホームページを持っているのですが、
全体のバランス、見やすさなどが一番いいです。

見やすさの問題なのですが、
ほかのHPは、いろいろ広告の動画がすぐ入りこんで、
とにかくダウンロードが遅いです。
タブレットなんかで見ていたら、すごく遅くていらいらするのではないでしょうか。
スマートフォンはもっと遅いでしょ。
どんなに中身がよくても、このうっとうしい広告たちはマイナス要素なので、
結局、見なくなります。
その点、British Vogueは広告がそんなにうるさくないので、見やすいです。

また内容も、ハイブランドやセレブだけに偏っているわけでもなく、
またちゃんとアパレルが抱える社会的な問題についても取り上げる点など、
バランスがとれています。
写真も、Tim WalkerやMario Testinoなど、レベルも高い。

つぎに見るのはVogue Italia
写真はイタリアがずば抜けていいです。
しかも、スティーヴン・マイゼルの動画なんかもあります。
(現在見ることができる、日本人モデルを使ったホラー風の動画は見ものです)
問題は、レイアウトがとっても見にくいこと、
広告の動画がうるさいこと、
そして、最後、イタリア語なんで、意味がわからないことです。
フランカの日記もあるのですが、イタリア語なんでわかりません。
(※よ~く見たら、右上に英語とイタリア語の表記を選べるアイコンがありました。レイアウトが見にくくて気づかなかった。というわけで、英語で読めます)

それにしても、これらがネットにつながる環境さえあれば、無料で見ることができるって、
すごいです。
学生のころは、外国のVogueを見るために、
紀伊国屋や青山ブックセンターの洋書売り場で、立ち読みしたわけですから。
値段も3000円近くしたので、買うわけにもいきませんでした。

いいものだけを視覚の記憶にたくわえていくことは重要です。
目利きになるためには、いいものだけを見続けることが条件です。
この話、中学2年生のとき、社会科の先生が教えてくれました。
いいものがわかるようになるためには、
いいものだけを見続けること、と。
私はいまだにそれを守っています。


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2014年4月26日土曜日

アンペアダウンした

きのうは電力会社の人にきてもらって、うちの電気の容量をアンペアダウンしました。
40A。
作業してくれた方のお話を聞いたら、
30Aでもいけそうでしたが、今まで50Aだったので、
とりあえず40Aにしてみて、様子をみて、まだいけそうだったら、
つぎは30Aにします。
これだけで基本料金が下がります。

ついでにでんき家計簿にも登録して、
使った電気量が可視化できるようにしました。
1年間の使用量や料金がグラフになって出てきます。
そうすると、どういう季節にどんなふうに電気を使っているかわかります。

この可視化というのはとても説得力のある方法です。
人によるのかもしれませんが、
私はどちらかというと、視覚で理解するほうなので、
こうやってグラフにされるとわかりやすいし、
対策もたてやすいです。
今年は特に2月が寒かったので、どこの家も電気の使用量が上がったということでしたが、
うちも例外にもれず、2月は1年で一番電気を使っていました。
これはたぶんエアコンのせい。
2月の雪の日々に使ったものだと思います。

読んでわかる、
聞いてわかる、
見てわかる、
やってみてわかる、
理解にはこのような段階があると思います。
動きがつくほど、理解は深まります。
聞いただけ、読んだだけの理解が一番浅いでしょう。

ただ、今みたいに何でもネットで情報がとれる時代に生きてると、
読んだだけで知ったような、やってみたような、行ってみたような気分になりがちです。
ここは大きな落とし穴だと思います。
電気使用量の推移が可視化されただけで、理解が深まるわけですから、
そのほかのことについても、実際にやってみたら、また違う理解が生まれます。

で、理解しないと、つぎの動きは生まれません。
電気使用量1つとってみても、
可視化して電気の使い方について理解したので、
それについての対策を考えた、
つぎはその対策について具体的な行動を起こした、となります。

というわけで、きのうはつぎの冬に備えて、
どうやって電気代を節約しようか考えました。
候補としては、電気膝かけの使用。
部屋全体を暖めようとするから非効率なわけで、
私1人が暖かければいいので、電気膝かけはいけるかも。

ちなみに、私はこたつは使いません。
20代のとき、こたつは私を堕落させると気づいてからやめました。
(いえ、これは私の場合です。皆さんは堕落しないでしょう)
このあいだ、アクタスで素敵なこたつを見ましたけれど、
やはり、これに入ったら私は堕落すると思い、購入を踏みとどまりました。
というわけで、今度の冬は電気膝かけで寒さをしのぎたいと思います。


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2014年4月25日金曜日

心地いいだけでは得られないもの

きのうはシェイクスピアの生誕450年の記念日で、
BBCを聞いていたら、せりふをちょっとずつ言っているCMが流れて面白かったです。
また私が聞いていた番組の中で、
イギリス人は学校でシェイクスピアをやるけれど、
意味がよくわからないし、退屈なので、
大人になると嫌いになっているという話をしていました。
どの国でも似たようなものなのですね。

私たちも、小学校や中学校の修学旅行で、
寺や神社につれていかれて、
退屈で、面白くないので、
そのまま離れてしまう日々が続きます。

私も高校のころ、友だちはみんな茅ヶ崎、鎌倉から来ていましたが、
誰1人、お寺いこうとか、神社いこうとか、
言いませんでしたから、自分たちでわざわざそういうところに行ったことはありません。
(それどころか、誰も海へ行こうとも言わなかった。
近すぎて意味なかった?)

強制されてやれとか、行けとか言われてやったものは、
全然楽しくないし、逆に嫌いになったりしますけど、
自分からやっていれば、そうはならなかったでしょう。

しかし、ある年齢が過ぎると、多くの人が、
こんどは神社やお寺さんにわざわざ行くようになります。
うちの近くの江島神社なんて、いつも人がいっぱいです。

私も、もともとは別にシェイクスピアなんて、好きではありませんでした。
高校生の演劇部員にとっては、ロミオとジュリエット以外、退屈でした。
ましてや、リチャード2世とか、長いので、退屈を通り越して苦痛でした。
しかし、大学に行って、
演劇部がシェイクスピア研究会しかなかったものだから、
しかたなくそれに入り、
しかも、セリフも全部英語でやらなきゃならなくて、
私は英文科じゃないし、
覚えるのが大変だったのですが、
今になっては、あのとき、英語で覚えておいて、よかったと思います。
だって、こうやって、BBCから英語のせりふが流れてくると、
わかるわけですから。
それだけじゃなくて、イギリスに行って、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで
シェイクスピアの芝居を見たとき、自分がやったことのある演目だったら、
内容がわかって、ほかの観客と一緒に笑ったりすることができましたし。

なんでも「心地いいもの」だけを選んでいきましょうという考え方もあるようですけれど、
自分の心地いいものだけを選んでいくということも、
また1つのとらわれではないかなと思います。
楽しい、心地いいだけ選んでいたら、
英語でシェイクスピアを演じるクラブになんて、入りませんもの。
あのときは大変だった、面白くなかったけれど、
やっておいてよかったというものが、誰にでもあると思います。
それはきっと今、大切な宝物になっているでしょう。

(心地いい、楽しいだけを選ぶというのも、結局、感覚にとらわれているということなのだ。
みんな同じです)


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2014年4月24日木曜日

FASHION REVOLUTION DAY

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4月24日はFashion Revolution Dayでした。
日本でこれについて言及しているのはピープル・ツリーだけのようです。
あとは全部無視?
British VogueのHPでは、しっかり取り上げられていました。
それが世界の基準です。
今日がその日に決められたのは、1年前、バングラディッシュでの縫製工場の事故があったからです。
行動として、今日は1日、裏表を逆にして服を着ましょうということです。

このブログを読んでいる皆さんにも、その服は
誰が、
どんな状況、
現場、環境で作ったものなのか、
思いをはせる想像力を持ってもらいたいと思っています。
それがあれば、おのずとその服が買うべきものなのかどうか、わかるはずです。
自分のやったことは、最終的に自分に戻ってきます。
どんなに小さいことでもいいので、できることから始めましょう。
選択は力です。

ローゲージのサマーセーターって着る?

この時期、たくさんのサマーセーター、
特に少しローゲージのものが店頭に並びます。
私も過去にほんの数回、買ったことがありますが、
買ってもあまり着ないまま夏が終わりました。

サマーセーター、
おもにコットン、またはリネンの糸のニットですが、
今年の4月のような気温、
つまり、最低気温が10度を下回るような日が多いと、
4月に着るには寒いです。

ローゲージのサマーセーターは厚みがありますから、
今の日本の真夏では、とても暑くて着られません。
ということは、7月半ばぐらいからは無理。
(高原とか、北海道とかならいけるのかも)

そうすると、いったいいつ着るのかとなると、
5月、6月、そして寒い夏の日ぐらい。

それと、ニットというのは形ができない、くたっとした素材なので、
見た目がリラックスした感じになります。
去年だったか、税務署に行ったとき、
サマーセーターを着た職員の方が対応してくれたのですが、
そんなにゆるい格好で、ここはいいのかしらと、
こちらが心配になるほどのリラックスさ加減でした。

サマーセーターといっても、
向こうが透けてみえるほどの薄い素材で、
ハイゲージのカーディガンは、
真夏でも冷房よけとして重宝します。
しかし、あまり売っていない。
売っていても、ポリエステルのものが多く、
真夏には向かなかったりします。

今はもう持っていませんが、
昔、ジョン・スメドレーのハイゲージのコットンのカーディガンを持っていました。
あれは真夏の冷房よけとして、とてもよかったです。
しかし、当時は驚くほど高かった。
たしか定価が3万6000円ぐらいではなかったかしら。
セールで買いましたけど。

実際に欲しくて、よく着るものと、
向こうが売りたくて、どんどん押しつけてくるものには差があって、
この押しつけには負けないようにしないと、
余計なものがふえていく。
それは若いころには気づかなかったけれど、今ではさすがに気づきました。
分厚いコットンのサマーセーターは、
真夏には着ません。
秋になって着たら、それはおかしい。
買ったとしても、着るのは今からほんのちょっとのあいだだけ。
素敵ですよとか、
お似合いですよとか、
適当なこと言われても、
いらないものはいらないと、今ではもうわかっています。


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2014年4月23日水曜日

「それはお金にならない」と言うけれど

「それはお金にならないからやらない」というセリフをよく聞きます。
趣味だったり、好きなことだったり、
そんなのやってもお金にならない。
確かにそうです。
お金にはならないです。

ただ、そのお金にならないことが、
最終的にはその人を助けます。
最近、私はうちに来る20代の人たちにこんなふうに言っています。
「なんでもいいから、続けられる趣味を始めて。
それを10年も続ければ、誰かに教えられるようになるし、
それはきっとお金にもなる。何より心の支えになるから」と。

たとえば、派遣で働くことは、今すぐお金になります。
だけれども、それは10年後、自分を支えてはくれません。
多くの人に聞くと、会社に長くいたからといって、
何か技術が身につけられたわけでもないし、キャリアにもならないということです。
(女性の場合です)

けれども、どんな趣味でも、10年もやれば、立派なキャリアです。
投資した分、戻ってきます。

ただ、ここで、好きなものなんかないという答えも多くかえってきます。
好きなものがないから、何もやらないということです。
でも、やってみないと、それが本当に好きかどうか、わかりません。
私が理解できないのは、
どうしてやってみる前に判断できるのかということ。
それならそれでいいんですけれど、
やらないうちに、どんどん時間がたっていき、
年はとっていきます。

洋服にお金をかけないでと言っているのには、
そういう思いもあるからです。
洋服に使って、いっときいい気分になるのではなくて、
自分の財産になるような方向に大事なお金を使ってもらいたいからです。

ブンカのときの友達で、
学生のとき、すごく高額なお洋服を着ていたのに、
40近くなって、今は無印という人、現実に知っています。
そんなもんです、本当に。

今回のグランドクロスは、
今まで「お金にならないからやらない」と言い続けてきた人に、
大きな変更を求めているように思えます。
もちろん、いつでも遅すぎるということはありません。

2014年4月22日火曜日

その痛みは測れない

痛みを客観的に計測することは不可能です。
他人に痛みはわかりません。
どんな検査をしても、痛みは出てきません。
痛みとは、その人の中にだけ存在し、その人だけが測ることができる感覚です。
だから、他人はそれを否定することができない。
その人が痛いと言ったら、そこには痛みがあるということになります。

私はしょっちゅういろいろなところが痛くなるので、
どこかが痛いと、あ、またかという感覚なのですが、
痛みをあまり感じない人もいるようです。
自分が痛みを感じないのだから、
人間とはそのようなものだと考えて、
他人の痛みを否定する人がいますが、
それは間違いです。

いつだったか、
生理痛など大したことないのだから、
生理で休むのはおかしいと言った女子がいましたが、
その人は痛みについて理解できていません。
誰かが痛い、動けないと言ったなら、それは真実だからです。
誰にもそこに「痛み」がないと、証明できません。

身体の痛みについてそうなのだから、
心の痛みなど、誰かが外側から測れるはずがありません。
そんなのたいしたことないとか、
それが痛いわけがないとか、
痛みの不在は証明できない。

もしそういうことを言う人がいたら、
あ、この人は想像力に欠けた、心の貧しい人なのだなと思えばいいです。
痛みを知らなかったら、わからないことはたくさんあります。
痛みにさえ、恩恵はあります。
そしてそんな恩恵は案外、
ダイヤモンドなのかもしれません。

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2014年4月21日月曜日

平均から遠く離れて

朝、起きたら胃が痛かったのですが、
さっきお風呂に入ったりしたら、
だいぶよくなりました。
原因について考えてみましたが、
1つは冷え。
(きのうから寒かった)
そして、食べ物。

きのうは寒かったので、私がふだんはあまり食べないものを食べてしまいました。
それはマリボーというチーズ。
私はふだん、乳製品をとらないようにしているのですが、
チーズは好きなので、ごくたまに食べたくなったら食べます。
あと、パスタにパルミジャーノ・レッジャーノはかけます。
乳製品も絶対に禁止にはしていなくて、
外出したときはおつきあいでケーキを食べることも、
カプチーノを飲むこともあります。
(それは、乳製品をとらないということをイデオロギーにしたくないからです。
イデオロギーにしなければ、他人に強制することはありません)

ただ、私は、特に身体機能については、日本女性平均からずっと離れています。
普通の人と同じことをやったら、具合が悪くなります。
これは小さいころからそうなので、生まれつきです。
だから、普通の人と同じ気分でなにかやると失敗します。

たとえば、コンビニの出来合いの食べ物などは、食べると気持ち悪くなります。
もう何度も失敗しています。
外食はよっぽど気をつけて、大丈夫と思えるところに行かないと、
これもまた具合が悪くなります。
(私だけノロウィルスにかかっちゃったり、途中で歩けなくなるほどお腹が痛くなったり、
この前は1度は断ったのに、懇願されて懇親会に出席した挙げく、食べ物にあたり、
つぎの日の講義が全然集中できず大失敗など、失敗は数知れず)

私は、特に身体的な面で、みんなと同じは無理です。
できません。
だから、平均を押しつけてくるところにはいられません。

でもだからといって、それが問題だとは、ちっとも思っていません。
だって、私はホロスコープの読み方を知ってしまったから。
あれを見れば、同じ人なんて、ほとんどいないよとわかります。
才能だって、結婚の時期だって、できることだって、できないことだって、
アレルギーになりそうかだって、
両親をあらわす軸が最悪どうかだって、
対人関係が苦手かどうかだって、
みんな全部違います。
そしてその組み合わせは膨大です。

だから、これからも平均を押しつけてくるところからは遠く離れていようと思っています。
私は平均ではないです。
平均の人なんて、ほとんどいないです。
それでいいです。
生まれる前も、死んだ後も、ずっとそうです。

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2014年4月19日土曜日

寒い春の春もの

きのう、まだカシミアを着ているという記事を書いたら、
今朝はもっと寒いです。
朝起きてみたら、部屋の気温は12度でした。
明日はもっと寒そうです。

もう4月も後半でこの気温なのです。
この傾向はここのところ何年も続いています。
春といっても寒いです。
春ものの定義を変えなければいけません。

昔は、春はそれなりに暖かかったので、
厚いニットやダウンジャケットはしまって、
トレンチコートのようなコットンのコートでことたりました。
スプリングコートだって、コットンや化繊の薄い素材です。
だけれども、あれではウールのライナーでもついていない限り、
寒いです。
特に夜桜を見るころなど、
冬の寒さと変わりません。

素材は冬、
気分は春というものを選んでいかないと、
春ものは実際には着られないものになりました。

素材は冬、気分は春、たとえばそれは色ですが、
そんなものを選んでいけば、立春から着られます。
日本の着物は素材は同じで、柄と色で季節を表現するのですから、
それの洋服バージョンを考えてそろえていけばよいということです。

ただ実際は、
素材は冬、気分と見た目は春のものって、
なかなか売っていません。
自分にぴったりのそういうものがあったら、
季節に関係なく買っておくといいと思います。
秋冬(11、12、1月)の冬物と
冬春(2、3、4月)の冬物と、
着るものを今までどおり四季で考えず、
まず素材は気温で分けて、
そこに色、季節感をのっけていく。
なんだかややこしいですが、
現状がこんな天候なので、
これからは意識するといいでしょう。
たとえば、春色のダウンジャケットを2月から4月はそれを着るとか。
(これは同時に、日本で洋服を作る人たちへのヒントでもありますね。
私はもうやりませんけど)

それにしても寒い。
当たり前だけど、東北や北海道はもっと寒いんでしょうね。
風邪をひくより、防寒したほうがいいです。

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2014年4月18日金曜日

春はカシミア

昼間の気温はかなり上がってきましたが、
最低気温はまだ6度とか、7度の日が続きます。
この冬が終わって、春の、そして夏が始まるまでの時期、
カシミアのニットはちょうどいいです。
多少気温が上がっても、暑くなるということもなく、
発色もいいので、色を選べば春の雰囲気が出ます。

昔は割と、4月前に衣替えをしてしまって、
ニットやダウンジャケットなんて、全部しまってしまったものですが、
最近は、ニットの洗濯と衣替えはゴールデンウィークが終わるころです。

ゴールデンウィークが終わると、もう夏物が始まってしまいます。
そこから9月が終わるまでだから、
長いです。
5カ月夏です。
5カ月同じもののローテーションでは、やはりあきてしまうので、
その中で自分なりに何か考えていくのがいいと思います。

ただ、盛夏になって、本当に暑いと、
着るもののことなんて、どうでもよくなってしまうので、
純粋な気持ちで夏物を楽しめるのは7月の頭ぐらいまででしょうか。
あとは暑さをしのぐのみです。

私の住んでいるところは、海が近いせいで、
リゾート・ウエアの格好をしている人が、電車の中でも多いですが、
たとえば、暑くてたまらなくなったら、リゾートっぽくして、
それまでは都会の夏にしてとか、
5カ月の中でも少しグラデーションをつけていくといいのではないかなと、
最近、考えています。

私の場合、ノースリーブや半袖のままでは絶対、外出しないので、
特に何か考えておかないと、5月から9月まで変わり映えしないスタイルになってしまいます。

去年は家の中ではノースリーブだったり、キャミソールだったりしたのですが、
家の中でも二の腕が日焼けしたみたいで、
そばかすみたいなものが腕に残っています。
(手の甲は、犬の散歩で焼いてしまいました。これは失敗)

それで、9月になったら、早速、ブーツをはきます。
そういえば、去年、駅で電車を待っているあいだ、
バレエシューズって、9月に似合うなと、ふと考えたのでした。
ビーチサンダルをやめて、少し秋っぽい色のバレエシューズをはくといいなと。
ただ、今、私はバレエシューズを持っていません。
何年か前、コールハーンのグレイッシュなピンクのバレエシューズを持っていたのですが、
はくたびに、足が豆で血だらけになって、
何度もそれを繰り返し、もうどうにもならないので捨てて以来、
バレエシューズは買っていません。

暑さ寒さはもうどうにもならないけれど、
靴というのはそれに大幅に影響されないので、
これからは靴で季節感を出すというのもありですね。

春はカシミアから始まって、
季節感について、とりとめもなく書いていったら、バレエシューズに落ち着きました。
色と服以外の小物で季節感を出す。
その方法については、まだまだ洗練されていませんので、
訓練中です。

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2014年4月17日木曜日

もはやパソコンは少数派

毎回ではないのですが、このブログを見ている人が、
どうやってアクセスしているかのトラフィックのチェックをします。
そこで最近、なにか傾向が変わっているような気がしてチェックしてみたら、
現在、このブログを見ている人の4分の3がアイフォンなどのスマートフォン、
またはタブレットでした。
なんらかの形でパソコンから見ている人はもはや4分の1です。

これを今、読んでいる人の中でも、
パソコンは持っていないという人も多いだろうと思います。
ここのところ、個人でパソコンを持つ人の割合は激減していて、
きっとごく一部の少数派になるのでしょう。

ソフトなんていうのもほとんどクラウドになって、
自分で買う必要がなくなってくるのかもしれません。
アクセスさえできればいいわけですから。

私も先日、雑誌をタブレットで読んだほうがいいかしらと思って、
少し店頭で見たのですが、やっぱりタブレットは雑誌を見るには小さいです。
せいぜいこのノートパソコンぐらいの画面で見ないと、
見た気がしません。

音楽については、これがもっと進んでいて、
昔はレコード、そしてCDになって、
今はダウンロードです。

文字情報はいいです。
小さくしても、ダウンロードにしても、
内容自体は変わりませんから。
だけれども、絵や写真が小さくなったり、
音楽のように、ある音域がカットされると、
もうその時点で初期のものとはどんどんかけ離れたものになります。

大きいところから自分が小さく拾うというのはいいです。
だけれども、もとからもうすでに小さくカットされているとすると、
絶対抜け落ちるものがあります。
それはちょっと危険ではないかと思うのです。
(という同じ話をきのう、ヤッシーもしていました)

フェイスブックだけで会いもしない友達も同じかも。
もはや情報でしかない。
会ってもいないのだから、それ以上のことはわからない。

削られて、骨だけになった情報にふれて、
わかった気分になるのは危険です。
フェイスブックでつながったからって、友だちじゃありません。

で、この見えない、聞こえない、書いていないことを見抜く力は重要です。
社会の流れに流されたままだと、
ここが退化してしまいますから、気をつけないと。
おいしいと感じるけれど、添加物だらけだとか、
安い服だけど、有害な物質の染料が使われているとか、
簡単にだまされます。
(つまり、感覚は自分自身をだますのだ)

パソコンを持たないのは別に悪くはないと思いますが、
(だって、大勢の人にとって、いらないものね)
だからといって、見たような、聞いたような、行ったような、
そして知っているような気分にならないように、
お互い気をつけたいものです。


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2014年4月16日水曜日

たけのこご飯で楽しく

冬のあいだ、おもてなしの定番として、ずっとおでんを作り続けていたのですが、
春がきて、今は、誰かくるとたけのこご飯を作ります。
これでもう3回目。

私は「懇親会」なんかで、居酒屋へ行って、
たくさんの人とうるさい中、がやがやしゃべるのは嫌いなのですが、
別に誰かと会うのが嫌なわけではないので、
ちゃんとしゃべりたい人とは、1対1か、またはせいぜい1対2で会っています。
で、近くの人だったら、うちにきてもらって、お茶を飲んだり、
ご飯を食べたりします。

体調が悪かったり、何か問題があったりすると、
なかなかうちへ招くことができなくなるわけですが、
そうすると、とたんに部屋が荒れてきます。
リビングと台所の片付けがいい加減になってきます。

人それぞれだと思いますが、
私にとって、部屋をきれいに保つもっとも簡単な方法は、
誰かを招くという意識を常に持つことです。
自分だけでいいとなると、
すぐ本とか雑誌とか印刷した紙がそこらに散らかります。
服については、あまり他人の目を気にしないのですが、
誰かがうちに来るとなったら、
気にしないわけにはいきません。

そして、冬ならおでん、春ならたけのこご飯というように、
定番の誰かが来たとき用のメニュを持っていると、
おもてなしは楽になります。
とりあえず、作るとみんなが喜ぶもの、多少残っても平気なもので。

というわけで、今日はきのう作ったたけのこご飯の残りがあるので、
お昼にでも食べようかな。
この時期のたけのこご飯、本当においしいです。

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2014年4月10日木曜日

ミウッチャ・プラダが言うことには


British VogueのFBに、ミウッチャ・プラダの言葉が出ていました。
ミウッチャ、いわく、

"I always wanted to be different. I always wanted to be first" - Miuccia Prada.

「いつも違っていたかった。いつもいちばん最初でいたかった」

これは、この前のノームコアとは全く逆の考え方です。
この考え方がなかったら、デザイナーは必要なくなります。
みんな同じでよかったら、それは工業製品で、
いつも同じものを作ればいいわけですから、
パターンも素材も作り方も色も同じを繰り返すのみになります。

どちらを目指すかは、それはその人の趣味と志向の問題なので、
どっちがいいとか悪いとかは言いません。
また、シチュエーションによっても違ってくるでしょう。

ただ、人間の顔や体型は人それぞれ違いますから、
すべて同じ基準に閉じ込めることはできませんし、
それを強制することもできません。
重要なのは、選べる自由です。

選ぶというのは感覚の問題だけではありません。
感覚だけにとらわれると、逆に危険です。
心地いい、気分がいい、楽だから、安いから、それだけを追求していくと、
それは単なる快楽主義者で、
他人の犠牲や、何か危険の上にそれが成り立っているとしたとしても、
それを考えることさえできません。
選択はもっと知的になされるべきです。 

違っているを選ぶのは知的な選択の結果です。
心地よさだけを求めていたら、そうはなりません。
「なんかいい感じがする」だけではそうはならない。
ここは、多くの人が勘違いしている点だと思います。

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2014年4月9日水曜日

家計簿つけてる?


占星術のセッションにいらしてくれた方で、
土のエレメントが少ない方に、
「家計簿つけていらっしゃいますか?」とお聞きすると、
99パーセント、つけていませんとお答えになります。
土のエレメントは金銭感覚も示しますので、
そこが洗練されていないと、(欠如は洗練されていないということ)
家計簿はつけないという形で出る方が多いです。
(ただし、ビル・ゲイツも土のエレメントがないです。あの人はつけてるでしょうねー)

被服費を節約したいなら、
まずは年間予算を組み立てて、家計簿をつけないことには、無理でしょう。
昔ながらの単純な方法だと、
1年分の被服費を封筒に入れておいて、
そこから使っていくというやり方もあるでしょうけど。

まあ、家計簿も予算もないという方は、
それだけ余裕があるということなんでしょうけれど、
感覚で減らすのは至難の業だと思います。

現在、私は「うきうき家計簿」というソフトが気に入っていて、
日々の支出はそれにつけています。
それからこの前の青色申告のときに、何かいいソフトがないか探していて、
そのときに見つけたFreeeという、クラウド形式の会計ソフトを導入しましたが、
それも使いやすいです。
ただし、クラウドなんで、内容がいくら守られているとはいえ、だだもれでしょうけれども。
違法な会計処理をしているわけではないので、だだもれでもよしとしました。

これらは、1度なれると、手書きの家計簿より早いです。
家の家計簿のほうは、銀行ではないので、ちょっとぐらい間違っても気にせず、
とにかくその日に買ったものはつけるようにしています。
もらったレシートも、入力したら捨てるというルールにしているので、
もれはありません。

水道光熱費なんかも年間を通して振り返ることができるので、
いついくらぐらい使ったかわかって、電気の使い方の見直しもできます。
無駄を減らすためには、家計簿をつける、年間どんなふうにお金を使ったか振り返る、
新しく予算を立てるという作業が必要だと思います。

そんなわけで、今年の2月の電気代と灯油代の高さにぎょっとしつつ、
来年はどういうふうにしようか、今、考えているところです。

 ☆写真:今年は桜、スイセン、椿、チューリップがいちどに咲いています。

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2014年4月8日火曜日

花を飾る


きのうは、お知り合いの華道家の方の展示を見にいきました。
平日の午後でしたので仕方のないことなのかもしれませんが、
会場は人も少なく、閑散としていました。
華道家の方も、最近、お花をいける方が少なくなっていると、
嘆いていらっしゃいました。

人間、気持ちに余裕がなくなると、花など飾っていられなくなるものです。
私も去年は随分と、花を切らしたことがありました。
花を買う余裕がないときは、自分にも余裕がないときです。

また不景気になると、まず最初に減らされるのが花の予算でしょう。
お彼岸や御盆以外、花束を持って歩いている人の姿もあまり見なくなりました。
そうそう、その前に、うちの近くの駅の近辺のお花屋さんは、全部なくなりました。
今、花を買えるのはスーパー・マーケットだけです。

多くの人がイメージする、素敵な女性の家にはお花が飾ってあります。
実際はどうなのか、実情はよくわかりません。
あるいは雑誌の中の世界だけのことなのかもしれません。
そう言えば、いつか、
「花なんか、買わない」と言い捨てた人もいました。

今週、うちの玄関には、寒川で買ってきた紫とピンクのスイートピーが飾られています。
スイートピーは1年じゅうでまわらない、今だけの花。

選べるものなら、いつも花のある暮らしがしたいです。
それがどんなに小さな花であったとしても。

☆写真:名残の桜

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2014年4月6日日曜日

スピリルナはスパイラルの件


今、毎朝、グリーン・スムージーを作って飲んでいます。
で、先日から、そのスムージーにスピリルナ・パウダーを入れているのですが、
スピリルナを入れると、色がすごいことになります。
昔の粘土みたいな色というか、なんというか。
味はそんなにないのですか、かといって、影響ゼロでもありません。
封を開けると、なんとなく海藻みたいなにおいがします。
というのも、スピリルナというのは特別な海域で育つ藻なんです。
で、名前のスピリルナも、スパイラル、つまりらせんからきています。
スピリルナは、だからスパイラルなんです。
らせん構造の藻ということです。

スピリルナと発音していたら、意味はわからなかったけれど、
スパイラルからきているんだよと言われたら、なるほどとわかります。
こんなふうにオリジナルを知ることは大事なことです。

きのうはそのほかに「舛」という字が、間違う、乱れるという意味だと知りました。
へんも、つくりも、もとは足を示しているそうで、
それが乱れている形なんだそうです。
「舛」が間違うという意味だなんて、これはすごくないですか?

絵画についても、きれいだとか、美しさに感動しただとか、
そういう表面的な鑑賞方法もありますけれど、
近代より以前の絵画は、描いているものそれぞれ意味がありますから、
それがわからないと、本当の意味はわかりません。

すべてではないけれども、多くのものが起源を持ち、
それがわかると、初めて世界の中で意味が立ちあがってきます。
ぼけっと生きていると、それに気がつかない。
ウランもプルトニウムも、ウラヌス、プルートからきています。
プルートはローマ神話の冥府をつかさどる神。
新たに発見された天体に誰かがその名前をつけ、
そして、新たに発見された元素に、またその名前がつけられました。
名前をつけた瞬間、意味が生まれました。
そしてその意味は、存在している限り、有効です。

☆写真:フリーのかも。

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2014年4月5日土曜日

日本の近い未来の地域

昨夜は、地域の自治会の体育振興協議会の会議に出席しました。
なんと今年、自治会の組長が回ってきて、体育副部長になったからです。
ついてみて見回すと、どう見積もっても、平均年齢は60歳ぐらい。
男の人が多いです。
説明の中に、以前、役員は65歳の人までと決まっていたが、
その年齢制限が撤廃されたという話がありました。
もう随分前から思っていたのですが、ここの地区は日本の未来像なんです。
子供が少なく、お年寄りが多く、運動会やお祭りといえども、
中心は60歳なんです。
未来の日本の郊外はどこもきっとこんなんでしょう。

必要なのは、ちょっと座っておしゃべりできる場所。
ここの地域でも、みんなよく、座ってしゃべっているだけです。
マクドナルドをのぞいてみると、半分はお年寄りです。
若者でなない年代の一人暮らし率も高い。

そんな地域では、お年寄りのスニーカー着用率も高いです。
どこでも歩いていくので、歩きやすい靴でなければいけません。
きのう、会議の帰り道、歩きながら、
こういう地域の日常着は、やはりスポーツ・ウエアやアウトドア・ウエアが一番むいているのではないかなと考えていました。
足元はスニーカーで。
上着はウィンド・ブレーカーやパーカー、フィールド・ジャケット、
冬はダウンジャケットで。

きのうも自治会長さんとお話をしていて、今いちばん、地区で気にしているのはいつ地震がくるのかということ。
一人暮らしの場合、確認するのは自治会だけというお話が出ていました。

身軽に動けて、横のネットワークを作っておいて、娯楽はおしゃべり。
これは近い未来、日本の多くのエリアで見られる姿です。

きのう、川内が「せんだい」と読むということを知りました。
仙台と同じ発音なんですね。
象徴主義者であるならば、ここの意味を見出すでしょう。

☆写真:桜

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2014年4月4日金曜日

長く続けたこと



始めることはそんなに難しくありませんが、続けることは簡単ではありません。
興味を持ち続けるということも、人によっては難しいのかもしれません。
占星術の勉強を始めたのは2000年でした。
で、お金をもらうようになったのは2009年の終わりごろ。
タロットにも興味を持って、自分でいろいろ勉強し始めたのは2004年ごろで、
お金をもらうようになったのは、これも2009年の終わりごろ。
興味を持つ時期、勉強する時期、練習する時期があって、
お金をもらうようになりました。
特に占星術は、惑星のトランジットに対する自分の実体験と、
いろいろな人のリサーチが必要なので、時間がかかります。

ファッションは、逆に、私にとって興味を持たないではいられない分野なので努力はいりません。
すごく小さいころから服にうるさかったし、
中学生のころ、ELLE誌の写真が掲載されていたアンアンを買ってもらってから、
ずっとファッション雑誌を買い続け、
大学出てからブンカへ行って勉強し、そのあと、アパレル業界で働きましたので、
知識、経験、ともにあります。

ここで、じゃあ、最近始めたインテグレート・ヒーリングはやけに習熟期間が短くはありませんかと、
お思いになる方もいるでしょう。
しかし、これについても、私が大学のときから20年以上、興味を持ってずっと読み続けていたユング、
そしてフランス現代思想のソシュール、
そしてトランス・パーソナルの分野のケン・ウィルバーやらアーノルド・ミンデルなど、
私が繰り返し読んで、影響を受け、考えてきた思想を
実践する場としてふさわしいと思ったので、自分で実際にやる決意をしたものです。
(大学の授業でユングについての授業も、フランス現代思想の授業もとりました。
あのころ、同じ授業をとっていた学生は、どちらも10人程度でした。)

また、20代でオーラが見えるようになってから、オーラについて書いている本が出ては買い、
誰かの講演会を聞きに行ったら、オーラを見る練習をして、どんなオーラかチェックしたり、
そんなことをしている間に、チャクラまでも見えるようになりましたから、
チャクラについても自分で学ぶ、観察を繰り返してきました。
そんなわけで、今、インテグレート・ヒーリングをやる際に扱っていることは、
今まで、20年以上もずっと考え続けていたことの集大成なのです。
だから、型としては、確かに習ってから9カ月程度しかたっていませんが、
中身はかなりの部分まで知っています。
逆に言うとね、この知識、経験がないと、私にはできなかったなと思います。
(ええ、もちろん、やるときはオーラとチャクラをチェックしながらやっていますよ!)

言えるのは、大事なのは続けること、それのみだということです。
たとえば趣味でフラワーアレンジメントを始めたとして、
誰だって、10年も習い続ければ、誰かにひととおり教えられるようになるでしょう。
でも逆に、習って1年やそこらでは、誰かに教えることはできません。
それはいくらかけて資格を取ったとか、講座に出るのに何十万もかけたとか、
そんな話ではありません。
長くやり続けた結果、それができるようになったということです。

どんなに自信がない人でも、長く続けるということができれば、
その分野のことについては自信が持てるようになります。
誰かがほめてくれなくても、認めてくれなくても、
続けた年月を消すことはできませんから。

☆写真:川と桜

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2014年4月3日木曜日

桜をみにいく

きのうは午前中、時間ができたので、
近所まで桜を見に行ってきました。
平日の昼間だというのに、大変な人出で、
しかも、ピクニックのように、ビニールシートを敷いて、
お弁当を食べている人たちが多かったです。

ここは川岸に桜が植わっているのですが、
私が行き始めた当初、15年ぐらい前は、こんなに人がきていませんでした。
それが年々、人がふえてきているような気がします。
これは不景気と関連があるのではないのかなと、私は考えています。

パリに行ったとき、エスプレッソ1杯でで延々としゃべり続けている若者を見たり、
イギリスでは、これも、もくもくとフィールドを散歩している人たちを見るにつけ、
景気が悪くなり、お金をかけて遊ぶということができなくなったとき、
結局、人はただしゃべったり、歩いたりするだけが楽しみになるのではないかなと思いました。
私もずっとお金がなかったので、
そのころは近所を散歩したり、ときには江ノ島まで歩いてみたり、
レストランには行かず、誰かと食事をしたいときは、家で3コース・メニューを作って出していました。
(デザートには必ずお菓子を2種類、たとえばタルトとシフォンケーキとか、作っていました!)

日本人にとって、歩いて、そしてしゃべってができるお花見というものが、
だんだんと、1年で最大の楽しみになっていくのではないかな、なんてきのうは考えました。
ただ、桜の季節はあまりに短いので、1年を通して何かしら、そういう楽しみがあるといいです。
散歩ができる道と、ちょっと休憩できる場所と、そんなもので十分。
水筒に好きなお茶でも入れて、小さめのリュックを背負って、
だらだらおしゃべりしながら3時間ぐらい歩くとか、
本当の楽しみって、そんなところにあると思います。

そのころ、そんなことをしようと誘っても、忙しいからと断る友達も何人かいましたが、
そんな人たちとは、今はもう付き合っていません。

ただ、そんななんでもないことが楽しいと思えるようになるためには、
何かしらの練習が必要なのかもしれません。
いつも、アドレナリンが出そうな興奮を楽しみにしている人たちにとって、
ただしゃべりながら歩くなんて、どこが面白いかわからないでしょう。
楽しい散歩の作法というものもあるものです。

たそがれていく国でどうやって楽しむかということは、
これから誰にとっても、重要な課題になると思います。

☆写真:近所の千本桜

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2014年4月2日水曜日

被服費は減らせる

消費税が3パーセント上がって、
その他、もろもろのものが値上がりして、
しかし、消費税を上げた国で景気がよくなった国はないという歴史をかんがみえれば、
一般の人たちは、その値上がり分、何かを減らさなければいけなくなります。

食べ物とか、学校にかかるお金なんていうものは、
減らすわけにはいかないけれども、女性の場合、被服費はまだまだ減らせます。
多くの日本人は服を買いすぎだから、
ただ買うのではなくて、ワードローブを構築するという考え方に考えを変えれば、
それはいくらでも可能。
私のファッション・レッスンを受けた人のほとんどは、服が買えなくなったと口をそろえて言っています。

何度も書くけれど、服をたくさん買ったところで、
人生はよくなりませんし、悩みも減りません。
ファッション業界とは関係のない普通の人は、
その労力をほかのことに使ったほうがずっといいです。
勉強するのに使ってもいいし、何かの経験のために使ってもいい。

服を買うのに使ったのと同じ額で、何かを習うことだってできるでしょう。
若ければ若いほど、高い服なんて、いらない。

それから、もう若くないなと思ったら、
安いジュエリーを買い散らかすのもやめたほうがいいです。
特に最近、真鍮に金メッキのものがふえています。
あれは結局、燃えないゴミ。
シルバーはゴミじゃないからいいですけれど、
それでもそんなにたくさんはいらないです。

悩みどころなのはコスチューム・ジュエリー。
最近、また流行り始めました。
ラインストーン、きらきらして、一見いいんですよね。
コスチューム・ジュエリーというのは、昔、本物を使うかわりにイミテーションとして作ったそうなので、それはそれで意味があるのですが、
どっちにしろ、たくさんはいらないです。
そんなにしょっちゅうつけるものではないし、あれは結構、重い。

湯水のごとくお金を使える人は問題ないですが、
そうでない人は、この消費税アップ、被服費についてもう一度考えてみる、
いい機会ではないかと思います。

しかし、それでも意味なく服を買ってしまうと言うのなら、
それはどこか違うところに原因があります。
ダイエットできない原因が、小さいころの何気ない大人からの一言だったりするように、
服を買うという行為によって、何かを満たそうとしているのかもしれない。
それはそれで、そこの部分を癒していく必要があります。
(そういうとき、インテグレート・ヒーリングはお勧めなのよ)

きのう、菊池京子さんの毎日の私服のコーディネートの本を買ったのですが、
みんなが持っている服の数は、ここに出ているアイテムより多い。
しかも、着ていなくて、ただ持っているだけの服は、確実に足を引っ張ります。
保管料とか、罪悪感とか、見ると嫌な感じとか、過去の思いでとか。
とにかく、
おしゃれに見えることと、服をたくさん買うこと、持っていることは、意味が違うということです。


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