2012年11月30日金曜日

落ち込んでいるときに選んだもの


体調とか、精神的な状態が悪いときに選んだものって、結局、だめだよねということで、
友達と意見が一致しました。
体調が悪くても、精神的に落ち込んでいても、そのときは何かが欠けているわけですから、
どうしてもそれを埋めようとするものを選んでしまいます。
けれども、その埋めようとした余計な出っ張りが、後々、いらないものであると気づくことになるのです。
かといって、病気や精神的に落ち込んでいるとき、
何も選ばないというわけにはいかないので、
それはそれで仕方ありません。
落ちた状態から回復したら、
以前、選択したものをそのままにしておかないで、
選択をし直す。
というか、そうせざるを得なくなります。

最近、いらないものの解放と決意というものが
私の中でテーマになっているのですが、
執着や愛着、失うことに対する恐れがあると、
解放がなかなか進みません。
モノを捨てるとか、片づけをするというのは、
物質的な面からの手放しだとは思いますが、
本当に重要なのは、物質面じゃなくて、いらない感情やいらない考え方の手放しなんですよね。
それができたら、余計なものを持っている必要がないですもん。
かえって、邪魔なぐらいだし。

新しい服を着ているのに、
なぜか古臭く見える人っていますが、
それは、服が古いんじゃなくて、
着ている人の握りしめている思い出や感情が、何十年も前のものだからかもしれません。
たぶん、それはとても楽しかった思い出とか、自分が素敵だと思えた頃のことなのでしょう。

きっと、いつでも、何歳になっても、
今の自分が一番楽しい、一番素敵だと思えたら、そんなことはないでしょう。
それは、服が新しかろうが、古かろうが、
関係のないことだと思います。
大事なのは、モノではありませんから。
そして、人が本当に見ているのも、服ではないですから。

☆写真:モデルが目を閉じている。

2012年11月29日木曜日

思い出はとっておかない


思い出はとっておかない主義です。
思い出のものとか写真なんかも、いらないです。
脳の記憶の倉庫に保存されているだけで十分です。
もしその倉庫が壊れてしまったとしても、
そのときはそのときであきらめます。

思い出はとっておかない主義なので、
嫌な思い出を想起させる服は手放します。
見るだけで思い出すとわかっているなら、
すぐにでも手放します。

気になるものがあると、
結局はエネルギー漏れします。
気もそぞろになって、集中できません。
だから、嫌な思いをしたときに着ていた服は、もう着ません。

これは、長く着ましょうという私の言葉と矛盾するようですが、
嫌な思いをしてまで着ることはないと思っています。
まだ着られるものだったら、誰かに譲ることもありますし、
そうでないのなら、廃棄します。

では、いい思い出のときに着ていたものはどうするか。
それは、まだ着られるものだったら、別に捨てません。
着られないのだったら、手放します。

よいものも、悪いものも、持ち続けていれば執着になります。
執着があると、行動を妨害します。
次へ移動できません。

いい思い出にも、悪い思い出にもつかまらないように、
もしつかまってしまいそうになったら、すぐに手放せるように、
心も、ものも、身軽でいきたいと、いつも考えています。

☆写真:おとら

2012年11月27日火曜日

問いと答え


おととい、何があってもインスタントにハッピーになれる方法があったら、
それこそ宝物だと自分で書いて、
何気なく、アマゾンのおすすめブックリストを眺めていたら、
そこに、私の問いかけの答えになるであろう本がリストアップされていました。
たぶん、そこに完全な答えではないにしても、ヒントとなる方法がのっているはずです。
早速、注文しました。

問いに対しては、必ず答えが用意されていると、
知ってはいましたが、こう早く適切だと、
驚かずにはいられません。

それとも、私が問いに対しては答えがあるはずと信じている、
つまり、そうだと決めているからそうなのかもしれませんが、
それにしても、これはすごいことです。

もしそうだとすると、
見えるもの、
聞こえる音、
におい、
感触、
すべてに答えを見ることになります。

青信号、
子供の笑い声、
バラの香り、
なめらかな肌触りなど、
すべてが何かのサインとなります。

この世はサインで満ちています。
問いかけさえすれば、教えてくれます。
ヘンゼルとグレーテルがことりに導かれてお菓子の家にたどり着いたように、
この、すべての小さなサインをたどっていけば、
夢見た場所へたどりつくのかもしれません。
それとも、それはもしかして、夢見た以上の場所かもしれません。
どちらにせよ、そこはきっと、自分の力だけではたどりつけない場所だろうと思います。
今日もサインを見逃さないように、
流れる雲の形に注意を払いながら、
でこぼことした道を歩いていきたいと思います。

☆写真:まるちゃん

2012年11月26日月曜日

しなくてもいい我慢はしなくていい


きのう、ほんのちょっとしたことなのですが、気付いたことがありました。
電車に乗って、席があいていたので、そこへ座りました。
右側が男の人で、左側が女の人でした。
車内はすいていて、ほかにもあいている席はありました。
私が座って、電車が動き出すと、
男の人が、鼻をずーっとすする音を出しました。
最初に聞いたときは、そのまま無視していました。
けれども、その人は、ある一定の間隔で鼻をずーっとすすって鳴らしました。
3回それを聞いたとき、私は席を立って、
その人から離れたあいている席に座りました。

失礼かもしれないけれども、
そのほうがいいんです。
彼は明らかに風邪をひいているし、マスクをしているわけでもない。
(私はマスクをしていたのですが)
昔、風邪をひいているおじさんの隣に座って、
まずいなと思いながらも、そのまま新宿まで座ってしまったら、
風邪がうつったことがありました。

私たちって、何か都合が悪いことがあっても、
ちょっとぐらいの不都合だったら我慢するくせがついています。
(私たちじゃないかな、私だけかな)
でも、このちょっとの我慢が、後々、悪い結果を生むのです。
あそこで妥協しなければよかったとか、
あそこで我慢しなければよかったとか、
そんな後悔ばっかりです。

今日は、あからさまで失礼かなと思いながらも、
席をうつった自分に対して、
ああ、いつもこうすればいいんだ、と妙に納得したのでした。

レストランで注文したものと違うものがきたら、
違うと言えばいいし、
最初に思ったものと違うことを言われたら、
やめますと言えばいい。
そこで小さなずれをそのまま置いておかないで、
すぐに修正すれば、きっとそのほうが結果はいいのです。

私も結構、わがままだと言われて育ってきましたが、
通したほうがいいわがままもあります。
だって、最後に責任をとるのは自分ですから。

服を着てみて、何だかしっくりこないときは、
どこかちょっと妥協しているんです。
我慢しているんです。
その我慢が、結局、着ないという結果を生みます。
着ないぐらいだったら、始めから我慢も妥協もしないほうがいいのです。
それを人はわがままだと決めつけるかもしれませんが、
そんな我慢も妥協も美徳ではありません。

本当にいいのは、選ぶ自分と選ばれるものがともに満足する関係であることなのですから。
服だって、あ、この人、私のこと我慢して着てるんだあ、なんて思うかもしれません。
そうしたら、服だって不幸です。
お互いが幸せになるように、不要な我慢や妥協はやめましょう。
そして、電車で隣の人が風邪をひいているとわかったら、即座に移動しましょう!

☆写真:この日は江ノ島まで歩かないで、七里ヶ浜の駅にもどりました。
電車は海岸沿いをずっと走っているので、嫌になったら電車に乗ればいいです。
これで、私の鎌倉ショート・トリップは終了。全部で3時間弱ぐらいです。

2012年11月25日日曜日

渚を歩く


渚を散歩するのが好きです。
天気がよくて、気温が高かったら、
はだしで歩きます。
目的は、ただ歩くこと。
1人でも楽しいし、
誰かと一緒でも楽しいです。
おしゃべりしながら、
いきなり波が近づいてきたら、ちょっと逃げたりしながら、
ただ、純粋に波打ち際を歩くことを楽しみます。
真夏の湘南海岸では無理だけれども、
秋冬になって、歩いている人がほとんどいない海岸では、可能です。

そして、このただ波打ち際を歩くという行為が、
何よりのエネルギー充電になります。
お寺や神社へ行くのも、それはそれでいいのですが、
エネルギーが枯渇したり、
心が疲れたときは、
海で散歩が一番、私にはききます。

たぶん、海の近くに住んでいて、
毎日、散歩しているような人は、
それだけで健康になっていくのでしょう。
私のうちからは、電車に乗らないと海までたどり着かないので、
そうしょっちゅう行くわけではありません。
それでも、何か煮詰まったときや、
何も考えられなくなったときなど、
海岸まで行って、
もくもくと歩いているだけで、
気持ちがすっきりします。

私にとって、すごく楽しいなと思えるのは、
海岸を散歩をしているとき、
大好きな人とおしゃべりしているとき、
バラを見ているとき、
イメージの世界に潜り込んでいるとき、
猫と遊んでいるとき、
好きな服の試着をしまくっているときなどです。
最近は、習ったヨガのマントラを唱えるというのも加わりました。
どれもほとんどお金はかからないけど、心は満たされます。

宝物って、こういうことではないかと思うんです。
どれだけ自分にとっての、インスタント・ハッピーを見つけられるか。
どんな状況になったとしても、
これがあればハッピーになれるという方法をいくつ持っているか、知っているか。
それは他人が教えてくれるものではないから、
自分で見つけていくしかありません。
自分しか教えてくれないものです。

そして、最終的には、何もなくても、誰もいなくても、天気がどんなであっても、
自分をハッピーに持っていける方法を習得したら、
怖いものはないと思います。
外がどんなに嵐でも、敵に包囲されても、誰も近くにいなくても、
それでもハッピーでいられる方法がわかったら、
それこそが、自分にとっての最高の宝物となるに、違いありません。

☆写真:秋冬の湘南海岸。本当に人がいません。歩けるところまで歩きます。元気なときは江ノ島まで歩きます。

2012年11月24日土曜日

枠を取っ払う

きのうのことですが、私の妹の旦那さんが、ちょっと変わったパンツをはいているので、
どこのものか聞いたところ、私の妹がランズエンド・キャンバスで買って、
大きすぎてはけなかったパンツだというのを聞いて驚いてしまいました。
まさか、女物とは思わなかった。
ちょっと素材が変わっていて、
男物ではあまり見ないようなグリーンだったので、気になったのです。
そうしたら、なんと、女物だったとは。

ただ、男性の中には女物を着ることもある人(女装という意味でなく、サイズの問題で)がいるそうで、
サイズさえ合えば、今の服は男女関係なく着られるものが多いです。

女の人が男物を着たり、
キッズ用のトレンチコートを着たり、
男の人が女物のパンツをはいたりと、
年齢とか性別とか関係なく、誰でも着られる服がたくさんあるのが現代です。
だから、そこをうまく見つけると、ちょっとしゃれて見えるものもあります。
なぜか女物だと、この色はないとか、この形はないとか、ありますからね。
作る人たちの頭が着る人に追い付いていない証拠だと思います。

性別だけでなく、年齢もそうです。
売る側は年齢別、年代別に作るテイストを変えてきますが、
年をとったからといって、
いきなりメーカーがすすめてくるようなスタイルが好きになるってわけではありません。
ここを抜け出すには、すべての服をターゲットにして、
自分が着たいか、着たくないか、
着られるか、着られないかで見るのがいいかもしれません。
とにかく、押し付けてくる枠から逃れる。飛び出す。

そういえば、うちの妹は男物のニットのカーディガンをよく着ていますし、
この前も、バーバリーの男物のポケッタブルのレインコートを買っていました。
理由は、女物だと袖丈が足りないから。
妹は、腕がちょっと長めなのです。
私は、逆に全体のサイズがどれも小さいので、
アメリカなどのボーイズサイズがぴったりだったりします。
今、家の中ではいている、コットンの裏地(これ、フリースの裏地じゃないというのがみそ)
のワークパンツはアメリカのもので、ボーイズサイズの14歳です。

こうやって、探す範囲を広めていくと、
ぴったりのものが見つかるかもしれません。
ない、と思ったら、
自分のエリアとは別のところへ行って、とりあえず試着してみるのがおすすめです。
枠なんて、飛び越えていいのだと思います。

☆写真:海を見ながら、海岸を散歩します。

2012年11月23日金曜日

大人のワードローブは悩みどころがたくさん

電車に乗ってて思うこと、
若ければ若いほど、服が新しいね、ってことです。
一番新しいのは赤ちゃん!
当たり前なんですけど。

学校に行っている間は、そんなにワードローブについて悩まない、たぶん。
まだまだ自分のワードローブというふうに考えていないし、
学生時代の服はしょせん、学生のときだから、
学校を終えるとワードローブも変わってくる。

だけれども、学生時代が過ぎて、
なにかほかのものになったとき、
それは勤め人なのか、自営業者なのか、奥様なのか、それとも全然別の何かなのか、
それぞれだと思いますが、
そうなってきたとき、服に悩むようになる。
つまり、自分の人生が始まったなあ、これからだなあというときになって、
はて、私って、どういう服着ていったらいいの、となる。

そして数年たつと、
自分が買いためていった服の残骸を見て、がっかりする。
今はもう着たくない、だけれども処分するほどでもない、
どうしよう。
そして、その後、もうこんなふうになりたくないからという思いから、
ワードローブについて真剣に考えるようになる。
とまあ、普通の人はこんな感じではないかと思います。

赤ちゃんは、ワードローブなんて考えなくていい。
だって、成長したら、前の服はもう着ないから。
だけれども大人になったら、
おしゃれの問題、経済的な問題、住居の問題、管理の問題、環境問題、
すべて考えなければならない。
子供のころは、こんなこと全く考えていなかった!
これを全部考えて、ワードローブを構築するのだから、
それはそれは大変です。
そんな簡単に、うまくできるはずありません。

簡単に、すぐにはできない。
だから、ちょっとずつ、ちょっとずつ、できるところからやればいいと思います。
一度に全部やろうとしないで。
今できる範囲の部分を一生懸命に。
この先ずっと付き合わなければならない衣服だから、
そんなに急ぐことはないと思います。
今いる場所で、できることを少しずつ。

そしてまずは自分の管理できる範囲内に服の枚数をしぼる。
押入れにしまってあるものは、見えないからないことにするとかしないで、
把握できる、手入れできる範囲にまずはする。
それからちょっとずつ始めていく。
それでいいと思います。
焦らず気長にいきましょう。

※もうクリスマスまで1カ月ということで、
私からのプレゼントとして、占星術(+タロットも含めて)、ファッションレッスン両方ともに、オラクルカード(主にエンジェルカード)を使った、来年へのワンポイントアドバイスのおまけをつけたいと思っています。
あとで詳細をアップしますので、よろしくお願い申し上げます!

☆写真:海岸に出ます。江ノ島が見えます。ここからは海岸沿いを歩きます!




2012年11月22日木曜日

デザイナー以外の人が作る服

おとといから、
「ほぼ日」で、大橋歩さんのブランド、+a.の秋冬ものが発売されました。
それで、どんなものがあるのかなと思いチェックしてみたのですが、
売り出しの日のお昼の時点で、2万円近くするカットソーは売り切れでした。
枚数が何枚用意されているかはわかりませんし、
大量に売ってるとは思いませんが、
用意されたものが売り切れるほどに売れているようです。

それと、今年の春夏から、モデルの梨花さんがジュンというアパレルメーカーで、
新しくブランドのディレクターを始めたそうで、
それもそこそこちゃんと売れているようです。

この方たち、2人とも、本職がデザイナーではありません。
けれども、ちゃんと作って売れています。

本来、デザイナーというのは、
ダーツの位置、長さ、ステッチの幅、種類、裾や裏の仕様まで考え、決定するのが仕事です。
それをするためには、専門的な知識が絶対必要です。

ただ、ディレクターとなったら、たぶん、裏の仕様やステッチの幅まで指示しないでしょう。
やるのはブランドのディレクション、
つまり方向性やイメージ作り、そして最後、でき上がった商品のチェックと修正だと思います。
そういう人たちに、
「ウエストのダーツを3センチから2.8センチに変えますか?」
と質問したところで、答えることはできないと思います。

だけれども、実際に今、みんなが欲しいと思っているのは、
デザイナーではなくて、それ以外の人たちがデザインした服なんですよね。

こういう人たちは、実際、自分たちが生活する中でその服を着ていて、
ブログなんかで発表しています。
そうすると、買うほうも、ああ、そうか、こういうふうに着るんだとか、
こういうときに着ればいいんだとか、
アイデアをもらうことができます。

それに比べて、普通の、いわゆるデザイナーたちって、
実際の生活のどういうシーンで着たらいいか提案がないし、
そもそも彼らの生活の実態が浮かび上がってこない。
インターネットなど、たくさんの情報がとれる状況になって、
それを通して、リアルな提案がなされている人たちの服が売れている、
そんな感じがします。

買う側にしてみれば、
これはとてもいいことです。
だって、普通に生活している人たちへ向けた提案がふえたわけですから。
生活者にとっては、ダーツが3センチだろうが、2.5センチだろうが、
どうでもいい話で、それについて専門的な知識がない人が作ったからって、
問題ないわけです。

この現象がいつまで続くかはよくわかりませんが、
当分は続くだろうと思います。
そして、本当に面白いもの、着たいものというのも、そっちのほうから出てくるかもしれません。
私はまだ、実物を見たことがないので何とも言えないのですが、
これで出している情報だけではなく、
作っているものもいいとしたら、
当然、みんな、そっちへ流れていくでしょう。
これからどんなふうに発展していくのか、見守っていきたいです。

☆写真:途中で海のほうへ出ます。

2012年11月20日火曜日

軽さ(ダウン 太って見える)


きのうの湘南地方は、日中も10度以下と、寒い1日でした。
そうなると、ダウンジャケットやダウンコートを着た人がぐっとふえてきます。

ダウンのいい点は、もちろん暖かいということですけれど、
何より軽いということだと思います。
90年代まで、ずっとコートって重かったですから。
それにあのころは、コートだけではなくて、中に着るニットも重かったです。
ボトムのパンツもスカートも、すべて厚地のウールでした。
とにかくすべてのものが重かったので、
着ているものを測ったら、今の倍ぐらいになるのではないでしょうか。

それに比べて、ダウンを初めとする、最近の冬物は本当に軽い。
1度軽いものになれてしまうと、なかなか重いものには戻れません。

最近、「ダウン 太って見える」で検索している方が多いのですが、
確かに、ダウンはやせては見えません。
やせては見えないけれども、実際に軽いので、軽そうに見えます。
もし太って見えるのが嫌だとしたら、
この、軽そうに見えるのほうをねらってみたらどうでしょうか。

たとえば色。
黒より白のほうが軽く見えます。
質感も、ウールよりポリエステルサテンやシルクのほうが軽そうに見えます。
太って、つまり膨らんで見えるのは仕方ないとしても、
軽そうに見せるほうは、いろいろ追及できます。

実際に重いとか、太っているとかが問題ではなくて、
どうやって印象を作るかが、いつだって重要です。
だったら、ダウンで「軽そう」に見える印象を作る。
これならできると思います。
いろいろ実験してみてください。

☆写真:ラ・メゾン・アンシィエンヌのアンティーク。

2012年11月19日月曜日

ペアルック


ペアルック(特に男女のペアルック)が、格好良くないと思われるようになって、
もうずいぶんたったと思います。
実際に、ペアルックをしているのは、
双子の子供とか、子供の姉妹とか、
かわいい子供たちの間だけです。

ところが、きのう、ちょっとこれはなかなかいいんじゃないと思わせるペアルックの2人を見ました。
一人は8歳ぐらいの女の子。
グレーのニットワンピースに黒いタイツ、黒いエンジニアブーツをはいています。
それに元気な黄色のマフラーです。
そしてもう一人はこの子のお母さん。
同じグレーのニットワンピース(これは本当に全く同じもののサイズ違いでした)
に黒いタイツに黒いエンジニアブーツ。
で、首にまいているのがトラ柄のスカーフ。
黄色は女の子と同じ色ですが、柄と質感が違います。
たぶん、シルクのスカーフでしょう。

もし、ここで2人が全く同じスタイルだったら、
それは子供が大人の格好をまねているだけなので、
おませには見えますが、
何となくかわいげないです。
だけれども、ここでこのお母さんは子供を自分の完璧なコピーにすることなく、
マフラーだけ子供っぽくすることで、
はずしてきたのです。
この場合、この黄色いマフラーの子供っぽさが、
まだこの子が大人じゃないということを示しています。

完璧に同じにしないで、1か所はずすことで、
この2人のペアルックには、いやみなところがなくなりました。
それがかえって、おしゃれな感じを出すことになりました。

これは男女でペアルックにするときも同じことが言えると思います。
あまりにも同じにすると、いやみなんです。
だから、本当にさりげなくやる。
自分たちしかわからないぐらいのさりげなさで、
2人だけの秘密にして、
ひっそりやる。
それぐらいだったら、ペアルックも悪くはないと思います。

☆写真:ラ・メゾン・アンシィエンヌの店内。オリジナルの石鹸や香りのものが売っています。
手造りせっけんは、なかなか質が高いです。
ところで、このお店、お食事も出しているのですが、行くときどきによって、味にばらつきがあります。
どうやら、作っている人がいつも違うみたい。
オーナーのイタリア人かフランス人の方が作る場合、本当にヨーロッパのお味なのですが、
そうでない場合、なんだかはっきりしない、よくわからない味の日もあり、当たり外れがあります。
パンもすごくおいしいときもあれば、そうでないときもあります。
洋服も売っていますが、ブラウス4万円なんて書いてあって、
私は見るだけです。
アンティークもたくさん扱っていて、古いレースの見本帳は、博物館にあるものと同じぐらいのレベルです。
狭い店内にものがぎゅっと詰め込まれていて、一度では全部把握しきれません。
オーナーの方(いわゆる白人のイタリア人、フランス人ではないです)は、アパレル会社をやっていて、ここは趣味みたいな店だそうで、パンも自分で焼くし、お料理も作ると言っていました。
アンティークも自分で仕入れるし、石鹸のレシピは古いフランスのレシピで作っているそうです。
いつもあまりにお客さんがいないので、どうしてこれで経営が成り立つのか謎だらけなのですが、
行くと面白いので、必ず寄ってしまいます。
ちなみに、単なる昭和の古い家なので、お店に入るときは靴をぬいであがります。



2012年11月18日日曜日

ポケットに100円玉


今、毎朝、犬の散歩に行っているのですが、
うちの近所を歩くときは、
必ずポケットに100円玉を2枚か、3枚、入れておきます。
あまりたくさん入れると、じゃらじゃらいいますが、
2,3枚だったら、別にどうってことないです。

なぜ入れているかというと、
歩いている途中で、何か売っているからなのです。
売っているのは主に野菜なのですが。
歩いて5分もしないところに、
無人、または農家の軒先の野菜の販売スペースがあり、
そこで何かしら売っています。

この前までは、栗なんか売っていましたが、
今は柿やサトイモ、カブなど。
夏だったら、トマト、キュウリは当たり前に売っています。

まあ、道端で売っているのは、オーガニックというわけではないのですが、
オーガニック八百屋ではすべての野菜がそろわないので、
何か食べたい野菜が見つかったら、買います。

野菜だけではなく、生みたて卵の自動販売機もあるのですが、
私は卵をたべないので買いません。
けれども、近くの養鶏場から直送なので、新鮮だと思います。

いつもポケットに、いつ使うかわからない100円玉を数枚入れているだけで、
心に余裕が生まれます。
何か売ってたら、その場で買うって決断できます。

必死で探しているわけでもなくて、
あくまで何かあったときのための、
買うかどうか決めてない小銭を毎日、ポケットに入れておく。
たったそれだけのことで、散歩が楽しくなります。
たった、200円、300円の心の余裕を持つだけで、
選択の自由も増えます。

偶然に出会うもののための余裕というものを、
常に準備しておくといいのかもしれません。
それは数百円のお金かもしれないし、
待ち合わせ場所へ5分前に到着することかもしれません。
予定どおりでない出会いが、
案外、人生をいい方向へ向かわせることもありますから。

☆写真:ラ・メゾン・アンシェンヌというお店兼カフェに寄ります。
昭和の古い家がお店とカフェになっています。ほとんど普通のうち。オーナーはフラン人かイタリア人(どっちかよくわからない)。長谷寺で休憩しないときは、ここのカフェで休憩。いつ行っても、人があまりいません。2階がカフェで1階がアンティークと服、ハーブティ、パンなど。この日はパンを買いました。写真は明日に続きます。

2012年11月17日土曜日

男のおしゃれ考③






きのう、電車の中で見た男子なのですが、
何となく、あれ、あの人の服装、いいなあと思ったのでした。
大体、なんかいいなあという感覚が先にきて、
その後から分析に入ります。
いいなあと思った時点では、自分でもどこがいいと思ったのか、
把握していません。

で、こんどはゆっくり、何がいいのか観察しました。
そうしたら、まずわかったこと。
鞄、靴といった小物に至るまで、
ちゃんと3色以内におさまっています。
知ってか知らずか、3色ルールを実践しています。
しかも、面白いのが、
ジャケットと鞄と眼鏡が黒、
シャツとパンツと靴がベージュ(カーキとも言いますね。チノの色です)なのですが、
差し色がバーガンディなんです。
しかも赤みの強い、ワインのような色のニットを着ていて、
それが黒いジャケットの袖口から見えています。
普通の人だったら、ここでバーガンディ―ってなかなか持ってきません。
無難なグレーやネイビーなんかではないでしょうか。
そこがバーガンディ―で、
袖口からちょっと見えている。
そのバランスがすばらしい。
男の人がこういった差し色を使う場合、
このくらいのバランスがちょうどいいです。
面積が大きすぎると、やりすぎな感じが出てしまいますから、
少なくして、さりげなくするというのは、とてもいいと思いました。
「おしゃれは好きだけど、それに命かけてるってわけじゃない。
だって、そのほかに大事なことがたくさんある」
という感じが表現されています。
(本当はどうか、わかりませんが)

やり過ぎない、これみよがしにしないというのは大事なポイントです。
わかってくれる人はわかるだろうけど、
わかってくれなくても、別にいいやっていう態度が、
男のおしゃれとしては、最高なんじゃないかと思います。

きのう見た人は計算してそれをやっているのか、
好きなものをあわせたら偶然そうなったのかわかりませんが、
ちょうどいいバランスでした。
全部作ってから、一歩引くぐらいがちょうどいいと思います。

☆写真:成就院の坂をおりて、道を渡ります。そうすると、次に行くお店の看板が出てきます。ここに寄ります。






2012年11月16日金曜日

ブンカの話④


ブンカでは、毎日ものすごい量の宿題が出ます。
(ただし、学科によってはそうでもないところもあります)
私の場合だと、大体、毎日夜8時から12時か夜中の1時ぐらいまで宿題をしていました。
土日は休みなのですが、
それでも日曜日は、お昼御飯を食べてから、やはり夜10時とか11時までやらないと終わらない量でした。
私たちが最も恐れているのは、「期限後」という印を押されることでした。
とにかく、期限内に出す。
これが鉄則です。
どんなにいい作品でも、期限後では意味がないのです。
趣味じゃないですから。
将来、仕事にするつもりで勉強していますから。

ですから1つの課題が終わるまで、
作業のための部屋を片付けることができません。
片づけをいちいちしていたら、時間が足りません。
だから、作業部屋はいつも散らかしっぱなしというのが普通です。

あるとき、一人暮らしをしていた友達のアパートに泥棒が入ったそうです。
それは、その子が急いで家を出て、鍵をかけるのを忘れたのが原因だったのですが、
そのとき来た警官がその部屋を一目見た瞬間、こう言ったそうです。
「ものすごく荒らされましたね」

もう大体お気づきだと思いますが、
部屋が荒れていたのは泥棒のせいではなく、
その友達が宿題のために作業をして、部屋を散らかしっぱなしにしていたから なのです。
それは警官が驚くほどの散らかりようです。
幸い、机の上にぺらっと置いてあった1万円だけ取られて、
あとは被害がなかったということでした。

私も小田急線の網棚に学校の荷物を置いて、
座席に座ったら寝てしまい、
気づいたら、荷物がとられていたということがありました。
すごくショックでした。
何がって、8割方完成していた課題が入っていたからです。
あれを一からやり直すなんて、想像することさえできませんでした。
私の場合も、途中の駅で荷物が見つかり、
ポケットに入っていた2000円とられただけですみました。
課題をどこかに捨てられるより、よっぽどましです。

今でも夢に見るのは、
何か課題を作っているのだけれど、期限に間に合いそうにない、
どうしようという心配の夢です。
実際には、一度も「期限後」になったことはないのですが、
いまでも夢に出てくるほど、「期限後」が恐ろしかったのでした。

その話を先日、ブンカの友達にしたら、
学校の夢なんて、一度も見ないよということでした。
もしかして、あんなに恐れてたのは私だけなのかしら?
とにかくブンカの思い出は、宿題、宿題、宿題、
それだけです。

☆写真:成就院から葉山方向への眺め。アジサイが咲いているときは混みます。

2012年11月15日木曜日

眉毛と唇

ここ数年、眉毛は細く薄くが主流でしたが、
本格的に太眉が復活してきそうです。
マーク・ジェイコブスもシャネルも、こぞって太眉です。

ところで、眉毛を太くするかしないか、
メイクの流行って、どうやって決まっていくのでしょうか。
私にもよくわかりません。
けれども、シルエットが大きいと、眉も太くなるというのは言えそうです。
服に負けそうだからかもしれません。

ラファエル前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティが描く女神たちも、
みんな太眉でした。

ただ、唇は、眉毛が濃くなるとともに、
赤くなっていくのかいかないのか、それはよくわかりません。

私もそうなのですが、女性たちが出かけるとき、グロスやリップクリームだけで、
口紅を塗らなくなって、もうずいぶんたつと思います。
(私が塗らないのは口紅を塗ると唇ががさがさになるのと、
ブンカの友達から、唇の手術をしたら、皮膚に色素が入り込んでいたという話を聞いて、怖くなったから)
よく、出かけるとき口紅を塗るのだけは忘れないと、多くの女性が言っていましたが、
今、絶対忘れないようにするのはチークやマスカラでしょう。
化粧品メーカーはもう何年も赤い口紅を売りだそうとしていますが、
なかなかみんな、それには乗りません。
たぶん、そんな気分じゃないから。

唇を何で赤くするかと、文化人類学的に考えたら、
それは発情しているのを示すためなのですが、
(なんかロマンがない話)
自分が発情してるって、宣伝してもねえ、だからどうなのって感じです。
少なくとも今は。
太い眉は意志の強さ、それに赤い口紅だったら、まだそんな気分じゃないのではないでしょうか。
真っ赤な口紅の女神っていったら、メデューサみたいになってしまうし。

もうちょっと先、15年後ぐらいにはそういう時代になるかもしれませんが、
今のところ、太い眉に色の薄い口紅で、優しい女性イメージの時代が続くのではないかと思います。

☆写真:道の左側の坂をのぼり、成就院へ行きます。


2012年11月14日水曜日

選択するときの優先順位


だんだん朝晩が寒くなってきました。
ここ数年、某大手ファーストファッションチェーンが売り出した、
ハイテクあったか下着がおお流行りで、
持っていらっしゃる方が多いと思います。
私も何回か買ってみたことはあるのですが、
あれを毎日、身につけていると、最後にはなんだか疲れてしまいます。
心が疲れるのです。
たまのすごく寒い日や、外出する日だけだったら大丈夫なのですが、
毎日というのがだめなようで、
結局、うすいコットンのカットソーをインナーとして着ることになります。

ごく薄手のコットンのカットソーって、実はなかなか売っていなくて、
見つけたらまとめて買ったりしていました。
たぶん、すぐ破けるという理由で作らないのでしょう。
けれども、去年、alternativeを見つけたので、
もうこれからは大丈夫です。

alternativeのカットソーって、
日本の大手メーカーでは絶対OKが出ないような薄手だし、
縫製も、糸きり始末がちゃんとできてなかったり、
クオリティとしては、日本では考えられないようなものです。
だけれども、着るには何の問題もありません。
そう、何の問題もないんです。
結構、洗濯していますが、いまだ破れてはいません。
物作りにおいて、こだわっているところが違うんです、たぶん。
そして、そのこだわっている部分が、私は好きなわけです。
曲がったキュウリだけれども、オーガニックだからこっちを選ぶ、みたいな感じです。

もちろん、すべてパーフェクトが理想なわけですが、
そうでない場合、
ここの部分は譲れないという優先順位があるといいです。
自分にとって重要なのは何なのか。
糸始末がきちんとできていることなのか、
着ていて気分がいいことなのか。
食べ物ならば、ただおいしければいいのか、
コーンシロップは避けたいのか。

全部、理想どおりの買い物は、まだまだできていないけれども、
選択は力なので、
力を使うときは、慎重に使いたいです。
一つ一つの選択が、世界を変えるわけですから。

☆写真:力餅屋さんの角を右に曲がります。

2012年11月12日月曜日

来年の春夏

来年の春夏ものの小物類をずっと追いかけて見ました。
どうしてだかわかりませんが、
来年の春、一気にバッグの肩掛けひもがチェーンになります。
簡単にいえば、シャネルタイプ。
小さいバッグ(昔はポシェットとかいった)にチェーンの肩掛けひもの組み合わせを、
どのブランドも出しています。
どうしてチェーン?

はっきりした理由はわかりませんが、
1つは、いわゆるハイテク素材を嫌っている、というのがありそうです。
プラスチックじゃなくて金属を選ぶ、というような感じだと思います。
その延長だと、木というのも出てきそうですね。
とにかく自然素材を随所に取り入れる。
天然のクリスタルをくっつけたりするのも、その流れでしょう。
人工的から天然への流れです。

それと色ですが、
これは今年の春からちょっとずつ出てきている、黄色なんですね。
私もちょうど今年の春、紺色のコーディネイトに一色だけ、黄色いバッグというコーディネイトの人を見て、
目が釘付けになったのですが、パステルより、もうちょっと濃い黄色が随所にでてきます。
黄色ファンにとっては朗報です。
いろいろ選べます。
(だって、それまで黄色いバッグって、あんまりなかったよね)
同時にやっぱりピンクですね。
しかも、グレイッシュやヌードではなく、はっきりしたピンク。
そのほかの色も、
ブルーも、ネイビーではなくて、明度の高いブルーです。
全体の色合いは、ルネッサンスの絵画に似ています。
特にミケランジェロ。
復興がテーマかもしれません。

☆写真:御霊神社に到着。江ノ電と鳥居が一緒に撮影できるので有名なところ。お参りします。


2012年11月10日土曜日

ラナ・デルレイはやっぱり気になる


高校や大学のころは、
イギリスやアメリカのロックやポップスばかり聞いていました。
英語を覚えるためもあったけれど、
私はデヴィッド・ボウイが大好きだったので、
そこから始まっていろいろ聞きましたし、
ライブにも行きました。

歌詞もずいぶん覚えましたし、
聞き取れるように何回も聞きました。
実際、大学のとき、メアリー・アルトハウス先生のヒアリングの授業は、
英語のポップス、ベット・ミドラ―やビリー・ジョエルの歌のディクテーションでした。

だけれども、ここ何年かは、
私は欧米の歌を聴きすぎた、という反省もあって、
日本のミュージシャンのものを多く聞くようになっていました。
ヒップホップやラップが好きではないので、
欧米の音楽というか、ポップスがそっちよりになるのと同時に、
興味もだんだんなくなっていきました。
もう、誰かが気になることはないなと思っていました。

ところが、出てきました、ラナ・デルレイ。
まず初めはファッション誌で、そのルックスが取り上げられていたのを見ました。
ヨーロッパのファッション誌の表紙なんかにもなっています。
PVを見ると、
そこにはデヴィッド・リンチを思わせる、
アメリカの退廃的な世界がありました。
(もちろん昔、「ツイン・ピークス」見ていましたジュリー・クルーズのCDも持っていました)
ああ、はまりそう・・。

でも、これ、毎日、聞いていたら、人生だめになりそうです。
たまに聞くのがよろしい。
あたかもたまに食べる、体に悪い食べ物のごとく。

実際、アメリカの田舎って、こんな雰囲気なのでしょうか。
行き場のない焦燥感がひりひり伝わってきます。
どうやって抜け出していいのかわからない、あのいらいら感。
ヨーロッパの退廃とも違う、もっと安い感じ。家の素材も石じゃなくて木材なのよ、みたいな。

ラナ・デルレイ、時代のあだ花となるのか、それとも長く続くスターになるのか、
今のところ、判断しかねます。


☆写真:長谷寺を後にして、もときた道を途中まで戻ります。近道をして、極楽寺方面へ。看板が出ています。






2012年11月9日金曜日

好きな服は着たほうがいい

好きな服があるのなら、誰がなんと言おうと、
それを着たほうがいいと思います。

たかが服ですが、
好きな服が着られないと、
エネルギー漏れが起きます。

エネルギーがいつも漏れていると、
常に欠乏感を感じることになります。
欠乏感があると、病気になります。

欠乏感があると、人は何かでそれを埋めようとします。
けれども、その欠乏感は、ほかのどんなものでも埋まりません。

まずは、自分が本当はどういう服を着たいのか、
自分に問いかける。
そして、その服を自分で自分に着せてあげる。
(それはもしかしたら、試着しただけでもいいかもしれません。必ずしも所有する必要はありません)
ままならないことが多い世界の中で、
せめて服だけでも自分の好きにさせる。

男だけれども、女の服を着たいのなら、着ればいいと思います。
脚が太いけど、ミニスカートをはきたいなら、はけばいいと思います。

それは積極的にやらないと、すぐほかに負けてしまいます。
負けないように、
細心の注意を払って、
やってみてください。
ほんのちょっとの勇気があれば、できます。
そんなことをするだけでも、心と体の健康を保てます。

追記:そういう意味では、ブンカって、病気の子いなかったです。みんな好きな格好している。そして、それに対して先生も、友達も、誰も何も言わない。考えたら、えらいです。

☆写真:長谷寺からの眺め

2012年11月6日火曜日

ニットの下のシャツ



ニットの下にシャツを着るというのが苦手です。
あの、袖がもぞもぞする感じが、どうもだめです。
急いでいたり、適当に着たりするので、
いつもシャツが袖の途中でとまってしまいます。
特にこのところ、タイトなニットがはやっていたので、
余計に、ニットの下にシャツを着るのが嫌で、
大体は、下着のキャミソールの上にそのままニットを着ていました。

ただ、今年からのビッグ・シルエットの流れで、
ニットもだいぶ大きくなってきました。
そうしたら、ニットの下のシャツもいけるかもしれません。

見た目としては、
決して、ニットの下からシャツのえりが出るのは嫌いではないのです。
特に黒やネイビーの丸首やVネックのニットから、
シャツやブラウスの白い襟が見えるのは、
そこだけが、白いアクセサリーのようで、悪くありません。
60年代の映画みたい。
たとえば、カトリーヌ・ドヌーブのような。
何か隠し持っているけれども、
ちらっと見える襟と袖口は白、というのがいいです。
それは白い秘密です。
白い秘密を持っている人です。

でも、白い秘密を、聞いてはいけません。
秘密はあるけれども、なかったことになっています。
根掘り葉掘り聞くのが、最も下品です。
言いたくないことは、たくさんあります。

そう言えば、
小学生のとき、ドライブ中はカーステレオからずっとクラッシックが流れていたのですが、
それに子供たちがあきると、
ピンクレディを父がかけてくれました。
彼女らは、こう歌っていました。
「恋なんて、謎があるうちよ」。

肌を見せないということも謎です。
見せるくらいなら、シースルー、
または色をヌーディーにする。

ピンクレディのその歌は、
最後、こんな歌詞で終わっていました。
「運命に、みんな任せましょう」。

ニットの下のシャツから、とんだところまでやってきました。

☆写真:長谷寺は花のお寺としても有名。しゅうめいぎく。

2012年11月5日月曜日

グレーとベージュ

最近、グレーとベージュという組み合わせが気になりだしました。
私は、特に冬はグレーが好きなので、
ニットもパンツも帽子もグレーでそろえていますが、
ベージュはあまり持っていませんでした。
持っているのは、
去年、妹と交換した、家の中とヨガ用の、コットンのカットソー素材で裏打ちされたワークパンツと、
カシミアのカーディガン。
だけれども、ワークパンツはウエストのドローストリング部分が破けてしまっていますし、
カーディガンも、去年、肘が抜けて穴があいてしまいました。
どちらも、今年、最後かなというアイテムばかりなのですが、
また、ベージュ系を足そうかと思っています。

グレーと黒というのは、都会にとてもよく似合うと思いますが、
私が住んでいるようなカントリーサイドには、そんなに似合いません。
けれども、グレーにベージュを持ってくると、
とてもしっくりくるようになります。
これは、背景がビルやコンクリートの場面と、
木々や海という場面の違いだと思います。
自然なものが多いところでは、黒よりも、ベージュのほうが絶対に似合います。

グレー+黒だと、軽い緊張感ですが、
グレー+ベージュだと、これがリラックス感になります。

グレー+ベージュで全身、コーディネイトで、
江ノ島、鎌倉をめぐるデートなんて、似合いそう。
間違っても、全身黒で来ないでください。
全身黒で来てしまったら、それは緊張する相手です。
長く続けられるって、どれだけリラックスできるかです。

少しずつですが、ファッションはリラックスのほうへ向かっていきます。
リラックスできたときに、人は本領発揮できます。
そんなとき、グレー+ベージュは、かなり使える配色だと思います。
もちろん、グレージュの小物との相性はバツグンです。

☆写真:長谷寺、入って右手の洞窟。必ず入ります。

2012年11月3日土曜日

髪を短く切り過ぎたときには


髪の毛が伸びるのが早いので、
少し短めに切ろうと思ったら、
少しどころか、短すぎるヘアスタイルになってしまいました。
しかも、前髪は眉毛より下にならないようにとリクエストしたにもかかわらず、
でき上がったら、私の大嫌いな眉毛より上の前髪なっていました。
(カットするとき、眼鏡をとっていたので、よくわからなかったのです)

私は過去、何回もベリーショートにしていますから、
ショート自体は問題ありません。
いつもの話。

(そういえば、大学のころ通っていた美容院で、
「すっごく短くしてください!」って言ったら、
「ワダアキコみたいなの?」って言われたなあ。
でもそう言った美容師、
後にカリスマ美容師と呼ばれ、
○ムタクの髪型を担当しているってことで有名になったのでした)

私は高校生のころから、前髪が眉毛より上になると、
とても憂鬱になるので、気をつけていたのですが、
またしても、やってしまいました。
そして、過去何度か、眉毛より下にいかないようにと言ったにもかかわらず、
眉毛より上に切った美容師さんのところには、
二度と行かないということをやっています。
今回、これでたぶん4回目。

なぜ眉毛より上が嫌かというと、
私は眉毛がとてもうすいので、
ちゃんと描かなければいけなくなるからです。

それと、最近、気付いたのが、やっぱりバランスの問題。
全体にショートカットで、前髪まで眉毛の上だと、
ちょっと間違うと、
あの、NHKの半端な時間にやる、
日体大かどこかのラジオ体操をやるお姉さんみたいになるからです。
あれが嫌なのです。

で、ああならないためには、しっかりメイクをしなければなりません。
あまりにナチュラルだと、体操のお姉さんになってしまいます。
でも、出かけるとき以外、しっかりメイクをするのは嫌なのです。
最近は、出かけるときもメイクをさぼり気味でした。
でもこの髪型で、メイクをきちんとしないと、何かがおかしいのです。

最近(というか、ちょっと前か)、ハリー・ポッターのハーマイオニーちゃんをやっていた、
エマ・ワトソンがベリーショートにしていましたが、
しっかり濃いメイクですてきでした。
ツイッギーもそうですが、メイクは濃いです。
つまり、ショートカットは短ければ短いほど、濃いメイクをしないと、
体操のお姉さん、または単なる年配のおばさんになってしまうのです。

逆に、ロングだったら、どんなにメイクがうすくても、
体操のお姉さんのようにはなりません。
ナチュラル系の人に、ロングが多いのもうなずけます。
そのほうがバランスをとりやすい。

私の場合、救われているのは、
髪の毛が伸びるのがすごく早いということ。
前髪も、2週間もすれば、眉毛より下になると思います。

それまでは、仕方ない、濃いメイク(と言っても知れてますが)を心がけます。
特にマスカラはマストです。

追記:今までショートカットで素敵だと思った人たちは、ジーン・セバーク、ジェーン・バーキン、ツイッギー、ウィノナ・ライダー、「オープン・ヨア・ハート」のPVのマドンナ、「恋に落ちたシェイクスピア」のグウィネス・パルトロウ、「記憶の棘」のニコール・キッドマン、最近のアン・ハザウェイ。

video

☆写真:長谷駅に着きました。おります。
下の動画。腰越駅から鎌倉高校前の間、電車の中から窓の外をとりました!海が見えるところ。
(重かったらごめん)

2012年11月1日木曜日

ウールのコート

11月に入ったら、ウールのコート解禁、と自分で決めています。
大学生になった年に、何となくそう思って決めました。

私が最初に買ったちゃんとしたコートは、
大学1年の秋に、新宿伊勢丹で買った(大事なものを買うときはいつも伊勢丹!)
スタジオVの黒いウールのコートでした。
たしか4万いくらだったと思います。
これから4年間、一緒に通学するのにふさわしいコートをと思って、
真剣に選びました。
それが、スタジオVのテーラードカラーのシングルのロングコートでした。
ウールなんだけど、とても軽い素材で、
真っ黒ではなく、少しグレーの糸が混じっていました。
あのコートを着て、どこへでも行きました。
なかなか電車が来ない新小平の駅や、
大学近くの玉川上水の小道、
多摩川を渡る南武線、
照明係のお兄さんがすっごい意地悪だった三鷹芸術文化センター、
都内のあらゆる名画座と美術館、
ライブハウスやコンサートホール、
そしてもちろん武道館、
吉祥寺の「くぐつ草」という名のカフェ。
雪の降った日も着ていました。
その結果、
大学の4年間が終わるころには、裾と袖口がすり減って破けてしまい、
着られなくなってしまいました。

スタジオVというブランドは、
入江末男さんがデザインをなさっていたブランド。
現在はIRIEというブランド名で活動されていて、
青山にお店があります。

パリテイストの服を日本人に似合うように落とし込んだデザインは、
奇抜で目立つようなものではないけれども、
着てみると、ちょっとしゃれていて、
長く着られるものでした。

そんなブランドのコートが着られるようになったことがうれしくて、
毎日、着ていました。
そして、コートを中心に靴やかばんを選び、
コーディネイトの主役はいつもコートになるようにしていました。

あのコートを着ていて、恥ずかしいと思ったことは一度もないし、
もちろん寒いこともなかったですし、
疲れたこともありません。

まだまだ服に、人を元気にしたり、
応援したりする力があった時代の、
とてもいい出会いだったと思います。

あのころ信じられた服の力を、また信じたい。
そんな出会いを探しています。

☆写真:橋まで戻ってきました。