2013年7月31日水曜日

今年流行っているもの

予想どおりなのですが、
やはり今年は柄物のパンツが流行っていますね。
若い子からお年寄りまではいています。

ただ、これだけ流行ってしまうと、
すたれるのも早いです。
なぜなら見あきてしまうからです。

自分もはいていて、
街に出たら、他人がはいている姿も見て、となると、
目に入る確率が高くなります。
そうすると、脳の中には柄物パンツのイメージが飽和して、
もうこれ以上、いらなくなります。


限定したイメージしか提供できない服は、あきるのが早いです。
何回見てもあきないものは、
何度見てもイメージが広がるか、
そうでなかったら、
限定的なイメージがないもの。
ベーシックでシンプルな服というのは、
特徴があまりないので、
強烈な印象を持ちません。
そのことが、逆にあきない理由になります。

これは服でなくても、ほかの分野でも言えることです。
名画といわれるものは、
何度見ても、新しいイメージを与えることができるものです。
無限の解釈ができると言ってもいいかもしれない。
名画に対して、ベーシックでシンプルなものが、
タロットです。
単純なだけに、イメージが固定されません。
どのようにでも解釈可能です。
それが人々の関心を引きつけます。
これらのものは残ります。

今年目新しく見えた柄物パンツも、
来年になったら、すっかり見あきたものとなるでしょう。
そういうものは、ほどほどに取り入れる程度にしておくに限ります。
買ってしまったなら、ことし擦り切れるほどはけばいいです。
それしかないです。

2013年7月28日日曜日

密度の濃い服

たくさん服を買わないと満足できないというのは、
服1枚の質量が絶対的に低いからだと思います。
服一枚一枚に、思い入れがない。
作り手にも、買い手にも、どちらもない。
そうすると、服はとても密度が薄すぎて、
おなかいっぱいにならないのです。
それはいくらジャンクフードを食べても満たされないのと同じです。

そりゃあ、たまのジャンクはいいでしょう。
でもそれはたまにの話であって、
ふつうはちゃんとした食事に戻るものです。
けれども、ジャンクが基準になってしまったら、
いつまでたっても満足できないし、
そもそも満足が何なのかさえわかりません。
満足がわからないのだから、足るを知ることなんて無理。
既製服で育ったからよけいなのかもしれません。

服だって、本当は一枚一枚、家で誰かが作ってくれるか、
オーダーで作ってもらうかするものだったのです。
そのころは、こんなふうに服を大事にしないなんてこと、なかったはず。
だって、そんなことできません。
お母さんが作ってくれたものとか、
近所のよく知っているお針子さんが作ってくれたものとか、
それがわかっていたら、粗雑になんて扱えない。

ではどうすればよいかということですが、
やっぱり質量の高い、密度の濃い服を選んで大事に着ることでしょう。
それはたぶん安くはありません。
でも長い目で見たら、結果的には安いのです。
ジャンクフードではやせられなかったように、
ジャンクな服ではやせられません。
少しでも満足できる、栄養価の高いオーガニックな食べ物が必要です。
それは服も同じです。
服って、こんなにも心を豊かにしてくれるものだということがわかってきたら、
そんなにたくさんいらなくなると思います。
たった1枚のそういう出会いがあったら、それだけで人生が変わる可能性があります。

2013年7月27日土曜日

賢い猫の話

昔、うちにはおおちゃんという三毛猫がいました。
とても賢い猫でした。
子猫たちにねずみの取り方や、
木に登ったときの降り方を教えているのを目撃しました。
まだそのころは、猫は外にも出していたので、
庭仕事の際には、必ず一緒に外に出ました。
チューリップの球根植えも、必ず脇で見ていました。

あるとき、家のリフォームをすることになりました。
そのために大工さんがうちに入り、床をあけていたのです。
そのときは、おおちゃんのほかに、
おおちゃんの子供2匹と、しろちゃんとくろちゃんという、
実は白くも黒くもない、グレーの姉妹猫が2匹いました。
(白と黒は鼻の色でした)
床下をあけたその日、目を離したすきに、
くろちゃんが、大工さんがあけた穴から床下へもぐってしまいました。
もぐってしまって、家のずっと端までいってしまい、
床下の空気孔から外へ向かって鳴いているのが聞こえてきました。
床の孔とその空気孔までは、10メートルぐらいあったでしょうか。
わたしたち人間は、床のあいたところからくろちゃんの名前を呼びつづけましたが、
戻ってくる気配がありません。
どうやったら戻れるのか、わからなくなっているようでした。
わたしたちが床下へ向かって、
「くろちゃん!くろちゃん!」とくろちゃんの名前を呼んでいるそのすきに、
おおちゃんが、するっと、床下へ入っていってしまいました。
2匹とも床下から出られなくなったら大変です。
「おおちゃん、戻ってきなさい!」と叫びましたが、
戻ってきません。
もうこうなったら、もう一か所、床に穴をあける以外ないなと、
わたしたちは大工さんと話し、部屋を移動しようとしました。
しかし、そのときです。
何やら猫の鳴き声が床下から聞こえます。
その間に、おおちゃんがくろちゃんを引き連れて、
床下から出てきました。

くろちゃんはおおちゃんの子供ではありません。
一緒に住んでいる年下猫ちゃんです。
それだけではありません。
日本語が理解できなければ、くろちゃんが出られなくなっていると、
わかるわけがありません。
つまり、おおちゃんは何らかの方法で事態を理解し、
猫の言葉で、くろちゃんを誘導して戻ってきたのです。

後にも先にも、こんな賢い猫はいませんでした。
おおちゃんはもとはどこかで飼われていたらしく、
うちにきたときはもうすでに二、三才でした。
そして、なぜか卵焼きが大好物でした。
きっと前の飼い主からもらっていたのでしょう。
ちゃんと返事もできるし、呼んだら来る。
庭仕事にはいつもでもお付き合いする。
そして、春になったら、きれいに咲きそろったチューリップのあいだで、
ゆっくり日向ぼっこしていました。
自分も一緒に球根植えをしたのだと、
思っていたのかもしれません。
チューリップが大好きだったのだと思います。
チューリップのあいだに座っているおおちゃんの写真が、
今も手元に残っています。

2013年7月26日金曜日

「猫が行方不明」

おとといの早朝、庭の雑草がのびてきたので、
少し草取りをしようと思って、
玄関のカギをかけずに草取りをしていたら、
猫が玄関をあけてしまって
(うちは引き戸なので)、
脱走してしまいました。
きょうは帰ってきましたという報告のブログにしたかったんですが、
残念ながら、まだ帰ってきていません。

きのうは、猫の捜索の仕方の記事をネットで探して、
アドバイスに従って、
近所に配るチラシを作って、ポストに入れて回りました。
雌猫だと、家から50メートルぐらいしか離れないそうなので、
うちのまわりの家だけです。

何回かうちの近所を見てまわりましたが、
姿が見えません。
名前を呼んでもだめ。

なにかいい方法はないかと考えて、
ある作戦を思いつきました。
名付けて「ぶー作戦」。

脱走したのはまるちゃんなのですが、
まるちゃんは、うちの陰険猫おやじのぶーと仲良しなのです。
しかも、ぶーがどこかへ閉じ込められたりすると、
ぶーちゃん、助けてあげてとわたしに言いにきます。
ならば、おとりにぶーを使って、
呼び寄せようという作戦です。

ぶーにはちょっと我慢してもらって、
ケージに入れて、玄関の前へ置きました。
予想どおり、にゃー、にゃー鳴いています。
猫の声は人間の声より遠くまで響きそうです。

1時間も外へ放置していたでしょうか。
そろそろかわいそうなので、
ぶーを家の中へ入れました。

作戦は失敗したかに思えたのですが、
その30分ぐらい後、外で猫がけんかする声が聞こえてきました。
急いででていったら、
どうやらまるちゃんらしい子が、うちの外猫に追い詰められているようです。
はっきり姿は見えなかったのですが、
たぶんそう。
ただ、それは隣のおうちの庭だったので、
近くまでいけません。
急いで家の中に入り、
隣のお宅へ電話してみたら留守でした。
もう一度外へ出て、
無断でお隣の庭に行ってみたときには、
もう姿はありませんでした。

チラシを配ったけれども、誰からも何も連絡もないので、
どうやら近くのどこかで隠れているようです。
今朝になっても、まだ戻ってきていません。

このまま、「ノラや」になるのか、
「猫が行方不明」になるのか、
わかりません。
もちろん「猫が行方不明」のほうを希望しています。

とりあえず、きょうもぶー作戦を決行してみます。
早く戻ってこないかなあ。
まるちゃんがいないと、わたしは困ります。

2013年7月25日木曜日

これからの仕事の作り方 その2

きのうの続きです。

趣味として、または好きなこととして長年続けてきたことは、
それが仕事となる可能性があります。
それは最初は小さい規模かもしれませんが、
ローカル・エリアでコアなファンがつけば、
十分、仕事になります。

ただ、最近、わかったのですが、
多くの人たちが、趣味も好きなことも特に何もしていないのです。
これといって続けてきたことがないという人がとても多い。

今やっている仕事も、自分にとっては不本意なもので、
かつ、趣味も好きなことも続けていないとなると、
スタートはまず、なにをするかということになります。

では、今までやりたかったことや、好きなことを始めればいいわけなのですが、
実はこれもないという人が多いです。
それではもうどうしていいかわかりません。

そのとき占星術は、もちろん役に立ちます。
マーケッティング的に、これからこれが流行りそうだからこれをやるというやり方より、
ずっと有益です。

そのほかに考えられるのは、
誰かと組むこと。
昔からの友達や、勤め先の友達ではなく、
自分の関心のある場所や集まりで出会った、
同じ興味をもつ人と組むやり方です。
誰かと組むことによって、
1人だけではできなかったり、
思いつかなかったことができるようになります。

どちらにしても、なにをしていいのかなにもわからないという場合、
なにかや、誰かと出会わないとなりませんので、
行動することが必要です。
外に出かけていくことだけではなく、
ネットで探すというのも、行動のうちに入ります。

さて、その先ですが、
これは前に書いたことと同じです。
何かを仕事として始める場合、
基本は、固定費をできるだけかけないことです。
いきなりどこか場所を借りたり、高価な機材を買ったりするのは、
無謀です。
できるだけお金のかからない方法で最初は展開します。
それともうひとつは、リスクを分散させるために、
二足、三足のわらじを持つこと。
または、持つように広げていくこと。
そして最後はネットワーク作り。
これは地域でも、ネット上でも、どこでもいいので、
ネットワークを作って、みんなにコアなファンになってもらえばいいわけです。
別に全国の何万人の人にアピールすることはありません。

こんなふうにしていけば、
自分で、小さい規模ながらも、仕事は作れると思います。

あと最後に。
女の人のこういった小さい仕事のやり方は、
これまでの、男性主体のビジネスのやり方と同じではありません。
だから、今までのやり方が書いてあるビジネス書は、ほとんど参考になりません。
本当に効果的なのは、
今まで誰もやってみなかった、意外な方法です。
既存の仕事からはじかれているんですから、当たり前といえば当たり前。
これまでの当たり前ではない方法。
そこにしか、道はないと思います。
特にこれからはね。





2013年7月24日水曜日

これからの仕事の作り方

占星術のご相談トップ2は、仕事と結婚。
これ以外ほとんどないと言っても過言ではありません。
で、きょうは仕事について。

女性の仕事はまだまだ難しい時代です。
私が大学生だったとき、雇用機会均等法という法律は、
もうすでにありましたが、実際に就職はあまりありませんでした。
あったとしても、事務職ばかり。
どう考えたって事務職が無理なわたしは、大学を卒業してからブンカへ行ったわけですが、
理由はそれだけではありませんでした。
大学のたしか1年だったとき、卒業生調査というのがありました。
ランダムに選んだ卒業生4人を訪問して、
卒業後、どうなったか調べるという大学のプロジェクトでした。
20代から60代までの卒業生の方のところへうかがって、
実際にお話しを聞いて、それをレポートにしました。
そのときにわかったのが、
卒業生の半分が卒業して3年以内に卒業時についた職場を去っているということでした。
そしてそのほとんどの職種は事務でした。
短大を出てもうすでに就職している友達はわたしに言いました。
「事務に未来はない」と。
それを聞いて、わたしは事務職ではない、専門職を目指すため専門学校へ行ったのです。
実際、ブンカには大卒の人がクラスに4人ぐらいいました。

ブンカに行ったまではよかったのですが、そのあとがいけませんでした。
今で言う、ブラック企業にブンカの先生に推薦されて行ったが最後、
睡眠時間と食事、友達と休暇、情報、映画も音楽も文学も美術も、服を見にお店へ行く時間も!
そして夢と希望をうばわれて、
残ったものは病気の体だけとなりました。
考えてみたら、わたしは現在の女性の仕事に関する現状をかなり先取りしていたみたいです。
今、そういう状況におかれている人は少なくないでしょう。

ではどうしたらいいか。
これについてはずっと考えてきました。
現在、正社員として企業でずっと働くという人は、
ごくごく少数なのではないかと思います。
うちに来てくださる方々の、特に30代の方はほとんど派遣です。
特殊な専門職以外は、安定した勤め先などないというのが現状ではないでしょうか。

そうなると、勤め先を探すのではなくて、
自分自身が自分自身を雇う立場になる以外、方法はありません。

どんな趣味でも、10年も続ければ、お金をいただけるほどにはなります。
教えるのか、作ったものを売るのか、サービスを提供するのか、
方法はいろいろですが、地道に続けてきたことの力は強いです。

わたしは始めたからには、最低10年は取り組みます。
ファッションはもう20年以上だし、占星術も10年以上はやっています。
どんなことでも続ければ、それは自信になります。
そして、仕事につながります。
こうやって、地道に育てた仕事の種をまわりの人に提供していくのが、
これからのほとんどの人の仕事の形なのではないかと思います。
(長くなったので明日に続きます)

というか、いま、まるちゃん、脱走中。困ったな、もう。

2013年7月22日月曜日

仕事のための衣装

仕事をするときの服というのは、
それこそ人それぞれだと思います。

わたしは家で仕事をしている時間が長いので、
どうしても部屋着の延長に仕事のための服がなりがちですが、
今、習っているテクニックをクライアントさんに使うときは、
こんな格好でやりたいなというスタイルがあります。

それはいつもは自分が着ないようなものなんだけれども、
それをやるときには、そんな衣装がふさわしいのではないかと、
勝手に思っているものです。

しかし、わたしの思っているそのスタイル、
なかなかふつうに売っているようなものではありません。
イメージはあるんだけど、どうしようか。
作る以外ないのかな、などと思っていたところ、
かなりぴったりのイメージの服をオーダーで作っていらっしゃるところがありました。

そこにはまだ行ったことがないので、
詳しいことは書けないのですが、
月に3日ほどしか開かない、
オーダーメイドが主体の、すてきなローカルかつスモールな、海の近くのお店です。
次に開店するのは、8月の半ばなので、
予定があいていたら、ぜひ行ってみたいと思っています。

そこはオーダーを受けて、
オーナーさんが手作りするので、それなりのお値段はします。
だけれども、そのデザインを見たとき、
あ、これなら、丁寧に着れば10年は着られるなと思ったのです。
10年と考えたら、決して高くはありません。

今、目の前にあって安いものは、長い目で見れば高くつくものかもしれません。
同時に、今、目の前にあって高価なものは、長い目で見れば安いかもしれません。
そういう計算を頭の中でさっとすれば、
高いものを買ったとしても、結果的にはそんなにお金を使わずにすみます。
目の前の利益だけ追求すると、それがわからなくなるので注意が必要です。

いつになるかはわかりませんが、
そこでわたしにとっての衣装をオーダーして、
それを着た姿で、みなさんにお目にかかれればなと思います。

2013年7月21日日曜日

遠くに行かなくてもここにある

選挙に行ってきましたよ~
まだな人は絶対行ってくださいね。

今、プラムの季節で、
この1カ月、いろいろなプラムを食べました。
貴陽、ソルダムなどなど。
(あともう2種類、名前は忘れました)

今、私が食べているプラムは、
いつもの近所のオーガニックの農家さんが作っているプラムです。
ここのプラムを食べてから、
プラムの本当のおいしさがわかりました。
それまで、プラムって、そんなにおいしいと思ったことはありませんでした。
だけれども、オーガニックで生産されたプラムのおいしさは格別です。
しかも、決して高くありません。
イチゴのパックと同じ大きさのパックで、1パック350円です。

なぜこれが実現するかといえば、
輸送費がかかっていないから。
そして、生産者から直接買うからです。

ローカルルールはどうかと思うけれども、
ローカルビジネスは、お互いにメリットが多いです。
そして、生産者から直接というのもメリット多いです。

農家だけでなくて、
サービスも近くで、個人がやっているところのほうがいいです。
カフェでも、アロママッサージでも。
小さいビジネスのほうが魅力が大きいです。

これに気づいたのは、
体調が悪くなって、遠くにいろいろ出かけられなくなり、
近所にしか行けなくなったから。
そういう小さいところの情報は、
雑誌なんかには決してのらないけれども、
自分の足で探していくと、
意外なところに素敵なものや人たちがいて、
そういう出会いが楽しいです。
 雑誌にのらない分、荒らされてないし。

そのほか、交換でいろいろやるのも好き。
わたしは占星術をやるので、あなたは自分の得意なものね、というようなね。

この方法って、古いようでいて、新しいのです。
気づいている人は、もうたぶん、始めているはず。
だけれども、これをするためには、
与えられるだけの情報では、決してできないことなので、
自分で動いていく必要があります。

遠くまで出かけなくても、ここにすべてがある。
そのことに気づいたとき、
本当の豊かさが始まるのだと思います。


2013年7月19日金曜日

暑い中、秋を思う

7月も20日を過ぎてくると、
雑誌も9月号となり、
一気に秋冬物の特集となります。

ものづくりは、いつも先の季節のものに取り組むので、
ブンカのときから、真夏は秋冬のデザインを考えたり、
素材をさわったりする季節です。

暑い中、秋冬のこっくりした色合いのウールをさわったり、
コートのスタイルをながめていたりすると、
一種、独特の高揚感があって、
一瞬、秋冬の世界に入ります。
ついこの前まで、寒い冬なんて、早く終わればいいと思っていたのに、
もうこのありさまです。
今現在の季節ではないところに入り込みます。

今にいるべきというのは、今、目の前の現実しか見ない、
というのとはちょっと違います。

今にいるというのは、
今にしばられるという意味とは違うので、
今という瞬間に入ることができたら、
時間も距離もこえることができます。
変な言い方だけど、
今という瞬間の中に永遠を見るわけだから、
暑い中でも冬を感じることができるわけ。
距離をこえるという意味では、
日本の街の中で、ある風を感じることができたら、
その瞬間、パリでもロンドンでも感じることができるわけなんです。

夢見るアーチストはいつでもそれが可能な人たちです。
現実しか見ないのだったら、みんなリアリズムになってしまう。
今という瞬間に入り込み、
現実をこえた世界を見るのが真のアーチストでです。

夏至を過ぎて、ほんの少しですが、
太陽の光が傾いてきました。
その光線の中に、少しでも秋の要素を見つけられたら、
一気に季節をこえた世界へ入って感じます。
それは、テレビを見るよりも、ずっと楽しいことなのです。

2013年7月17日水曜日

真夏の重装備は苦手なの

きのうおしゃれブログのほうに、
夏の薄着にはアクセサリーで重装備という話題を書きながら、
実際、わたしは重装備はしていません。

また、腕にいろいろつけるのが苦手。
それは嫌いだから苦手というわけではなくて、
いろいろつけると、気になるのと、
ものが書けないからです。

腕に何かまきついていると、字を書くとき非常にやりにくいです。
中学生のころから、何か書くときは腕時計を外す習慣があって、
その習慣のおかげで、腕時計を2回もなくしています。
つけたりはずしたりしている間に、
どこかに落としてしまったり、置き忘れてしまうみたい。

サングラスも、度入りのを作らなきゃ見えないので、
作ってないし。
今度、度入りのを作ったら、
コンタクトを入れたときは使えないし、
ああ、もう、なんか面倒くさいからいいやという状態が何年も続いています。

あとは、中途半端なアクセサリー、
つまり、あきたらごみになるようなアクセサリーは買いたくなくないので、
なかなか買えないというのもあります。
あきたら質屋で買い取ってもらえるか、
換金できるかのものでなきゃいやだとか言っていると、
なかなか買えない。

もちろん、透明アクリルの太いバングルなんかは、
きれいだと思うんですけど、
いつまでもあきない透明アクリルがあるのかとか考え出すと、
やっぱり買えないです。

スワロフスキーは許される範囲だけれども、
あれはあきたらどこかに売れるのかな?
オークションならいける?
でも、オークションとか出すのが面倒です。

そんなことを考えている間に今年の夏もおわるでしょう。
結局、なにも付け足さないで終わりかも。

いつかアマンリゾートに泊るときまでには何とかします。
いつのことかわからないけどね。


2013年7月16日火曜日

ビーチサンダルにペディキュア

きょうあたりやっと涼しくなりましたが、
先週1週間、息もできないほどの暑さでした。
電車の中もビーチサンダル率が高かったです。
湘南海岸でなくても、
ビーチサンダルは、すっかり街でもはいていい靴として定着しました。

ビーチサンダルを街ではくとき、
どういうはき方がきれいかなと、また観察していたのですが、
やっぱり足の爪にペディキュアをするのがいいのかなと思いました。

いま、わたし自身はなにも塗っていないのですが、
塗ることによって、それだけで1枚何か重ねたような効果があるなと思います。
特に、濃い色だと、そこに視線が集中するので、
肌の色のむらや傷なんかも目立ちにくくなります。
それから足の生々しさも薄くなります。

どこかに視線を集中させて、
ほかを目立たなくさせるという手法は、ファッションの常套手段なのですが、
足の場合も、これは使えます。

で、何色を塗るかという点。
モードよりの人は濃い赤色や、またはネイビーやカーキなど塗りますね。
コンサバよりだったら、パールピンクとか、ベージュに近い色。
マットがいいのか、パールが入ったほうがいいのか、
グリッターがいいのかとか、いろいろありますが、
あまり詳しいことまではよくわかりません。

あとは柄を入れるか入れないかとか、
全部の爪を同じにするかしないかとか、
デザインも豊富です。

ただやっぱり、大人でシックに見せるのだったら、
水玉とか、ストライプはやめたほうがいいかも。
それでどこへ行くのかにもよりますが、
足のつめはしょっちゅう塗り替えるものではないと思うので、
そこら辺は、自分がどういう行動するのかを考えて選ぶとよいのではないかと思います。

わたしは今年、ネイビーを塗ろうと思っているんだけど、
どうかな。
だめかしら?
だめと言われても、やります。


2013年7月15日月曜日

服を見ると年代がわかってしまうわけ

よくメイクや髪形は、
自分が若くて輝いて時期(だと思っている)の影響をひきずって、
年をとっても変わらない人が多いと指摘されていますが、
ファッションにもその傾向があると思います。

たとえば、80年代後半から90年代にかけて流行した、
ヨージやギャルソンのファンだった人は、
いまだにその影を引きずって、
同じような色、シルエットの服を着ています。
あたかもそこだけが、1990年であるかのように。

これはどの年代でも多少はあることで、
今の30歳前後の人たちが好んでよく着ている、
化繊のシフォンのふわふわしたスカートに、
つけまつげのメイクも、
次の流れがくれば、その年代特有のテイストになります。

ただ、これをあまりにやり過ぎると、
やっぱり時代とずれてる服だなと見えるのですよね。
それがどんなに新しい服だとしても。

シルエットは毎年変わるものではなくて、
ある年代、それはだいたい14年ぐらいですが、で移り変わっていくので、
その年代にどっぷり入ってしまうと、
自分がそのときの影響を受けたまま服を選んでいるとは、
なかなか気づきません。

電車に乗って、いろいろな人を観察していると、
この見えないジェネレーションの区切りが見えてきて、
ああ、この人は90年代の人だなとかわかります。
エイジレスに見せるためには、
このジェネレーションの影響をこえるというのが重要ではないかなと思います。

ハイブランドのデザイナーが次々交代していくのも、
そういう理由からだと思います。
うわさでは、マーク・ジェイコブスがそろそろルイ・ヴィトンのディレクターをやめるらしいですが、
どうなんだろう?
カール・ラファーフェルドが シャネルにずっと君臨しているのは、
中のデザイナーをどんどんかえているからでしょうね、たぶん。

自分の若いころのデザイン、シルエットが好きなのはわかるけど、
そこそこにしておいたほうがいいよね、という話でした。

2013年7月13日土曜日

学ぶのは楽しい

新しいことを学びに行くのがうれしくて、
今日も朝5時に目が覚めてしまいました。

本当は学ぶことは楽しいことで、
好きなことなら、待ち遠しくてたまらないのは当たり前なのだと思います。
知りたいと思っていたことが、
脳の中にしみこむ瞬間は、
うれしい!と叫びたくなるほど楽しいです。
だから、そういう機会を奪われると、
生きている楽しみの半分を奪われた感じで、
つらくなります。

子供のころに、
少しでも、そういったとめられないほど好きなことを学ぶ機会があったら、
学ぶことは楽しいことだと、その後の人生でも思えるでしょうけど、
単なる義務で、好きでもない、得意でもないことをえんえんやらされ、
挙句の果て、点数をつけて評価されるのでは、
やる気も失います。

過去を振り返ってみても、
他人のやる気を失わせるのが得意な人にはたくさんお会いしましたが、
その逆の人にはほとんど会っていません。
(ブンカの先生も、やる気をなくさせる名人ばかりでしたね)

やる気がなくなると続きません。
才能とは、やり続ける力だと思うので、
やる気がなくなってはだめなのです。
どんなことでも10年も続ければ、ある程度のところへいけますが、
才能があったとしても、つづけなければないのと同じです。
(もちろん、誰かに何か言われても続けることができるのが、
本当の才能かもしれませんが)

他人の評価や言葉でくじけそうになるならば、
そんなものは放っておいて、
自分の中から聞こえる声についていけばいいのです。
いつだって、それが一番確実です。

2013年7月12日金曜日

暑すぎると、おしゃれとか言ってられない

いきなり暑い日々が続いていますが、
みなさん、お住まいの地域はいかがですか?

わたしの住む湘南地方も相当暑いですが、
まだうちのまわりは畑や田んぼ、雑木林など、
緑が多いので救われています。
うちのお隣はぶどう畑なので、そこからの風は涼しいです。

で、緑のエリアを歩いている分にはいいですが、
アスファルトとビルに囲まれたエリアに入ると、
息もできないぐらいの暑さです。

こうなると、もうおしゃれとか、なんとか、言ってられませんね。
日本はこの暑い時期が長くなってしまって、
夏のおしゃれにふさわしくない地域となりました。

暑い国のファッションというのは、
伝統服はあっても、西洋風の衣装でいいデザインが出てくる国はありません。
西洋風の服装は、こんな熱帯のモンスーンみたいな地域で着るための衣服ではないのです。
ネクタイにしたって、こんなに暑かったら無理でしょうし。
日本の夏は、気候と服装にギャップが起こっているので、
西洋風のおしゃれは無理なんだと思います。
パリやミラノで発表される、クルーズ・コレクションを見ても、
日本の真夏には無理な服ばかりです。
とてもじゃないけど、暑くて着られない。

そうなってくると、
服というのは、もっとも最初のニーズである、
暑さ寒さをしのぐためのものということになりますから、
今はおしゃれのためではなく、
暑さをしのぐためと考えて、
無理しないのがいいのではないかなと、最近、特に思います。

それにしても、この暑さ、たぶん9月までは続くでしょうから、
日本の夏の3カ月間は、おしゃれ度が低い期間ということになりますね。

みなさんも、無理しておしゃれをしないで、
とにかく倒れないように暑さをしのいでくださいませ。
そのほうが大事ですから。


2013年7月11日木曜日

本当に服は余っているね

セールの季節が始まりました。
わたしは通常のセールではいつもお買い物はしないので、
見ることも少ないのですが、
先日、たまたま地元のショッピングセンターを見る機会があったので、
ざっと見て回ったのですが、
本当に服が余っていますね。
セールにしても、どんどん売れていくわけではないし、
平日なのでしょうがないですが、
お客さんも少ないし。
(そこはテレビのロケでも使われるような、ちょっと高級なショッピングセンターです)

売れ残った服がどうなるかというのは、
いろいろ噂があって、
本当のところはわからないのですが、
まずタグがとられて、東南アジア方面へ行き、
それでも売れない場合は焼却処分になるそうです。
昔、ネームが隠されて売っている高級靴は見たことがありますが、
タグがはずされて売っている服は、まだ見たことがありません。
最近は、服の生産量が爆発的に増大しているので、
こういった焼却処分の服もふえているでしょうね。

そういうことを考えるにつけ、
せめて自分の服は大切にしたいなと思いますし、
大切にできるものしか買いたくないなと思います。
せっかく作ったのに、使われることなく廃棄されるというのは、
本当に悲しいです。
そしてきっと、
これはもしかして廃棄されるかもしれないと思って作るものづくりは、
もっと悲しいでしょう。
一生懸命作って、それが捨てられる運命にあるというのは、
いちばん耐えがたいことだと思います。
そういうものがなるべく出ないシステムの構築が、
早く実現するといいですね。

2013年7月4日木曜日

ファッションだけの人生なんて

占星術そのほかとファッションというのは珍しいですねと言われました。
確かに、ファッション業界にどっぷりつかっていたら、
そのほかのことを勉強する時間などありません。
とにかく拘束時間が長いので、ほかのことができません。
衣食住の衣ばかり突出した生活で、
そのほかのことは本当におろそかになります。
そんな中、ファッション以外のことについて勉強するなど、
あり得ないでしょう。
(あ、わたしがいたところは、ファッションの勉強さえさせてはくれませんでした。
たとえば、市場調査に服を見に行くとか、雑誌を見るとかね)
そういう意味では、わたしはファッションのほうからはじかれたおかげで、
こうしていろいろなことを学ぶ時間をもつことができたわけです。
あのまま仕事がうまくいっていたら、
そのほかのことなど学びもしなかったでしょう。

病気も含んで、窮地に追い込まれたときは、
新しいことを学んだり、チャレンジしたりするチャンスです。
すべてうまくいっていたら、
わざわざ新しいことをする気も起きないでしょうから。
そう考えると、
本当に何がよいとか、悪いとか、言えません。
(いつも同じこと言ってるけど)

ファッションのことしか考えないで一生を終るなんて、
今考えたら、ばかばかしいです。
それをばかばかしいと思うので、遅かれ早かれ、
わたしはファッションからは離れることになっていたのだと思います。
それはひとつの仕事ではあるけれども、
人生全体では、決してない。
仕事やお金をかせぐことだけが人生ではありません。
そこを間違うと、人生は空虚です。
取りこぼすものが多すぎます。
本当に大事なことは、それ以外のところにあるのだと、
今でははっきりわかります。

☆写真:市民センターに置いてあった映画のチラシ。江ノ島で撮影されたらしい。

2013年7月2日火曜日

ショート・パンツはケイト・モスが流行らせたのかも?


インターネットのBritish Vogueには、ギャラリーのページがあって、
いろいろなまとめ写真が見られます。
先日、デビューのころからのケイト・モスのファッションがまとめてあったので、
それを見ました。

そうしたら、ケイトの2003年ごろの写真に、ショート・パンツのものがありました。
それ以降も、何枚か出てきます。
それは主に、フェスティバル会場でのケイトのスナップで、
街の中のものではありませんでした。

おりしも、現在、イギリスではグラストンベリー・フェスティバルが開催中。
フェスティバルに集まってきたモデルや有名人のスナップの中にも、
ショート・パンツ姿は多いです。
あの、ステラ・マッカートニーまでショート・パンツでした!

グラストンベリー・フェスティバル会場は、どうやら泥沼のようで、
多くの人が長靴をはいています。
ケイトの過去のスナップの中にも、
ショート・ブーツとハンターのブーツという組み合わせがありました。

確かに、ロック・フェスティバルの会場では、ショート・パンツが似合います。
それはやっぱり1つの若さの象徴だから。
だけれども、それを都会の街にそのまま持ってくるには、
ましてや、通勤着にそのままするには無理があります。
そうするためには、何かひと工夫、必要でしょう。
それは湘南の海の街をふらふら歩いている、ラフなスタイルを、
そのまま都会に持ってきたら、何かおかしいのと同じことです。
都会に行くためには、そのゆるさを少し固める何かがいります。

話は変わりますが、
BBCを聞いていたら、グラストンベリー・フェスティバルの中継をやっていたのですが、
ローリングストーンズがそのままふつうに、「Satisfaction」とか歌っているのには驚きました。
ふつうに元気だったし、みんなが言うほど、ミックは歌が下手じゃなかったです。
大御所から新人まで、いろいろ集まるグラストンベリー・フェスティバルって、
楽しそうですね。

☆写真:これはいちじくの木






2013年7月1日月曜日

PVからおしゃれを学ぶ


いつもブログを読んでくださっているRさんが、
おしゃれプロモーション・ビデオを教えてくださいました。
Rさん、どうもありがとう。
Giovancaの「On my way」です。
まずはざっと見てくださいね。




さて、見た感じ、おしゃれだなというのはわかると思うのですが、
なぜおしゃれなのか、そこがわからなかった方も多いのではないかと思います。
では、ちょっと解説してみましょう。
最初のシーンの胸があいたドレスのところは色がよくわからないので飛ばします。
次から。
まず、ブルーのコートに紫のストールです。
コートの下は濃いブルーのジャケットと白いTシャツ(たぶん)、
ボトムは紫のジーンズ。
このコーディネイトはブルーと紫のグラデーションで構成されています。
で、ポイントは靴。
靴をよく見てください。ここで紫寄りのピンクとヴィヴィッドなオレンジの色の靴をもってきていますね。
これがこのコーディネイトのポイント。
ここで黒い靴をはいたら、ふつうの人です。
で、このコーディネイトにこれからいろいろ出てくるスタイルの特徴が象徴的にあらわれています。

次、ベージュのコートのシーンです。
全体のコーディネートがベージュで統一かなと思ったら、
インナーがヴィヴィッドなブルーですね。
この後もそうなのですが、彼女の特徴はここなのです。
ペール・トーンやグレイッシュ・トーンで全体をまとめて、
差し色はブルーとかグリーン、または白。だけど、その差し色をヴィヴィッドにするんです。
ここでトーンをずらしています。(白はトーンと関係ないですが)
無難にまとめるなら、同じトーンにしておきますが、
彼女の肌の色を引き立たせるためにはヴィヴィッドのほうがいいんです。
また、同じトーンだと、シックではあるけれども、生き生きした感じには乏しくなります。
途中のグレーのコートのシーンでは帽子がヴィヴィッドなブルーです。
次のベージュのコートのシーンではスカーフの柄にヴィヴィッドなブルー、
そして靴が真っ白です。
最後のほうで着ているブルーの革のジャケットのブルーが、
このスタイリングのテーマにもなっているカラー。
一番最後のシーンでは、ベージュのジャケットの下にこのブルーの襟と、
そして靴が同じブルーです。
一方、アイテムはコート、革ジャン、ニット、といったごく普通のものばかりです。
ひとつひとつを見ても、デザイン性の高いコートやジャケットなどはありません。
シルエットは、いわゆるいまどきの、どちらかというとタイトなシルエットで、
特別なものではありません。
(スタイルがいいので、デザインで隠す必要がないというのはあると思いますが)
つまり、このスタイリングをおしゃれに見せているのは色なのです。

このスタイリングの色の使い方はかなり高度なテクニックなので、
すぐに真似できるものではないと思います。
だけれども、これを見ると、
おしゃれに見えるポイントの大きな部分は色によっているのだなということがわかるでしょう。
シルエットはその時代によって違ってくるので、
何がいいとか、言えないのです。
まずは色。とにかく色。
別にブランドものを着なくてもおしゃれに見えるとわたしがいつも言っているのはこのことです。
まずは色を勉強してくださいね。

☆写真:あじさい