2017年2月22日水曜日

年齢と体型

先日、ある方と、
あの90年代、青山や表参道あたりを
ギャルソンやらヨウジの発表されたばかりのコレクションを着て歩いていたお姉さま方は、
今、どうしてしまったのでしょうねという話をしていたら、
その方は、今、みんなユニクロ着てますよとおっしゃっていました。
そんなことはないと思いますけれども、
そういう方たちを見ないのは確かです。
90年代に20代だから、1960年から75年生まれぐらいの、
アラフィフという感じの方々でしょうか。

私のクライアントさんでこの年代の方は少ないですけれども、
ときどき、どこで買えばいいでしょうかと質問されます。
正直、私もわかりません。
ブンカに行ってたような人は、モードばっかり見ているので、
そうではない普通の50代がどこで買うのか、
私もよく知りません。
ただし、いわゆる駅ビルではなさそうです。
駅ビルって、見るからに30代ぐらいまでのものしか扱っていません。

もうずっと前ですが、
藤沢駅前には西武デパートがあって、
その上のほうの階に行くと、
今で言うアラフィフの皆さんが買うような婦人服のフロアがありました。
すべて高級でした。
ソニアリキエルとか、あったように思います。
たぶん、昔の50代はそういうところで買ったのだと思います。
隣のおうちの奥さまは当時、西武の婦人服売り場のお直しコーナーに勤めていて、
夜9時ごろまで毎日お直しが続いたそうです。
それだけ売れていた、ということです。

だから、どこに売っていますかと聞かれたら、
まあ、デパートのちょっと上のほうの階の婦人服売り場、
ということになると思います。
けれども、そこには行かないとおっしゃる方がほとんど。

そうすると、いきなり30代の服売り場で服を買うことになります。
前にどこかで書いたと思いますけれども、
年齢が上がり、肉づきがよくなっているのなら、
30代のための服はパターンが合わないので、
どこかしら不都合が出ます。
若いころにはついていなかった、肩甲骨の上や、ウエストとヒップのあいだ、
お腹などのお肉がありますから、
それを考慮しないパターンで作られたものだと、
どこかにしわが寄ったり、脇線がずれているするはずです。
で、それをそのまま着たら、
それはやっぱりおかしいです。
どこかしら変な感じがします。
もし体型が30代のころと著しく変わったのなら、
30代向けの服はやめておいたほうがいいでしょう。
なぜなら、身体に合っていないからです。


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2017年2月21日火曜日

想い出作り

ものすごい昔に、山田太一さんシナリオの「想い出作り。」というドラマがあって、
20代の女性が、アンケートをしたら何か当たるとかなんとか言われて、
集まるんだけれども、それは詐欺話で、
その後どうとかこうとか、みたいな話で、
結婚するとかしないとか、そんなのがメインテーマだったと思うのですが、
ドラマの内容はまあいいとして、
この「想い出作り。」という題名は言い得て妙だなと。

というのも、不景気になったとき、
それでも残るものって何だろうと、私が考えた結果、
1つは食べ物。これは最後まで残るでしょう。
もう1つは、この「想い出作り。」ではないかと思うのです。
だから、想い出になりにくいものは売れなくなっていく。

想い出になりにくいものというのは、
自分が関係ない、
自分の経験が含まれていないもの。
だから、自分が参加した○○だったらいいのだけれども、
他人が何かをやるところを鑑賞するとか、
他人が作ったものをただ見るというのは、
多くの人がまずやめるだろうことだと思います。

時間がないというのもあるけれども、
そういったお付き合いに参加する余裕がなくなるのでしょう。

かといって、
趣味や習い事に大金をつぎ込むほどの経済的な余裕もないわけだから、
そんなおおごとじゃなくて、
もっと日常的なささいなこと、しかも経験が入っていること、
そういうことに対しては、
今後もみんな、お金を使うのではないでしょうか。

みんな、何度も思い返す、大切な想い出がたくさん欲しいから。
そして、それを眺めながら、日々を過ごしていく。
そのためには待っているだけではだめで、
自分で動かないことにはどうにもならないし、
まして、誰とも会わないで休日を過ごすなら、
たいした経験もできません。

ただ、想い出作りでいいのなら、
それは何も都会である必要はない。
経験したことがないこと、
楽しいこと、面白いこと、
よかったねと思えること、
そんなことをみんな、探しているのではないでしょうか。
そこら辺をうまくすくえないと、
人は集まらないのだろうと思います。


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2017年2月20日月曜日

年をとるということ

年を取るにつれていろいろな発見があります。
その中で案外多いのが、
若いころ思っていた、というか思わされていた、
何歳の人はこんな感じ、というのがことごとく違う、ということです。

年をとると新しいことを余り始めなさそうとか、
興味も持たないだろうとか、
記憶力は落ちるとか、
若いころと楽しく感じることが違うとか、
何か、年とると若いころよりもっと膠着してしまって、
若いほうがいいことが多いと思っていたことの数々が、
そんなことは全然ないとわかります。

ただ肉体的なこと、例えば体力なんかは若いころのほうがよいですけれども。
でも、中には若いころよりも元気という方もいらっしゃいます。
肌は、若いころより若い肌、はないのではないでしょうか。

年をとることの醍醐味は、
多くのことが達成できるようになることでしょう。
若いころにできなかったことができるようになるというのは、
とてもうれしいものです。

先日も、
うちのクライアントさんが以前はうまくできなかったことが、
別人のようにできるようになっているのを見て、
人間というのは、あきらめなければ、何歳になっても成長できるものなのだと、
改めて思いました。
それはほんと、驚くほどで、当初こんなふうにはるとは予想していませんでした。

ただし、自動的な成長というのはありません。
意図と意思が大事です。
何もしなければ、老化するのみです。
逆に言えば、意思さえあれば成長できます。
世界というものは、そういう場をたくさん提供してくれているところなのだと思います。


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2017年2月19日日曜日

いつでも原典に当たりたい

もやもやするというのは気持ち悪いものです。
私の場合、わからないまま放置というのが嫌なのです。
調べればわかるのなら、調べたいのです。

というわけで、とある著書の訳語が変だったので、
原典に当たりたいと思い、
またキンドルで読んじゃおうと思って、
さっき探しあてて、注文しようと思ったら、
最新版があるよっていうことで、
おお、それが読みたいわってことで、
喜び勇んでそのキンドルバージョンを購入したら、
3月1日発売で、まだ読めないのでした。

インターネットで何でもしらべられるのはいいのですけれども、
原典に当たれるのなら、原典に当たりたい。
外国の写真を見ただけで、
行った気にはならないです。
私はオリジナルが好き。
ですから、近付けるものには近付きたいです。
もちろんできないもの、行けないところもあるのですけれども、
見たことがないもの、読んだことがないものに対して、
批判したりはしません。
うちの家訓は「見る前に文句言うな」ですから、
見ても、読んでもないものに対して、どうこう言いません。

実物と写真も違いますし。
くれぐれも、二次情報でわかった気にならないよう、
気をつけたいものです。







今日も後でにしたい

おはようございます。

私が文章を書けないのは、
誰かとしゃべっている、
または、眠いのどちらかですが、
今日は眠いので、
また夕方以降、何か書きます。
きのう余計なのを1つ上げておいたので、
お許しください。
ではまた。

2017年2月18日土曜日

3色ルールの見本 その2 

http://www.vogue.co.uk/gallery/giovanna-battaglia-street-style

皆さんが、3色ルールどこまで徹底するかよくわからないとおっしゃるので、
このBritish Vogueに載った、スタイリストGiovannaのスタイルをよく見てくださいね。
ちなみに、いろいろなブランドで集めているので、
例えばオレンジの服とバッグ、全く同じオレンジ色ではないですけれども、
許容範囲です。
途中でてくる、ピンクと赤のスカート、ピンクのTシャツに、
Tシャツの白い柄と靴の白で3色にしていますね。
こんなふうにするのですよ。

彼女はかなり徹底しています。

この矛盾

流行のサイクルというものは、
その渦中にいるとなかなか見えないものです。
ある程度、サイクルの移動を経験して、
やっとわかるようになります。
だから、自分が20代だったら、
この先どうなるかとか、
わからなかったし、まあ、考えていなかったけれど。

80年代にビッグシルエットになったときと、
2000年ちょっと前にタイトになったときと、
2012年にまたビッグへと変わっていったとき、
さすがにこれぐらい通過すると、
わかってくるようになります。

きのうは、その80年代の、
例の日本のファッションデザイナーたちがパリコレに進出したときのことを
考えていたのですけれども、
あれ、黒だけじゃなくて、「貧乏ルック」って呼ばれていたのですよね。
穴があいていたり、切りっぱなしだったりで。
だけれども、とても高価だったのですよね。
(私は買ったことないから知らないけど)
高価な「貧乏ルック」です。

で、先日の作業着系ルックです。
これも、見た目だけではなく、実際に作業着です。
だけれども、これもまた高価なんですよね。
(買ったことないけど)
高価な作業着系ルックです。

ということはつまり、80年代と同じじゃないの?
なぜいつも、貧乏だとか、作業着に多額のお金を使っちゃう人たちが
一定数あらわれるのでしょう?
幸いにも私は、貧乏ルックにも作業着系ルックにもお金を使ってないからいいけれど。
なんでだろうね。

(ちなみに、貧乏ルックが終わるころ、バブル崩壊ですね。)

この前、
何も考えないで、比喩としてシンデレラって出てきたからそのまま書いて、
でも、途中で、
あ、そうだ、シンデレラって、灰って意味だと思いだして、
灰色の作業服がシンデレラの日常着だったわけで。
でも、シンデレラは、私、作業着人生なんか嫌って思って、
舞踏会へ行くためにドレスを着るのよね。
これ、かなり重要なポイントではないでしょうか?

つまりね、作業着を着ていたら、やっぱり作業着人生が展開される、それしかない。
それが嫌だって言うのなら、
やめなきゃいけない。
だけれども、やめるどころか、あえてそこへ自ら進んでなるっていうことは、
作業着人生がお望みなのかしら?
それならそれでいいですけれども。

もしそう思わされているのだとしたら、
それに気づいて、やめるといいと思います。


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