2013年6月30日日曜日

夏のほうが難しい


だんだん、暑くなってきて、
本格的に夏の装いとなってきましたが、
洋服という意味では、冬物より夏物のほうが難しいです。

まず暑いので、重ね着ができなくなりますし、
その上、日焼け対策、冷房対策など、やれないこと、やらなければいけないことなど、
そちらが優先になります。

しかし、なんといっても、服自体が、Tシャツやらカットソーが主体になり、
これは子供からお年寄りまで一緒なので、
みんな同じようなものを、同じようなバランスで、ということになりやすいです。
そこで、自分らしさとか、
大人っぽいTシャツの着こなしなんかを表現するのは、
難しいです。
大人だから、いい素材をと思っても、
コットンのいい素材には限界がありますし、
ふつうの人にはなかなかそれがわからない、というのはあります。

リゾートのファッションについて書こうと思ったのですが、
考えたら、わたし、リゾートでバカンスを楽しむとか、
したことがありません。
だいたい今まで、リラックスだけのために旅行に行ったことはない。
だから、そういうリゾート地のホテルなんかで、
みんながどんな格好しているのか、
どんな格好だったら素敵なのか、
よくわかりません。
山のリゾートはどんなとか、海辺のリゾートはどうだとか、
そういった観察がないと、書くのは無理そうです。

わたしの住んでいるエリアも、確かにリゾート地だけれども、
若者がゆるい格好でちゃらちゃら歩いているだけなので、
まったく参考になりません。
かえって、あれはいやだなという見本ばかりです。

リラックスのためだけの旅行の予定は相変わらずないけれども、
アマンリゾートとか行って、
みんながどんな格好しているのか、しっかり観察してみたいなあ。
やっぱり雑誌やコレクションだけではわからないことがたくさんあって、
実際にその場で見て、
あ、ああすればいいんだ、格好いいんだというのがわかるので、
1度ぐらいは行ってみたいです。
いつになるかわかりませんが。

☆写真:初夏の空

2013年6月29日土曜日

黒だけのコーディネイトは簡単


90年代、アパレル業界で働いていたときは、
まだまだ黒い服がはやっていて、
わたしのワードローブもかなり黒かったです。
そのことを今考えると、
あのころはコーディネイトが簡単だったなと思います。

黒だけ、または黒に何か1色足すだけですから、
ほとんど色の組み合わせについて、考える必要がありません。
わたしはよく赤を差し色にしていて、
赤いニット、赤いブーツ、赤いバッグを全体のコーディネイトに付け足していました。
黒は大体どんな色でも、差し色として受け入れてくれるので、
差し色を決めておけば、簡単です。

けれども、最近、黒の割合はずっと減りました。
全体の1割ぐらいかな。
黒よりはブルーが中心なので、
青のグラデーションはいろいろありますが、
黒はあえて選びません。
理由は、やはりわたしの行動範囲の多くが湘南エリアなので、
黒い服が似合わないということ、
そして、もう黒の服を着る気分ではない、ということです。

黒ばかり着ていると、
決して色の勉強にはなりません。
悩みも少ないけれども、色を組み合わせる力もつかないです。
色をどうあわせるかということを考えるには、
相当な労力がいるので、
黒だけの服を発表するデザイナーは、シルエットのみですから、
ほかの色を考えるデザイナーに比べたら、労力は半分です。

色がぴったり決まっている服でワードローブを構築するのは、
なかなか大変ですが、
今はそれに取り組んでいます。
そして、黒はもうこれ以上、ふやさないつもりです。

☆写真:電信柱を入れると、日本の風景になります。

2013年6月28日金曜日


先日、英語講師のミミさんという方とお知り合いになって、話をしていて、
ラジオはBBCのRADIO2がいいということを教えていただきました。
それで、最近よくBBCを聞いています。

RADIO2は、ポップスばかり流れる曲で、
古いのから新しいのまでやっていて、それなりに面白いです。
デヴィッド・ボウイもかかるし、
なぜかよくべリンダ・カーライルもかかります。
ときたま、モリッシーの「Every day is like Sunday」なんかがかかって、
これは日本の局ではほとんどかからない曲なので、楽しいです。

もちろん新しい曲もたくさんかかるのですが、
最近よくかかっているのがTom Odellの「Another Love」。
わたしはこの人の声を聞いて、
かなりのおじさんだと思ったのですが、
歌詞を聞いていると、やけに若さがにじみ出ていて、
これはどう考えても若造の歌だけど、
実際はどうなのだろうと思って、
You Tubeで調べたところ、
あら、すごい若いじゃないの。
顔も声から想像していたものとは全然違いました。

そういえば、わたしも、大学時代、クラブの先輩に、
変な声ね、といちばん最初に言われました。
それ以来、変な声なのかもと、思っています。
たしかに、いわゆるかわいい声ではありませんし、
低いほうですが、それが変なのかどうかは、よくわかりません。
自分の声については、なかなか客観的にはなれません。

変な声は思いこみかもしれない。
声ですべてを判断できない。
声がつたえる情報は、かわいいとか、変とか、若いとか、年寄りとかではなくて、
もっとほかの、
もっとふつうにはたどり着けないようなエリアの、
想像力を必要とする、
その人の本質に近い部分なのかもしれません。



追記:Tom Odell、そういえば、バーバリーのショーで、彼、弾き語りしていました。曲が違うんで、気づかなかった。あと、フジロックに今年、来るんだって。

☆ 写真:ひまわり

2013年6月27日木曜日

もう来年の春夏コレクション

プラダの2014年春夏のコレクションがもう発表されました。
1年後の夏のコレクションです。
早い!(いつも9月じゃなかったっけ?)
もしかして、メンズのショーの一部分かもしれません。
ついにプラダも、足元がスニーカーです。
しかもインヒールではなくて、
ハイカットのフラットヒール・スニーカーです。
そのスニーカーをワンピースにあわせています。
そのほかの写真も、靴はのきなみフラットです。

服のシルエットが変わって、
靴もフラット優勢になるかなと思っていたのですが、
なかなかそうはなりませんでした。
けれども、このプラダのフラット・スニーカーをきっかけに、
かなり広がるかもしれません。

そのためには、タイト過ぎるシルエットから脱出しなければなりません。
やはり、タイトな服にはヒールの靴が似合います。
フラットでもタイトな服が似合うのは、ツィッギーみたいな体型の人。
そうでない場合は、服はある程度、ボリュームがあったほうが、
フラットシューズとのバランスはとりやすいです。

ここ数年の傾向ですが、コレクションで発表されたものは、必ずしも流行しなくなってきています。
だから、プラダが発表したからといって、みんなそうなるとは思いません。
だけれども、きっかけにはなるでしょう。
ジーンズにスニーカーは当たり前だけど、
ドレスに似合うスニーカーは、まだまだ出ていません。
(オニヅカ・タイガーでかわいいの、出てるけどね)
来年の春夏、どんなスニーカーが出てくるか、楽しみです。

2013年6月25日火曜日

洗濯あれこれ

梅雨になると、洗濯ものが乾かなくて困ります。
特にバスタオル。
コットンのパイルのタオルは、とにかく乾きが悪いです。
買ったことはないのですが、
麻のタオルというものがあります。
布巾をふくタオルが大きくなって、体用になった感じのものです。
いつも、買ってみようかなと思うのですが、
パイルになれていると、
あの、ぺらっとしたもので体をふくのはどうなのかしらと思って躊躇しています。
ただ、絶対乾きは早いだろうし、
長持ちはしそうです。

洗剤も、去年すべてオーガニックのものに変えてしまったので、
正直、落ちは悪いです。
白いシャツなどは、着終わったら、すぐ洗濯機に入れて、洗っていますが、
それでも襟の汚れはすっきり落ちた感じがしません。
ただ、明らかに、洗っても、繊維が傷んだという感じは少なくなりました。
汚れが残っている個所があったら、
アルカリ電解水の洗剤を薄めたもので部分洗いをすれば、すっきり落ちます。

料理研究家の本を読んだら、
布巾は毎日、使い終わったら、洗剤に漂白剤を入れて洗濯機ですぐ洗うそうです。
やっぱりそこまでしないと、布巾を白く保つことは難しいのでしょうね。

まだやったことはないのですが、
洗濯の最終手段は煮洗いだそうで、
洗剤を入れたお湯でぐつぐつ煮れば、
白いものはかなり白くなるそうです。

白いものって、消耗品になりがちですが、
いろいろ工夫すると、少し長持ちするかもしれません。
今持っている白いシャツはとても気に入っているので、
あんまり汚れが落ちなかったら、
煮洗いに挑戦してみようと思っています。
そうやって、気に入ったものはなるべく長く使い続けたいです。

2013年6月21日金曜日

ちょっとひとりごと

さっき、トラフィックを見ていたら、
matome. naverからでした。
今までも、どなたかがおしゃれブログのほうからのまとめを作っていたみたいなのですが、
さっき発見したもののテーマは、
木星のかに座入りについて。

読み進めていったら、
わたしの言葉の下には、鏡リュウジさんの言葉が。
ぎゃー、やめてー。
そんな大御所と一緒にまとめないでー。

しかも、わたし、太陽星座占い、思いっきり否定しているし。
だって、わたしは松村潔スクール。
松村先生は、太陽星座占い否定なんです。
当たらないから。
だから、私も師匠に従ってますが。

作った人、これを読んだら、
わたしのところ、削っておいてね。
ファッションはいいです。
使ってください。


夏至、おめでとう

今日は夏至です。
太陽の力が1年で一番強くなるとき。
イギリスのストーン・ヘンジでは、
ドルイド教徒が夏至の祭りを執り行っていることでしょう。
1年で本当に祝うべきなのは、
グレゴリオ暦の正月ではなく、夏至や冬至です。
天体の力のもと、生きるわたしたちにとって、
春分、夏至、秋分、冬至は特別な時期なのです。

それはおいておいて、
今日でこのブログも1周年を迎えました。
毎日アップすることを目標に頑張ってまいりましたが、
諸事情により、アップできない日々もありました。
しかし、それ以外は毎日、何かしらについて書くことができました。
ただ、当初、予定していた毎日、写真のアップは途中であきらめました。
写真は、当たり前ですが、被写体がないとだめなのです。
そこが頭の中にある無限空間とは意味が違いました。
わたしはあまりにお出かけしなさすぎなので、
毎日、写真アップはきつかったです。
まあ、これからも写真が撮れそうなときは撮りますが、
絶対にという縛りはなくすことにしました。

たぶん、毎日欠かさず読んでくださっている方々がいらっしゃると思います。
インターネットという大海の中の、
「麻とヴェルヴェット」というローカルエリアで集う人たちは、
目に見えない絆でつながっています。
同じものを読んで、それぞれ何か感じる、その時間は、
空間をこえてつながります。
しかも、このブログを訪れている人たちは、
わたしがいつも言っている、
探してとりに来た人たちです。
だって、どこにも宣伝していないし、ランキングに参加していませんから、
自分で見つける以外ないのです。
それはすごいこと。
本当にすごいことだと思います。
とりに来た人たちの見えないネットワークのローカル・エリアのために、
何かしら気づきがあるような内容のものを書いていきたいと思います。
今までどうもありがとう。そして、これからもよろしくね。

2013年6月20日木曜日

着たい服を着る


実際に、自分のワードローブを構築していくとき、
ある程度の妥協は必要となります。
ターシャ・チューダーではないのだから、
すべての着るものを作るのは、ほぼ不可能。
だいたい、工場で作ったようなハイゲージのニットは、
自分では作れません。
また、ジャケットやトレンチコートなども、
あの複雑な構造、それは裏や芯なども含めてですが、
テーラーで修行でもしない限り、無理です。

ただ妥協するといっても、
どうしてもこれが好きというものがあるなら、
それを探してどこまでもいけばいいと思います。
それは今の流行りとはまったく関係なくて、
どこで売っているかわからないものでも、
あれがいいというイメージがあるのだったら、
探し続けるか、またはオーダーで作ってもらうかしたほうがいいです。
そして自分だけのために着ればよい。

そういうひそかな好みというものは誰にでもあると思います。
パリに行ったとき、
あのオペラ座の前の通りを、
「ピアノ・レッスン」から抜け出たような衣装のお姉さんが歩いていきました。
あれは売っていたのか、作ったのか、古着なのかわかりませんが、
好きだから着てるのよという意思が伝わってきて、
とても格好良かった。
それが流行ってなくても、他人から奇異な目で見られても、
好きなものは、心意気で着ればよい。

他人の目を気にせず、好きな服を着るということは、
自分のパワーを取り戻す1つの方法だと思います。
誰かの評価や承認を求めて、自分の気分をいつもそれに依存しているなら、
それは自分のパワーが他人にうばわれてるということです。
そうではなくて、他人の目なんてどうでもよく、
称賛は期待せず、
理不尽な批判を受け流し、
自分の着たいものを着る。
それを繰り返していけば、ほんの少しずつだけど、
パワーは取り返せると思います。
自分が自分の人生の主人公になるためには、
パワーを取り戻さないといけません。
他人の目を気にし過ぎて、
うばわれているのになれてしまっているけれど、
それはきっとできる。
着たい服を着て街を歩くということには、それだけの力があります。

☆写真:梅雨空のひまわり

2013年6月19日水曜日

買い物は支援

買い物というのは、支援の1つの形なので、
なるべく応援したいなと思えるところで買うようにしています。
たとえば、野菜と果物だったら、うちの近くのオーガニックの農家。
あと、ちょっと休憩したいときだったら、
チェーンのコーヒー店より個人経営のところ。
また、チェーン店しかないエリアだったら、
何を売っているかわからないような、
そして、所在する国に一銭も税金を払っていないような、
無国籍企業ではなくて、
少なくとも日本のチェーン店とか。
日本の企業でも、ブラック企業にお金を落として、支援などしたくありませんので、
そこも除外。
だけれども、実際はすべての買い物をそういうところで行えるわけではなく、
何割かは妥協しています。
また、ほとんどはグレー・ゾーンなので、本当のところはわからないです。

そんなわけで、最近、何か1つ買い物しようと思っても、
そこのところが引っかかって、なかなか買えません。
誰かを病気に追いやってまで生産している会社のものなんて買いたくないです。
しかし、全部調べられないし、必要なものは必要だし、
すごいジレンマです。

アパレルはその辺、ものすごく不透明で、
でき上がった製品を見ただけでは、判断は不可能。
しかも、ひどいところがたくさんあるのも事実。
会社の作っているきれいなホームページだって判断基準にはならないし、
うそはいくらでも書けるし、難しいです。

それでもなんとかわかる範囲で、納得のいかないものは買わないようにしています。
そうしないと、世界は変わらないですからね。
 




2013年6月17日月曜日

運転するときの服は

車には詳しくないので、
車種とか、メーカーはよくわからないのですが、
車移動がメインの人と、
電車やバスがメインの人とでは、
選ぶ服、特にアウターが違うようです。

特に運転するとき、長いコートなんかは邪魔なんで、
大体、座ってお尻にひっかからないような丈のものが多いみたい。
あとは、車内で快適な温度でいられる服。
だから、冬のダウンなんかは、運転するときは脱ぐことになるみたいですね。

これから夏にかけても、
だいたいの車はクーラーをつけていますから、
あまりに薄着もおかしいし、
また、日焼けするので、露出も控えたほうがよいなど、
いろいろまた、車の人のファッションには考えなければいけないところがあるようです。

日本も、都心部を除けば、
車で移動が当たり前という地域が多いですから、
日本全体で考えたら、そういう生活の人のほうが多いでしょう。

ドライビング・シューズとか、ドライビング・ジャケットというのは、
少しはあるけれども、
まだまだ多くはありません。
けれども、実際は、車を運転するときに快適で、
邪魔にならない服装をしたいと思っている人は多いはず。

メーカーは、マーケティングをして、似たような服をたくさん作っていますが、
ほんとうにみんなが欲しているものって、売られているとは限らない。

ここのところ、ないものを探すということをいろいろやっていたんで、
こんなに服があふれていても、
ないものは全然ないんだなと感じました。

なんでもあるようでいて、実はない。
こういう分野はほかにもたくさんあるでしょう。
そういう場合も、なかったら、探しにいくしかありませんね。
どんなことでもそうですが、
受け身でいるだけでは、ほんとうに欲しいものは、手に入らないです。

2013年6月16日日曜日

言葉をこえるには

数年前、フォト・セラピーのワークショップに参加しました。
写真を撮ることによるセラピーというのが売りでした。
「セラピー」をどう定義するかによりますが、
(英語のtherapyとは、治療という意味です)
それで人生が変容するようなことは、もちろんありませんでした。
わたしが面白いと思ったのはその部分ではなくて、
ポラロイドや、針穴写真、ホルガなどのトイカメラを先生が貸してくれて、
それで写真を撮ってもよいということのほうでした。
そして、確かにそれは楽しかったし、
でき上がった写真も、デジタルカメラで撮ったものより、
ずっとよかったです。

セラピーになどならないフォト・セラピーでしたが、
意図していることは少しわかりました。
たぶん、それは、写真を撮るという行為によって、
その人の潜在意識を写し出し、何かの発見につなげたかったのだと思います。

瞬時に、なにも意図しないで、目にとまったものだけ、
短い時間の中、連続して撮り続けていけば、
その中に、その人の潜在意識からの視点によるものが写ります。
それは自分がわすれていたもの、封印していたもの、
隠し続けてきたものである可能性は大きいです。
そして、それによる気づきによる変化というのは、少しはあると思います。
ただ、ポイントは上記の条件で写真を撮るということで、
時間をかけて、意図して撮ったら、そういうものは写りません。

ファッション・レッスンの中でわたしがやっている、
雑誌の切り抜きによるイメージ・マップ作りですが、
これも、考えないで、短い時間の中で、自分の枠を無視して、
ただ気になるものにだけ集中していると、
今まで自分が認識していなかったものが出てきて、
あらためてそのマップを見ると、
ああ、こういうふうになりたかったのかという気づきがあります。
で、この気づきが、けっこう自分が思い込んでいた自分と違うんです。
言葉ではああだ、こうだと言っていても、
こういった瞬時の判断は、言葉とは違うことを伝えてきます。
言葉は本当のことを伝えるとは限りません。
言葉は嘘も伝えます。
イメージは、言葉よりもっと深いところまでおりていくことができます。

ほんとうの人生の変容って、
その深層心理のイメージを解体していくことなんだよね。
これは、怖いけど、快感です。

2013年6月15日土曜日

繰り返しと発見

メニエールになったことをきっかけに、
映画を見たり、本を読んだりすることが不快になり、
それまでの人生に比べて、ずっと映画や本からのインプットが減ったわけですが、
それで困るかと言えば、そうでもなく、
なんとか済んでいます。
特に読書の時間は激減しましたが、
かといって、何にも読まないというわけではなくて、
今は同じ本を繰り返し読んでいます。
何度読んでも発見があるので、繰り返し読んでも面白いのです。

もともと映画も同じものを繰り返し見るのが好きです。
日本の映画だったら、「東京物語」が好き。
あれは何度見ても面白い。
好きな場面は笠智衆さんのおじいさんと東山千栄子さんのおばあさんの立場で見てみたり、
原節子さんの立場で見てみたり、見るたびに発見があります。

絵もそうです。何度でも見たい絵があります。
音楽も同じですね。
そういう作品は決して多くはないですが、
別に新しいものを追わなくても、それならそれで不都合がありません。
そういった、見るたび、読むたび、聞くたびに新たな発見や感動を与えてくれる作品は、
後世に残っていきます。
1つの作品の中に宇宙があるからです。

洋服も同じなんだと思います。
何度着てもうれしい、何度着ても楽しい、しっくりした感じがする。
そういう服は古びれませんし、いいデザインです。
だから、そういった服でワードローブを構成したらよい。

だけれども、じゃあそういう服ってどうやって見つけるのですか、
どこで売ってるのですかと聞かれても、
簡単に口では説明できないし、できたところで、はい、そうですかと、
明日からすぐに実行できるようなものでもありません。
それは美大の先生が、いい作品の作り方を説明できないのと似ています。

言葉ではない。
理屈でもない。
それ以上の何か。
見て回ること、着てみること、それしかないですし、
服のことばかり考えていても、それを見つけることはできません。

基礎までならだれにでもできます。
けれども、そこから抜け出したかったら、違う能力が必要です。
誰でもできることから、誰でもできるわけではないことになってきます。
そのためには繰り返しと発見がまず基礎訓練となります。
そうしたら、ある程度のところまではいけます。

もちろん、誰でもがそんな能力が必要かといえば、
そういうわけではないので、
基礎以上のところまでいきたいという人は、
そんなふうにすればいいんだと思います。

これはどの世界でも言えることです。
料理だって、音楽だって、絵を描くことだって、みんな同じです。
1つのものの中に宇宙を見つける能力は、
持っていて、損はないと思います。

2013年6月14日金曜日

どこにいても旅はできる

私はすごい方向音痴なので、
地下鉄の駅から地上に出ると、
今、自分がどちらの方向に向かって立っているのか、
まったくわからなくなります。
ホテルなんかも、ぐるぐる回っているうちに、
どこにいるかわからなくなって、
よくホテル内で迷います。
だから、都市に行ったとき、時間があるならば、
なるべくバスを使います。
パリでも、ロンドンでも、フィレンツェでも、
バスで移動しました。
バスで移動して、目で今どちらに向かっているか確認できると、
ものすごい方向音痴でも、大体どこにいるのかぐらいはわかります。
しかも、パリだったらエッフェル塔とか、
東京だったら東京タワーとか新宿のビル群なんかが見えれば、
さすがの私も迷いません。
外国の都市だけではなくて、東京もバスで移動すると面白いです。
2年ぐらい前だったかな、渋谷から成城学園までバスでわざわざ移動してみました。
所要時間は電車よりずっとかかりますが、
知らない道に入っていって、意外な景色に出会えるので面白いです。
そのときはちょうど桜の咲くシーズンだったので、
東京の街のあちことで桜が咲いていて、
それはたとえば住宅街の並木道だったり、
立派な邸宅のお庭だったりして、
楽しかったです。

バスに乗るときは、席があいていれば、必ず一番後ろの一段高いところの窓際に座ります。
なぜかそこに座ると車酔いも少ないような気がします。
そして視線が高いというのも、気分が変わってよいです。
バスに乗って、窓の外をながめて、
知らない道に入ったなら、それだけで小さな旅行です。
遠くまで行かなくても、知らないところを探索するだけで旅です。
これは旅だ!と、自分で信じれば旅になります。

もっと言うと、変性意識状態という状態に脳を持っていけば、
今ここで銀河の果てまで旅できます。
それは五感をこえた旅です。
肉体にしばられないので、どこへでも行けます。

いつもの知っている場所と、
まったく知らない場所、
このどちらかに偏るのではなく、
この2つの行ったり来たりが、
毎日を楽しくするのだと思います。

2013年6月12日水曜日

梅雨とレインジャケット


今年は梅雨入りしながらも、雨が降らなくて、
夏のように暑い日が続いたので、
このままから梅雨なのかなと思いましたが、
きのうあたりから、湘南地方も梅雨の天気になってきました。

毎年、ここら辺から悩むのは、レインコートを買うべきか、買わないべきかということなのですが、
私は今のところ、レインコートは持っていません。
なければないで済んでしまうし、
外出しない日もあるので、
ほんとうに気に入ったものが見つかるまでは、買わないつもりです。

そして、どうせ買うなら、ゴアテックス素材のものにしようと思います。
この前もスポーツ・ウエアのお店で、街着にもなりそうな、
アウトドア用のレインジャケットを見たのですが、
結局、色が気に入らないのでやめておきました。
山の中では、あの派手な色が目立っていいと思うけれど、
街の中で着るとしたら、どうかなと思ったので。

アウトドア用のウエアは、形の変動は少ないですが、
シーズンによって売られる色が変わっていくみたいです。

この前、といっても、春先ですが、
私の理想の着丈、そして色のアウトドア用のレインジャケットを着ていた人を、
電車の中で見かけました。
よく見たら、ブランドはマムートです。
色はカーキ。
持っている荷物や、ほかの服装から、
彼女は山へ行った帰りではなく、鎌倉か、または江ノ島へ行った帰りだとわかりました。

あれはいいなあ、あの色のレインジャケットなら欲しいなと思い、
家へ帰ってネットで検索しましたが、
もうその色のジャケットは売られていないようでした。

私は色にうるさいので、
ちょっと気に入らない色のものを着て出かけたりすると、
1日じゅう、しっくりきません。
なんか違うな、この色、と思いながら過ごすことになってしまいます。
だから、気にi
気に入った色がないので買わない、というものはけっこうたくさんあります。

そうやって選んでいくと、
こんなにたくさんの服が売られている現在でも、
ほんとうに自分にぴったりの色、シルエットのものは少ないです。
これは自分のものだ、と思えるものとの出会いは貴重です。
レインジャケット1つとってもそうなので、
アクセサリーなどは、慎重になりすぎて、ほとんど買えません。

ほんとうに必要なものは案外少ないというのと同時に、
ほんとうに好きなものは、ほんのわずかしか存在していないのではないかな。
そこをきわめていけば、結果的にワードローブはシンプルになるのだと思います。

☆写真:雨だというんで、ピンクのグラデーションのバラを切りました。


2013年6月10日月曜日

服がでれでれしてきた


最近、たしかに売っている服のシルエットが変わってきました。
簡単に言うと、やけにでれでれになってきました。
ゆるさの表現として、レーヨンなどの素材が多様されるようになり、
手っ取り早くドレープ作っちゃおうという感じで、
てろてろする素材がふえてきました。
けれども、デザインとして見ると、まだまだ洗練されていません。

今はまだまだ過渡期です。
素材を変えたぐらいでは、目先は変わるかもしれませんが、
根本のシルエットの変更には着手できませんから。
今、まちで売られている商品は、まだまだデザインが荒い感じがしますし、
まだ前のシルエットを引きずっているデザインのものも多くあります。
どっちつかずという感じ。
これが素材もデザインもこなれていくには、
もう少し時間がかかりそうですね。

今までぴったりタイトな服を作っていた人たちに、
いきなりこれからは違うのを作れと言っても、
しょせん無理な話。
というわけで、今年はまだ大物は買わないほうがよいと思います。
夏用のTシャツなんかはいいですけれど、
もっといいデザインが出てくるのは来年以降でしょう。




☆写真:ベンジャミン・ブリテンが退色するとこんな色に。この色、好き。

2013年6月8日土曜日

デザイナーの落日 その2

だけれども、そろそろ運だけでやってきた彼にも限界がきたのでしょう。
あるとき、仲良くしていたプレスのお姉さんと一緒に表参道のハナエモリビルのカフェで、
ファッション・ジャーナリストと名乗る女性とのミーティングに行ったことがあります。
彼の作品についての記事を書くとのことで、短いインタビューでした。

まだファッション業界では人気があるのだなと、そのときわたしは感心したのですが、
後に、そのプレスのお姉さんに話を聞いたら、
その自称ファッション・ジャーナリストの女性は、ブランドから、
その当時、月20万だったと思いますが、
お金をもらって、それで記事を新聞や雑誌に書いているということでした。
お金を出して記事を書いてもらうしか、もう方法は残っていなかったのです。
実際、服は売れていませんでした。

そのうち、業者さんから、このブランドは間もなく潰されるという情報が入ってきました。
会社では、「ボーナスはなしだって!」と叫びながら、
事務のお姉さんがデザイン室に入ってきました。
それを知ったデザイン室にいた上司は、退職を決め、すぐにやめてしまいました。
その時点で、デザイン室にいたのは、その筆頭のデザイナーと、
もう一人、ワールドに長年勤めていて、最近入ったばかりのニット・デザイナー、
それとブンカ出身の一学年上の先輩とわたしという、
4人のみでした。
ふつうに考えても、4人で東京コレクションに出るなんて、無理です。
しかもわたしは新卒、一学年上の先輩は2年目なのです。

おせんべ1枚、人におごらないようなデザイナーの彼には、
人徳などありません。
人はどんどん離れていきます。
新卒のわたしと2年目の先輩で必死に仕事を片付けても、
いくらやっても終わりません。
しょせん無理な量なのです。
それでも、その無理なメンバーで、外注さんを使いながら、
1度は東京コレクションに参加しました。
けれども、もうそれが限界でした。

いよいよ、半年後にその会社はなくなるだろうと、
まわりの人々から口づてに伝わってくるようになりました。
誰か人を入れてくださいと、部長と呼ばれる上司に頼んでも、
聞き入れてはもらえませんでした。
そうでなくても赤字の会社です。
新たに人を雇うお金など、もう残ってはいません。
残業代など出さない会社で、毎日遅くまで表参道のアトリエに残る日々が続きました。
晩御飯を食べる時間さえありません。
土曜日も休みではありません。
華やかな街の片隅で、ひもじい思いをして、
やってくる業者さん以外の人と会う時間もなく、
昼過ぎに気まぐれに出社してくる、不機嫌なデザイナーを待ちながら、
仕事以外のことすべてを捨てて、頑張っている20代の2人がいました。

技術を教えてくれる人もいない、時間ばかりとられる、残業代は出ない、
勉強したり、ほかのデザインを見に行く時間もない。
「ブンカの発表会じゃないんだから」と、わたしはよく思いました。
こんな環境では、ブンカの発表会以上のものはできません。
そんなふうに疲弊していくわたしたちは、やめるよりほかありませんでした。
わたしと一学年上の先輩は、
次のコレクションの準備に入る前に一緒にその会社をやめようと話し合いました。
そしてわたしたちがやめて半年後、その会社は、ほんとうになくなりました。

あれからずいぶんたちました。
あのデザイナーは今、何をしているのでしょうか。
ときたま、気になって、検索してみたりしますが、
過去の情報は上がってきても、現在の活動は確認できません。
事務所の名前は出てきますが、ホームページは存在しません。

今ごろ彼はきっと、自分がまいた種の結果を回収しているのでしょう。
それがどんな方法でなされているかはわかりません。
デザイナーとして復活することは、もうないと思います。
それともまだ、そんなことを夢見ているのでしょうか。

東京の灰色の空の下、自分で降らせた冷たい雨にあたりながら、
戻ってくる多くの言葉に、
投げかけられる冷やかな視線に、
身を小さく縮めて、どこかにひそんでいるのでしょうか。
でもそれらはすべて、全部、彼が放ったもの。
ほんとうのところはわかりません。

いずれにせよ、忘れ去られたデザイナーの落日は、
彼がいつも注文していた、小さなカップのエスプレッソの苦さのように、
彼の人生に訪れていることでしょう。
あのときのように、カップの底に残るほど、スプーンいっぱいのお砂糖を入れても、
ごまかすことはできないはず。
その苦味を飲みほしたかどうかはわかりません。
風が噂を運んでくることも、もうないでしょう。

2013年6月7日金曜日

デザイナーの落日 その1

あのとき、もてはやされ、脚光を浴び、少しばかり輝いていたデザイナーたちは、
今いったいどこで何をしているのだろうと、疑問に思う方は少なくないと思います。
90年代、数多くの日本人デザイナーが排出され、
東京コレクションが華々しく開催されました。
代々木のコレクション会場には世界中からスーパーモデルが集められ、
もうバブルの時代は終わっていたにもかかわらず、
コレクション1度開くのに2000万とも3000万ともいわれるお金が、
15分やそこらのショーのために、まさに湯水のごとく使われていたあの時代。

わたしが一時期勤めていた会社にも、そんなデザイナーがいました。
年齢は30代半ば。
パリの有名デザイナーのもとに4年いたという経歴が売りでした。
その人は会社の経費で下北沢の家賃40万円のマンションに住まわせてもらい、
アトリエのある表参道まで、これまた会社から借り受けているBMWでご出勤。
当時、たしか月額5万とか言われていた表参道付近の駐車場に車をとめて、
アトリエに顔を出すのはお昼過ぎ。
お昼からの出勤なので、帰るのは夜遅く。
手首に光るロレックスをけだるそうに振りながら、
あいさつもなく、笑顔も見せず、いきなり部屋に入ってきます。
お給料をいくらもらっているかまでは知りませんでしたが、
相当もらっていたことはたしか。
お金はあるはずなのに、部下に何かおごるということは一切しません。
「おせんべ1枚もくれない」とは、会社の人がよく言っていたせりふ。
着ているのは白シャツにジーンズのみ。
毎日、同じ格好です。
その会社は、デザイナーがオーナーではなくて、
地方のお金に余裕のある流通業者が趣味でやっているような、
そのブランドのみのために存在している会社でした。
趣味なので、売上げが悪くても、それほど追求されることはなかったのです。
ある時点までは。

デザインの才能はどうでしょう。
まったくないというわけではなかったと思います。
ただ、とくだん抜きんでいるわけでもありませんでした。
幅広い教養もありませんでした。
何よりわたしが驚いたのは、美術、映画、音楽などについて、
まったく無知だったということ。
かといって、美食家というわけでもありません。
旅が趣味だとも聞いたことがない。
もちろん、本も読まない。
あんなに近くに青山ブックセンターがあったのに、行きもしない。
デザイナーをやっていて、アートやその他の分野に関心がない人がいるなんてと、
その当時、たいそう驚いたと同時に、疑問に思ったことを覚えていますが、
それでも彼は東京コレクションにも参加して、雑誌に作品ものるような、
日本のデザイナーの1人だったのです。

なぜそんな彼がそこまで上り詰めることができたのかと言えば、
パリに4年いたというキャリア、押しの強さ、強大な自己顕示欲、
自分をよく見せるテクニック、
そして何より、運がよかったためだと思います。
(明日に続きます)

2013年6月6日木曜日

洋服の値段の付け方

一年じゅうどこかで何かのセールをやっていて、
ファッションは、もはや定価で売られる期間がほんの少しになってしまいました。
昔は、たとえばアニエス・ベーはセールをしないとか言っていましたが、
今ではやっていますし。
洋服や、そのほかファッション関連の値段の付け方って、
どうなってるのと、相変わらず思います。

昔、わたしがアパレル業界にいたころ、
ほんとうに、信じられないような値段の付け方を、
マーチャンダイザーと呼ばれる人がしていました。
今でも忘れないのですが、
彼はいつもズボンの後ろポケットに財布を入れていて、
そのポケット口の布がもうすり切れていました。
そして、朝ごはんは食べてこないで、会社に着くと、
部下がおやつの時間用にお金を集めて買ってあるお菓子の棚をあけ、
そこから勝手にせんべいやら何やら食べるのです。
ときたま、奥さんから会社に電話が入り、
何やらもめているようで、
あるときなど、
そのマーチャンダイザーから、今日は会社を風邪で休みますという連絡があったにもかかわらず、
奥さんから会社に、旦那を出してくれと電話がかかってきたりして、
いったい、どこで何をしているやら、おかしな行動の多い人でした。

そんな彼が値段をつけるのです。
コットンの裏地がないジャケット、4万5000円とか言うのです。
しかも、それはとんでもなく変な柄で、
生地自体の材質も特別なものではなく、
そこらの生地屋さんで売っているレベル。
その値段でいったい誰が買うのでしょうか?
もちろんそこで働いている人たちは、そんな高いジャケットを買えるお給料はもらっていません。
かといって、キャリア・ウーマンが着るような服でもありません。
その4万5000円という価格は、
完全に気分でつけた値段で、
原価も工賃も何も全然関係ないのです。
しかも、そいつ一人の考えでつけたもの。
そんなのが通っちゃうアパレル業界って、
ほかの原価をちゃんと考えて売っている業界に比べたら、
異常というしかないでしょう。

もちろん中には、ちゃんと原価がいくらで、工賃がいくらで、
だからうちはこのぐらい、とやっているメーカーさんもいると思いますが、
そうでないところが混ざっているのも事実。

今は、外国生産のものがふえましたから、
工賃はもっとあやしいです。

もうすぐセールの季節がやってきますが、
半額で売っても、まだ利益が出るわけですから、
よっぽどのものでないと、定価で買う気は起こりません。
よっぽどのものが、ないことはないですけど。

洋服に関しては、値段ではいい悪いが判断できないので、
見極めるのは難しいと思います。

ただまじめに作っているところや、
丁寧な手仕事のものには、それに見合う対価を支払いたいなと思います。
なんでも安ければいいというわけじゃなくて、
仕事に対する公平な対価は守られないとね。

この2つのバランスをうまくとりながら、お買い物はしたいものです。





2013年6月5日水曜日

情報をとりにいく

最近、「とりにいく情報」ということについて、よく考えています。
世の中は、受け身で入ってくる情報であふれています。
だけれども、受け身の情報というのは薄い。
真実というエッセンスの含有率は数パーセントです。
そう考えると、
「星占い」という分野も、受け身の情報なんだと思います。
なぜなら、テレビや雑誌で、簡単に入ってくるからです。

「星占い」を乗り越えて、占星術として使うためには、
情報をとりにいかなければいけません。
真実は、座ってテレビを見ているだけでは手に入らないのです。
「星占い」は受け身の情報ですから、エッセンスは薄いです。
お遊びであり、エンターテイメントです。
だけれども、アストロロジーという学問の分野の情報が欲しかったら、
それを手に入れるためにはそれなりに勉強するか、
お金を払って、スペシャリストにわざわざ情報をとりにいくしかありません。
けれども、そうしなければ、ほんとうに有用な情報は手に入らないのです。
しかし、それだけのことをする価値はあります。
それはほかの分野にも言えることだと思います。



とりにくというのは、たとえば本を買うという行為もあるでしょうし、
ネットで丹念に検索していくという手間や時間の場合もあると思います。
外国まで出かけていって、その現場を見に行く必要もあるかもしれません。
薄めていない、濃いものにたどりつくためには、
それなりの対価が必要です。

なぜだかわかりませんが、
(いえ、だいたい予想はつきますが)
真実は隠されている場合が多いです。
気をつけないと、足元をすくわれます。
手遅れにならないためにも、
受け身の情報に流されないように、
情報はとりにいかなければと思います。

2013年6月4日火曜日

カーラ・デルヴィーニュが好き

その時代、その時代でなんとなく好きなモデルさんがいます。
スーパーモデルが出現し出した90年代は、
カースティンが好きでした。

その後、特にお気に入りの人はいなかったのですが、
最近は、カーラが好きです。
http://instagram.com/caradelevingne#

最初はバーバリーのキャンペーンとして華々しく出てきたと思うのですが、
去年はシャネルのクルーズ・コレクション、
そして、ことしは、サンローランのキャンペーンのモデルまでつとめていて、
今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの二十歳です。

ブルック・シールズ以来の太い眉で、
ちょっとこまっしゃくれた顔立ち、
正統派美人ではないけれど、
表現力が際立っているので、いろいろなデザイナーから引っ張りだこなんでしょう。
ちょっと悪そうな感じの顔も好き。
(たぶん、全然悪くなくて、お嬢様なんだろうけど)
 
この人、面白いのは、どうしてか知りませんが、
変な顔をして、わざと写真を撮っているところ。
昔は、モデルさんがこんな変な顔、見せなかったのに。
こういう写真をわざと撮るところも、
新時代を感じさせます。

日本で人気の出るタイプではないから、
そんなに日本の雑誌への露出は多くはないかもしれませんが、
これからもっとどんどん出てくると思います。

いいモデルさんというのは、着こなす服の幅が広いモデルのことです。
どんなテイストの服でも、どんな色でも、自分のものにする力がある人。
そう考えると、
ふつうの人だって、わたしはこれしか似合わない、なんてことはないのだと思います。
色だって、形だって、着こなす力があれば、
どんな服でも着られるはず。
チャレンジする前に、だめだとあきらめてしまうのは、
まことにもったいない話です。

カーラ、これからどれだけ大物になるのか、ならないのか。
成長が楽しみです。

2013年6月3日月曜日

子供だっておしゃれのルール!

きのう、中学1年生の姪の
「ピアノの発表会でも着られるワンピースまたはブラウス」
というお題で服をさがしました。

しかし、ない。
思ったようなものは、まったく見当たりません。
私と妹でさがしていたのは、
飾りやロゴなどの模様がない、シンプルなワンピース、または白いブラウス。
奇をてらったデザインではなく、ごく普通のもの。
それなのに、そのごく普通のワンピースや白いブラウスが、全然売っていません。

ほとんどのものが、過剰なリボンかフリル、
そうでなかったら要らないロゴや何かの文字、またはプリントがついています。
それに、単色のものというのも少ない。

ふつうのものが欲しいのに、ふつうであればあるほどありません。

おしゃれのルールって、
子供だろうが、男だろうが、お年寄りだろうが、
同じです。
それなのに、
子供だって、おしゃれのルールを実践したい!と思っても、
よけいなものばっかりで、基本のワードローブが作れない。
だから、田舎の子は普段着もジャージになっちゃうのかしら?
(もうすでに姪はジャージ生活満喫中)

あと、中学生用の服というのも、驚くほどないですね。
子供用では小さすぎる、
大人用では大きすぎる、
いったいどこで買えばいいのという感じです。

まあ、子供の数が減っていますから、
マーケットとしては小さいでしょうけれど、
いないわけではないので、全然ないのもどうなのかなあ。
シンプルシックな中学生、かわいいと思うのだけれど、
だめなのかしら。

でも、もしかして、わたしが知らないだけで、
どこかでひそかに売っているのかもしれませんね。
そうでないと、困ります。

2013年6月1日土曜日

トレーナー+スカート

最近、海外の雑誌などで見かけるようになった、
トレーナー+フレアスカートという組み合わせ。
これって、わたしが高校生だったころのバランスです。
今、大人用のトレーナーはあまり売っていませんが、
そろそろ次の秋冬あたり出てくるはず。
それをロングのフレアスカートにあわせるのです。
なつかしの80年代を彷彿させます。
学生のころはこの上にダッフルコートなんて着ていましたよね。
ステラ・マッカートニーなんかが提案しています。
確かに今やったら新鮮です。
もう長い間、このスタイルは見ていませんから。

ただ、世間に理解されるにはちょっと先かも。
これは難しいのですが、ファッションにうとい人が見たら、
何なの、あのダサい格好とか思われるかもしれません。
けれども、やっぱりこのバランスは新しいのです。

大人っぽく見せるためには、いい靴を合わせることかなあ。
あとはヒール靴。ここでフラットだと80年代なので、
ヒールのあるブーツなんかが格好いいのではないかしら。
それと、ちょっと高級なアクセサリー。
いつだったか、グレーのトレーナーに、
パールのネックレスをあわせたコーディネイトを見たのですが、
あれはまさにトレーナーの大人流の着こなし。
トレーナーにダイヤモンドや、
きらきら光るラインストーンのコスチューム・ジュエリーでもいいですね。

杢グレーのトレーナーにチャコールグレーのフレアースカート。
トレーナーの下には白シャツをレイヤーしてもよし。
胸元にはダイヤモンドの一粒ネックレスかパールのネックレス。
真っ赤、もしくはなんでもいいので差し色のブーツなんて格好、素敵です、きっと。
(書いていたら、自分でこういう格好したくなった)

夏はまだこれからなのに、もう秋冬のことを考えています。