2013年10月31日木曜日

エネルギー・チャージ


ちょっと時間があいたので、
久々に海まで行ってきました。
一番早く、かつ確実、無料で、しかも誰にも迷惑をかけることがないエネルギー・チャージです。

さっと電車に乗れば20分ぐらいで着くのに、
なかなか行く気になれず、
ずるずるしていたけれど、
やっぱり行ったら、来てよかったと思いました。

もちろんただ海まで行くのではなくて、
江島神社まで行きます。
いつもは手前の辺津宮までで帰りますが、
今回は中津宮、奥津宮まで行きました。
ここは、福岡の宗像大社と同じ、
宗像三女神が御祭神です。
山の上まで登らなければいけないのですが、
行ったら、行ったで気分がいい。

そして、帰りに灯台の前のカフェで休憩しました。
平日の午前中だったので、
まだ席もあいていて、
テラス席に座りましたが、
ここが最高の席でした。

きらきらひかる水面をながめていたら、
下界のごちゃごちゃした問題を、ふっと忘れることができました。
「地上の天国」を自力で作る力が足りないとき、
こうやって場所の力をお借りするのも、
いいかもしれません。
ほんの小一時間の小さな旅は、
大きなエネルギー・チャージの時間となりました。
やっぱりまた来よう、江ノ島。

☆写真:久々に写真を撮る気分になりました。このカフェ、本当に最高。
11時開店なので、開店してすぐ、テラス席へ行くのがお勧めです。


2013年10月30日水曜日

着用回数の問題

きのうは一気に寒くなったので、
ついにダウンジャケットを着てしまいました。
着てみながら、しみじみと、
これからこのダウンを4月の頭ごろまで着続けるのだなと思いました。
半年弱です。
長いです。

その前の日に、冬物の点検をしていて、
今シーズに最後にするものや、
もう着るつもりがないもの、これから新しく付け足したいものなど、
考えました。

そこで改めて感じたのが着用回数のことです。
わたしの場合、近所で買い物するときに着る普段着と、
ちょっと出かけるときに着るお出かけ着に分けていますが、
最近、かっこつけて出かける機会がものすごく減ったので、
お出かけ着の着用回数がものすごく少ないのです。
そのかわり、ご近所用のダウンジャケットは、
それこそ毎日のように着ているので、
かなりよれよれ。
ニットも普段に着ているカシミアのセーターは、
毛玉が出ているし、よく見ると、小さなしみもあります。
単純に、何年前に買ったものだから、
まだ着られるとか、着られないとかは、言えません。
年数よりも、頻度のほうが重要です。

ここからは、2つの考え方に分かれます。
1つは、着用回数が多いのなら、
もっと枚数を増やせばいいという考え方と、
ある程度、回数を着た段階で新しいものにとり変えていくという考え方。
わたしは後者の考え方なので、
ある程度、よれよれになったら、その段階で新しいものに変えます。
ふやすのは簡単だけれども、
やはり傷んでいないものは捨てるに捨てられないし、
かといって、リサイクルで回収するショップもまだまだ少ないので、
こちらを選びます。

ただ、お出かけ用にしているものは、
年数が経過しても、傷みは少ないので、そう簡単には捨てません。
ニットなどは、ある程度、毛玉が出たりしてきたら、
普段着に降格させて、
そこから普段にたくさん着て、
よれたころに捨てます。

普段着が少ないのは、
わたしは毎日、決まって同じ人に会わないせいもあると思います。
毎日同じ人には会わないので、
きのうときょうが同じコートだったとしても、どってことありません。
またこれが会社なんかだとしたら、
もうちょっと増えてしまうでしょうね。

捨てにくいのは、値段が高く、かつあまり着ていないものだということは、
もうすでに学習済みです。
だから、値段が高いならよく着るものを選べばいいわけです。
あんまり着ないとわかっているなら、安く探す。
この組み合わせをうまく使うと、
服全体の予算は、もっとタイトにできると思います。
やっぱり買い物は漫然としない、
これにつきます。

2013年10月28日月曜日

それでも雑誌が好き

きのうは、最近の雑誌のレベルにうんざりしているという記事を書きました。
それならいっそ、iPadでも買って、British Vogueをダウンロードで購読しようかな、
そうすれば、ネットでコレクションも見られるし、
いいブログもたくさんあるし、
わざわざ紙の雑誌を買うことないかなとまで思いました。

そんなことを考えながら、
近くの市民センター付属の小さな図書室へ行ったところ、
新しいプレミアムクロワッサンがありました。
いつもみたいにモデルさんの大写しの表紙ではなく、
たくさんのイメージがコラージュされた変わった構成なので、
おかしいなと思って、中を見ると、
パリ在住のデザイナーの入江末男さんの特集でした。

入江さんって、日本ではそんなに知名度が高くありません。
なんせ、現在、入江さんの服が買えるのは新宿伊勢丹だけ。
買ったことがある人もとても少ないと思います。

私にとって、入江さんの服は、
大学の1年のとき、大学に通うために着るコートとして選んだコートが、
スタジオVという、入江さんの前のブランドのものだったので、
今でも関心があるのです。
そういえば、あのコートも新宿伊勢丹で買いました。

そんな入江さんが、パリで30年成功し続けている理由をくまなく紹介したのが、
今回のプレミアムクロワッサンでした。

総特集とはまさにこのことで、仕事、生活、趣味、住まい、食、友だち、スタッフなど、
テーマ別にしっかりと記事になっています。
そこには、服だけではない生活全般を大切にし、
美術、映画、文学に精通し、友だちと交流し、
スタッフとの関係を大切にしている、
私が、実際に働くまでに思い描いていたとおりのデザイナー像がありました。


これら全部があって、IRIEはパリで30年間も愛されるブランドであり続けることができるのです。

それは、服以外のことに興味を持たず、
生活をおざなりにし、長時間を蛍光灯がこうこうと光る会社で過ごし、
スタッフにサービス残業を強いて、極限まで搾取しようとする、
私が日本で見てきたデザイナーとは、まさに真逆の姿でした。
服のことだけをやっていれば、長く続けることは不可能だということが、
この記事を読むとよくわかります。

そのほかにも、セルジュ・ルタンスの特集などもあり、
とても読み応えのある内容で、
熱中して、図書室の椅子で雑誌を読みつづけました。
夢中になってしまうと、今が何時なのかわからなくなります。
気づけば、小一時間たっていました。

そうそう、この楽しさなんです、雑誌が持っているものは。
知らなかったことを垣間見る喜び、
本にするほどでもないことを学ぶ楽しみ、
ビジュアルと文字の関係、
それすべてが混然一体となって、こちらを夢中にさせるのです。

プレミアムクロワッサンは、図書室にあればいつも読んでいたけれども、
こんなに面白いと思える号は今回が初めてでした。
そして、次号はどんな特集なんだろうかと確かめると、
なんと次号からは、アンドプレミアムと雑誌名も変わり、
新創刊になるとのこと。あら、終わりなの?
ただ、今回の号でここまで雑誌の面白さ、楽しさを表現できたのですから、
次の新創刊はかなり期待できますから、出たら買ってみるつもり。

まだまだ日本の雑誌も捨てたものじゃない、
もうちょっと付き合おうと改めて思った、休日の図書館でした。


2013年10月27日日曜日

誰かの持ち物ばかり見せられても

最近の雑誌や本は、
誰かのワードローブそのものとか、
何かのコレクションだとかを紹介する記事が、
多くなったように思います。
○○さんのワードローブみたいな本も、
たくさん出ています。
昔は、こんな企画、そんなになかったと思います。
どんなに素敵なモデルさんでも、
自分が着ている服をどんどん公開するなんてことは、
なかった。

その人のワードローブや持ち物を見るということは、
その人の選択と編集の力を見るということです。
この広い世界のどこから何を選択したのか、
そしてそれをどのように編集して使っているのか、
そのことがわかります。

でもね、
そう、ここででもねって思います。
選択と編集って、昔は雑誌を作る側のお仕事だったわけですよね。
その雑誌の選択や編集が好きだから、
その雑誌のファンになって、ずっと買い続けたわけで、
その大事な部分を、いわばゲストみたいな人たちにゆだねたら、
雑誌のよさというものがわからないと思うのです。

その雑誌の選択と編集と、そしてセンスが好きだったから、
わたしも昔、ずっと「オリーブ」を買い続けていました。

新しい雑誌がどんどん創刊されるけれども、
なかなか、その雑誌ならではの選択と編集が好きと思えるものには、
出会えません。
創刊したばかりでは、その雑誌の色もよくわからないし。
好きなものに出会ったら、ずっと買い続けたいと思っているんだけれども。

きのういつも買う雑誌を見ていて、
誰かの持っているものの紹介ばかりで、
ちょっとうんざりしたところでした。
雑誌で取り上げられる人たちがお金持ちで、
毎シーズン、たくさん服を買ってるってことはもうわかったから。
そうじゃなくて、雑誌としてのオリジナルな、新しい価値観が知りたいのに。

Vogue Italiaのインターネットのページには、
デボラ・ターヴァビルの新しい写真が掲載されていました。
こういうの見たいんだよな、日本の雑誌で、日本の感性で。
それは無理なのかしら?
このままだと、日本の雑誌文化がもっと衰退していきそうで、
心配です。

※追記:写真家のデボラ・ターヴァビルさん、お亡くなりになったそうです。
それで写真が出ていたんですね。イタリア語なんで、わからなかった。


2013年10月26日土曜日

好きな理由

何かや誰かを好きなことに理由がいろいろあるなら、
もしかして、それは本当に好きなのとは違うのかもしれないなと、
最近、思うようになりました。

本当に好きだと、理由なんて、ないでしょ。
ああだから、こうだからと、いろいろ理由を並べた時点で、
もうずれ始めるのかもしれません。

インテグレート・ヒーリングをある程度回数やったら、
どんな変化があらわれていくのか、いかないのか知りたくて、
うちのごく近くに住んでいるお友達2人に、2週間に1度ぐらい、
うちに来て、練習させてもらいました。

もちろん、身体がこれをやってというテーマから先にやりますので、
こっちが、勝手にお勧めしても、
やらないと言うのなら、やりません。

2人、それぞれ回数を進めていったら、
なぜか2人とも、「本当に好きな人と付き合う」みたいなテーマを
身体が指示してきて、そのとおりやりました。

そうしたらその結果、
2人とも、今付き合ってる人のことが、
どうでもよくなってしまいました・・・。
よかったのか、悪かったのか。
いや、よかったのでしょう。
身体がやってって言ったんだからね。

その前は2人とも、好きなのには理由がいろいろありました。
まずは、お金があるとか。
うーん、あとは知らない。


2人ともマインドで好きになったほうがいい相手を、
好きになったように考えていただけで、
本当に好きとは違ったみたいです。

本当に好きなほうは、逆に、マインドでは理解できない。
理由が思い当たらない。

もちろん、日常生活において、
マインド、つまり頭で考えていろいろ決めなくてはならないこと、
決めるべきことはたくさんあります。
お金の使い方とか、時間の使い方とか。
だけれども、マインドで決めないほうがいいこともたくさんある。
要は、バランスと方向です。

結果的に幸せになるならば、
いいわけなので、
「本当に好きな人と付き合う」で、今の人と別れたとしても、
問題ないのだと思います。

そんなことを考えていたら、
おとといぐらい、別れましたという連絡が入りました。
早い。
でも、きっとそれはいいことに違いありません。
運命の輪が、ちゃんと回り出したということです。

2013年10月25日金曜日

煮洗いしてみた

白いTシャツは、どう考えても消耗品だとしても、
白シャツは長持ちさせることは可能ではないかという疑問がありました。
また、このところ、白いシャツが好きな人のインタビューやなんかでも、
10年以上も同じ白シャツを着ているという記事も読みました。

白シャツが長持ちしないのは、生地にしみこんだ皮脂や汚れが、
目立って、落ちないからです。
春、夏と着ただけでも、特に襟は汚れていると思います。

そこで、白いものの汚れを落とす、最終的なやり方の煮洗いというものを、
やってみました。
ネットで検索すると出てきますが、
驚くほど白くなります、というようなことが書いてあります。
本当にそれほど白くなるのか、今年の春、夏と着た白いシャツを洗ってみました。

まず鍋に湯をわかして、
粉せっけんと酸素系の漂白剤を溶かします。
そこへ白いシャツを投入。
さすがにぐずぐず煮るのは気が引けたので、
そこで火を止め、温度が下がってくるまで2時間放置。
その後、洗濯機で普通に洗いました。

結果は、確かに白くなります。
なるけれども、驚くほどではありませんでした。
白いシャツの多くのものは、白でも何となく青っぽい白を使っていますが、
どうしても汚れが付着してくると、
その青さがなくなります。
煮洗いした結果、それはしないよりは汚れが落ちましたが、
青っぽさが戻るまでには至りませんでした。

確かにそれは襟の肌にあたる側の汚れなので、
脱がない限り、外からは見えません。
だから、これはもしかしたら、その汚れを気にするか、
気にしないかの問題なのかもしれません。
10年以上も着ていたら、
汚れがたまっていくはずですから、まっさらということはないでしょう。

以前、ランズエンドで買った、コットンにポリエステルが何パーセントか入った、
オックスフォード地のボタンダウンの白シャツは、
確かに10年ぐらいもちました。
汚れというよりは、擦り切れたので捨てました。
コットン100パーセントより、
化繊が入っていたほうが、汚れないようです。
長持ちさせたい白シャツが欲しいなら、
コットン100パーセントはやめて、
少し化繊が入っているものを選ぶというのも、
1つの手かもしれません。


2013年10月24日木曜日

服とリラックス




きのうヨガのプラクティスをやっていて、
最近、身体がすごくかたいことに気づきました。
原因はストレス。
ストレスも1つではなく、環境、社会、プライベートなど、
さまざまです。

もちろん、わたしだけがこういったストレスの下に生きているわけではなく、
日本にいるみんながそうなので、
自分だけ過剰なストレスだとは思いませんが、
特にきのうは、これはもしかしてヒールの靴で歩きまわったからかしらと思いました。

ファッションというのは、いろいろな無理を要求するもので、
その中でも靴のヒールなどというものは、
快適からほど遠く、身体から言えば、ストレス以外なにものでないと思います。

私の靴のヒールはせいぜい8センチ程度なので、
ものすごく高いうちには入りませんが、
それでもそれをはいて1日出かけた次の日は、
何となく身体ががちがちしているのがわかります。
たぶん、無理な筋肉の使い方をしたから、
身体が固くなってしまったんだと思います。

気分のリラックスは、好きな服を着ていれば保てますが、
身体のリラックスは、好きだけでは足りない。
身体にとって、ストレスなことを除いていかなければ、
真にリラックス状態になりません。

そうすると、服なんてどんどんだめになる。
化学繊維、しめつけるゴム、ちくちくする素材、
寒すぎること、暑すぎること、全部、ストレスです。

本当はリラックスしていたほうが、人間の力は十分に発揮できます。
それを服は阻害している。
せめて眠るときだけでも、十分なリラックスが得られるよう、
気をつけないと、自分の力を100パーセント発揮できないまま、
人生が終わってしまいそうで嫌です。
服とリラックスというのは、もっと考えてもいい課題だと思います。

2013年10月23日水曜日

ライバル

アニメや漫画の主人公には、大体、ライバルというものがいるものです。
スポーツものだったら、大体ではなく、必ずです。
ライバルがいるから、主人公が成長できます。
ライバルがいてこその、主人公の成長の仕方というのが、あると思います。

現実の日常において、ライバルという存在は、逆にうっとうしいかもしれません。
一生懸命頑張っても、どうしても抜けない相手なんて、
いないほうがいいのかもしれません。
だけれども、誰もいないよりも、誰かいたほうが、
やっぱり自分の実力は上がっていくのだと思うのです。
ライバルでなくてもいいから、
切磋琢磨して一緒に成長していける、同レベル、もしくはちょっと上レベルの相手というのは、
いたほうがいい。

それは相手にとってもいいことだと思います。
相手も、こちらの存在によって、より上へいけることができます。
1人でやっていたときでは不可能だった領域へ、
誰かがいることによっていけます。

私は何か習ったりすると、そういう相手を欲しがる傾向にあります。
誰か一緒に私と切磋琢磨していこうよ、そのほうが楽しいよと思うんだけど、
どうやらみんな、そうじゃないみたい。

どうやらみんなはそうじゃないみたいということは、
薄々感ずいていて、誰かを誘うたびに、あやふやにされたり、
軽くスルーされたりするので、あ、その気なんて一ミリたりともないなと思うんだけど、
次のことを習うと、またそれを忘れて、
一緒にやっていこうよって、誘ってしまいます。
だけど、誰ものってきません。笑っちゃうほどに。
(つまりふられ続けてるってこと?)
それで、結局1人であれこれやったり、本を読んだり、何か付け加えたりすることが多いです。

ただ、最近、
やはり誰かが誰かに影響を与えて、その人を引き上げたり、
新しい能力を開花させることができるのだと、改めて確認できました。
それは他人というものが、きっかけになるからです。
きっかけが必要で、そのきっかけがくるまで長いこと眠っていた能力が、
自分以外のものによってもたらされるからです。


誰かが押さなければ作動しないスイッチを、人はそれぞれ持っているのでしょう。
私がそれを押す可能性もありますし、
相手が私のスイッチを押す可能性もあります。
だから、やっぱりライバルは必要です。

2013年10月22日火曜日

おしゃれとおしゃれじゃないの二項対立

おしゃれじゃない人がいるから、おしゃれな人がいるわけで、
それはいつでも二項対立の概念。
それが嫌だ、もう付き合ってらんないと思ったら、
その二項から飛び出ることです。

で、飛び出てしまったらかっこ悪いかというと、
全然、そんなことはなく、
かえってそれがかっこよく、素敵だったりします。
「おしゃれ」と「おしゃれじゃない」から飛び出したのに、素敵というのが面白いです。

本当は、いっそのこと、そっちを目指しちゃったほうが楽。
だって今のファッション界におけるこの二項の対立って、
終わりの見えない、しかもいつも駆り立てられているゲームみたいで、
疲れちゃう。

情報がどんどん速く駆け巡り、
見ることにより消費され、古びれていくことに、
身体も、ものとしての衣服も追いつきません。
だって、服は、そんなに簡単に壊れないから。

しかも、その裏側のシステムに気づいちゃったら、
そんなのにのせられないわ、思います。
あおって消費のスピードを速めさせようとしているだけだから。
持続可能とか、有限とか、そんなこと考えず、
ただただ消費させたいから。
そしてその陰には、必ずアンフェアな行いがあるから。

知れば知るほど、
アンフェアはいやだわ、他人の犠牲の上に成り立つものなんて買いたくないわ、
これ以上、ごみをふやしたくないと思う。
だったら、この二項対立から抜け出すしかないです。

最終的には完全に抜け出す道を見つけたい。

そんなものがなくても生きていけるわ、
誰かになんか憧れないわ、
幸せだわと、
いつも常に感じていられるようになりたいです。
そのための武器は審美眼と自分を信じ続ける力かな。
たぶんそうでしょう。

2013年10月21日月曜日

ジャケットの上にコート

コートのシルエットが大きくなってきたので、
ここのところずっとできなかった、
ジャケットの上にコートというコーディネイトが復活してきたのですが、
先日、その話をしたら、
今まで生きてきた中で、ジャケットの上にコートを着ていた時代などない、
という人がいてびっくりしました。
大きくなってからは、もうすでにコートがタイトシルエットだったので、
コートの下にジャケットを着たことがないんだそうです。

私の記憶では、90年代の半ばごろまでは、
つまり、この前のタイトシルエットが流行るまでは、
コートの下にはジャケットを着ていたと思います。
トレンチコートの下にジャケットを着るのは当たり前でした。
このブログを読んでいる人の大半は(?)、
コートの下にジャケットを着ていた世代になると思うのですが、
どうでしょう?


でも今、考えたら、
ジャケットの上にコートなんて、
重そうだし、肩が凝りそうです。
もちろん私もずっと、そんなことしていません。

軽いダウンや、トレンチでもシルクなんかでできているコートの下に
ジャケットを着ることはできるかもしれないけれども、
大きな重いウールのコートの下にジャケットは、
もう無理かも。

もちろん、流行はそのまま繰り返されるわけではないので、
今の時代は今の時代なりの、
コートの下のジャケットスタイルができ上がってくると思います。
昔は、ダウンコートのような軽いコートなんていうのもなかったし、
素材やアイテムは増えていますから。

こんなふうに、シルエットの変わる時期はコーディネイトやスタイリングも変わっていきます。
今はまだ気づいていないけれども、
ああ、そういうやり方があったのかというスタイルが、
今後出てくることでしょう。
誰がどんなスタイルを発明するか、楽しみです。

2013年10月20日日曜日

バストと洋服

7号、9号などの洋服のサイズはバスト寸法によって決められています。
だから胸が大きい人は、11号や13号の服になります。
身体は細い、胸だけ大きいというのは、
いわば、洋服の似合わない体型です。

コレクションなどの写真を見ればわかるとおり、
モデルは皆スレンダーです。
身体の曲線の極端な人は、モデルには不向きな体型です。
特にモードにはその傾向があり、
グラマーな体型というのは、モードな服が似合いません。

なぜかと言われても、理由は知りません。
ただ推測できるのは、
身体が細くて胸だけ大きいと、
パターンが難しくなるからかな、ということです。
平面の生地を立体にするために、ダーツやら、切り変えやらが多く必要になり、
洋服の作りが複雑になるからです。

ギリシャやローマ時代の女神たちはの中にはふくよかな体型の方々が多いです。
だけれども、女神のみなさんが着ているのはドレープを多用した服で、
決してダーツや切り変えで構成された服ではありません。

そういうわけで、胸のサイズで選ぶなら、号数は大きくなります。
それが嫌ならお直しか、オーダーになります。

今、ファッションレッスンの際に、胸だけ大きいモデルが普通サイズのドレスを着て、
前の裾は上がるは、変なしわは出るわで、
絶対、ブンカの先生に怒られそうな、
とんでもないスタイリングの服の雑誌の写真をお見せしていますが、
こういう人は、まったくサイズが合っていないのです。
そそのかされても、買ってはいけない服なのです。

胸が大きくないほうが、既製服はきれいです。
いろいろな世界に、いろいろな価値観がありますが、
洋服の世界では、胸が大きくないほうが断然有利です。

2013年10月18日金曜日

ジャケットを洗ってみた

もう暑さは戻ってこないよね、ということで、
真夏以外に着ていたジャケットを洗ってみました。

1枚はシルクの一重のジャケット。
中を見てみると、見返しの裏にも接着芯はついていません。
あとは完全に裏なし。
洗面台にオーガニックの洗剤を薄めた液を作り、
押し洗いします。
そうすると、水に少し色がついていきます。
このジャケットは初めてこうやって手洗いするので、
これは汚れではなくて、生地の色が落ちて出たのかもしれません。
泥で汚れるほどは着ていませんから。
特に気になる襟ぐりと、袖口だけ丁寧に洗って、
あとはざっと押す程度。
3回ぐらいすすいだら、少し手で押して水気を切り、
ハンガーにかけて、風呂場へ干します。

次は、サマーウールのジャケット。
これは総裏です。
ただ、肩パッドも入っていませんし、
襟もとてもやわらかいので、厚い芯は入っていません。
さすがにこれを全部、水につけて洗うのは気が引けるので、
気になる襟ぐりと袖、それからパンくずを落とした個所だけ洗うことに。
ぬるま湯に洗剤を入れて、そこへジャケットの襟と袖を浸します。
ウールにアイロンをかけるときと同じ、あの独特のにおいが立ちます。
ごしごし洗わないで、押して洗うのみ。
3回、やはりぬるま湯ですすいで、
軽く押して水気をとったら、そのままハンガーにかけ、お風呂場へ。

2着とも、生乾きになったら、アイロンをかけます。
シルクの一重のジャケットは、もともとがゆるい形なので、
シャツにアイロンをかけるのと同じ感じで仕上げ。
ウールのほうは、てからないように当て布をして、
襟の形を整えて仕上げ。
これでこの2着はさっぱりと仕上がりました。

一重のジャケットは、まず自分で洗えます。
裏つきは、全体を水につけてしまわないで、
部分だけ洗えば大丈夫。
やろうと思えばできます。
特にレディスは、メンズほど複雑な芯地を使わないので、
簡単だと思います。

この暑い秋、もう真夏の気分ではないけれども、何か着たいというとき、
重宝したのは一重のジャケットでした。
これから毎年、暑い秋になるなら、一重のジャケットは持っていると便利です。
色を選べば、初夏にも着られます。
構造が簡単ですから、自分でも洗えますし、
これから狙い目のアイテムかもしれません。

2013年10月17日木曜日

好きなものだけ

伊藤まさこさんの「ザ・まさこスタイル」という本を買いました。
年間を通した、伊藤さんのお気に入りの自分のコーディネイトが載っています。
 寝巻も入っているけれども、全体で113パターン。
1年の3分の1。
しかも、これで服は全部ではないだろうし、
その年に買うもののあるだろうから、
ものによっては、1年に2回とかしか着ないのでしょうね。
まあ、伊藤さんは、私の言うところの特殊な職業のお方なので、
普通の人と比べてはいけません。
現に、これだけで本を作っているのですから、商売のもとです。
経費で落とせますし。

そんなことはどうでもいいんだけれども、
見事なのは、好きなものだけで貫いているということ。
トレンドなんて無視、です。
他人の意見も、たぶん無視です。
自分だけを信じて、鏡の中の自分だけと相談して、
感覚だけを頼りに集めたら、こんなふうになったという感じだと思います。

そこには、他人がどう思うだろうとか、
年だから、これを着たらだめでしょとか、
そういう考えは、たぶんない。
(全部たぶんなのは、わたしの推測なので)
でも、それでいいと私も思います。

これはどっちでもいいんです。
他人の意見に合わせるのが好きならそうすればいいし、
嫌なら、そうしなければいいし、
自分の好きな色を着たいなら、そうすればいいし、
他人が選んだ色を着たいなら、そうすればいいし。
「他人が選んだ色を私は喜んで受け入れます」という決断を、
自分でしたのなら、それでいいと思います。
トレンドを無視したかったら無視すればいいし、
トレンドは取り入れたかったら、取り入れればいいし。
とにかく、自分で決めたということが重要。
自分で決めたなら、何だっていいんです。

他人が決めたものをいやいやながら着ている、
または好きじゃないけれども、着ないといけないから着ているという状況が、
もっともよくないと思います。
それは癖となって、生活全般、しいては、人生全般にわたっていきます。

好きなものをまず選ばないという癖があるとしたら、
それはまず直したほうがいいです。
その癖がある限り、人生がまるで障害物競走のようになってしまいます。
まあ、障害物も楽しめれば、それでいいけれどね。


2013年10月16日水曜日

ウエストのゴム化が始まっている

ファッションの流れとして、いろいろなものがやわらかくなっていって、
それは主に素材なんだけれど、
それだけじゃなくて、今までかっちりしていたウエストが、
どんどんゆるくなって、
たとえばスーツのボトムのウールのパンツなんかでも、
ウエストの後ろ半分はゴムという傾向がいきなり加速しています。

今まで、スポーツウエアや、家で着る服のウエストは、
いわば公認のウエストゴムだったわけだけれども、
そうでないものまで、センタープレスのついたウールのパンツのウエストまでが、
ゴムになっています。

ジーンズはストレッチのさらに先を行く、
見た目は変わらないけれども、実はジャージー素材というものが、
2,3年ぐらい前から出ていたのは知っていましたが、
ついにここまできたのか、という感じです。
本当にすべてがやわらかく、ゆるくなっていっています。

ファッションの流れというものは、
1度なったら、もうもとには戻りません。
1度、ジーンズにストレッチ素材が入ったなら、
それはその後もずっと続いていきます。
ということは、このゴム化の流れはもう止められないし、
数年後には、ウエストゴムなんて、ほぼ当たり前になっているかもしれません。
(もちろんゴムではないものも残りますが)

とにかくゆるくしていっちゃうので、
今まで想像してもいなかった分野がゆるくなるかもしれません。
なんだろうな?
もうすでにジャージーのテイラードジャケットはあるし。
あと何?

この流れ、メンズはあんまり影響してないみたいです。
おじさんたちが、ジャージーのスーツで通勤する日は、
たぶん、来ないと思います。

2013年10月15日火曜日

確かに新しいものは魅力的だけれどね

10月も半ばになって、一気に寒くなって、
(といっても、明日はまた28度?)
お店へ行けば、新しいきらきらしたお洋服がたくさん並んでいて、
そりゃ、見てて、欲しいなと思う気持ちはわかるよ。
だけれども、あと2カ月半でもう来年なのよ。
来年になった途端、もうセール。
このきらきらした魅力も2カ月半の命なわけね。

今だけ考えたら、それでいいかもしれない。
食べ物だったら、思いつきで今日、食べたいものを決められる。
けれど、服は違う。
買ったら、壊れるまで、ずっと付き合うことになる。
なんとなくの気持ちで簡単に買うようなものでは、
本当はないんだよね。

なんとなくで買っちゃったものには、
最終的に悩まされる。
やけにコーディネイトするのが難しくて。
あれ、どうしてなんだろうね?
なんか着るものないな、なんて中途半端な気持ちで買ったものは、
後々、手に余るものとなる。

わたしは、その手に余るものがふえるのが嫌だから、
簡単には買えない。
維持するにも、捨てるにも、
労力がすごくかかる。
その労力はほとほと嫌。

見なければ欲しくはならない、というのは本当。
だから、
どうでもいいときに、
そういう気持ちになるところへは、
なるべく行かないというのも、1つの手だと思います。

2013年10月14日月曜日

ゆるふわとビッグシルエット

モード界ではビッグシルエットが流行し始めましたが、
それとは別の流れとして、ゆるふわのシルエットなるものも、あるみたいです。
ゆるふわシルエットと呼ぶのかどうかよくわからないけれど、
イメージとしては、とにかくだぶだぶで、
ジーンズの股したなんかもすごく下のほうにあるし、
全体的にだれーっとしていて、
それを着ている女の子の写真は、なぜか内またで、
下を向いている、あれです。

見る限り、ゆるふわは、ただ単に大き目に作っているだけなんですよね。
大き目だからビッグシルエットと同じでしょと言われると、
大きいという意味では同じなんだけれども、
やっぱり違うと、わたしは考えています。

どこが違うかというと、
ゆるふわのシルエットって、人間の体の軸を無視しているんです。
だから、服がずりずり体からずれていく、落ちていく。
だけれども、ビッグシルエットの服は、
軸があって、それに対して大きい形を作っているのです。

ゆるふわシルエットの服を平らな場所に置いたら、
たぶん、ほとんど凹凸がない、大きな布みたいな感じだと思います。
一方、ビッグシルエットは、ちゃんと立体感があります。

軸がない大きな服を着るときのだらだらした感じが、
ゆるふわシルエット、
軸の上に布を垂らしたり、張らせていくのがビッグシルエットです。

この軸のない感じの大きさは、80年代にもありました。
あのときも、服はだらーっとしていました。
服のパターンは四角に近いです。

この手の服は、若いときは似合うのですが、
そうでないと、だんだん難しいと思います。
服自体が自立していないから。
服の助けを借りたいとき、こういう服では助けてくれませんから。


大きくて楽ちんには、それなりのリスクがあるということです。

2013年10月13日日曜日

厳密に色を決めるとなると

ものすごく厳密に着る服の色を決めると言うのなら、
注意しなければならないことはたくさんあります。
肌の色、髪の色などは代表的で、誰もが思いつくと思うけれども、
それでは全然足りません。
まず、照明の色。太陽なのか、電灯なのか。
蛍光灯なのか、LEDなのか、白熱灯なのか。
朝なのか、昼なのか、夜なのか。
ヨーロッパの光なのか、アジアの光なのか。
背景も大事です。
山なのか、海なのか、都会なのか。
都会なら、緑の多い都会なのか、
雑多な建物しか背景にない都会なのか。
緑だったら、田んぼなのか、庭なのか。
ここまでは背景と照明の色。
次は、ほかの人の色。
自分以外の人たちはどんな色のものを着ているのか、
グレーのスーツが多いのか、紺色の制服の中なのか、
色の洪水のように色があふれているのか。
その中で、どんな色を選んで、どう見せたいのか。
そこまで決める必要が出てきます。

何が言いたいのかというと、
色を厳密にしようと思い始めたら、
きりがないということです。
写真や舞台の場合は、その都度、それをやっていくわけですが、
日常生活では無理でしょう。
肌の色との関係ばかりうるさく言う人もいますが、
それならなぜ照明についても言わないのか、
背景の色については言わないのか、疑問です。
決定するために必要な要素は肌の色だけではありません。

南の島のリゾートではとても似合った、
カラフルな色のドレスが、
東京に戻ってきたら、色がくすんで、全然似合わなかったとか、
雪山のスキー場で似合っていたウエアが、
東京の空の下で見たら、何だか変だったとか、
そんな経験は誰にでもあると思います。
背景と照明、つまり光の具合で、似合う、似合わないは変わってきます。

厳密に考えれば考えるほど、難しくなります。
映画の1シーンではないので、
それを実現するのは無理だし、必要ないと思います。
ほどほどにしておけば?しょせん無理なんだから、
というのが今の私のスタンスです。

2013年10月12日土曜日

暑い秋はどうしよう?

秋分の日までは、夏服でも仕方ないと思っていましたが、
10月の半ばなのに、気温が30度にもなると、
何を着ていいのやら、ほとほと困ります。
朝夕が涼しいのだったら、上にコートを羽織ればいいと思ったのですが、
この二、三日は、朝夕もそれなりに気温があります。
結局、インナーは薄いものや、ノースリーブ、キャミソール、
その上に何か羽織るという形で今をしのいでいます。
羽織るものは、ご近所へ行くだけなら、
オルタナティブの薄手のパーカー、
もっと遠くへどこかへ出かけるときは光沢のあるコットンのジャケット、
またはシルクの一重のジャケットです。

夏に引き続き、キャミソールもブラウスもジャケットも、
今、シルクをよく着ています。
寒いときは温かく、暑くても化繊のように蒸し暑くはならないので、
こういう時期にはちょうどいいです。
色も少しダークなものを選べば、季節感も出せます。

ポイントは、とにかく汗をかいてしまったら、
帰宅して、すぐに洗面所などで洗ってしまうこと。
ほとんどしぼらない状態でハンガーにかけ、
お風呂場に干してしまうことです。
今ぐらいの気温だと、次の日の昼間にはほぼ乾いてしまいます。
シルクは、本当に乾きが早いです。

見た目としては、シルクもポリエステルも変わりませんが、
質感や着心地はまったく別物。
お洗濯はひと手間かかりますが、ひと手間かけるのが、
大人というものでしょう。
それぐらいやらないと。

シルクは織り方によって、
表面がラフなもの、サテンのように滑らかなもの、
ジョーゼットのように透けているものなど、
その表情も豊かです。
人間の歴史の中で、長い間、衣服としてシルクが使われてきたのにも、
理由があると思います。
生地としての美しさ、温かさ、乾きの早さなど、
手入れが面倒だという点を除けば、美点が多いのです。

それにしても、この暑い秋、誰かがふさわしいスタイルの提案をしなければ、
結局、多くの人が夏服のまま過ごすことになってしまいます。
季節感がまったくないというのも、なんともさびしいです。
日の光の角度だけは、変わっているのですから。

2013年10月11日金曜日

草取り問題

今年の秋は順調に涼しくなるのかと思ったら、
そういうわけではなく、
台風がきたり、暑かったり、雨だったりで、
秋らしい日になりません。
そのため、涼しくなったら、まじめにやろうと思っていた草取りが、全然できていません。

草取りができていない状態が続いています。
ことの発端は、草取りをしている最中に猫が脱走したことから。
ちょっとがっかりきて、草取りをやめている間に、草がのびてきたので、
9月に入って取りかかったら、
今度はブヨに刺されました。
生まれて初めてブヨに刺されたのですが、夜中に目が覚めるほどのかゆさにびっくり。
足首あたりを刺されたのですが、足首がどんどん腫れて、
熱を持っていきました。
ブヨから刺されて2週間、かゆさもおさまり、再び草取りをしようと思って少しやったら、
今度はなんだかわからないけれど、毒虫に同じ足首付近を刺されました。
つまり、靴下とズボンの隙間をねらわれているようなのです。
たぶん、毒蛾か、毛虫のたぐいだと思うのですが、
またしても、広範囲にわたって赤く腫れあがり、
夜中に2度、3度、目が覚めるかゆさ。
あまりにひどいので、今度は皮膚科へ行って、
虫さされ用の塗り薬をもらいました。

そんなことをしている間に9月も終わり、
10月になって、涼しくなったら本格的に草取りに取り組むぞと思ったら、
この暑さ。
暑いのが苦手なので、具合が悪くなってまで草取りはできません。
涼しいと思ったら、今度は雨だったり。
途中までできたのですが、その先がなかなか進まず。
そしてここ最近の気温の高さで再び中断です。
草取り専門家のみなさんは、暑かろうが、雨が降っていようがきっとやることと思いますが、
わたしはやめておいたほうが無難なときはやめています。

ただ、この時期、どこのお宅を見ても、
あまり花もないし、雑草が少しは生えています。
びしっとしているのは、お寺さんとか、公園ぐらい。
日本の秋のこの時期、雑草がはえていなくて、
お花が咲いていて、などという庭を作るのは、たいそう難しいです。

それでも今朝、うちの庭で、少しバラが咲いていたり、
ホトトギスが咲いていたりするのを見ました。
短い秋が、通り過ぎようとしています。


2013年10月10日木曜日

来年に向けて買ってもいいもの

買わないほうがいいものばかり書いていますが、
買っても問題ないものも、もちろんあります。
これから続く流れのものは、買っても大丈夫。

では、それは何かというと、
まず透けている素材。
シルクシフォン、シルクジョーゼットなどの、
ブラウスやスカート、
それからレースのもの、
ラッフルやフリルのもの、
また、ジャケットやコートであっても、
なで肩でシルエットが大きいもの、
セーターもタイトでなくて、
ローゲージの大きいシルエットのもの、

これらは買っても大丈夫です。

それから基本として、
伝統のあるブランドが作る定番のもの。
ダッフルコートなど、
しっかりした作りで、流行に左右されない、
昔から変わらぬデザインのものは、
問題ありません。

簡単に言ってしまえば、
これから続く流れのものと、
ずっと変わらぬベーシックなもの、
これらは買ってもいいものです。

問題はその見分け方かな。
透けやレースは見てわかるだろうから問題ないけど、
シルエットがいいのか悪いのかは、わからないかもしれませんね。
とりあえず、わからなかったら買わないに限ります。
疑問や不安があったらやめ。
あと、変な打算があってもやめ。
いつも以上に、買い物は慎重にしてください。
そうしないと、来年以降、使えないものだらけになりますからね。

2013年10月9日水曜日

都会は記号であふれてる

都会は、記号と情報であふれているので、
ブランドが幅をきかせています。
その傾向は年々強まっているみたいです。
昔はそれほどじゃなかったと思います。
今はファッションとは関係のない人までもが、
いろいろなブランドと、その商品を知っていますから。

そういう意味では、それらの記号と情報に無関係な場所では、
ブランドの意味もなくなります。

ただ、記号としての意味はうせるけど、
ものとして、その存在そのもの自体の価値は問われます。
そのときに、ブランド物は、記号だけしか価値がなかったかというと、
そういうわけでもないので、これがまた厄介です。

技術と伝統、歴史など、ちゃんとしたブランドは持っているので、
記号も情報も物語もなかったとしても、
ものの存在自体の価値が高く、
美術館に置かれるようなものもまた、ハイブランドの中には多くあります。
それは本当にそうです。

だから、ブランド物だからいいとか、ブランド物だから悪いとか、
そんな問題ではなくて、
本当にそのものが、ものとしての価値があり、
それは何年たっても色あせないものであるとしたら、
それはそれでいいわけです。
数年で使い捨てするものよりずっといい。

だからわたしたちに必要なのはそれを見分ける力。
情報に負けていないか、記号が欲しいだけじゃないか、
本当にそのものの価値を見極めているのか、
たとえば、情報や記号なしに、
本当にそのものを選べたかなど、
問われるのは、こちら側の能力です。
それさえあれば、怖いものなしです。
ずっと使える、確かなものを選ぶことができるわけですから。

毎日の、なにげないことの中に、
それこそ、お茶のパッケージの中にさえ、
そういった美しさを見つけられるようになったら、
それはだんだん育ってきたのだと思います。
ただ、見た目に負けたっていうのは、同時に発生してしまうことですけどね。

2013年10月8日火曜日

シルエットはとにかくゆるいほうへ

これまでは、コーディネイトを考えるとき、
ゆるいニットには、タイトなボトムでした。
でも、これからのシルエットは、
とにかくゆるいほうへ、ゆるいほうへいきますので、
ゆるいトップスにゆるいボトムスという組み合わせが素敵、
ということになります。

流行とはシルエット、
だからそれを固定してしまったら、
即流行遅れになります。
その時代、その時代で素敵に見えるシルエットは違うので、
ルールはありません。

その流れを正確に、いち早く取り入れていくことができるのが、
すぐれたデザイナーです。

上も下もゆるく大き目のシルエットというのは、
80年代から90年代にかけてそうでした。
タイトなシルエットになれた今から見ると、
変なバランスですが、
あれがあのときは素敵だったのです。

上から下までタイトなシルエットだった、2000年代だって、
あとから振り返ったら、変なバランスに思えるのです。
ファッションはいつでも、そのときに流行っているバランスが一番で、
あとのものは時代遅れですから。

一番困るのがジャケットやコートでしょう。
インナーやスカート、パンツは何とかごまかせますけど、
コートはどうにもごまかせません。
タイトなコートを今まで着ていたとしたら、
そのコートはだんだん「古臭く」見えてきます。

こんなふうにシルエットが激変する時期というのは、
めったにありませんが、
こういう時期のワードローブのそろえ方が一番難しいかもしれません。
あんまりたくさん買わないことが、
リスクを最小限におさえると思います。



2013年10月7日月曜日

アクネを着てみた

いつものように整体へ行って、
その帰り道、市場調査とか言いながら、
近くのショッピングモールを探索します。
湘南とはいっても、一地方なので、そんなゴージャスなお店はないのですが、
ロンハーマンが入っています。
(いつもがらがらです)
先日は、ロンハーマンではなくて、違うショップへふと入ってみたら、
入口にはオリジナルの商品があったので、そういう名前のブランドのショップかと思ったら、
奥にはインポートが少しありました。
そして、そこにあったのです、アクネが。
まさか、藤沢でアクネを売っているなんて、思いませんでした。

夏物のアクネは、春に新宿伊勢丹へ行ったときに見たのですが、
そのときはTシャツなどがメインで、試着はしてみませんでした。
冬物を見るのは初めてです。

といっても、売っているのはニット数点のみ。
早速、カーディガンを試着してみました。
想像どおり、大きいです。
155センチの身長のわたしには、完全に大きすぎ。
ただ、やっぱり今の気分が満載でかわいいです。
ああ、これこれと思います。
シルエットはかなり80年代に近いです。
けれども、単なる80年代ではなくて、そこに何かプラスされた感じ。
ロックというか、グランジなのかな。
(ロックとグランジ、ファッションでは区別があいまいです。
わたしもどこを境界線にしているのか、よくわかりません)

難点はその質感。
お値段の割に、ニットの質はよくないです。
表示を見たら、化学繊維の含有率が高い。
この品質でこの値段?と思ってしまいます。
ただこれは、日本で売る段階でこの値段になったのかもしれません。
現地ではそんなに高くないかも。

ジャケットやコートはなかったので、
全体の雰囲気がつかめたわけではありませんが、
旬のブランドで、人気がある理由がわかりました。
これからアクネのフォロワーのブランドがふえそうです。

ネットや紙媒体で何度も見たものでも、
着てみることではじめてわかることがあります。
最近、都会にもほとんど行かないし、あまり試着する機会がありませんが、
ファッションにかかわるなら、着てみることが大事だと改めて確認しました。
特に、独特の新しい感じというのは、着てみたときにわかります。
これからどんどんシルエットが変わっていきますので、
着るたびに、このわくわくする新しい感じを味わえそうです。

2013年10月4日金曜日

レベル3を検討中

最近、ファッション・レッスンを受けてくださる方々がふえてきて、うれしいです。
ファッション・レッスンはわたしが自分で考えたオリジナルの方法なので、
ほかのどこかで習うことはできません。

そうなのですが、実は、クライアントさんの割合としては、占星術のほうが断然多くて、
ファッションを習いに来る方は少ないのです。
まあ、洋服について習わなくても生きていけるからだと思いますが。
もちろん、おしゃれでなくても問題ありませんし。

現在、ファッション・レッスンはレベル1と2に分けているのですが、
これらは両方ともおしゃれの基礎です。
お料理で言ったら、小林カツヨさんレベルです。
決して、上級レベルではありません。
けれども、みな、ここまでできていないというのも事実。
ここまでわかるだけで、相当な額のお金の節約になりますし、
毎日のコーディネイトも簡単になります。

最近、レベル2まで修了した方がふえてきたので、
そろそろその次のプログラムを考えてもいいかなと思いました。
基礎はベーシックなアイテムを中心にしましょうという考え方だったのですが、
次はベーシックから抜け出す方法です。

ただ、どんなメソッドでも同じように、基礎がないと、その上に何かをのせることはできません。
だから、あくまで、レベル2で教えたことができるようになった人が対象になります。

実際、受けにきてくださる方はほとんどいないかもしれませんが、
きのうちょっとイメージが浮かんだので、まとめてみようかと思っています。

きのういらした方もファッション・レッスンを受けてくださいましたが、
なんと、パーソナル・スタイリストさんにお買い物のアテンドをお願いしたばかりということでした。
そんなことはつゆ知らず、わたしが、その方が実際に持っていらっしゃるアイテムの画像を見て、
こんなの着ていたらおしゃれにならないと指摘したアイテムの数々は、
すべてそのパーソナル・スタイリストさんが選んだものだということでした。
恐るべし、パーソナル・スタイリスト。
そのはずし方は100パーセントです。
お店からマージンもらってるのかな?
それとも、これからもっと依存させようとしているのかな?
しかも、たくさん買ったのに、それでコーディネイトすることは不可能という破壊力。
それじゃ、相手はもう立ち上がれない。
その仕事ぶりで、豊かな生活ができているのだとしたら、
それもすごいです。

やっぱり、自分でできるようになるのが一番です。


2013年10月3日木曜日

大人のリュックについて考え中

リクエストをいただきまして、
大人のリュック(バックパックでもなんでもいいですけど)について考え中なのですが、
10月1日のシャネルの春夏コレクションで、
シャネルはリュックを提案していました。
シャネルのリュック、過去にもあったのかな?
(ないことはなさそう。だって、サーフボードまでシャネルつけて販売しているもんね)

シャネルというのはデザインチームがあって、
それぞれデザインしたものをディレクターがピックアップするのだと思うのですが、
今回、提案されているリュック、麻袋のようなラフな表面に、
シャネルのロゴがプリントされ、
意味のよくわからないひもやら金具がついています。
しかも、そのひももねじねじ巻かれていて、
グランジっぽくしようとしているのかなと思います。
きっとこれを30万とかで売るのでしょうけれど、
シャネルがやったら売れるのでしょうね。

ハイブランドのコレクションであんなにたくさんリュックが提案されるということは、
今までなかったと思うので、
これからフォロワーが生まれそうです。
そうすると、デザインの幅が出てきます。

ただ、リュックは誰がやっても、そう変わりはなく、
シャネルだからすごい、なんてことはありませんでした。

大人が背負うなら、プーマやアディダスなどの、
デザイナーがデザインしているシリーズか、
そうでなかったら、ノースフェイスやエーグル、マムートなど、
アウトドアブランドの、シックな色合いのものにするか、
どちらかがよいのではないでしょうか。
通好みで、一般にはあまり知られていないようなブランドのリュックも格好いいです。

やめたほうがいいのは、中途半端なファッションブランドのもの。
アウトドアでもなく、かといってすごくおしゃれでもなく、
どちらかわからない、みたいなのはやめておいたほうがいいと思います。
ファッションブランドだったら、それこそシャネルみたいなハイブランドにいっちゃう、
そうでなかったら、すごく機能的なのよという、マニアなアウトドアブランドにするのがいいと、
今のところは考えています。



2013年10月2日水曜日

来年は透けとレース

パリ・コレクションも終盤に差し掛かり、
毎日、おびただしい数のコレクションの写真がネット上にアップされています。

そして、そのほとんどのコレクションで使われている共通の素材が、
レースと、シフォンやジョーゼットなどの透ける素材。

レースは、裏地のついていないものが多く、
そのまま肌が見えるスカートやパンツが多いです。
もちろん、シフォンもジョーゼットも透けたまま。
裏地はついていません。

だから、実際に街で多くの人が着るようになったら、
そのままというわけにはいかず、
裏地、または何らかのインナーが必要になってくると思います。

わたしも前から、これからはレース、シフォン、フリル、ドレープだよと、
書き続けていましたが、
ここまでくるとは思っていませんでした。
2012年の頭から書いていたよね。
そのとおりになるまで、2年ぐらいはかかったわけですね。

当然、この流れはコレクションだけではなく、
日常着にも落とし込まれていきます。
こういうときは、どこかに1点、レースやジョーゼットなどのアイテムを投入していけばいいのです。

たとえば、今回、サンローランが提案していたように、
黒のスーツのインナーを透ける黒い素材にするとか。
そういうふうに、ちょっとだけ入れるだけで、
時代の気分になります。

流行のもので全身着飾る必要はないけれども、
今を生きているわけだから、
完全に無視するのも、ちょっと変。
ほんのちょっと取り入れるぐらいの距離感で、
全体のワードローブを構成するのがいいと思います。
今年の秋冬、付け足すアイテムも、
そこまで考えて買いましょうね、ということです。




2013年10月1日火曜日

都会も田舎も

久々に都会へ行きました。
わたしは、夏の都会は息ができないほど暑いので、
苦手なのです。
で、かなり久々に都会へまいりました。

都会へ出たときは、
必ずみんながどんな格好をしているかチェックします。
昔は、明らかに都会の人と郊外の人とでは、
着ている服装が違いました。

ただ、最近のわたしの観察の結果、
都会とその他のエリアでは、おしゃれの度合いには差がなくなってきているように感じます。

昔は、都会へ行かないと手に入らないものがありました。
具体的なものもそうですし、情報とか、カフェやレストランなどの雰囲気など。
だけれども、インターネットが発展して、
地球のどこへいても、同じ情報が同じタイミングで手に入ります。
ブランドの服だって、どんなエリアに住んでいても、
買うことができます。

そうなってくると、
都会とそれ以外の地域の地域差は少なくなります。
(もちろんまったくないとは言えませんけど)
そして、結局はおしゃれをしている人としていない人の差、ということになります。

都会の優位性は徐々に薄れつつあります。
情報に差がないのなら、
それ以外のものが豊富な郊外や田舎は有利です。
独特の余裕があります。

もしかして、日本のどこかに、
おしゃれな人たちが集う、特別なエリアが出現するかもしれません。
それはもう都会である必要がなくなっています。
あそこに行くと、素敵な服やカフェがあって、
素敵な人たちが集まるんだよ、というような、そんなエリアがあったら、楽しいです。
ヨーロッパの田舎町にあるような、
古い街並みや建物を利用した、
狭いけれども、特別なエリア。
そんなところがあるならば、ぜひ訪れたいです。